転載元:【デレマス時代劇】池袋晶葉「活人剣 我者髑髏」 

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1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:28:44.60 ID:H+fVtVTs0

2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:29:40.99 ID:H+fVtVTs0

 夕暮れ時。竜胆の花が点々と咲く、野原。

「池袋殿、こちらが貴殿の申していた最強の剣士か」

 脇山珠美は、7尺を超える身丈の鎧武者と相対していた。

 しかし、彼女の表情に恐れはない。

 幼くして一刀流の免許皆伝を受け、

 自身の強さを磨くために全国を行脚。

 数々の剣豪を打ち破り、“最強”の名を欲しいままにしている。

 また近年、示刀流なる剣術を自身で編み出し、道場を立てた。

 門下生は200をゆうに超え、

 念流、神道流、陰流、中条流に並ぶ

 第5の兵法源流となるのではないか。

 そのように噂されている。








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3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:30:38.29 ID:H+fVtVTs0

「最強の剣士、と言われれば自信がありませんな」

 鎧武者の背後で、池袋晶葉は肩をすくめた。

 彼女は先日道場に現れて、

 脇山珠美よりも強い剣士を知ってる、と声を上げた。

 激怒する門下生らを諌めながらも、脇山の自尊心は

 むくむくと鎌首をもたげてた。

 最強の剣士は脇山珠美おいて他になし。

 脇山自身がそう考えているからだ。

 「そう謙遜されると、まるで私が弱いようではないか」

 脇山は笑いながら、剣をすぅっと滑らかに抜いた。




4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:31:35.14 ID:H+fVtVTs0

「そなたは名を何と言う」

 脇山は鎧武者に問うた。剣士の流儀である。

 しかし相手は黙して語らなかった。代わりに晶葉が答えた。

「すみませぬな…そやつは口が聞けぬ者でして。
 
 名は、我者髑髏と申します」

 がしゃどくろ。脇山は眉を細めた。

 戦で死んだ武者の怨霊が集まって、形を成す妖怪の名。

 脇山は自身が斬り捨ててきた剣豪達を思い出した。

 もし自分が敗れたとしたら、それは今まで殺めてきた者の

 祟りということになるだろうか。

 くは、と脇山は笑った。

 敗れるなど、到底ありえぬことであるが。




5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:32:51.48 ID:H+fVtVTs0

「それでは尋常に、参る」

 脇山は奇妙な上段の構えをとった。

 柄を逆に持ち、切っ先を武者に向け、両腕を顔の真横に据える。

 これは脇山が独自に開発した、刺突のための構えである。

 対して、鎧武者の方はゆらりと野太刀を抜いた。

 緩慢すぎる動きだった。

 鎧を着ていることで安心しているのだろうか。

 露出した急所さえ剣で防げいでいれば、勝てるなどと。





6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:34:15.68 ID:H+fVtVTs0

 脇山はまた笑った。

 自身の剣の前に、防具など意味をなさぬからだ。

 脇山の突きは、米炊き用の厚い羽釜さえ貫通する。

 「傲ったな、我者髑髏!!」

 脇山の刺突は風を巻き込み、猛烈な音を立てた。

 そして鎧を、いとも簡単に貫いてみせた。

 だが、驚愕したのは脇山の方であった。

 心の臓を狙ったのに、手応えがまったくない。

 まるで中身ががらんどうのような…。

 鎧武者は緩慢な動きで、脇山の剣をつかんだ。

 きりきりきりと、歯車の回る音が聞こえた。

「まさか、から…」

 脇山が言い終える前に、彼女は大刀によって押し潰された。

 血が、竜胆の花に雨のように降り注いだ。

 それはおどろおどろしくも、美しい光景だった。




7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:35:00.36 ID:H+fVtVTs0

「我者髑髏も改良が必要だな…」

 糸を指で繰りながら、晶葉はため息をついた。

 我者髑髏は彼女が5番目に製作した、絡繰の武者であった。

 最高傑作ではなかった。しかしとにかく頑丈ではあった。

 その装甲が人間の手によって突破されるとは。

「やはり脇山珠美は、凄まじい剣豪だった」

 花のように上半身がめくれた脇山の死体に、晶葉は一礼した。





8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:36:04.88 ID:H+fVtVTs0

 世は、太平の一歩手前。

 戦国に敗れた大名どもや百姓が、各地で散発的な乱を起こしていた。
 

 池袋家は、玩具用の絡繰人形を作る職人の家であった。

 だが玩具と言って侮れぬ精巧な出来栄えで、

 ひっそりと蒐集する大名や富商が数多かった。

 顧客は多く、池袋家は裕福だった。

 晶葉は両親に甘やかされ、何不自由なく育った。

 元々は厳しい家であったが無理もない。

 晶葉の才能は、池袋家史上最高のものだった。




9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:36:56.63 ID:H+fVtVTs0

 初めて見る絡繰でも内部の機構を完全に理解した。

 そして、代々の傑作と呼ばれる作品が児戯に見えるような、

 素晴らしい絡繰を次々に作り上げた。

 とかく資金には事欠かない環境であったから、

 上達は止まることを知らなかった。

 最上級の素材、最前線の知識を消化して、晶葉の絡繰は進化して言った。

 彼女の栄達は約束されたもののように思われた。

 しかし恵まれた者が、恵まれぬ者の憎悪を買うのが世の常。

 池袋家は夜盗に踏み入られた




10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:37:35.24 ID:H+fVtVTs0

 技術一筋の家系が災いし、抵抗するも虚しく、

 家の人間は次々に殺されていった。

 少女だった晶葉は、試作品だった武者人形を操り、

 自身の身を守った。

 だが朝を迎えた時には、彼女は1人になっていた。

 それから晶葉は、人間と等身大の絡繰を作るようになった。

 玩具とはかけ離れた、殺人用の絡繰を。

 自身の身を守るためか、それとも孤独を癒すためか。

 それは当人にしか分かりえぬ。





11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:38:33.39 ID:H+fVtVTs0

 晶葉は絡繰を使って復讐を果たした。

 相手はいともあっけなく死んだ。

 金に困った、やせ百姓達だった。

 それから晶葉は、天下一の腕前を持つ剣豪達に戦いを挑むようになった。

 剣豪達は人の身にして、晶葉の絡繰と渡り合った。

 彼女が最高傑作と見込んだものさえも、敗れ破壊されることもあった。

 その度に改良を重ね、晶葉は再戦を挑み、打ち勝ってきた。

 結果できたのが我者髑髏だったが、晶葉は納得していなかった。

 頑丈さと馬力だけを追究した、のろまで不恰好な武者は

 晶葉の美意識には合わなかった。





12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:39:01.40 ID:H+fVtVTs0

 精強な剣豪達はえてして慕われるものであったから、

 晶葉は多くの人間に恨まれた。

 しかし本人は気にも留めなかった。

 池袋晶葉の信念は、自分自身だけのために、最高の絡繰を作ること。

 人の世の理など知ったことではないのだ。




14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:40:17.42 ID:H+fVtVTs0

 脇山珠美を倒した後、晶葉は四国の地に入った。

 そこで、遊佐家預かりの絡繰師となった。

 無論忠義の徒になったわけではなく、絡繰の開発のためであった。

 「ふわぁ…あなたが…いけぶくろ、あきは…」

 遊佐城にて、晶葉は姫のこずえと対面した。

 ほのかに緑がかった、金色の髪。
 
 翡翠石のごとく、きらきらひかる瞳。

 乳を溶かしたようになめらかな肌。

 こずえは、人形のように愛らしい少女だった。




15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:41:02.93 ID:H+fVtVTs0

 遊佐氏はこずえを溺愛していた。

 領民を締め上げて税を集める一方、

 こずえのために高価な絡繰をせっせと集めた。

 そのほとんどは池袋家製のものだった。

 そして、晶葉が遊佐家に招かれたのは、

 こずえのための絡繰を作らせるためだった。

 親馬鹿も甚だしいな。

 晶葉は内心で笑った。

 遊佐氏とこずえを見ていると、かつての両親のことを思い出した。





16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:42:05.43 ID:H+fVtVTs0

 しかし、晶葉の本懐は玩具の製作ではない。

 職人は人目があっては、作品を作る事ができませぬ。
 
 晶葉はそう言って城外に工房を建てさせ、立入厳禁の札を建てた。

 これで自身の研究に集中できる…はずだった。

 こずえはどうやって抜け出してくるのか、

 たびたび晶葉の工房に忍び込んできた。

 そして、絡繰製作をつぶさに見つめるのであった。

 晶葉はこずえをつまみ出し、娘を探す遊佐氏の下へ帰した。

 しかし、こういったことが何度も続くと、

 遊佐氏の方から、こずえの好きにさせよと命じられた。




17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:43:18.70 ID:H+fVtVTs0

こずえの目があるために、

自身のための絡繰作りは一向に進まなかった。

しょうがないから真面目に仕事にしていると、

今度はこずえが色々と注文をつけてくる。

衣装はこういう風にしてほしい。

髪の色はどうだ、顔のかたちはこうだ。

しかし晶葉が最も困ったのは、

お話できるように、という頼みだった。

「こずえ…おにんぎょうさんと…おはなし…したいの…」

こずえはしきりにせがんだ。

晶葉が理由を尋ねると、友達が欲しいからだと言う。




18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:44:19.11 ID:H+fVtVTs0

「非効率的な機能だ。しゃべるなら人と話せ」

晶葉は銅板に爪を立てた。

きぃぃという音がした。

こずえは顔をくしゃっと歪めた。

その様子が存外に面白かったので、晶葉はまた爪を立てた。

同じ音がした。

こずえがまた、顔をくしゃっとさせた。

「それ…なに…」

こずえが銅板を指差して、晶葉に尋ねた。

「高純度の銅だよ。導電性が高くてな。

 本当は、金とか銀の方がよかったんだが…」

「どう、でん…」

晶葉の説明にこずえは目を回して、ぱたりと倒れた。

そしてそのまま、すやすや眠ってしまう。

晶葉は肩をすくめて、仕事に戻った。

糸のように細く切った銅を、糸巻きのような器具に巻きつける。

話すのはともかく、遊び相手にはなる人形を作ってやるか。

晶葉はふっと笑った。家族を失って何年かぶりの、小さな笑みだった。





19: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:45:16.34 ID:H+fVtVTs0

しかし、遊佐氏の圧政が祟ってか、

次第に領内は不穏な空気に包まれていった。

晶葉の工房も、領民達から狙われた。

遊佐氏が金に飽かして呼び込んだ絡繰師。

その工房からは夜更け、まばゆい光が漏れているという。

領民達にとっては格好の標的であった。

とはいえ晶葉が無抵抗に身を差し出すはずはなく、

我者髑髏を使って相手を蹴散らした。

動きが遅いものだから、我者髑髏にも多くの傷ができた。


「おにんぎょうさん…いたく…ないのー…?」

晶葉が修理を行なっていると、こずえが尋ねた。

「痛いわけがないだろう。こいつには心がないんだから」

晶葉はそう返した。





20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:45:52.52 ID:H+fVtVTs0

「矢が飛んでこようが、槍が刺さろうが、我者髑髏は傷つかない。

 中身が空っぽだからな」

晶葉は我者髑髏の胴体を開いた。

彼女の言う通り、小さな動力装置の他には何もなかった。

「かわいそう…」

こずえの言葉に、晶葉は眉をひそめた。

絡繰とはそういうものだ。

ものを考えず、壊れはしても、死んだりしない。

だからこそ素晴らしい。晶葉はそう思う。





21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:46:37.18 ID:H+fVtVTs0

やがて晶葉は、こずえのための絡繰を完成させた。

こずえに似せて作った、等身大の毬つき人形。

遊佐氏は大層喜んだ。

しかし、こずえは不満げであった。

「このおにんぎょうさん・・・しゃべらないのー・・・?」

晶葉は聞かぬふりをした。


晶葉自身の絡繰もまた出来上っていた。

いままでの木と鉄ではなく、全身を軽銀で組み立てた。

我者髑髏とは異なり小柄で俊敏。

見栄えにもこだわり、

武装の剣は両腕に格納できるようにした。

素材が光沢のある白色であったので、

この絡繰は“白雪”と名付けられた。

その意匠には、どことなくこずえの面影があったが、

晶葉は気づいていなかった。




22: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:47:29.25 ID:H+fVtVTs0

仕事を終えたので晶葉はこずえと別れ、領内を後にした。

新しい絡繰を手に入れたので、

重くかさばる我者髑髏は工房に置いてきた。




23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:48:39.12 ID:H+fVtVTs0

それから晶葉は九州を巡った。

聞くところによると、タイ捨なる新しい流派が精強であるという。

晶葉は白雪を繰り、その流派の剣士達に戦いを挑んだ。

タイ捨流の剣術は、いや、兵法は、

たしかに今までのものと次元が異なっていた。

神道流が持つ一瞬の静謐さ、念流の重厚さとはちがい、

タイ捨流は、機敏で自由な剣さばきだった。

しかし白雪はさらに鋭敏、かつ苛烈な攻撃を行う。

絶えず相手の死角に回り込み、相手の目にも止まらぬ。

まさに最高傑作。

晶葉は白雪を繰り、輝かしい勝利を量産した。




24: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:49:33.68 ID:H+fVtVTs0

また、彼女は鉄砲について造詣を深めるために、

種子島を訪れた。

晶葉は以前から、威力はもとより、

その戦術的価値に注目していた。

音と光による相手への牽制。

“遠くから狙われている”という心理的圧迫。

装填速度さえなんとかすれば、鉄砲は刀を戦場から、

いや社会から駆逐してしまうだろう。

そう晶葉は確信していた。





25: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:50:15.04 ID:H+fVtVTs0

晶葉は鉄砲を一本買い付けて、つぶさに調べた。

弾丸。火薬。火縄による点火方式。それぞれが分離している。

晶葉は迂遠な発射機構に失望した。なんたる原始的な発想。

弾丸と火薬を一体化させ、点火方式を単純化した方がよいか。

火縄が外に露出しているのは明らかな欠陥だ。

雨に濡れれば使い物にならぬし、火縄を支えるために余計な部品が増える。

彼女は色々と工夫して、いくつかの試作品を開発した。

すると今度は、火薬の性能が気にくわない。




26: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:51:01.62 ID:H+fVtVTs0

黒色火薬は光と音が大きい割に、弾丸を押し出す力が弱い。

貫通力を高めるために施条を行なったのに、

かえって威力が低下している。

だが、薬化学は晶葉の専門外。

冶金ならともかく、こればかりはどうしようもなかった。

もう1人の天才が現れるまで、自分は生きていられるだろうか。

晶葉は孤独を感じた。





27: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:51:46.54 ID:H+fVtVTs0

両親が亡くなってから、ずっと1人だった。

いや、もしかすると生まれた時から、

自分は1人であったかもしれない。

工房のなかでひとり、無数の絡繰達に囲まれながら、

他者を寄せ付けなかった。

こずえ。晶葉はふいに、彼女のことを思い出した。

こずえに会いたい。

晶葉は山陽から本州に入る針路をねじまげて、再び遊佐氏の領内に入った。

果たして、そこは火の海だった。




28: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:53:37.70 ID:H+fVtVTs0

「こずえ!!」

池袋晶葉は、こずえの名を呼びながら城下を駆けた。

遊佐城はすでに燃えていた。

こずえはどこかに避難しているだろうか。

だが、遊佐氏の姫を呼ぶ者が看過されるはずはなかった。

1人の女が、晶葉の前に立ちふさがった。

「“秋来ぬと 

目にはさやかに見えねども 

風の音にぞおどろかれぬる”」

鷲色の長髪が、炎の明かりでちろちろ揺らめいてる。

相手は、焦点の合わない目を晶葉に向けた。





29: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:55:14.54 ID:H+fVtVTs0

「いまの季節は春だ」

「無粋だねえ、池袋晶葉」

相手は名前を名乗った。

「一刀流、松永涼。脇山珠美の、ちょっとした知り合いだ。
 
 アンタが遊佐氏に仕えたって聞いて、ここに来た」

「復讐か」

「はははは。アタシは、そんないツマンナイ女じゃないよ。

 強い剣士と闘いたいだけさ」

 松永は舌をちろりと出した。

 それは、嘘をついている表情だった。





30: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:56:17.59 ID:H+fVtVTs0

 だが晶葉にはどうでもよい。一刻も早くこずえを見つけねば。

 白雪の繰り糸をがっと引き、松永の背後から攻撃を仕掛けた。

「なにこれ」
 
 松永は造作もなく、白雪の剣を弾いた。

「魂が込もってねえな」
 
 白雪は死角から、次々に剣を振るう。

 しかし、すべてが防がれる。まるで全身に目がついているようだった。

「狙ってんのか。アタシの死角を」

 晶葉は、試作銃を松永に向けて発砲する。

 それも避けられた。

「アンタ、本当に珠美に勝ったのか?

 やることなすこと、てんでくだらねえ」





31: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:57:23.30 ID:H+fVtVTs0

 晶葉は策を弄するのをやめ、正面から挑んだ。

 さきほどより速度は上だ。

「貴様の目には追えまい!!」

 そう叫んだ晶葉の目の前で、白雪は破壊された。

「目?

 アンタまだ気づいてないのか」

 松永は両目にぎゅうと指を掴んで、眼球を抜いた。義眼であった。

「珠美にやられてから、この有様だ。

 せっかく可愛がってやったのに…あんなに、いっぱい、可愛がってやったのに」

 松永は義眼を握りつぶして、あ゛ー!、あ゛ー!と叫び始めた。

 晶葉は逃げだした。絡繰を失えば、非力な1人の女だった。




32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:58:00.01 ID:H+fVtVTs0

 そして、心当たりを思い出した。

 晶葉の工房。そこにならあるいは。

 城下のはずれに工房はある。まだ無事かもしれない。

 晶葉は哄笑を上げる松永を背に、再び駆けた。





33: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 12:58:43.84 ID:H+fVtVTs0

 果たして、工房はまだ焼けてはいなかった。

 戸を蹴破って中に入る。こずえは見当たらない。

「こずえ!!」

 晶葉は枯れかかった喉で、名前を読んだ。

 すると、鎮座した鎧武者の中から、かすかに音がした。 

晶葉は我者髑髏の腹を開いた。こずえがいた。

 でかしたぞ!!

 晶葉は初めて、我者髑髏の肩を叩いて褒めた。

「…ちちうえも…ははうえも…みんな…」

 こずえは涙を零して震えた。晶葉は彼女を抱きしめた。

「逃げるぞ。ここから、2人で」




34: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 13:00:35.33 ID:H+fVtVTs0

こずえを我者髑髏の中に入れ、晶葉は城下から逃れた。

しかし遊佐領の境で、松永が待ち構えていた。

「そのお侍さんには魂があるねえ」

彼女は舌なめずりをして、我者髑髏に迫った。

こちらは速さが足りぬ。圧倒的に。

晶葉は我者髑髏の前に立ちはだかって、松永の突きを受けた。

「やれぇ!! 我者髑髏!!!」

そして繰り糸を、身体中の筋肉が裂けるくらいの力で引く。

びちびちと、 傷口から血が吹き出した。

「そう、そういう一撃だ」

鈍重な拳が松永の頭を潰し、宿主を失った身体が、ぺたりと足をついた。




35: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 13:01:26.10 ID:H+fVtVTs0

松永の刀は晶葉の肺腑を貫いた。致命傷だ。

晶葉はじんわりと息が赤く染まるような気がした。

我者髑髏の方を見た。

晶葉を貫いた刃によって、大きな傷がついている。

しかし脇山との戦いの後、少しだけ厚くした装甲によって、

こずえは守られた。

晶葉は我者髑髏の腹を開いた。




36: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 13:02:28.70 ID:H+fVtVTs0

「こずえ、出てこい」

こずえは、人形を抱えて出てきた。

晶葉がこっそり中に忍ばせていたものだ。

大きさはこずえの手に納まるくらいの、小さなものだった。

そして、どことなく晶葉に似ていた。

「そうか、見つけたのか…。

 それの、背中のぜんまいを…回してみてくれ」

こずえは震える手で、ゆっくりとぜんまいを回した。

すると人形が、こずえ、こずえ、と言葉を発した。

それはくぐもっていたが、晶葉の声だった。




37: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 13:03:22.47 ID:H+fVtVTs0

「本当に、非効率な機能だ…

 気恥ずかしくって…

 素直に…渡せやしない…」

晶葉は苦笑したように、顔を歪めた。

「こずえ…逃げろ …それを持って…」

晶葉は崩れ落ちた。もう限界が迫っていた。




38: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 13:03:58.09 ID:H+fVtVTs0

こずえは涙をぽろぽろ流しながら、しばらく立ち尽くした。

だが、晶葉が息を引き取る前に領外へ逃れた。

晶葉はかすむ意識の中、いままでの絡繰達のことを思い出していた。

「ごめんなぁ…お前達…ずっと、こんなに…痛かったんだな」

冷たくなっていく彼女を、鎧武者が静かに見守っていた。




39: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 13:07:16.39 ID:H+fVtVTs0

おしまい




40: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/01(木) 14:07:04.48 ID:NNMB9kC9o


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女「キャーッ、痴漢!」 男「線路に逃げなきゃ!」 女「逃がすかぁっ!」 運転士「神聖なる線路内に立ち入るとは……許せん!」
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