未来人「少し先の未来で、待ってるから」
- 2017年02月04日 23:40
- SS、神話・民話・不思議な話
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小6で転校なんてして、修学旅行が不安だな、馴染めるかな、と可愛げのある悩みを抱えながら教室のドアを開けた私の目に、
教卓の上に体育座りをしていた女の子が映った。
深く透き通った青の香り。
「初めて見る顔だ」
彼女は整った顔だけをこちらに向けて、独り言のように言った。
長い髪がさらりと揺れる。青く見えてしまうほどに深く黒い髪。綺麗だった。
「転校してきた」
「ふぅん」
わたしが昨日教えられたばかりの自分の席に着くと、彼女はぶらんと、細くて白い両足を教卓からぶら下げた。
「宇宙人っていると思う?」
透き通った声だった。
「いないと思う」
そう答えると、彼女は可愛げのない顔でそっぽを向いた。
「なら、未来人は?」
「それは、いると思う」
「ふぅん」
そっぽを向いたまま、彼女はどうでもよさそうに喉を鳴らした。
面白い子だな、と思った。
「わたしは未来から来た」
自称未来人の彼女は、私によくそう話していた。
なんでも、数百年後の未来から、何か使命があってやってきたらしい。なんの使命があるのかは教えてくれない。
でも普通に両親はいるようだった。
この未来から来たという設定(?)は、小学生の頃だとふわふわとしていて、聞くたびに変わっていたような気もするけど、中学生になったあたりから、彼女の中で設定が固まるようになる。
未来の道具や、今はまだ使われていない言語なんかについても聞いたことがあった。
一度だけ、未来の言葉を聞かせてもらったことがあったけど、私には残念ながら聞き取れなかった。
未来人ともなると、耳や舌の構造は変わってくるらしい。
何度か舌を見せてもらったことがあるけど、特別変わったところは見受けられなかった。
ただ、あっかんべをしても綺麗な顔だったことはよく覚えている。
……話を戻す。
当時小学生だった私たちは、そんな話ばかりしていたせいか、周りに人が多い方ではなかった。
少なくとも、私はそう思っている。
未来人は、話を続けたくないと思うと、すぐに「ふぅん」と言って空を見る。
私が転校してくる前から、彼女と根気よく話そうとする人は多くはなかったようだった。
と言うよりは、見たこと聞いたことをすぐに覚えていたようだった。
彼女はサボり癖がある。
高校に入ると私もちょくちょく授業を抜けるようになるので、あまり人のことは言えないが、それでも、彼女は普通の人生の3倍は授業をサボっていた。
当時は、恐怖の代名詞であった先生にばれることを全く顧みない未来人に、畏怖の念を覚えたりもしていた。
小6の夏休みに入るひと月前、未来人は、直前の4日くらいしか学校に来なかった。……にも関わらず、テストはほぼ全て満点だった(国語は平均だった)。
「あの紙の本読んだから、書いてあるし」
物珍しさで読んでいたら、自然と覚えたそうだ。
彼女の設定では、未来には紙の本などは存在しないらしい。これは初めから固まっていた設定の一つだった。
そういえば、私はまともに授業を受けている未来人を知らない。
授業中に彼女の方を見ると、たいてい、頬杖をついて、窓から空を見上げている。
「雲の形って、200年周期で同じものが流れてくるんだよ。人間が生まれる前に、プレアデス星人がプログラミングしたの」
彼女の中で、プレアデス星人というのは後になっても活躍する、進んだ文明の持ち主だった。
言っておかなければ、後から紛らわしいことになってしまうので、先に言葉として伝えておく。
私は人を、匂いの色で覚えていた。
と言うより、全ての匂いを色で感じていた。
これがあまり多くはない特技だと知ったのは、中2になってからになる。
特に、人の匂いははっきりと感じやすくて(例えるなら、人混みの中でも自分の名前が聞こえるように、雑多な匂いの中でも人の匂いだけはしっかりと確認できる)、
朝早くに教室に来ると、扉を開ける前に、ほぼ必ず群青色の香りがした。
未来人は、群青色の香りだった。
でも当時は「群青色」なんて言葉は知らなかったので、私は「黒っぽい青」と呼んでいた。
未来人と私は、休み時間に、次に誰が教室に入ってくるか当てる、という遊びをよくしていた。
未来人は「少し先の未来も見える」と言っていたが、当たった回数は私の方が多かった記憶がある。
「未来は不規則に分岐しつつある」
負けるたび、未来人は青いほど黒い髪を指に巻いて、そっぽを向いてそう呟いていた。
……一度だけ、確実に私が予想できず、彼女には当てられたことがあった。
カブトムシが入ってきた時だ。
どうやったらそんなことまで予想できたのかは、私にはわからない。
彼女は「ザヒョウヘンコウ」と呼んでいたけど、初めてそれを聞いた私たちには、それは難しすぎたので、単に「ザヒョウ」と呼んでいた。
一度、「ザヒョウ」を目の前で見たことがある。
中村が学校に来る前にたまたま捕まえたカブトムシで、それは行われた。
見ていたのは、中村と、川田と、岡西と、私だった。
私は、川田のお気に入りのヘアピンの話を聞いていたら、珍しく未来人が放課後に活動を始めたので、少し驚いていた。
川田はよく飼育小屋のにわとりに餌をあげてる、おとなしい女の子だった。
岡西は小学生のくせに高そうなカメラを持っていて、その日は偶然カメラを持ってきていたので、
「決定的シュンカンを撮る!」
と鼻息を荒くしていた。
私たち3人が机を囲むと、彼女はカブトムシを白い両手で包んだ。
「つぶすなよ、おれのカブトムシ」
中村は涙目になっていた。
未来人がなかなか手を開こうとしないので、四人でうずうずとしていると、彼女は突然窓の方を見た。
「あ、UFO」
私たちはつい窓を見てしまい、慌てて目線を戻すと、既に彼女は両手をパーにしていた。
そして、そこにカブトムシはいなかった。
「おれのカブトムシ」
中村は悲しそうに言った。
岡西は、カメラで撮れなかったことを悔しがっていて、川田は、お気に入りのヘアピンを手の中で弄りながら「すごー」と言っていたけど、
私は、どうせマジックか何かだろうな、と思った。
カブトムシは2、3分もするとどこからか帰ってきて、中村を元気付けていた。
本題に入ろう。
10月ごろ、あるウワサが小学校で流行った。
「帰り道に、小学生みたいな顔したおじさんがいて、見つかると肉団子にされる」
未来人はこのウワサを聞くと、すぐにこう言った。
「それは、プレアデス星人が人間を改造して生まれたミュータントだよ。人間の進化系」
みんなは、そんな話より、見つかるとすごい速さで走ってくる、だとか、声は女の人、だとか、顔は毎回違う、だとか、そんな話で盛り上がっていた。
私は肉団子スープが好きだったので、このウワサは嫌いだった。
そしてその日に限って、晩ごはんは肉団子スープだった。
玄関を開けると、美味しそうなにおいがする。嬉しさ半分、複雑な気持ち半分だった。
おかわりをしなかったので、お母さんは「何かあったの?」と尋ねてきたけど、私は「なんでもない」と答えて、リビングでテレビを見ることにした。
つまらないお笑い番組を見ていると、夜だというのに、家に電話がかかってきた。
お母さんが受話器を取って、しばらく話を聞いた後、マイクの部分を抑えて私に聞いてきた。
「川田さえちゃんって子、今日一緒に帰らなかった?」
私は、帰りは知らない、と答えた。
その夜、川田は行方不明になっていた。
学校の近くにある、誰も住んでないアパートの真下にいたらしい。
でも、見つかったのは、首と胴と足だけで、両腕はどこにもなかった。
またたくまにその話は広がった。
私は、怖いなぁ、と感じた。
「あのおじさんに食べられたんだ」
肉団子にされるのでは? と思ったけど、みんなはそんなこととっくに忘れていて、今度は手足をもいで自分のものにする妖怪、という設定になっていた。
さわがしい中、ひときわ大きな声が教室に響いた。
「知ってるか? 人って、飛び降りたら手と足がふっとぶんだぜ!」
それを聞くと、男子はすげーと呟き女子は怖がり、中には泣き出す子もいた。
学級委員長で女子のリーダーでもある山田が彼を責めると、彼は一気に勢いを失った。
私は黙って立ち上がると、そのまま静かにトイレに向かい、個室に駆け込み、胃の中のものを吐き出した。肉団子。
のどが異様に広がって、胃液でピリピリと痛かったことを覚えている。
激しい嘔吐感とめまいに耐えていると、いつのまにか、後ろに未来人がいた。
「あれは、人間の進化系だから、見ちゃうと、本能的に死ななきゃ、って思うんだろうね。早く生まれ変わるために」
私は、その綺麗な声に、フキンシンだな、と思った。
普段ならなんともないのに、その時は血の気が引いた。
その場でしゃがみこんでいると、山田が「大丈夫?」と声をかけてきた。
通学路が同じだったことを、その時初めて知った。
「ううん、なんでもない」
私は答えた。
そしてその日、朝の会に、先生が少し遅れてきた。
顔色が悪かったので、具合でも悪いのかな、と思っていると、先生は突然泣きながら、廊下に出て行ってしまった。
山田や何人かが先生を追いかけていって、教室がざわついた。
未来人の方を見ると、彼女はポツリと、
「昨日騒いでたあの男子、死んじゃったんだ」
あの男子は、そういえば今日は来ていなかった。
「ミュータントも、お腹すくんだ」
その後に来た校長の話によると、どうやら男子が死んでしまったのは、本当らしかった。
私は、窓際の席に座って、窓の真下にある、農具倉庫の屋根を眺めていた。
……後から考えると、あの時座っていた席、川田の席だった。
トタン屋根って、どれくらい薄いんだろう、なんて考えていると、急に廊下から薄はい色の匂いがした。岡西だった。
「あの化け物、撮った!」
岡西はまっすぐ私に歩いてきて、カメラを突きつけてきた。
私はそれを受け取った。
ムービーが流れる。学校の近所だ。
「カメラの画面だけ見て歩くの、好きなんだ」
岡西も友達が少なかった。
カメラは岡西の通学路を進む。特に変哲もない映像が続いた後、画面の端、塀ブロックの角から、何か影が見える。
そこでカメラはUターンし、映像は終わった。
「ほら! 見たか!」
岡西はもうカメラを操作すると、さっきの動画の最後のシーンで一時停止をした。
確かに、塀ブロックの角から見える影は人影に見えなくもなしい、身長の割に頭が小さい気がしないでもない。
でも、岡西のテンシ
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