ハルヒ「スティール・ボール・ラン?」【後半】
- 2017年05月27日 22:10
- SS、ジョジョの奇妙な冒険
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ハルヒ「スティール・ボール・ラン?」【後半】
半ば凍り付いたマキナック海峡を行く手に臨みながら、ハルヒはため息混じりに、
「ここにあった私の『衣服』も、すでに誰かに取られてるわ」
と、呟くほどの音量で、落胆の声を発した。それに倣うように、俺も一つため息を吐く。
ミシガン湖で長門と別れてから、俺たちは豪雪と強風の中を、十日間かけて北上し続けた。いやはや、アリゾナ砂漠よりよっぽどキツかったよ。アリゾナにはたった二日しか居なかったというのもあるが。
いくら、俺の愛車にとって、雪道が何でもないものだとしても、視界が霞むほどの雪と、強烈な向かい風に見舞われたら、移動力は普段の半分、いや、それ以下まで落ちてしまう。
とは言え、天気と文字通り相談出来る朝比奈さんの能力のおかげで、キャンプの時などは、雪や風を弱めることができたのが救いだった。寒冷地用でないテントでも何とかやってこれたからな。
そうして、町の少ないシックスステージのコースを八割方走破し、俺たちはシックスステージの難関―――ハルヒが感じ取った衣服のありかでもある、マキナック海峡までやってきたのだ。
しかし―――今回も一手遅れちまっていたってか。原因は分かりきっている。俺が、ミシガン湖畔で熱を出し、数日そこでロスったことだ。
「すまん」
と、俺が短く謝辞を述べると、ハルヒは首を横に振りながら、
「責めてもいないのに謝らないで。しょうがなかったと思ってるんだから」
視線を水平線へと向け、すこし諦観の色が窺える声色でそう言った。
しかし、本格的に首が回らなくなってきたぞ。ハルヒ曰く、残りの衣服で、まだ誰の手にも渡っていないのは、あと一つしかないらしい。もしその衣服までもが、誰かに取られてしまったら……
「……ここまで来たら一緒っていう気もするわね。どのみち、私たちの目的は、衣服を『すべて』取り戻すことだもの」
そう―――もし、最後の衣服を手に入れることができても、結局は、他の衣服を手に入れるためには、他の所持者から奪い取らなくてはならないのだ。Dioやホット・パンツ、ジョニィだのジャイロだの、挙句の果てには大統領。
そんな面々と交戦し、衣服を奪還する―――そんなことが、俺や朝比奈さんに可能だとは、正直言って思えない。と、なると―――頼みの綱となるのは、もう一つしかない。
そう、長門有希だ。
ぽつり。と、朝比奈さんの口から、鈴の音の様な声がこぼれる。
「一人で大統領の事を調べるなんて……やっぱり危険だったんじゃ」
「……長門は、言い出したら聞きませんから」
不安げに表情を曇らせる朝比奈さんに、そんな言葉を返しながら、俺は心中で、十日と数日前、長門が残していった言葉を思い出していた。
「ファニー・ヴァレンタインは、少なくとも二つ、あるいはそれ以上の数の衣服を所持している。もし、ファニー・ヴァレンタインの能力が、私たちに不利益、有害なものであれば、暗殺し、衣服をすべて奪い取る。それが最も合理的」
長門の眼は、いつだかコンピ研とのゲーム対決で見せたような、少しばかりの憤りを孕んだ色をしていた。こんなヘンテコな世界に迷い込まされたという事に、長門なり腹を立てているんだろうか。
「……どうして先に大統領の衣服を奪うのよ? 私の知る限り、ホット・パンツが、最低でも三つ持ってるんだから、狙うならそっちだと思うけど」
少し考える様に、長門の言葉を吟味した後で、ハルヒが口を開いた。俺も同じようなことを考えていた所だ。
衣服の所持数もさることながら、相手は一国の大統領だ。一般人に攻撃を仕掛けるのと比べたら、手間も危険度も桁違いだぞ。
ハルヒの言葉を受け、長門は視線をハルヒの顔面へと移し、
「ファニー・ヴァレンタインについては、能力についての調査も必要なため。衣服の奪取と同時に行える」
と、淡々とした口調で述べた。確かに、大統領の能力について詳しく知れるなら、それに越したことはないが……それにしても無茶な作戦じゃないか? 調査するにしろ、攻撃を仕掛けるにしろ、一人で簡単に行えることじゃ―――
「私の『能力』なら可能」
長門の能力。というのが、俺たちの世界で長門の持っていた、あの情報なんたら思念体が絡んだものだとしたら、確かに可能だろうさ。大統領なんか敵じゃない。しかし長門の口ぶりからすると、
「現在、リンクは不可能」
俺の思考を読み取ったかのように、視線を一瞬、こちらへ投げながら、短く呟く長門。やっぱりか。例の思念体とリンクができないって事は、長門はこの世界では、俺たちと同じ土台の上にしかいない、って事だ。
その上での、長門の『能力』とは―――どんなもんなのか、想像もつかないが、どうやら長門は、すでにその能力を持っていることを自覚しているらしい。
「言い方を変える。あなたたちの能力では不可能なこと。これが可能なのは私しかいない。許可を」
ハルヒもそうだが、長門もこうなんだよな。何かを言い出した時には、もう『本気』なんだ―――長門が許可を求めているのは、俺になのか、SOS団団長になのか。あるいは両方になのか。とにかく、長門は『やる気満々』だった。
俺は、ハルヒに視線を送ってみる。我らが団長様は、胸の前で腕を組み、険しい顔をして、じっと考えていて―――やがて、何かを諦めるかのように目を閉じ、一つ息をついた。
そして、
「一つだけ約束して。『暗殺』なんて物騒な真似はやめてちょうだい。私たちに必要なのは、大統領の首じゃない……あくまで目的は、衣服を奪うこと」
俺が言い添えようと思っていた点を、ハルヒがしっかり押さえてくれた。そう、長門に誰かを暗殺させるなんてのは天地がひっくり返ったってご免だ。俺たちが長門に求めているのは、そんなものじゃない。
「……危なくなったら、逃げろよ」
ハルヒの忠言が終わったのを見届けた後、俺が短くそう言うと、長門は二秒ほど時間をかけ、手の中のスープ皿を見つめた後、
「了解した」
と、俺とハルヒ、二人分の言葉を飲み込み、小さく頷いて見せた。
「有希なら大丈夫よ。あの子が約束を守らなかったことなんて、ないでしょ」
と、長門の身を案じ、俯いていた朝比奈さんの肩を、ハルヒが優しく叩く。そして、再びマキナック海峡の水平線へと視線を移すと、
「私たちも、私たちに出来ることを、やれるだけやらなきゃ。最後の衣服のありかは―――きっと、この町」
右手で、すっかり便利な収納空間となったマントの中から、地図を取り出し、それを広げるハルヒ。紙面の一点を指で示し、俺と朝比奈さんがそれを覗き込むという、この世界にやって来てから何度目かのやり取りを交わす。
「『ゲティスバーグ』……遠い、ですね」
俺が見て思って感じたことを、朝比奈さんが代わりに口にしてくれた。もうツッコむのも面倒だが、やはり最後もレースのコース上。馬鹿みたいに長いセブンスステージのゴールであるフィラデルフィアから、150kmほど西に離れたところだ。
「そう言や、レースは今頃どうなってるんだろうな」
ふと、このところ町がなかったせいで、レースの動向を探っていなかったことに気づく。確かシックスステージのゴールは、この海峡を越えて4~5kmくらいの地点にあったはずだ。
「とっくにセブンスステージに突入してるでしょうね。レースも佳境、ってところかしら」
と、ハルヒは続いて、左手でレースの概要の記された新聞紙を取り出す。この世界に来た夜、ハルヒがホット・パンツに貰ったという、まあ、旅のしおりみたいなものだ。
「ゴールのマッキーノ・シティに着いたら、新聞を買いましょう。もうあんまり意味はないかもしれないけど、上位が誰だったか気になるわ」
ハルヒが今少し触れた通り、俺たちは今となっては、レースに固執する理由はあまりないのだが―――とは言え、Dioやジョニィ、ホット・パンツなんかと接触しないよう注意するためにも、動向を把握しておくことは必要か。
実際のところ、俺はこのシックスステージの間中、そろそろDioが追いついてくるんじゃないかと思い、まさかの遭遇を避けて行動していたくらいだからな。
「もしあんたの言うように、Dioが先頭に復帰してたら……ゲティスバーグへ急ぐか、Dioとの距離を考えるか、悩むところだわ」
いっその事、俺たちは最後の衣服は無視して、ジョニィだのホット・パンツだのに取らせてやっちまうってのはどうだ? あとあといただく予定ならよ。俺が提言すると、ハルヒはキッと目を吊り上げ、
ああ、そういう線もあったか……でも、ゲティスバーグを目指してるのは、マキナックの衣服を取ったジョニィたちだけなんじゃないのか?
「ミシガンとマキナックの衣服は、多分ジョニィとジャイロが取ったけど、それをDioが奪ってたりする可能性もあるわ。とにかく、油断はできないのよ。私たちが自分で手に入れるのが、一番安全なの」
「そりゃそうだ。それが出来れば、な」
「ここまで来て気を抜かないでよ。あんたがそういうスタンスだと、本当に誰かに、最後の衣服まで取られちゃう」
と、教育ママみたいな口調で俺を叱責するハルヒ。ああ、悪かった。本気のお前に、本気でなく付き合おうって、俺の怠け心が間違ってたよ。
「とは言え、Dioの馬の回復にはまだ時間がかかると思う。注意するべきなのは、セブンスステージの道中ね。とにかく、あんまりのんびりしていられない。シックスステージのタイムスコアだって気になるし、早く渡りましょう、このマキナック海峡を」
確かに、連中がこの海峡を越えたのがいつなのかによって、俺たちの進むペースも変わってくるしな。俺は一つ息をついた後、愛車のキーを回す。ドルドルと、いつでも元気よくエンジンがかかってくれるのが、俺の救いと言ってもいいかもしれない。
「よし、行くか、ゲティスバーグ」
俺が、星の欠片でも散らしながら、といった気持ちで、颯爽とそう言うと、
「あんた、その言い回し、気に入ってるの?」
と、唇を平たくしながら、ハルヒが言葉を返してきた。思わず顔が熱くなるのを感じる。なんだよ、俺だってたまには格好つけたっていいじゃねえか。
「ふふっ」
俺とハルヒのやり取りを見ていた朝比奈さんが、そよ風のように笑いながら、サイドカーに乗り込む。ハルヒが後部座席に着いたのを車体の揺れで確認した後、俺はアクセルを吹かした。
正確には、『それ』を捉えたのは視覚だけではない―――ホット・パンツの『能力』が記憶している、複数の『ニ