【艦これ】響「ウラジオストクのヴェールヌイ」【第1話~第5話】
※地の文、オリジナル艦娘、独自設定あり
―日本・茨城県太平洋沖―
響(ヴェールヌイ)「…………」
夏の盛りなのに、風は冷たい。
空一面を雲が覆っているからだろうか。
輸送艇を改造した司令船。私はその舳先に立って、海の向こうをぼうっと見ている。
後ろからは、司令官や姉妹たちの賑やかな声が聞こえてくる。
暁「司令官、おにぎりっていくつ持ってきたの?」
提督「なんだ暁、もう腹減ったのか」
暁「ち、違うってば! これはその……そう! 食糧の貯蔵量の確認で」
提督「分かってる分かってる……ちゃんと人数分用意してるよ」
雷「お米とか海苔は大丈夫? 足りなかったらいくらでも作ってあげるわ!」
電「だ、ダメですよ……大事な食糧なんですから」
雷「えぇーっ!?」
暁「もうちょっと速いの無かったの? 司令官!」
提督「文句言うなよ。艤装でウラジオまで行くなんて疲れるだろ? 燃料だって馬鹿にならん。
それに引き換え、この船なら……」ズズッ
暁「あっ、何そのイス!」
提督「ほーら、こうやって寝っ転がってても着く」ゴロゴロ
雷「だらしないわねー……」
電「これだから少佐どまりなのです」
提督「……言うようになったな、お前」
響「…………」
暁「…………」
背後からトテトテと足音が聞こえる。
暁がすぐそばにやってきたようだ。
暁「……ねぇ、響。どんなところなの? ウラ、ウラジ……って」
響「ウラジオストク?」
暁「そ、そう! ウラジオストク!」
響「……そうだね。雪はあんまり降らなかったかな」
暁「へぇー、ロシアってどこも真っ白って思ってたけど」
響「流石にそれはね……それに、夏も結構暑かった」
雷「港町だったんでしょ? 横須賀とどっちが立派だった?」
電「おっきな橋があるって聞いたのです」
響「橋? あぁ、あれは最近……」
いつの間にか、雷と電も近くに来ていた。
提督は相変わらず、ビーチベッドみたいな椅子で休んでいる。
暁「本で見たけど、あの駅も素敵よね……レディや紳士がたくさん乗ってるのよ、きっと」
提督「こらこら、観光に行くんじゃないんだぞ。合同演習だ、合同演習」ゴロゴロ
暁「司令官だってお休みモードじゃない!」
提督「俺の仕事は向こう行ってからだ。航行は副長さん達に任せたよ。俺よりよっぽど信用できるぞ」
雷「そうよね。私たちだけなんて……」
提督「……知ってのとおり、ロシア海軍も近年になって純国産の艦娘を建造し始めた」
提督「ドイツやイタリアに引き続き、旧連合国側も着々と艦娘を増やしてるわけだな」
提督「何せ、深海棲艦は世界中の海にいる……ロシアだって例外じゃない。
北方海域から流れてきた奴が、オホーツクや日本海にたびたび出没してるんだ」
提督「ただ、厄介なことに……何でもあの辺りは、潜水艦タイプが妙に多く出てくるらしい。
それなのに、ロシア側の艦娘隊には、対潜のノウハウがほとんど無い……」
響「……ほとんど、ってことは無いと思うよ」
雷「?」
提督「ま、あくまで聞いた話だからな。だが何にせよ、ロシア側は対潜技術の向上を求めている」
提督「そこで、今回の演習ってわけだ。日本艦娘の優れた対潜技術を、何としてもモノにしたいんだろう」
電「でも、それなら由良さんや五十鈴さんが……」
提督「何言ってる。『横鎮の六駆』って言やぁ、対潜戦闘じゃトップクラスって有名だぞ?」
雷「あー……たくさんやったわよね、対潜哨戒」
暁「由良さんたちにも褒められたわよね」
提督「俺が手塩にかけたお前達が、その実績を見込まれて選ばれたんだ。
……光栄なことじゃあないか、なぁ」
電「……はい!」
暁「ま、まあ当然よね! そのくらい」
雷「まっかせなさい! ロシアの子たちもしっかり面倒見てあげるわ!」
響「……ふふっ」
暁「あ……」
響「? どうしたんだい?」
暁「ううん、その……ちょっと安心したの。響、さっきからずっと怖い顔だったじゃない」
響「え? ……私が?」
電「はい……ちょっとだけ」
雷「いつも以上に無口だったしね。あんまり、ロシアに良い思い出が無いのかなって。
……ごめんなさい。色々聞いちゃって」
吹きつける風に、帽子を押さえる。
指に触れる、小さな2つの感触。団結の槌と鎌、希望の星。
響「いつだって変わらないよ。楽しいことも、悲しいことも……全部あったから、今の私がいる。
……こうやって船の上に立ってると……いろんなことを思い出すんだ」
暁「……ねえ、響。よかったら……」
響「……昔話?」
暁「あっ、だ、ダメならいいのよ。でもね、妹が寂しくなかったかっていうのは、お姉ちゃんとしてしっかりと……」
雷「あ、私聞きたい聞きたい! 響、昔の事はぜーんぜん話してくれないじゃない!」
響「まあ、あんまり……そういう機会がなかったからね」
提督「……そうだな。俺もちょっと興味がある」カチャカチャ
電「響ちゃんさえよければ……私も聞いてみたいのです」
暁「ど、どう? 響……」
暁はちょっと不安そうに、雷と電は目を輝かせて、私の答えを待っている。
提督は提督で、人数分の椅子を用意しはじめた。いつの間にか甲板に置いていたらしい。
響「……そうだね。これも、いい機会かもしれない」
私の返事を合図に、みんながパッと笑って椅子に座る。
自分の事を話すと思うと、なんだか少しむず痒い。
椅子に座りながら、司令船の進む先に目をやる。
さすがにまだ、あの広大な大陸は見えない。
響「……実はね。ちょうど、この時期だったんだ」
電「えっ?」
響「……1947年の7月。あの時は夜だったけど、やっぱり空は曇っていた」
響「星も月も、ちっとも見えない。……ほんとうに、暗い夜だった――」
эп.1
Бухта Золотой Рог
―金角湾―
―ソ連・ウラジオストク近海―
―駆逐艦「ヴェールヌイ」・甲板―
水兵A「……まるで信じられんね」
水兵B「馬鹿言うな、俺だけじゃない……ソ連の奴らも見たって言ってんだ。
1人や2人なんて数じゃあない」
水兵A「四六時中酒浸りの奴らだ。お前も一緒に飲んでたんだろうが」
水兵B「あんな酷いもん飲んでられっか! 本当だ、本当にいたんだよ……」
水兵A「……『白い髪の女の子』ねぇ……」
水兵B「誓ってもいい! 昨日の真夜中だ。艦首に、俺のガキと同じくらいの、髪の真っ白な女の子が……
そうだ、黒い帽子を被ってた。服も確かに水兵の……」
水兵A「へいへい……で、別嬪だったか?」
水兵B「あ? まぁ……多分」
水兵A「そりゃあいい。一度はお目にかかりたいもんだね」
響「どうだろう……やっぱり人によるみたいだよ。こっちの人は才能あるけど」
水兵B「 」
水兵A「……ん?」
――泡を吹いて倒れた水兵さんを、もう一人が慌てて運んでいく。
ちょっと悪いことをしてしまったかな。
でも、あんなに若いのに私たちが見えるのは、結構すごいことかもしれない。
この頃の私たちには、まだ身体が無かった。
艦の魂、艦の化身……平たく言えば、フネの幽霊。
当然、身体がないなら艤装もない。だから、外見は普通の人と変わらない。
響「…………」
夜の海は静かだった。
私の他に海を走るのは、ソビエトから来た随伴の潜水艦。
……捕虜を連行する憲兵だ。
響(……もう、2年も経つんだね)
姉妹はみんないなくなって、私だけが沈み損なった。
最後の最後まで機銃を撃っても、私たちの負けは覆らなかった。
……戦い続けたかったわけじゃない。沈みたかったわけでもない。
ただ……どうしようもない虚しさしか、私には残っていなかった。
復員艦の仕事は嬉しかったよ。
やっと、兵隊さんたちを休ませてあげられる……そう思うと、虚しさも吹き飛んだ。
そして、全てが終わったら……私も休みたいと思った。
生まれ故郷の舞鶴に帰って、毎日静かに海を見て……。
けれど……
ソ連水兵「Привет!」ドタドタ
水兵A「え?」
ソ連水兵「Где инженер? инженер!」
水兵A「インヂ……ああ、Кроме того, турбины?」
ソ連水兵「Да. Посмотрите на него.」
水兵A「はいよ……どこ行ったかな、おやっさん」
響「…………」
――私は、売られた。
かつての敵国、ソビエト連邦へ。
いや、その言い方は正しくないかもしれない。
私が引き渡されたところで、祖国には何一つ得がない。
……賠償だ。敗北のカタに、捨てられたんだ。
あれだけ、必死で戦ったのに。
あれだけ、姉妹を失ったのに。
あれだけ、兵士を帰したのに。
――私は、祖国に捨てられた。
――そんな風にしか、思えなかった。
響「…………」
今なら分かる。私が選ばれたのは、ただの運だった。
抽選で選ばれた賠償艦。国の人たちも、私を捨てようとしたわけじゃなかった。
……でも、でもね。
あの時は、そんなの、知る由もなかった。
響「……信頼、か……」
『ヴェールヌイ』。
ウラジオストクに運ばれる前、ナホトカという港に立ち寄ったとき。
ソ連の人から、その名を貰った。
水兵さんの話によれば、「信頼できる」って意味らしい。
……私は、もう、「響」じゃなかった。
響(……何が信頼だ。こんなことになって……何を信じればいいって言うんだ)