スポンサードリンク
10. アステカの毒笛
まるで”死体1,000体の悲鳴”のように響くという。
20年前発掘されたドクロを模ったそれは、風の神の神殿に捧げられた者の手に握られていた。人間の苦悶の声のように鳴る笛は儀式と戦争で使われた。
死んだ者を死者の国に導くものであると言われる。しかし一方で、主な利用法は戦争での心理的効果を狙ったものという見解もある。開戦時にこの不吉な音を鳴らし、敵の士気を挫くのである。聴いた者をトランス状態にするという説もある。
9. 兵法三十六計
『兵法三十六計』とは中国の兵法書である。その大半は敵を欺き、心理の裏を書く技法である。勝戦計、攻戦計、混戦計といった兵法が三十六通りに分けてまとめられている。
1941年に邠州で再発見され、大量に出版された。著者や成立時期は不明であるが、紀元前403〜221年の戦国時代にその期限があると言われる。紀元前35年の出来事に言及したものもある。
ほとんどの専門家は1人の著者によるものではなく、時間をかけて編集されたと考えている。荒削りな部分が見られ、戦術とは呼べないようなものも含まれている。
なお、「三十六計逃げるに如かず(世間をうまくわたり、成功するためには、戦いに勝つことにこだわるよりも、争わないように勉めることが大切だという意味)」という故事が有名だが、この故事自体は兵法三十六計とは関係ない。
8. 聖なる盾
紀元前525年、エジプトがペルシアに大敗したペルシウムの会戦は心理戦の一里塚である。カンビュセス2世が率いるアケメネス朝ペルシアは猫を盾として使った。
一説によると、兵士は猫を防具に縛り付けていたという。エジプトは猫の姿をした女神バステトを信仰していたため、神聖なシンボルである猫を傷つけることができなかったのだ。
ポリュアイノスは『戦術書』で、ペルシアは犬、トキ、羊も使ったと記している。いずれもエジプト人にとっては神聖な動物だ。
ヘロドトスによれば、カンビュセス2世がエジプトに侵攻したのはファラオに騙されたからだという。カンビュセス2世はアマシスの娘を妃に所望していたが、アマシスは身代わりに前ファラオの娘を差し出した。このことが露見し、エジプト攻めが決定されたそうだ。
7. ティムールの恐怖戦術
ティムールは半身不随の身でありながら中央アジア、イスラム圏の大半、インドの一部を制圧し、ティムール朝を建国した軍事の天才といわれる人物。
歴史家によると、彼の軍は当時の世界人口の5パーセントにあたる1,700万人を虐殺したという。ティムールは敵の頭蓋骨で塚を築き上げ、敵対するものに恐怖心を与えるという手法を用いた。バグダードでは9万人が首をはねられ、その頭蓋骨で120の首塚が築かれたという。
またインドでも同様の虐殺を行なっており、デリーは復興するまでにほぼ1世紀近くかかった。オスマン帝国を打倒すると、スルタンを閉じ込め見せしめにもした。
6. 串刺し公
ワラキア公ヴラド3世は史上最も心理戦に長けた人物の1人であったと言われている。若い頃、人質としてオスマン帝国に捕らえられていたルーマニアの王子は、この間敵に対して憎しみを募らせた。一説によると、彼に串刺しを教えたのはオスマン帝国であったという。
1462年、メフメト2世がヴラドの領土を侵攻。しかし首都に侵入したスルタンを出迎えたのは、林立する串刺しにされた捕虜の遺体であった。
ブラド・ツェペシュ(串刺し公ヴラドの意)の記録のほとんどは敵によって書かれたものだ。事実とはかけ離れているのだろうが、ヴラドが彼らに植え付けた恐怖を窺うことはできる。残酷に思えるが、乏しい戦力で戦うために編み出された戦術であった。
5. マケドニア、ピリッポス2世の壊滅戦術
マケドニアのピリッポス2世はその息子アレキサンドロス大王の地ならしをした人物だ。ピリッポス2世が紀元前359年に即位したとき、マケドニアは辺境の小国にすぎなかった。しかし1年足らずで内部の敵対勢力を打ち倒し、マケドニアを超大国に向かわせる足がかりを作った。
ハルキス同盟(Chalcidian League)との戦いでは、スタゲイロスの町を破壊。記録によると、そこにかつて人が住んでいたとは思えない惨状だったという。これを受けて、残るハルキス諸都市は抵抗することなく降伏した。
紀元前338年、カイロネイアの戦いではアテナイ・テーバイ軍を退屈させて疲弊させるという戦略をとった。その後、攻撃すると見せかけて、徐々に後退し、敵の戦線の前進を誘ってから壊滅させた。
4. チンギス・カンの才
恐怖支配はチンギス・カン最大の武器であった。彼は逆らう者の町を破壊し、兵士も住民も虐殺した。メルブの戦いでは、住民400人の首をはねてから町に火を放った。最終的な死者数はその10倍に達している。
また夜間、馬の背にダミーを乗せたうえで、篝火をたくなど、兵力を実際よりも多く見せる工夫を行なった。
サマルカンドやヨーロッパ侵略時には、実際の兵力をごまかすために1,300キロ以上戦線を前進させている。撤退を装って敵をおびき出し、待ち伏せさせた弓兵で攻撃することもあった。
チンギス・カンは敵がモンゴルを知る以上に敵のことを熟知していた。そして敵の無知を利用して、分断や恐怖を作り出した。ラクダにケトルドラムを乗せて、モンゴル軍の突撃で大音響が鳴るよう演出したりもした。
3. 自殺兵
中国春秋時代後期の越の王、勾践は呉との戦いで知られている。この戦いで勾践は敵に心理的効果を与えるために、自軍の兵士に自らの首をはねさせている。
『史記』によると、前線に立っていたその兵士は死刑囚だったという。しかし「死刑を宣告された犯罪者」は「喜んで死ぬ兵士」と解するべきだという説もある。また首をはねたという文も「首を切って自害した」と読むべきなのかもしれない。
中国ではその手法が一般的だったからだ。首を切り落としたという逸話は単なる言い伝えにすぎないという見解もある。
2. 古代の戦車
紀元前1274年に起きたカデシュの戦いでは、ヒッタイト軍が馬がひく戦車でラムセス2世の軍を恐慌に叩き落としたうえで壊滅させた。
一方、エジプト側の軽い戦車には弓矢や槍で武装した兵士が載っていた。ヒッタイトの戦車よりも小回りがきき、敵が自陣に戻る前に分断させることができた。
多くの専門家はヒクソス(古代エジプトに登場した人々)は第2中間期にエジプトで戦車を導入したと考えている。紀元前15世紀、トトメス3世は1,000両以上の戦車を所有していた。
戦車は主に歩兵に対して使用され、経験の乏しい兵士に絶大なる心理効果を与えた。紀元前1,000年までには戦車に代わり騎兵が登場している。
1. ハンニバルの戦象
カルタゴの将軍ハンニバルは、第2ポエニ戦争(紀元前218〜210年)でローマ人の心理を手玉にとった。紀元前218年のトレビアの戦いでハンニバルはローマ軍を誘い出し、冷たいトレビア川を渡らせて士気を低下したところを、待ち伏せして叩き潰した。
翌年のトラシメヌス湖畔の戦いではフラミニウスの向こう見ずな性格を利用して彼を討ち取った。
だがハンニバルの代名詞といえるのが戦象を伴い敢行したアルプス越えだ。面白いことに、この大胆な試みはローマに衝撃を与えたものの、寒さに弱い戦象はわずか3頭にまで減ってしまっていた。生き残った象も疲弊し戦力にはならなかった。
via:10 Ancient Psychological Warfare Tactics - Listverse/ wikipediaなど / translated by hiroching / edited by parumo
あわせて読みたい
最強の戦士は?実際に行われたと語り継がれている10の異種格闘戦の勝敗結果
ヴァイキングの超絶無敵の剣、「ウルフバート」の謎に迫る。伝説の鍛冶職人はドイツの修道士の可能性。
心理学を悪用した非人道的な10の事例
ベトナム戦争で米軍を最も苦しめた、クチの秘密地下トンネル
目にもとまらぬ速さ。明治時代の剣道の打ち合いの様子
この記事が気に入ったら
いいね!しよう
いいね!しよう
カラパイアの最新記事をお届けします
「知る」カテゴリの最新記事
「歴史・文化」カテゴリの最新記事
この記事をシェア :
人気記事
最新週間ランキング
1位 5066 points | 一生のうちほんのわずかしか眠らない、マッコウクジラの貴重な睡眠シーンがついに激写される | |
2位 4867 points | 今そこにある残酷な現実をとことん突きつけていく、アメリカの子ども向け絵本『うちのご近所にようこそ』 | |
3位 2743 points | SNS上で超話題となっている知能検査と称したこの計算問題、君は解くことができるかな? | |
4位 2670 points | あまりにも辛すぎる鳥生を送っていた鳥に、やっと幸運が訪れた。大親友を得てこれからという時に、ああなのに・・・ | |
5位 1812 points | 赤ちゃんができたなら犬を飼っちゃダメ。姉の忠告を無視して犬を飼った妹。その決断は正しかった。犬と少女の10年物語 |
スポンサードリンク
コメント
1. 匿名処理班
最後カンネーの戦いも書いてほしかったな
ハンニバルの代名詞と言えば此方を連想したよ
2. 匿名処理班
ハンニバルは戦史だと「カンナエの戦い」「包囲殲滅」で必ず名前が出てくるほどのひとなのに、なぜか普通の歴史だとアルプス越えと像なんだよな。
3. 匿名処理班
んー。一通り観たけど 現代社会じゃ通用しない戦術だね。聖なる盾なんて卑怯すぎるわw
でも未だに人間を肉壁として使うみたいなニュースも聞くけどね でも、そんな事するのは時代が1000年以上遅れてるし 人間として認めない。
4. 匿名処理班
まぁ心理戦ってタイトルだから・・・
ってけっきょく象も役に立ってないしw
古代の心理戦だとカエサルが川に橋かけたのを見て敵が降参したってのを推したいね
秀吉の小田原攻めにおける一夜城も同じような効果を発揮したものだろう。古来、軍隊と言うのは優れた土木作業員だったが、工事の進め方や成果を見ればその統率力や練度、技術力の高さが分かる。それはそのまま軍隊の戦闘力の指標となった
5. 匿名処理班
誤字発見
7後半
>またインドでも動揺の虐殺を行なっており、(動揺→同様)
5後半
>徐々に交代し、敵の戦線の前進を誘ってから壊滅させた。(交代→後退)
3前半
>敵に心理的興効果を与えるために、自軍の兵士に自らの首をはねさせている。(心理的興効果→効果
発見できたのは以上です。
6. 匿名処理班
戦史的にはカンナエの戦いは非常に重要だけど、
歴史的に見ればそれもアルプス越えを行ったからこそ起こった一連の戦いの一つだから
そっちの方が重視されるのは当然だと思うけどね
7. 匿名処理班
囚人に自死させたのって章邯が陳勝呉広の叛乱の時にやったことでは
8. 匿名処理班
>兵士は猫を防具に縛り付けていたという。
この話よく聞くけど、縛りつける係は相当引っ掻かれただろうなぁ
9. 匿名処理班
現代の自爆テロも相当エゲツない戦術だよねえ。
一説にはパレスチナに渡った赤軍派(日本赤軍)がカミカゼ特攻隊を模して指導した戦術とも、または現地のパレスチナゲリラが日本人の赤軍派を向かい入れ時に日本のカミカゼ特攻隊にあやかって始めた戦術とも言われている。
現代社会では最悪の戦術だと思う。
10. 匿名処理班
スターウォーズのATATは
ハンニバルの戦象がモチーフなのか。
11. 匿名処理班
ペルシャ軍の猫楯がない !
12. 匿名処理班
ゴメン。猫楯あった。
13. 匿名処理班
中国史では夜中にこっそり兵を城外に出して、毎日旗指物を代えて入場させて、援軍が続々と到着してるように見せた事が有るね、
オリジナルは誰なんだろうね、
14. 匿名処理班
アルキメデスはシラクサイ防衛戦で色々な兵器を繰り出した結果、しまいには砦に何か出っ張りがあるだけでローマ兵を退散させたとか。羹に懲りて鱠を吹くように仕向けるのも心理戦になるのかな。
15. 匿名処理班
我が国の特攻戦術は?(小声)
16. 匿名処理班
ちなみにハンニバルのアルプス越え自体は事前にローマ軍に察知され準備万端迎え撃たれているので心理作戦としての効果はまったくない。奇襲されて慌てたから負けたんではなく、単純に真っ向勝負でぶつかったあげく何度も大敗北をしてるんだからそっちのほうがローマにとっては恐怖だったろう。そういう意味でもアルプス越えなんぞよりカンナエの戦いのほうが重要
まぁスペインを出たハンニバルを注視していた前線指揮官二人くらいの度肝は抜いたかもしれないけどね。でもこれだって、日本海海戦ではるばるやってきたバルチック艦隊を迎え撃つ東郷と同じような心境(相手の偉業に素直に感服しつつ、戦闘に際しては一切の気後れ無し)だったんじゃない
17. 匿名処理班
おもしろいなあ
古代の戦車って強かったの?車輪ふたつで不安定そうだし馬だけの方が速そうだし中途半端な感じ
まあ ごきげんな乗り物ではあるだろうけど
18. 匿名処理班
※13
三国志の董卓が割りと有名?
その前にもやってる人いるのかな
19. 匿名処理班
インディアンがやったと言われる脅威の戦争「財産燃やし合戦」
部族同士がお互いに自分たちの財産を燃やし合い、いかに自分達がリッチかを見せつけ合う非情なる決戦方法
彼らはその心に血の涙を流しながら戦った事だろう
20. 匿名処理班
・4そんな恐ろしいモンゴルに打ち勝った日本
まあ、理由はいくつかあるけど、島国だったというのが一番の利点
何しろ恐怖と暴力の根源である騎馬がまともに使えなかった訳だし、対馬は悲惨な目にあったけど
・3越王勾践の逸話は、戦闘前のにらみ合い中に死刑囚を前に出させて、「私たちは当国と貴国との決戦を妨げる罪を犯したので、ここで自刎しその罪を償います」って宣言して自分で自分の首を切ってみせる(自刎)、ってのを三回繰り返したって話だったよね
自ら(首を)刎(は)ねるから自刎って書かれるけど、大抵は剣の刃を頸動脈にあてて引き切るやりかただったらしい
ただ、刃を横にした剣を真横から首に突き刺して、反対側から突き出た剣の刃を掴んで思い切り前に引く事で喉を自ら裂くっていう、本当に首をはねるように見えるやり方もあったらしいけど
21. 匿名処理班
※20
一言でOKよ
当時の武士たちがものごっつ頑張ってくれたから
あとは価値観の違いか…人質取ったのにその人質ごと斬りに来る武士ヤバいってあっちの書物に書いてあるらしいね
22. 匿名処理班
※9
勝手な想像だけど、だから本家本元の日本にはまだテロが起こらないのかもしれない。
凄いと感じる元祖に対しては無条件に畏怖を感じるしさ。