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精神病にはその時代の流れが反映されている。精神障害の分類の標準的な基準を提示する為、アメリカ精神医学会によって出版された『精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)』には、かつて精神病とされていたものが研究を重ねた末、そうでないことがわかったり、批判の対象となり削除されたり、名称が変わったものなど、移ろいやすい精神障害の判断基準がまとめられている。
過去が何らかの指標になるとすれば、心とその病に関する現代の見方もやがては時代遅れになるのかもしれない。
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10. 男性ヒステリー
ヒステリーとは身体的な原因に起因しない神経の症状のことだ。男性も女性と同じくこれを発症するが、社会的、政治的圧力がその診断を阻んでいた。
だが18〜19世紀のイギリスでは、男性の”ヒステリー(神経症)”が流行していた。特に社会的な階級と関連しており、労働者階級よりも洗練されたブルジョワジーは敏感で、それゆえに発症しやすいと見られていた。
20世紀初頭、男性ヒステリーは”戦争神経症”という名に姿を変えた。現行の精神医学では、ヒステリーの語の意味が曖昧であるためあまり使用されなくなった。男性ヒステリーの新しい形態は、80年代にPTSDへと繋がる。ヒステリーというと、どうしても女々しい印象があったが、その側面がゆっくりと薄れていった。
9. エチオピア知覚異常(Dysaesthesia Aethiopica)
1800年代中頃、精神病の権威が奴隷制を正当化するために病気を捏造し「愚かさと神経の鈍感さ」を定義とするエチオピア知覚異常が登場した。
発症すると、昼夜が逆転し、騒動を起こし、「触るものを何でも壊したり、無駄にする」といった症状が現れ、黒人に特有の病気とされた。
この病気の存在を理由に、黒人には自由に対応する能力がないとされ、対処方法として奴隷制が正当化された。自由な黒人よりも、制限のある黒人のほうが発症しにくいと説明されていたからだ。奴隷でも発症したとすれば、自由な黒人と同じようなライフスタイルを送っていたか、命令をもらえる白人の主人がいないか、どちらかの場合とされた。
8. 憂鬱症(Vapours)
ビクトリア期の心理学者は、女性の4分の1が”憂鬱症”を発症すると主張していた。これは古代ギリシャの四体液説に因む用語(Vapourは蒸気の意)で、脾臓の体液が上昇することで心に影響を与えるとされた。女性は解剖学的に”不規則”なので発症しやすいとされ、症状には不安、うつ、失神、振戦、慢心といったものがある。
特に婦人参政権論者が発症しやすいとされた。非常に症状の幅が広いため、うつ、感染症、ガンといったより深刻な症状の特定を阻むこともあった。現在ではジョークのネタのようなもので、コリン・パウエル元米国務長官などが相手を嘲笑するために使用したこともある。
7. 同性愛
1980年代半ばまで、同性愛は精神病とみなされていた。19世紀末までには、罪や犯罪の領域から精神病の領域で扱われるようになる。その分類については、退行性の病、あるいは先天性のもので病気ではないとする見解もあった。フロイトも両性愛は先天性と考えていた。
1970年代初めには証拠が集まり、また文化的な見方も変化したことから、同性愛に対する医師の見方も変わる。
1974年、DSM(精神障害の診断と統計マニュアル)は同性愛の取り扱いについて投票を実施。80年代になっても掲載されていたのは自我異質性同性愛だけである。これは同性愛が本人の感じ方と一致していない(やりたくないのにやらざるを得ない)場合を指す。だがそれも1986年にDSMから完全に削除された。
6. 早発性痴呆
1893年、エミール・クレペリンは世界で初めて精神病の分類方法の考案を試みた。彼は精神病を”循環性狂気”と”早発性痴呆”の2種に区分した。循環性狂気とは気分障害を特徴とするが、治療可能なもの。一方、早発性痴呆は治療ができず、若年期から発症する不可逆的な精神的崩壊である。”予後が悪い狂気”のすべてにこのレッテルが貼られた。
1920年代後半になると、早発性痴呆を支持する者は少なくなる。代わりにオイゲン・ブロイラーが提唱した”精神分裂病”の名が説明できない狂気に与えられるようになった。精神分裂病は治癒の見込があり、ブロイラーの見解では、副次的な症状として痴呆、幻覚、妄想、感情鈍麻などが見られた。52年、DSMの初版が発行されたとき、早発性痴呆は正式に精神病の診断から外された。
5. 精神錯乱
大昔から人々は満月が狂気を生み出すと考えてきた。アリストテレスは、脳は”もっとも湿気の多い”器官であり、そのため潮汐の影響を強く受けると考えた。
西洋においてこの月による精神錯乱効果は中世から広く信じられており、現在でも少なからぬ影響があると考える人がいる。2007年、イギリスの警察は満月の犯罪増加に対応する部隊を創設した。
月と狂気が関連するという証拠はほとんどない。重力の影響はどの月齢でも同じである。しかし、月に起因する精神錯乱にわずかながらの真実がある可能性もある。電灯が登場する前、月光は睡眠パターンに今より大きな影響を及ぼしていたかもしれない。満月の晩は特に睡眠不足となり、双極性患者の奇行を誘発していたのかもしれない。
4. 神経衰弱
1869年、ジョージ・ミラー・ビアード医師は、アメリカの名門家系向けに作られたかのようなある精神病の診断手引きを開発。その神経衰弱、別名”アメリカ神経過敏”は、偏頭痛、倦怠感、うつ、胃腸の不具合などが主な症状であり、せわしない都市生活が原因であるとされた。治療法は都市から脱出することで、女性には休息を、男性には屋外での運動などが奨励された。
20世紀初頭、この病はステータスシンボルにまでなる。エリート層から広まり、やがてあらゆる社会階層に蔓延するようになった。アメリカ神経過敏はヨーロッパ、中国、日本にまで広まるが、やがて精神ではなく身体に起因することが確認されると、1930年代までにほぼ精神医学から姿を消した。だが、その症状は今もなお現代人を苦しませている。
3. 背徳症
1835年にジェームス・カウルズ・プリチャード医師が記載したこれは、良心の病である。背徳症は、知性や論理的思考になんら問題がない一方で、感情、習慣、衝動の”病疫な逸脱”がある症状だ。
ジェームズ・ガーフィールド米大統領暗殺犯であるチャールズ・ギトーの1881年の裁判でも援用されている。ある医師はギトーが背徳症であると主張。また別の医師は”痴愚”であると証言している。1888年、背徳症に代わり精神病質的劣性が用いられ始めた。背徳症を現在の反社会性パーソナリティ障害の走りとする見解もある。
2. 不適正人格障害
この患者は判断力の劣化、社会的な不安定性、身体的・精神的体力の欠如といった症状を呈する。患者は身体や知性の欠陥がないにもかかわらず、環境に適応することが難しい。世の中に自身の居場所を見出せず、中にはほとんど自分のことができず、家族に依存するケースもあるとされた。1980年のDSM IIIから削除された。
不適正人格障害と前頭葉症候群との関連性を示唆する強い証拠がある。1848年、鉄道建築技術者の職長であったフィネアス・ゲージという男は、鉄棒が頭蓋骨の前部を貫通するという事故に遭った。奇跡的に命を取り留めるも、性格は一変。子供じみた無責任な人間に変わってしまったという。かつて暴れる精神病患者の治療のために行われていたロボトミー手術も、創造性、自発性、社会性を取り去ってしまう。
1. 性同一性障害
2012年、DSMは”性同一性障害”を削除した。かつてトランスジェンダーは精神病と考えられていたのだ。これは性の権利活動家から長く侮辱であると非難され続けてきたが、DSMの決定により、トランスジェンダーから病的な含みが一切排除された。
性同一性障害に代わる用語が”性別違和感”である。この新区分が対象とするのは、自身の性アイデンティティに苦しむ人だ。こうした変更については評価する声もあるが、意味がないとする意見もある。支持者は、DSMに性別違和感が残されたことで、医療的ケアが欲しい人への支援が可能になると主張する。
一方、それほど進歩はないと主張する人もいる。だが、そうも言い切れないだろう。なにしろ1990年代のアメリカの障害者法において、トランスジェンダーは小児愛と同じクループに属していたのだから。
via:10 Obsolete Mental Disorders/ translated hiroching / edited by parumo
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コメント
1. 匿名処理班
猫を見るとなでなでしたくなる病はともかく
スマホを手放せなくなる携帯病など現代特有の
病気も誕生してるし、消えていく数と一緒に
新たな病気も増えていくジレンマ
2. 匿名処理班
近頃のDSM5.0とかは異常と正常の境目をぼやけさせる方向に向かってるから
そのうちほとんどの疾患が性同一性障害のように「異常」ではなく「嗜好」「傾向」
扱いになるかもしれない
3. 匿名処理班
※1
それは依存症ではないのか?
4. 匿名処理班
civが発売されると購入してプレイしたくなる。
BE? 知らない子ですね。
5. 匿名処理班
初めて聞いたものもあるのはアメリカのだからかな。
日本だと一昔前はノイローゼとか使われてましたね。
自閉症が引きこもりとほぼ同義で使われてたこともあったような。
6. 匿名処理班
最初タイトルを見たときに、日本語で「精神分裂病」の使用が禁止されて「統合失調症」にとって変えられたことかと思った。
ところで本記事とはまったく関係ないけど、キング・クリムゾンの曲の邦題も「精神異常」という語が使えなくなっていたね。
7. 匿名処理班
DSM5も20年後には前時代的と切って捨てられるだろう。
というか、一番メジャーな鬱病からして消滅する可能性が高い。うつは発熱みたいなもんで、結果的に発生するもの。将来的には原因と脳の構造で分類される方向に行くと思う。
現代の精神医学は、外科や内科に比べたら19世紀レベルな状態。ようやく脳味噌の神経細胞のつながりを観察する機器が出始めたところからすると、外科や内科の研究者がサンプルを染色して顕微鏡で病原菌やら病変部を見始めた時期とやってることはそう変わらん。
今はあくまで結果的に出ている症状に対して脳の中身がどうなってるかを大体推測して病名つけて診断したつもりになってるだけ。将来的には全てがひっくり返るだろう。
8. 匿名処理班
70億も人間がいるんだ
いろんな人間がいてもいいはず
自分たちと違う人間を異端だと決めつけ続けたら、なんて息苦しい世界になるだろう
そもそも正常な人間てどんな人間なんだろう?
9. 匿名処理班
米2さん
発達障害もだけど、色んな精神疾患が軽〜重とスペクトラム(連続体)状に分布する考え方に移行してきてますよね。
ちなみに「嗜好」ではなく「指向」ですね。ありがちだけど重大な意味の違いをきたすので。細かくてスミマセン。
10. 匿名処理班
精神医学は遺伝子に対する知識が無い状態の分類学に喩えられる。西洋医学に対する漢方みたいな状態。その中の、しかもアメリカの分類書でしかないDSMの定義というだけ。
11. 匿名処理班
まだ子供だったけど「同性愛」が精神病から解除された年のことはよく覚えているよ。好きという気持ちが性別によって制限されるなんて大人って窮屈なんだな…と思ったもんです。