神谷奈緒「アイドルメーカー」【モバマス】
『『『はじめましてっ!私達ニュージェネレーションですっ!』』』
地元の千葉から電車で1時間とちょっと、新作のアニメDVDをチェックに来たアキバの
街頭テレビで聞き覚えのある声を聞いた。思わず目をやると、そこにはカメラに向かって
満面の笑顔で手を振る元気な妹分の姿があった。
『ほらほら、しまむーもしぶりんももっとアピールアピール!』
『ちょ、ちょっと未央おちついて……あとその変なあだ名やめて……』
『し、島村卯月で~す……!えへへ……』
また調子にのりやがって……でも自分だけじゃなくて、同じグループの子達もちゃんと
目立たせようとカメラの前に引っ張っているのは褒めてやる。ああいう遠慮のなさは、
アイツの長所だからな。短所でもあるけど……
「ちゃんとアイドルがんばってるんだな、未央……」
半年前、「私アイドルになる!」って宣言したのを思い出す。どうして未央がそう決意
したのかは知らないけど、小さい頃から何かと世話を焼いていた妹分の為に、あたしは
手を貸してやる事にした。どのみち最終的にコイツはあたしに頼ってくるし。
「で、お前どうやってアイドルになるつもりなんだよ?」
「え?アイドルって渋谷か新宿をぶらぶらしてたらスカウトされるんじゃないの?」
真顔で答える未央に頭痛がした。どうせそんな事だろうと思ったぜ。確かにそういう
ルートもあるかもしれないが、それはごくごく限られた人間のみが遭遇する神イベント
だぞ。お前みたいなごくごく普通の人間にはまずありえない話だ。
「む~、奈緒ちゃんは私がアイドルに向いてないって言いたいの~!? これでも学校では
セクシーグラマー未央ちゃんって通り名で人気者なんだよ~!」
ぷく~っと頬を膨らませて怒る未央。知ってるよ、その通り名を自分自身で付けて吹聴
している事もな。まあ未央は昔から人懐っこくてどこでもムードメーカー的な存在だから、
クラスでも人気者なんだろうとは思うけど。
「お前がアイドルに向いてるかどうかはあたしには分からないけど、少なくとも街で突然
声をかけられるようなスター性は感じないな。あたしも詳しくはないけど、最初は地道
に養成所に通ったり、事務所に応募したりするんじゃねえの?」
「う~ん、やっぱりそうなのかぁ~。あんまメンドくさそうなのは嫌なんだけどな~」
あたしの部屋のベッドにごろんと横になる未央。お菓子とかこぼすなよ。せっかく昨日
シーツ替えたばかりなんだから。
「……もしかして奈緒ちゃん、こないだ美羽と一緒に遊びに来た時にシーツの柄が
子供っぽいって笑ったの気にしてたの?」
……そんな事ねえよ。たまたまだよ。
「ごめん、気にしてたのなら謝るよ。奈緒ちゃんアニメ好きだもんね。私も可愛いと
思うよ、ピ○チュウ柄のシーツ……」
「だからたまたまだって言ってんだろ!! いい加減にしないと放り出すぞ!! 」
なんでそんな時だけ真顔なんだよお前!! それから別にポ○モンが好きでもいいだろ!?
「いや、でも千葉県民としてはピカ○ュウよりふ○っしー推しといた方がいいんじゃない?
美羽が最近ハマってるらしいよ。私にはあれの良さがよくわかんないんだけど……」
「相変わらず迷走してんだなあいつ。普通にしとけばそこそこ可愛いのに……」
奈緒と二人でため息を吐く。今日はいないけど、私と未央の共通の知り合いに矢口美羽
という後輩がいる。礼儀正しくて悪い子じゃないんだけど、どこかずれていて突飛な言動
であたし達を悩ませる。最近は自分らしさを追い求めて迷走しているらしい。
「美羽の事はとりあえず脇に置いとこう。で、アイドルの話に戻るけどさ、どういう
ルートでアイドルになっても、どっちみち歌やダンスのレッスンはしなきゃいけないわけだ。
だったら養成所でレッスンしてアイドルになるよりは、先に事務所に所属してから
レッスン受けた方がモチベも維持できるんじゃねえか?」
「お、ナイスアイデア!さすが奈緒ちゃん、頼りになるよ!」
がばっとベッドから起き上がる未央。どうせ飽きっぽいお前の事だし、地道なレッスン
ばかりだと長続きしないだろ。ただそのルートはアイドルになってから大変そうだけど、
単純なこいつはそこまでは考えてないだろうな……
「よし、そうと決まれば早速応募だ!やっぱりトップアイドルになる為には有名な事務所
かプロダクションじゃないとね!」
いつの間にかあたしのPCを立ち上げて、意気揚々とアイドル事務所を調べる未央。
こいつの行動力の早さには敬服するな。アイドルになるのはそう簡単な道のりじゃないと
思うけど、未央が元気だとあたしも何だか嬉しくなってくる。あたしは苦笑しながら、
そんな彼女を眺めていた。
――――これが半年前の話。あれから二人で色々調べて、あちこちの事務所に応募して、
20件目でようやくひっかかったと思いきや、そこから地道な営業活動やレッスン漬けの
日々が続いたらしく、よく電話やメールで愚痴っていた。しかし未央は持ち前の気力と
明るさでそれを乗り越えたようで、最近ちらほらテレビや雑誌で見るようになった。
「しかしあいつ、本当にアイドルになっちまったんだなあ……」
アイドルになって未央は東京の寮に入ったからあまり会えなくなったけど、それでも
たまに連絡をくれる。アイドルになってもあまりにも変わらなさすぎるから、こいつ本当
にアイドルになったんだよな?と疑っちまう。変に気取ったりキャラを作ってないあたり、
意外とアイドルに向いていたのかもな。
『未央ちゃんはアイドルになって、何かやりたい事とかあるのかな?』
『そうですねえ。私は……』
司会者に話をふられて、むむむと考え込む未央。そして顔を上げた瞬間、不敵な笑みを
ニヤリと浮かべた。あ、やばい。あの顔はロクな事を考えてない顔だ……
『私がトップアイドルになったら、東京デ○ズニーランドを千葉ディ○ニーランドに
改名して……』
『それ以上言っちゃダメ!色々とあぶない気がするよ未央ちゃん!』ドタバタ
『未央は冗談ばかり言うんだから。すみません、次の質問をお願いします……』ドタバタ
『むぐ~!むぐぐ~!』
……よく千葉県民の総意を代弁してくれたと拍手を送りたいところだが、お前は政治家
か大統領か!とツッコむ。あまり余計な事言うとアイドル生命終わるぞ。
「がんばれよ、未央。あたしは応援してるぞ」
少し遠い所に行ってしまったような気がする妹分を少々寂しく思いつつ、小声でエール
を送ってあたしはその場を離れた。さてと、あたしもそろそろ帰ろうかな。帰ったら宿題
して、それからアニメ見て……
「君、ちょっといいかな?」
「え?」
あたしが家に帰ってからの予定を考えていると、突然後ろから声をかけられた。振り
返るとそこには、20代後半くらいのスーツを着たマジメそうな若い男の人が立っていた。
あれ?これってもしかして……
「さっきテレビに出ているウチのアイドルをずっと見てたけど、もしかして興味あるの
かな?よかったら君もあの子達みたいに、アイドルやってみない?」
「は、はあ!? 」
一瞬何を言われたのかよく分からなくて、思わず素っ頓狂な声をあげちまった。未央に
教えた『ごくごく選ばれた人間のみが遭遇する神イベント』がまさか自分に訪れるとは、
全く想像出来なかった。あたしの人生にこんなイベント必要ないぞ!
ちなみに、これがあたしと今後長い付き合いになるPさんとの出会いとなる。この後
なんだかんだ色々あってあたしはアイドルになるわけだけど、とりあえず第一声は
「は、はァ!?な、なんであたしがアイドルなんて…っ!てゆーか無理に決まってんだろ!
べ、べつに可愛いカッコとか…興味ねぇ…し。きっ、興味ねぇからな!ホントだからなっ!!」
「あ、ちょ、ちょっと!」
呼び止める声もろくに聞かずに、あたしはよくわからない事を喚き散らして全力で逃げた……
神谷奈緒(17)
本田未央(15)
島村卯月(17)
渋谷凛(15)
矢口美羽(14)
***
「えーっ!? 逃げちゃったんですか!? それ絶対もったいないですよ!! 」
次の日、家に遊びに来た美羽に私は昨日の件を話した。美羽は黒く大きな瞳をくりくり
動かしてオーバーなリアクションをとる。かわいいなあちくしょう。
「見知らぬ男に声かけられたら普通は逃げるだろ。大人しくついて行く方が無理だぜ?」
「でもでもその男の人、未央さん達の事を『ウチのアイドル』って言ったんですよね?
だったら本物のスカウトさんだったんじゃなかったんですか?」
「それもウソかもしれないだろ。ほら、つい最近もあっただろ?アイドルのマネージャー
になりすまして振り込め詐欺した事件とか。簡単に信じちゃダメだぞ」
美羽の頭を軽くなでてやる。こいつは少し危なっかしいんだよな。
「でもきっと、その男の人は本物だったと思いますよ?だって私がスカウトさんだったら
奈緒さんに声かけますもん!奈緒さんだったら可愛いアイドルさんになれますよ!」
「はいはいありがと。そんな事言って、あたしがいつも慌てふためくと思ったら大間違い
だぞ。大方未央に吹き込ま