ドールハウス。
一般的に1/12スケールで作られたミニチュアの家のことを指し、部屋の内装や調度品も制作します。
可愛らしい趣味とあって、ドールハウス作家の8割は女性。ほとんどの作家さんが可愛くてキレイなミニチュアを作るなか、ひときわ異色のドールハウスを作りつづける作家さんがいるのをご存じでしょうか。
「廃墟のドールハウス」を得意とする遠藤大樹さんです。
禍々しい空気を放つこの作品は、香港にあった巨大スラム・九龍城(クーロン城)をモデルにしたドールハウス。
ゴミが散らかった道路、乱雑にエロチラシが貼られた薄汚れた壁、からまった電線があまりにもリアルです。
「貼った壁にサビを作ったり、ツタを這わせたりしてるときが最高に楽しい。汚しが楽しいです」と語る遠藤さん。
はじめて見たドールハウスのトイレが、あまりにピカピカで一度も使われてないようだったそうです。一般的なドールハウスは汚しをあまりせず、1枚の絵のように美しく仕上げるのが特徴。
そこで遠藤さんは「人間らしさがないと面白くないな、ひたすら人間らしいものを作ってやろう」と胸に誓い、これだけの生活感と使用感が溢れるドールハウスを作るようになりました。
もともとは歯科医師を目指して学校に通っていた遠藤さん。
体を壊して中退したのですが、せっかく買った石膏を削る道具や細かい作業をする技術を、そのまま使えるのは何かなとかんがえたときに辿りついたのがドールハウスだったそうです。
ドールハウス制作を始めたのは2009年頃。模型作家・芳賀一洋さんの教室に通って、はんだごての使い方や薬品で金属を黒く染める技術などを習いました。
これまで制作したドールハウスは小さいものをふくめて20個ほど。普段は茨城の工房で制作に励んでいます。
見立ての技術! みそ漬けの包装紙が革バッグに変身する?
このミニチュアの革バッグ、質感が渋くてかっこいいですよね。
みなさんにちょっと考えてほしいのですが、どうやってこの質感を出してるとおもいますか?
実は・・・
「おとうふの味噌漬けのパッケージ」をそのまま使っているんです。
あの渋い革バックが、味噌漬けのパッケージの使い回しだなんて信じられません。
遠藤さんは「それほど難しく考えず、100円均一で売ってる物やお菓子の包装紙など身の回りにあるものでドールジオラマは作れます。アイデア次第ですね」と当たり前のように話します。
おもむろにゴソゴソと箱から取りだしたのは家具の足の部分。
「こうやってひっくり返して置くと、樽にも見えるし、椅子にも見えますよね」
「これは工場で拾った鉄の残骸。必要な部品をパンチで抜いたあとのゴミですね。でも、こうやって横にすれば錆びたベランダの柵になります」
「下の白いやつはノートパソコンの裏ブタ。でも、こうやって地面に置けばドブの側溝のフタにも見えますよね?」
見立ての力で、ゴミが家具にもインフラにもなるのです。すごい。
使えそうな物はなんでも集めて寝かせておくので、5~6年使ってなかったパーツが急に必要になると「どこにやったかな?」と家中を探しまわることもあるのだとか。
この床屋のサインポール。銃の薬きょうとパチンコ玉で作っているそうです。
意外な物同士を組み合わせて、リアルな質感を追求する姿勢が狂気的…!
「本物に近づけたリアリティではないけど、組み合わせの工夫で自分だけのオリジナリ
ティが出ます」と遠藤さん。
こういうミニチュアはてっきりゼロから手作りしてるものばかりだとおもっていたので、これなら初心者でも楽しんで妄想を膨らませそうです。
プラモデルの捨てる部分(ランナー)も、材料パーツとして使えるのでたくさん保管しています。
たとえば、左の蛍光灯はランナーで制作。こういう作り方は珍しく、木やプラスチックでゼロから作るのが普通だとか。遠藤さんの技術が光ります。
さらにこちらは・・・
京極夏彦の小説『書楼弔堂』の表紙になったドールハウスです。
日本家屋は見慣れている分、極端なアレンジをすると違和感を覚えます。そのため海外をモデルにしたドールハウスよりも、寸法も正確に測り、釘を打つ位置から調べる徹底ぶり。
このドールハウスで一番手間がかかっているのは、意外なことに入口の「すだれ」。枝で作るにはあまりに細すぎるので、ワイヤーや紙、木などを使って試行錯誤しましたがどうもピンとこなかったとか。
最終的には蓮系の植物のスジを抜きだし、乾燥させて束ねたそうです。
気の遠くなるような作業というか、そもそも植物のスジを抜き出すってどうやるんでしょうか。
キレイに作っても汚したくなる
冒頭でもお見せした巨大スラム・九龍城のドールハウスは、完成まで3か月もかかっています。
「朝ご飯を食べて夜寝るまで、ずっと作業をし続ける。締め切り直前ともなると16時間ぶっ続けで作業することも珍しくないですね」
趣味でやってる人の中には、週末に一つずつミニチュアパーツを作って、1ハウス完成させるのに10年かかるなんてケースもザラ。3か月でも早いほうなんですね。
クーロン城のエレベーター内は、「アスベスト(石綿)」が施されています。芸が細かい。
ちなみにどうやって質感を再現しているのか尋ねたところ・・・
「このアスベストはタオルをちぎって貼りつけたものです。外壁のペンキは一回塗って直射日光に当てて、ポロっと剥がれたものをもう一度貼りつける。これでペンキ剥がれを演出できます」
説明されてようやく工程をイメージできる職人芸…! キレイに作るよりもむしろ一手間かかるわけですね。
小さな自分になって、廃墟ドールハウスの中に入る妄想が楽しいと話す遠藤さん。
「ミニチュアの人形を入れてしまうとドールハウスがその人のものになってしまう気がするので、建物や小物だけで人の気配を感じさせるのが一つの到達点ですね」
ただし、物語が出て良い案配になるので、かならず動物は1匹入れているそうです。
これは映画「イージーライダー」に出てきそうなガソリンスタンド。
映画本編に出てくるわけじゃないけど、その世界観を想像して作ったドールハウスです。
「人間は作らないんですけど、そこに住んでる人の設定はきちんとします。廃墟探索と同じで、どんな人が住んでたのか考えるのがおもしろいんですよ」
バイクの横にある台に注目してください。いくつか空きビンが乗っていますが、栓抜きはなく、スパナが転がっています。
自由を求めてハーレーで旅するイージーライダーの主人公。ワイルドな性格なので豪快にスパナで開けちゃうんじゃないかとの設定です。
普通は水洗いしない革靴も、ワイルドに蛇口で洗って干してますね。
「こっから先は時間にしばられないぜ」とバイクの脇には時計が捨てられています。
これはアメリカ・ダウンタウンの治安が悪いエリアのコインランドリーをイメージしたドールハウス。制作期間は約半年。貧しい白人、ヒスパニックや黒人が独自ルールに従ってみんなで使っていて、待合い室のベンチもコーラで薄汚れています。
店先に置かれたバイクもボロボロ!
バイクの写真をたくさん集めて、乗ってるうちにどこが焼けつくかを研究し、新品のプラモを汚していったそうです。
断面が嫌いな男の子っていますか?
廃車になった車が放置されてる廃ガレージ。
このハウスはクーロン城の10倍ほど手間がかかっていて、完成まで半年間かかった超大作。360°どこからでも鑑賞できるようにしているので裏側で補強することもできず、耐久度を高めるのが難しかったそうです。
この廃ガレージもそうなのですが、遠藤さんのドールハウスは断面へのこだわりが異常です。普通は黒一色にして済ませる断面部分を精密に作っています。
この写真はシャッターの断面。どうしてもリアルに作りたかったので、壊れたシャッターを見るために、廃墟を巡りまわって群馬で見つけたんだとか。
子どものころから断面が大好きで、断面図鑑シリーズは買いまくっていたとのこと。
「断面って嫌いな男の子いませんよね?空港の断面図、トキメキませんか?」と熱弁されていましたが、そんなシリーズがあること自体知りませんでした。
断面の美学がすごい!
とにかく断面を作りたくて、タイヤも洗濯機もわざわざ断面にしています。ドラム缶の中にはガソリンが入ってますし、横のコンクリブロックの隙間にはわざわざ空き缶が詰まっています。異常な世界…。
業界の異端児に修復の仕事がまわってきた
遠藤さんはドールハウスの修復仕事もしています。
箱根のドールハウス美術館から、18世紀のアンティークドールハウスの修復依頼がある日届いたそうです。
これはカリフォルニアのトレーラーハウス。
貧しく生活してるヒッピーが住んでるという設定。浜辺に止まっているので潮風であちこち錆びています。
テレビでこちらのトレーラーハウスが取りあげられた2年前から、ちょくちょく修復依頼が回ってきたそうです。
「元々業界でも異端児扱いだったんです。ドールハウスの王道かくあるべしってのが当然あって。いろいろ言われてたんですよね。でも、ドールハウス協会の会長さんが頭の柔らかい方で、テレビの取材依頼で私を推薦してくれました。ドールハウス作家のほとんどが女性。私のような男性がほとんどいないため、競合のない世界でやれているんでしょうね」
美術館やテレビ局からのドールハウスの制作依頼、レンタル依頼も多いそうですが、ミニチュア単体での制作依頼はあまり多くありません。
遠藤さんが作る物は異端過ぎて、お客さんが持ってるハウスとマッチングしないんだとか。
「ピカピカのお皿を飾りたい人は、私が作ってる廃墟感ある汚れた食器棚は買いません。一時期、迷走して売れそうなキレイなものを作ってたころもありますけど、やっぱりもっと汚したい、個性的にしたいっておもっちゃうんですよね」と笑っていました。
5分で酒瓶が作れちゃう
ワークショップを開いて、初心者向けにミニチュア作りを教えることもある遠藤さん。今回は5分もあればサクッとできちゃう酒瓶の作り方を教えてもらいました。
主な材料はプラモデルの捨てる部分ランナーと、油性ボールペンの替え芯ケースです。
音波で振動する超音波カッターを使うと、プリンのようにサクッと切れます。
替え芯のなかに樹脂を流しこんで、ランナーを刺しこみます。
ランナーの先端にガラスビーズをくっつけ、飲み口を表現します。
これでもう大枠は出来たようなものです。
紫外線照射装置に入れると樹脂が固まり、パーツがくっつきます。
ビンの形は完成です。
旅行鞄に貼るラゲージラベルを小さくプリントしてシール化したものです。
好きなラベルを選びます。
先ほどの替え芯+ランナーに貼りつければ、酒瓶の完成です。
手先が不器用な私でも5分ほどで出来ました。
2017年8月、横浜ランドマークタワーで作品展があるよ
遠藤さんに「これからも汚しの効いたドールハウスを作りますか?」と質問したら、こんな答えが返ってきました。
「突き詰めればドールハウス作りの技術は似てしまうので、観たことない材料を使っていたり、他の人が作らない物を作ってるのが差別化になります。
アメリカにはミニチュア椅子だけを作って40年という元家具職人もいます。なんでも作る私みたいなのは技術力で勝てるわけがない。総合力でおもしろいドールハウスを作っていきたいですね」
遠藤さんの作品を生で見てみたいという方に朗報!
『遠藤大樹 作品展』
日程:2017年8月5日(土)、6日(日)10:00~18:00
場所:横浜ランドマークタワー33階パナホームビューノプラザ
料金:入場無料
記事では1つ1つ紹介しきれないほど細かいところまで作り込んでいるドールハウスの数々…。実物の情報量は異常です。貴重な機会なのでぜひ遊びに行ってください。
書いた人:観光会社「別視点」
取材・文:松澤茂信 観光会社「別視点」の代表。「東京別視点ガイド」書いてます。(Twitter)
撮影:齋藤洋平 観光会社「別視点」副代表。観光カメラマン。(Instagram)