うつぶせ寝で育ったので唇が常に何かに触れていないと切なく、煙草がやめられない。
喫煙中に日記を書いていたら指の上に灰を落としたことがあり、その時は当方恥ずかしながら声さえ出てまいりました。以後、日記は止めたが煙草の方は止めていない。それほど吸いたいのだろう。
人が煙草を覚えるきっかけは、先輩に教えられたりストレス解消のためだったりと様々だが、僕は漫画「苺ましまろ」に登場する伸恵姉ちゃん(以下伸姉)に憧れて吸いはじめた。
伸姉は女子高生なのに、授業中も家でも煙草を吸いまくる悪いお姉ちゃん。でも制服姿で喫煙する様子がとても格好良くて、僕は彼女に追いつけ追い越せという気持ちでキャスターのスーパーマイルドに手を伸ばし、やがて5年の月日が流れ去った。伸姉の背中はまだ見えない。
とはいえ僕の祖父は肺がんで亡くなっており、その孫である僕も脆弱な肺を持つことを考えれば、少しでも本数を減らしたいところ。
どうせ最後はダークエルフを庇って死ぬ運命なのに健康に気を使うのも変な話だが、この度、巷で噂の加熱タバコIQOS(アイコス)を購入してみた。伸姉はIQOSを吸わないので、また彼女から遠ざかってしまうな。(地球は丸いので、あるいは近づいているのかもしれない)
IQOSは煙草の葉を燃やさず、加熱して発生した水蒸気を吸うという、「火」を没収された人でも楽しめる親切仕様。煙が出ないので肺が汚れず、多少体に負担がかからないというわけだ。
味はコーンのように穀物っぽいのが特徴で、紙巻きの重さに比べると少し物足りないが、吸い続ければ案外慣れそうだ。僕のように戦後の食糧難を経験していれば、多少のコーン臭さなど問題ではない。
届いたその日から早速吸い始め、煙も出ないので部屋でも吸えるしこりゃいいと、すぐに気に入った。
その次の日は仕事。作業着のポケットにIQOSを忍ばせて出勤する。黄色く変色したセロテープを壁から剥がす作業を数時間続けると、待ちに待った休憩時間がやって来た。
屋外の喫煙所では、おじさん達が灰皿の周りをぐるりと占領している。パチンコと中古車の話題でホットに盛り上がる彼らを見て、僕は思わずウッとたじろいだ。
果たして、この人達の前で僕は普通にIQOSを吸えるのか?こんな、全盛期は巻きまくってた(カセットテープを鉛筆で)連中の前で。
おじさん達にとって煙草とはパッと吸ってペッと捨てるもの、それを21世紀最新のテクノロジーを駆使してまで吸おうとする20代のあんちゃんの様子は、とても滑稽に見えるのではないか?生意気じゃないか?馬鹿じゃないか?愚かで、そして裸じゃないか?
持ち前の自意識過剰に首を絞められ、吉川線さえ浮かび上がり、結局僕は震える指で紙巻き煙草を取り出し火を付けた。なにが伸姉だ、性別の壁さえ越えられないこの僕が、おこがましい。