安部菜々「二兎物語」
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卯月「う~さみん!歌って踊れる声優アイドル目指して、うさみん星からやって来ました!永遠の17歳、安部菜々です!きゃは!」
会場が静まりかえる。
卯月「ああ~、ちょっと~引かないでください!みなさん声を合わせてくださいね!せ~の、う~さみん!はい!」
『う~さみん』
私のコールに対してあまりにたよりないレスポンスが返ってくる。
菜々ちゃんのファンは鍛えられているのではなかったのか……
しかしステージに立っているのは安部菜々の変装をした私、島村卯月である。
なぜ今、私が菜々ちゃんのふりをして仕事をしているのか。
それを説明するためには1日前に起こったある事件を紐解く必要がある。
1日前
菜々「卯月と菜々の“うづみんの部屋”!」
卯月「今日はゲストは橘ありすちゃんと、鷺沢文香ちゃんです!」
ありす「橘です。今日はよろしくお願いします」
文香「鷺沢、文香です。本日はお招きいただきありがとうございます」
菜々ちゃんと私の元気いっぱいの導入に対し、ありすちゃんと文香ちゃんは清流のようにおだやかなあいさつで応える。
毎回ゲストを呼んで、そのゲストの好きな物を掘り下げていくのが番組の趣旨である。
文香「ありすちゃん、安部さんに“あれ”渡さなくていいのですか?」
ありす「ちょ、ちょっと文香さん。まだ私、心の準備が……」
菜々「え!?ありすちゃん、菜々に何かプレゼントがあるんですか?」
卯月「何でしょう?気になりますね!」
ありす「え、あの……はい。私、菜々さんにモンブランを作ってきました。その……どうぞ」
私は橘ありすちゃんが、12歳という年齢の割にしっかりした子だと聞いていた。
でも照れくさそうにケーキを渡す姿に、年相応のかわいらしさを感じた。
卯月「ひょ、評価!?点数!?」
私は素っ頓狂な声を上げる。まるで評論家だ。ありすちゃんは菜々ちゃんの大ファンじゃなかったのか……
ありす「そうです。ファンだからこそアイドルの成長のために鬼にならなければなりません。菜々さんのファンは自分と、そして菜々さんを鍛えるのが使命ですから。」
横目で菜々ちゃんを見る。
水面付近の金魚のように口をパクパクしていた。
菜々「……は!いけない!意識が遠のいていた!で、でもありすちゃんは優しいですから、きっといつも高得点をつけてくれているはずですよね。菜々だけに7点とか!なんちゃって」
菜々ちゃんはなんとか持ち直そうとする。
菜々「ぐは!」
ありすちゃんが菜々ちゃんにとどめを刺す。
ありすちゃんが菜々ちゃんの大ファンといのは、実は嘘なんじゃないかと私は思う
文香「私からは、卯月ちゃんにプレゼントがあります」
卯月「私にもですか!?な、なんでしょう?」
先ほどの菜々ちゃんの流れのせいで思わず身構える。
文香ちゃんから小説を手渡される。よかった。普通で。
私ははじめて普通であることをよろこんだ。
卯月「でもどうして『二都物語』なんですか?」
文香「安部さんのウサミンと卯月ちゃんの卯でウサギが二羽。つまり『ニ兎物語』です」
ダジャレだった。
文香「なんですか?」
菜々「文香ちゃん、菜々のことを呼ぶときなんて言ってますか?」
文香「?……安部さんですが」
菜々「その、菜々のイメージ的に安部さんはちょっと~」
確かに私も気になっていた。
文香「では、安部ちゃん?」
……どこかの総理大臣みたいだ。
菜々「どこかの総理大臣みたいじゃないですか!まずは安部から離れてください~!」
おみやげコーナーであたたまった場の空気は、メインのトークコーナーでも会話に膨らみを与えてくれた。
そして番組は終盤へ
「ぴにゃこら太の冒険」という私が主人公であるぴにゃこら太の声を担当しているショートアニメが流れる。
今回は、ぴにゃこら太が自身の名前について悩む話だ。
ありすちゃんが恨めしそうな目で私を見ているのを、私は背中で感じた。
ありすちゃん……恨むなら脚本家を恨んでください……
なんで自分はぴにゃこら太なのか、もっと普通の名前でもよかったのではないか。
悩み悩んだ末、ぴにゃこら太は名付け親に自分の名前の意味を聞いてみることにした。
すると名付けの親はこう答える。
「お酒の名前を付ければ、コナンとコラボできると思ってな」
次回「黒く染まるぴにゃこら太」
お楽しみに
どうやら私には声優の才能があるらしく、今ではいろんな役を演じさせてもらっている。
菜々ちゃんが羨ましそうな目でこちらを見ているのを私は背中で感じた。
菜々「楽しい番組もお別れの時間がやって来ました。ありすちゃん、文香さん!今日はありがとうございました。そしてテレビの前の皆さん、明日は菜々のトークショーがあります!私は、みなさんに会うのがとっても楽しみです!ぜひきてくださいね!」
最後は菜々ちゃんの告知で番組を締める。
今日の収録でひとつ驚いたのが文香ちゃんと度々目が合うことだった。
そして積極的に話に加わろうとしていた。私は、文香ちゃんは
トークが苦手だと聞いていたがその評価は覆えざるを得ないようだ。
収録後帰り際にありすちゃんは菜々ちゃんに今日の番組での評価を伝える姿が見えた。
菜々ちゃんに、何点だったのか聞いてみると、今回は菜々だけに7点だったらしい。
たぶんありすちゃんにとっては100点以上の点数なんじゃないだろうか
そう伝えると菜々ちゃんは嬉しそうに
菜々「やっぱり菜々のファンは良い人ばかりです!明日がたのしみだな~」
と笑顔で答えた。
ちなみにありすと文香2人はこのあとなか卯でご飯を食べるらしい。
……うさぎだけに
杏「んぁ、卯月ちゃんお疲れ~」
卯月「杏ちゃん、お疲れ様です!」
杏「うう~寝すぎて頭が痛い……こう太陽が出てぽかぽかだとつい昼寝しちゃうよね~」
あれ?杏ちゃんは確かスケジュールだとさっきまでレッスンだったはずじゃ
杏「卯月ちゃんはさ、太陽の年齢って知ってる?」
はぐらかされた。
しかし太陽の年齢か……
卯月「確か46億年前に太陽ができたはずですから、46億歳ですか?」
卯月「え、23歳!?どういうことですか?」
若すぎる。それでは青年じゃないか
杏「1年ってさ、杏たちにとっては地球が公転して太陽を中心にその周りをぐるっと一周する期間のことだよね」
卯月「はい」
卯月「毎秒217キロ……?」
速度を言われてもピンとこない
杏「つまり一周するのに2億年かかるんだ。太陽にとっては2億年ごとに一周して1つ年をとる。だから46億÷2億で23歳になるんだよ。」
卯月「なるほど」
なるほど。
しかし杏ちゃんは太陽の年齢の話をして何がいいたいのだろう
杏「その本さ、チャールズ・ディケンズだよね」
杏ちゃんは私が抱えている本を指して言う。
卯月「はい。文香さんにもらいました」
杏「ディケンズはこういったんだよ
『今日できることを明日にしてはいけない。遅延は時間の盗人だからだ』
でもさ太陽の気持ちになってみれば、今日できることを明日やっても大して変わらないと思わない?だって年を1つとるのに2億年もかかるんだからさ」
卯月「そうかもしれませんが、レッスンをさぼるとトレーナーさんに叱られますよ」
杏「その時は太陽の年齢の話をするよ」
本気か冗談かわからないトーンで杏ちゃんは答える。
うさぎだけに。私は杏ちゃんの下敷きになっている兎に目を遣る
杏「……なか卯の卯って、本当はうどんの‘う’から来てるんだけどね」
卯月「何か言いました?」
杏
コメント一覧
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- 2017年01月10日 22:25
- 登場人物みんな好き、特にウサミンと杏が絡むと非常に良かです
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- 2017年01月10日 22:31
- 面白かったし地の文と台詞のバランスが素晴らしいと思う
また書いてください何でもしまむら
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- 2017年01月10日 22:48
- 短い話の中で上手く伏線撒いて回収したな
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- 2017年01月10日 23:22
- なか卯のステマやんけ!
この世界のファン鍛えられすぎぃ
アイドル入れ替わりも日常茶飯事なんやろか……
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- 2017年01月10日 23:37
- こういう話好き
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- 2017年01月11日 00:01
- ただのギャグかと思ったら文学作品もからめた起承転結がハッキリしている短編小説だった
お見事です
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