「出席番号25番、長富蓮実」
大別すれば「扱いやすい子」と「扱いづらい子」になるけれど、そこからさらに細分化される。
例えば、学力的な扱いづらさ、本人の性格からくる扱いづらさ、家庭環境からくる扱いづらさ、etc、etc.……。
長富蓮実という生徒にそういった要素はない。
学力も性格も家庭環境も問題なし。
生徒として考えれば、扱いやすいことこの上ない。
ごく普通の高校2年生として考えれば、だ。
ただ、彼女はごく普通の高校2年生ではなかった。
往年の海外ドラマ風に言うならば、
『でもただひとつ違っていたのは、長富蓮実はアイドルだったのです!』
となる。
聖子よりも明菜派で、ノリピー語なんてものを日常生活でも使っていた。
下敷きは菊池桃子だったかな?
いや、河合奈保子だったかもしれない。
まぁ要するにあの当時の「ごくごく普通の男子」で、別に自分の過去を、いま風に『黒歴史』なんて言うつもりもない。
ビーバップに影響されて硬派を気取るヤツでも、部屋には斉藤由貴やキョンキョンののレコードを所持していた時代だ。
ただ、アイドルが自分の生徒、となると話は変わってくる。
20年以上教師をやっていても、アイドルの教え子なんていなかった。
「アイドルが自分の教室にいたら」
という『あの頃』の妄想が実現したわけだけれど、同級生としてではなく『教師と生徒』となると、やっぱり違う。
「夏休み明けから1年生に転入してくる生徒は芸能人らしい。どのように扱うべきか」
というテーマで職員会議が開かれた結果、
「どうもアイドルらしいから、歌も歌うだろう。じゃあ音楽教師の田原先生にお任せしよう」
という、
「これはもうどう控えめに考えても丸投げだろう」
な落とし所に納まった次第だ。
音楽教師だからアイドルを扱う教育を受けているとでも思われたのだろうか?
そんなもの、どこの教育学部でも教えていないと断言できる。
『アイドル長富蓮実』
を生徒として受け持つことになった。
ご両親を伴った彼女と生徒指導室で初めて対面したとき、素直に
「綺麗な子だな」
と思った。
教師にあるまじき、というご意見もあるかと思うが、
『思想、良心の自由は、公共の福祉によって制約されない』
のだから問題はない。
基本的人権である。
つまり、思うのは自由だ。
正直に言うならば、
「うおっ、可愛い」
と思った。
しかし問題はない。
基本的人権である。
と聞いたとき、彼女はちょっと恥ずかしそうに答えた。
「事務所から近いのと…あとは、セーラー服だったから」
制服で高校を選ぶ女子は多い。
だけど、選ばれる高校の大半は学校ごとの個性を表現しやすいブレザーで、セーラー服は「なんだか古くさい」という理由で敬遠されることすらある。
それに対する長富蓮実の解答。
「アイドルはやっぱりセーラー服だと思うんです!」
苦笑するご両親。
そして私。
「私の影響で、古いアイドルが好きなんです、この子」
母親の説明に、古いアイドルが好きなその子が反論する。
「古いことはないわね!年数を重ねただけだけん!」
どうやら島根県の方言で、
「古くないもん!年数を重ねただけだもん!」
という意味らしい。
その発言に再び苦笑するご両親。
だけど、私は笑わなかった。
その言葉に、長富蓮実という少女の本質のようなものを垣間見た気がしたからだ。
「It's not old , just older. 」
あたりになるのだろうか。
そういえば、海外のミュージシャンの曲にそんな歌詞があったような気もする。
ともかく、まだ高校1年生だったその少女から、
「私はこれで行きますから!生きますから!」
という『意思』を感じて、ただただ感心したのを覚えている。
高校1年生当時の自分と比較すると、なんだか負い目すら感じてしまうくらいハッキリとした『意思』の発露。
あの頃の私は……。
思春期男子特有の
「俺は何者かになれるんだ!」
という根拠も何も無い自信に充ち溢れていて、そのくせ手を伸ばして何かを掴もうとすることすらしなかった。
むしろ、手を伸ばすこと自体を恥ずかしいことのように感じていた。
それはいまの思春期男子も同じで、
「汗とか努力とかさぁ(笑)」
と思っている生徒はたくさんいることだろう。
自分がそうだったのだから、彼らを責める気など無いけれど。
私の説明に頷くときも、柔らかな笑顔が絶えることはない。
「田原先生って……」
「ん?なにかな?」
「あだ名はやっぱり『トシちゃん』ですか?」
「…中学生のときにそう呼ばれたことはあるよ」
そう答えると、楽しそうに笑った。
マッチ派だったことは黙っておいた。
いや、なんとなく。
「赤いバラ投げすてたりは?」
「俺に似合うと思う?」
ーいえ、ちっとも
そう言って、また楽しそうに笑った。
『年数を重ねただけ』
についての会話で盛り上がれるのが楽しくて仕方ない、といった様子だった。
私の方はといえば、これから自分の教え子になる少女から
「先生はどちらかと言うと、ヨッちゃんですよね」
なんて言われて照れ笑いと苦笑いの混じったような顔で
「どうかなぁ」
と返すのがやっとだった。
まぁ、悪い気分ではないけれど。
私と同い年の我が妻は、アイドル全盛期の80年代を、アイドル全盛期の思春期女子として過ごしたことだろう。
トシちゃんにヨッちゃん。
うん、ど真ん中だな、やっぱり。
「そうなんです。同級生よりも、そのお母さんたちと話が盛り上がってしまうんです」
まぁ、そうなるだろう。
同級生のお母さん方と連れ立って、カラオケに繰り出しそうな気配。
「良いですね、それ!」
当人による解答。
そこに交ざりたい気は……。
無い、ということにしておこう。
一応教師なので。
理科室の前を通り過ぎながら、彼女が言った。
「なんだろう?『ヤマトナデシコ七変化』とか?」
「ぶっぶーっ」
口を尖らせながら『不正解』の効果音。
その仕草もなんだか懐かしい。
「正解は『時代おくれ』です!」
「河島英五!?」
「はい!私っぽいかなって」
時代おくれの女になりたい、というわけでもないだろうけど、彼女のテーマソングにはピッタリかもしれない。
「だけど私、機械の操作とか苦手で…だから友達にやってもらいました」
スマートフォンが機械なのかどうかは機械好きの間で議論が分かれそうだけれど、まぁ、それはよい。
「レコード針の交換は?」
まさかな、と思いながら聞いてみた。
「それは出来ます!」
ー当然じゃないですか!
と言わんばかりの顔で声で返されてしまった。
なんとなくだけれど、オーディオテクニカの針を愛用してそうな雰囲気。
使用感云々ではなく、あのロゴマークに惹かれて。
「それもう70年代だろ」
なやり取りをしながら、再び生徒指導室に戻ってきた。
「あの、何かご迷惑かけませんでしたか?」
と問う父親に、私よりも先に
「大丈夫!田原先生、アイドルソングとかに詳しかった!」
と返す彼女。
「あら、良かったねぇ」
と嬉しそうな母親。
長富家におけるそれぞれの立ち位置が想像できて、ちょっとだけ面白かった。
「心配ありませんよ。明るくて素直な娘さんですし、すぐに友達もできますよ」
と、教師らしいことを言ってはみたが『教え子がアイドル』ということに対するやりづらさのようなものは、正直払拭できずにいた。
ご両親もその点について不安だったようだけれど、当の本人はあっけらかんとしている。
案ずるより産むが易し、ということなんだろう。
『明確な夢を抱いている教え子』に対して出来る限りのことをしてやりたいと思うのは、教師として当然のことだろう。
ただひとつ懸念材料があるとすれば、
『アイドルの同級生』
になるクラスメイトたちの心境だった。
芸能人をはじめとする『有名人』に対して憧れを抱きやすい年代でもあるし、特に女子たちがどういった反応を示すかは気がかりだった。
「田原先生、心配しすぎです」
やはりあっけらかんとしていたご本人。
ー心配するのも親と教師の仕事だ。
なんてことを考えていると、ふと、
ーそういえば、アイツの試合、しばらく観に行ってないな。
と、小学校6年生の1人息子のことが思い浮かんだ。
彼は少年野球のチームで、6番レフトを任されている。
今度時間をつくって観戦に行こうと、目の前にいるアイドルの笑顔を眺めながら思った。
蒸し暑い体育館で、
「校長先生、今回もお話が長いです」
と、教師としてではなく一個の人間として心中で愚痴を言いながら、生徒指導室で待機している長富蓮実のことを考えた。
慣例に従えばこの始業式で転入生の紹介をするべきなのだけれど、彼女の『特殊性』を慮った結果「始業式が終わったあと、クラスで」紹介する運びとなった。
担任である私はすでに腹を括っていたが、他の先生方はそういうワケにもいかないらしい。
「長富さんが有名になって、テレビが取材にきたら」
なんていう心配をしている
コメント一覧
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- 2017年03月09日 23:01
- 良かったです!
-
- 2017年03月09日 23:14
- 内容の割に滅茶苦茶読みやすい
文章力あるな
-
- 2017年03月09日 23:32
- ここに25番というアイドルがいたんですが
-
- 2017年03月09日 23:59
- 素敵。
アイドルとしてでも、プロデューサーとしてでも、ファンとしてでもない視線で、かつ見事に蓮実ちゃんを描きあげてて凄くいい雰囲気だった
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