小室千奈美「高峯のあの事件簿・コイン、ロッカー」
ライブハウスのコインロッカーから白骨遺体が見つかる事件は、まだ起こっていない。
前話
鷺沢文香「高峯のあの事件簿・爆弾魔の本心」
あくまでサスペンスドラマです。
設定はドラマ内のものです。
それでは、投下して行きます。
高峯探偵事務所
探偵・高峯のあ
助手・木場真奈美
助手2・佐久間まゆ
塩見周子
涼宮星花
木村夏樹
多田李衣菜
松永涼
篠原礼
結城晴
星輝子
白坂小梅
二宮飛鳥
小室千奈美
『コインロッカー』というフレーズがある。
古ぼけたライブハウスに染み付いた、古ぼけたフレーズ。
それは、小銭しか稼げないロッカーを揶揄する言葉でさ。
コインロッカーの方が稼いでるんじゃないか?
壁に染み付いた、タバコの臭いみたいな言葉。
隣のダーツ場なんて、全面禁煙だってのに。
このライブハウスの空気だけが、過去に取り残され続けてる。
それを好きだと言ってくれるのは、物好きだけだ。
物好きは、アタシの未来なんて保障してくれない。
『コインロッカー』のまま、好きだって言われても受け入れられない。
このままは、イヤだ。
歌った。仲間と共に。調和の力を信じて。
歌い続けて、心も声も枯れて来た。
今は壊れず、アタシは『コインロッカー』のままだった。
そして、現実はアタシを攻撃してくる。
タバコの臭いが染み付いた、時代遅れのライブハウスだとしても、アタシの大切な場所なのに。
大切な場所だから、諦めきれなかったからこそ。
仲間が諦めるには、最適のタイミングだった。
アタシの場所は、なくなる。
アタシは、『コインロッカー』ですらいられない。
アタシのポッカリと空洞を見つけたかのように
ソイツは、現れた。
「何のために、歌っていたのですか?」
何のため……仲間のため?ファンの、数少ないけどよ、ファンのため?
「違います」
自分のため、かもしれないな。歌が好きなんだ。もっとたくさんの人に聞いてほしい。
「それも、違いますよ」
穏やかな口調をした、ソイツは言った。
短いフレーズだった。ソイツは人の心を掴み取る術を知っていた。
「誰かの未来を照らすため、ではありませんか」
今思えば陳腐だった。だが。
売れること、続けることを捨てきれないアタシの頭を真っ白にするには、充分だった。
使命という言葉が刺さる。
「でも、失ってしまうのですね」
ああ、と短い言葉が漏れた。
「代わりを差し上げましょう。未来の歩き方は、幾らでもあります」
どうして、アタシはそれを受け入れたのだろう。
薄暗いライブハウスで会った、顔も覚えていない女の言葉を、どうして。
「ここへ、行ってみてください」
とある住所が印刷された、一枚の紙きれ。
「あなたのすべきことが、見つかります」
代わりなんて、ないことを知っていたのに。
序 了
6/16(火)
昼
高峯探偵事務所
高峯探偵事務所
高峯ビル3Fにある探偵事務所。防音でクライアントのプライベートをお守りします。
木場真奈美「帰ったぞ。のあはいる、な」
高峯のあ「きゃー!みくにゃん、こっち向いてぇー!にゃあ、にゃあー!」
高峯のあ
前川みくの熱狂的ファン。仕事場が防音なことをいいことに、ライブ映像で盛り上がっている。職業は探偵。
木場真奈美
高峯探偵事務所で助手を務めている。熱狂的ファンを生み出した原因でもあるので、強くは言わない。
真奈美「映像はこっちを向かないだろう……帰ったぞ!」
のあ「あら、止めるとしましょう。お帰りなさい、真奈美」
真奈美「防音はしっかりしているが、はしゃぎすぎるな」
のあ「はしゃぎ過ぎてはいないわ」
真奈美「声を聞く限りはそうとは思えん。さっきの声、どこから出てるんだ?」
のあ「私からよ」
真奈美「残念なことに知ってる。普段の声から想像できないだけだ」
のあ「女は化けるもの、そう古来から言われてるわ」
真奈美「こういう場面で使うのは一般的じゃないと思うがな」
のあ「何といっても、今日はみくにゃんの日だもの。テンションも高ぶるわ」
真奈美「6月16日のどこが、だ?雨も続いたジメジメな時期はイメージとも合わない」
のあ「真奈美もまだまだね。教えてあげましょう」
真奈美「……聞いておくとしよう」
真奈美「2月22日、にゃんにゃんにゃんで猫の日だ」
のあ「正解。よく知ってるわね」
真奈美「あれだけ聞かされればな。なんで、ラジオ音源をCD化してるんだ……」
のあ「みくを数字に直すと?」
真奈美「39か?」
のあ「つまり、2月22日、2+2+2=6。39、3×13、3+13=16。今日はみくにゃんと縁が深い日よ」
真奈美「こじつけが過ぎる」
のあ「はぁ……」
真奈美「どうした?」
のあ「一時停止して、眺めるみくにゃんもいいわね」
真奈美「はいはい。1時も過ぎてるが、お昼は食べたか?」
のあ「まだよ」
真奈美「チャーハンとパエリアなら、どっちがいい?」
のあ「ふむ……パエリアにしましょうか」
真奈美「佐久間君がレシピを教えてくれた。チャレンジしてみるとしよう」
ピンポーン……
真奈美「お客さんのようだ。お昼はまだでいいか?」
のあ「問題ないわ。真奈美、出て来てちょうだい」
真奈美「その前に」
のあ「何かしら」
真奈美「居間と兼用だが、ここは事務所だ」
のあ「それで?」
真奈美「法被を脱げ、ネコ耳をはずせ、サイリウムは隠せ」
のあ「そうね。片づけるてくるわ」
真奈美「のあ、もう一つ」
のあ「なにかしら」
真奈美「尻尾をつけるのは、やめておけ」
のあ「……」
高峯探偵事務所
のあ「探偵の高峯です、はじめまして」
小室千奈美「小室千奈美よ。最初に確認してもいいかしら?」
小室千奈美
事前連絡もなく訪れた依頼人。趣味はダーツ。
のあ「金額の目安はこの票の通りよ。依頼内容を受けるかどうかは、相談ね」
千奈美「ネットで見た通り、この部屋の防音はしっかりしてるかしら?」
真奈美「さっき、下のカフェに寄っていたそうだ」
千奈美「13時過ぎ待っていたけど、余計なお世話だったかしら」
のあ「お気遣いは感謝するわ。真奈美が来てからで良かった」
真奈美「本当にな」
のあ「それで、上の階から音は聞こえたかしら?」
千奈美「いいえ。静かで良い喫茶店だったわ」
のあ「それが証明になるわ。防音性なら、保障する」
真奈美「カメラや録音機もない」
のあ「秘密にしたいのであれば、私と真奈美以外に漏らさないわ」
千奈美「それならいいわ。あと、金額は気にしてないわ」
のあ「糸目はつけないのかしら?」
千奈美「違うわ。私は話しをするだけよ」
真奈美「話をするだけ?」
千奈美「探偵さんに解決しようとしてもらおうとも思ってないの。私がしないといけないことは、自分でするわ」
のあ「事情がよくわからない」
千奈美「私はコインロッカーから白骨が見つかる事件が起こるから、見て来て報告しなさいと依頼されただけよ?」
千奈美「探偵さん、悪の組織とか興味ないかしら」
のあ「……どういうことかしら」
千奈美「事件は幾らでも起こるでしょ。でも、偶然の積み重ねとは思えないような」
真奈美「……」
のあ「例えば」
千奈美「事故じゃないんでしょう?」
のあ「何が」
千奈美「西園寺のお嬢さん」
真奈美「のあ」
のあ「報道は事故だと聞いたけれど。陰謀論に傾倒するのは危険よ」
千奈美「それを認めようが、どうか構わないわ。依頼された話を聞いて」
のあ「依頼者は誰かしら」
千奈美「わからない」
のあ「わからない?」
千奈美「依頼書はこれよ」
真奈美「便箋か?」
のあ「開けてもいいかしら」
千奈美「どうぞ」
のあ「真奈美、開けてちょうだい」
真奈美「了解」
のあ「どこでこれを?」
千奈美「行きつけのダーツ場があるの。そこで借りてるロッカーに入ってたわ」
真奈美「印刷されてるな」
のあ「真奈美、読んで」
真奈美「『白骨死体がコインロッカーに遺棄されている』」
真奈美「それだけだ。次の連絡があるのか?」
千奈美「続きはこっち。メールよ」
のあ「知り合いかしら」
千奈美「違うわ。どこから漏れたのかしらね」
のあ「幾らでも経路はあるわ。怪しいのは、そのダーツ場」
千奈美「問いただしたけど、犯人は従業員にはいなそうね」
のあ「部外者かもしれないわね」
真奈美「差出人は、明らかに捨てアドレス」
千奈美「内容は単純よ」
のあ「場所、報酬金額、連絡先、それと時間」
真奈美「場所、P/FOR/E?」
のあ「コインロッカーがあるような場所だとしたら」
千奈美「ライブハウスよ。ダーツ場の隣で、私も出入りしてるわ」
真奈美「報酬金額は」
千奈美「しばらくは遊んでいられそうな額ね」
のあ「連絡先は、このメールアドレス」
真奈美「時間は」
のあ「今週末まで、どういうことかしら?」
千奈美「ライブハウス、今週末で閉めるらしいわ。それまでに見つかるんじゃないかしら」
真奈美「最初から言っている通りか。事件は起こってないのか?」
千奈美「ええ。事件が起こる前に知らせないと意味ないじゃない」
のあ「つまり……」
千奈美「私は依頼者じゃないわ。犯人でも目撃者でもない」
のあ「事件は起こっていないなら、探偵の出る幕はないわ」
千奈美「だから、話をしに来ただけよ。私からして欲しいこともないわ」
真奈美「君の件だ」
のあ「メールアドレスの送信元も警察なら、突き止められるでしょう」
千奈美「ふふっ、どうして警察関係者を信じれるの?」
のあ「……」
千奈美「いるらしいわよ、警察の中に内通者が」
真奈美「その情報、どこから仕入れた?」
千奈美「このメールアドレスから。直接は教えてくれないけれど、根も葉もないウワサを教えてくれるの」
のあ「つまり」
千奈美「警察には話さないで」
真奈美「だから、ここに来たのか」
千奈美「助手さんは察しが良くて、助かるわ」
のあ「話はわかったわ。だから、疑問があるの」
千奈美「どうして、私が話したか?」
のあ「そうよ。あなたに利益はないじゃない」
千奈美「私は大人しく従うような女じゃないの。依頼する相手を間違えたわね」
のあ「単なる天邪鬼」
のあ「あなた、出世しないわよ。もしかしたら、早死にするわ」
千奈美「探偵さんみたいに?」
真奈美「不吉なことを、言うんじゃない」
千奈美「冗談よ。私は、報酬分ぐらいは仕事をしようと思ってるの。ダーツ用具も新調したいし」
のあ「こちらに任せると?」
千奈美「どうぞ。あなたがいようがいまいが、事件はそのうち起こるから」
のあ「……」
千奈美「話はおしまい。相談料、幾らかしら?」