2月の昼下がりに橘ありすと話すことについて
地の文有り 書き溜め有り
ある有名な作家のファンで、彼の文体を模写しようとしてこれが生まれました
クオリティは高くはないやもしれませんが、お楽しみいただけますと幸いです
その五年の中に、ドラマと称して差し支えのないような出来事は幾つもあるような気はするけれど、本当のところはよくわからない。
ドラマとは、完結したものにしか冠することのできない称号のようなものだから。
僕と彼女がどういう形であれ、その関係性が終わりを迎えなければ、ラべリングはできないのだ。
冬の夕暮れに響くコルネットのように、彼女は清らかなアイドルだった。
年齢相応の可愛げがあり、聡明さがあり、正しさがある。
僕の主観を越した言葉なんかより、実際に彼女を見た方がよっぽど早い。
橘ありす。
彼女の名前の持つ響きに、途方もない輝きを感じる。
前日の午後八時には終業していたから、単純に計算してもそれから半日以上話し込んでいたことになる。
集中力とその持続力にはそこそこの自信があった僕でも、これはさすがにこたえた。
建設的な事柄についての議論を、それも、濃霧の中をトレッキングするように遅々とした速度で。
というのも、新たなライブ案について、我々は夜を通して頭を捻っていたのだ。
目覚ましい技術の発達によって、今日に至っては自分のデスクにつきながら別の場所にいる人間と顔を突き合わせて会議することができる。
我々というのは、プロダクション内外で結成されたアイドルユニットの、プロデューサー陣のことを指している。
ユニット自体は五年前に結成したものではあるが、現在は活動していない。
そのプロジェクトの名を、クローネという。
人間に休眠が必要なように、プロジェクトにも休眠が要る。
それを揺り起こして、もう一度ライブを開催させようとする考えが、我々のうちで燻っていた。
来るべきタイミングだと、僕は思った。
だが、どこか決定的な局面において、磨きが足りないように感じられた。
垢抜けていなかったわけじゃない、だけど表現の奥行きが浅かった部分はあったように思う。
観る者の心象をそのまま映し返すような、単純で純粋な輝きが足りなかったのかもしれない。
プロジェクトに関して、満足のいく結果を得られたと胸を張れる。それでも、心酔できるような納得はなかったように思う。
だから、今再びクローネが活動することに意味があるのだと、そのタイミングが訪れたのだと確信した。
それはもう、雨の日の午後に聴くウィントン・ケリーのピアノのように、揺るぎようのない確信だった。
その確信を担保に、我々は個々の仕事の合間を縫っては打ち合わせを続けている。
熱いシャワーは、凝り固まった身体に沁みた。潤い以上のなにかが満ちるのを、僕は感じていた。
身体中に纏わりついた汚れのような疲労感をある程度拭うと、やがて耐えがたい空腹が僕の思考を、ローマの騎兵のように着実に占有していった。
最後に口にしたのは、昨日の晩にテイクアウトで頼んだぺパロニとブラックオリーヴのピザだった。
事務所に備え付けてある冷蔵庫を、なにか気の紛れるものはないかと祈りながら開ける。
だけどそこにあったのは、ドリンクホルダーにエナドリが数本と生卵が三つで、それらが白けたアンサンブルのように佇んでいるだけだった。
望みがあるよりも、まったくもって望みの断たれた状況にある時ほど、なにかに祈ることが多い気がする。
せめてもの、卵を炒りつけて胃に運ぶと、雀の涙ほどに腹は満ちた。
人間というものは存外正直なつくりをしているらしく、今度は蝕むような睡魔が僕のもとを訪れる。
僕の耳元で、まるで内緒話をするかのように、睡魔がなにごとかを囁く。
どうせ今日は土曜日で、誰も来ないというのなら、ひと眠りしてから帰ってもいいだろうと思った。
そうして一度気を抜いてしまえば、身体中の筋繊維がほどけてしまったように、なにも手につかない。
椅子に座って背もたれに身体を預けると、まるでシルクのカバーをかけたように、穏やかに意識は薄れていった。
壁に掛けられた時計を見遣ると、三時間ほど眠りこけていたらしい。寝覚めの感覚は、決して悪いものではなかった。
人の気配を感じて周囲を見回すと、革張りのソファに彼女が腰かけているのが見えた。どうやらペーパーバッグを読み耽っているらしい。
どうしてまたこんな日に事務所にいるのだろう。こんなに静かで、バッハのシャコンヌなんかがうってつけの日に。
「ありす」
驚かさないように、静かに声をかけた。
十七の彼女は、座ったまま僕のことを一瞥し、視線をペーパーバッグに戻す。
僕は立ち上がって頚椎の関節を二度ほど捻り、彼女の方に歩み寄った。
土曜の昼下がりだというのに彼女は、ストライプのセーターに濃紺のプリーツスカートを品良く着こなしている。
一週間のうちで土曜の昼下がり以上にリラックスできる瞬間など、とても僕には思いつかないのに、彼女からは弛緩した意識を感じない。
だけど僕はそれが、彼女の美徳の一つだとも思う。類を見ない気高さ。
こちらに目もくれず、短い言葉だけが返ってくる。
彼女はあまり親しくない人間に名前を呼ばれるのを好まない。
そんな時は、いつもさっきのように返す。まるでそれが決まりごとであるかのように。
しかし、だからといって、僕と彼女が親しくないという事実はない。
これでも、彼女なりにふざけているのだ。
「じゃあ、橘」
「ありすです」
二人の間にお決まりの応酬を終えると、僕と彼女は二人して小さく笑う。
僕と彼女の間柄は、しばしばドライなものとして捉えられがちだけれど、そうでもないと思う。
窓から射す陽光は温かく、時間の流れも緩やかだった。寝不足の身体でさえ、いつものように調子が良かった。
肩の関節を交互に回しながら、僕は再び自分のデスクについた。
2月の昼下がりに、僕と彼女は話をする。
「ああ。僕もそう思う」
彼女が投げた簡潔なクエスチョンは、言外になぜ僕が休日なのに事務所で寝こけていたのかという、もう一つの疑問をくるんでいた。
我ながらに、察しの悪いふりをして質問をはぐらかすのは少し悪趣味だと思った。
少し分厚い本を閉じて、彼女がこちらに向き直る。
「なにをしていたんですか、プロデューサーは」
「ありすの方こそ。どうして休日なのにこんなところへ?」
「静かに読書できる場所として、ここをよく利用しているんです」
そう言って彼女は、許可証をかざすようにペーパーバッグを掲げてみせた。
「そんなに気合の入った装いで?」
「その後に買い物に行く予定もあったので」
「お目当てのものは見つかったかい」
「フェリシテの新作のプリンを買いました」
フェリシテというのは、ここから歩いて十分ほどの距離にある洋菓子店で、彼女のお気に入りの店でもある。
僕は彼女がフェリシテに向かう姿を想像した。緩やかな日差しの中を、たった一人歩くその後ろ姿を。
どういうわけか、僕の想像の世界に登場する彼女は、いつも後ろ姿から始まる。
そしてその彼女がこちらを振り返ると、いつもの表情がそこにはある。
恐らく僕と接する時にだけ浮かべる、フラットな表情。
機嫌の如何に関わらない、彼女のその表情は、自然体でいる瞬間に浮かべられることを僕は知っている。
「いいや、友人とやり取りをしていた」
嘘じゃない。彼らとは実際にプライヴェートでも交友を持つほど仲が良い。
「事務所で?」
「事務所で」
「もしかして、夜通しで?」
「想定していたよりも、議論が弾んでね」
「どうして自宅に帰らなかったんですか」
「気が付いた時には終電を逃していたんだ」
これも嘘じゃない。議論しているうちに、日付が勝手に逃げて行った。本当のところ、泊るつもりもなかった。
彼女は、呆れたようなものを眺めるような顔付きのままでいる。
彼女に対して僕が決して嘘を吐かないことを、彼女は知っている。
「そのやり取りは、仕事に関係することですか」
「ありすは僕を尋問にかけているのかい」
「……別にいやなら答えてくれなくても構いません」
「そのとおりだよ」と僕は答える。
「或いは、旅行の計画を練るようなものだった」
「立てるだろう、ありすも。ここじゃないどこかへ旅に出かけるなら」
僕がそう問いかけると、少し考え込む表情になってから、真面目にも彼女は頷いた。
「それはまあ、そうです」
「でもそれだと、仕事なのになんだか楽しそうですね」と彼女は薄く微笑みながら付け加えた。
そのとおり。この仕事はとても楽しい。
仕事である以上、きちんと負うべき責任を我々は負う。しかも殆どの場合それは自分の仕事でありながら、同時に担当アイドルの仕事でもある。
加えていうなら、今回はプロジェクトの仕事でもある。幾重にも連なった責任は、絶えず後ろからついてくる。
だけど僕にとって、アイドルのプロデュースというものは仕事というよりは、娯楽の方がニュアンスとして近い。娯楽というよりは、家事と呼んだ方が更に近い。
つまり僕の生活にとってなくてはならない存在ではあるけれど、それは大して重荷というわけでもないということになる。
最近なんとなくわかってきたことだけど、仕事に対してこういう姿勢で無理なく臨めることは、僕が考えている以上に稀有で幸せなことなのかもしれない。
「うん」
「少なくとも僕は、楽しんでいるかもしれない」
「今日のことを、プロデューサーは覚えていますか」
はて。
「善良な土曜日である以上に、僕は今日のことを特別に認識していなかったけれど」
「善良な?」
「善良な。表通りなんか、聖者でも行進しそうないい陽気だ」
僕の頭の中には、陽気な音楽が流れて
コメント一覧
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- 2017年02月07日 21:41
- みおちゃんただいま さっそく本だしね
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- 2017年02月07日 21:57
- キモイ
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- 2017年02月07日 22:03
- いいからとっとと
未成年の
担当アイドルに
手を出せよ
それで初めてPと呼べる
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- 2017年02月07日 22:06
- 素直に良いと思いました。
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- 2017年02月07日 22:10
- やっぱ読みにくいわ
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- 2017年02月07日 22:11
- やれやれ、僕は射.精した
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- 2017年02月07日 22:13
- 文章がくどい
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- 2017年02月07日 22:21
- 他の人は違うかもしれないけど、SSでくどい文章を書かれても読む気にならないんだよな
ちゃんとした小説を読む気分の時にSS見に来たりしないし
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- 2017年02月07日 22:37
- 劇寒前書き
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- 2017年02月07日 22:54
- こんなのSSじゃないわただの小説よ!
ピザのトッピングにカナディアンベーコンを頼んだらジャーマンソーセージを乗っけて来たようなもんさ詐欺だよ詐欺
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- 2017年02月07日 23:37
- ※1
先に君が胃袋と頸動脈をねじ切ってしねばいいと思うよ、おちょなん顔の不細工さん
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