勇者「魔法を使うやつが大っ嫌いなんだ」
勇者さんお得意の回転斬りだ。
―――シュンッ!!
風を切る一瞬の音。
崩れ落ちる魔物。
私がこのパーティに加わってから何度も見てきた技だ。
この技を食らって、上半身と下半身がつながったままでいられた魔物は、一匹もいない。
ミルキィアークスというそうだ。
可愛い名前に似合わず、恐ろしい外見をしているが。
―――グチャァアッ!!
怖気の走る音を立てて、魔物が叩き潰された。
何度も振るううちに切れ味は悪くなる一方だが、戦士さんの腕力によってより凶暴な武器となっている。
岩や鎧の魔物でさえ、戦士さんの腕力によってことごとく潰されてきた。
鍛え抜かれた肉体は、細身ながらも恐ろしいオーラを放っている。
どんな者が見ても、一目で「達人だ」と結論を出すだろう。
達人の構えは一瞬で解かれ、目に見えない速度のこぶしが魔物に叩き込まれる。
―――ボシュッ!!
こぶしから放たれた衝撃波は魔物を貫き、大きな穴をあけた。
力の使い方によっては、穴をあけずに力を体内に残し、爆発四散させることもできるそうだ。
珍味として重宝されているアンデッド系魔人の脳みそ。
ローブの材料や調合の品として使われる鳥人系の魔物の羽根。
爬虫類系の魔物からはうろこや爪、とがった歯など。
これらの品は高く売れたり、旅を楽に進めるための道具や武器防具に変わる。
さすがに目ざとく、どうやれば最も効率よく素材を得られるか、考えられている。
このパーティで、最も頭が切れるのは彼だろう。
体が強くもなく。
強力な装備品に守られているわけでもなく。
一撃必殺の強力な技もなく。
できることは傷を癒す回復魔法。
それから敵の魔法を無効化する魔法バリア。
それから火の魔法に氷の魔法に雷の魔法……
魔法には自信がある。
でも……
勇者さんのその言葉は私の心を貫いた。
このパーティで、私に発言権はない。
勇者さんの視線は、いつも私を貫いた。
恨みのこもったような。
視線で殺そうとしているかのような。
魔法を使う者すべてを憎み、恨み、目の敵にしている。
理由はわからない。
私は必死だった。
このパーティに入れてもらおうと必死だった。
魔王の支配によるこの世界の混沌を終わらせたい。
そう切実に願っていたからだ。
それを叶えてくれるであろう勇者の一行に出会えたのは本当に奇跡だった。
すべてのプライドをかなぐり捨てて、私は頭を下げ続けた。
「こいつの魔法は、確かに強力だった。お前も見たんだからわかるだろう?」
「酒場で突っぱねた魔法使いや僧侶どもなんかより、よっぽど芯があると思うんだが」
「意地張らずによ、入れてやってもいいと思うんだがなあ」
私を推してくれたのは、他ならぬ戦士さんだった。
無骨そうな外見に似合わず、とても紳士的だった。
私が勇者さんに冷たくされていても、優しく声をかけてくれる。
「ふん、一番脳筋のはずのお前がそう言うとはな……」
勇者さんはあきれ顔でそう言っていた。
「魔法が使えようが使えまいが、関係ない」
「勇者が連れていくというのならそれに従うだけだ」
「しかし魔法というものを完全に信頼しているわけではない」
「私も最終的には、勇者と同じく『信じる物はこの身だけ』と思っている」
武闘家さんは寡黙だ。
でもこのときばかりは、少したくさんお話ししてくれた気がする。
「いや、だからおれは連れて行く気は……」
勇者さんは、なおも困ったような怒ったような表情を浮かべていた。
ひひっと笑って言う盗賊さんは、軽薄そうに見えてとても気遣いのある人だった。
「勇者さーん、こいつがいてくれたら、薬草や回復薬に回すお金が浮くんっすよねー」
「ただでさえ今、魔法がないから道具に頼ってるわけですしー」
「勇者さんに対して極力魔法を使わないって約束して、あくまで魔王を倒すのは勇者さんの剣ってことでー」
「それでサポートをしてもらえたら、このパーティのカネを管理してるおれも、ちーっとは助かるんっすけどねえー」
盗賊さんは、ニヤニヤ笑ってはいるが、まじめに考えている人だなあ、と思った。
「……魔法なんかなくても、強いパーティを組んだつもりだったのにな」
勇者さんは皮肉ではなく、諦めのような感情でそう言った。
勇者さんは魔法が嫌いだ。
だから私はできるだけ謙虚に、影の努力を続けた。
「私の魔法のおかげで」旅がうまくいっている、なんて、おくびにも出さない。
派手に魔法を放つと勇者さんににらみ殺されてしまう。
少しの傷で勇者さんを回復すると、怒鳴り散らされる。
だから、いつも気を遣っていた。
だけど、そんなこと、苦にもならない。
ここにいられることが、嬉しい。
世界を魔王の支配から解放するためなら、どんなことでもする。
私はただただ、力任せの戦闘の邪魔をしないようコソコソと立ち回って、勇者さんたちが殺し損ねた魔物にとどめを刺して回った。
強力な魔法を使うタイプの魔物相手には、魔法バリアを張る。
決して出しゃばらず、目立たず、勇者さんに嫌われないように一生懸命立ち回った。
力任せの戦闘で、最果ての小さな島国から、こんなにも魔王城の近くまで旅してきた人たちなのだ。
強いに決まっている。
一部の魔物たちは、恐れて近寄ってこない。
それほど、勇者さんたちは強かった。
鬼のように強かった。
酒場のベルが鳴る。
今日も宿で休む前に、酒場に来ている。
ほうぼうの町を転々と渡り歩いては、周囲の魔物を狩る。
そして盗賊さんが素材を売って、そのお金で旅をする。
稼ぎがあるときは毎晩、酒場で酒盛りをしてから寝るのが習慣だった。
盗賊さんが気安く声をかけてくれる。
私はこくんと頷いた。
みんなは泡の出るお酒をたらふく。
私は果実のジュースを一杯だけいただく。
隅っこで目立たないよう、ちびちびと飲みながら、みんなのお話に耳を傾ける。
大きな帽子を深くかぶって、できるだけ存在を消すように、そこにいる。
「勇者さん、そろそろ一回り大きくて丈夫な剣、買っちゃいますか?」
盗賊さんが上機嫌で提案している。
暗に、私のおかげであることを匂わせてくれているけれど、浮かれてはいけない。
勇者さんはそんなことで、私を認めてくれない。
だから私は、それを聞いても隅っこで縮まったままだった。
「おれは今の剣で十分戦える」
「金が浮いたというのなら、前進するスピードを上げるか」
「それとも戦士、お前のあのへんな名前の斧、買い替えるか」
「ずいぶん切れ味も悪くなった」
勇者さんはむすっとした顔のまま言った。
この人は、お酒を飲んでもあまり陽気にならない。
「おれは大丈夫だ、まだまだ戦える」
「それよりよ、ほれ、新しい杖とか、魔力の込められた腕輪とか、そういうの、いらないか?」
「お前さんの活躍で、金が浮いてるわけだし」
戦士さんは私の方をうかがう。
とんでもない!
私なんかの装備品を買ってもらうだなんて、恐れ多い。
第一、勇者さんがそんなの許すはずがない。
私はぶんぶんと首を振って、辞退の意を表した。
ぎろり、と勇者さんが戦士さんをにらむ。
それ以上言わない。
戦士さんも、興が削がれたように、また黙ってしまった。
盗賊さんは、いつものようにへらへらしているものの、「まずい話題振っちまったかな」ってな顔だ。
武闘家さんはすでに酔いつぶれて寝ている。
大体、いつも通りの酒の席だった。
鐘が鳴っている。
カンカンカン!!
町の鐘が鳴っている。
なにかが起きた。
私はベッドから飛び起きた。
ヲチは良かったと思うんだけど、ヲチだけつければいいってもんでもないと思うの