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【艦これ】響「ウラジオストクのヴェールヌイ」【第1話~第5話】|エレファント速報:SSまとめブログ

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【艦これ】響「ウラジオストクのヴェールヌイ」【第1話~第5話】

1: ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:11:24.96ID:vgA+tlJao


※地の文、オリジナル艦娘、独自設定あり



2: ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:12:22.58ID:vgA+tlJao

―2015年 7月某日―

―日本・茨城県太平洋沖―


響(ヴェールヌイ)「…………」


   夏の盛りなのに、風は冷たい。
   空一面を雲が覆っているからだろうか。

   輸送艇を改造した司令船。私はその舳先に立って、海の向こうをぼうっと見ている。
   後ろからは、司令官や姉妹たちの賑やかな声が聞こえてくる。


暁「司令官、おにぎりっていくつ持ってきたの?」

提督「なんだ暁、もう腹減ったのか」

暁「ち、違うってば! これはその……そう! 食糧の貯蔵量の確認で」

提督「分かってる分かってる……ちゃんと人数分用意してるよ」

雷「お米とか海苔は大丈夫? 足りなかったらいくらでも作ってあげるわ!」

電「だ、ダメですよ……大事な食糧なんですから」



3: ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:14:18.25ID:vgA+tlJao

提督「そうそう。この船すっとろいからなぁ、下手したら2日はかかるかもしれん」

雷「えぇーっ!?」

暁「もうちょっと速いの無かったの? 司令官!」

提督「文句言うなよ。艤装でウラジオまで行くなんて疲れるだろ? 燃料だって馬鹿にならん。
   それに引き換え、この船なら……」ズズッ

暁「あっ、何そのイス!」

提督「ほーら、こうやって寝っ転がってても着く」ゴロゴロ

雷「だらしないわねー……」

電「これだから少佐どまりなのです」

提督「……言うようになったな、お前」

響「…………」

暁「…………」



4: ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:18:09.84ID:vgA+tlJao


   背後からトテトテと足音が聞こえる。
   暁がすぐそばにやってきたようだ。


暁「……ねぇ、響。どんなところなの? ウラ、ウラジ……って」

響「ウラジオストク?」

暁「そ、そう! ウラジオストク!」

響「……そうだね。雪はあんまり降らなかったかな」

暁「へぇー、ロシアってどこも真っ白って思ってたけど」

響「流石にそれはね……それに、夏も結構暑かった」

雷「港町だったんでしょ? 横須賀とどっちが立派だった?」

電「おっきな橋があるって聞いたのです」

響「橋? あぁ、あれは最近……」


   いつの間にか、雷と電も近くに来ていた。
   提督は相変わらず、ビーチベッドみたいな椅子で休んでいる。


暁「本で見たけど、あの駅も素敵よね……レディや紳士がたくさん乗ってるのよ、きっと」

提督「こらこら、観光に行くんじゃないんだぞ。合同演習だ、合同演習」ゴロゴロ

暁「司令官だってお休みモードじゃない!」

提督「俺の仕事は向こう行ってからだ。航行は副長さん達に任せたよ。俺よりよっぽど信用できるぞ」



5: ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:22:09.20ID:vgA+tlJao

電「……でも、司令官さん。合同演習って、もっと大規模な艦隊でやるんじゃないんですか?」

雷「そうよね。私たちだけなんて……」

提督「……知ってのとおり、ロシア海軍も近年になって純国産の艦娘を建造し始めた」

提督「ドイツやイタリアに引き続き、旧連合国側も着々と艦娘を増やしてるわけだな」

提督「何せ、深海棲艦は世界中の海にいる……ロシアだって例外じゃない。
   北方海域から流れてきた奴が、オホーツクや日本海にたびたび出没してるんだ」

提督「ただ、厄介なことに……何でもあの辺りは、潜水艦タイプが妙に多く出てくるらしい。   
   それなのに、ロシア側の艦娘隊には、対潜のノウハウがほとんど無い……」

響「……ほとんど、ってことは無いと思うよ」

雷「?」

提督「ま、あくまで聞いた話だからな。だが何にせよ、ロシア側は対潜技術の向上を求めている」

提督「そこで、今回の演習ってわけだ。日本艦娘の優れた対潜技術を、何としてもモノにしたいんだろう」

電「でも、それなら由良さんや五十鈴さんが……」

提督「何言ってる。『横鎮の六駆』って言やぁ、対潜戦闘じゃトップクラスって有名だぞ?」

雷「あー……たくさんやったわよね、対潜哨戒」

暁「由良さんたちにも褒められたわよね」



6: ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:26:21.00ID:vgA+tlJao

提督「あちらさんが欲してるのは、装備でも性能でもない。経験だ」

提督「俺が手塩にかけたお前達が、その実績を見込まれて選ばれたんだ。
   ……光栄なことじゃあないか、なぁ」

電「……はい!」

暁「ま、まあ当然よね! そのくらい」

雷「まっかせなさい! ロシアの子たちもしっかり面倒見てあげるわ!」

響「……ふふっ」

暁「あ……」

響「? どうしたんだい?」

暁「ううん、その……ちょっと安心したの。響、さっきからずっと怖い顔だったじゃない」

響「え? ……私が?」

電「はい……ちょっとだけ」

雷「いつも以上に無口だったしね。あんまり、ロシアに良い思い出が無いのかなって。
  ……ごめんなさい。色々聞いちゃって」



7: ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:30:10.74ID:vgA+tlJao

響「……嫌な思い出なんかじゃないさ」


   吹きつける風に、帽子を押さえる。
   指に触れる、小さな2つの感触。団結の槌と鎌、希望の星。


響「いつだって変わらないよ。楽しいことも、悲しいことも……全部あったから、今の私がいる。
  ……こうやって船の上に立ってると……いろんなことを思い出すんだ」

暁「……ねえ、響。よかったら……」

響「……昔話?」

暁「あっ、だ、ダメならいいのよ。でもね、妹が寂しくなかったかっていうのは、お姉ちゃんとしてしっかりと……」

雷「あ、私聞きたい聞きたい! 響、昔の事はぜーんぜん話してくれないじゃない!」

響「まあ、あんまり……そういう機会がなかったからね」

提督「……そうだな。俺もちょっと興味がある」カチャカチャ

電「響ちゃんさえよければ……私も聞いてみたいのです」



8: ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:34:12.98ID:vgA+tlJao

響「…………」

暁「ど、どう? 響……」


   暁はちょっと不安そうに、雷と電は目を輝かせて、私の答えを待っている。
   提督は提督で、人数分の椅子を用意しはじめた。いつの間にか甲板に置いていたらしい。


響「……そうだね。これも、いい機会かもしれない」


   私の返事を合図に、みんながパッと笑って椅子に座る。
   自分の事を話すと思うと、なんだか少しむず痒い。
   
   椅子に座りながら、司令船の進む先に目をやる。
   さすがにまだ、あの広大な大陸は見えない。


響「……実はね。ちょうど、この時期だったんだ」

電「えっ?」

響「……1947年の7月。あの時は夜だったけど、やっぱり空は曇っていた」

響「星も月も、ちっとも見えない。……ほんとうに、暗い夜だった――」



9: ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:36:01.93ID:vgA+tlJao



            эп.1


   Бухта Золотой Рог

           ―金角湾―




10: ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:40:05.39ID:vgA+tlJao

―1947年 7月7日 夜―

―ソ連・ウラジオストク近海―

―駆逐艦「ヴェールヌイ」・甲板―


水兵A「……まるで信じられんね」

水兵B「馬鹿言うな、俺だけじゃない……ソ連の奴らも見たって言ってんだ。
     1人や2人なんて数じゃあない」

水兵A「四六時中酒浸りの奴らだ。お前も一緒に飲んでたんだろうが」

水兵B「あんな酷いもん飲んでられっか! 本当だ、本当にいたんだよ……」

水兵A「……『白い髪の女の子』ねぇ……」

水兵B「誓ってもいい! 昨日の真夜中だ。艦首に、俺のガキと同じくらいの、髪の真っ白な女の子が……
    そうだ、黒い帽子を被ってた。服も確かに水兵の……」

水兵A「へいへい……で、別嬪だったか?」

水兵B「あ? まぁ……多分」

水兵A「そりゃあいい。一度はお目にかかりたいもんだね」

響「どうだろう……やっぱり人によるみたいだよ。こっちの人は才能あるけど」

水兵B「 」

水兵A「……ん?」



11: ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:42:05.46ID:vgA+tlJao


   ――泡を吹いて倒れた水兵さんを、もう一人が慌てて運んでいく。
   ちょっと悪いことをしてしまったかな。
   でも、あんなに若いのに私たちが見えるのは、結構すごいことかもしれない。

   この頃の私たちには、まだ身体が無かった。
   艦の魂、艦の化身……平たく言えば、フネの幽霊。
   当然、身体がないなら艤装もない。だから、外見は普通の人と変わらない。


響「…………」


   夜の海は静かだった。
   私の他に海を走るのは、ソビエトから来た随伴の潜水艦。
   ……捕虜を連行する憲兵だ。


響(……もう、2年も経つんだね)



12: ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:44:05.52ID:vgA+tlJao

   ――実を言うとね。あの当時……私は、かなり腐っていた。


   姉妹はみんないなくなって、私だけが沈み損なった。
   最後の最後まで機銃を撃っても、私たちの負けは覆らなかった。


   ……戦い続けたかったわけじゃない。沈みたかったわけでもない。
   ただ……どうしようもない虚しさしか、私には残っていなかった。


   復員艦の仕事は嬉しかったよ。
   やっと、兵隊さんたちを休ませてあげられる……そう思うと、虚しさも吹き飛んだ。


   そして、全てが終わったら……私も休みたいと思った。
   生まれ故郷の舞鶴に帰って、毎日静かに海を見て……。


   けれど……




13: ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:48:03.91ID:vgA+tlJao

水兵A「……ったく、あいつは……」

ソ連水兵「Привет!」ドタドタ

水兵A「え?」

ソ連水兵「Где инженер?  инженер!」

水兵A「インヂ……ああ、Кроме того, турбины?」

ソ連水兵「Да. Посмотрите на него.」

水兵A「はいよ……どこ行ったかな、おやっさん」

 
響「…………」


   ――私は、売られた。
   
   かつての敵国、ソビエト連邦へ。



14: ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:50:06.02ID:vgA+tlJao


   いや、その言い方は正しくないかもしれない。
   私が引き渡されたところで、祖国には何一つ得がない。
   
   ……賠償だ。敗北のカタに、捨てられたんだ。

   あれだけ、必死で戦ったのに。
   あれだけ、姉妹を失ったのに。
   あれだけ、兵士を帰したのに。

   ――私は、祖国に捨てられた。

   ――そんな風にしか、思えなかった。


響「…………」



15: ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:52:04.53ID:vgA+tlJao


   今なら分かる。私が選ばれたのは、ただの運だった。
   抽選で選ばれた賠償艦。国の人たちも、私を捨てようとしたわけじゃなかった。

   ……でも、でもね。
   あの時は、そんなの、知る由もなかった。


響「……信頼、か……」


   『ヴェールヌイ』。
   ウラジオストクに運ばれる前、ナホトカという港に立ち寄ったとき。
   ソ連の人から、その名を貰った。
  
   水兵さんの話によれば、「信頼できる」って意味らしい。
   ……私は、もう、「響」じゃなかった。


響(……何が信頼だ。こんなことになって……何を信じればいいって言うんだ)




16: ◆hc5Hlyk12iWK