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ブーンは歩くようです 【最終部②】古に続く伝統と、それでも足を欲しがった女の話 | 不思議.net

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ブーンは歩くようです 【最終部②】古に続く伝統と、それでも足を欲しがった女の話

2017年07月21日:18:30

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コメント( 6 )

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1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 10:30:51.10 ID:A3RQj7PL0
― 9 ―

(  ω )「……」

あの日から一週間。食事もろくに取らず、書斎にこもっていた。
机上に置かれた書物の原稿には最終項目の表題が記されているだけで、その後は未だ一文字も埋まっていない。
その隣。ほぼ白のままの原稿とは対照的に文字が羅列されている、一枚の紙。手に取り、ぼーっと眺める。

(  ω )「……汚い字だお」

この一週の間に、ジョルジュから一通の手紙が届いていた。結婚式の招待状だ。
そこには乱雑な字で、式の詳細が記されていた。
( ^ω^)ブーンは歩くようです

【第一部】『かつての世界と、文明の明日に心血を注いだ天才の話』
http://world-fusigi.net/archives/8873972.html

【第二部】『世界の終わりと、それでも足掻いた人間たちの話』
http://world-fusigi.net/archives/8873974.html

【第三部】( ^ω^)ブーンは歩くようです3『世界の始まりと、孤独に耐えられなかった男女の話』
http://world-fusigi.net/archives/8873975.html

【第四部】奉られた遺物と、神殺しに挑んだ男の話
http://world-fusigi.net/archives/8893058.html

【第五部】ツンドラの道と、その先に夢を見た男の話
http://world-fusigi.net/archives/8893104.html

【最終部①】古に続く伝統と、それでも足を欲しがった女の話
http://world-fusigi.net/archives/8893105.html

【最終部②】古に続く伝統と、それでも足を欲しがった女の話←今ここ
http://world-fusigi.net/archives/8893116.html






10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 10:47:14.41 ID:l5Owm8tKO
ktkr

11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 10:47:21.02 ID:pEfla6YyO
し・え・ん

14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 10:49:53.79 ID:pEfla6YyO
待ってたよ待ってたよー。
うふふふふー♪♪♪


支援

2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 10:35:09.59 ID:A3RQj7PL0

結婚式は親族とごく一部の人間だけで密やかに執り行われるらしい。
長老の孫の結婚式ともなれば町をあげた一大行事であろうに、なんとも不審なことだ。

そして日時は、受け取った日から五日後の朝。現時点からすれば、明日の朝、挙式となる。
早急すぎる。あまりに急ぎ過ぎている。

密やかな結婚式。急な日程。また、謎が増えた。
しかしそれらはすべて、間違いなく「歩けなくなる」という事由に帰結している。

ならば、それさえ解決できれば、以上の謎はすべて解かれるはず。

3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 10:37:35.97 ID:A3RQj7PL0

(; ω )「纏足……戒律……このくらいしか思い浮かばないお」

内藤ホライゾンの知識を絞り出す中で、「歩けなくなる」という風習で該当したのはこの二つ。

前者は、東洋の大国における、女性を家庭に縛りつけるための肉体的に直接な「歩けなく」する風習だ。
幼いころから女性の足に負荷をかけ、走れないよう、長い時間歩けないよう、足首以下の成長を阻害する。

後者は、宗教などに基づいた戒律による精神的な「歩けなく」する風習。
おもにイスラム圏でなされていたことから考えて、この町の事例に該当する可能性が高いのはこちらだろう。

けれど、そんな思案など僕にとって何の意味も持たなかった。
僕の頭を悩ませている本当の謎は、「歩けなくなる」という謎と根本的に異なっていたからだ。

(; ω )「……彼女は誰なんだお。……なんで僕は悩んでいるんだお」

それが、僕の頭をずっと悩ませ続けてきた謎。

5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 10:40:54.88 ID:A3RQj7PL0

雪の上に滴り落ちた血のように鮮やかな夕焼け。
赤に染まる室内でこちらを振り返った、彼女はいったい、誰だ。

人、記憶、風景。夕闇は帳の中にあらゆるものを覆い隠す。
しかし極まれに、誰かの心象を確かな存在を持たない、
けれど限りなく実存に近い幻として、艶やかなその赤に映し出すことがある。

いや、何もそれは夕焼けに限ったことではない。

いつかと同じ、空の色。
いつかと同じ、風の香。

世界は時として慈悲深く、けれど目をそむけたくなるほど残酷にそれらを用い、
誰しも一つは心の奥底に仕舞っているであろう大切な記憶を不意に思い起こさせ、
掴もうとしても掴めない、辿りつこうとしても辿りつけない、
まるで蜃気楼のような存在として誰かの心象を視界の中に映し出すことがある。

では、彼女もその類いの、世界が僕に見せた幻に過ぎなかったのであろうか?

7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 10:43:52.94 ID:A3RQj7PL0

違う。彼女が幻であったとしたら、
彼女は内藤ホライゾンの記憶の中のあの人と何ら変わりない姿形で現れていたはずだ。

黄昏の中で前にした彼女は、顔や背格好は酷似していたものの、記憶の中のあの人と微妙に異なった個所を有していた。

例えば、髪の色。彼女は艶やかな黒で、あの人は麗らかなブロンド。
例えば、年齢。ジョルジュの幼馴染であることを考えれば彼女は十代後半、あの人は自称二十代半ば。
肌の色だって違った。声の質も微妙に異なっていた。

だから彼女は幻なんかではなかったし、ましてやあの人であろうはずがない。彼女とあの人はまったくの別人。
第一、僕はあの人と話したこともない。内藤ホライゾンの記憶を共有していたため、その存在を知っていただけだ。

よってあの人に似ているだけの彼女の言動に惑わされる理由など、仮に内藤ホライゾンにあったとしても、僕にあるわけがない。

ならば、僕はなぜこんなにも動揺している? なぜ握った筆が一向に進まない?

9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 10:47:06.93 ID:A3RQj7PL0

(; ω )「……」

机の上に伏したまま、頭を抱える。
押し寄せてくるめまいから、胃に何も入っていないというのに吐き気を覚えてしまう。
わからない。もう、何もかもがわからない。

いや、自分が動揺している理由だけはわかっている。
僕が動揺しているのは、内藤ホライゾンの想い人に似た女性が何かしらの理由で歩けなるから。それだけのこと。

わからないのは、なぜそれで僕が動揺しているのかということ。つまり、理由の理由がわからないのだ。

ツンデレはツンに似ているだけで、僕との間には、友情や愛情といった情動はおろか他人としての付き合いすらない。
ツンデレと僕の関係に、僕が動揺するに足るものなどなんら存在しない。
そもそもそれ以前に、ツンデレはもちろん、他の誰かの不幸を前に動揺する資格すら、僕は持ち合わせていないのだ。

15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 10:50:14.35 ID:A3RQj7PL0

ドクオ。ショボンさん。そこにクーを加えてもいい。
深く関わってきた人々を、僕はことごとく見殺しにしてきた。
数ヶ月という短い時間とはいえそれなりの信頼関係を築いていたヒッキーに至っては、この手で直接殺した。
その後は、襲いかかる野党たちを、表情を変えることなく機械的に皆殺しにしてきた。

その上を、歩いてきた。

そんな人間に、誰かの不幸を前に動揺する権利どころか憐れむ資格すら与えられているはずがない。
だから僕には、ツンデレが歩けなくなるという不幸を前に動揺する理由はない。権利も資格もない。

何度も言うが、ツンデレと名乗ったあの女性と僕との間には何の関係性もない。
ドクオたちとは育んできた信頼関係などそこには皆無であり、
僕を襲うという意思が無いこと除けば、僕にとっての彼女は野党と同じ他者という存在でしかない。

従って、野党たちのように彼女をこの手で殺す必要はないが、特別気にかけるような必要もない。
彼女のことで悩む必要など、僕に有りはしない。

頭ではわかっている。それなのになぜ、僕は今、苦しいと感じるほどに悩んでいるのだ?

18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 10:52:53.23 ID:A3RQj7PL0

(; ω )「……クソッ」

一度だけ、机上に拳を打ち付けた。しかし、痛みでこの陰鬱とした気分が晴れるわけがなかった。
衝撃で原稿がはらりと床に落ちる。拾う気にもなれない。むしろその逆だ。何もかもを壊したい衝動に駆られる。

はるか遠くの北米地下施設で独立した意識として生まれ落ちて、十年弱。
ここまで激しい感情の起伏を、僕は覚えたことがない。

自分で言うのもなんだが、これまでの僕は、他の人々に比べどう贔屓目に見ても達観していた。
自分の生も死もどこか他人事のように捉えていて、だからこそ激しい感情の起伏もなかったのだと思う。

そんな僕がわずかでも変わったと言うならば、それは歩く意味を探すと決めたバイカル湖での出来事の後だろうか。
けれどあれ以後でも、ショボンさんの死を前に必死でモスクワを探した時、夜の砂地でヒッキーと対面した時、
この二回くらいしか荒波のような感情の振幅は起こってはいない。

そしてその時以上に、今の僕は動揺してしまっている。

19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 10:54:51.67 ID:A3RQj7PL0

(; ω )「……なんでだお。僕はそんな優しい人間なんかじゃないお……」

そうだ。僕は他人の不幸を前に憐れみを感じるような、慈悲深い人間からは程遠い。

誰かが不幸にあえぐ姿を笑いはしないが、無表情で静かに眺め、もだえ苦しむ誰かの傍をただ通り過ぎることしか出来ない人間だ。
なにもかもに傍観を貫いてきた、良く言えば第三者、悪く言えば当事者としてその場面に関わる勇気のない、そんな類いの人間だ。

ドクオ、ビロード、ちんぽっぽ、ショボンさん。
ジョルジュとの出会いだって、向こうからこちらに働きかけてきたもの。
そこに僕の主体性などなく、僕は流されるまま、彼らの周りで巻き起こる出来事にただ立ち会ってきただけ。
誰かが目的を果たすその一瞬を、まさに他人事として傍らで見ていただけ。

まるで、雲のような存在。

誰かという名の風が吹かなれば、浮かんでいるだけで動くことの出来ない、僕は流されるだけの傍観者という名の雲だ。

21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 10:56:52.14 ID:A3RQj7PL0

(  ω )「……そうだお。本当にそうだお」

床に散らばった原稿が目に付く。
一年屋敷にこもりきりで書き続けてきたそれらに、もはや意味など欠片も感じられない。

考えてみれば、これもジョルジュから――誰かから与えられたものに過ぎない。
頼まれたから、受け取った。これが歩いてきた意味だと勘違いし喜々として受け取っただけで、自ら選び取った道ではない。

それ以前に、僕がこの町に来たのはほとんど無理やりであって、結局その時の僕もただの傍観者で、当事者ではなかった。
そうやって得たものが僕の歩いてきた意味なわけがない。軽く触れればボロボロと崩れる、砂の塊と同じようなものだ。

(  ω )「そうだお……僕の中にあるのは一事が万事……そんなものばかりだお……」

歩く意味が欲しい。これだけが、僕自身が真に望んで得ようとしているもの。
そのために歩き続けるという道もまた、考えてみれば、ショボンさんに与えられたものに過ぎない。
ドクオに旅を続けろと言われた。ギコに生きろと言われた。ビロードとちんぽっぽに生きるためのナイフを与えられた。

結局、僕は何もかもを誰かに与えられてここまで来た。そんな僕自身こそが、砂の塊のようなものだ。

22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 10:58:34.17 ID:A3RQj7PL0

(  ω )「……もう、何もわからないお」

重たい頭を抱えて立ち上がり、強いめまいを覚えながら書斎を出て、寝室の床へと伏す。

ちらりと目に入った窓の外には、数日後には満ちるであろう月が浮かんでいた。
銀色の空の穴はまた誰かを殺そうと意気込んでいるのだろうか、強く光り輝いている。

(  ω )「また、誰かが死ぬのかお? 今度は誰かお? 出来れば……」

――僕にしてくれお。

そんなことを考えれば考えるほど、気持ちは吸い込まれるように深い穴の底へと沈んでいく。
達観を失った今の僕は、そこから浮かび上がることさえままならない雲以下の存在に落ち込んでいた。

横たわった床の上。気持ちと連動するように僕の意識もまた、眠りの底へ落ちていく。

23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:00:20.16 ID:A3RQj7PL0

まどろみの中で眠りの底を見下ろした。あたりは夜よりも真っ暗。
その先に広がっているのは、月の光とは質の異なった銀色の丸い穴。

(  ω )「……氷の色?」

僕は、その色に見覚えがあった。
それはベーリング海峡、そしてベルカキト北部で倒れた際に見た、氷の色だ。

懐かしさがこみ上げてくる。惹かれるように、僕は落ちていく。

しかし、僕がその穴の先へたどり着くことはなかった。
落ちていく僕の体は、ある地点を境に落ちることを不意に止めてしまったからだ。

24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:02:13.64 ID:mKDfY9ChO
支援

25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:02:54.05 ID:A3RQj7PL0

(  ω )「……どういうことだお?」

まっくろなまどろみの中で、僕はふわふわと浮いていた。
宇宙遊泳などしたことはないが、憶測だけで言わせてもらえば、それはきっと今の状態に近いはずだ。

支えを失った位置の定まらない体で見上げれば、上空には現実に通じるのであろう、太陽のように強く光り輝く穴。
見下ろせば、現実の穴以上に遠くにある、夜空に浮かぶ月のような、眠りへと続くのであろう銀色の穴。

そして目線を定位置に戻した僕の前に浮かんでいたのは、最も近くにいて、けれど最も遠くにいる、懐かしの人物。

26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:03:53.24 ID:krmp+ZlRO
支援

27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:04:11.63 ID:BRsAANSqO
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28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:04:29.79 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「すまなかったお」

現実と夢の狭間のまどろみで出会ったのは、この体のかつての持ち主、内藤ホライゾンその人だった。
会うのはこれで三度目。ベルカキト以来だから、およそ六年半ぶりの再会となる。
彼は開口一番に、謝罪の言葉を発した。

( ^ω^)「僕がこんなところにまで出てきたせいで、君には不快な思いをさせたお。申し訳ないお」

そう言って、下方に広がる小さな銀色の穴を見下ろした内藤ホライゾン。
彼はそこから上がってきたのだろうか? それ以前に、彼の謝罪の意味そのものがわからない。

( ^ω^)「今はそのことについて話す余裕はないお。またいつか、日を改めて説明するお。
      それより今は、単刀直入に用件だけを言わせてもらうお」

対面する暗闇の中で、にやけ顔の内藤ホライゾンの双眸がギラリと光って見えた。
ふわふわとまどろみの中に浮かぶ僕たち。そして、彼は再び口を開く。それを聞き、僕は怒りを覚える。

32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:06:17.42 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「明日、一日だけ体を返してくれお」

体を返せ? 冗談だろ? 生きることを諦めて引きこもった上、
贈り物としての意義も生も死も何もかもを僕に押し付けておいて、今更何を言い出すんだ?

( ^ω^)「恥は承知しているお。それを踏まえたうえで、こうやって頼んでいるんだお」

厚顔無恥とはお前のことを指すための言葉だな、内藤ホライゾン。そもそも、体を返せだなんて言葉づかいが気に入らない。
十年弱、僕はこの体を使ってきた。かつての世界の多くの国でも、一定期間の占有による所有権の移転は法律で認められていた。
もはや、この肉体の所有権は僕にある。それを今更になって返せだと? 笑わせるな。

( ^ω^)「法律なんて流動的な、社会体制を整えることのみを目的とした理論を個人の肉体の所有に用いるべきではないお。
      しかし、君の言うこともわからんでもないお。というか、僕は肉体の所有権を君という意識に認めているお。
      この体はすでに君のものだお。だから僕は了承を得るために、こうやって今君の前に姿を現しているんだお。
      ま、僕の言い方が悪かったのは確かだお。言い直すお。その体を一日だけ、僕に『貸して』くれお」

言い直して済むような問題ではないだろう、常識的に考えて。
大体、なぜ今、このタイミングでお前は姿を現した? 体を貸せと言ったその真意は何だ?

35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:07:39.38 ID:krmp+ZlRO
支援

36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:09:03.18 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「ちょっと誤解があるみたいだおね。
      君が気づいていないだけで、僕は何度か君のすぐそばにいたんだお。
      君がめまいを覚えるような出来事と遭遇した時、
      僕はあの穴から這い上がってきて、君のすぐ後ろに立っていたんだお」

また、足の下に小さく口を開けた銀色の穴に目を移した内藤ホライゾン。
めまいを覚えるような出来事? すぐ後ろにいた? いったいどういうことだ? 

( ^ω^)「それはいつかまた……そうだおね、君が歩く意味を見つけ出した時にでも話すお。
      じきに夜が明けるお。今は、本題だけに集中するお」

話を脱線させたのはお前だろう。偉そうなもの言いだけは天才様の名に違わないようだな。

( ^ω^)「おっおっお。そう言ってくれるなお」

彼は自嘲そのものを表情として浮かべ、視線を戻しこちらを見据えた。
僕も、僕と全く同じ顔をした彼を見据え、問いかける。さあ、注文を聞こうか。

37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:11:05.27 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「ツンデレを救いたいんだお」

短い言葉で返ってきた答え。それを耳にして、僕はたまらず大きな笑い声を上げる。
それは響くことはなく、僕らを取り囲むまどろみの彼方へと静かに吸い込まれていく。
腹を抱えて笑い終え、落ち着いた頃になって僕は言葉を返す。

ツンデレを救いたいだと? 冗談もたいがいにしてくれ。
僕にはおろか、お前の中にだって彼女との関係性はまったくといって存在しない。
ただ、ツンデレが千年前に死に別れたツンという女性に似ているというだけの話だ。

それとも何か? ツンデレがツンに似ているというだけでお前は彼女を救いたいとでもいうのか?
肉体的な造形の類似だけに感情移入して過去のやり直しを果たしたつもりになろうというのなら、
お前は天才というアイデンティティから最も遠い人間になり下がってしまうぞ?

( ^ω^)「……まあ、それもちょっとはあるけど、大筋はそんなんじゃないお。
      大体、クーが言っていた通り、僕の天才というアイデンティティにもはや何の意味もないお。
      僕がツンデレを救いたいのは、彼女がツンに似てるからとかそういう理由じゃないんだお。
      しいて言うなら、彼女の置かれた状況が僕に似てる。それが理由だお。
      僕は救われなかった僕を救いたいんだお。そして、昔の君を救いたいんだお」

38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:12:36.49 ID:A3RQj7PL0

どういうことだ? 彼女を自分に、こともあろうか僕にまで当てはめていったい何を言い出す?

( ^ω^)「君もうすうす気づいているはずだお。
      だけど、今君の前に広がっている安寧が消えることを惜しんで目をそらしているだけだお。
      あ、勘違いしてほしくないから言っておくけど、別にそのことを責めるつもりはないお。
      穏やかな毎日を望むのは、人間の根源的な欲望だお」

回りくどい言い方はよせ。それは中途半端に知識のある人間特有の悪い癖だ。天才の名が泣くぞ。

( ^ω^)「おっおっお。まったくだお。なら、言わせてもらうお。
      今のツンデレに足を失う以外、道はないお。それは僕と、昔の君と全く同じだお。
      時に君は今、知識を書物として残そうと奮闘しているおね? 
      しかし最後の項目がどうしても埋まらないでいるお。それがなぜだかわかるかお?」

簡単だ。僕が別のことで悩んでいるからだ。

41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:14:20.89 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「違うお。君がそこから目をそらしているからだお。
      まさにその対象たるツンデレについて、『自分には関係ない』と必死に言い聞かせ続けているからだお。
      書くべき対象を否定していたら、そりゃ書けるもんも書けやしないお」

違う。僕は否定なんかしていない。ツンデレが歩けなくなることが僕に関係ないことは確固たる事実だ。

( ^ω^)「なら、昔の君を思い出してみるといいお。ビロードと出会う前の君は、
      ショボンに歩き続ける意味を探せと道を与えられる前の君は、ツンデレとも僕とも同じだったお。
      君には定住する場所もなくて、放浪するしか道はなかったお。自分で自分の命を絶つ理由さえ無かったお。
      千年後の世界の上で、いつか死ねるだろうと歩き続けるしかなかったお。選ぶべき道なんてなかったんだお」

――それは、正解だ。返す言葉もない。僕は黙ることしか出来ない。
まどろみに浮かぶだけの僕を前に、内藤ホライゾンは静かに、しかし弾丸のように威力のある言葉を放ってくる。

42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:15:21.96 ID:Md/j3YUtO
支援

43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:16:51.00 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「僕だって同じだお。僕は、僕の意思がどうであろうと冷凍睡眠に入るしかなかったんだお。
      その結果がこれだお。千年後に起こされて、クーに全否定されて、孤独を押し付けられて、
      おまけに死ぬことすら出来なかったお。
      こうやって意識の奥底に引きこもって、眠り続けることしか出来なかったんだお。
      僕が極端な事例であることを考慮に入れても、千年前の歴史を見るからに、
      自分の意思に反した道を押し付けられた人間の末路っていうのは、えてして大体がこういうもんだお」

止めてくれ。今はそういう話をするときじゃないだろう。
不幸自慢をしたいなら別の機会にしてくれ。その時にじっくり聞いてやる。

( ^ω^)「関係あるんだお。君だって、ショボンやビロードに出会わなければ僕と同じ末路に行きつくところだったんだお。
      そしてツンデレが今まさにそうだお。彼女に誰かが別の選択肢を与えてやらなきゃ、彼女は僕と同じ道をたどるお」

彼の言葉を聞き、「続きを話せ」と言うかわりに、僕は黙って見つめ返した。
彼はお面のようなにやけ顔をそのままに、言葉を重ねる。

46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:18:29.21 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「ショボンがバイカル湖で君に話したこと。僕もそれと同意見だお。
      二個以上の、複数の選択肢が与えられてこそはじめてそれは発生するお。
      与えられた人間は、責任を負う覚悟をし、選択肢のうちのどれかを選びとる。
      それさえ出来れば、それが『歩けなくなる』ことであったとしても、その人間が僕と同じ末路に至ることはないお。
      なぜならそれは、その人間が自らの由をもって納得して選び取ったことだからだお」

なるほど。内藤ホライゾンが言いたいことがおぼろげながら見えてきた。
彼はつまり、ツンデレに「歩けなくなる」以外に別の選択肢を与えたいのだ。そして、選び取らせたい。

彼女が何を選び取るかは関係ない。たとえ彼女が選ぶ道が「歩けなくなる」であったとしてもだ。
彼は複数の道を彼女に与え、悩ませ、そうやって選び取った道に責任を負わせたいのだ。そうだろう?

( ^ω^)「ご名答。その通りだお。どの道を選ぶかなんて、実はさして重要ではないんだお。
      だってどんな道を選んでも、人間は悩んだり後悔したりするもんだからだお。
      君だってそうだったお。ヒッキーを殺したあとで泣いた君の姿を、僕はすぐそばで見ていたお。
      その時の君の苦悩を、僕はよく知ってるお」

48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:20:14.85 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「だけど、それでも君は歩き続けられた。
      それはかつて、『歩き続けること』を君自らが選んだからなんだお。
      重要なのはそこなんだお。自分が進む道を、責任をもって自分で選び取ることなんだお。
      そうすれば、のちに直面する後悔にも『仕方ない』と納得することが出来るお。
      その限りにおいて、その人間は不幸じゃなくなるお。僕のようにはきっとならないお」

語りかけてくる内藤ホライゾン。彼の顔は相変わらずのにやけ顔のまま。
しかし、それはとても悲しげだ。彼の顔からは正の感情は一切感じられない。
それは、彼の孤独の深さから来ているのだろうか?

( ^ω^)「……だから、その機会を明日一日でいいから、僕にくれお」

にやけ顔の中で動く唇。それさえも僕には悲しげにしか感じられない。
それほどまでに彼はツンデレを――救われることのなかったかつての自分を救いたいのだろう。
そして、あったかもしれない別の未来を、想い人に似ている彼女に託したいのだろう。
そう意味合いを込めて、数刻前の僕の問いかけに彼は「それもちょっとはある」と口にしたに違いない。

その気持ちはわかる。けれど、僕にその申し出を受けることはできない。

49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:20:58.61 ID:h+m6t6MpO
支援。

50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:21:01.89 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「……なぜだお」

変化することのないにやけ顔。もはや彼には、出すべき表情はそれしか残っていないのだろう。
そこに憐れみを感じずにはいられなかったが、やっぱり僕は彼の申し出を断らなければならない。

だってそうだろう? ツンデレに別の道を与えるということは、サナアの伝統を破るということだ。
たとえ彼女が「歩けなくなる」ことを選んだとしても、別の道を提示した時点で僕は彼らの秩序を乱したことになる。
結果、僕は町を追放されるだろう。千年間の歴史の中で愚直なまでに伝統を守ってきたサナアの民族性を考えれば、当然だ。
そして僕は、これまでずっと歩き続け、ようやくたどり着いた安寧の地を失うことになる。

内藤ホライゾン。あんたの気持ちはわかる。だけど、それだけは絶対にさせない。
僕が苦労して積み上げようやく得た現在の地位を、何もしていないお前に崩されるわけにはいかない。
あんたがしようとしていることは、盗人のそれとなんらかわりない行為だ。

52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:22:22.00 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「……もっともだお」

それだけじゃない。お前には最終手段が残されている。ドクオの際と同じ方法のことだ。
あの時と同じように僕の意識を引きずり落とし、肉体の主導権を握ることがお前には出来るはず。
お前が肉体の所有権を僕に認めていたとしても、僕より長くこの肉体を使ってきたお前ならそれは造作もないことのはずだ。

( ^ω^)「……」

つまり、この交渉は初めから意味を持たない。たとえ僕が断ろうとも、お前は無理やりにでも行動を起こせるからだ。
僕がどんな答えを返そうと、お前は自分の要求を実行に移せる。この交渉において、僕に選択肢は無いに等しい。

今こうやって交渉の場を設けたのは、おそらくお前のせめてもの善意から来ているだろう。そうだとしても、お前は卑怯だ。
だってお前は、ツンデレに選択肢を与えたいと言っておきながら、僕にはそれを認めようとしていないじゃないか。

行動に一貫性がない。そんな人間の言葉が、誰かに届くはずがない。

55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:24:03.33 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「……」

言葉なんて、本来なんの意味ももたない。
風に吹かれれば舞い上がってしまう葉のように薄っぺらなものだ。
そこに力を与えることが出来るのは、きっと口にする人間の辿ってきた道だけだ。
だから僕はドクオを止めることが出来なかったのだろう。ショボンさんの言葉に動かされたのだろう。

確かにお前にも、彼らと同じように誰かを動かすだけの言葉を発する資質が十分にある。
だけど今、無理やりにでも自分の意思を貫き通そうとするのなら、お前の言葉に力はなくなる。
ツンデレを動かすことは出来ない。

ならば僕がここでお前の要求を認めればいい訳だが、
これまで積み上げてきたものがサナアの町の中にある以上、それを崩すようなことをお前にはさせられない。
僕が歩き続けてきた責任からして、それは断じて認められない。

( ^ω^)「……」

だから、僕が崩そう。

57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:25:19.45 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「……」

正面に立つ内藤ホライゾンの方がピクリと動いた。
相変わらずのにやけ顔は崩さない。しかし、僕の言葉に内面を動かされたことだけは確からしい。
平静を取り戻すように少しの間をおいて、彼は続ける。

( ^ω^)「……君がそうする理由は?」

簡単だ。お前が出てきた時点で、ツンデレに選択肢を与える以外、僕に道は無くなったから。
その中での最良の行動は、お前じゃなく僕自身が彼女に道を与える。これしかないだろう?

( ^ω^)「それだけの理由で、これまでサナアで積み上げてきたものを君は崩すことが出来るのかお?」

出来るさ。何のことはない。実際、これまでそうやって歩き続けてきたんだ。

( ^ω^)「……根拠としては弱いお。君は余生を過ごしてもいいと思うほど、サナアに愛着を持っているお。
      『これまでそうやって歩き続けてきた』ってだけじゃ、僕の想いを君に託すことは出来ないお。
      もう一つ、君を信じられるだけの根拠を提示してくれお」

60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:27:21.29 ID:A3RQj7PL0

まっくろの中に浮かび、ジッとこちらを見つめてくる内藤ホライゾンの瞳。
鈍く、しかし強く光っている。かつての世界で研究にいそしんでいた頃の彼は、きっとこんな瞳をしていたのだろう。

落ちぶれども、天才の眼は未だ鈍らず、か。
ならば僕は、それに打ち勝つだけの根拠を提示しなければならない。

しかし、そんな根拠が僕にあるのだろうか? 大体、僕の言っていることはおかしい。
あれだけサナアに愛着を持っていたのに、どうしてこうもあっさりそれを崩すと口に出せたのだろうか?

考えて。考えて。考えぬいて。けれど整合性のある理由は思い浮かばない。

なのに、勝手に口が動いた。まどろみの中へ、声が勝手に飛び出していく。

63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:29:59.47 ID:gfDzo5V20
サナアを導く道標になるか?

64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:30:15.92 ID:h+m6t6MpO
支援

66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:30:21.25 ID:A3RQj7PL0

僕はこれまで、何もかもを与えられてきた。
得たものは多い。しかし、それらはあくまで与えられたものに過ぎない。
僕が自らの手で握り締めたものは、「歩く意味を見出したい」という想いだけ。
それ以外のすべては、誰かから与えられたもの。「そのために歩き続ける」という道さえ、ショボンさんから与えられたもの。

では、与えられたものを真に自分のものとするにはどうすればいいのか?
僕も与えればいいのだ。ショボンさんから与えられた道を、僕も誰かに与えればいい。ツンデレに与えればいい。
そうすればきっと、「歩く意味を見出すために歩き続ける」という道は僕のものになる。

ショボンさんから僕へ、僕からツンデレへ、ツンデレから他の誰かへ、その誰かからそのまた他の誰かへ。
そうやって道は繋がり、後世へ続いていくんじゃないのだろうか。

無意識の内にそれに気づいたから、ツンデレに選択肢を与えるという、
サナアを捨てると同義のお前の頼みを、僕は受け入れたんじゃないかと思う。

67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:30:36.19 ID:nptSVh7EO
良作支援

70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:31:42.17 ID:A3RQj7PL0

我ながら不思議だ。脳裏に浮かんでこなかった考えが、どこも経由することなく直接口から出てくるのだ。
本当にこれが僕の意見なのかと惑う。しかしその一方で、口に出した言葉は妙に頭になじんでいく。

( ^ω^)「……昔、家族について二通りの類型を立てて論じた社会学者がいたお」

僕が語る間、相変わらずのにやけ顔でずっとこちらを見つめていた内藤ホライゾン。
わずかな沈黙を挟み、右手の人差し指を立て、こんなことを口にした。

( ^ω^)「類型の一つ目は『与えられた家族』。つまり、生まれ落ちた家族だお。
      これは誰もが平等に与えれら、かつ、誰もそれを選び取ることは出来ないお。
      どんなに恵まれた家族であろうとそうでなかろうと、それは与えられたものに過ぎない。
      それをどう作っていくかなんて裁量は、生まれ落ちた子どもにはほとんど無いお」

彼は立てた人差し指をそのままに、続けて中指をスッと立てる。

( ^ω^)「そしてもう一つは、『作り出す家族』だお」

71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:33:14.26 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「自らが伴侶を選び、子どもを作り、『その子に家族を与える』ための家族。
      時代や社会によっては、伴侶を選び取る自由は限られていたりもしたお。
      だけどそれでも、『与えられた家族』に比べればはるかに広い裁量を与えられているお。
      本人の努力次第で、『作り出す家族』は如何様にも姿形を変えることが出来る。
      そんな、『与えられた家族』と『作り出す家族』。さて、どちらが真に自分のものと言えるかお?」

V字に立てた二本の指を前に掲げた内藤ホライゾン。その向こうの変わらないにやけ顔の口が、僕に問う。
そして彼は、僕の答えを待たず、続ける。

( ^ω^)「与えられるし、与えることもできる。家族と道はなかなかに似ているとは思わないかお?
      これよりもっとわかりやすいたとえを言うのなら、
      知識は誰かに伝えてこそ初めて自分のものとして定着させることが出来る、ってことかおね。 
      それと同じで、誰かから与えられた道を別の誰かに与え返す。そこでようやくその道を自分のものに出来る。
      君が言いたいのはそういうことだおね? なるほど、信じるに値する根拠だお。納得したお」

僕に一切の反論を挟ませずにまくし立てた内藤ホライゾン。
そして彼は立てた中指をたたみ、親指とこすり合わせて、まどろみの中にパチリと音を鳴らした。

74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:35:19.62 ID:A3RQj7PL0

指鳴りを合図に、彼の体がまどろみの底へと沈んでいく。
いや、違う。僕の体がまどろみの上空、現実に向けて浮かんでいく。

なす術もなく現実へと引き戻されていく僕。
内藤ホライゾンはまどろみの下でこちらを見上げている。

( ^ω^)「頼んだお。成功した暁には、礼はいつか必ず」

遠くなっていく彼の姿。もう手をのばしても届かない。
声だけが近くに感じられる。上から差し込む光が強くなっていく。
終わりに向かう邂逅の中で、僕は最後に尋ねる。

なあ、今度会うのはいつになる? また六年近く後か? 
僕はそれまで待てない。次に会う時まで生きていられるかどうかすら怪しいからだ。
それ以前に、ツンデレに選択肢を与えたとして、サナアを無事に出られるかどうかも危ういのだ。

だから、今聞かなければならない。見下ろしながら、僕は彼に問いかける。

なあ、僕はいったい何者なんだ?

76: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:36:03.33 ID:sZT5X2Fl0
支援

78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:37:13.11 ID:h+m6t6MpO
支援

81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:38:20.75 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「……」

黙ってこちらを見上げるだけ内藤ホライゾンに向け、僕は声を落とす。

気がつけば、冷凍睡眠施設の真ん中に意識として生まれ落ちていた。与えられるべき家族はおろか、名前さえ僕にはなかった。
ただ贈り物としての使命と、楽観と呼んで差し支えない奇妙な達観だけを有していて、そして人として何かが欠けていた。

なあ、僕はいったい誰なんだ? 

お前はかつて僕のことを内藤ホライゾンと呼んだ。歩き続けた道の上、僕だってそれは何度も考えていた。
僕が自分を独立した意識と思いこんでいるだけで、本当は内藤ホライゾン、つまり僕はお前以外の何者でもないんじゃないかと。
今こうやって見下ろしているお前も、結局は僕が夢の中で僕自身を客観視しているだけじゃないかと。

でも、やっぱり違う。感覚的にもそうだし、さっきの僕にはお前の考えが読めなかった。
何より、お前との対面を僕は僕の意思で成すことが出来ていない。僕とお前が同一の意識なら、僕たちはいつでも出会えたはずだ。
実際、千年後の世界の上で僕は何度かお前に問いかけた。けれどもお前がそれに答えることは一度たりともなかった。
やっぱり僕とお前は違う意識、本質的に異なる存在だ。

ここは便宜上、お前を内藤ホライゾンと呼ぶことにしよう。だとすると、僕はいったい誰になる?

84: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:39:55.68 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「……夜が明けるお。もう時間はないお。今はそれに答えることは出来ないお」

豆粒ほどの大きさになった内藤ホライゾン。
彼がどんな表情をしているのかはわからない。変わらないにやけ顔なのだろうか? 
だが不思議と、声だけははっきりと聞き取れた。

( ^ω^)「だけど、二つだけ言っておくお。まず、僕と君とは本質的に同じ存在だお。
      しかしある一点により、僕と君とが一つに戻ることはどうやってもあり得ないお。
      そして、もう一つ。僕は内藤ホライゾンであって内藤ホライゾンじゃないお。
      君も内藤ホライゾンであって内藤ホライゾンじゃないお。
      あえて呼ぶなら、君の名前はブーン。そして誰かと問われた時、僕の方にこそ呼ぶべき名前はないお」

わからない。彼の言葉の意味がさっぱりわからない。

85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:41:38.67 ID:A3RQj7PL0

けれど、問いただす時間はもう残されていないようだ。

強烈な光が僕の体を包んでいく。まもなく現実にたどり着くらしい。
視界を覆い尽くした光に隠れて、内藤ホライゾンの姿はもう見えはしない。
声だけが不相応にハッキリと聞こえるのみ。

( ^ω^)「詳しいことはツンデレに道を与える礼として、いつか必ず伝えるお。
      だから……頼んだお。彼女を救ってくれお。
      あり得たかもしれない僕の未来を、君の目を通して僕に見せてくれお」

なるほど。僕の問いかけさえツンデレに道を与えることの担保としてしまうか。
それならそれで構わない。僕はお前の願いに応えよう。その代わり、いつか必ずこの問いには答えてもらう。約束だ。

しかし、内藤ホライゾンから返事を得られることはなかった。
現実の光に包まれた僕は、いつの間にかまどろみから解かれ、気がつけば床の上に起き上がっていた。

89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:44:32.11 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「……朝かお」

ボリボリと髪の毛を掻きむしって立ち上がり、寝室の扉をあけ、玄関に向かい外へ出た。
低緯度地域ながら標高が高いため、サナアの朝はシンと冷える。身震いして辺りを見渡す。誰もいない。
日はまだ昇っていなかった。ただし夜明けは間近のようで、東の空が瑠璃色に染まっていた。

それから、先ほどまでの内藤ホライゾンとの邂逅を思い出す。あれは夢だったのだろうか? 

いや、夢ではなかったはずだ。浮かんできた疑問は即座に否定出来た。
夢であれば、記憶は霧中に消え去る。彼とのやり取りを覚えているはずがない。しかし僕は、一言一句それを思い返せる。

( ^ω^)「気分がいいお」

そして、ここ数日の不調が嘘のように心も体も軽かった。
きっとすべきことがハッキリして、迷いがなくなったからだろう。
軽くなった身には、二年間何度も吸ってきたはずのサナアの朝の空気でさえとても美味しく感じられる。

と思ったと同時に、腹の虫が盛大に音を鳴らした。

90: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:45:24.62 ID:sZT5X2Fl0
支援

91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:46:27.04 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「おっおっお。そういえば何も食べてなかったお」

どうやら空気がうまいと感じられたのは、単純にすきっ腹のせいだったらしい。
鳴り続く情けない腹の虫に苦笑しつつ、屋敷へと戻り、ありったけの食糧を腹に収めた。

その後、物置へ向かい、その戸をあける。
そりやテント。かつての旅の仲間たちが、ほこりを被りながら静かに横たわっていた。

着込んでいたサナア製の衣服を脱ぎ、物置の奥に隠れていた超繊維のマントと衣服、
原色の羽織、エルサレムで買ったターバンを取り出し、身につける。

( ^ω^)「おっおっお。懐かしいお」

ジョルジュの従者として働き出して以来、およそ二年ぶりに纏うかつての旅の衣装。
二度と着ることはないと思っていた。けれど袖を通した彼らは、待っていたと言わんばかりに肌によく馴染んでくれた。

しっくりとくる。これが本来の自分だと思えた。気分の高ぶりさえ感じられた。

92: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:46:53.20 ID:nptSVh7EO
支援

93: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:47:07.46 ID:gfDzo5V20
しかしどうやって道を与える?

96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:47:39.71 ID:A3RQj7PL0

それから、書斎へ足を踏み入れる。

机上に置いていたショボンさんのナイフと、ジョルジュに返してもらっていた財布を腰につけた。
そして、弾丸も残り一発となっていた銃を机の引き出しから取り出し、手にとってジッと眺める。

( ^ω^)「……もしかしたら、使うことになるかもしれないお」

登りきっていた朝日。窓から差し込んできた光を受けて黒く輝く銃。
クーが自ら命を絶って以来、この銃はあまりに多くの命を奪ってきた。同時に、同じ回数だけ僕の命を救ってくれた。
けれど、生と死の橋渡しをしてきたこれも、役目を果たせるのはあと一度だけ。

それはいつなのか? 果たして今日なのか? 最後に誰を殺め、誰の命を救うのだろうか?

98: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:50:23.61 ID:A3RQj7PL0

( ^ω^)「……」

この世界の中で初めて得た自分だけの邸宅の上。
僕がこれから崩すものたちの姿を眺め、そっと、目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは、置いていくには、崩すにはあまりに惜しいものたちの姿ばかり。

けれど、僕はきっとここには戻ってこられない。
ツンデレに選択肢を与え、これまで僕が与えられてきた道を自分のものとしなければならない。
内藤ホライゾンに未来を見せなければならない。彼との約束を果たさねばならない。
その見返りとして自分の正体を知らなければならない。そしてこれからも歩き続けねばならない。

そのためならば、どんなに大切なものであろうと僕は捨ててみせよう。
これまでと同じように。これからも同じように。

だって、それが歩くということだから。

101: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:53:29.73 ID:A3RQj7PL0

どれくらい目を閉じていたのだろうか。
実際には大した時間ではなかったはずだが、僕にとってこの時間はどんな眠りよりも長く感じられていた。

心の中でどんなに強がってみせても、サナアで築き上げてきたものたちの存在はやはり重い。
だから、それを崩すための覚悟にかなりの時間を要した。長く感じられたのはそれが理由だろう。

だけど、もう大丈夫。今の僕は、昔と同じように誰だって殺せる。
ツンデレだって、ジョルジュだって、他のサナアの住人だって、目の前に再びヒッキーが現れたって、僕は引き金を引ける。
目的を果たすためならば、他のすべての存在を僕は振り切ってみせる。

( ^ω^)「……行くかお」

セーフティのロックを確認し、懐に仕舞った。懐の銃の重みが、妙に心地よかった。

103: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:57:44.04 ID:pEfla6YyO
支援(・ω・)
支援(・ω・)
支援(・ω・)

106: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 11:59:45.67 ID:A3RQj7PL0
今日はこれでおしまいです。支援してくださった方々、ありがとうございました。
それと日が開いてすみません。本当は最後まで一気に投下したかったんですが、
私生活の方が忙しくて最後まで書きあげるのにまだ時間がかかりそうで、
だからと言ってこれ以上日をあけるのは申し訳なく、中途半端ですが今日投下させてもらいました。
逃亡はしないのでもう少しばかりお待ちください。次回投下で完結させます。それでは失礼します。

108: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 12:01:03.79 ID:BRsAANSqO
乙!

109: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 12:01:52.63 ID:gfDzo5V20
乙です

110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/02/02(土) 12:02:00.64 ID:2HotPAYC0

いよいよ完結か

5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:28:47.88 ID:ZC1hkslO0

― 10 ―

どんなものにも適切な長さがある。それは長過ぎても短過ぎてもいけない。

緊張感を持続するための時間というのも同じで、
緊張の要因となる目的までの猶予時間が長すぎたら、気が張り詰めて切れるか、伸び切って緩んでしまうし、
短すぎたら短すぎたで急激に緊張の糸が伸ばされて切れるか、切れなくても一気に伸ばされた反動でだらりと緩んでしまう。
極端なものの結果はこのように大概が同じで、そして僕は、後者の過程を踏んで緊張を緩めてしまっていた。
  _
(* ゚∀゚)ノ「おいっす!」

(;^ω^)「……」

だって、屋敷を出たら眼の前にジョルジュがいたんだもん。

4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:26:58.34 ID:ltRvC5jJO
久々にきた! 
wktk支援

6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:30:02.95 ID:p1LZNQPOO
支援

7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:30:52.21 ID:ZC1hkslO0

かつての旅の衣装を着こみ、連れていけない荷物たちに別れを告げ、悲壮な覚悟を決め、式場に向かおうと屋敷の玄関を開けた。
そしたら目の前にジョルジュがいた。このとき僕の緊張の糸がどれほど伸び切ったか、君は想像できるだろうか?

たとえば、君に長年付き合っている恋人がいるとしよう。
君は「今日こそプロポーズするぞ」と一晩かけて覚悟を固め、自宅で一丁羅のスーツを着こみ、大きく息を吸い込んだ。

そして、意を決して玄関をあける。そこに当の恋人本人が立っていた。
君は度肝を抜かれ、緊張の糸が一気に伸び切ってしまうことだろう。今の僕はそんな状況に近い。

もちろん、この例は今の僕に完全には当てはまらない。
プロポーズとは選択肢を与える言葉の例であって、それを伝える相手はツンデレであってジョルジュではない。

けれどジョルジュはこれから僕がすべきことの最重要関係者であり、これから行動を起こす僕にとっての重要度で言えば
ツンデレとジョルジュにそれほど大きな違いはないので、先ほどの例は当たらずも遠からずと僕は自負している。

8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:31:10.18 ID:gepraG5sO
wktk支援

9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:31:52.41 ID:ZC1hkslO0

おまけに、である。
ジョルジュがただ立っているだけだったら、まだ僕は緊張の糸を元に戻すことが出来ていたのだが――
  _
(* ゚∀゚)「ひゃひゃひゃwwwwwwwwwなんだよその服wwwwwwww 
     まさかおめー、俺の結婚式ほっぽいて旅に出るとか言わねーよなーwwwwwwww」

(;^ω^)「……いや、これは僕にとっての正装ってだけだお。旅に出るなんてことは考えてないお」
  _
(* ゚∀゚)「正装なの? せー、そーなんですか? なんちてwwwww
     ひゃひゃひゃwwwwwいいねブーンwwwwwもっと俺を祝ってwwwwwwww」

(;^ω^)「……」

――ジョルジュは顔を真っ赤にしており、ベロンベロンに酔っぱらっていた。

11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:33:26.77 ID:ZC1hkslO0

彼はつまらない冗談を連発し、それに自分だけ大笑いし、僕の周りを蠅のようにベタベタと纏わりついてくる。
  _
(* ゚3゚)「ブーン! ちゅーしようぜちゅー!」

仕舞いにはキスを迫ってくる始末。どうやらジョルジュは酔うとキス魔になるようだ。
そんな彼に次期長老としての威厳は欠片もなかった。
情けない姿の彼を前にして、伸び切った僕の緊張の糸が一気に緩んでしまうのは仕方ないことだろう。

(;^ω^)「……失礼!」
  _
(;゚∀゚)「あぼっ!」

気が抜けながらも、僕は抱きついてきた彼の鳩尾に一撃を喰らわせ、悶絶させることに成功した。

17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:35:42.47 ID:ZC1hkslO0
  _
(# ゚∀゚)「おええええええええええええええええええええええええ」

(;^ω^)「……」

ほどなくして、悶絶したジョルジュは地面に向かって吐きはじめた。
朝日を受けてキラキラと輝く吐しゃ物。だけどまったく綺麗じゃない。

人の屋敷の前で吐くとは失礼極まりない話だが、今の僕にとってそれはどうでもよかった。
とりあえず、体を丸めて吐き続けるジョルジュの背中をさすってやる。
  _
(; ゚∀゚)「うえぇ……。いや、すまんブーン。面目ねー」

本当に面目ない。

(;^ω^)「……ったく、新郎が結婚式前に吐くまで酔うなんて、いったい何考えてるんだお」
  _
( ゚∀゚)「いや、吐いたのはお前が殴ったせいだけどな」

(;^ω^)「そう言う問題じゃないお」

18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:36:06.27 ID:wgb1e8g30
おおー来とる
支援

19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:37:24.25 ID:ZC1hkslO0

吐き終わったジョルジュとともに、ナイフの訓練後に水浴びをするいつもの屋外の井戸へと向かった。

ターバンにマント、ゆったりとした腰穿、腰にぶら下げたジャンビーヤと、彼の服装はいつもと変わりなく、
そんな衣服に酒のにおいを浸み込ませているものだから、およそ結婚式を控えた新郎とは思えない。
見るに見かねた僕はつい癖で、これまでと同じように父親気分で小言を漏らしてしまう。

(;^ω^)「まったく……結婚するからって浮かれてたのかお?」
  _
( ゚∀゚)「いや、浮かれちゃいねーよ。つーか、むしろ逆だ」

井戸から汲んだ水を口に含み、口内をゆすいだジョルジュ。
それから水を吐き出し、纏っていた衣服を地面に脱ぎ散らかし始める。
  _
( ゚∀゚)「……結婚式だってのに、どうも複雑な気分でよ。
    いろんな考えが頭ん中に浮かんできて眠ねーんで、一人で呑んでた。
    一人酒ってやつだ。なかなかおつなもんだな、月夜の晩に一人で酒を呑むってのもよ」

20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:39:47.35 ID:ZC1hkslO0
 
( ^ω^)「……」

ジョルジュの顔に浮かんでいるのは、数えるほどしか見たことのない真剣な表情。
もっとも、全裸で、股間にネクタイをぶら下げたまま言われてもいまいち迫力と悲壮感に欠けるのだが、
彼の言う複雑な気持ちというのが、僕には手に取るようにわかった。

だって昨晩、場所は違えども、僕たちは同じ月を見ていたのだ。気持ちを察するにはその事実一つで十分だ。

全裸の彼は桶に汲んだ井戸水を、まるで気持ちを引き締めるかのように頭から一気に被る。
  _
(; ゚∀゚)「うひょ~! さぶっ! 朝っぱらから井戸水なんて被るもんじゃねぇな!」

( ^ω^)「おっおっお。あたりまえだお」

その後のジョルジュは、気味が悪いほどにいつも通りだった。
僕にナイフ捌きを教え終えた後の水浴びと同じように、芸術品のような引きしまった肉体を太陽の光に晒し、
そのまま柔軟体操をし、全裸のまま股間のいち物をブラブラと揺らしながら他愛もない話で僕と笑い合う。

本当にいつも通りの陽気で開けっ広げな、けれどその奥に次期長老としての風格も隠し合わせた、
妙に子供じみていて妙に大人じみている、不思議な雰囲気の青年のまま。

22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:41:36.55 ID:OLJ6GPRLO
待ってたよ!
支援

23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:42:28.50 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! 太陽もだいぶ昇ってきたな! そろそろ時間だぜ!」

( ^ω^)「……そうだおね」

まだまだ東にはあるが、確実に天頂へと近づき始めている太陽の下。
話もひと段落し再び衣服を身につけはじめたジョルジュを、地べたに腰をおろしたまま、僕は眼を細めて眺めていた。

今日で彼と別れることになる。それは言葉では言い表せないほどに寂しい。
彼ならばきっと良い長になれる。サナアをこれまで以上に平和で賑やかな町に発展させることだろう。

その一部始終を、ショボンさんの時と同じように彼の傍らで見届けたい。そんな気持ちはもちろんある。
だけど、それよりほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ大切なことが僕にはある。

だから、僕とジョルジュは今日でお別れだ。こんな風に他愛のない会話を交わすことも、二度とない。
  _
( ゚∀゚)「あーらよっと!」

( ^ω^)「……」

上着を纏い、続けて頭にターバンを巻きはじめた彼をジッと見つめながら、思う。

ならば、見届けることが叶わないなら、
彼が僕に何の疑いもない笑顔を向けているうちに、いっそここで殺してしまおうか、と。

27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:45:07.31 ID:ZC1hkslO0

ツンデレが歩くことを選び、僕が彼女をサナアから連れだしたとしても、たとえそうじゃなかったとしても、
彼女に選択肢を与えたとすれば、僕に対してこれまでと同じような感情を持つことはジョルジュにとってまず不可能だろう。

それならば、僕を良く思っていてくれている今のうちに、彼を殺してしまいたい。
殺して、父親と息子のような僕らの関係を、永遠のものにしてしまいたい。

今ならそれが出来る。ナイフ同士の戦いならばどう足掻いても勝ち目はないが、
ターバンを巻く途中の油断している今の彼ならば、懐に仕舞った銃の最後の弾を放ち、撃ち殺すことが僕には出来る。

最後の弾丸を使うだけの価値が、そこにはある。

懐に手を入れた。銃の表面は僕の体温を受けて生温かった。
それがもし冷たかったなら、僕は取り出して彼の額に銃口を向け、引き金を引いていたかもしれない。

けれど結局、僕が最後の弾丸を放つことはなく、その代わりターバンを巻き終えたジョルジュの瞳が僕を射ぬいていた。

29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:46:40.26 ID:ZC1hkslO0
  _
(* ゚∀゚)「……ちょっと、何見てんのよ!」

わざとらしく顔を赤らめ、服を着こんだ上半身を両手で隠したジョルジュ。
あまりにもバカバカしくてむしろ感心さえ覚えてしまいそうな格好の彼を前に苦笑しながら、僕は言ってやる。

( ^ω^)「おっおっお。見てねーお。見たくもねーお。それより上から服を着る癖は直せお。
      最初に隠すべきなのは上半身より下半身だお。頼むから腰穿を先に穿いてくれお」
  _
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃwwwwバーカ! サービスだよ! サービス!」

(;^ω^)「誰に対するサービスだお……」
  _
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃwwwwおめーに決まってんだろーがwwwww」

( ^ω^)「そんなの嬉しくねーおwwww見苦しいから股間のナマコさっさと隠せおwwww」
  _
( ゚∀゚)「ナマコ? なんじゃそりゃwwwwwwwwww」

31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:48:47.84 ID:ZC1hkslO0

ゲラゲラと笑いながら腰穿に足を通したジョルジュ。
ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねて着込んだ衣服を動きやすい位置に調節した彼は、ニカッと笑って言った。
  _
( ゚∀゚)「そろそろ時間だ。主賓は遅れて登場するもんだが、ブーンは単なる客だからな。遅れちゃ不味いぜ?」

( ^ω^)「おっおっお。主賓だって遅れちゃまずいお。ジョルジュこそさっさと行けお。着替えとかあるんだお?」
  _
( ゚∀゚)「いんや、ねーよ。動きやすい格好でいなきゃいけねーからな。
     しかし、急いだ方が良さそうだ。人が集まり出した」

そう言って、長老宅、つまり結婚式会場を指差したジョルジュ。
つられて振り返れば、その玄関にはちらほらと人の姿が見てとれた。

そちらに向けて、ジョルジュは歩きだす。僕も立ち上がり、彼の背中を追う。

34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:50:39.17 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「ったく。たかが俺の結婚式なのに、仕事ほったらかして来る客の暇なこと暇なこと」

( ^ω^)「……」

まばらに見える来賓にぶつくさと文句を垂れるジョルジュ。彼の背中は小さい。
巨漢だったドクオやショボンさんとは比べるまでもなく、
ましてやかつての世界では平均的だった体つきの僕と比べても、体そのものの作りは決して大きいとはいえない。

けれどその小さな体に、稀代のジャンビーヤ使いとしての力、サナアの伝統、次期長老としての責任、
そしてこれから妻になるはずのツンデレを守るという覚悟が詰め込まれている。小さな背中に背負い続けている。

なんと辛い男だろうか。幼い頃からこんな重責を背負わされて、彼は本当に幸せなのだろうか。
その中の一つ、たとえばツンデレを代わりに僕が背負ってあげれば、彼も少しは楽になるではないか。
目の前を行く小さな背中を見つめていれば、これからの自分の行動を正当化するわけでなく、そんなことを思ってしまう。
  _
( ゚∀゚)「ん? どーした?」

( ^ω^)「……」

気がつけば僕は立ち止まっていた。気がつけばジョルジュがこちらを振り返っていた。
遠くなっていた僕とジョルジュの距離。より小さくなった視界の中の彼に向けて、僕は尋ねる。

( ^ω^)「……ジョルジュ。もし結婚式でツンデレを誰かが連れ去ろうとしたら、お前はどうするかお?」

37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:53:30.15 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「あ? なんだそりゃ? 花嫁を奪う敵役の登場ってか? 
     おいおいwwwwwwwどこの三文芝居の筋書だよwwwwwwwww」

( ^ω^)「……」

はじめはいつものように笑っていたジョルジュ。しかし黙ったまま歩こうとしない僕を見て、突如笑いを消した。
  _
( ゚∀゚)「……」

( ^ω^)「……」

二年前、メッカ遺跡でナイフを僕ののど元に突きつけた時。サナアについて間もなく、ホモの存在などを注意してくれた時。
僕が書物を書きはじめるまでの毎夜、僕の講義を受けていた時。先日、突然現れて結婚式について語った時。
そして先ほど、井戸水を被る前。それ以外では目にしたことのない真剣な表情で、僕を見つめ返してくるジョルジュ。

真意を探るかのごとき瞳で黙って僕を睨みつけた彼は、
何かを悟ったかのように一瞬口の端を釣り上げ、すぐさま表情を元の真剣なものに戻し、
腰のジャンビーヤに手をやると、並の相手ならそれだけで震え上がりそうな低い声を出した。
  _
( ゚∀゚)「決まってる。このジャンビーヤで八つ裂きにしてやるさ」

( ^ω^)「それでツンデレが歩けるようになっても、かお?」

40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:55:41.95 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「……」

僕の一言に、ジョルジュの眉がピクリと動いた。
その後しばらく、ジャンビーヤの刃のようにキッと鋭い視線で僕を睨みつけた彼。

そして彼は、ジャンビーヤを抜く。かつての僕なら、それは目にも止まらぬ早業に映っていたであろう。
けれど散々彼に鍛えられ続けてきた僕の眼には、刀身が描いた銀色の軌跡がハッキリと見えていた。
もっとも、見えているだけで体が反応できるかどうかは別の話になるが。

陽光を受けて一度だけギラリと輝いた刀身。その切っ先を僕に向け、最後にジョルジュは言う。
  _
( ゚∀゚)「……当たり前だ。このジャンビーヤに賭けてな。それがブーン、たとえあんただとしてもだ」

( ^ω^)「……」

距離を置いてにらみあう僕たち。そこに先ほどまでの語らいの名残は全く存在しなかった。
やがてジョルジュはマントをなびかせながら身を翻し、そのまま長老宅へと向かっていった。

その場に立ち止まったまま、玄関の向こう側へと消えていくまでジョルジュの背中を眺め続けた僕。
彼がこちらを振り返ることは、二度となかった。

41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:57:48.58 ID:ZC1hkslO0
 
― 11 ―

\(^o^)/「これはこれは、ブーンさんではありませんKA!」

ジョルジュの背中が長老宅の向こう側に消えてしばらく。
綺麗に整えられていた芝生の庭にたたずんでいた僕は、これから結婚式に参列するのであろうジョルジュの側近に声をかけられる。

( ^ω^)「あ、どうもですお」

\(^o^)/「お久しぶりでSU! 傷の経過はいかがですKA?」

( ^ω^)「まったく問題ないですお。手術から大分時間も経ってますし」

\(^o^)/「それは良かっTA! そろそろ式が始まりますYO! 早く中に入りまSHOW!」

彼は二年前、ヒッキーに付けられた傷を治してくれた医者である。
さらに彼にはジョルジュに請われて何度か医学知識を教えたりもしていて、旧知の間柄とはいかずも顔見知りではあった。

医者にも関わらず人生オワタという縁起でもない名を持っているが、僕の傷を完璧に消したあたり、その腕は確かだ。
薬箱らしき長方形の大きな箱を背負った彼とともに、僕は式場へ向かうことにした。

43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:58:32.33 ID:OlA8BVfx0
支援

44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 13:59:12.18 ID:2TP6K3920
支援

49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:01:12.64 ID:ZC1hkslO0

式場であるサナアの長老宅は、建築物そのものの規模で言えばさほど大きくはない。

イメージとして長老宅と言えば、一般的に、広大な庭を有した大豪邸プール付き高層一軒家を思い浮かべられるだろう。
しかしサナアの長老宅は、庭こそそこに僕の住んでいた小さな屋敷一軒が建てられていても十分に広かったものの、
邸宅自体は一般的なサナア町民の屋敷の二倍ほどの広さに過ぎず、
だから今回の結婚式の招待客が親族と一部の知り合いに限定されていたにもかかわらず、室内は人でいっぱいになってしまっていた。

レンガ造りの室内。床に敷かれたかつてのペルシャ絨毯にも似た色鮮やかなそれの上には、
腰にそれぞれのジャンビーヤをぶら下げたサナアの男衆がひしめいており、新郎新婦が現れる前から盛大に宴会を始めていた。

(;^ω^)「下戸なもので……申し訳ないけど遠慮しておきますお」

中には見知った顔もいて、朝っぱらから酒をかっくらって赤くなっていた彼らに酒を勧められたりもしたのだが、
もともと酒はそんなに得意ではないし、ハレの日とはいえ今日ばかりは呑むわけにはいかないので、僕は丁重にそれを断った。

51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:02:20.98 ID:ZC1hkslO0

それから酒を勧められないよう、式場の末端、絨毯の裾も届かない端っこに座し、主賓の登場を待つことにした僕。

同じような意図からか、背負っていた薬箱を床にドンと置き、僕の隣に座ったドクターオワタ。
短い世間話を交わしてすぐに彼が黙りこくったことが幸いし、
式が始まるまでの間、僕はゆっくりこれからのことについて考えることが出来ていた。

( ^ω^)「さて……」

ガヤガヤと男衆が騒ぐ声を聞きながら思いを巡らす。

歩けなくなるというのは十中八九戒律によるものだろう。
それが纏足などによる肉体的な制約である可能性はもちろんあったが、考える限りそれはかなり低い。
先日ジョルジュがツンデレのナイフの腕前が僕並だったと言っていたことから鑑みて、少なくとも纏足の可能性は消去される。

ならば問題は、いつ、どのタイミングで彼女に「歩く」という選択肢を与えるかになる。
出来れば彼女が独りきりになる際がベストだ。

53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:03:55.49 ID:ZC1hkslO0

しかし不幸なことに、サナアにおける結婚式の段取りについて、僕はまったくといって知識を持ってはいない。
つまり、いつ、どのタイミングで彼女が独りきりになるのかがさっぱりわからないのだ。

それなら今朝にでもツンデレの家へ赴いてことを成せばよかったのだが、
心の準備にいろいろと時間を要したし、なにより僕は彼女の家を知らなかった。
だから僕には、結婚式の合間、もしくはその後に行動を起こすという手段しか残されていなかったのである。

はたから見れば「なんという行き当たりばったり」と思われる僕の行動。
しかし内藤ホライゾンと対面し決意を固めたのが今朝なのだ。そりゃ行き当たりばったりにもならざるを得ない。

ただし、先ほどジョルジュに緊張の糸を緩められたせいか、
上記のようなたくさんの不確定事項を前にしても、僕はたいして緊張もしていなかったし、焦ってもいなかった、

例えばドクオの村を発った時のように、「なんとかなるだろう」と楽観的に考えていた。

55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:06:01.16 ID:ZC1hkslO0
 
冷静に考えれば、彼女に選択肢を与えるのは今日の結婚式に限る必要はないのだ。
僕の都合としては僕自身の決心が固まっている今日の内がベストだが、チャンスが無ければ後日改めて行動を起こせばいい。

それだけのことだ。その後、道を選ぶのはツンデレの仕事になる。
あとはそれに合わせて、彼女が歩くことを選べばサナアの外へ連れて行けばいいし、そうでなければ僕がこの町を去るだけでいい。

心優しい男が神の木を切り倒した時のように、夜中の夜明けを眺める必要もない。
病に倒れた絵描きの想いを成就させようと神の国を探した時のように、ボロボロになるまで這いずりまわる必要もない。
慕ってくれていた少年が襲いかかって来た夜のように、絶望に駆られることもない。

サナアの町を去る。ジョルジュと別れる。
このことから目をそらしさえすれば、今回の件はこれまでで一番楽なことなのだ。

「決まってる。このジャンビーヤで八つ裂きにしてやるさ。それがブーン、たとえあんただとしてもだ」

脳裏をよぎったつい先ほどの光景から目をそらす。
そう。これらのことから目をそらしさえすれば、これから僕がすることはこれまでで一番楽なことなのだ。

58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:07:56.27 ID:ZC1hkslO0
 
( ^ω^)「……」

それから何かを振り払うように考えることを止めた僕は、
式の段取りが如何なものを聞き出そうと、隣に座るジョルジュの側近に話しかけようとした。

しかしその直後、ただでさえ騒がしかった室内が耳をつんざくほどの歓声に包まれる。
新郎であるジョルジュが、後見人である長老とともに室内に入ってきたのだ。
  _
( ゚∀゚)ノ「いよっ! 遅れちまってすまんね! みんな呑んでるかい? 今日は俺のためにありがとな!」

朝の様子からは考えられない明るい声。そんな彼の声に呼応してさらなる歓声が室内を満たす。
その後、いつもの彼らしい短い挨拶を述べた後、ジョルジュは宴の真ん中に割って入って来賓に酒を注いでいく。

さすがにホストから注がれるのであれば呑まないわけにはいかないだろうと、用意されていた盃を手に取った僕。

しかし、ジョルジュがこちらに来ることはなかった。
彼はあらかたの来賓には酒を注いだものの、僕には近づこうとせず、当然僕の杯に酒が注がれることもなかった。

(;^ω^)「お? なして?」

60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:08:54.57 ID:Xe8wfWgF0
ktkr!!

62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:10:00.30 ID:ZC1hkslO0

\(^o^)/「OH! ブーンさんは結婚式に参加したことがありませんでしたNE!」

(;^ω^)「え、ええ。そうですお」

空のままの杯を手にむなしくたたずんでいると、隣のオワタが笑いながら話しかけてきた。
そういえば彼も、側近だというのにジョルジュから酒を注いでもらっていない。

\(^o^)/「結婚式は三部構成になっているのでSU! 
      今開かれている宴はその第一部、言ってみれば余興みたいなものでSU!
      本番は二部、三部になっていて、それに出席する参加者には酒は注がれないんですYO!」

( ^ω^)「おお、そうなんですかお。それにしてもなんでだお?」

\(^o^)/「酔うわけにはいかないからでSU! 二部以降がありますからNE!
      それは新郎であるジョルジュさんも同じで、だから彼も式では酒は呑みませんYO!」

そう言われれば確かに、ジョルジュは酒をついで回ってはいるものの、自身は一滴も呑んでいない様子だ。
そんな理由もあって彼は、昨夜、ベロンベロンになるまで一人呑み続けていたのだろうか。

63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:10:16.49 ID:ltRvC5jJO
支援

64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:11:30.93 ID:ZC1hkslO0

( ^ω^)「なるほどですお。ということは、僕も二部以降に出なきゃいけないんですかお?」

\(^o^)/「そうでSU! ジョルジュさんはブーンさんの参加をいたく望んでおられますYO!」

なるほど、オワタの説明を受けてよくよく見渡してみると、僕やオワタ以外にも酒を注がれていないものが少ないながらいた。
そのほとんどが、僕も顔を見たことのあるジョルジュの側近か、村の重役である年寄り。彼らも二部以降に参加するのであろう。

その後、酒を注がれた一部参加のみの来賓たちに囲まれて、口々に祝いの言葉らしきものをかけられはじめたジョルジュ。

けれど、新婦であるツンデレはいつまで経っても現れない。
ジョルジュは当分こちらには来られないだろうと思い、そのことについて隣のオワタに尋ねてみた。

\(^o^)/「新婦は一部には出てきませんYO!」

68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:13:00.99 ID:ZC1hkslO0

(;^ω^)「お? そうなんですかお?」

\(^o^)/「はい、新婦の登場は二部以降でSU! 
      というよりは、二部で新郎が新婦の家まで相手を迎えに行くわけですNE!」

(;^ω^)「……なるほど」

なんと、ツンデレはこの場に現れないらしい。もともと計画なんて有りはしなかったが、
出来ればこの場で、隙を見てツンデレに声をかけたかった僕としては、これは想定の範囲外のことだ。
しかしだからといって困っていてもしょうがないので、いい機会だからと今後の段取りについて尋ねることにする。

\(^o^)/「二部で新婦を迎えに行きまSU! その後、三部で誓いの義となりまSU!
      特に誓いの儀は結婚式で一番重要な部分となりますので、極少数の人間しか参加できませN!
      ちなみに僕もブーンさんも、三部まで出席することになってますYO!」

誓いの儀と聞いて、メッカ遺跡でのことを思い出した。確かあれは成人式の前準備とジョルジュは言っていた。
これまでジョルジュから聞いていたことも考慮に入れると、おそらく誓いの儀とやらは成人の儀も兼ねているのだろう。
サナアの住人は儀式となると場所を移動したがる傾向にある。となると、誓いの儀においてもそれは同じなのだろうか?

71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:15:22.31 ID:ZC1hkslO0
 
\(^o^)/「その通りでSU! とある場所まで行くことになりますNE!」

ビンゴ。思った通りだ。ならばその移動中、ツンデレが一人になった隙を見て、祝いの言葉をかけるとの口実で話しかければいい。
とりあえずの見通しが出来たところで安心し、特に聞く必要もなかったが、なんとなしに思ったことを口にした。

( ^ω^)「そうかお。それでその、誓いの儀っていうのはどこで行われるんですかお?」

\(^o^)/「えっと……申し訳ありませN。それは言うなと、ジョルジュさんかRA……」

( ^ω^)「お? そうなんですかお?」

\(^o^)/「はい……許してちょんまGE」

( ^ω^)「……」

なぜ内緒にする必要があるのだろうか?  
思えば先日届いていた結婚式の招待状にも、一部、二部などの構成、僕がどこまで参加するかなどは書かれていなかった。

これも内緒にしていたからなのだろうか? それとも単にジョルジュがずぼらで、表記するのを忘れていただけなのだろうか?
しかし彼は、平時はそうでないものの、こういう公のことについてはしっかりとしている方だ。そう考えるとどうも腑に落ちない。


72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:16:02.73 ID:OlA8BVfx0
支援

74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:17:31.10 ID:ZC1hkslO0

( ^ω^)「ま、いいかお」

しかし、今更そんな些細なことを気にしてもしょうがあるまい。
僕にはツンデレに選択肢を与えるという森がある。それなのに儀式の場所だとか結婚式招待状の不備だとかの
木ばかりを見ていては、それこそ木を見て森を見ず、目的を見失いかねない。

今はその時に向けてじっくり英気を養おう。景気をつけようと手にした盃を口につけ、一気に傾けた。

( ^ω^)「……あれ?」

けれど液体は口に流れ込まない。なんでだ?
ああ、そうだ。思い出した。もとから盃は空だったっけ。

75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:19:05.55 ID:wrUxVYer0
おもしれえええええ!!

76: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:19:50.34 ID:peCDh+IAO
今日で完結か

うれしいけどまた楽しみが一つ減っちゃうな

77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:20:37.56 ID:ZC1hkslO0

それからぼんやりと、式の第一部を式場の隅っこで眺めていた僕。
といっても、第一部参加のみの人間たちがジョルジュの結婚を肴にどんちゃん騒ぎをしているだけだったのだが。

酒を飲むわけにはいかず、素面のままの僕は、式場の隅で退屈していた。

それだけでなく、昨夜はどこかの誰かさんのせいで眠りらしい眠りにつけなかったため、
朝、出会い頭にジョルジュに緊張の糸を切られていたため、
そしてこれからの行動についてある程度の見通しが立ち一息ついたため、
騒がしい式場内にいるにもかかわらず、僕は強烈な眠気に襲われてしまう。

うっつらうっつらと舟を漕ぐ。とてもよい乗り心地だった。

しかし突然水面が揺らいで、舟が盛大にひっくりかえった。

78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:22:37.48 ID:ZC1hkslO0

\(^o^)/「寝てる場合じゃないですYO! 起きてくださいってVA!」

オワタにやさやさと肩を揺さぶられていた。どうやら僕は完全に寝入ってしまっていたらしい。
こんな大事な時に眠ってしまうとは、我ながらとんでもない人間だと思う。

(;^ω^)「……はぇあ、もうひわけありまへんお」

目覚めてみれば、室内には酔いつぶれて地面に横たわる男が数名。
その他の者も、顔を赤く染めながら部屋を退出し始めている。どうやら式の第一部が終わったらしい。

僕の肩を揺さぶったオワタは、持ち込んでいた薬箱から酔いに効くらしい薬を取り出し、酒で潰れた男たちに渡して回っていた。
薬をあらかた渡し終えたらしい彼は、また僕の隣へと歩み寄ってきて、寝起き顔の僕を見て苦笑いする。

\(^o^)/「これから新婦の家まで行きますYO! しっかりしてくださいNE!」

(;^ω^)「お……面目ないですお」

本当に面目なかった。

79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:23:06.12 ID:OlA8BVfx0
支援

80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:23:52.83 ID:2OykVp+LO
支援

81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:24:45.38 ID:ZC1hkslO0

目覚め切っていない重い体で立ち上がり、式場である長老邸を出て広い庭に出た。

日はまだ南には登り切っていない。時刻はまだ昼には遠いようだ。
寝ぼけ眼を陽光に晒し、気合を入れるようにバチンと二、三度頬を叩き、緩んだ気持ちを引き締める。

( ^ω^)「……よっしゃだお」

日の光とは素晴らしいものだ。まだ体はわずかに重いが、陽光を受けるだけで眼はすっかり覚め切った。

それからしばらく軽い体操をしていると、ジョルジュと長老、
村の重役である老人らとジョルジュの側近である若者ら数名がぞろぞろと庭へ出てくる。

\(^o^)/「さ、行きますYO!」

( ^ω^)「お、了解したお」

その一団の末端に僕も加わる。僕とオワタを含め、総数は十数名といったところだろうか。
それぞれ二頭のラクダに跨ったジョルジュと長老を先頭に、花嫁を迎えに行く一団は、足早に長老宅をあとにした。

84: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:26:26.76 ID:ZC1hkslO0

サナアの長老宅は、町の中心部から少し離れた山の斜面にある。
なんでも、緊急事態の際、町の様子を一望してすぐに指示を出せるようにとの配慮からだそうだ。
一方でツンデレの家は町の比較的中心部にあるらしく、ジョルジュを先頭にした一団はそこを目指し斜面を下って行く。

ラクダに乗ったジョルジュと長老以外は、徒歩だ。もちろん僕も例外ではない。
オワタとともに一団の最後尾に付き、久方ぶりの歩きに懐かしさを覚えながら、僕は流れていく景色や人波を眺めていた。
進む景色の上には近隣の住人たちが待ち構えていて、口々にジョルジュへと祝いの言葉をかけている。

待ち構えていた住人はみな、男や子どもばかりだった。
しかしよくよく眺めてみると、家の窓からは女性たちも顔を出しており、ジョルジュの姿を見つめていた。
布で顔を覆い隠していたため彼女たちの表情はわからなかったが、どことなく、笑っているように感じられた。

86: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:28:41.35 ID:ZC1hkslO0

( ^ω^)「見送る人の数が多いですおね」

\(^o^)/「当然でSHOW! ジョルジュさんの結婚式ですかRA! 町中に入ればもっとすごいと思いますYO!」

オワタの言うとおり、町の中心に近づけば近づくほど見送る人間の数は目に見えて増えていった。
それだけでなく、道沿いには露店が、家と家との間には祝いの言葉を書いた横断幕や色鮮やかな装飾品がひしめくようになり、
空からは紙吹雪が舞い始めていた。町の様相はまさにジョルジュの結婚式一色、盛大なお祭りのような雰囲気になっている。
普段のサナアは雪の降り積もった冬のように白い町並なのに、今日は華やかな色の中で踊っている。

(;^ω^)「……」

それを見て、身が震えた。このあと、僕はこの結婚式をぶち壊すことと同義のことをするのだ。
先ほどまでは、これまでで一番楽なことなのだと考えていた。考えこもうとしていた。
しかし町の様子を前にして、僕はこれからとんでもないことをするのだと嫌がおうにも自覚させられてしまう。

もちろん、ここまで来れば迷いはない。迷いはないが、足は竦む。

88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:29:19.23 ID:4+9MzEOrO
wktk支援

89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:30:32.67 ID:ZC1hkslO0

\(^o^)/「ブーンさん、どうしましたKA?」

(;^ω^)「……あ、いえ」

気がつけば、僕は華やかな道の真ん中で立ち止まっていた。
そのせいか、超繊維のマントには紙吹雪がまさに雪のように積もっている。

それを払いのけて顔を上げると、僕と同じように一団の最後尾を歩いていたオワタの姿が、遠く、小さくなっていた。

\(^o^)/「ブーンさん、行きますYO?」

( ^ω^)「……はいですお」

そして、不思議そうな顔で僕に声をかけるオワタの向こう側。雪のように舞う紙吹雪の先。
ラクダに乗って体一つ飛び抜けた位置にあるジョルジュの背中は、オワタの姿以上に遠く、小さく見えた。

92: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:32:26.69 ID:ZC1hkslO0
 
そして、僕たちは辿りつく。町のメインストリートから少し外れた住宅街を渡る道の上。
それほど大きな通りではないのにも関らず、そこは人で溢れかえっていた。

ジョルジュを乗せたラクダが一歩足踏み出す度に、
道に溢れかえる人波が旧約聖書の一節のように割れていく。

その先に、彼女がいた。

(  ゚ ゚)「……」

初めて出会った時と同じように、この町の戒律に従って布で顔を覆い隠していた彼女。
一見すると誰なのか判別がつかない。
しかし立ち上る刺々しいバラのような雰囲気から、すぐに彼女がツンデレであると理解出来た。

彼女の背には、二つの人影。おそらくツンデレの両親なのだろう。
一人は、ツンデレの父親であろうたくましい体躯の中年男性だった。
そしてもう一人は、ツンデレの母親であろう、夫に支えられながら立っている顔に布を巻いた女性。

久方ぶりに見たサナアの成人女性の姿。

それを前に、背筋が凍った。

93: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:34:31.28 ID:ZC1hkslO0

(; ゚ω゚)「……ちょっと待てお」

目の前が一瞬にしてくらむ。
くらみが引くのを待って、もう一度目を凝らしてツンデレの母親を見つめる。

顔を覆い尽くした布。体に纏っているのはマント。
視線を下におろせば、マントの裾から見える地面に着いているはず足は、一本だけ。

(; ゚ω゚)「足が……ない?」

眼をこすり、三度、目の前の光景を確認する。

やっぱりそうだ。見間違いじゃない。

ツンデレの母親には、片足がない。

94: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:35:05.14 ID:OlA8BVfx0
なんという・・・

95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:36:08.52 ID:ZC1hkslO0

揺れる視界の端に、ジョルジュがツンデレの前にひざまずく姿が映る。
同時に、通りを満たしていた喧騒が一気に消える。

しかしそんなこと、頭の奥底からわき上がってきた最悪の想定に比べれば本当にどうでもよかった。

これまで僕がサナアの成人女性を見かけたのは、片手の指で十分なほど。
その中で強烈な印象として残っているのは、確か二年前、僕がサナアに来た直後、ジョルジュに町を案内された時のことだ。

その際見た女性も片足のない不具者だった。
そして、今目の前にいるツンデレの母親にも片足がない。

そして今振り返ってみれば、サナアで見かけた他の成人女性も不具者、特に足が悪かったように思い返される。

97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:37:01.35 ID:ltRvC5jJO
支援

99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:37:39.22 ID:ZC1hkslO0

これらは単なる偶然だろうか?

確かに統計で考えれば、母数は話にならないほど少ない。偶然で済ませるに十分なレベルだ。
しかし現実に片足の女性を前にすれば、それはどうしても偶然とは思えない。

「歩けなくなる」 ツンデレとジョルジュ、二つの口から耳にした言葉。
もしかしてそれは、宗教的な戒律からじゃなく、文字通り「歩けなくなる」ことを意味していたのか?

ここに来る途中に目にした、家の窓から顔を出していた女性たちのことを思い出す。

彼女たちが屋内からジョルジュを祝っていたのは、戒律により屋外に出られなかったことが理由ではなく、
ただ単純に、自分一人の足では「歩いて」外に出られなかったことが理由だったのか?

結婚により直接的に足を失うことが、「歩けなくなる」ということだったのか?

103: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:39:09.20 ID:ZC1hkslO0

(;゚ω゚)「……そんなはず……ないお」

そうだ。そんなはずはない。
サナアはこれまで立ち寄ってきた中で、エルサレムに次ぐ文明的な町だった。

文字もある。書物もある。市場経済だってそれなりに発達している。
僕の傷を完璧に消し去るほどに医療技術も発達している。千年前の僕の知識を理解できる人材も少なからずいる。

そんな町に、そんな野蛮な風習が残っているはずがない。

(;゚ω゚)「……ちょっと待てお」

そこまで考えて、僕はこの町の不自然な点に思い至る。まためまいが押し寄せてくる。

医療技術。そうだ。考えてみればこの町の医療技術はおかしいのだ。
そのほかの文明的知識・技術の水準に比べ、この町の医療技術、特に外科技術は異常なほどに発達している。

なぜだ? いったいどうして?

109: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:40:46.61 ID:ZC1hkslO0

\(^o^)/「どうしましたKA?」

知らず、隣のオワタの顔を見つめていた。
慌てて眼をそらし、かつてヒッキーに傷を付けられた頬に手をやる。

傷は、跡形もない。不自然なほどに。

千年前の医療技術でも、ここまで完璧に古傷を消し去ることは出来なかったはずだ。
それなのになぜ、これほどの水準までサナアの外科医療技術は発展している?

いや、もう気づいている。今となっては、その理由がすぐに思い浮かぶ。

(; ゚ω゚)「……足を失うという風習があったからだお」

110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:40:54.68 ID:OlA8BVfx0
支援

111: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:41:31.90 ID:Xe8wfWgF0
支援

112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:42:22.42 ID:ZC1hkslO0
 
そうだ。成人女性の足を何らかの手法で失わせる。
そしてその後、片足になっても死なないよう、成人女性に治療を施す。

その伝統がいつから行われ始めたのかはわからない。
わからないが、失った足の治療をずっと続けていたとすれば、
必然的に医療技術、特に外科関連の技術は向上するだろう。
せざるを得ないだろう。

そう考えると、サナアの医療技術の不自然な発達にも説明がつく。

\(^o^)/「……ブーンさN」

最悪の推論を前に額に脂汗を浮かべていると、隣のオワタが突然鳥のさえずりのような小さな声をかけてきた。

数え切れないほどの人の渦にもかかわらず、周囲は異様な静けさに包まれていた。
そのため、虫の羽音のようなオワタのひそめた声が、僕には一言一句、余すことなくよく聞こえていた。

慌ててオワタへと顔を向ければ、彼はジトッとした眼で僕をねめつけている。

\(^o^)/「あれを、見てくださI」

113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:43:53.84 ID:ZC1hkslO0
 
(; ^ω^)「お、おお?」

そう言って、オワタは前を指差す。
その先では、それまでツンデレの前でひざまずいていたジョルジュが立ち上がり、彼女の手を取っている一場面があった。

\(^o^)/「本当はここでジャンビーヤを新婦の父親から受け取る儀式、
      つまり成人の儀が始まるのですが、ジョルジュさんはもうジャンビーヤを持っていますからNE。
      これで二部は終わりでSU。続けて場所を移動し、誓いの儀に移りまSU」

(; ^ω^)「……誓いの儀。それってまさか……」

オワタの低い声を聞き、三度めまいを覚える。結婚式第一部でも聞いた誓いの儀という言葉。
それが何を指すのかその時はわからなかったが、今となってははっきりとわかる。わかってしまう。

\(^o^)/「聡明なあなたのことDA。もう気づいていらっしゃるんでSHOW?」

わずかに揺れる視界の中で、呆然と、ジョルジュの手を握り返したツンデレを見ていた。
そのとき発せられた低いささやきに呼応して、僕の視線は無意識に隣のオワタへと移る。

しかし、声の主たるオワタの姿はそこになかった。彼はいつの間にか、僕の背後に回り込んでいたのだ。

114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:44:09.72 ID:4+9MzEOrO
これは酷過ぎる……

115: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:44:54.30 ID:OlA8BVfx0
支援

117: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:45:46.10 ID:ZC1hkslO0
 
(; ゚ω゚)「……!」

オワタの移動に気づいた直後、脇腹にチクリと針で刺されたような痛みを覚えた。
小さく悲鳴を漏らし、思わず顔を歪める。恐る恐る首だけを動かして背後を見る。
先にあったのはオワタの顔。そのまま視線をおろす。

僕の脇腹に、オワタのジャンビーヤが突きつけられていた。

超繊維のマントをいとも簡単に貫いたその切っ先が、僕の脇腹の皮膚を薄く裂いているらしい。

\(^o^)/「そうでSU。誓いの儀とは新婦の……ツンデレさんの足を切り取ることですYO」

無表情でオワタが呟いた。本当に小さな声。しかし、あたりの静けさから浮いたその声はとてもよく聞こえた。

そしてその声の腹の底を揺さぶるような固い響きから、結婚が決まったあの時見せたジョルジュの浮かない表情、
ツンデレの呟いた歩けなくなるという言葉、サナアの伝統すべてを貫くジャンビーヤという名のナイフの存在、
それらの中に横たわる共通した一つの理由を、僕は見出す。

(; ゚ω゚)「……ジャンビーヤでかお」

118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:46:42.53 ID:Xe8wfWgF0
……支援

120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:47:46.10 ID:ZC1hkslO0

\(^o^)/「さすがはブーンさN。そうです、その通りでSU」

僕の脇腹に突き付けられたオワタのジャンビーヤ。
ツンデレの手を握っているジョルジュの鞘におさめられたジャンビーヤ。
周囲を取り囲み、新郎と新婦の一挙手一投足に息を呑んで見つめている男たち、その腰にぶら下がっている数々のジャンビーヤ。

命より重い誓いが込められるサナアのナイフ。その誓いというのは、そういうことだったのだ。

愛する女性の足を、妻となる女性の足を、自らが切り取る。
幼いころから磨き上げてきたナイフ捌きで、壁に突き刺さるほどの切れ味のジャンビーヤを用い、自分の手で。

愛する伴侶を自らが不具者とすることで生じるその苦しみや罪の意識が、
妻の血が染み込んだジャンビーヤに集約され、「命に代えて彼女を守る」という誓いに昇華されていくのだろう。

それが、ジャンビーヤに込められる誓いなのだ。

122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:49:21.99 ID:ZC1hkslO0

そこまで考えたところで、周囲の人々から耳をつんざくような歓声が沸き起こる。

脇腹にわずかな痛みを感じつつ顔をあげれば、
遠目に見えたのはジョルジュがツンデレを抱き抱えラクダに騎乗する姿であった。

\(^o^)/「第二部も終わりですSU。これから第三部、
      誓いの儀を行うため、場所を移動しまSU。あなたにもご同行願いますYO」

背後からオワタの声。周囲の喧騒に負けない、それなりに大きな声だった。
依然として脇腹にはジャンビーヤの刃。身動きが取れない固まったままの姿勢で、僕は想う。

126: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:50:53.27 ID:ZC1hkslO0
 
ああ、ジョルジュはなんと哀れな男だろう。
愛した幼馴染の足を、花嫁の足を、彼はこれから自分の手で切り取らなければならないのだ。

確かにそれは、サナアの男たちの多くが辿る道。通過儀礼だと言ってしまえばそれだけのこと。
しかし、ジョルジュの花嫁は子どもの頃から様々な場所を歩きたいと夢見たツンデレだ。
ジョルジュは彼女の足だけでなく、彼女の夢もまた自らの手で摘み取らなければならないのだ。

その苦しみは一般のサナア男性の比ではないだろう。まして僕には想像もできない。
それなのに、ジョルジュはその苦しみをこれまでほとんど外面に表さなかった。大した男だ。敬服に値する。

しかし、それが彼らにとって結婚するということ。大人になるということ。
立ちはだかるのは伝統という名の、ヒジャーズよりも大きな障壁。
どんなに抗っても、町の成員たるジョルジュ一人の力ではどうしようもないだろう。

そしてそんなことくらい、頭のいいジョルジュのことだ、とうの昔からわかっていたはず。
結局ジョルジュには、ツンデレの足を切り取る以外に選択肢はなかったのだ。

そうだ。ツンデレと同じように、ジョルジュにもまた道はないのだ。

130: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:52:55.00 ID:ZC1hkslO0
 
\(^o^)/「言いたいことも御有りでしょうが、ついてきてもらいますYO」

周囲の歓声がさらに大きくなった。ジョルジュとツンデレを乗せたラクダが、どこかへ向けて歩きはじめたのだ。
僕は二人の後ろ姿を眺めたまま、顔を動かすことなく、背後のオワタに尋ねる。

(; ^ω^)「……どこへだお」

\(^o^)/「西の平原、火の道へでSU」

西の平原。サナアに来た直後、ジョルジュに立ち入ることを禁じられた場所。
オワタはそれを火の道と呼んだ。その名が意味するところはなんだ?

\(^o^)/「それは、付いてきてくださればわかりまSU。ご安心ください、素直に従ってくれれば何もしませN。
      このジャンビーヤだってあくまで保険、あなたがこちらに従ってくれる限り、刺すようなマネは決していたしませN」

そう言って、オワタが僕の背中をポンと押した。どうやら進めと言いたいらしい。

脇腹をちらりと眺める。ジャンビーヤは依然突き付けられたまま。
僕はボリボリと頭を掻き、遠ざかっていくラクダの尻を眺めたまま、言った。

(; ^ω^)「いや、保険も何も、実際刺さってるんですけど……」

135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:55:12.96 ID:ZC1hkslO0

\(^o^)/「……」

歓声の中、なんとも言えない沈黙が僕とオワタの間に流れる。
オワタは僕に向けたジャンビーヤをわずかに脇腹から離すと、コホンとひとつ咳払いして、罰が悪そうに声を上げた。

\(^o^)/「と、とにかKU! 行くんですYO!」

138: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:56:12.96 ID:ZC1hkslO0

― 12 ―

サナアを出て二時間以上が経過した。道中で南中を迎えた太陽はわずかに西へと下り始めている。

そして太陽と同じように、新郎新婦一行もまた、西に向けて山道を下り続けていた。
一行の最後尾からさらに距離をとって、僕もまた、歩いていた。

西の平原、火の道とやらは一向に見えてこない。周囲は平原どころか傾斜続きの山道で、
それはメッカ遺跡からサナアまでを縦断していた肥沃な山岳地帯アシールに良く似ていて、田畑や川の流れが点在していた。

そんな道中を、薬箱を背負ったオワタから背中にジャンビーヤを突き付けられつつ歩いた。
無言を貫き不機嫌を装いながら、ずっと一つのことを考え続けて。

(;^ω^)(……困ったお)

ツンデレはこれから歩けなくなる。僕の見越していた戒律による制約からではなく、直接的に足を切り取られて。
彼女にもはや猶予はない。そして僕にもまた、猶予はない。

139: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:58:38.55 ID:ZC1hkslO0

甘かった。僕は本当に甘かった。

当初考えていた、今日ツンデレに道を告げて、
その返答次第で後日行動を起こすなんてことは、はなから甘い見通しだったのだ。

もう十年以上前。ドクオの村に一年も滞在していたというのに、僕は村人たちがアヘンを吸っていることに気付かなかった。

同じようにこのサナアでも、二年間、実質一年間は屋敷にこもりきりだったが、結局僕は今の今まで、
この「足を切る」という伝統に気づかないでいた。つまり、かつて犯した愚行を僕はまた繰り返してしまったのだ。

理性を得た人間の究極である天才の名は、僕の現状を見て嗚咽を漏らしながら泣いていることだろう。

判断材料が足りなかった。別のことに集中していた。
サナアという理性的な町に、そんな伝統があるなんて想像もつかなかった。

弁解が許されるのなら、上記の事情が僕にはあった。

142: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 14:59:52.14 ID:sukPAijn0
支援

144: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:01:01.98 ID:ZC1hkslO0

けれどそんな言い訳を重ねても、本当に何の意味もないし状況は何一つ変わらない。
今、過去のことを悔いるのは、さらなる過ちを重ねることと同義だ。

僕の馬鹿さ加減は否定しないが、それを悔いるのはすべて終わってからで十分。
わずかな可能性が残っている限り、僕は今できる最善のことを尽くさねばならない。

そうやって僕は神の木と神の実を消す手助けが出来た。神の国を見つけることが出来た。
追い詰められても道はまだ残っていて、そこを突き進むことで僕はこれまで歩いてこられたのだ。

それだけが、あらゆることで後手に回ってしまう馬鹿な僕の、たったひとつだけ自信を持って言える長所。
確かにヒッキーだけは救えなかったが、それこそ同じ過ちは繰り返さない。彼の犠牲は今につなげる。

ツンデレに道を与える。過去に内藤ホライゾンが辿った道を、彼女にだけは辿らせない。
そうすることにより、これまで与えられてきた道を僕自身のものにする。

そして、ツンデレだけでなくジョルジュを――

145: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:03:36.08 ID:ZC1hkslO0

(; ^ω^)(……そのためにはどんな方法が残されてるんだお?)

二時間以上の道の上、天才の頭脳を生かせない馬鹿な意識でそれだけを必死に考え続けた。
けれど、浮かんだ考えはたったひとつ。限りなく不可能に近い以下の方法だけだった。

これから行われるであろう誓いの儀の中で、ツンデレに別の道があることを告げる。
彼女が望むなら、僕が町の外へと連れ出してやることを告げるのだ。

そして彼女に考える時間を与えるため、抵抗してくるであろうオワタを、その他新郎新婦の一団に加わっている成員を、
何より新郎を、稀代のジャンビーヤ使いであるジョルジュを、食い止める。

その上でツンデレが歩きたいと言えば、彼女を連れてその場から逃げだす。そうでなければ、僕一人で逃げ出す。

148: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:05:08.09 ID:ZC1hkslO0

(; ^ω^)(でも……そんなことが出来るのかお?)

あたりを見渡す。誓いの儀に向かう一行は、僕を除くと全部で七人。

ツンデレ、ジョルジュは当然として、あとはラクダに乗ったよぼよぼのサナア現長老、その側近と考えられる老人が二人、
そして僕の背中にジャンビーヤを突き付け続けているオワタと、ジョルジュの側近たる見覚えのある若者がもう一人。
ラクダはジョルジュ、ツンデレが乗っている一頭と、現長老が乗っている一頭、合わせて二頭。

敵にはなり得ないツンデレと、最近急激に老けてきたらしい現長老を除き、壁となり立ちはだかると考えられるのは五人。

そのうち、現長老の側近である老人二人はなんとかなるだろうと踏んでいる。

149: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:05:27.10 ID:GB2lMaOh0
ああ…ああ…

150: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:07:51.63 ID:ZC1hkslO0
 
ナイフ捌きなどの技術面は歳を重ねるごとに磨きがかかり、いわゆる老獪の域に達する。
しかし持久力や瞬発力を支える体力や筋力は、歳とともにどうしても衰えてしまうものなのだ。

結果、老年の戦い方とは先の先、自ら仕掛けていく戦い方ではなく、
後の先、相手の出方に応じそれに切り返すカウンターを主体とした戦い方にどうしてもなってしまう。
彼らはその面において相当の腕前を誇るが、逆に言えば、こちらから手を出さなければその実力が発揮されることはない。

と、いつかの訓練でジョルジュが言ってた。
つまり今回の場合、ジョルジュの言葉を信頼するならば、老人二人は放っておけば大した脅威にならないのである。

問題はジョルジュの側近であるオワタともう一人だ。
どう楽観的に考えても、二人はそれぞれが僕以上の腕を持っているはず。
戦い方も、若さから考えて先の先。放っておいても向こうから仕掛けてくるだろう。

しかしこの二人についても、この道中、もしくは火の道とやらに着いたのち、
不意打ちという卑怯な手段を使えば、僕にも行動不能に出来る可能性が残されている。

壁がこれだけだったらなんとかなりそうである。

けれど、最悪なことに、あいつがいる。

152: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:08:48.47 ID:Xe8wfWgF0
支援

153: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:10:14.73 ID:sukPAijn0
支援!

154: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:10:19.58 ID:ZC1hkslO0

新郎。サナアの歴史上最高のジャンビーヤ使いと謳われているジョルジュ。

たとえ逆立ちしたとしても、彼には勝てる気がしない。
奇跡が起きようとも埋められない実力差が、僕とジョルジュの間には横たわっている。

何度も彼と訓練を重ねてきたのだから嫌でもわかる。訓練で彼は一度も息を切らすことなく、軽く僕をあしらっていた。
その時の彼は、本来の実力の三分の一も出していなかったであろう。
唯一僕を敵と認識して襲いかかってきたメッカでのナイフ捌きも、彼すべての実力を出し切ったものであるという保証はない。

彼の実力は未知数。底が見えない。一方で僕の実力は、ジョルジュに完全に把握されてしまっている。
不利だとかそんなチャチなレベルではなく、僕にはジョルジュに勝てる要素が何ひとつといってないのだ。

(; ^ω^)(……いや、ひとつだけあるお)

懐にそっと手をやる。銃。
残り一発となった弾丸をそれで放てば、確かに僕でもジョルジュを行動不能に出来る。殺すことだってできる。

最も現実的に思えるこの方法。しかし、今回僕が成すべき行動の性質上、この方法を取るわけにはどうしてもいかない。

157: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:12:29.92 ID:ZC1hkslO0

例えば、ツンデレの足の切り取りを阻止することが今回の行動の目的だとしよう。
それならば、僕は真っ先にジョルジュへと弾丸を撃ち込めばいい。

稀代のジャンビーヤ使いを地に伏せれば、それだけで他の者たちに対する十分すぎるほどの威嚇になる。
ジョルジュを生かしておいてその頭に銃を突き付けて脅せば、たとえ弾丸が込められていない銃であっても、
彼らはそのことを知らないのだ、ツンデレが道を選ぶだけの時間を十分に稼ぐことが出来る。

けれどそれは、ツンデレを脅すことにもなる。換言すれば、彼女を脅して道を選び取らせることと同義なのだ。
以上の方法はジョルジュを人質にした脅迫に他ならない。そんな風に選び取らせた道が、彼女自身が選び取った道になるはずがない。

僕の行動の本旨は、ツンデレが歩けなくなることを阻止するのでは無く、ツンデレに自分で道を選び取らせることにある。
ならば、脅すのと同様の以上の方法を取るわけにはいかない。

おまけに、足を切り取られるという現実をツンデレは目の前にしている。
彼女はただでさえ正常な判断が出来ない状況にあるのに、それをさらに助長させる方法は用いるわけにはいかないのだ。

162: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:14:50.12 ID:ZC1hkslO0

結局、僕にはツンデレに道を告げ、選ぶ時間を稼ぎ、
彼女の選択に沿って彼女とともに、もしくは自分一人で脱出するしか方法はない。

銃の使用は脱出まで取っておかなければならないし、その時以外で使うことはツンデレを脅すことに他ならないタブーとなる。
それまではナイフか、それ以外の手段でなんとかするしかない。

まったく、とんでもないことを引き受けてしまったもんだ。

( ^ω^)「おっおっお」

けれども、なぜか笑えた。目の前にあるのは限りなく不可能に近い道なのに、
まるで冬という季節に向かって北へと歩き出したあの時のように、「なんとかなるさ」と、気持ちが軽い。

やっぱり僕には何かが欠けている。ドクオの村を旅立った時と同じことを僕は思う。
あれから十数年が経ち、様々な出来事に遭遇する中で僕は少なからず変化してきた。しかしこの点だけは変わっていないらしい。

165: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:16:41.56 ID:ZC1hkslO0

\(^o^)/「……どうしたんですKA?」

あの時と同じように晴れた午後の空を仰いでいると、背中からオワタの訝しげな強張った声が聞こえてきた。
知らず、僕は笑いを声として漏らしてしまっていたらしい。

しかし、だからどうということはなかった。
むしろ二時間以上にわたる自問自答にも飽きてきたところだったので、僕は笑いながらオワタの問いかけに答える。

( ^ω^)「おっおっお。気にしないでくれお。
      それより、そろそろ話してくれてもいいんじゃないかお? 火の道ってのはなんなんだお? 」

\(^o^)/「そうですNE。間もなく着く頃ですし、話しても問題ないでSHOW」

返ってきたのは柔らかな声。同時に、ずっと背中に感じ続けてきた固い石のような雰囲気が一気に和らいだ。
僕にジャンビーヤを突き付け続けた二時間弱、どうやらオワタは相当に気を張っていたらしい。

歩く道のりは相変わらず緑色の斜面の上。オワタは続ける。

171: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:18:12.07 ID:ZC1hkslO0

\(^o^)/「火の道とは言葉通り、燃える道のことでSU。正確には燃えていた道ですGA。
      遥か昔、ジャンビーヤの代わりにその火が花嫁の足を切り取っていたそうですが、なぜか今では燃えなくなっていまSU。
      ジャンビーヤの伝統はその代替として生み出されたのではないかと、僕たちの間では考えられていますNE」

今朝のような明るい口調で、得意げに、そしてさらりととんでもないことを言ってみせるオワタ。
僕の背後にいるためその表情は見えないが、きっと彼は笑っているのだろう。
しかしそれでも、背中からジャンビーヤの気配は消えない。依然としてジャンビーヤは突き付けられたままのようだ。

会話の隙に乗じて行動を起こそうと思っていたのだが、どうやらそれは難しいらしい。
その代わりと言ってはなんだが、僕はオワタの言葉の意味について軽く考えてみることにした。

172: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:19:04.37 ID:wrUxVYer0
ブーンが殺されると予想

173: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:19:46.04 ID:MZtbyhI10
支援

175: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:19:55.65 ID:ZC1hkslO0

火の道。燃える道。一瞬マグマの流れる火口を思い浮かべたが、即座にそれは否定された。

この近辺に活火山は存在しないし、たとえ千年の時の中でこの近辺に活火山が発生していたとしても、
僕たちは今山道を下っているのだ、目的地がマグマの流れる火口なわけがない。

( ^ω^)「……となると」

中東の山の中腹。平原。かつては燃えていて、少なくとも燃えているように感じられて、今は燃えていない。
これらの条件を満たす上で考えられるのは、地雷原。もしくはそれに準ずる、クラスター爆弾かその類いが埋まっている場所。

燃えるとは地雷による地面の爆発、燃えなくなったというのは地雷が風化して機能しなくなったか爆発し尽くしたかのいずれか。
そして、燃える道により足を切り取っていたというのは――。

( ^ω^)「……新婦に火の道の上を歩かせたていたのかお。恐ろしい話だお」

176: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:20:27.11 ID:OlA8BVfx0
支援

177: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:22:08.90 ID:ZC1hkslO0

\(^o^)/「そうでもないですYO」

僕の返しをすぐさま否定したオワタ。続けて発せられた声は低く、強い感情が込められていた。

\(^o^)/「愛する人間に足を切り取られる、愛する人間の足を自分で切り取る、
      その方がよほど恐ろしI……」

( ^ω^)「……」

見えはしないが、背中にあるはずのオワタのジャンビーヤが震えたように感じられた。

ジャンビーヤを持っているということは、オワタもその儀式を通過した成人ということになる。
彼も妻の足を切り取ったのだろう。そして今、その時の光景を思い出した。
だから手にしたジャンビーヤが震えたのではないだろうか。

道からは田畑が消え、背の高い広葉樹が目立つようになる。

それからしばらく口を閉じたオワタは、話題を変えるように、唐突にこんなことを口にした。

181: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:24:10.20 ID:dwnzOv8wO
支援

182: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:24:19.53 ID:ZC1hkslO0

\(^o^)/「そうそう、勘違いして欲しくないので言っておきますNE。
      僕だって好きでこんなことしてるんじゃないんでSU。
      僕だけでなく、ジョルジュさんの側近はみな、あなたを尊敬しているんでSU。
      あなたにこの町に留まってほしいと願っているんですYO」

( ^ω^)「おっおっお。人の背中にジャンビーヤを突きつけておいてよく言うお」

\(^o^)/「オワHAHAHA! まったくでSU! しかしこうでもしなきゃ、
      結婚式の真相を知ったあなたは、なんとしても誓いの儀を止めようとしたでSHOW?」

オワタの独特な笑い声。続けられた言葉の真偽は果たしてどうだろう?

ツンデレの存在を知らず、何の目的もなくサナアに留まり続けると考えていた場合、
僕はそれでも誓いの儀を止めようとしただろうか?


185: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:26:29.19 ID:ZC1hkslO0

――多分、止めなかったと思う。
そういう伝統なんだろうと否定せず、いつものように傍観者を気取っていたはずだ。

あの時、アヘンを吸うことを強要されたように、僕自身が足を切り取られるわけではない。
サナアの足を切るという伝統は、そのせいで町の子どもたちを夕闇に置き去りにするといったこともない。

僕が純粋にまっさらだった場合、僕にはそういった伝統を否定する特別な権利はないし、理由も存在しない。

しかし、ドクオの村の人々といいサナアの町の住人といい、なぜみんな僕に真実を告げたがるのだ。
彼らはみな、僕から巧妙に伝統を隠し続けていたではないか。ならばそれを続ければいいだけの話だ。

そうすれば余計な気遣いも懸念もなに一つ必要ない。
互いが互いに一定の距離感を保ったまま、心地よい関係を保っていられたのに。

( ^ω^)「……なら、初めから結婚式に僕を呼ぶなお。
      ここまで判断材料を提示されなければ、僕はこのことに気付かなかったお」

187: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:28:23.62 ID:ZC1hkslO0

\(^o^)/「もちろん、我々ジョルジュさんの側近はあなたの参列に反対しましたYO。
      しかし、ジョルジュさんたっての意向なのでSU。それを聞き、我々も納得せざるを得ませんでしTA。
      彼はあなたには町のすべてを知ってもらい、その上で後見委員長になるか否かを判断してほしいのですYO」

この町のすべてを知ってもらいたい、か。
隠し続けることは辛く苦しいことだから、相手にすべてを告げて楽になり、その上で判断を相手に委ねる、ということだろう。

人間は弱いものだと改めて思う。しかしそれは僕も同じなのだ。
僕もあのとき、ショボンさんに同様の手法を取った。だから僕も、人のことをとやかく言える人間ではない。

けれど実際に判断を委ねられる立場に立った時、「いいえ、それは言わなくても結構です」と言いたくもなる。

それにしても――。

( ^ω^)「……後見委員長って、何の話だお?」

192: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:30:38.60 ID:ZC1hkslO0

\(^o^)/「はい、ジョルジュさんの結婚を機に、現長老は引退なさりまSU。
      そして次代長老の任をジョルジュさんが担うのでSU。ジョルジュさんは人望も厚く、
      才にも溢れており、長老の器を十分すぎるほど持っていらっしゃりまSU。しかし、あまりに若すぎRU。

      それがネックとなり、現長老派の老人たちから条件として後見委員会の創設を要請されましTA。
      まあ、それはあくまで口実で、彼らは現長老の引退により自らの権力が削がれることを懸念しているのでSU。
      そこで後見委員会を設立させ、その席に座り、引き続き権力を振るおうと画策しているのでSHOW」

政治抗争か。サナアほど発展した都市ではさもありなん。
出来れば関わりたくない対立ではあるが、オワタの語り口からして、僕はもうそれに巻き込まれてしまっているのだろう。

\(^o^)/「もちろん、多少卑怯な手を用いればその要求を撥ね退けることも出来ましTA。けれどもジョルジュさんは、
      『後見委員会の設立はのちに合議制を敷くためのいい足がかりになる』とおっしゃり、その設立を認めましTA。
      しかし、現長老派の老人たちはジョルジュさんがこれから断行する改革の反対勢力にしか成り得ないのです。

      我々も手を尽くしましたが、残念ながら後見委員会から現長老派の勢力を完全に排除することはできませんでしTA。
      改革を断行するためには、ジョルジュ派にもっと力が要りまSU。そしてその力に、あなたは成り得るのですSU。
      ジョルジュさんを含めた我々は、あなたに後見委員の長になっていただきたいのでSU」

195: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:32:44.17 ID:doBgUEpBO
ジョルジュが何かやってくれそうな予感・・・

196: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:33:18.16 ID:ZC1hkslO0

( ^ω^)「……」

参った。巻き込まれているどころか、僕はもうその抗争の矢面に立たされるらしい。
知らないところでずいぶんと色々なことが起きているのは、僕がそれだけ歳をとってしまったからなのだろう。

後見委員長というのは、そんな年老いた僕への最後の花道だったのかも知れない。悪くない。むしろ嬉しさを感じる。

しかし、それは別の未来、あり得たかもしれない夢の話。今の僕にそんな選択肢はない。
他人事のように別の未来を想像し、未練がましく微笑みながら、僕は続きをオワタに尋ねる。

( ^ω^)「なるほど。で、その改革とやらは一体何なんだお?」

\(^o^)/「ジョルジュさんを筆頭に、我々はあなたから得た政治知識をもとに町の体制を変えようとしていまSU。
      それを我々は改革と呼んでいまSU。その足がかりが合議制であり、そのために後見委員会を活用したいのでSU。
      我々は後見委員会をもとに、ジョルジュさんと、そしてあなたと共に改革を断行したいのでSU。
      もちろんその際、この町の良いものは残しまSU。しかし悪いところは排除せねばなりませN」


197: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:33:35.95 ID:OlA8BVfx0
支援

198: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:34:32.65 ID:x46N9XSc0
支援

199: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:35:45.44 ID:ZC1hkslO0

( ^ω^)「……その立案はジョルジュが?」

\(^o^)/「もちろんでSU。そして我々は彼に賛同したのでSU」

背中からオワタの誇らしげな声。それを聞き、僕は目を細める。
息子のように思っていたジョルジュが、僕の知識を今に活かそうとしてくれているのだ。これが嬉しくないはずがない。

確かに、彼らの言う、ジョルジュの行おうとしている改革が具体的にどのようなものを指すのかを僕は知らない。
しかし二年ほど親密な付き合いをしてきたのだ。心配なんてほとんどしなかった。

ジョルジュなら急激な改革など決して行わない。
若い彼の長期に渡るであろう在位期間を逆手にとり、無理が生じないよう穏やかに緩やかに改革を進めていくはずだ。

そのための知識も僕が伝えてあるし、伝えそびれたものも書物としてほとんどを遺してある。
それさえあれば、僕がいなくともジョルジュならば大丈夫。

ただし、オワタの言葉を聞く中でいくつか気になる点がある。
僕の知るジョルジュなら決してやらないであろうことが、オワタの口からいくつか語られているのだ。

200: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:36:16.17 ID:ZC1hkslO0

( ^ω^)「……少し聞くお」

\(^o^)/「なんでSHOW?」

( ^ω^)「お前は、後見委員会とやらから現長老派の勢力を一掃しようとしたと言ったお?」

\(^o^)/「はI」

( ^ω^)「それはお前たちの独断でやったんだお?」

背後から漂うオワタの雰囲気がわずかに変わった。どうやら図星だったらしい。
僕はオワタに見せつけるようにあからさまなため息をひとつつき、続ける。

203: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:37:38.52 ID:ZC1hkslO0

( ^ω^)「いいかお? そんなことしても労が多いだけで、利なんてほとんどないんだお。
      考えてもみるお。現長老派とかいう老人たちなんて、あと五年もすれば嫌でも退役するお。
      ジョルジュの長老在位期間を考えれば、五年なんて大した長さじゃないお。
      だから改革とやらにも特別な支障なんて出ないお。
      むしろその五年で現長老派から学べる実務知識の方が大きいお。
      そしてジョルジュなら、そのくらいわかってるはずだお」

\(^o^)/「……」

( ^ω^)「これは僕からの最後の忠告だお。
      お前たちがジョルジュを信奉しているなら、下手に独断行動なんかしちゃダメだお。
      いくら長が有能でも、側近の独断で政権が崩れてしまうことはままあるんだお。わかったかお?」

\(^o^)/「……」

首をひねりちらりと背後を盗み見れば、うつむいたオワタが視線を地面に縛りつけていた。
説教臭かった自分の言動を反省しながらも、どうしても聞いておかなければならないので、僕は続ける。

( ^ω^)「それと、もうひとつ。ジャンビーヤと足を切る伝統は残すつもりかお?」

204: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:39:12.53 ID:ZC1hkslO0

\(^o^)/「それは……もちろんでSU」

口どもりながらも、即答したオワタ。どうやらその点だけは改革の中でも揺るぎない決定事項らしい。
しかしハッキリとしたその声は、周りを取り囲む木々のざわめきに紛れていく。

( ^ω^)「……その理由は?」

\(^o^)/「この伝統はサナアの根幹ですかRA」

( ^ω^)「答えになっていないお。明確な理由の提示を要求するお」

\(^o^)/「それは……誓いの儀を見ていただければ嫌でもわかりまSU」

オワタの声の直後、あたりに生える木々の数が目に見えて減っていることに僕は気付く。
歩く道のりは、いつの間にか下り坂ではなく平坦なものになっている。

間もなくの到着を予感した僕は、口早に続けた。

208: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:41:18.28 ID:ZC1hkslO0

( ^ω^)「百聞は一見に如かずかお? でも、それでわからないことだってあるんだお。
      百見は一聞に如かない時が、世の中には稀にあるんだお。それが今だお。
      説明も尽くさないで見ればわかると言われても、今の僕には納得できないお」

\(^o^)/「……説明しても、我々と異なる価値観の持ち主であるあなたにはわからないかも知れませN」

( ^ω^)「おっおっお。馬鹿なこと言うなお。言ってることが支離滅裂だお。
      価値観が違うから説明してもわからないって言うなら、見たってわかるはずがないお」

\(^o^)/「……見ればわかることだってありまSU」

210: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:42:54.79 ID:ZC1hkslO0

( ^ω^)「……」

オワタの声の調子がおかしい。
平静を装おうとしていらしいが、不機嫌になっているのが声色だけでも明らかにわかる。

もしかして、彼は意外にも激情しやすいたちなのだろうか? 
漠然とそんなことを思っていると、前を進む一団の足が止まる。目の前の景色から立木の緑が完全に無くなる。

\(^o^)/「……ちょうどいい、着きましたYO」

オワタの一言を受け、立ち止まった。

あたりに広がるのは、一面果てしのない平原。淡い黄緑色の短草たちが悠々とその葉を風にさらしていた。
草たちのこすれあう声が、強い緑たちの草いきれが、風に乗り僕の耳と鼻に届く。

そしてその真ん中、地平線のかなたまで埋め尽くしている黄緑の中心に、見覚えのある建物を僕は見つけ出す。

213: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:44:55.70 ID:ZC1hkslO0

(; ^ω^)「あれは……」

サナアの建築様式とは明らかに異なる、半ドーム状の、まるで玉ねぎを乗せたかのような屋根。
メッカ遺跡の中心部に鎮座していた大聖堂とそっくりな建物が平原の中にあった。

ただしそれは、メッカ大聖堂と比べ明らかに小さかった。
距離の問題からそう見えるのではなく、単純に小さかったのである。

言ってみれば、メッカ大聖堂を縮小したコピー。そして僕には、その姿が模型のように感じられた。
それはきっと、その建物が平原から浮いた明らかに場違いな存在だったからだろう。

\(^o^)/「ここが火の道でSU。ご安心ください、もう道は燃えませんかRA」

ジッと眼前の光景に目を凝らしていた僕に、オワタが的外れな気休めの言葉をかけてくる。

(; ^ω^)「そ、そうかお。それで、あの建物の中で儀式が行われるのかお?」

\(^o^)/「そうでSU。詳しい話は彼かRA……」

216: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:47:05.03 ID:ZC1hkslO0
 
(; ^ω^)「お……」

オワタの声に視線を移動すれば、
平原を前にした新郎新婦の一団の中から、ジョルジュがこちらに向けて歩いてくるのが見えた。
僕と彼の視線が一本の線となり、中空で結びつく。
  _
( ゚∀゚)「……」

(; ^ω^)「……」

ぞくりとした。一歩一歩短草を踏みつけて向かってくるジョルジュの眼を見るだけで、
オワタにジャンビーヤを突き付けられても流れなかった汗がだくだくと全身から溢れ出てきた。

蛇に睨まれたカエル、とでも言うのだろうか。身動きが取れず、呼吸することさえ辛い。

これがあのジョルジュなのかと、本気で疑った。
おちゃらけたいつもの雰囲気は皆無で、小さいはずの彼の姿は巨木のように大きく感じられた。
その背後からはメラメラと炎が湧き上がっているように感じられる。火の道だけに。

そして、濃い眉の下の双眸は形容しがたいほどに鋭い。

そう、それこそまるで、ジャンビーヤの刃のように――。

217: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:47:30.25 ID:OlA8BVfx0
支援

218: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:47:34.67 ID:ltRvC5jJO
支援

223: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:49:08.12 ID:dpButA3gO
支援

224: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:49:10.34 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「動くなよ」

(; ^ω^)「!!」

――そう思ったと同時に、ジョルジュのジャンビーヤが僕の眉間へと突きつけられた。
いつの間にか距離を詰められていたらしい。
もとから動かなかった体が、さらに硬直する。汗が滝のように噴き出し、喉がカラカラに乾く。
  _
( ゚∀゚)「……オワタ、麻酔を」

\(^o^)/「ただいMA」

僕にジャンビーヤを突き付けたまま、ジョルジュがオワタに命令する。
オワタは背負っていた薬箱を地面に下ろすと、そこから麻酔らしき一式を取り出し、ジョルジュに手渡す。

\(^o^)/「使用方法は以前説明した通りでSU。それで確実に痛みはなくなりまSU。
      しかし体に負荷がかかるのには変わりないので、
      儀式が済み次第、直ちに僕を呼んでくださI。あとの処置は僕がしますのDE」

225: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:49:19.24 ID:fap56Jzi0
緊張してきた
支援

230: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:50:40.52 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「わかった」

受け取った麻酔一式を懐に仕舞うと、ジョルジュは真正面から僕を睨みつける。
僕は依然として動けないまま、彼の低い声を耳にする。
  _
( ゚∀゚)「わりーな、無理やり連れてくる形になってよ」

(; ^ω^)「……」
  _
( ゚∀゚)「言いたいことは山ほどあるだろう。だが、今は呑みこんどいてほしい。
    儀式が終わった後、あの建物へオワタと一緒に来てくれ。その時に全部聞こう」

ジョルジュがジャンビーヤを腰に仕舞った。
そのままマントを翻し、引き返していく。その背中は果てしない壁のように大きく感じられた。

同時に、入れ替わるようにオワタのジャンビーヤが突きつけられるのを背中に感じる。
動けず、すくんだままの体で、なんとか声を振り絞り、僕は背を向けたジョルジュへと尋ねる。

(; ^ω^)「足を切り取るのは……見られないのかお?」

232: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:52:10.73 ID:ZC1hkslO0
 
\(^o^)/「見られませN。誓いの儀は伝統の頂点に位置するもNO。
      たとえ長老であろうと、立ち会うことは許されませN」

答えたのはオワタ。一方でジョルジュは何も言わず、
建物の方を見詰めたまま動かないツンデレへと歩いて行くだけ。

金縛りを受けたように動けない僕。
妙にはっきりとした視界の中で、最後にジョルジュが振り返った。
  _
( ゚∀゚)「あー、そうそう。ブーンに伝言を頼みてーんだわ」

(; ^ω^)「……」

振り返った彼の顔は、不敵に笑っていた。まるで僕を挑発しているかのような笑み。
緩んだ彼の唇が、言葉を形作る。
  _
( ゚∀゚)「あんた、今朝、『誰かがツンデレを連れ去ろうとしたらどうする』って聞いたよな?
    その誰かさんに伝えといてくれ。『てめーが来るまであそこで待っててやるよ』ってな」

233: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:53:55.85 ID:ZC1hkslO0

(; ^ω^)「……」

ジョルジュの口元がさらにつり上がる。建物を指差して身を翻す。

その口が発した「誰か」。それは一体誰を指す?

突如吹き荒れた強い風が、ジョルジュのマントを揺らした。その裾は僕へと向いている。
答えはきっと、そういうことだ。

ツンデレのもとへ歩み寄ったジョルジュは、そっと彼女の肩に手をやる。
そのまま彼女に寄り添いながら、火の道の先、メッカ大聖堂のコピーへと向かっていく。


235: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:54:21.49 ID:G3lUB5A90
ジョルジュかっこいいよジョルジュ

238: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:55:18.57 ID:Xe8wfWgF0
おおお
支援

239: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:55:36.34 ID:ZC1hkslO0

時間がない。直ちに行動を起こさなければならない。
けれど体は依然ジョルジュの雰囲気に縛られたまま、指一本動かせない。

遠ざかっていく二人の背中。固まって眺めることしか出来ない僕。

長老も、その側近二人も、ジョルジュの側近たるもう一人も、
そして僕の背中にいるオワタも、新郎新婦の動向だけを注視していた。

そして二人は建物の扉の前にたどり着く。ジョルジュがその扉を押し開ける。
二人の背中がその中へと吸い込まれていく。

その、わずかな一瞬。

こちらを振り返ったツンデレの瞳が、僕を射ぬいた。

扉が閉じる音が、平原に響いた。
同時に金縛りが解ける。

固まっていた体が緩んだ瞬間、僕の体はその反動からかバネのように躍動した。

240: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:56:59.84 ID:ZC1hkslO0

( ゚ω゚)「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

\(^o^)/「!?」

腰のレアメタル製ナイフを右手で抜くとともに体をよじり、その柄を背後のオワタのこめかみへ向けて横薙ぎにする。
おそらくはジョルジュとツンデレの背中に目を奪われていたのであろうオワタに、それを避けることは適わなかった。

ゴッと鉄が骨を打つ鈍い音が響く。不意打ち成功。
しかし残念ながら、柄はこめかみでなくオワタの頬骨を穿ったようだ。

体勢を崩したものの踏みとどまったオワタは、不安定な姿勢ながら、僕に向けジャンビーヤの切っ先を向けてくる。

242: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:57:49.85 ID:dpButA3gO
決闘フラグktkr

243: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 15:58:41.44 ID:ZC1hkslO0
 
\(^o^)/「オワタァ!」

( ゚ω゚)「遅いお!」

突いてきたオワタ。
しかし姿勢が定まっていないためか、はたまた頬のダメージが大きいためか、突きに勢いがない。

僕は回転の勢いをそのままに、スナップを利かせ左手でナイフを持ったオワタの手首を打つ。

オワタの突きのベクトルが逸れ、切っ先の延長線上から僕の体が外れる。
ジャンビーヤの刃は空を突く。

そのまま、オワタの体が前のめりに地面へ向けて倒れていく。
うつぶせに倒れた彼の利き腕に向け、僕はナイフを突き立てる。

( ゚ω゚)「すまんお!」

\(^o^)/「オワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアタ」

漆黒のナイフが深々と、地面ごとオワタの手の甲に突き刺さる。
引き抜けばその手から血が溢れ出してくる。

こんな状態の手ではジャンビーヤを握ることなど到底適うまい。
これでオワタは無力化出来た。

245: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:01:02.62 ID:ZC1hkslO0

( ゚ω゚)「つぎぃ!」

地面に転がったオワタのジャンビーヤを左手に取り、すぐさま立ち上がりあたりの様子を見る。
一瞬のめまいのあと、すぐさま視界は元に戻る。

真ん中には目的地である建物。右斜め前には長老とその側近が二人。
彼らはジャンビーヤを手に長老の前を塞ぎ始めたが、こちらに向かってくる素振りを見せてはいない。

即座に視線を左斜め前に移す。
ジョルジュのもう一人の側近がジャンビーヤを片手に、雄たけびをあげながらこちらに突進してきていた。

僕もそちらに向かい突進する。
距離が詰まったところで、オワタのジャンビーヤを投げつける。

相手は目を見開き、体をひねってそれを避ける。
懐に入るにはその一瞬で十分だった。

246: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:01:30.40 ID:OlA8BVfx0
支援

247: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:01:52.96 ID:zJlz5Wk20
支援

248: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:01:57.06 ID:G3lUB5A90
支援

249: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:02:30.54 ID:ZC1hkslO0

( ゚ω゚)「悪いが眠っていてくれお!」

腰を屈めて相手の懐に潜り込み、ショボンさんのナイフの柄で鳩尾を強く打つ。
続けざまに足を払い、相手を倒す。
地面に転がった相手の体にのしかかり、全体重をこめて彼の腹の上に肘鉄を落とす。

低いうめき声を上げ胃の中のものを吐きはじめた彼の手からジャンビーヤを奪い取り、
再び、跳ねるようにして立ち上がった僕。平原の奥の建物に向けて一気に駆けだす。

また、めまいが襲ってくる。顔を左右に、振り払うように強く動かす。
視界が再び元に戻る。

その端に、長老の側近たる老人が一人、こちらへ駆けだしてくるのが見えた。

( ゚ω゚)「来るんじゃないお!」

走りながら奪い取ったジャンビーヤを投げつける。
老人は体をひねってうまくそれを避けたが、走る勢いと老いが災いしたのか、足をからませて地面に転がり倒れた。

253: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:04:30.66 ID:ZC1hkslO0
 
これで道を塞ぐものはなくなった。
あとは最後の難関をどうにかするだけ。

足をさらに動かす。
懐かしいと言わんばかりに、両足は意のままに加速してくれた。

メッカ遺跡のコピーがぐんぐんと近づいてくる。
扉が眼前まで迫ってくる。

(; ゚ω゚)「鍵がかかってないのを願うお!」

加速し、右肩を前面に押し出し、扉の直前で地面を蹴り上げる。
もしこれで扉が開かなかったら一巻の終わりだ。

オワタも、もう一人の側近も不意打ちによりなんとか無力化出来た。
しかし老人二人はそうではない。

不意打ちも二度目は通じない。
たとえ相手が老人であろうと、純粋な戦いとなれば僕に勝ち目はない。

(; ゚ω゚)「ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

咆哮をあげる。三度襲ってきためまいとともに、僕の体は扉へと激突した。

255: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:05:45.48 ID:GB2lMaOh0
支援

256: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:06:16.66 ID:4+9MzEOrO
この緊張感はヤバ過ぎるYO!

257: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:06:27.65 ID:dwnzOv8wO
支援

262: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:07:41.81 ID:ZC1hkslO0

― 13 ―

覚悟した衝撃とは程遠い手ごたえのなさで、扉は開いた。どうやら鍵は掛けられていなかったらしい。
余った勢いをそのままにゴロゴロと床を転がり続けた僕は、体の節々に痛みを覚えながらもバッと立ち上がる。

見えたのは扉。扉の先に扉があるのか? 
いや、違う。あれは僕が飛び込んできた扉。つまり僕は今、進行方向の逆を向いているのだ。

そう気づいた直後、慌てて僕は振り返る。瞬間に流れていく風景は、メッカで見た大聖堂と全く同じだった。

僕が転がってきたのは聖堂の中心に設えられた通路。その左右を信者たちが座るべき腰かけたちが挟んでいる。

266: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:09:26.24 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「よう。待ってたぜ」

そして振り返った先には、教父たちがたたずむべき祭壇。その上に、ジョルジュが行儀悪く腰かけていた。

彼のすぐ傍、祭壇に最も近い腰掛けの上にはツンデレ。突然の乱入者である僕に驚いているのだろう。
顔を布で覆っているにもかかわらず彼女が眼を見開いているのが、遠目にもすぐにわかった。

立ち尽くしたまま呆然と僕の姿を眺めている彼女を一瞥したのち、こちらに視線を移したジョルジュは、笑っていた。
  _
( ゚∀゚)「ツンデレを奪いに来る『誰か』とやら。そいつはやっぱりあんただったか。
     ま、なんとなくそんな予感はしてたぜ。今朝、あんたの言葉を聞いた時からな」

そう言って、ひょいと壇上から飛び上がったジョルジュ。音もなく軽やかに。

床、聖堂内部を縦断する通路の上、つまり僕の正面へと降り立った彼は、ケラケラと笑いながら矢継ぎ早に声を連ねる。

268: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:11:22.22 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! だったらもっと早くあんたから話を聞くべきだったんだろーが、
    まあ、あれだ、余興みたいなもんさ。オワタたちを振り切る力もねーのに、
    花嫁を奪うなんて抜かす口だけヤローの話なんざ、聞く価値もねーからな」

( ^ω^)「……」
  _
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! そうムッとすんなって! 
    俺はあんたのこと、そんなヘタレだと思っちゃいねーからよ!
    あんたならここに来れるだろうと思ってたし、実際あんたはこうやってここに来たんだ。
    それでいいじゃねーか。なあ、おい?」

そこまで言って、突如雰囲気を変えたジョルジュ。
彼の背から発せられたのは身の毛もよだつほどの殺気。眼光にはジャンビーヤの鋭さ。

しかし今の僕は、その雰囲気に飲まれることも、縛りつけられ動けなくなることもなかった。

臨戦態勢は整えているし、気も張っている。久方ぶりの実戦も経験してきたし、血の匂いも思い出している。
ジョルジュから押し寄せてくる威圧感に多少の負荷は感じるものの、動くに支障は何もない。

269: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:12:56.98 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「……そんじゃ、聞くぜ? なんでツンデレを奪いに来た?」

ジョルジュの声が屋内に反響する。
発せられる彼の声一音一音に、腹の底を揺さぶるような重い響きが込められていた。

背中にじんわりと汗がにじんでくる。
下腹に力を込め、声の響き、それに乗ってくるジョルジュの迫力に耐え、僕は答える。

( ^ω^)「……奪いに来たわけじゃないお」
  _
( ゚∀゚)「ああん? そんじゃ、なにしに来たんだ?」

( ^ω^)「ツンデレに、道を与えに来たんだお」
  _
( ゚∀゚)「道?」

( ^ω^)「そうだお。お前にもだお、ジョルジュ」

270: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:13:53.65 ID:OlA8BVfx0
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271: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:14:14.34 ID:ZC1hkslO0

訝しげな色をたたえたまま、瞳に僕の顔を捉えて離さないジョルジュ。

ちらりとツンデレへ視線を外せば、相変わらず彼女は何が起こっているのかわかっていないようで、
ただ切れ長の眼を見開いたまま。
  _
( ゚∀゚)「……解せねーな。大体何なんだ? その……道ってのはよ?」

( ^ω^)「選択肢のことだお」
  _
( ゚∀゚)「選択肢ぃ? ……まあいい。詳しく聞こーか」

ジョルジュの、彼だけでなくツンデレの、合わせて四つの視線が僕に注がれる。
それに気押されたわけでないが、僕はあえて彼らのまなざしから目を外し、天井を見上げた。


274: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:16:25.74 ID:G3lUB5A90
緊張するなぁ

275: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:17:31.77 ID:ZC1hkslO0

メッカ大聖堂ほどではないだろうが、建てられて相当の年月が経っているらしいこの建物。
目についた天井のほころびからは、メッカ大聖堂と同じように空の色が見えた。

ちょうどそのほころびは、今の時間帯の太陽の位置にある。
しかし、日の光は差し込まない。雲にでも隠れているのだろうか。

( ^ω^)「伝統って言うのは恐ろしいもんだおね。それにどっぷり浸って育った人間は、
     それが正しいのだとか間違っているのだという認識すらなく、
     疑うことなくその伝統に従ってしまうもんだお。別にそれを否定するつもりはないお。
     多くの人間に疑いの余地すら与えない伝統っていうのは、
     それだけで十分に正しい存在なんだと思うお」


280: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:18:53.19 ID:ZC1hkslO0
 
天井の向こうに空を捉えたまま、呟く。いや、そうじゃない。口が勝手に呟いていく。
それは本当に小さな呟きで、けれども建物内に反響して、確かに祭壇の二人にも届いているはずだ。

( ^ω^)「伝統に何の疑いも覚えない人間は幸せだお。そんな彼らに別の道を与えるなんてのは愚行だお。
      でも稀に、その伝統に疑いを持つもの者が現れるお。
      『伝統は本当に正しいのだろうか?』『伝統に従えば本当に幸せになれるのだろうか?』
      そんな疑いを持ってしまった人間には、どうしても別の道が必要になるんだお。
      どちらかを選ぶことが必要になるんだお」

勝手に呟いてくれる口。いや、やっぱり僕が動かしているだけなのだろうか。わからない。
それとは裏腹に、天井へ釘付けになった瞳だけは、僕自身がそうやっているのだとハッキリわかる。

体の芯がほのかに熱を帯びていく。それはとても心地よい、冬朝の毛布にも似た暖かさ。

その暖かさの中で、体の芯がぼんやりと曖昧なものに変化していく。意識がどこかへ溶け出していく。
どこへ? 夢の中にか? ならば僕は直ちに目覚めなければならない。眠って良い場合ではないのだ。

けれど、日はまだ差し込まない。

281: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:19:23.70 ID:Xe8wfWgF0
支援

282: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:20:25.84 ID:ZC1hkslO0

( ^ω^)「そんな人間は、伝統とは別の選択肢との間で、どちらを選び取るか悩まなければならないお。
      そうしなければ、いつか必ず出会う後悔に囚われたまま、よほどのことがない限り前へ進めなくなるお。
      内藤ホライゾンと同じように。死ぬことしか見えなかった、昔の僕と同じように」

視線を天井から正面へ移す。いや、視線が天井から正面へ移った。
ぼんやりとする視界に映ったのは、依然として僕の姿を捉えてやまない四つの瞳。

一方で当の僕はというと、相変わらず夢うつつのまま、意識が溶け出していくのを止められないでいた。

まるで液体のように流れていく意識。その先端に、ふいに別の何かが触れる。

284: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:21:22.01 ID:ZC1hkslO0

( ^ω^)「同じ状況に立たされた人間が今、僕の目の前にいるお」

別の何か、きっと体の奥底に眠るもう一つの意識だろう、
それが僕の意識の先端に触れ、反発する。溶け合うことを拒むように。

触れたその意識に向けて、心の中で僕は呟く。
怖くなんかない。さあ、こっちに来て、あり得たかも知れない別の未来を君も一緒に見るんだ、と。

まるで水と油のように混じり合わないまま、境界をはっきりとさせたまま、しかし互いは複雑に絡まりあっていく。
対照的に境界が曖昧となってしまった現実では、ジョルジュらしき姿とツンデレらしき姿が二つ、こちらを見つめたまま。

( ^ω^)「ツンデレ、君のことだお。多分……お前もだお、ジョルジュ」

そう僕が呟いた瞬間だった。天井のほころびから、幾筋もの光が差し込んだ。

286: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:22:56.84 ID:ZC1hkslO0
 
雲に隠れていた太陽が姿を現したのだろう。
それはこれまで見たどんな光景よりまばゆく輝いていた。

無数の光の線はまるで雨のように天井から降り注ぎ、僕を、ジョルジュを、ツンデレを照らしていく。
曖昧だった視界はその光景を前にハッキリとしたものに変わる。

時を同じくして、体の中で絡まりあっていた意識が溶け合い、同質化し、急速に冷えて固まる。
自然と口をついた、僕の一つの呟きとともに。

( ^ω^)「……千年後の世界も、悪くないお」

ピントの合った世界。ピントの合った意識。欠けていた何かがすべて埋まった気がした。
体は牢獄から解き放たれたかのように軽く、奥底からは確固たる自信が湧き上がってくる。

威圧感しか感じられなかった目の前のジョルジュが、今はただの若者にしか感じられない。
さらには、すべてがうまくいくのだとさえ思えてくる。

この自信の正体はいったいなんだ?

申し訳程度にそう考えてはみたものの、正直なところ、僕は自分の変化に戸惑いさえも覚えていない。
むしろ、これまでの僕が異質だったのだと思えていた。僕は今、本来あるべき状態に戻っただけなのだ、と。

そうだ。僕は天才。そうだ。僕の名前は――

292: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:24:58.14 ID:4+9MzEOrO
ふおお……

293: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:25:14.32 ID:OLJ6GPRLO
支援

295: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:26:05.90 ID:ZC1hkslO0

\(^o^)/「ジョルジュさN!」

バンと、背後の扉が開く。同時に、オワタの叫び声が屋内に響いた。
首だけを回して見れば、右手に包帯を巻いたオワタを筆頭に、誓いの儀まで同行した面々がワッと屋内になだれ込んできていた。

前方にはジョルジュ。後方にはオワタら。これで完全に逃げ道はなくなった。
しかし、それでも僕は欠片も動揺を覚えない。次に発せられるであろうジョルジュの言葉を容易に予想できたからだ。
  _
( ゚∀゚)「でぇじょうぶだ。お前らは手を出さないでくれ。これは俺とブーンの問題だ」

予想通りの言葉を低く発し、ジョルジュは僕の背後をキッと睨みつける。
それだけで、オワタらの気配は縛りつけられたかのように動かなくなった。続けて、ジョルジュの視線が僕へと向けられる。
「役者はそろった」と言いたげに、一瞬だけ三日月形に歪められたそれは、すぐさまジャンビーヤの刀身の鋭さを帯びる。

その視線を受けた僕は、けれども、先ほどのように動けなくなるということはまったくといってなかった。

297: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:27:30.72 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「俺に選択肢がない? 俺が伝統を疑っている? 馬鹿言うなよ。
     俺は選択肢が必要なほど迷っちゃいねーし、何にも疑っちゃいねーよ。
     俺はこの伝統が正しいものだと確信している」

差し込む光の中、祭壇を背にしたジョルジュが声を張り上げる。その顔に笑みはない。
  _
( ゚∀゚)「しかしまあ、あんたの言いたいことはわかった。だが、どーしてもわからねぇことがある。
     ツンデレはあんたにとっちゃ単なる他人だろうが。
     それなのに、どーしてあんたは、こんな危険を冒してまで助けたがる?」

( ^ω^)「そうすることで、これまで与えられてきた道を僕自身のものに出来るから。
      そして、昔の僕と同じ状況にあるお前たちを救って、あり得たかも知れない未来を代わりに見てほしいから。
      ……って言うのは、単なる口実だおね。もちろんそれも理由の一つではあるんだけど」

笑わないジョルジュの問いかけに対し、僕は笑って言葉を返す。

( ^ω^)「一番の理由は、ツンデレがツンに……僕の昔の想い人に似てるから。
      そしてジョルジュ、お前が息子のように思えてならないから。それだけだお」

300: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:28:21.24 ID:+CFoZAaz0
支援

301: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:28:59.34 ID:ZC1hkslO0

まっすぐにツンデレを、続けてジョルジュの顔を眺めた。
もはや顔を覆いつくした布だけでは隠しきれないほどに驚いてしまっているツンデレ。

対照的にジョルジュはというと、一瞬だけ片眉をピクリと動かしたものの、それ以外表情に変化は見られない。
  _
( ゚∀゚)「へぇ。あんたにも色々とロマンスがあったんだねぇ。意外だったぜ。
    それにしても、昔の想い人に似た女が歩けなくなるから、ねぇ……。ちょいと女々しすぎやしねーか?」

( ^ω^)「おっおっお。何とでも言えお」

それはジョルジュに対し放った言葉ではない。
かつて僕が分離した二つの意識だった頃の、その片割れだったブーンという意識に対し放った言葉だ。

もっとも、ブーンを含めて今の僕が成り、今の僕は基本的な意識体系をブーンから受け継いでいるようなものだから、
それは僕自身に対し放った言葉も同然なのだが。

( ^ω^)「感情が人の大きな原動力となることもあるんだお。当たり前だからこそ中々気づくことはできないけど。
      これから為政者になるなら、ジョルジュ、お前もよく覚えておくといいお」

305: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:30:08.01 ID:ZC1hkslO0

千数年前に思ったことを、自分に言い聞かせるようにジョルジュへと語った。

道を与え返すことでそれを真に自分のものにしたいからだとか、
救われなかった昔の自分を救いたいだとか、そう言った理由ももちろんある。

けれど、着飾ることなく本音を語るなら、
「ツンデレがツンに似ている」「ジョルジュが息子のように思えてならない」
僕がこうやっている一番の理由は、きっとそういうことなのだろう。

女々しい感情だって、人の大きな原動力となることもある。

そうだ。これは他ならぬツンが僕に教えてくれたこと。間違っているはずがない。

308: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:31:48.41 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! ご忠告、胸にとどめておきますわ!」

そして、語る僕がよほどおかしかったのだろう。
ジョルジュは身をかがめて笑いをあげ、おどけながら返事をする。
その後顔を上げ、目元をぬぐうと、先ほどまでと比べ幾分か柔らかい眼差しで、言った。
  _
( ゚∀゚)「しかし、あんたのロマンスを成就させるわけにはいかねぇ。ツンデレの足は俺が切る」

( ^ω^)「……どうしてもかお?」
  _
( ゚∀゚)「ああ……どうしてもだ!」

キッと、ジョルジュのまなざしに光が走ったような気がした。
数瞬の間も置かず、彼の腰からジャンビーヤが引き抜かれる。

同時に、背後からも殺気を感じる。ちらりと盗み見れば、オワタたち全員がジャンビーヤを抜いていた。

309: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:33:42.56 ID:ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「おめーらは手を出すな! こいつは俺の獲物だ!」

大きく口を開いたジョルジュ。背後から殺気が消える。響く声は続く。
  _
( ゚∀゚)「ブーン、最後に言い残すことはあるか?」

( ^ω^)「おっおっお。もちろんあるお。
      実を言うと、本題を切り出すのをすっかり忘れてたんだお。
      せっかくだから、この場を借りて言わせてもらうお」

ジャンビーヤを構えるジョルジュ。
丸腰のままの僕は、祭壇を背にした彼の隣、腰掛けの傍で立ち尽くすだけのツンデレへと語りかける。

( ^ω^)「ツンデレ。僕が君に道をあげるお。君が歩きたいと望むなら、僕がこの場から連れ出してあげるお。
      このまま足を切られるか、それともサナアを出て歩き始めるか。君の好きな方を選ぶといいお。
      もちろん、すぐに決められないことはわかってるお。だから多くはないけど、そのための時間を今から稼ぐお」

313: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:35:38.25 ID:ZC1hkslO0

(; ゚ ゚)「バ、バカじゃないの!?」

そう言ってナイフを引き抜こうとした直後、ツンデレの悲鳴にも似た大声が屋内に響き渡った。

視線は思わず彼女の方へと移ってしまう。
視界の端に映った、ジャンビーヤを構えているジョルジュもまた、
姿勢はそのままで、けれど眼だけは彼女の方を向いている。おそらく、僕の背後のオワタたちも。

屋内の全員が注視しているだろう中で、差し込む日の光を浴びたツンデレは、肩を震わせながら僕に向け叫ぶ。

(; ゚ ゚)「な、なにが昔の想い人に似てるからよ! あたしはその人なんかじゃないわ! 人違いもいいところよ!
     だ、大体、誰が助けてって頼んだのよ! あたしがあんたに助けてもらう筋合いなんかどこにもないのよ! 
     それに、あ、あたしはもう覚悟を決めてるの! バカにするんじゃないわよ!」

( ^ω^)「自惚れるんじゃないお。僕はお前を救うためだけに動いてるんじゃないお。
      僕は僕自身のためにも動いているんだお。そこんとこ、勘違いするんじゃないお」

低い声で、即座に言葉を返した。
少しばかり狼狽したそぶりを見せたツンデレは、しばらく肩を震わせたままうつむいて、それでも気丈に続ける。

314: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:36:08.15 ID:dwnzOv8wO
支援

315: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:36:15.51 ID:pfeDn4k50
支援

319: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:37:39.00 ID:ZC1hkslO0
 
(; ゚ ゚)「カ、カッコつけてるんじゃないわよ! 
    第一、あんたなんかがジョルジュに勝てるわけないでしょ!」

ふり絞るように声をあげた彼女。布に覆われた顔が再びこちらへと向く。
日差しの下、ハッキリと見えた。彼女は泣いている。

(  ; ;)「な、なにが道をあげるよ! あんたなんかに道が作れるわけ無い! 
     あたしが歩ける道なんて、もうどこにも有りはしないのよ!!」

声は嗚咽に近かった。ああ、千年前と全く逆だなと思う。
深い地下施設への門の前。あの時は僕が嗚咽に近い声を出していて、ツンが優しく声をかけてくれたっけ。

それならば、千年の時を経て立場が逆転した今、僕は彼女にどんな言葉をかける?

――決まってる。全く同じ言葉だ。

( ^ω^)「そのくらい僕が作るお。僕を誰だと思ってるんだお?
      世界に名をとどろかせた天才、内藤ホライゾン博士だお」


323: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:39:42.91 ID:Xe8wfWgF0
燃える
支援

325: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:40:25.03 ID:ZC1hkslO0
 
ナイフを引き抜く。黒い刀身を前面に構える。
黒の先ではツンデレが「わけがわからない」と言いたげに涙目を瞬かせていて、
その隣ではジョルジュが訝しげなまなざしを僕に向けている。

天井から降り注ぐのは、帯状に連なる光のカーテン。
認めたくないほどに美しい千年後の世界へ、僕は叫ぶ。

( ゚ω゚)「ツンデレ! 好きな方を選べお! どちらでもいいんだお! 本当にお前の進みたい道を選ぶんだお!
     何度も言うお! お前の考える『歩く』ということは幻想だお! 歩くことに楽しいことなんかほとんど無いんだお! 
     この町に留まった方が絶対に幸せになれるお! ジョルジュなら必ずお前を幸せにしてくれるお!」

かつてないほどに声高に叫んでも、もう視界はくらまない。
当たり前だ。今の僕には、欠けているものなど何も無いのだから。

ゆがみなどまったくない視界の中、自分の名前が叫ばれたのに呼応して、ジョルジュの腰が深く下がる。
まなざしにはあの時、メッカ大聖堂で相対した際の、相手を絶望に追いやるほどの鋭い刃が宿っている。

( ゚ω゚)「でも! ジョルジュを捨ててでも、家族を捨ててでも、生まれ故郷のサナアを捨てでも!
     それでもお前が歩きたいと言うなら、僕がお前の道を切り開いてやるお! さあ来い! ジョルジュ!」

328: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2008/03/19(水) 16:42:33.10 ID:ZC1hkslO0
  _
(# ゚∀゚)「抜かせっ!」

腰を落としていたジョルジュ。
収縮されていたその太ももから一気に力を解放し、床を蹴りあげ駆け出してきた。
腰をかがめ、前傾姿勢のまま、弾丸のような勢い