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椎名法子「トキコ」【モバマス】|エレファント速報:SSまとめブログ

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椎名法子「トキコ」【モバマス】

1: ◆saguDXyqCw 2017/01/13(金) 17:30:52.54 ID:wEYB5TOK0




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イラスト・にしむらくん





  本当はね、アイドルになる前に会ってるんだ。






2: ◆saguDXyqCw 2017/01/13(金) 17:34:13.79 ID:wEYB5TOK0


 授業で職業体験があったの。

 社会学習ってことで、一日だけ外のお店で働くんだ。

 配られたプリントには協力してくれる色んなお店がのってて、行きたい所に印をつけて提出するようになってた。

 そこにはドーナツ屋さんもあって、当然あたしはそこに丸をつけたの。


「やっぱり? 法子ちゃんだもんねー」


 なんて、友達からは言われちゃった。

 希望は通って、あたしはその日ドーナツ屋さんで働くことができた。

 店員さんのアシスタントをやったんだけど、大変だった。

 ドーナツ屋さんのことは全部知ってるつもりだったけど、働いてみると全然違った。

 カウンターを挟んだだけで、別世界のお店に来たみたい。

 混んだり、注文された量が多いと焦っちゃって。

 慌てて掴んだドーナツを落として売り物にならなくなったりしてさ。

 あの時のハロウィンドーナツが、今でもあたしを睨んでくるよ……

 でも段々慣れてきて、落とすこともなくなって。


 そんな時にね、その人はやってきたんだ。








3: ◆saguDXyqCw 2017/01/13(金) 17:36:54.33 ID:wEYB5TOK0


 丁度あたしがついていた店員さんが、店長さんと相談してた。

 レジはあたしのところだけ空いていて、だからあたしのところに来たんだと思う。

 赤みがかかった綺麗な髪を長い髪を揺らしながら、かつかつとハイヒールが音を立てて。サングラスを取って、レジの上にあるメニューに眉間にしわを寄せながら目を向けてた。

 きっと普段はあんまり使わないんだな、ってあたしは思った。

 「どんなものを買おう?」じゃなくて、「どんなものがあるの?」って感じだったから。


「注文、いいかしら?」


 そう言ってから、その人はあたしを初めて見たんだ。透き通るような琥珀色の瞳がちょっとすぼまった。


「貴方、アルバイト? 働いていい年齢には見えないけど」


 学校の実習なんです! ってあたしは答えた。

 その人は、小さく頷きながらあたしに、穏やかに笑んでくれた。


「そう、頑張りなさい」


 社交辞令だったんだと思うけど、あたしの心にはその笑顔が凄く印象に残ってた。






 え、だからって?


 だからね……あたしがあのとき声をかけたのは、ただの気まぐれじゃないんだって。




 そう思うんだ。






4: ◆saguDXyqCw 2017/01/13(金) 17:39:24.21 ID:wEYB5TOK0




 嬉しくって、駆け足で。


 あたしはフレンチクルーラーに挟まれたホイップクリームに負けないくらいの白い息を吐きながら、事務所に向かってた。

 胸には甘いドーナツがたくさん入った紙の箱を抱えながら。

 最近ね、事務所の近くに有名なドーナツ屋さんができたんだ。

 本当に人気で、開店日なんか一時間の行列だったって。あたしも並びたかったけど、お仕事の都合で行けなかった。

 それからもタイミングとか合わなくて買いに行けなかったんだけど。

 今日はね、ちょっと早起きしてね。

 それで、レッスンがちょっと遅い時間からだったの。

 朝食のパンを食べながら壁にかかってる丸時計を見たら、それがこのお店のドーナツになっちゃった。

 だからいつもよりちょっと早く家を出て、開店前のお店に行った。できてからだいぶ経つから、一時間の行列にはならなかったけど、それでも三人あたしより先に来てる人がいたんだ。びっくりだよね。

 ともかくそれで開店して、あたしはできたてのドーナツを買った。

 今日は、ゆかりちゃんと有香ちゃんの『ゆかゆか』の二人と一緒。

 レッスン終わりにこの甘いドーナツ、一緒に食べれるって思うと嬉しくて。

 急がなくていいのに、あたしの歩みはちょっと早足。それから駆け足。






5: ◆saguDXyqCw 2017/01/13(金) 17:41:08.57 ID:wEYB5TOK0


 事務所に行く途中に、公園を通った。

 その場所からは、公園を通った方が近道なの。

 その日は十一月なのに、鼻につんとくるくらい冷えた日で。

 だけど空は雲ひとつない青空だった。

 都心にある公園だったけど、緑がたくさんある広い公園だった。

 遊歩道は、途中で林に入り込むんだ。

 紅葉した木々の合間を縫うように曲がりくねった道を、あたしは小走りで進んでいった。

 吸う息は肺に冷たく心地よく入って、はあはあと吐き出す息は水面の足跡みたいにあたしの後ろにできては広がって消えていった。

 おい茂る枝木に遮られて日の光は歩道に殆ど届かなかった。たまに木漏れ日が地面に光を落とす程度。


 だけどね。

 林の道の途中で、一か所だけ開けて日がたくさん当たる場所があったの。

 真っ白に煌いてるそこには、道の端に木製のベンチが一つ置いてあって。

 そこに、その人は座ってたんだ。



 財前時子さん。







6: ◆saguDXyqCw 2017/01/13(金) 17:43:48.34 ID:wEYB5TOK0



 日をたくさん浴びながら、すらりと伸びた綺麗な足を組んで本に目を落としてた。

 綺麗な赤みがかった髪は、日の光でルビーみたいに輝いてた。

 本を読む顔は、つまらなそうにも真剣そうにも見えた。もしかしたら両方なのかも。

 あたしは足が止めて、木陰の中からその光景に目を奪われた。

 時子さんのことはもう知ってた。あたしがアイドルにスカウトされてから、少し後に事務所に入ったことも。

 でも仕事やレッスンで一緒になることはなかった。

 あたしにとって、彼女はあくまでポスターのなかで輝くアイドル……つまり、ライバルの一人だった。

 でも事務所は同じ。ちょっと悩んでから、あたしは木陰から彼女の元に歩いていった。


「時子さん……だよね?」


 彼女は不愉快そうに顔をしかめながらあたしを見上げて、それから目を細めた。

 あの時と一緒の、奇麗な琥珀色。


「貴方……ファンって訳じゃなさそうね。今は公私を分けたいと言いたいところだけど、ファンじゃないならそうもいかないわ」

「あたし、椎名法子。同じ事務所なんだけど……知ってるかな?」

「だからファンじゃないと思ったのよ」


 どうやら時子さんも、あたしのことは知っていたようだ。





7: ◆saguDXyqCw 2017/01/13(金) 17:45:55.63 ID:wEYB5TOK0


 時子さんはぱたんと本を閉じる。


「財前時子よ。よろしく」

「よろしくね時子さん」


 それで会話は終了ってばかりに、時子さんは本を開いた。

 あたしとしてはもう少しお話がしたいんだけど、有無を言わせない感じ。

 呆気にとられちゃって立ちつくしてると、時子さんはあたしを見上げた。

 ちょっと面倒そうな表情で。


「なに、まだなにか用? ないならとっととどっかに行って頂戴。私がなにをしているかも理解できないのかしら」


 結構辛辣。

 そこらへんは、ポスターとかで見るキャラと一緒みたい。

 鞭持って、ちょっと怖い笑みを浮かべてるの。

 ああいうのが好きな人もいるって有香ちゃんから聞いた時はびっくりしちゃった。


「もしかして、有香ちゃんも好きだったりするの?」

「そ、そんな訳ないじゃないですか?!」


 顔を真っ赤にした有香ちゃん、可愛かったな。

 でもあたしはあんまり気にしないで、持っていた箱を差し出した。


「ドーナツ、食べません?」


 アァア? って顔された。






8: ◆saguDXyqCw 2017/01/13(金) 17:47:20.32 ID:wEYB5TOK0



「ドーナツ、嫌いだった?」

「嫌いじゃないわ。貴方の提案に驚いたのよ」

「なにかおかしかったかな」

「貴方、知らない誰かとドーナツを食べる趣味があるの?」

「そんな趣味はないけど、誰かとドーナツを食べるのは大好きだよ。ドーナツって一人で食べてもおいしいけど、誰かと食べるともっと美味しいから。ドーナツを中心に誰かとわっかになって食べて、幸せのわっかが広がっていくの。
 それってとっても素敵でしょ?」


 えへ、とあたしは笑った。


「だから、よかったら一緒にどうかな」


 ちょっと強引すぎたかな? 時子さんはあたしを見つめたまま逡巡してたみたいだった。

 他人を小馬鹿にするみたいに口端を小さく釣り上げると、ぱたりと本を閉じた。


「ハッ……いい度胸してるわね。いいわ、付き合ってあげる」





9: ◆saguDXyqCw 2017/01/13(金) 17:50:12.17 ID:wEYB5TOK0


 あたしは時子さんの隣に座って、膝の上で箱を開けた。

 色とりどりのドーナツが、透き通った陽光に照らされて宝石みたいにきらきら輝いてた。

 顔を近づけると、小麦粉の指揮に乗せられてチョコやいちご、ホイップクリームの甘い香りが早く食べてってあたしに歌い掛けてくる。


「時子さんどれがいい……あ、たくさんあるけど一個だけだからね。ゆかゆかやプロデューサーの分も残しとかなきゃだから」

「一個で十分よ。そうね……あまり甘くないの、あるかしら」

「じゃあこれかな?」


 あたしは黒いチョコのかかったドーナツを差し出した。ビターチョコドーナツ。プロデューサーかちひろさん用に買ってあった、ちょっと苦めな大人のドーナツだった。

 それから、今度は自分用のハニーディップを取り出すと、パクッて一口。

 思わず顔が綻んじゃう。

 蜂蜜のとろけるような甘さに、レモンの風味がドーナツにしっとり染みてて。


「うー、美味しいー!」


 そのままぱくぱく食べ進んじゃって、半分まで食べたところで時子さんの視線に気がついた。


「どうかした?」

「貴方……豚みたいに素直ね」

「それって褒めてるのかな?」

「やっぱり豚ね」

「それより、まだ食べてないの?」


 時子さんの手には、奇麗なリングを作ったままのドーナツが乗っていた。





10: ◆saguDXyqCw 2017/01/13(金) 17:52:17.98 ID:wEYB5TOK0


 時子さんは、今まで忘れてたみたいにはっとなってドーナツに目を向けた。


「……あなたが豚みたいに食いついてるから、興味深かったのよ」

「ドーナツにもきょーみを持ってよう。おいしいよ?」

「指図しないで頂戴、不愉快だわ」


 そう言ったけど、時子さんはドーナツを口に運んだ。不機嫌で柔らかそうな唇が開いて、黒い円をかじりとった。

 時子さんは特に感情も表わさないで呟いた。


「ふん……悪くないわ」

「でしょ! ここのドーナツって海外の有名なお店が初めて日本にお店を作ったの! でえ
 終わりです
 この作品は冒頭に貼ったにしむらくんさん(https://twitter.com/246r1031)のイラストがスタートでした。
 時子と法子での、『キャロル』ネタにビビッと来たので書いた作品です。
 掲示板に投稿する際には、イラストの利用を快諾していただいたばかりか、新規のイラストまで描いていただき、感謝してもしきれません。

 その素敵なイラストをもう一度張らせていただきます。
 
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 イラストを提供していただいたにしむらくんさん。そして読んで頂いた方、本当にありがとうございました。
 楽しんでいただけたなら幸いです。






元スレ
椎名法子「トキコ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1484296252/
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コメント一覧

    • 1. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
    • 2017年01月13日 22:54
    • イラスト好き
    • 2. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
    • 2017年01月13日 23:15
    • 時子×法子の話を見ててて思うけど、モバマスの時子さんにとっては法子って本来は物おじしないから、ペース乱されて付き合いたくなくて距離取ってそうだな~と思ってしまうw実際時子さんって、自分が主導取れる人以外は苦手そうなんだよな…ほめたり尊敬の念で対応されるのは好きだろうけどw

はじめに

コメント、はてブなどなど
ありがとうございます(`・ω・´)

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