白菊ほたる「それは涙ではないのだから」
でも、それでも不幸なりに諦めずに夢を追ってきたつもりだ。
初めて入ったアイドル事務所が倒産した時も、次に入った事務所がまた倒産した時も、その後も、アイドルを続けたいという思いは捨てずに頑張ってきた。
先日入った事務所での初ライブで、機材が謎の故障をしてライブが中断されるまでは。
「また私の不幸のせいで……」
新しい事務所は、今まで所属してきたどの事務所よりも暖かった。
プロデューサーさんは、私が不幸体質だということを伝えても受け入れてくれた。
トレーナーさんは、新人の私を見てトレーニングメニューを考えてくれる。
アイドルの先輩たちは、私の不幸を見てもそばに居続けてくれる。
暖かで、心地良い。
ここでなら私も変われるのではないかと、そう思ってしまうほどに。
プロデューサーさんが、気にしないようにと慰めてくれた。
スタッフさんが、すみませんと謝ってくれた。
先輩たちが、気長に待とうよとお菓子をくれた。
まわりの皆の優しさが本当に有り難くて、だからこそ変わっていない自分が情けなくて仕方ない。
だから私はプロデューサーさんを呼び出して、言った。
アイドルをやめると。
もうこれ以上まわりに迷惑をかけるわけにはいかない。
遅すぎる選択だったけれど、今までごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
それなのに。
「ほたるは悪くない。だから、夢を諦める必要はない」
プロデューサーさんの言葉に、私の中でブチリと何かがちぎれる音がした。
今まで抑えていた何かが、一気に溢れる前兆の音が。
嘆いた。不幸の星に生まれた己を。
蔑んだ。アイドルに憧れた過去の自分を。
悔やんだ。今まで夢を抱いたせいで無駄にした時間を。
久方ぶりの優しさに触れた私の心は、慣れない暖かさを拒絶するように内側の黒いモノを吐き出した。
一方的に無遠慮に気持ちをぶつけられて、きっと嫌な顔をしているだろう。
それとも、聞き飽きてうんざりした顔をしているかもしれない。
どちらにせよ、もう私とは関わりたくないはずだ。
そう思うと、なおさら私の心は加速して、好き勝手に自由気ままに言葉を並べていった。
「……はぁ……はぁ」
どれだけ喋っただろうか。
こんなに心をさらけ出したのは生まれて初めてかもしれない。
重い荷物を下ろした時に似た解放感で胸が満たされていく。
が、それも束の間、すぐさまやってしまったことへの恐怖に塗り潰されていく。
親切にしてくれたプロデューサーさんに、私はなんてことをしてしまったのだろう。
怒っている?呆れている?驚いている?喜んで、はいないと思うけれど。
しかし恐る恐る見上げたプロデューサーさんの顔は、そのどれでもなく。
真面目な顔で私を見つめていた。
私の話が終わったのを確認して、プロデューサーさんは一息おいてから口を開いた。
「ほたる」
「は、はい!」
怒られる、と反射的に思った私にプロデューサーさんが言った言葉は、一つの問いかけだった。
「ほたる。アイドルが一番やってはいけないことは何だと思う?」
ライブでの失敗、スキャンダル、歌詞を間違える、一方的にプロデューサーさんに愚痴る。
アイドルがやってはいけないことは思いつくものの、それが今プロデューサーさんが言う一番とは思えない。
困惑する私にプロデューサーさんは「こっちへ」と着いてくるように指示をした。
着いていった先は、ライブステージの裏。
観客席が覗けるポイントだった。
私の不幸のせいで待たされている観客さん達が見えて、心が痛む。
「あそこにほたるの名前が書かれた団扇を持ってる人達がいるだろう」
言われてその方向を見ると、確かに「HOTARU」という文字とハートマークが書かれた団扇を持っている集団が見える。
見覚えがある団扇だった。
確か、あれは……。
「あれはウチが作ったファングッズじゃない。もしかして、ほたるが前にいた事務所が販売していた物じゃないか?」
そうだ。あれは私が初めてアイドルになった時、その時の事務所が販売した団扇。
私にとっては、初めて作ってもらったファングッズのうちの一つ。
それをあの人達が持っているということは。
あの人達は。
「……はい」
プロデューサーさんが話をちゃんと聞いてくれていたことに驚く私の頭に、暖かい手が乗る。
「あの人たちを見ても、そう思うか?」
「……いいえ」
知らなかった。
私のことをデビューしてからずっと応援してくれてる人達がいたなんて。
いや、知ろうとしていなかったんだ。
私は不幸で、不幸で、不幸だったから、この不幸な体質をどうにかしようとばかり考えていて。
自分のことしか見えていなかった。
前の私にだって、団扇を作ってくれる事務所の人がいて、ファングッズを持って応援してくれるファンの人達がいたのに。
不安な顔、退屈そうな顔、心配している顔、楽しみにしている顔。
色んな顔が見えるけれど、一つだけ確かなことがある。
それは、今ここにいる人達は待ってくれているということ。
アクシデントの対応が終わって、私達アイドルがまた帰ってくるのを待ってくれている。
なら、私は。
「さっきの答えだけどな」
「アイドルが一番やってはいけないこと。それは」
「ファンより先に諦めることだ」
私はその答えを深く胸に刻み込んだ。
一年たった今でも、あの日のことはライブもプロデューサーさんの言葉も全部、昨日のことのように思い出せる。
きっと十年たっても変わらずに思い出せるだろう。
今日はあれからちょうど一年がたった日。そして私、白菊ほたるの一周年ライブの日だ。
歌う場所は広めの野外ステージ。
開始時間は今から十分後。
そして天候は。
「雨、というより嵐ですよね」
前日の天気予報では快晴と言っていたけれど、今まさにどしゃ降りの雨が地面を叩いている。
観客スペースはもちろん誰もいないし、それ以前に渋滞などで来たくても来れない状態だそうだ。
私はというと、プロデューサーさんやスタッフさん達と一緒に控え室代わりのテントに避難している。
これではライブどころではないのは誰が見ても明白で、プロデューサーさん達も私の一周年ライブを何日後に延期するかを話し合っている。
申し訳ない、と思う。
まさかこんな大事な日に、ここまで特大の不幸が降りかかるとは思わなかった。
それとも大事な日だからだろうか。
本当に、本当に、申し訳なくて心苦しい。
私の不幸のせいで普段から皆さんには迷惑をかけてばかりなのに、今日もまた皆さんに迷惑をかけてしまった。
いや正確には、迷惑をかけてしまうのはこれからだ。
話し合いが一段落ついたらしく、プロデューサーさんが私を呼ぶ。
私は心の中で先に「ごめんなさい」と言ってから、プロデューサーさんの前に立った。
「今日は見ての通り」
「歌わせてください」
プロデューサーさんの言葉に被せるようにして、私は我が儘を言った。
プロデューサーさんの後ろにいたスタッフさん達が揃って「やっぱりか」と言いたげな顔をする。
苦笑だったり、呆れだったり、困惑だったりするけれど、みんな私がこう言うことは予想していたようだ。
一年の付き合いは長い。
驚いた様子はなく、状況を伝えてくれる。
「見ての通り、観客は一人もいない。これから来るとも思えない」
「ライブを延期することは決定したから、一周年ライブがなくなるわけでもない。すでに公式でそのことも通知してある」
「こんな酷い雨だ。衣装は濡れるしメイクも無意味。機材だってまともに使えるのがいくつあるかわからない」
「まともなライブにはならない。なのにこんな中で歌うつもりか?」
プロデューサーさんの言葉一つ一つから、私を心配する気持ちが見えるのが素直に嬉しい。
そして何より頭ごなしに「やめろ」と言えばいいものを、私に選ばせてくれていることには感謝しかない。
「歌います。歌わせてください」
「今は観客スペースには誰もいません。たぶん今日はもう誰も来ないと思います」
「でも、もしかしたら。今、こっちに向かってる人が一人いるかもしれないんです」
「まだ諦めてない人がいるかもしれない」
「そう私が思えるうちは、私はもう諦めたくないんです」
「お願いします。歌わせてください」
深々と頭を下げる。
ごめんなさい。
私の不幸に巻き込んでしまって、ではなく。
私の不幸に巻き込まれてください、という申し訳ない気持ちとともに。
プロデューサーさんが溜息まじりに言った。
「天気がさらに悪化するかもわからない。だから一曲だけだ。それでいいか?」
「はい!」
私の返事を聞いたプロデューサーさんはそのまま後ろを向いてスタッフさん達に頭を下げる。
「そういうわけですので、スタッフの皆さんもよろしくお願いします」
私も慌てて一緒に頭を下げる。
「よ、よろしくお願いします」
スタッフさん達はまたしても「やっぱりそうなるのか」と苦笑して、準備に取りかかってくれた。
「やれやれ、こんなことになるとは」とプロデューサーさんがぼやいたのが聞こえたけど、聞こえなかったフリをした。
コメント一覧
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- 2016年11月27日 22:09
- 全俺が泣いた
担当になりそう
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- 2016年11月27日 22:17
- いいなぁ…
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- 2016年11月27日 22:18
- こんなライブ行けてたらファン生にかかる宝だろうなあ
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- 2016年11月27日 22:20
- 画餅、偽善、ご都合主義…そんな印象
納得できるかこんなもん
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- 2016年11月27日 23:37
- 幸せにしなきゃ(使命感)
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- 2016年11月27日 23:41
- ほたるちゃんには図太く生きていって欲しい
諦めないほたるが私も好きです