戻る

このページは以下URLのキャッシュです
http://gamecolumn.blog17.fc2.com/blog-entry-46087.html


ゲーム情報&ブログ2.0『小島氏の国境を越えたゲーム開発を率いるその卓越した能力に迫るとした記事』が掲載中。
スポンサードリンク

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

『小島氏の国境を越えたゲーム開発を率いるその卓越した能力に迫るとした記事』が掲載中。

小島氏の国境を越えたゲーム開発を率いるその卓越した能力に迫るとした記事が掲載中。小島氏の取材側に立っていた人がコジマプロダクションに飛び込んで感じたことを伝えていますね。









実際に、着々と進行している現在のゲームづくりも、海外(オランダ)のスタジオとゲームエンジン「DECIMA(デシマ)」を共同開発し、プロダクションの分室(コジマプロダクション・アムステルダム)をオランダにつくるなど、国境を越えた現場になっている。日本のスタジオにも様々な国籍のスタッフが在籍している。

 国境を軽々と越えてしまう小島監督は、本気で宇宙に行くつもりなんじゃないかと、私たちをいつも錯覚させてくれる。
 それはどうしてなのだろう? いやその前に、いまどき「火星に行く」とか「宇宙旅行」などと口にすることは、時代錯誤なんじゃないか、そう素朴に思う人もいるかもしれない。残念ながら、今はそういう風潮が支配的なのだ。しかし、小島監督は、それに抗って前に進もうとする。常識と呼ばれているものを疑い、それに流されまいとする。そのためには、どんな努力も惜しまない。

 監督を突き動かしているものの正体はなんなのか。そこに踏み込む前に、私と監督との関係を、いまいちど記しておきたい。
 私が監督と初めて出会ったのは、2000年の2月のことだった。当時の監督は代表作『METAL GEAR SOLID』(MGS)を2年前にリリースし、すでに世界中から大きな注目を集めていた。私はといえば、当時、『ニュータイプ』というアニメ雑誌の編集者をしていた。2月のある日、知人に誘われて、小さな宴に顔を出したのだった。少し遅れていくと、宴はすでに盛り上がっていた。最新映画や小説のことを弁舌巧みに語る人物が、座の中心にいた。

 それが小島秀夫監督だったのだ。
 こんなに面白い人がゲーム業界にはいるんだ! ほんのわずかな時間で、私は監督に“はまって”しまった。
 この人に映画についての連載をお願いしようと即決した。絶対に面白いものになる。それは編集者としての確信だったが、それ以前に、連載をしてもらっている間ならば、監督と会う口実が作れるではないかという下心もあった。
 その目論見どおり、連載が始まると、監督と一緒に映画や小説の話をとことん交わすという機会に恵まれることになったのだ。それは“仕事”を超えた贅沢な時間だった。
 だからなのかもしれない、私の興味は「A HIDEO KOJIMA GAME」よりも「小島秀夫」の方に強く惹かれていたような気がする。慌てて付け加えるが、監督の作品に興味がなかった、と言っているのではない。たとえば『MGS2』がなければアメリカ史を勉強することもなかっただろうし、『MGS3』がなければ冷戦時代について学び直すこともなかったし、『MGSV』でアフガンやアフリカの歴史について考えることもなかっただろう。そしてゲームという表現形式がはらんでいる、とてつもなく深くて豊かな可能性に思いをはせることもなかっただろう。
 ただ、私にとっては「こんな作品を創った小島秀夫という人はどんな人なんだろう」という興味が勝るのだ。



・・・と小島氏と長年親交があった人がコジマプロダクション入りという事で、小島氏を追いかける立場から一緒に作っていく立場へとポジションチェンジしたわけで、それでどう向き合い方が変わったのか?というのが気になりますね。小島氏の思い描くプランが常識の価値感を超える場合もあるとしており、それだけストイックな制作意欲が感じ取れるものですね。


関連リンク

| [ゲーム]ゲーム情報記事 | 19時13分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

スポンサードリンク


 















非公開コメント

http://gamecolumn.blog17.fc2.com/tb.php/46087-04edba7b

PREV | PAGE-SELECT | NEXT