見渡す限り平原が広がる地があった。
サバンナ地方と呼ばれるその地にて、異形なる獣が樹上に在た。名は剣猫。
身の丈４尺ほどの体躯の頭上には、６寸程の耳を携え、豹柄模様の着衣を身にまとい眠っていた。

意識は落ちているものの、その神経、耳は、周囲の状況を、敏感に感じ取っていた。
音。
何者かの駆ける音を拾い上げたその耳は小さく動き、次の瞬間にはその身体はこわばり、警戒態勢に入っていた。

サバンナの地は、剣猫が平定をした地である。
その地に生きるものは全て剣猫の預かり知ることであるが、拾い上げたその音は今までに聞いたことのない音であった。
何者が、駆けているのか。

剣猫が周囲を見渡すと、身の丈４尺ほど、浮浪者が如き衣服に包を背負った獣が一匹、駆けていた。
やはり見覚えがない獣であった。近づき、姿を見せる。
その獣は、こちらに気付くと踵を返して逃げ出した。

なぜ逃げる。本能が、獣を追った。
捕らえて、どうするか。それを考えるのは捕らえてからで良い。
狩猟演習を好んだ剣猫は、ただ獲物に向けて駆ける事が好きだった。

獣は逃げてはいるものの、それほど足は速くない。
すぐさま射程にとらえると、剣猫は宙を飛び獣を抑える。
「待て。早まるな。食うてはならぬ。」
「食うつもりはない。ないが、貴様の返答次第ではある」
「敵意はない。一度、どいてはくれぬか」
獣の眼を見る。敵意を宿してはいない。

「逃げるものを追うが、我が習性。すまなかった」
「否。話のわかる御仁で助かった。話がわかるついでに、教えてはくれまいか。ここはいずこか」
「ここは蛇巴里公園。我が名は剣猫。この周囲は我が領地である。お主はいずこから来たのか」

「それが、記憶がない。目覚めた時にはここにいた」
「山がざわめていた。産まれたて、ということやもしれぬ。お主が何者かは、見ればわかる」
剣猫は、その獣を下から嘗めるように見た。

鳥ならば、羽がある。蛇ならば、袋がある。しかし、この獣は。
ただ大きな包みを持つだけであった。
「これは」
「鞄、かと」
「わからぬ。図書館へ向かう必要がある」
「そこで、某の正体がわかるということか。して、その図書館はいずこに」

「袖振り合うも、ということ。途中まで、案内いたそう」
図書館へは、サバンナの入口までまずは向かう必要がある。
剣猫は先導し、その入口へと足を進めた。

「お主、名は」
「それが」
「名もわからぬと」
「いかにも」
「その包み、鞄といったか。鞄ではどうか」
「名を賜り、感謝致す」

道中、険しき道もある。窪んだ道。
剣猫にとって慣れた道であるため容易に通過が出来るが、鞄は苦戦していた。
不慣れな面を考慮しても、遅すぎる。
「緩慢にも程がある。お主もしや、怠惰獣の友人であるか」
剣猫が呼びかけた刹那、鞄は落下した。

「落ちる」
鞄は地面まで落下し、身悶える。
ふと、青い異形なるものがいた。
「貴殿は・・・」
鞄が呼びかける。剣猫が叫ぶ。
「鞄。そ奴はセルリアンである。逃げよ」