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こんな日が続けばいいのに【その3】|エレファント速報:SSまとめブログ

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こんな日が続けばいいのに【その3】

関連記事:こんな日が続けばいいのに【その2】





こんな日が続けばいいのに【その3】






886:以下、名無しが深夜にお送りします 2014/03/19(水) 02:13:33 ID:xlx8U5Xo


◇05-01[Subhuman]


 どうしても納得のいかないことがいくつかあったけれど、結局話は終わってしまっていた。
 すぐに眠る気にはなれなかった。俺はリビングのソファでしばらく考えごとをしていた。
 
 考えることはたくさんあったはずなのだ。それなのに、俺の思考の糸はすぐに途切れてしまう。

 ソファのもたれかかっているうちに、よく分からなくなっていく。

 いま手元に存在する感覚。

 何を考えればいいんだろう。シロの思惑とか、現実のこととか、俺の願いのこととか。
 司書さんのこととか、タイタンのこととか、死んでしまう誰かのこととか。

 俺には考えなければならないことがたくさんあるはずなのに。
 頭が働かない。



887:以下、名無しが深夜にお送りします 2014/03/19(水) 02:14:04 ID:xlx8U5Xo


 シロは、なぜかわからないけど、三人目の願いを叶えたがっている。
 タイタンは、司書さんを助けるために繰り返しをなくしてしまいたい。

 俺は、どうしたいんだろう。

 それが分からなかった。

 そもそも疑問なのだ。

 俺はシロに、"俺がこうじゃなかったら"の世界を見せてほしい、と頼んだらしい。
 でも、よくわからない。どうしてそんなことを頼んだんだ?

 どうして『見せてほしい』だったんだろう。
 どうして『変えてほしい』じゃなかったんだろう。
 
 俺にはよく分からない。どうして俺には元々の世界の記憶がなくなってるんだろう。



888:以下、名無しが深夜にお送りします 2014/03/19(水) 02:15:01 ID:xlx8U5Xo


 一から全部、誰かにちゃんと説明してほしかった。何が起こったのか。何が起こっているのか。
 そして俺をちゃんと納得させてほしい。結局俺はどうすればいいんだ?

 俺が、シロに願って、自分に都合の良い世界を作ってもらっていたんだとしたら。
 やっぱり俺は、そんな世界を受け入れるわけにはいかない。

 俺は眠ることが好きだし、眠って夢を見ることも好きだ。

 でも、眠りにも倫理がある。都合のいい幻想を現実に持ち込んではいけない。
 その程度の事、俺だって知っていたはずなのに。

 どうして俺は、そんなことを願ってしまったんだろう。
 今はもう、シロに願いを言った自分自身を殴りつけたくてしかたない。

 シロに何を言われたって、こんな願いを受け入れるわけにはいかない。
 帳消ししないといけない。

 でも、シロは願いの取り消しを受け入れてはくれない。"誰か"を助けるために。
 俺は、何をやっているんだろう。



889:以下、名無しが深夜にお送りします 2014/03/19(水) 02:15:45 ID:xlx8U5Xo


 目を瞑って、意識的に呼吸をする。上手に呼吸をするのはすごく難しいことだ。
 いくらか戸惑いながら、俺は呼吸を徐々に整えていく。適切なテンポを取り戻していく。
 そして瞼の奥に何かの景色を見出そうとする。

 頬の表面は部屋の空気をたしかに感じている。
 その冷たいような、ぬるいような曖昧な空気。

 背もたれに体重を預け、全身から力を抜く。四肢を伸ばし、その重みを意識しようと努める。

 そうしているうちに頭は段々とぼんやりしてくる。自分の意識が今そこにあるのか、分からない。
 けれど感覚は、むしろ鋭敏になっていく。自分の呼吸の音が間近に聞こえる。
 つけっぱなしの換気扇が鳴いている。鳴き声はごくささやかだったはずなのに、気付いてしまうとうるさくて仕方ない。

 ふと目を開くと視界は青かった。暗闇なのだ。リビングに入ってきたとき、灯りをつけなかっただろうか?
 つけなかったかもしれない。俺は右腕を前方に伸ばしてみる。その影すら見えない。

 どうしてだろう、眠れなかった。



890:以下、名無しが深夜にお送りします 2014/03/19(水) 02:16:49 ID:xlx8U5Xo


 とにかく眠ってしまえばいいのに。朝が来れば、学校へいかなきゃいけない。
 ここがどんなに奇妙な世界でも、その世界にルールというものがあるなら、従うべきなのだ。
 そうしなければ弾かれてしまう。

 俺はもう一度瞼を閉ざした。景色は青から黒へと静かに移行する。
 けれど意識は眠りに落ちていこうとはしなかった。いつまでも現実に縋りついている。
 
 気怠い焦燥が、頭の隅の方で疼きはじめる。
 俺は眠らなければならない。

 とにかく眠ろう。そう試みる。でもダメだ。何かうまくいかない。
 俺はいったい何をやってるんだろう。いったい何をしようとしてるんだろう?
 
 どうして眠れなくなったりするんだ?

 いったい何のせいで?
 
 でも、答えは分かり切っていた。俺は既に眠りの世界にいる。これは明晰夢なのだ。
 俺は夢の中で、夢が夢であることを自覚してしまった。

 だから、夢を現実だと錯誤することもなく、ただ曖昧に微睡んでいる。



891:以下、名無しが深夜にお送りします 2014/03/19(水) 02:17:31 ID:xlx8U5Xo


 ふと、誰かが俺のことを見ているような気がした。

 それはどことなく非現実的な印象を持つ視線だった。とてもこの世のものとは思えない。
   
 俺は瞼を開いてその視線の元を辿ろうとした。暗闇の中で、視線の主は鈍く光っていた。
 静かな、青ざめた光。鈍い灰色。

 俺を見ていたのはイグアナだった。でも、もちろん真夜中のリビングにイグアナがいるわけがない。
 だからこれは幻覚か、妄想か、一種のイメージでしかない。

 イグアナ。いつだったか、イグアナについての小説を読んだことがある。
 
 主人公は禁猟区の河床で日光浴をしているイグアナを見かける。
 かたちに関してはともかく、主人公はその皮膚の宝石のような輝きに強く惹かれる。

 そして、その皮膚の色彩に惹かれるあまり、イグアナを撃ち殺してしまう。
 その美しい皮膚によって、何かを作ることができるかもしれないと思ったのだ。

 けれど、イグアナの死体が石の上に横たえるのと同時、美しかったその輝きは失われてしまう。
 イグアナの皮膚から星のような色彩は抜け去ってしまう。
 残されたのはただ、コンクリートのかたまりのような、鈍い灰色に成り果てた、むなしい死骸だけだった。

 馬鹿げた話だ。



892:以下、名無しが深夜にお送りします 2014/03/19(水) 02:18:05 ID:xlx8U5Xo


 俺はイグアナを殺したことがない。見たこともない。
 でも、なぜだろう、イグアナは俺を責めているような気がした。
 
 もちろんそれは錯覚だろう。もう彼の瞳からは感情というものが消え去ってしまっていた。
 彼は既に死んでしまっているのだ。だから俺を責めることも、恨むこともできない。
 美しかった色彩を失い、ただ無感動な灰色の塊になってしまっている。

 こんなつもりじゃなかったんだよ、と俺は言う。
 こんなことになるとは思わなかったんだ、と。

 イグアナは悲しげなまなざしをこちらに向ける。
 でもそれだって俺がそう感じるというだけだ。彼はもう悲しむことすらできない。

 俺はイグアナを見たことがない。でも、殺したことはあるような気がしてきた。
 だからこそイグアナはそこにいるのだ。そこから俺を見るでもなく見ている。
 
 こんなつもりじゃなかったんだよ、と俺はもう一度呟いた。答えはどこからも帰ってこなかった。
 俺はただ、きみに憧れていただけなんだよ。ただきみのようになりたかっただけなんだ。
 取り巻く世界をきみと同じように感じてみたかったんだ。きみから何かを奪うつもりなんてなかった。

 イメージは虚空を舞う空想の断片でしかなく、意味をなさない。
 だから俺の言葉さえ、空疎な言い訳のようにしか響かなかった。
 手のひらで叩けば気持ちのいい音を鳴らしそうなくらい空疎な、意味を持たない言い訳。



893:以下、名無しが深夜にお送りします 2014/03/19(水) 02:19:20 ID:xlx8U5Xo


 俺は灰色のかたまりでしかないイグアナを静かに見つめた。
 彼は既に意思をもっていないはずなのに、彼の瞳はこちらを見つめているような気がする。

 錯覚だ、と俺は頭の中で念じた。目を閉じてもう一度唱えてみる。錯覚なんだ、と。
 もう一度目を開いたときにはイグアナの姿は消えていた。
 あの土袋のような骸はどこにも転がってはいない。

 それなのに、彼のまなざしは、まだそこに残されているような気がする。

 それはいつまで経っても消えなかった。時計の針の音が柔らかに部屋の中を支配している。
 針は動き続けている。換気扇のうねり。自分が目を開けているのか閉じているのか、よくわからない。
 
 どのくらいの時間が過ぎただろう。
 気付けば部屋の中はかすかに明るくなりはじめていた。カーテン越しに空が白み始めているのが分かる。



894:以下、名無しが深夜にお送りします 2014/03/19(水) 02:20:28 ID:xlx8U5Xo


 時計の針の音が響き続けている。時が経つにつれ、朝は自らの訪れをひそやかに主張しはじめる。 
 小鳥の鳴き声が換気扇のうねりに混じり始める。
 
 俺は立ち上がってカーテンを開ける。オレンジ色の朝日が空を照らし始めている。
 
 小さく首を振ってから、俺は窓辺から離れてコーヒーをいれた。もう眠ることは諦めてしまった。

 ソファに座り直し、静かに目を瞑る。すると誰かが俺のことを見ている気がする。気配の方を振り返る。

 でもそこには誰の姿もない。
  
 俺は溜め息をついてから、コーヒーを啜る。
 朝の太陽は静かに光を強めていく。俺の体をイメージの世界から暫定的な現実の世界へと引き戻す。

 夢と現実との境界は曖昧だった。俺は眠っていたのだろうか。起きていたのだろうか。



895:以下、名無しが深夜にお送りします 2014/03/19(水) 02:21:06 ID:xlx8U5Xo


 やがて妹がリビングに現れた。「おはよう」と彼女は眠たげな顔で言った。

「おはよう」と俺は返事をする。コーヒーをもう一度口にする。それは既に冷え切ってしまっていた。

「寝てないの?」

 妹はそう訊ねてきた。どうだろう、と俺は考える。自分でも分からなかった。
 でもどちらでも同じことだ。朝は来てしまったのだ。

「眠れなかったんだよ」

 俺がそう答えると、妹はちょっと困ったみたいな顔をした。

「ばか」

「うん」

「ねえ、あの子、朝起きたらいなかったんだけど、お兄ちゃん知ってる?」

「俺の部屋にいるよ」

 俺の答えに、妹はどこか疑わしそうな顔をした。



896:以下、名無しが深夜にお送りします 2014/03/19(水) 02:21:55 ID:xlx8U5Xo


「どうして?」

「さあ?」

 はぐらかしたつもりはなかった。本当によく分からなかった
 シロはどうして俺の部屋を訪れたんだっけ? ……ああ、そうだ。灯りがなかったからだ。

 話をしているうちに、また二階から物音が聞こえてきた。
 階段を降りる静かな足音。

 あくびをしながら、シロが姿を現した。

「おはよう」と俺は言った。シロは眠たげに瞼をこすりながら返事をしてきた。

「……おはよう」

 さて、と俺は思った。学校に行く準備をしなくては。
 歯を磨いて顔を洗って制服に着替えろ。鞄の中身を入れ替えて、授業に備えろ。
 
 それ以外にできることなん