謎の領域、コールドスポットとは
▲プランク衛星による宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の分布図。赤は暖かい場所、青は冷たい場所を表している。挿入図の部分がコールドスポットだ。
コールドスポットとは、2004年に発見された周囲の宇宙空間より異常に冷たい巨大な領域のことだ。宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background、CMB)の分布の観測時に発見された。この宇宙空間を満たす宇宙マイクロ波背景放射の存在は、「宇宙の始まりは強大なエネルギーの爆発である」というお馴染みの「ビックバン理論」の最重要証拠の一つだが、これによって宇宙には平均10万分の1ほどの温度ムラがあることがわかっている。そしてその中でも異常に冷たく大きな領域、それがコールドスポットである。コールドスポットは、130億年前に宇宙が誕生したときに出来たものだ。2004年、NASAのWMAP衛星で発見され、2013年、ESAのプランク計画で確認された。このスポットでは、宇宙背景放射の温度が周囲よりも摂氏0.00015度だけ低い。このコールドスポットと呼ばれる奇妙な領域がなぜ出来たのかについて、科学者たちは長いこと論争を続けてきた。
コールドスポットの正体はスーパーボイドなのか?
2015年、コールドスポットの正体は『スーパーボイド』で説明できる可能性が高いという説が出た。
スーパーボイドとは、銀河の密度がかなり低い領域で、コールドスポットもそういう領域の1つだろう、というのだ。しかし厄介なことに、この理論に矛盾する研究結果も同時に存在した。CMBの分布の温度変化は非常になめらかであり、温度の偏差は10,000分の1未満しかない。この温度の偏差は、宇宙が誕生してから380,000年後までの間の進化を説明する既存の宇宙モデルの数値とピッタリ一致していた。しかし、既存の宇宙モデルではコールドスポットが説明出来なかった。コールドスポットは、視野が約5度の領域であり、18,000分の1まで冷たい。1度くらいの領域ならばこの数字も納得出来るのですが、5度となると納得出来ないのだ。5度という面積が大きな領域では、CMBの分布はもっとなめらかになるはずだった。では、なぜコールドスポットが出来たのか? 2つの可能性が考えられた。1つは、光が地球に到達するまで時間がかかるスーパー・ボイドである、という説だ。しかし、宇宙が誕生したときから冷たい領域であった、というもう1つの考えも否定出来なかった。今回論文を発表した研究者たちは、コールドスポットの周辺の銀河に関する新データと、別の領域にある銀河のデータを比べた。▲2015年には、コールドスポットは銀河の密度が小さい『スーパーボイド』なのであろう、という説が出された。
アングロ・オーストラリアン天文台とガンマ線サーベイで得られた新データによると、ガンマ線サーベイでは、他のサーベイと同じように、数千の銀河のスペクトルを作った。スペクトルとは銀河からの光を波長ごとに分解したものだ。元素ごとに光の波長が異なり、それがスペクトルの線となる。銀河が遠くにあるほど宇宙の膨張速度が大きくなり、スペクトルの線は通常の位置よりも長波長の方へズレる。この「赤方変位」により、銀河までの距離を知ることが可能になり、空で見える位置とスペクトルによって、宇宙の中での銀河の分布の立体地図を作ることが出来るのだ。▲「平行宇宙の存在証明」コールドスポットを並行宇宙で解釈している
結果、研究者たちが比べた2つのデータには違いがなかった。銀河の分布に違いがなく、スーパーボイドでコールドスポットを説明することが出来なかったのだ。つまり、コールドスポットはボイドではなく、本当に冷たい大きな領域である、ということなのだ。では、コールドスポットの正体は何なのだろうか? かなり飛躍した説として、我々の宇宙が誕生した初期に別の並行宇宙と衝突した痕跡である、ということが考えられた。「重ね合わせ」原理と並行宇宙
我々の宇宙は1つだけではなく「並行宇宙」が無数にあるのだ、というアイデアは、1つの可能性として、これまで長い間考えられてきた。物理学者の間では、これは数学的な計算結果でしかないということと、実際に並行宇宙は存在するのだ、という2つの意見に分かれていた。量子力学、弦理論、インフレーションなどの理論から計算すると、このような結論になる。量子力学を使うと、粒子には「重ね合わせ」の原理が適用される。つまり、例えば粒子の位置などで同時に別々の状態を取ることが可能になっているのだ。なんとも奇妙なことだが、この事実は実験室で確認されている。例えば電子は、我々が観察していないときには、2つのスリットを同時に通過する。しかし我々が観察した瞬間に、電子はスリットの1つだけを通過するのだ。
有名な”シュレディンガーの猫”の思考実験では、猫は生きながらにして同時に死んでいるが、その理由がこの「重ね合わせ」というわけだ。
※シュレディンガーの猫とは?
シュレディンガーの猫は、1935年にオーストリアの物理学者アーウイン・シュレディンガーが考案した思考実験。密閉された箱の中に猫がいて、放射能を出す物質、(放射能を探知する)ガイガーカウンター、それに毒の入ったビンも入っているとする。ガイガーカウンターが放射能を検出したらビンが割れて猫は死ぬことになる。しかし箱の中の猫は、放射性物質のアルファ崩壊という量子力学的な振る舞いにのみ生死が決定するため、観測者が箱を開けて中を観測しない限り、生きてもいないし死んでもいない。
これらから、「起こりうるすべての可能性は、確かに起きる。ただし、それぞれ別な宇宙で起きるものとする」というアイデアが出た。並行宇宙のアイデアが数学的にはあり得ることから、コールドスポットが、並行宇宙と我々の宇宙が衝突した証拠である、という説も否定出来ないのだ。宇宙を調べると、宇宙は我々が観察出来る範囲よりはるかに大きい、ということが分かってきた。よって、もし並行宇宙があったとして、さらにその1つと衝突したとしても、その証拠を広大な宇宙の中で探し出すことは、ほとんど不可能に近い。なお、この論文の中では、現在の標準的な宇宙モデルでこの大きさのコールドスポットが出来る確率は1%から2%である、とも述べられている。この確率の数字は小さいが、十分に検証された宇宙モデルでの計算結果なので、この可能性も捨てることは出来ない。あるいは、コールドスポットはCMBの温度のゆらぎが引き起こした質量のゆらぎである、という説も考えられる。このゆらぎは確かに存在するが、スケールが大きくなるほどゆらぎは小さくなる。つまり、コールドスポットほどの大きさでは、ゆらぎによって温度が低くなった、とは考えられないのだ。もちろん、「ゆらぎ」そのものを再検討する必要があるかもしれない。コールドスポットの正体の結論が出るまでは、恐らく長い時間がかかるだろう。
「我々の宇宙は無限にある並行宇宙の1つである」ということは、可能性としては以前から考えられていた。しかしそれが物理的に本当に存在することなのか、それとも単なる数学的な計算結果なのかは、まだ誰にもわからない。
その結論が出たとき、一体私たちはどのような世界を観察できるのだろうか。[via: dailymail.co.uk,
Evidence against a supervoid causing the CMB Cold Spot,
phys.org]