転載元:勇者「やっぱり子供は最高だね」戦士「んえ?」
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*ルツィーレの日常
長男「アベリア……君はなんて美しいんだ」
長男「恭しく咲く君はまるで雪のようだ。今にも儚く溶けてしまわないか僕は恐ろしくてならないよ」
長男「ああ、君の甘い香りに蜂も蝶も夢中だね。僕も君にとっては愚かな一匹の虫に過ぎないのだろう」
近所の奥さんA「エリウス君ったらまたお花口説いてるわよ」
近所の奥さんB「お父さんもお母さんもまともな人なのに、どうしてあんな不思議な子が生まれたのかしらねえ」
長男「どうか今晩、僕と――」
次女「いぬのうんちー!」
長男「うわあああルツィーレ!!」
次女「あはははくっさーい」
近所の奥さんA「ルツィーレちゃんったら今日も元気ねえ」
近所の奥さんB「お父さんもお母さんも真面目な人なのに、どうしてあんなにお下品な子が生まれたのかしらねえ」
藍宝石「私が知りたい」
次女「お母さんに見せてあげよーっと」
長男「わざわざ木の枝突き刺して持ち運ばなくていいから!!」
次女「あきゃきゃきゃきゃ」
長男「ポイしなさいポイ!!」
次女「あ」
ぽと ぐちゃ
次女「落として踏んじゃったあ! あはは!」
長男「ああっ……もうっ……!」
次女「ねーねーエルお兄ちゃん、シチセキって知ってる?」
長男「じいちゃんが取引してる商人の国の節句だろ」
長男「笹に願いを書いた札を結ぶとお星さまが願いを叶えてくれるっていう」
次女「ルーシーね、キンタマをくださいってお願いするんだあ」
ルツィーレの一人称はルーシーである。友達からもそう呼ばれている。
次女「おちんちんが生えてるのにキンタマがないのは中途半端だからね!」
長男「願わんでいい! おまえは女の子なんだから!!」
ルツィーレの身体は、吸収した双子の兄弟のものが混ざっている。
そのため股間に余計なものがくっついているのである。
次女「エルお兄ちゃんは何お願いするの?」
長男「俺は何も願わねえよ……シチセキなんてただの迷信だし」
次女「えー! 夢がない! つまんないなあ!」
長男「お星さまに願えば植物との子供ができるのか? できるわけねえだろ」
長男「はあ……疲れた。帰るか」
次女「アニメ見るー!」
長男「俺料理番組見たいんだけど」
次女「今日アニメ映画祭りなんだよ! クレパスしんくん薀蓄斎の赤ん坊!」
次女「その次はシャイニングガール☆アルビナ劇場版第一作!」
長男「わかったわかった……兄ちゃんはパソコンで見るから……」
テレビから発せられるヒロインの友達の声「劇場版を放送する前に、私達の物語のあらすじを説明するね!」
アリーはちょっと不器用な女の子。つり目がちだからキツめな子だと勘違いされやすいけど、本当はとっても優しいの☆
ある日、アリーの前に喋る犬が現れる。
「私、ヨハンナ!」
アリーはヨハンナに衝撃的な事実を告げられる!
なんと、アリーは太陽の女神姫の生まれ変わりで、悪の神の生まれ変わりが操る組織と戦わなくちゃいけないんだって!
アリーはヨハンナの言葉をすぐには信じることができなかったけど、早速最初の刺客が現れる。
戸惑いながらもシャイニングガール☆アルビナに変身するアリー。
初めての戦いは、そりゃもう大変!
宝具「サンライトソード」の使い方もわからなくって、苦戦を強いられるアリーを助けたのは、謎の美青年だった。
妙にスタイリッシュな礼服を身に纏う彼は、敵なの? 味方なの?
次女「アリーのモデル、お父さんなんだって!」
戦士「はぁ!? ……この目尻の吊り上がり具合は確かに俺だな……うん……」
戦士(姉貴を500倍可愛くした感じだ……)
次女「謎の美青年のモデルは勇者ナハト! お母さんだね!」
戦士「ほぼまんまじゃないか……」
戦士(アキレス達似のキャラもいる……)
テレビから発せられるヒロインの声「朝日に代わってお仕置きだよ!」
戦士「しかし……絵が動くってすごいな……」
次女「お父さんが子供の頃はアニメなかったの?」
戦士「テレビすらなかったんだぞ」
次女「えー! つまんないじゃん! かわいそー!」
戦士「…………」
三女「アルビナおもしろかった!」
次女「ルーシーはしんくんの方が好きー! 女の子向けってキラキラしててなんか変だもん!」
次女「でもアルビナはお父さんがモデルだから嫌いじゃないよ!」
戦士「もう寝なさい」
次女「やだー! シチセキのお願い書くー!」
戦士「アルカさん、短冊どこだっけ」
勇者「はい」
次男「俺もお願い書くー!」
次男「お父さんみたいな立派な軍人さんになれますように!」
次男「兄ちゃんも!」
長男「俺はいいって」
勇者「エルの分も用意してあるから」
長男「チッ……めんどくせえな」
長男「1人暮らしするのを母さんが許してくれますように」
勇者「だめー!!」
長男「っだーもうるっせーな耳元で叫ぶな!」
長女「お父さんとお母さんが健康で長生きしてくれますように、っと」
三女「アリーみたいになれますように!」
藍宝石「エリウスが人として成長できますように……」
次女「お父さんみたいな立派なキンタマが生えてきますように!」
戦士「書くんじゃないそんなこと!」
次女「おちんちんがおっきくなりますように!」
次女「おっぱいもおっきくなりますように!」
長男「願い多すぎだろ」
次女「ねーねーお父さんとお母さんのお願いごとは?」
勇者「子供達みんなが元気に育ってくれますように」
戦士「……父さんはおまえ達が寝た後でゆっくり書くから」
――――――――
――
夜中
次女(目が覚めちゃった)
次女(そういえばお父さん、お願い事なんて書いたんだろ)
[家族を守ることができますように]
次女「……♪」
ルツィーレはこっそり両親の寝室に入った。
次女(お父さん、怒ってばっかりだけど、大好き)
次女(お父さんのおまた枕、やわらかーい!)
次女(お母さんのおっぱい、ふっわふわ!)
次女(良い夢見れそう♪)
翌日、ヘリオスは股間の痛みに悩まされた。
終わり
これ以降は
魔剣士「やはりフキノトウは最高だ」武闘家「えっ?」
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終了後のエピソードになるのであっちを読んでないとわかりづらいかもしれません
※アークイラが女装子(高レベル)ばっか食べてる人なので、
そういった嗜好に嫌悪感を覚える人はこれ以降のお話読まない方が安全です
(直接的な性描写は無し、本人達は決してホモではない)
*空虚
プティアの首都プティオーティス
王立研究所、地下牢獄
そこには、2人の男と1人の女が繋がれている。
「おじいさま、おばあさま、伯父上。今日はとても良い天気ですよ。尤も、この地下には一筋の日も差し込みませんが」
英雄の息子、アークイラ・ディ・カレンドラは愉悦の笑みを浮かべた。
「あなた方をこの牢に繋いでから、もう1年と3ヶ月ですね。さあ、どのような拷問をいたしましょうか」
黒髪の囚人達の目に生気は宿っておらず、ただただ恐怖の息を漏らす。
「おじいさま、おばあさま。あなた方は優秀な孫の誕生を望んでいたそうですね」
牢には鉄のにおいが充満しているが、彼等の鼻はすっかりそのにおいに慣れ、麻痺しきっていた。
「さぞ誇らしいでしょう。優れた魔術師であったあなた方を蹂躙できるほど、あなた方の孫は優秀に育ちましたよ。少しは喜んだらいかがですか」
アークイラは囚人達を繋ぐ鎖に電流を流した。
「くくっははははは!」
電気は形を変え、小さな刃となって体中を切り刻む。
「……イガルク。母だけでなくカナリアまでもを凌辱しようとした罪は重いですよ」
アークイラは頻繁にこの牢――本来は実験台となる囚人を収容する部屋――に足を運び、
母マリナを辱めた祖父母と伯父を拷問していた。
「そうだ、使い物にならなくなった手足なんて必要ないでしょう。切り落としてしまいましょうか」
雷がうねり、大きな剣の形になった瞬間、何者かが階段を駆け下りる音が響いた。
「やめなさい!」
「……母さん」
男は魔術の使用を中断し、母親と向き合った。
「何故、ここに」
「妙な噂を聞いたのよ。あなたが施設の一部を私物化して、誰かを拷問しているって」
マリナは墨のように黒い髪を揺らし、牢に繋がれた者達の姿を確認した。
囚人達の四肢は不自然な方向に曲がったまま固定されていたり、
一目で治療が不可能であるとわかるほど大きな傷が刻まれていたりと、酷い有様だった。
舌にはいくつも穴が空いている。魔術を使用できないよう、言葉を発せない口にされたのだ。
「父さん、母さん……」
あまりにも惨たらしい光景に、マリナは両手を震わせる。
「……こんなことをして、私が喜ぶとでも思ったの?」
息子を見るその目は、鋭く冷たい。
「彼等はあなたを踏み躙りました。当然の報いを受けさせることに、一体何の問題があるのですか」
「当然の報い? あなたがやるべきことではないわ。勝手なことを……」
囚人達はマリナの姿を見て、悲しげに眉を顰めた。
もう許して。殺して。声こそ発せられていないが、唇は僅かに動いている。
「……私が終わらせてあげるわ」
「母さんが手を汚すことはありません。私がやります」
マリナは牢に背を向けた。
雷の音が地下室を震わす。
「私はこの人達の罪よりも、あなたの残酷さの方がよっぽど恐ろしいのよ……! もしあなたがイガルクと同じ罪を犯したら、その時は……」
アークイラはただ母の背中を見つめた。
「その時は、私がこの手であなたを殺すわ」
そう言い捨てると、彼女は去っていった。
マリナは決して両親と兄を許したわけではない。
しかし、今はもう、彼等に対する憎しみよりも、
兄と同じ性質をもちながら、彼等を遥かに凌ぐ実力を誇る己の息子への忌々しい感情の方が上回っていた。
憂さ晴らしをする相手がいなくなってしまった。
アークイラは秋の終わりの冷気に満たされた町を歩く。
付き合いで時折訪れるバーに入ると、カウンターに座ってブランデーを頼んだ。
『……もしかしてさ、あんた、本当はかなり臆病なんじゃないの』
何故だか蘇ったのは、あの憎たらしいエリウス・レグホニアの言葉だった。
『いつもいつも親がいないところばかり狙ってさ。今だって俺の父さんが出てったから入ってきたんだろ?』
ヘリオス・レグホニアが怖いわけではない。
ただ面倒だから1人でいる時に接触し、侮辱していただけだ。そう心の中で言い返すが、もう遅い。
『恋愛対象は女だっつってるわりに、女装男ばかりと遊んでるのだって、本気で他人を愛するのが怖いからだろ』
図星だと感じた。
いや違う、本物の女性が汚いからだと主張しようとしたが、思考に時間を取られてタイミングを逃した。
エリウスが旅でどのような経験をしたのか、アークイラに知る由はなかったが、
その変化から、エリウスが大きく成長したことは感じられた。
蔑まれても、何も言い返せず俯くばかりだった頃のエリウスとは明らかに違っていた。
――彼は己の過ちを認め、素直に母親の愛情を受け取れるようになったらしい。
時折メディアで見かける彼は、満ち足りた表情をしている。大した変化だ。
私はどうだろうか。何も変わらない。
母は相変わらず愛してくれず、私は母に愛されようともがいている。
カップに注がれたブランデーを見下ろした。
そこに映るアークイラの目は、やはり憎き伯父とよく似ていた。
私は伯父と同じ罪は犯さない。愛人は充分な人数を拵えている。
この町の外であってもすぐに相手を見つけられるし、その趣味の者が見当たらなくても、
調教し女にするのは容易いことだ。
酒に酔った心には、波紋のように痛みが広がっていった。
「隣、いいかしら」
「……シェヴン」
アークイラの隣に座ったのは、エイルの娘シェヴンだった。
「この町に来ていたとは、知りませんでしたよ」
「こっちの教会に呼ばれてね」
父から受け継いだプラチナブロンド。母から受け継いだミントグリーンの虹彩。
彼女の微笑みは、聖女と謳われる母と同じ優しさに溢れている。
「あなたの魔力があんまりにも悲しげだったから、心配になって気配を追ってきたのよ」
「他人に感情を悟られないよう魔力を制御しているつもりだったのですけどね。気を抜いてしまっていたようです」
氷がカランと音を立てた。
「……堅実で心優しい女性と婚姻を結びなさい」
落ち着いた、それでいてどこか重い声色でシェヴンは語る。
「芯から優しく、信頼し合える女性を見つけるの」
「まともな女性は、私なんて選びませんよ」
アークイラは自嘲気味に答えた。シェヴンは調子を崩さずに続ける。
「運命の相手って、本当にいるのよ」
「……馬鹿げたことを。仮に“運命の相手”が実在したとして、あなたの言うような女性とは限りませんよ」
「いいえ。はっきり占いに出たわ。あなたの魂の型と合う魂の持ち主は、闇を知って尚優しさをもち続けている人」
カップを持つアークイラの手が、ぴくりと動いた。
「……どうやって探せというのですか。世界人口は50億を越えているというのに」
「望めば、然るべき時に巡り合える。逃げないで」
シェヴンに杏子酒が出された。聖職者であっても、飲酒が禁じられているということはない。
彼女は甘い酒を少し口に含み、舌で転がした。
「あなたは、本気で愛した人に拒絶されるのが怖いのでしょう? だから愛せない。……恐れる必要はないの。あなたの心は必ず――」
「あの男と同じことを言うのですね」
カップが荒々しくカウンターに置かれた。
アークイラの声色には確かに苛立ちが表れている。
ブランデーを一気に飲み干し、席を下りた。
「結婚はするつもりですよ。体裁のために。ご忠告ありがとうございました」
シェヴンの酒代も含めた硬貨をカウンターに置き、アークイラは店を出た。
「あ、お兄ちゃん!」
「……カナリア。大学帰りですか」
兄に駆け寄った妹の顔色は明るい。授業の疲れを感じさせないほどだ。
「うん。ガウィが予備校終わるの待ってるの」
カナリアは旅の途中で出会った男と交際している。
父アキレスは、彼が少年時代に憧れた剣豪の息子ということで嬉し泣きするほど歓迎した。
「カナリア、彼のことは好きですか」
「えっ、いきなりね。……正直、恋愛感情があるかはまだよくわからないけど、でも、いなくなったら絶対寂しい。一緒にいてとても楽しいの」
「エリウスのことはもういいのですか」
「もう吹っ切れてるわ。お兄ちゃんこそ、早く良い人見つけてよね。お父さん、お兄ちゃんがちゃんと結婚できるのかとっても心配してるんだから」
普段使っている別宅に帰る前に、アークイラは生家に寄った。マリナが外出している隙に。
「あれ、兄ちゃん、随分久しぶりじゃん。何しに来たんだよ」
アークイラを見て不機嫌そうな表情を浮かべたのは、弟のロンディノスだ。
父の血を濃く引いているためか正義感が強く、真っ直ぐな性格ではあるが、
母の影響で兄のことは嫌っていた。
「私物を回収しに来ただけですよ。すぐに帰ります」
「あんたさ、別荘に愛人連れ込んでばっかなんだろ。まともに結婚できるの?」
「愛人を囲うのは、魔術師の間ではごく普通のことですから」
15歳の弟の言葉に、アークイラは微笑んで答えた。
いつもの、表面だけの笑顔だ。
「あ、待ってよアーキィ!」
家を出ようとするアークイラを引き留めたのは、丁度帰宅したアキレスだった。
「一緒に釣書見ようよ! 見合い話、山ほど舞い込んでるんだから」
「1人で選びますから」
「そんなこと言わずにさ、ね! もう女装バーでばったり! なんて嫌だし!」
「無事身を固めることできても、私は女装子漁りをやめるつもりはありませんよ」
アキレスが手に持っていた釣書の束を奪い、結局アークイラは出ていった。
「なあカナリア、もう親父さんの女装癖は平気になったのか?」
「うん。お父さんは、英雄だからこその苦労や孤独をたくさん抱えてて、そういったのをあの世界で解消してるんだって、もうわかったから」
妹とその恋人が、アークイラのすぐ前を歩いている。
「普段の父さんも、女の人になりきってる父さんも、あたしの大好きなお父さん」
親もあくまで1人の人間なのだと、大人に近づいたカナリアは認識できたのだろう。
思春期も終わりに近づき、家出の原因となった、父親への嫌悪感はほとんどなくなっていた。
「お兄ちゃん、今日よく会うね! 家に帰ってたの? 晩御飯食べていけばいいのに」
「母さんが嫌がりますから」
「……母さん、どうしてあんなに……あたしからも、何回も言ってるのに、直してくれないの。お兄ちゃんはあの人とは違うのに!」
アークイラは心優しい妹の頭を撫で、背を向けてその場を去った。
釣書に紹介されている女性は、全て英雄の息子の花嫁としては申し分ない家柄だ。
「…………」
1人の女性の写真が目に留まった。
アークイラはその女性と社交の場で会ったことがあった。
グリセルダ・ディ・イェルヴォリーノ
家柄も容姿も特に優れており、文武両道。
ただ、性格が非常に狡猾であることは魔力から嫌というほど読み取れた。
連絡を入れ、顔合わせの約束を取り付けると同時に、業者に素行調査の依頼を入れた。
グリセルダは、もしかするとアークイラ以上に作り笑顔が上手いかもしれないほど、
外面の良い人物だった。
甘え上手で、男心を掴むコツをよく知っている。
アークイラも敢えて見合い相手のアプローチに応え、喜ぶ振りをする。
ある日、素行調査の結果が届いた。
グリセルダはアークイラとの見合いのために恋人と別れたそうだ。
しかしそれは表面上の話であり、関係は切れていない。
元の恋人は、そう地位は高くないものの王族の血を濃く引いており、
アキレスの父方の親戚の血筋でもある。
書類を見てアークイラは口角を上げた。
――上手く泳がせれば、恋人の子供を産むだろう。
英雄の後継者としての体裁を保つためには、妻と子供が必要だ。
しかし実子を妻に産ませるつもりはない。
アークイラは、自分と似た子供が生まることを恐れていた。
浮気相手が自分と近い血筋の者であれば、子供が自分に似ていなくても誤魔化しが利く。
魔感力の優れた人物であれば見破ることもできるだろうが、いざとなれば権力で黙らせればいい。
「……くくっ」
これほど都合のいいことはない。
数度共に食事をし、形だけの恋愛をして、入籍した。
妻が望んだとおりの豪華な新居も構えた。
まるで本当に愛し合っているかのように、夫婦の営みもこなすことができている。
また、歳の近い従叔父である国王は相変わらずアークイラに頼り切っている。
守護兵の地位が揺らぐことはないだろう。
結婚してそう時間が経たないうちに、グリセルダは懐妊した。
アークイラの魔感力の良さを知り、少しだけ振る舞いが不自然になったが、
アークイラが心底喜んでいるかのような反応を見せると安心したようだ。
いつも通り良き妻のように振る舞うようになった。
冬が過ぎ、春が訪れた。
「お兄ちゃん、聞いて! ガウィが大学受かったのよ!」
父と同じ青い瞳を輝かせて笑う妹は、大学生らしいお洒落にもすっかり慣れ、見違えるほど美しくなった。
武闘家としての修業は趣味として行う程度になったが、自分なりの生き方を見つけることができたようで、
コンプレックスに悩まされていた頃の暗さはもう何処にも見当たらない。
かつては、私やロンディノスとの能力差によるコンプレックスに悩んでいたというのに。
明るい人生を歩み出した妹の笑顔があまりにも眩しくて、
アークイラはカナリアとの接触を避けるようになった。
「おまえと離れるのは心許ないが、テーバイはどうしてもおまえの力を借りたいそうだ」
ある日、アークイラは近衛でありながら国王から隣国への遠征を言い渡された。
時折あることだ。
世界最高クラスの魔導師を呼べば、どのような組織であっても討伐は容易い。
「どうやら相当厄介な集団が現れたそうでな」
「と、申しますと」
「婦女暴行事件が多発している。性犯罪防止結界の内部であるにも拘らずだ。優れた術者が複数いるらしい」
「……ああ、あれは、高位の魔術師であれば容易に無効化できますからね」
「その次はコーカサスへ、それが終わったらスパルタを巣食っているマフィアの討伐だ。友好関係を保つためにも断りにくくてな」
「手っ取り早く片づけてきますよ」
各地へ赴き、勝利を治めれば、更なる名声を得ることができる。
そして、ずっと国王の傍にいるよりは退屈しない。アークイラは快諾した。
私は“英雄の息子”として恥じない地位に登り詰めた。
全て上手くいっている。
母に愛されないことを除いては。
一体なんのために生きているのだろう。
妹や弟の目と同じ色をしているはずの空は、何故だかひどく褪せて見えた。
5ヶ月かかる予定だった任務を、彼は3ヶ月で終えることができた。
夏の暑さが思考能力を奪う。
父と妹の誕生月だ。祝う準備をしようか。
しかし、家族と顔を合わせるのは非常に億劫だ。
国王への帰還の報告を終え、ふらふらと別宅へ向かおうとするが、
憂鬱な気分が歩みを遅らせた。
アークイラは、誰かにやり場のない負の感情をぶつけたくて仕方がなかった。
いくら悪党を嬲っても気分は晴れなかった。
一般人の愛人に危害を加えることも憚られる。
渇いている。
誰か、虐げてもいい相手はいないだろうか。
視界に入ったのは、幸せそうな親子だ。
「この町さ、女装グッズがすっごい充実してるんだって」
「でも、よかったのですか? この町で女装なんてして」
「大丈夫だって。女装子キラーは遠征でいないらしいから」
「お父さん、美人だよ! お母さんと同じくらい! あはは」
ああ、なんて美しい女性だろう。
闇夜のような黒い髪。粉雪のような白い肌。
鋭い眼差しは、まるで薔薇の棘のようだ。
……母とよく似ている。
その日から、親子は行方不明となった。
行方不明だという事実すら、世間に明るみにならないまま。
ああ、お母さん。
あなたの息子は、あなたが思っていた通りの悪い子に育ちました。
終
この世界における1年の最後の月(12月)≒現実世界の3月
*北へ
お母さん、どうしてそんなに悲しそうな目で僕を見るの?
僕、上手にバイオリン弾けてるでしょ?
お母さん……。
聖石歴5000年の冬、6人の英雄により魔王が倒された。
聖石歴5005年の冬、旭光の勇者ヘリオス・レグホニアにより聖玉が集められ、魔族の封印が完全なものとなった。
聖石歴5025年の夏、オディウム偽神が復活しかけたが、エリウス・レグホニアと準大精霊スファエラ=ニヴィスにより阻止された。
新たな亜人種“緑の番人”の誕生は、この世界に大きな変革をもたらすと思われる。
戦士「ええ、アルクスは年末生まれですから、12歳になる33年じゃなく、予定通り34年の春にそちらへ……はい、よろしくお願いします」
お父さんが通話器で北に住んでいる親戚と喋っている。
今は聖石歴5031年の最後の月。今日で僕は10歳になった。
今日も僕はバイオリンの練習をする。
芸術は貴族の嗜みだからって、お母さんに言われて始めた楽器だ。
僕はどんどん上達した。
三男「お母さん、僕がバイオリンの練習をしてる時、どうしてそんなに悲しそうに笑うの?」
勇者「……お母さんのね、初恋の人に似てるからだよ」
三男「初恋の人?」
勇者「うん。お母さんが子供の頃に死んじゃったけど、とてもバイオリンが上手でね」
勇者「人を笑顔にするのが、大好きな人だったよ」
僕は俯いた。僕はその人じゃない。
三男「お母さんは、その人と僕、どっちの方が好きなの」
勇者「好きの種類が違うから、比べられないかな」
三男「まだその人のこと好きなの」
勇者「好きだけど、もう恋心じゃないよ。上手く言えないんだけどね」
勇者「お父さんのことを好きになった時に、その人のことは、過去になったから」
じゃあ、お父さんと僕なら、どっちの方が好きなんだろう。
やっぱり、好きの種類が違うんだって答えられるんだろうな。
でも、種類が違ったって、好きは好きでしょ。どうして比べられないの。
僕のこと一番じゃないの?
僕は、他の何よりもお母さんが好きなのに。
次女「アルクスー遊ぼうよー! 一緒にいられるのあと2年しかないんだよー?」
三男「うるさいな」
僕は、ラズ半島を治めるために北に行くことが決まっている。
次女「んぶー!」
家族の中で一番騒がしいルツィーレはなんとか上級学校に入学したけれど、成績は壊滅的だ。
幸いこの国の上級学校は好きな年に卒業することができる。
だから今年で通うのをやめて、花嫁修業専門校に入学することになった。
がさつで乱暴で落ち着きのないルツィーレは、
どうせそんな学校に通ったってまともな花嫁にはなれないだろうに。
長女「アルクス、夕食後のデザートは何がいい? 好きな物作ってあげるわ」
三男「……じゃあ、クレームブリュレ」
アウロラ姉さんは、大学の卒業式の後、すぐに彼氏と結婚した。
アパートを引き払ったり、新居を建てるための準備とかで忙しいだろうに、
今日はわざわざ僕の誕生日を祝うために実家であるこの家に帰ってきた。
そういうの重いからやめてほしい。
僕は、お母さんが祝ってさえくれればそれでいい。
次男「ただいま!」
三女「アルバお兄ちゃん、遅かったね」
次男「午前だけの訓練のはずが長引いちゃってさ」
アルバは士官学校を出て軍に入った。
城下町で1人暮らしをしているけれど、家族の誕生日には必ず帰ってくる。
相変わらず父さんとよく似てるけど、成長するにつれて鼻筋がすっきりした。
セファリナは上級学校に通っている。
城下町の友達に影響されてお洒落を始めたけど、まだ全然垢抜けていない。
四女「お母さん、ぎゅーっして!」
勇者「もう、いつまで経っても甘えん坊なんだから」
末っ子のラヴェンデルは、8歳になったっていうのにお母さんに甘えてばかりいる。
今までは妹だからお母さんを取られても我慢してたけど、
僕はあと2年ともうちょっとしかここにいられないんだから、そろそろ譲ってほしい。
固定通話器が鳴った。お母さんが受話器を取る。
勇者「もしもしエル?」
勇者「うん、届いたよ。ありがとう」
エリウスはアクアマリーナからお菓子を送ってきた。
アクアマリーナを拠点として色々活動してるらしいけど、
僕はあいつなんかに興味ないから詳しくは知らない。
勇者「もう体は大丈夫なの?」
勇者「そっか、良かった。じゃあね」
あいつと喋って、そんな嬉しそうな顔しないでよ。
誕生会が終わって、静かになった。
東の大陸基準の暦では今月が冬の終わりの月だけれど、ここは南の土地だから、もうとっくに暖かくなってる。
気候に体が覚える違和感。今はもっと涼しくていいはずだ。
昔、お母さんにこのことを話したら、
気候に違和感を覚える原因は僕が『瑠璃の民』だからだって教えてもらった。
僕がいるべき場所は、もっと寒くて、日射しが弱い国。
……お母さんだって、北の人なんだから、一緒に来てくれたらいいのに。
夜、1人でベッドに入った。寂しい。
お母さんのところに潜り込もうと思ったけど、ラヴェンデルに先を越されていた。
小さい頃は2人でお父さんとお母さんの間に挟まっていたけれど、
もう大きくなったからそんなことしたら狭くて仕方ない。
翌日、お父さんは仕事に行かず、何処かへ出かけた。
アウロラ姉さんの結婚のことで向こうの家族と話し合わなきゃいけないことがあるらしくて、
溜まっていた有給を消化しているらしい。
ルツィーレは居間でごろごろしている。
セファリナやラヴェンデルは遊びに行った。
次女「ぼくも彼氏と遊びにいこーっと! アルクスは? どっか行かないの?」
三男「お母さんのお手伝いする」
南の人間とはいまいち気質が合わなくて、僕は孤立しきっているわけではないけど、
一緒に遊びに行くほど親しい友達はいない。
でもお母さんさえ傍にいてくれれば寂しくなんかない。
次女「行ってきまーす!」
勇者「あ、待って、ルツィーレ。髪の毛整えてあげる」
勇者「はい。可愛いよ」
次女「ありがとーお母さん!」
彼氏「る、ルツィーレちゃん……可愛いよ。そのリボン、初めて見た。ツインテール似合うね」
次女「えへへぇ」
ルツィーレもアウロラ姉さんも彼氏は眼鏡の優男だ。姉妹で男の好みが似たのかな。
アルバの今の彼女も、眼鏡はかけてないけど、優しくて自己主張が控えめな人だ。
エリウスのお嫁さんもそんな感じの人らしいけど、あまり関わったことがないからよくわからない。
そもそも植物だし。
洗濯物を干し終わって、空いたカゴを洗面所に戻す。
勇者「ありがとう、アルクス。助かるよ」
僕の好みはもちろんお母さんだ。
お母さんとよく似た人とじゃないと結婚できる気がしない。
お母さんは、何歳になっても綺麗だ。
お母さんと結婚できたらいいのに。
三男「……ねえ、お母さん」
勇者「なあに? アルクス」
三男「お母さん、どうしても一緒に北には行けないの?」
勇者「……うん」
三男「僕、お母さんと結婚したい。お母さんと離れるなんて嫌だよ。」
勇者「もう。そういうのは小さい頃に卒業したでしょ?」
三男「ううん。僕は、本当にお母さんが好き」
勇者「……お母さんは、お父さんのお嫁さんだから」
三男「そんなの関係ない! あんな仕事ばっかりの人、やめなよ!」
勇者「…………」
三男「僕、お母さんさえいれば他に何も要らないし、どんなことでも頑張れるよ」
僕が初恋の人と似てるなら、僕を選んでくれてもいいでしょ?
勇者「こな……で……」
三男「お母さん、大好きだよ。ずっと一緒に」
勇者「来ないで!! 嫌ああああああ!!」
お母さんの叫びを聞いて、大きく足音を立てて誰かが入ってくる。
戦士「アルカさん!」
お母さん、どうしてそんなに怖がってるの?
戦士「母さんに何をしたんだ」
三男「え……あ……」
戦士「……話は後で聞く。アルカさん、こっちに」
勇者「…………」
長女「ど、どうしたの?」
父さんより少し遅れて帰ってきたアウロラ姉さんに、居間に行くよう促された。
僕はただただ怯えて、お母さんが寝室から出てくるのを待つ。
ドアが開く。出てきたのは、お父さんだけだ。
眉間にしわを寄せて、お父さんは僕に冷たく言い放った。
戦士「アルクス、今すぐ北に行け」
長女「お父さん、何を言っているの?」
戦士「もうアルクスをこの家に置いてはおけない」
三男「や、だ……なんで? 僕……ただ……」
お父さんは僕の言い訳を聞こうとはせず、通話器を手に取った。
戦士「エリウス、頼みがある」
アウロラ姉さんが僕の肩を抱く。
戦士「……助かる。エーアストさんにはこれから連絡を入れる。じゃあな」
僕を領主として養育する予定の親戚の名前だ。
三男「おと……さ……ごめんなさ……」
戦士「迎えが来るのは10日後だ。それまではじいさんの家に泊まっていろ」
お父さんは、いつもガツンと一発怒ったらその後は一切問題を引き摺らない人だ。
謝ったら許してくれる。きっとこれは僕を脅かすための冗談だ。
そう信じたかった。
おじいちゃんの家に追いやられた僕は、ただただ無気力に過ごした。
おじいちゃん達は、詳しい事情は聞いていないらしい。
北の親戚の都合で少し僕の出発が早くなったんだって思ってるし、
僕がこっちに泊まってるのは、おじいちゃんおばあちゃんとの思い出を作るためってことにされている。
食事時になっても、お箸を持つ手が震えた。変に胸とお腹が痛い。
無理にご飯を噛んで、飲み込む。やっぱり体が痛む。
長いようで短かった10日間。お母さんに会えたのは、最後の日だけだった。
僕は村の門に連れていかれた。
魔剣士「ようアルクス! 大きくなったな! つってもたったの10ヶ月ぶりだけど!」
お母さんを泣かせてばかりだと思ったら、いつの間にか僕からお母さんを奪う存在になっていた大嫌いなエリウス。
こいつの顔なんて見たくない。僕は横を向いた。
緑長女「おじいちゃん、おばあちゃん、久しぶり!」
勇者「ユカリちゃん、元気そうだね」
エリウスの一番上の娘だ。6歳らしいけど、倍くらいの年齢に見える。
魔剣士「かあさーん! 一番下の子達も連れてきたんだ!」
そう言ってあいつがお母さんに見せたのは、大きな植木鉢だった。
5体……5人? どう数えればいいんだろう。
小さな人間のようなものが寝かされていて、胸から下は土が被せられている。
エリウスが生み出した亜人種、緑の番人だ。
勇者「先月生まれたのが、この子達なんだね。もうこんなに大きくなるなんて」
1人、2人と目を覚まして、土から出てきてお母さんにまとわりついた。離れてよ。
勇者「可愛い。私の孫達」
子供達の身体からは、茎や葉っぱのようなものが生えている。
白緑の少女「半年前に生まれた子達はやんちゃな盛りです。今度動画を送りますね」
エリウスのお嫁さんだ。アクアマリーナの大樹の精霊。
緑の番人達は、簡単な単語ばかりではあるけど口を利いた。まだ生まれて1ヶ月なのに。
お父さんがエリウスの前に立った。
戦士「じゃあ、頼んだぞ」
魔剣士「任せてよ。どうしようもないマザコンの面倒を看るのは、これで2人目だから」
魔剣士「ほら、アルクス。おいで」
三男「……やっぱり嫌だー!」
三男「お母さん! お母さん!!」
勇者「…………」
戦士「アルクス!」
三男「ひっ」
勇者「……寂しくなったら、いつでも電話してね」
お母さんはお父さんの少し後ろに立っている。
そんなに悲しい顔しないで。
ねえ、もうぎゅっとしてくれないの?
せめて、最後に
白緑の少女「……アルクス君」
やだ、離して。抵抗したかったけれど、お父さんに睨まれて、力が抜けてしまった。
助手席に座らされた。
魔剣士「俺のエメラルド2号、広いだろー」
外からだとコンパクトに見えたキャンピングカーは、中に入ってみると意外と広く感じた。
生まれ育った村がどんどん遠ざかっていく。家族はずっと心配そうに僕の方を見ている。
こんな形で追い出されるなんて、思ってなかった。
魔剣士「父さん怖かっただろ? あの人、母さんのためなら子供相手でも容赦しないから」
三男「……お父さん、子供は5人までって思ってたんでしょ」
三男「お父さんにとって、僕なんて要らない子だったんだ」
魔剣士「そんなことないよ」
三男「お父さん、いつも仕事ばかりだった。僕は大して可愛がってもらってない」
魔剣士「おまえらを養うために仕事頑張ってるんだぞ?」
魔剣士「年取って体力も落ちてきてるのに、昇進すればするほど忙しくなってさ」
魔剣士「確かに上の方のきょうだいほど、おまえは父さんにどっか連れてってもらったり、」
魔剣士「遊んでもらったりした記憶はないだろうから、ちょっと可哀想だな」
魔剣士「でも愛されてないわけじゃない」
三男「おまえに何がわかるんだよ!」
魔剣士「おまえが産まれた時、父さん、なんて言ってたか知ってるか?」
魔剣士「『目尻が遺伝しなくてよかった』って心底ほっとしてたんだぞ」
魔剣士「すっごく喜んでた」
三男「あくまで僕が産まれた瞬間の話でしょ」
魔剣士「じゃあさ、なんで父さんが向こうの使用人じゃなくて、」
魔剣士「わざわざ俺におまえを迎えに来させたのかわかるか?」
三男「……わかんないよ。そんなの」
魔剣士「わかってもらえるようにがんばりたいな〜俺」
僕はこいつが大嫌いだ。
才能があって、お父さんにもお母さんにも可愛がられて、大して苦労なんてしたことがないんだろう。
こんな奴に僕の気持ちがわかるはずない。
魔剣士「まあせっかく口うるさい親から離れられたんだからさ」
魔剣士「楽しい旅にしようぜ」
三男「…………」
何かを楽しむ余裕なんてあるわけないだろ。
こらえてもこらえても涙が止まらない。
お母さん、もう二度と会えないのかな。
魔剣士「う゛ぇ゛ぇぇぇぇぇんがな゛じい゛よ゛ぉぉぉぉぉぉぉ!!」
三男「なんでおまえが泣くんだよ!」
魔剣士「思いっきり泣き喚いた方がすっきりするのに、」
魔剣士「おまえ声を押し殺して泣いてるじゃん」
魔剣士「だから兄ちゃんが代わりに泣いてあげようと思って」
三男「意味わかんない!」
三男「お母さんに嫌われた! もう生きてる意味なんてない! 死んでやるー!」
車から飛び降りようと思ったけど、ドアの鍵が開かない。
魔剣士「こんなこともあろうかとロックをかけといたんだ」
三男「降ろせー!」
魔剣士「だぁめ」
三男「降ろせって言ってるだろー!」
魔剣士「暴れないで危ない!」
緑四男「ふぇぇぇ! ふぇぇぇぇぇ!」
緑五女「ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
白緑の少女「よしよし。大丈夫ですよ、ミルフサ、チグサ」
魔剣士「赤ちゃん達起きちゃうから静かにしよっか」
三男「…………」
エリウスは小声で喋った。
魔剣士「母さんはおまえのこと嫌ってなんてないよ」
魔剣士「ただ、父さん以外の男の人から好かれるのが、極端に苦手なだけなんだ」
三男「…………もう、昔みたいに可愛がってもらえない」
魔剣士「おまえが目ぇ覚まして立派に成長すれば、また可愛がってもらえるよ」
三男「…………」
魔剣士「昔さ、モルゲンロートおじいちゃんが言ってたんだ」
魔剣士「レッヒェルン家の人間は、身内への愛情が強すぎて、」
魔剣士「たまに恋愛感情があるかのように錯覚してしまうことがあるって」
三男「……僕がお母さんのこと好きなのは、僕の勘違いだって言うの」
魔剣士「そうだよ」
三男「…………」
魔剣士「大抵大人になる頃には落ち着くらしいんだけど、」
魔剣士「あんまりにも重度で近親相姦しそうだったら、留学させて頭を冷やさせるらしい」
魔剣士「身内のこと好きだったなんて黒歴史になっちまうよな〜つらそ〜」
僕のこと馬鹿にしてるのかな。
景色が流れていく。日が落ちかけたところで、エリウスは車を停めた。
魔剣士「よし、今日はここでキャンプだな!」
三男「……ねえ」
魔剣士「なんだ」
三男「あそこに村、あるよね」
魔剣士「たまには野外で飯食うのもいいだろ?」
三男「…………」
魔剣士「顔色悪いぞ〜」
魔剣士「ちょっと待っててな。今兄ちゃんがうんまい飯作ってやるから!」
そう言ってエリウスが取り出したのは、大量のフキノトウだった。
生のものと、灰汁抜きを済ませているもの、両方がある。
魔剣士「フキノトウのおひたしと、フキノトウの天ぷらと、」
魔剣士「フキノトウのチヂミと、そうだなひじきと一緒に煮るのもいいな」
魔剣士「デザートはフキノトウのスコーンな」
狂気の沙汰だ。
エリウスは生のフキノトウをつまみ食いしながら料理した。
魔剣士「ほらどうぞ」
三男「……食べないよ」
このまま餓死してやる。
魔剣士「困ったなー、ハンストかあ」
魔剣士「うーん、仕方ないなあ。俺は保護者としておまえに栄養を摂ってもらわなければならない」
エリウスは何処かから巨大な注射器を出した。
魔剣士「上の口から食べてくれないなら、下の口から注入するしかないよな〜〜〜〜〜?」
三男「!?!?!?!?」
魔剣士「いい子だからお尻出そうな〜」
三男「食べる! ちゃんと食べるからやめて!!」
エリウスが作った料理は妙においしい。
でも僕はお母さんの料理の方が好きだ。
みんなお母さんよりもエリウスの方が料理が上手だって言うけど、そんなことない。
魔剣士「チビ達もご飯な〜」
エリウスはジョウロの中に何種類か肥料を入れ、最後にぬるま湯を注ぐと、
子供達の植木鉢にかけた。
5人の子供は嬉しそうな顔をして喜んだ。
魔剣士「カイドウ、カズラ、チグサ、ミルフサ、メノハ、おっきくなれよ〜」
奇妙な光景だ。
ユキさんやユカリは微笑んでエリウスと子供達を見守っている。
魔剣士「アルクスもこっち来いよ」
逆らったら何をされるかわからない。渋々従う。
魔剣士「アルクスおいたんだよ〜」
三男「お、おいたん?」
緑三男「おいちゃ?」
緑四女「おいたぅ!」
緑五女「あうくふおいたん!」
緑四男「あううふ」
緑六女「あふーひゃぁんー」
緑長女「舌っ足らず〜可愛い〜」
魔剣士「まだ上手く言えないかあ、はは」
白緑の少女「すぐにちゃんと喋れるようになりますよ」
緑三男「おいちゃ〜」
三男「わわっ! まとわりついてこないでよ!」
魔剣士「こらこらカイドウ〜おいたんびっくりしてるだろ〜」
植物にしてはじんわり暖かい。人間の血も引いてるからかな。ぷにぷにだ。
エリウスが子供を抱き上げて、あやしてから植木鉢に戻した。
すっかり父親の顔になっている。
魔剣士「2番目の子達、どうしてるかな」
白緑の少女「もう皆寝たみたいですよ。走り回って大変だったそうです」
なんでわかるんだろう。
僕は疑問を声には出さなかったけど、表情を見てユキさんが答えた。
白緑の少女「アクアマリーナにいる子供達は、私の本体や分身が面倒を看ているんです」
白緑の少女「本体や分身達も私自身ですから、情報をすぐに共有できるんですよ」
便利そうだな。もし自分がもう1人いたら楽なのに、っていうのはよく考える。
魔剣士「アルクス〜俺の家族写真見て見て〜」
無理矢理携帯の画面を見せてきた。……子沢山だな。
魔剣士「今はまだ10人だけど、最低100人は産みたいんだ」
ええ……。
魔剣士「俺先に歯磨きしてくるね」
エリウスはキャンピングカーの中に入っていった。
水道があるなんて、この車、どれだけお金かかってるんだろう。
緑長女「……本当はね、今頃、もっといっぱいきょうだいが増えてるはずだったんだよ」
緑長女「でも、ちょっとごたごたしちゃって。お父さん、少しでも早く増やそうとがんばってるみたい」
僕より年下のはずの姪は、見た目だけじゃなく精神的にも大人びている感じがする。
なんだかちょっとプライドが傷つく。
寝る準備を済ませて、車の中のベッドマットに寝転がった。
魔剣士「見てろよ、すごいからな」
エリウスが壁にあるスイッチを押すと、天井や壁の一部がスライドして、夜空が現れた。
ガラスの窓だ。
魔剣士「これで星見ながら寝れるんだぜ」
割れないのかな。ちょっと怖いけど、でも星空は綺麗だ。
この空をお母さんと一緒に見られたらどんなに良いだろう。
魔剣士「まったく寂しそうな顔しちゃって〜」
魔剣士「母さんの代わりにお兄ちゃんがぎゅうしてあげるぅ〜」
三男「うぎゃあああああ!!」
三男「気持ち悪い!! おまえなんかに抱きしめられても全く嬉しくない!!」
魔剣士「そう言わずに〜」
三男「離れろおおおおおおおおおおお!!」
魔剣士「いてっいてっごめんっごめんって! いたい! ああん! もっとぉ!」
三男「もういやだぁ」
こんなの嫌がらせだ。
お父さんは、エリウスがこんな嫌な奴だって知ってるから、
お母さんを取ろうとした僕に復讐しようと思ってエリウスに迎えに来させたんだ。
――
――――――――
鳥のさえずりが聞こえる。朝だ。
寝心地になんだか違和感が……そっか、ここはエリウスの車の中だった。
優しい薄黄色の朝日が車内を照らしている。
……お父さんの魔力と同じ色だ。そう思うと、あんまり朝日を綺麗だとは思いたくなくなった。
エリウスの子供達は、朝日を浴びて気持ちよさそうにしている。
この子達の周りの空気がなんとなくおいしい。光合成でもしてるのかな。
エリウスはユカリを抱き枕にしてまだ寝ている。ユキさんの姿はない。
白緑の少女「そろそろ起きましょうか」
三男「わっ!」
白緑の少女「あ、ごめんなさい。びっくりさせてしまいましたね」
依り代である株からいきなり現れた。そっか、精霊だもんな。
魔剣士「ん〜まだ眠い〜」
エリウスは車の外に出て、すぐにふらふらと倒れた。
白緑の少女「エリウスさん、今コーヒーを淹れますからね」
魔剣士「うん。ふああ〜俺も光合成しよ」
エリウスは体から大量に雑草を生やした。
僕とこいつは本当に実の兄弟なのだろうか。
僕はどうしてもこいつが人間だとは思えない。
白緑の少女「はい、どうぞ」
魔剣士「ん〜」
コーヒーを1口飲むと、エリウスはすっきり目が覚めたようで、てきぱきと行動し始めた。
こいつは食べた植物の成分を自在に操ることができるらしいから、カフェインの覚醒作用を利用したのだろう。
今日も車で北上する。
魔剣士「俺等さ、歳が離れてて、全然話したことなかったろ」
魔剣士「だから俺、この機会を利用しておまえといっぱいいっぱい仲良くなりたいんだ」
三男「やだ」
魔剣士「んもうすねちゃって」
魔剣士「せっかくだし、あちこち寄り道しながらゆっくり行こうな」
外を眺める。生まれ育った村の周辺より、随分緑が多い。
魔剣士「つってもしばらくは町もなんもないんだよな。テレビでも見るか?」
車内には2ヶ所、前の部分と、後ろにいる人達が見えやすい位置に画面がついている。
白緑の少女「エリウスさんが出演した料理番組の再放送があるみたいですよ」
魔剣士「よし、それに決定な」
魔剣士「うわ〜これ2年前のだよ。懐かしいな」
エリウスが出演した数多い料理番組の中でも、特に人気の高かったものを何本かまとめて放送しているみたいだ。
放送されている番組はそれぞれ違うテレビ局が企画したものだけど、
他所のテレビ局の番組のデータを借りて他局が再放送するのはたまにあることだ。
魔剣士「アルクス、おまえはもう父さんや母さんとの関係を良くできないと思ってるかもしれないけど、そんなことないんだぞ」
魔剣士「人間関係って、自分が思っている以上に大きく変わるんだ」
魔剣士「すごく仲が良かった奴と仲違いすることもあるし、」
魔剣士「逆に、ぜってえわかりあえないと思っていた奴と友達になることもある」
魔剣士『というわけでできました、コッカリーキ・スープです』
司会『さて、お味は』
魔導槍師『うっ、くぅっ……』
魔導槍師『鶏の出汁とリーキの甘みが見事に絡まり合っている……まるで真冬の布団の中のような温もり……!』
魔剣士『このリーキという野菜、ほんのりとタマネギのような香りを料理に足してくれるのです』
魔剣士『軟らかいのに煮崩れしない! そしてニンジンやジャガイモと相性がいい!』
魔導槍師『冬場の必需品ですね』
魔剣士『お次はコリアンダーという野菜を紹介しましょう。パクチーとも呼ばれてますね』
魔剣士『ちょっと生のままのをつまんでみてください』
魔導槍師『カメムシです』
魔剣士『そしてこちらがコリアンダーのコーディアル(アルコール飲料)です』
魔導槍師『こっこれは……!』
魔導槍師『癖の強いコリアンダーの風味はしっかりと残っているというのに、』
魔導槍師『まるで真夏のセレーノの海のような爽快感……!』
魔導槍師『あの果てしなく続く水平線が瞼に浮かびます』
セレーノ……海が綺麗なことで有名な観光地だ。
司会『カメムシ味の野菜が、一体どのような魔法で変貌したというのか!? 解説はCMの後!』
お母さんは、エリウスが出ている番組は全部チェックしてた。
だから、エリウスがアークイラと一緒にテレビに出ているのを、僕もお母さんの横で何回も見たことがある。
エリウスが料理を作ったり、食べに行った先の料理の解説をしたりする役。
アークイラが料理の感想を述べる役。
エリウスの解説はわかりやすいし、アークイラの感想は比喩表現がふんだんに使われていて面白いしで、大人気だったらしい。
学校でも、主に女子がキャーキャー言いながらこの2人について喋っていた。
魔剣士「俺さ、この人とすげえ険悪だったんだぜ」
三男「ふーん」
そんなこと言われても、僕は2人が仲良く喋っているところを画面越しに見たことがあるだけだから、いまいちよくわからない。
魔剣士『アキレスさんはトマトを大量に使った料理しか作れなかったってほんと?』
魔導槍師『ええ。台所には常に100個以上のトマトが積んでありましたよ』
司会『プティアはトマト料理の国ですからね〜! しかし100個以上とは!』
三男「アークイラって確か今行方不明だよね」
魔剣士「お嫁さんとひっそり暮らしてるよ」
三男「えっそうなの」
魔剣士「田舎で畑耕してる」
世界最強の魔導師が農家になるなんて、不思議なこともあるもんだな。
魔剣士「人生、どう変わるかわからないもんだよ」
魔剣士「おまえの人生も、おまえ次第でいくらでも変えられる」
数日、東へ西へふらふらと走りながらゆっくりと北に向かった。
エリウスとユキさんは本当に仲が良い。
僕にいちゃいちゃを見せないよう気を遣ってはいるみたいだけど、
それでも充分見せつけられているような気分になって、僕はイライラしていた。
三男「エリウスさ、植物しか恋愛対象じゃないんでしょ」
三男「人間のこと好きになったことないの?」
魔剣士「……あるよ。一回だけ」
嘘だろ。意外だ。
三男「え? いつ?」
魔剣士「……4年半くらい前」
三男「結婚してからじゃん。浮気だ。最低だ」
魔剣士「そうだな、最低だ」
三男「今はもうその人のこと好きじゃないの」
魔剣士「うん。好きだったの、2ヶ月もないくらいだよ」
三男「短っ……」
一時の気の迷いとかだろうか。
魔剣士「ここの草原綺麗だなーちょっと休憩しよ」
エリウスは車を停めると、木陰に折り畳み式のテーブルを広げ、ノートパソコンを開いた。
子供達は喜んでよちよちと駆け回っている。
緑長女「あんまり遠くに行っちゃだめだよ」
四男「ぱあぱ! おはな! きいぇい!」
魔剣士「そこでそのままじっとしててな」
魔剣士「よーし、いい写真が撮れたぞ」
エリウスはアルバムの編集をしているらしい。画面にはたくさんの写真が表示されている。
魔剣士「この子達すぐおっきくなっちゃうからまめに写真撮らないとな」
白緑の少女「子供の成長を振り返るのは楽しいですね」
夫婦が寄り添い合って画面を見ている。……幸せそうだな。
魔剣士「追加終わりーぃ! チビ達と遊ぶぞぉ〜!」
エリウスは子供とじゃれ始めた。
三男「……アルバム、見ていい?」
魔剣士「いーよー」
別にあいつらに興味があるわけじゃない。他にやることがなくて暇なんだ。
アルバムアプリケーションに登録されているアルバムは、全て子供の成長記録のようだ。
ユカリ成長記録(5025.5〜)
ミルウス成長記録(5028.3〜)
2回目世代成長記録(5031.5〜)
3回目世代成長記録(5031.11〜)
家族の思い出総合(5025.5〜)
誰だよ、ミルウスって。
四つ子とかじゃなくて、1人で生まれてきたのはユカリだけのはずだ。
まさか、すぐ死んじゃった子とかじゃないだろうな。
おそるおそるダブルクリックした。
最初に出てきたのは、女の人が普通の人間の赤ちゃんを抱っこしている写真だ。
出産直後みたいだ。前髪が汗でべとべとになって、額に貼り付いている。
これがあいつの浮気相手……?
……綺麗な人だ。お母さんとよく似てる。
こんな人を、ほんの短い間でも好きになったなんて、あいつこそマザコンじゃないか。
じゃなきゃ余程のナルシストだ。
魔剣士「ユキ〜写真撮って撮って〜」
白緑の少女「はい、ピーマン」
魔剣士「かっこよく撮れた!?」
白緑の少女「はい」
魔剣士「やっぱり俺って美しいな〜」
……後者かな、あいつの場合。
他の写真も見る。女の人の隣に男の人が立っている。
この人、見覚えがあるな……確か、産婦人科医になった親戚だ。名前……なんだっけ。
ということは、女の人と赤ちゃんがいる病院は、おそらくグラースベルクの産院だ。
アルバムに記録されている時期と、あいつが浮気していた時期は一致しない。
……計算してみた。浮気相手が出産したから会いに行ったってところだろう。多分。
う、うわ、赤ちゃんにおっ……母乳をあげてる写真まで……。
見てはいけないものを見てしまった罪悪感に襲われて、このアルバムを閉じた。
ユカリが言ってた「ゴタゴタ」って、浮気騒動かな。
ただでさえ僕はエリウスのことが嫌いなのに、更に尊敬できなくなった。
エリウスの方を見る。とても浮気しそうな男には見えないけど、わからないもんなんだな。
魔剣士「あーお日様がきもちいーこのまま昼寝しよ」
エリウスはよく昼寝をする。夜もぐっすり寝てるのに。寝過ぎだ。赤ちゃんかよ。
エリウスが寝転がると、周囲の雑草が光を発しながら元気になった。
エリウスの魔力は植物にとってはすごく質のいい養分になるらしい。
僕はあいつの浮気相手の姿を思い浮かべた。
あんなにお母さんとよく似た女の人だったら、僕…………。
い、いや、だめだ。どんなに似ていても、あの人はお母さんじゃない。
でも……綺麗だったな……。
――
――――――――
助手席にずっと座っていると腰が痛くなる。
僕は車の後ろの方で寝転がっていた。
魔剣士「アルクス〜最近ずっと機嫌悪いままだぞ〜?」
三男「…………」
浮気するような人間と口を利く気にはなれなくて、僕はエリウスと必要最低限のことしか話さなくなった。
魔剣士「ほら前見てみろよ、山脈が綺麗だぞ」
魔剣士「ねえアルクス〜アルクスったら〜」
三男「うるさいな!」
魔剣士「お兄ちゃん悲しい」
三男「…………」
谷間の道に入った。トンネルが多くて、頻繁に暗くなる。
僕の人生も真っ暗だ。どん底だ。
魔剣士「アルクス〜どんなに暗いトンネルでも、進めばいつか出口に辿り着けるんだぞ」
三男「…………」
魔剣士「あっやっべ道間違えた。こっちのトンネル未開通だったわ」
気が滅入る。
山脈を横断して、温泉で有名な街に着いた。
魔剣士「ほら、早く降りろよ」
だるい。僕は無駄にのろのろと動いた。
魔剣士「大丈夫か? 手、貸そうか」
三男「僕に触るな!」
魔剣士「いてっ」
三男「下半身の緩い人間は大嫌いなんだよ! お母さんだって嫌ってる!」
魔剣士「……えっと」
三男「お母さんならおまえが浮気相手を妊娠させたことに気がつくはずなのに、」
三男「なんでお母さんはおまえに優しいんだよ! ありえない!!」
魔剣士「ちょっと待って何か誤解が」
三男「おまえなんて嫌いだ! 浮気野郎!!」
三男「お嫁さんと子供がいるのに浮気するおまえなんて生きてる価値ないんだよ!!」
魔剣士「…………」
緑長女「アルクス君、あのね」
三男「早く死んじゃえー!」
魔剣士「っ……」
魔剣士「あああああああああああああ!!!!」
魔剣士「痛い痛い痛い痛い!! やめて!! もう許してぇ……!!」
エリウスは突然叫んで、頭を抱えてのた打ち回った。
白緑の少女「いけない、発作が!」
魔剣士「はっ、ふっ……切らな……で……言うこと聞くから……」
緑長女「お父さん、しっかりして! 怖いのもう終わったんだよ!」
魔剣士「俺の記憶返して……!」
魔剣士「俺の身体元に戻してよ…………!!!!」
ユキさんがエリウスを抱きかかえた。
白緑の少女「大丈夫です。もう、あんなに恐ろしいことは起きないんです」
魔剣士「はあ、はあっ……ユキ……」
白緑の少女「……しばらく、眠っていてください。夢があなたを癒してくれます」
ユキさんが魔法をかけると、エリウスは目を閉じた。
三男「…………」
白緑の少女「……エリウスさんは、とても、とても恐ろしい目に遭ったんです」
白緑の少女「共依存を愛だと錯覚しなければ、心を守れなくなるほどに」
意味わかんない。
白緑の少女「普段は元気そうに振る舞っていますが、もう心も身体もボロボロなんです」
白緑の少女「本人が望んでいるほど、長く生きられるかどうか……」
三男「そ、んな」
白緑の少女「……旅館の予約は済んでいます。中に入りましょう」
ユキさんがエリウスを姫抱きにして運ぶ。
緑長女「植木鉢、運ぶの手伝って」
三男「……うん」
重い。でも、赤ちゃん達を落っことすわけにはいかない。
緑長女「……お父さんね、4年前、心が壊れた人に捕まっちゃったの」
緑長女「お母さんや私に関する記憶を封印されて、勝手に身体を改造されて」
緑長女「廃人寸前にまで追い込まれたんだよ」
白緑の少女「エリウスさんは、エリウスさんなりにあなたを元気づけようとしているんです」
白緑の少女「不器用な方ですから、わかりづらいかもしれませんが……」
三男「…………」
いろいろ聞きたいことはあるけれど、聞いちゃいけないような気がした。
エリウスはまだちょっと苦しそうに眠っている。
もう少し、優しく接しようかな。
なんだか、さっきまでとは違う理由でイライラした。
どうして、そんな普通じゃ考えられないくらい酷いことをされてしまったのだろう。
やったのはあの写真の女の人なのかな。わからないことだらけだ。
エリウスのこと嫌いなはずなのにな。どうしてこんなに腹が立つんだろう。
旅館は、おじいちゃんの取引先の文化風だった。ベッドがない。
押入れから布団を引っ張り出して、横になった。
何も考えたくないけど、嫌でもいろんなことが頭をぐるぐるする。
お父さんのこと。お母さんのこと。エリウスのこと。僕の将来のこと。
休み始めて1時間くらいで、エリウスが起きた。
魔剣士「俺露天風呂入ってこよ〜っと。貸し切りなんだぜ!」
緑長女「気をつけてね」
白緑の少女「私は後から子供達と一緒に入ります。ゆっくりなさってきてくださいね」
魔剣士「ありがと!」
寝起きでふらふらなのに、1人で入浴なんてして大丈夫なのかな。
あいつただでさえどんくさいのに。足滑らせたりしないかな。
……僕がエリウスのことを心配しているのは、あくまであいつに何かあったらお母さんが悲しむからだ。
あいつのこと好きになったわけじゃない。
魔剣士「お、アルクス。背中流してやろうか」
三男「自分で洗……う……」
エリウスの身体は、傷痕だらけだ。
おかしいのは傷痕だけじゃない。
身体全体の肉の付き方に違和感を覚えた。男か女かわからない身体をしている。
変な太り方だな。
でも、そんなことがどうでもよくなるほど、皮膚の色が酷い。
三男「なんだよ、それ」
魔剣士「それってどれ」
三男「その、大量の傷」
魔剣士「ああ、エルナトにだいぶ薄くしてもらったんだけどな」
魔剣士「まあいろいろあってさ」
切り傷の痕だったり、火傷の痕だったり。大きな擦り傷だったり。
北方人の特徴である白い肌には、あまりにもそれらが目立っていた。
魔剣士「おまえは自分の体大事にしろよな〜」
魔剣士「父さんと母さんにもらった、大事な体なんだから」
おまえの体だってそうだろ。
三男「……あのさ」
魔剣士「何?」
三男「僕さ、見ちゃったんだ。綺麗な女の人が、ミルウスって赤ちゃんを抱っこしてる写真」
魔剣士「ああ、それ俺」
三男「はあ? 冗談よしてよね」
流石にそれはないだろう。
魔剣士「あはは」
三男「あとさ」
魔剣士「うん」
三男「死んじゃえ、なんて言ってごめん」
魔剣士「いいよ。不信感煽るようなこと言ったの、俺だもん」
温泉から上がって浴衣を羽織った。
魔剣士「よーし、卓球やるぞ!」
三男「……いいよ」
……エリウスはへたくそだった。
魔剣士「ごめんもうちょっと手加減して」
三男「その運動神経の鈍さで、一体どうやって剣振ってるの」
魔剣士「うーん……ノリ?」
変な奴だな。
三男「お父さんもお母さんも運動神経良いのに」
魔剣士「ほら、俺って顔は良いし天才的な才能ももってるだろ?」
魔剣士「1つくらい悪いところがあったっていいじゃん?」
1つどころか、悪いところはすごくたくさんある。
でも多分、つらい目に遭っても明るく振る舞っているのは、こいつのすごく良い面なんだと思う。
魔剣士「そうだ、気づいたことがあるんだけどさ」
三男「何」
魔剣士「おまえって赤ちゃんの頃からタマタマの色白いままなのな! 俺とおそろい!」
三男「はあ?」
魔剣士「いや〜裸見たらおまえのおむつ替えてやってた頃のこと思い出しちゃってさ」
三男「僕やっぱりおまえのこと嫌いー!」
魔剣士「アルバのは黒いんだよなー。俺と色が違いすぎるから、母さんが病気じゃないか心配してさ」
魔剣士「父さんが『こんなもんだろ』って言ったら安心してたけど」
三男「…………」
魔剣士「そういや昔ルツィーレに『キンタマってなんで黒いのにキンタマって呼ぶの?』って訊かれてさ」
魔剣士「俺もそんなの知らないから『アルクスのは白いよ』って答えたんだよ」
三男「…………」
魔剣士「そしたら『ルーシーには黄金のキンタマ生えてくると良いなあ』とか言い出してさぁ」
三男「もう股間の話はいいだろ」
下品な話はあんまり得意じゃないんだ。
翌日、温泉の町を出て港町に到着すると、寿司屋に連れていかれた。
魔剣士「大将、芽ネギとおしんこ巻きとわさび巻きお願い!」
エリウスは植物のネタばかり頼んでいる。一体何を食べに来たんだ。
僕は適当にまぐろとかサーモンとかを頼む。
魔剣士「美味いか?」
三男「うん」
魔剣士「そっかあ良かった」
三男「おまえは魚食べないの」
魔剣士「お寿司好きなんだけどさ、生魚食べたらよく腹壊しちゃうんだよ俺」
僕に寿司を食べさせるために連れてきてくれたらしい。自分はあまり食べられないのに。
大将「その子エリウスさんにそっくりだねえ。隠し子じゃないでしょうね。がっはは」
魔剣士「実はそうなんすよ」
三男「弟だから!!!!」
船に乗った。……豪華客船だ。
魔剣士「アクアマリーナで乗り換えてすぐセーヴェル大陸に行くこともできるんだけどさ」
魔剣士「サントル中央列島もあちこち回りたいな〜って思ってるんだ」
三男「好きにすれば」
甲板で風に当たる。
エリウスのファンらしき女性達が寄ってきた。
ファン1「サインくださぁい!」
ファン2「写真! 写真お願いします!」
ファン3「ああん近くで見るともっとかっこいい〜」
魔剣士「すんません今プライベートなんすよ〜」
エリウスはわざとへらへらして、後ろから僕の両肩に手を置いて前に押した。
魔剣士「ほらほらお部屋に行くぞ〜」
電車ごっこの状態で歩く。こいつ何歳だっけ。
部屋に入る前にエリウスの携帯が鳴った。
エリウスは柵にもたれかかり、海を見ながら会話を始める。
魔剣士「もしもし? うん、今下の弟と一緒」
魔剣士「そっかぁ、好き嫌い減ったかあ」
魔剣士「またメッセで写真送ってよね」
魔剣士「ところでさ、今度そっちの近く通るんだけど」
魔剣士「じゃあ寄るね」
通話が終わった。
三男「友達?」
魔剣士「うん」
エリウスは機嫌を良くしたみたいだ。
にまにましながら部屋に入っていった。
今日はユキさんと子供達、エリウスと僕で部屋が分かれている。
三男「おまえってさ」
魔剣士「ん?」
三男「やけに面倒見いいよね。意外だ」
適当でめんどくさがりな奴だとばかり思っていた。
魔剣士「伊達に長男やってないしぃ?」
三男「…………」
魔剣士「それに、おまえに対しては罪滅ぼしみたいな気持ちもあるのかもな」
三男「なにそれ」
魔剣士「この石に、モルゲンロートのおじいちゃんが入ってたのは知ってるだろ」
三男「うん」
魔剣士「おじいちゃんな、兄ちゃんを守るために魔力を使い果たして成仏しちゃってさ」
魔剣士「もしおじいちゃんが今もここにいてくれたら、」
魔剣士「領主の先輩としておまえにいろいろ助言してくれてただろうになって思ったら」
魔剣士「代わりに俺が少しくらいおまえの面倒見てやらなきゃなって」
三男「……死んだ人間なんて、傍にいない方が普通なんだ。気にすることない」
魔剣士「あはは、ありがと」
魔剣士「あ、そうだ」
魔剣士「向こうだと、10歳になったら自分の魔力と同じ色の石を親から贈られる風習があるんだけど」
魔剣士「おまえ、貰ったか?」
三男「貰ってない」
魔剣士「じゃあ、これやるよ」
エリウスは胸元のアウィナイトのピンブローチを外した。
魔剣士「この石ほど、おまえの魔力と相性のいいものはそうそうないだろうから」
鮮やかな、青らしい青。かなり希少な石だって聞いたことがある。
何故だか懐かしい輝きだなと感じられる。
魔剣士「じっとしててな」
僕の服に針が刺される。
魔剣士「うん、似合ってるよ」
魔剣士「その中にはもうおじいちゃんはいないけど、きっと守ってくれるから」
船の中にはいくつも高級レストランがあって、僕達はバイキングに行った。
有名人であるエリウスは、人に絡まれるのを避けるために変装していた。
でも、いくらなんでもド緑のかつらと怪しいサングラスはないと思う。
センスが常軌を逸脱している。
夜も更けて、ベッドに潜った。
魔剣士「実家にいる時はさ〜、やかましくて仕方なくて早くこんな家出てえって思ったけど」
魔剣士「いざ離れて見たら、あの騒がしさが恋しくなったりするんだよな〜」
魔剣士「おまえもそろそろ」
三男「ならないよ」
魔剣士「学校の宿泊学習の夜とかさ、ホームシックにならなかったか?」
三男「お母さんに会いたくてたまらなくなっただけ」
エリウスが室内の魔石灯を消した。
お母さんに会いたくて仕方なくて、寂しくて、僕は布団にくるまってこっそり泣く。
お母さん、どうしてるかな。今頃またラヴェンデルに抱き着かれてるのかな。
それとも、お父さんが独り占めしてるのかな。
優しかったお母さん。綺麗なお母さん。
三男「う……ひっく……」
魔剣士「…………」
三男「……っ…………ぅぁ……」
魔剣士「こちょこちょこちょ〜〜〜〜〜」
三男「うわはははははははあああああやめろ!!!!!!!!!」
魔剣士「あひゃひゃひゃひゃ!」
たまには感傷に浸らせてほしい!!
数日船に乗って、翡翠の港町アクアマリーナに着いた。
魔剣士「俺んち行くぞ!」
エリウスの家は、貴族の屋敷ほどではないにしても、ちょっと大きくてすごく綺麗だ。
次女「パパ! おかえぃ!」
長男「パパー!」
魔剣士「ワカナ、ヒコバエ!」
三女「ユカリおねーちゃん、パパ!」
次男「おかえり! だっこ!」
魔剣士「スズナ! コカゲ! みんな元気いっぱいだな! パパ安心したぞ!」
エリウスが子供を抱き上げた。
三女「おみやげ!」
魔剣士「あはは、ちょっと待っててな」
生後半年らしいけど、2、3歳に見える。お喋りは見た目の年齢よりも上手みたいだ。
家の中にはたくさんのユキさんがいた。みんな髪型や装飾が少しずつ違っている。
一番神秘的な見た目をしているユキさんが本体の精霊らしい。
魔剣士「ユキ達ちょっと全員集まって」
わらわらと同じ顔の精霊達がエリウスの傍に集合する。
魔剣士「見て見てアルクス!」
エリウスは両隣のユキさんの肩に腕を回して、こう言った。
魔剣士「ハーレムごっこ!」
こいつ……。
ユキさん達は呆れた顔をした。
魔剣士「あはは」
僕の白けた反応なんて全く気にせず、エリウスはへらへら笑っている。
楽しそうだな……。その能天気さが羨ましいくらいだよ。
空を見上げた。アクアマリーナの大樹はあんまりにも大きくて、上の方は蒼く霞んでいる。
こんなにおっきい木がエリウスのお嫁さんなのか。
三男「すっごい観光客多いね、この町」
魔剣士「ユキの花が咲いてる時期は特に多いよ」
滅多に花を咲かせなかったはずの大樹は、ここ数年ちょくちょく開花するようになった。
家の中にいるのはユキさんや子供達だけじゃない。
学者らしき人がメモを取っていたり、警備員が見張っていたり。
魔剣士「この辺の大学や研究施設の学者だよ」
魔剣士「俺の子供達は新しい種族だからさ」
魔剣士「どう育てていけばいいのか、協力し合いながら研究してるんだ」
三男「ふーん」
魔剣士「よ〜し今晩はパパがご飯作っちゃうぞ〜!」
子供達はばんざいをして喜んだ。
魔剣士「アルクス手伝って」
三男「え……わかったよ」
顔色のいいエリウスを見ていると、あのよくわかんない発作を起こしたのが嘘みたいに思える。
また酷いことを言ったらあの発作を起こすのかな。
魔剣士「おまえ下拵え上手じゃん」
三男「よくお母さんのお手伝いしてたから」
魔剣士「良い子だな」
良い子……なのかな。
もうお母さんのお手伝いをすることもないんだな、と思ったら涙が出てきた。
魔剣士「ん、無理しなくていいぞ。このタマネギちょっと目に沁みやすくてな」
三男「やるよ」
料理をしているお母さんの横顔は、すごく暖かい表情をしていた。
こいつも同じ顔をしている。
家族が喜ぶご飯を作ろうとしている親の顔だ。
次男「ぱぱぁ、ずっとおうちにいる?」
魔剣士「ごめんなあ、パパ明日にはまたお出かけなんだ」
次男「やだー! やだー!」
魔剣士「すぐに帰ってくるよ」
子供が料理中のエリウスの足元に絡みついた。
僕も、小さい頃は同じことをしてお母さんを困らせちゃったな。
『アルクス、危ないよ。包丁痛い痛いだからね。良い子にして待っててね』
お母さん……。
魔剣士「俺もユキみたいに分身できたらなあ」
三男「うぇぇ……ぐずっ……」
魔剣士「やっぱり休んで待ってていいぞ。ユカリが遊び相手になってくれるから」
三男「………………」
僕は意地でも野菜の皮を剥き続けた。途中で物事を投げ出すのはあんまり好きじゃないんだ。
次女「ぱぱ遊んで! 一緒にいて!」
次男「行かないでぇ」
魔剣士「仕方ないな〜。じゃあ、遠くへのお出かけは明後日からにしようかな」
魔剣士「明日はパパと一緒にショッピング行こうな」
次女「わーい!」
次男「おいしい肥料ほしい!」
エリウスの暮らし方は、普通の人間とは大きく異なっている。
とても奇妙だけれど、目に入る全てが新鮮で、見ていて退屈しない。
――翌々日の朝。
三男「……うわああああ!」
泊まっていた2階の部屋から降りると、下の子達が寝ていた植木鉢から小さな木が生えていた。
よく見ると、それはどう見てもカイドウ達だった。
植物っぽい見た目の割に皮膚は人間に近くてぷにぷにだったのに、ひんやり硬くなっている。
魔剣士「どうしたーアルクス」
三男「あっ、あ、あっ」
魔剣士「何そんなに動揺してんだよ……精通でもきたのか?」
三男「ひがう!」
噛んだ。
魔剣士「夢精したなら、ユキ達には黙っててやるから今のうちにパンツ洗ってこいよ」
三男「ちっがう!! 子供が!! 完全に植物になってる!!」
魔剣士「ああー、チビ達、皆で一緒に木質化の練習してたんだな」
五つ子は見る見るうちに普段通りの見た目に戻り、エリウスにじゃれついた。
魔剣士「細胞壁ってわかるか?」
三男「……うん」
魔剣士「この子達には細胞壁があってさ。普段は細胞膜と同じように柔らかくなってんだけど、」
魔剣士「自分の意思で硬くできるんだよ」
魔剣士「いざという時は完全に木になりきって身を守れるというわけだ! すごいだろ!」
……不思議な生き物だな。
拍子抜けしたような、謎の生態に驚かされたような……。
昼前にこの町を経った。ユカリ以外の子供達は家でお留守番だ。
皆寂しがって、泣いてエリウスを引き留めようとする子もいた。
なんだか、甥姪から親を奪ってしまったみたいで申し訳なくなった。
三男「僕のことなんていいから、さっさと北に送り届けて家に帰れよ」
魔剣士「んー……まだそういうわけにはいかないかな」
魔剣士「ルルディブルク行くぞ! フラパラ寄らなきゃな!」
三男「なんだよ、フラパラって」
魔剣士「フラワーパラダイス。っていうアミューズメントパーク」
三男「僕、そういうところではしゃぐほど子供じゃない」
魔剣士「大人ぶるのはせめてアスパラガスの周りに草原が生えてからにしような!」
魔剣士「せっかくの子供時代だってのに損しちまうぞ」
僕は子ども扱いされたくないお年頃なんだ。
やっぱり癪に障る奴だな。
ルルディブルクには、色とりどりの花が溢れていた。
甘い香りが鼻をかすめる。
今日は宿で休んで、アミューズメントパークには明日行くことになった。
夜、フロントの自販機でジュースを買って、ちょっとまったりしてから部屋に向かった。
思えば、僕は一方的にエリウスを嫌ってばっかりで、まともに会話したことがなかった。
無神経ではあるけど、意外と嫌な奴じゃないし……でもお母さん以外の人間に心を開くのはなんだか抵抗があるなあ。
……入ろうとしたら、ドアが少しだけ開いていて、部屋の中から変な会話が聞こえた。
魔剣士「あっ……ん、ユキ……」
白緑の少女「気持ちいいですか? エリウスさん」
魔剣士「すっごくいい……うっ、くぅ……」
ど、どうせマッサージだろ。
白緑の少女「ほら、もうこんなに出ちゃいましたよ」
!?!?
な、なにがだ?
魔剣士「やっ、恥ずかしい……見せないで」
白緑の少女「ちょっとだけ深く挿れますよ」
魔剣士「やっ、待って! 太いぃ……!」
白緑の少女「少しの辛抱です!」
魔剣士「抜いてえ! おっきすぎる!」
お、おまえは突っ込む側じゃないのか?
おそるおそるドアの隙間を広げて、室内を伺う。
魔剣士「俺もっと細いのじゃないと無理だわ」
白緑の少女「この綿棒、いつものより太かったですね。子供達の体のお手入れ用にしましょう」
耳掃除かよ……!
い、いや、別に、変なこと考えてなんかないし。考えてなんかないし。
魔剣士「アルクス、どうした? なんか嫌なことでもあったのか?」
三男「なんもないよ。疲れただけ」
僕はベッドに倒れ込んだ。
お母さんに耳掃除してもらえたら幸せだろうな。
寝る前と寝起きは情緒が不安定になりがちだ。
朝、目が覚めた時のこの憂鬱な気分。傍にお母さんはいない。
三男「お母さん……」
魔剣士♀「もう、この子ったら本当にママが好きなのね」
魔剣士♀「あたしのことママだと思っていいのよ〜」
三男「うぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!」
三男「うわあああ離せ!!!!」
魔剣士♀「素直に甘えなさぁい」
三男「ぎもぢわるいーーーーーーー!!!!」
逃げても逃げても女装したエリウスは僕に抱き着こうとする。
魔剣士♀「かぁんわいい〜〜」
三男「い゛や゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
毛布にくるまって部屋の隅に蹲っていたら、漸くユキさんが起き出してエリウスを止めてくれた。
白緑の少女「可哀想でしょう」
魔剣士♀「だってぇ、温もりで満たしてあげようと思ってえ」
緑長女「お父さん、やめてあげて」
白緑の少女「アルクス君、もう大丈夫ですよ。エリウスさんは私がしっかり見張っておきますから」
三男「うぅ……」
写真の女の人とよく似てて美人だけど、こいつの女装姿なんて見たくない。
悍ましすぎて直視できない。
魔剣士「機嫌直せよぉ」
三男「…………」
朝っぱらから心臓に悪すぎた。
朝食は小麦ブランや玄米を混ぜて焼き、クッキーみたいにしたものだ。
おやつとしても食べられるけど、シリアルと同じ様に朝食にする人が多い。
エリウスが開発に関わったらしい。
他社の製品よりも甘さが控えめで、ダイエットをしている人に大人気だ。
食べ終わってすぐ、外に連れ出された。
魔剣士「この町さ、俺が花の育て方助言したら、元々綺麗だった花が更に綺麗に育つようになってさ」
魔剣士「儲かりすぎてやばいらしい」
三男「自慢ならいらない」
魔剣士「んもう、つれないなあ」
魔剣士「あっちが商店街で、あっちがエログッズ街」
三男「は?」
魔剣士「昔は花街だったらしいんだけどさ、今は少ししか風俗の店ないんだ」
魔剣士「でもエロいコンテンツが充実してるから特に住民の不満が溜まってたりはしないんだと」
魔剣士「見てくか?」
三男「行かないよ!」
魔剣士「10歳っつったらエロにも目覚めてくるお年頃だろ?」
三男「あのさあ」
白緑の少女「エリウスさん、いけませんよ」
魔剣士「はーい」
おまえにそっち方面の面倒を見られて嬉しいわけないだろ。
天才の癖に頭悪いな。
フラワーパラダイスには行列ができていた。
緑長女「これじゃ何時間も待たなきゃいけないね」
魔剣士「んー、仕方ないな」
魔剣士「すみませーん」
バイト「今忙しいんです!」
魔剣士「あの」
バイト「障害者カードをお持ちの方はご提示くださーい優先して入場できまーす」
魔剣士「これ、これ見てください」
バイト「あっすみません障害者の方だったんですね! ってあー! エリウスレグホニア! ……え? 障害者??」
受付管理人「ばっかもーん何しとる! エリウスさんは関係者だぞ! 顔パスで通さんか!」
バイト「!? ふえ……ごめんなさ……」
魔剣士「いえあの今日は弟連れて客として来てるんで」
すんなり中に入れた。
三男「なんでおまえ障害者カードなんて持ってるの」
障害者が、どんな障害があるのか証明するために使うカードだ。
魔剣士「だって俺障害者だもぉん」
三男「は?」
魔剣士「使える権利は使わないとな」
三男「意味わかんないんだけど」
魔剣士「おまえ知らなかったっけ。俺発達障害なの」
三男「? ルツィーレみたいな?」
魔剣士「ルツィーレとは種類違うんだよ。まあ俺もちょっとだけ多動入ってるけどさ」
魔剣士「ここさー、魔力不足問題のせいで建設が中止されてたんだけど」
魔剣士「俺が太陽光魔力変換装置を扱ってる会社を紹介したらなんとか再開できてさ」
魔剣士「今や世界的に有名な娯楽施設になったというわけだ」
三男「…………」
魔剣士「花の飾り方とかもたくさんアドバイスしたんだぜー」
花を模した様々なアトラクションが人々を楽しませている。
観覧車だったり、ジェットコースターだったり。
普通ならコーヒーカップ、ティーカップと呼ばれる遊具は、チューリップや蓮の花の形をしている。
大人も子供も関係なく笑顔だ。
魔剣士「景色見てるだけでも面白いだろ」
夢の中や、お伽噺の世界みたいな、不思議なデザインの建物があちこちに立ち並んでいる。
まるで異世界に来たみたいだ。
ここまで大規模でデザインが凝っている遊園地は、地元の近くにはなかった。
魔剣士「現実を忘れて思いっきり遊ぼうぜ!」
緑長女「お父さん、私あれに乗りたい!」
魔剣士「よーし! 行くか!」
悔しいけど、いつの間にか僕は楽しんでしまっていた。
魔剣士「ジェットコースターすごかったな、股間のタマネギのヒュンヒュンが止まらなかっただろ」
くらくらする。
魔剣士「なあユカリ、女の子はジェットコースター乗った時、どっかヒュンってなったりしないのか?」
緑長女「お腹のあたりが浮いた感じになるよ」
魔剣士「なるほど〜」
エリウスと一緒に歩いていると、しばしば周りに人だかりができてしまう。
こんなに人が多い場所ならなおさらだ。これどうにかならないかな。
魔剣士「そろそろ疲れただろ? アイスでも食べて休憩するか!」
売店のすぐ近くに休憩所があった。
魔剣士「おすすめはこれ! 季節限定のフキノトウアイス! 俺が考えたんだぜ!」
三男「は……?」
魔剣士「他の味は何処でも食べれるけどさ、フキノトウのアイスは珍しいぞ! せっかくだし食ってけ!」
バニラを食べたかったけど、勝手に注文された。
アイスクリームなのに苦い。甘さは控えめで、後味がすっきりしている。
不味過ぎはしないけど……うーん。
宣伝用の旗を見たら、「オトナに大人気!」と書いてあった。あまり子供受けはしないのだろう。
魔剣士「おいし〜」
アイス売り「エリウスさんが考案したこのアイス、よく売れてるんですよ〜」
魔剣士「でしょ〜」
こいつのフキノトウ推しは一体なんなんだろう。
魔剣士「いつもがんばってくれてありがとな。これお礼」
アイス売り「高級レストランの割引券!? ありがとうございます〜!!」
魔剣士「あの人、俺が季節限定の変なアイスを提案した時後押ししてくれてさ」
魔剣士「自分が賛成したんだから〜って、季節限定のアイス担当してくれてるんだよ」
三男「ふーん」
三男「……おまえみたいな人間は、普通に働いてる人のこと見下してそうだなって思ってたんだけど」
魔剣士「え? そんなことないよ」
魔剣士「ああいった人達は、俺にできないことをしてるんだから」
三男「おまえにできないこと?」
魔剣士「うん。俺は、毎日普通に働くっていうのができないんだ」
魔剣士「得意不得意の差が激しすぎてさ」
魔剣士「相手の言ってることを聞き取ったり、正しく認識したりっていうのが下手だし、」
魔剣士「普通の人なら覚えられる仕事を全然覚えられない」
魔剣士「臨機応変な対応だって、どんなに努力してもできるようにならない」
魔剣士「電話も、昔は全然できなくて困ったんだ」
三男「…………」
魔剣士「だから、『普通』にがんばってる人のことは尊敬してるよ」
微笑んでエリウスはそう言った。
魔剣士「掃除してるおじさんだって、売店で接客してる人だって、俺にはできないことをし……」
エリウスはいきなりふらっと倒れかけた。
ユキさんが受け止めて転倒を防ぐ。
白緑の少女「もうそろそろ限界だと思ったんです」
白緑の少女「エリウスさんは、こういった騒がしい場所が極端に苦手ですから」
魔剣士「うー……」
白緑の少女「宿に戻りましょう。もっと遊びたかったかもしれませんが……ごめんなさい」
三男「いや、別に……もう充分遊んだし」
緑長女「お父さん、大丈夫? お母さんの鉢、私が持つよ」
またユキさんがエリウスを抱っこして運んだ。
白緑の少女「障害者カードを使うことも、普段はないんですよ」
白緑の少女「自分は発達障害者の中では成功しすぎてる方だから、援助制度を使う必要なんてないと」
三男「……ぶっ倒れるくらいなら、僕のために自分を削るの、やめてほしい」
三男「……迷惑だ」
魔剣士「ごめんな……」
三男「…………」
宿に着いて、エリウスはベッドに寝かされた。
魔剣士「疲労感が酷いだけだから、少し休んだら大丈夫」
三男「……何か欲しい物、ある?」
魔剣士「じゃあ、俺の鞄の中の水筒取ってくれる?」
三男「これ?」
魔剣士「さんきゅ」
エリウスが飲み始めたのは……蛍光黄緑の液体だ。
魔剣士「あーおいし」
三男「それ……フキノトウを灰汁抜きした水だよね……」
魔剣士「うん」
魔剣士「おまえは真似するなよー毒だからな」
三男「しないよ!」
魔剣士「フキノトキシンは怖いぞ〜」
ユキさんが疲労回復効果のある野菜や果物を買ってきて、
それを食べてしばらく休んだらエリウスはだいぶ顔色が良くなった。
僕もユキさんが買ってきてくれたものを食べて夕食を済ませた。
三男「あのさ」
魔剣士「うん」
三男「……無理しないでよね」
連れてってくれてありがとう、と言おうと思ったけど、照れくさくて言えなかった。
魔剣士「ありがと」
エリウスははにかむように笑った。
三男「……その笑い方、お父さんと似てる」
魔剣士「あはは。他の人からもたまに言われるよ。表情の作り方が似てるって」
三男「ふうん」
魔剣士「親子だもん。少しくらい似てるよ」
三男「僕は、お父さんとは全然似てない」
魔剣士「そりゃ、おまえはシレンティウムさんが作ったシステムによって生まれた子だからな」
魔剣士「でも、見た目には表れてなくても、おまえは父さんの血をしっかり受け継いでて、」
魔剣士「それは子々孫々にも未来永劫受け継がれていくものなんだ」
三男「別に、お父さんの血が入ってたって、全然嬉しくない」
三男「お母さんだけの子だったらよかったのに」
魔剣士「父さんの血が役に立つ日が来るかもわかんないぞ?」
魔剣士「たとえば、黎明のベーリュッロスの波動が子孫を助けてくれたりさ」
三男「…………」
魔剣士「内面で言えば……そうだな、生真面目で、下品なネタが苦手なところが父さんと似てるよ」
魔剣士「うっかり下ネタ言って周囲をドン引きさせちゃうよりはずっといいと思うよ」
魔剣士「……父さんのこと、そんなに好きになれないかもしれないけどさ」
三男「僕は、お父さんよりも強くなってお母さんをお嫁さんにしたかった」
三男「でもお父さんは強すぎて倒せない。だから嫌いだ」
魔剣士「そういうのエディプスコンプレックスっていうんだぞ」
三男「あっそ。もう寝る」
魔剣士「そっか。おやすみ、アルクス」
……。
……………………。
早寝しすぎて、夜中に目が覚めた。
少しだけ明かりをつけて、テレビの電源を入れた。音量を思いっきり下げる。
え、えっちな番組が放送されている。
おかしいな。ビデオじゃなくて普通の放送のはずなのに。
こっちの地方はこんな番組を垂れ流してるのか。チャンネルを変えた。
深夜アニメだ。
作画がちょっと色っぽいけど、今のところえっちすぎないからチャンネルをそのままにした。
黒髪の少女『ねえヴェル……ううん、兄上。賢いあなたならわかっているはずでしょう?』
黒髪の少女『様々な文化で、近親婚が禁じられている理由を』
銀髪の青年『な、何を言っているんだ、エミル』
黒髪の少女『駄目なんだよ、このままじゃ』
黒髪の少女『あなたと一緒にいられるなら、子供はいなくてもいいって自分を納得させようとも思ったけれど、』
黒髪の少女『僕は、やっぱり愛する人と一緒に子供を育みたい』
銀髪の青年『しかし』
黒髪の少女『家族同士で結ばれるのはいけないことなんだ。……さよならだよ』
銀髪の青年『待ってくれエミル! エミ』
テレビを消した。アニメにまで説教されたくない。
枕を抱きしめて寝転がる。
緑長女「アルクス君も目が覚めちゃったんだね」
三男「ごめん、うるさかったよね」
緑長女「ううん、大丈夫」
エリウスの娘。具体的に何処がって訊かれたらわからないけど、顔立ちがなんとなくエリウスと似ている。
ユキさんとも似てるから、多分足して割った顔つきなんだと思う。
浅緑色の髪は目立つけれど、最近は人間と亜人種の交流も増えてるから、
騒がれるほどではない。
亜人種は魔適傾向が100未満でも、髪が魔力の色に染まりやすかったり、
色素の種類が人間と違っていて、鳥みたいに魔力とは関係なしにカラフルだったりする。
緑長女「私も小さい頃、『お父さんと結婚するー!』なんて言ってたんだよ」
緑長女「でも、お父さんはね、」
緑長女「『ユカリにはユカリの運命の相手がいるんだよ』って言ったの」
三男「…………」
ユカリは、まるで僕よりずっと年上みたいに話した。
背だって高いし、胸もちょっと膨らんでる。やっぱり、年下には見えない。
緑長女「アルクス君にも、きっといるよ。運命の人」
僕の気持ちは、もしかしたら幼い頃にありがちな「ママと結婚する!」とか、
「お兄ちゃんと結婚する!」とかっていうのを卒業し損ねただけなのかもしれない。
緑長女「まだ深夜だし、がんばって二度寝しよっか。おやすみ」
三男「……うん。おやすみ」
――
――――――――
――数日後
朝の草原を車で走る。
魔剣士♀「東の方に行けば行くほどエスト大陸の文化が入っててさ」
魔剣士♀「プティア料理の店もけっこう多いんだ」
魔剣士♀「トマトパスタはうんまいぞ〜! とびきりいい店連れてってやるからな」
三男「……ねえ」
魔剣士♀「ん?」
三男「なんで女装してんの」
魔剣士♀「兄ちゃんな、実は姉ちゃんなんだ」
三男「は?」
魔剣士♀「『女装』ってさ、男が女の格好をするって意味でしょ」
魔剣士♀「これは女装じゃないよ」
三男「????」
魔剣士♀「今の俺は女の子だから、これが当たり前の格好なの」
三男「……??」
魔剣士♀「たまに心が女の子になっちゃう日があるんだ」
三男「ちょっと待って、意味がわからない」
魔剣士♀「ってかもう体も半分女の子だしー」
こいつと一緒にいると常識が崩壊しそうになる。
三男「……おまえってルツィーレみたいな身体してたっけ?」
魔剣士♀「数年前からだけどな」
三男「意味わかんない」
魔剣士♀「まあいろいろあってさ」
やっぱり意味がわからない。
でも、確かに変な体つきしてたから、本当のことなのかなと思った。
……改造されたって、そういうことなのか?
魔剣士♀「このウィッグ俺の髪の毛から作ったんだぜー」
三男「あっそ」
小綺麗な町に着いた。
ルルディブルクほどじゃないけど花が多くて、お洒落な建物が多い。
新年を祝うお祭りで賑わっている。
魔剣士♀「俺も今月で25かあ、早いもんだなあ」
宿に荷物を置き、ユキさんとユカリが買い出しに行くと、エリウスは口を開いた。
魔剣士♀「ねえ……美人姉妹ごっこ、しない?」
悪寒が走った。
三男「僕も買い物」
魔剣士♀「逃がさないんだから!」
三男「うぎゃあああ!」
髪の毛を耳の上で縛られた。ピッグテールとかいう髪型らしい。
魔剣士♀「若くてお肌が綺麗だからファンデーションは要らないな」
ポイントメイクも施された。お肌に優しいから子供でも大丈夫だとかって言われた。
服はユカリのお下がりだ。僕に女装させるためにこっそり持ってきてたらしい。
魔剣士♀「あはー可愛い! 記念撮影しよ!」
とても白けた気分だ。あまり鏡を見たくない。
肩に手を置くな。気持ち悪いな。
……エリウスが窓の外の花と何か話した。植物を通してユキさんと連絡を送り合っているのだろう。
魔剣士♀「んーそうだね。あんまり大人数じゃ動きづらいし別行動しよっか」
はたから見ると怪しい人だ。でも、これがあいつらにとっての普通なんだろう。
魔剣士♀「よーし! 2人でお祭り行くぞ!」
三男「この格好で?」
魔剣士♀「うん!」
三男「えぇ……」
魔剣士♀「可愛い女の子は何かと得しちゃうのよ!」
三男「…………」
エリウスはまるで生まれつき女の人だったみたいだ。
おかしいな。男口調混じりで話すし、一人称も“俺”のままなのに。
何故か僕はこいつが女の姿をしていることに違和感を覚えなくなりつつある。
おやっさん「嬢ちゃん達可愛いねえ! たこ焼き2個おまけしてあげるよ!」
魔剣士♀「わーい! ありがと〜!」
三男「…………」
「ねえ、あそこの巨大な美人何物!? 何処かの国の大物女優かな!?」
「昔ハルモニアとテレビに映ってるの見たことあるー!」
「憧れちゃう〜!」
「妹ちゃんも可愛い〜!」
三男「あのさ、目立ちすぎてない?」
魔剣士♀「困っちゃうわね」
楽しそうだな……。
魔剣士♀「俺は遊びでこの格好してるわけじゃないし、」
魔剣士♀「女になりきって楽しんでるわけでもないよ」
魔剣士♀「今は、素でこれだから」
三男「じゃあ、男にときめいたりすんの?」
魔剣士♀「ユキ似のイケメン精霊でもいたらドキッとしちゃうかも。あはは」
おどけた調子で答えられた。本気なのか冗談なのかわからない。
吸血鬼「やっぱり人の入れ替わりの多い土地は亜人への偏見少なくていいわね」
吸血鬼部下「そうですね」
吸血鬼「血色のりんご飴いかがですか〜! 1個300Gもしくは血液100mlよん!」
魔剣士♀「2個くださーい! あ、血じゃなくてお金で!」
吸血鬼「あら……ふうん。あの娘ったらやっぱり……あ、ごめんなさいね。こっちの話」
吸血族だ。生地の厚いフードを被って、日光を遮っている。
吸血鬼「まいど〜! あなた達、私の好きだった人とよく似てるからミニ飴おまけしちゃうわ」
魔剣士♀「亜人さんがやってる屋台もけっこうあるんだなー」
三男「亜人と融和できつつある今の時代じゃなかったら、おまえの子供達、暮らしにくかっただろうね」
魔剣士♀「だろうなぁ。ありがたい世の中だよ」
何度もナンパされながら屋台が立ち並ぶ道を歩く。
魔剣士♀「ケバブおいし〜」
三男「…………」
魔剣士♀「おいしくないか?」
三男「おいしいよ」
魔剣士♀「食べ過ぎるなよ〜夜はパスタ屋行くんだからな」
三男「おまえが食べさせてるんでしょ」
天気がいい。ケバブを頬張るエリウスの横顔を見る。
綺麗な女の人だ。虹彩の色は昼間の空よりも深い青。僕と同じ。
三男「ねえ、ちょっと聞いていい」
魔剣士♀「ふぁあに?」
三男「おまえって、好きで女になったわけじゃないでしょ」
魔剣士♀「ふぁあほうらね」
三男「答えるの呑み込んでからでいいから」
魔剣士♀「日に日に身も心も女に近づいていく自分に怯える毎日……つらかったわぁ」
魔剣士♀「でも、なっちゃったものは仕方ないでしょ」
三男「…………」
魔剣士♀「いつかは純粋な男に戻りたいけど、女の子の部分子供産むのに使っててさあ」
魔剣士♀「男性ホルモンの注射も控えめにしてるんだよ。縮んじゃうから」
三男「…………」
魔剣士♀「ユカリの時はまだ俺女じゃなかったからヘソから産んだんだけど」
魔剣士♀「出血が多くてやばくってさ〜ははは」
魔剣士♀「だからどうせなら有効活用しようと思って」
変にポジティブだ。
三男「切除しようとか考えなかったの」
魔剣士♀「男の部分傷つけずに取るのは無理ってエルナトに言われた」
ケバブを食べ終わって、包み紙をポリ袋に入れる。
魔剣士♀「まず俺の男の子とユキの女の子で受精させてさあ」
魔剣士♀「んでユキからめしべを生やして俺の」
三男「そんな生々しい話訊いてないし聞きたくないよ!」
どんな神経をしているんだこいつは。弟にする話じゃない。
魔剣士♀「ねえ、ちょっとこっち寄りなよ」
三男「やだ」
拒否したけど後ろから無理矢理ぎゅっとされた。
お母さんほど柔らかくないけど、細い見た目の割には肉がついている。
魔剣士♀「俺、何年も前からずっとおまえのこと心配してたんだよ」
魔剣士♀「お母さんっ子なのに、1人でずっと遠くに行かなきゃいけないんだから」
魔剣士♀「しかもこんなに早まっちゃってさ」
あったかい。お母さんみたいだ。
元々男だったはずなのに、どうしてこんなに母性的なんだろう。
三男「……………………」
魔剣士♀「女の気分の日は母性本能強くなりすぎて困っちゃうな」
魔剣士♀「母さんが子供を想う気持ちがよくわかるよ」
三男「ぼ、僕宿に戻るから!」
魔剣士♀「俺も」
調子が狂う。
魔剣士♀「あーやっぱ先部屋入ってて。そこの売店見てくる」
僕は逃げるように部屋に戻った。ほっと一息つく。
……ちょっと勇気を出して姿見を覗いてみた。
他人から可愛い可愛いと言われまくったら、多分本当に可愛いのだろう。
僕はエリウスとは違う。自分の女装姿に酔ったりしない。
……でも、なんだか、おかしいな。鏡の中に、小さなお母さんがいるように見えてきた。
鏡に映る自分と手を重ねて、おでこをくっつけた。
お母さん、会いたいな。僕、本当にお母さん以外の誰かを好きになんてなれるのかな。
ガチャ
魔剣士♀「あーやっぱりアルクスおまえ才能あるんj」
三男「ちがーう!!」
三男「……ねえ」
三男「写真の、赤ちゃんを抱っこしてた女の人って、ほんとにおまえなの」
魔剣士♀「うん」
母親になったことあるなら、そりゃ母性があっても当然だよな。
あれ、っていうことは、僕は……実の兄に一瞬でもときめいてしまったのか?
三男「で、でも、あの写真の女の人、おまえより女性らしい体つきだったし」
魔剣士♀「そりゃ妊娠して太ってたから」
三男「か、顔自体の印象だって」
魔剣士♀「ホルモンバランスとか化粧とかでだいぶ変わるし」
ま、マジで……?
魔剣士♀「アルクスー……大丈夫か?」
三男「うーん……」
僕はショックで寝込んだ。
魔剣士♀「色々喋ってたらショック受けちゃったみたいでさ」
白緑の少女「旅の疲れとも重なったのかもしれませんね。しばらくこの町で休みましょう」
だるいし食欲がない。体が重い。
なんで女にされたのかとか、誰にやられたのか、おまえが産んだ子供は一体何処にいるのかとか、
いろいろ気になることはあるけど、質問する元気がない。
魔剣士♀「喉乾いてないか? 口当たりの良い果物でも剥いてやろうか」
とりあえず僕の視界に入らないでほしい。
白緑の少女「……エリウスさん、女性の格好をやめてください」
白緑の少女「あまりその格好のあなたを見たくないようです」
察してもらえた。ユキさんは洞察力が高いみたいだ。
魔剣士♀「え、あ……うん、そうだね」
緑長女「またいじわるしたんじゃないよね?」
魔剣士♀「う、うーん……いじめてるつもりはなかったんだけど」
ウィッグを外して、化粧を落として男の服を着ても、エリウスは普段と雰囲気が違う。
なんか……ナヨい。ショートヘアの女の人に見えなくもない。
僕はそんなに魔感力は高くないけど、男の時のエリウスとちょっと波動が違うのはなんとなくだけど感じ取れた。
魔剣士「今心がほっとする薬調合してやるからな」
エリウスは何種類か植物を食べて、小皿の上に魔力を集中させた。
きったない作り方だなと思うけど、この方法で作った薬が一番よく効くらしい。
魔剣士「抑肝散みたいなもんだから安心して飲んでいいぞ」
まずヨクカンサンがなんなのか僕は知らないけど、多分副作用が少ないって意味なのかなと思った。
そういえばお母さんがたまにそんな名前の薬を飲んでいた気がする。
薬を白湯に溶かして渡された。冷ましてちびちびと口に含む。変な味だ。
魔剣士「ごめんなー変な話ばっかして。パスタ屋は元気になってから行こうな」
エリウスは申し訳なさそうに優しく笑う。
三男「しばらく1人で休ませてほしい」
緑長女「じゃあ、3人で外に食べに行こっか」
魔剣士「ごめんな、アルクス」
白緑の長女「何かあったら、そこの通話器でエリウスさんの携帯に連絡してくださいね」
荷物からミニアルバムを取り出した。
村を出る時、アウロラ姉さんが手渡してくれたものだ。
家族の写真が何枚も挟まれている。
10代後半のエリウスの写真を見つけた。
赤ちゃんを抱っこしていたエリウスよりも男らしい顔つきをしている。
今も男の格好をしている時は男性らしい顔をしているけど、18歳の時よりはやや中性的だ。
心の壊れた誰かに、性別をめちゃくちゃにされたせいだ。
魔感力の良いお母さんなら、何も言われなくてもエリウスの異変に気付くはずだ。
……そういえば、去年の春にエリウスが帰省した時はお母さんの様子がおかしかった。
正確に言えば、帰ってくる少し前からだ。
あいつが帰郷する数日前の夜中、
お父さんがお母さんに「あいつは色々あったみたいだが、いつも通り接してやってほしい」と言っていた。
実際にエリウスが顔を出すと、お母さんは一応普通に振る舞おうとしていたけど、
やっぱりどこかショックを隠しきれていない感じだった。
ちょっと気になったけど、僕はエリウスのことなんてどうでもよかったから、
気のせいだと思って何も訊かなかった。
その日、お母さんはとても怖いことを呟いていた。
(お母さんがそんなこと言うはずない、聞き間違いだ)
僕は自分にそう言い聞かせて、今の今まで忘れていた。
『アークイラ……殺してやる』
でも、アークイラが犯人だとしたら、どうしてあいつらはあんなに仲良さそうに旅なんてしてたんだ。
もしアークイラがエリウスに何かしでかしていたとしても、また別のことなのかもしれない。
でも、性別を変えるほどの魔術を使える魔術師なんて、そういるだろうか?
エリウスが置いていったノートパソコンを開き、ネットの検索窓を開く。
そういった術は実在しているみたいだけど、
高度な上にかなり危険で、この世の摂理を壊してしまうものであるため、
大精霊に使用用途をかなり制限されている。
やっぱり、素人が扱える術じゃないみたいだ。
……頭が痛い。疲れた。
アルバムアプリを開いて、ミルウスのアルバムを見る。
赤ちゃんを抱くエリウスは幸せそうだ。
ユキさんと仲良さげにしている写真も、後ろのページに何枚もあった。
女性同士のカップルみたいだ。実際、半分そうなっているのだけれど。
……いけない世界を覗いてしまった気分だ。閉じよう。
だめだ。いくら考えても無駄だ。素直に休むことにした。
――
――――――――
翌日。
三男「外散歩したい」
魔剣士「大丈夫か?」
三男「寝過ぎて、かえってだるいから」
2人で外に出た。
今日もお祭りをやっているみたいだけど、騒がしい場所は避けて、静かな道を歩く。
白っぽい煉瓦の建物にさりげなく花が飾られていて、目に優しい。
三男「今日はおまえ男なんだね」
魔剣士「うん」
魔剣士「なあアルクス、おまえの将来の夢ってなんだ?」
三男「夢も何も……生まれつき決まってるでしょ、僕の将来は」
魔剣士「領主っつっても、様々でしょ。贅沢してる人もいれば、領民第一の人もいる」
三男「……まだ、よくわからない」
魔剣士「でもさ、母さんの故郷を守りたいって気持ちはあるだろ」
三男「うん」
魔剣士「俺はさー、渋さと面白さを兼ね備えた素敵なおじさまになるのが夢なんだ」
三男「ふうん」
魔剣士「でも今のままだと男臭さが足りないんだよなぁ」
魔剣士「あ、食欲あるか?」
三男「うん」
ユキさん、ユカリと合流して、パスタ屋に入った。
トマトの海鮮スパゲティを頼んだ。ペスカトーレとかいう名前らしい。
ウェイター「こちらはアクアマリーナ直送のホタルイカでございます。サービスとなっております」
小皿に乗せられた、小さな鈍い赤色のイカが運ばれてきた。
黄色いどろっとしたものが添えられている。
三男「……?」
魔剣士「辛子酢味噌だよ。あ、目玉は取って食べろよ。硬いから」
……おいしいのかな。よくわからない。
魔剣士「目玉無いのかなこいつ、と思ったら奥の方にあったりしてさ」
三男「ほんとだ」
魔剣士「ホタルイカの発光は綺麗だぞ、海岸が青白く光るんだ」
エリウスが携帯で画像を出して見せてくれた。幻想的だ。
また町を出て、東へとだらだら進んでいく。
ずっと南にいたら見れなかったもの、食べられなかったものを、エリウスはたくさん教えてくれている。
魔剣士「明日、俺この町の大学に講演頼まれてんだ」
三男「講演?」
魔剣士「でっけええええええええええ会場で持論について語るんだぜ。来るか?」
翌朝、エリウスは正装を着た。
白緑の少女「あ、ちょっと曲がっています。直しますね」
魔剣士「ありがと」
魔剣士「ねーねーユカリ、お父さん決まってるでしょ」
緑長女「うん!」
大規模な演劇が行われるような、広いホールに連れていかれた。
僕はユカリと一緒に2階の特別席に座る。
会場内には、大学生らしき若者達だけじゃなくて、町の住民や、マスコミも数多く集まっていた。
講演が始まった。
エリウスはこういった講演をするのには慣れているらしくて、自信を持って喋り始める。
精霊との問題や自然破壊のこと、植物の生態系を壊すことなく植物を利用していくためには……等、
題目はいくつかあってちょっと長いけれど、誰もが真剣に聞き入っている。
魔剣士「自然“保護”と自然“保全”にはこういった違いがあり、現在人類に求められているのは――」
こいつは有名人で、テレビによく出てる奴だって認識はあったけれど、ただそれだけじゃない。
この星全体に必要とされている人材なんだ。
――こんな奴が、実の弟とはいえ、僕なんかのために時間を割いていていいのだろうか。
この世界の損失にはならないだろうか。
プレッシャーが僕に圧し掛かる。
緑長女「お父さん、かっこよかったよ!」
魔剣士「おまえもいつか父さんみたいに世界中で活躍するんだぞ〜!」
緑長女「え〜できるかなぁ」
三男「……ねえ、エリウス」
いい加減、お礼の1つくらい言わなきゃ。
魔剣士「――危ないっ!」
三男「わっ」
エリウスに押されたと思ったら、ついさっきまで僕がいた場所から、
キンッ、と石畳が金属を跳ね返す音が聞こえた。
ナイフだ。
ユキさんが体から触手を伸ばし、屋根の上にいた誰かを引きずり下ろす。
暗殺者「ひぇっ」
魔剣士「誰に頼まれたのか教えてね〜」
答えなければ拷問することをちらつかせると、暗殺者は依頼人の名前をあっさり吐いた。
自然破壊をして利益を上げている会社の社長の名前だった。
魔剣士「ごめんなアルクス、びっくりしただろ」
魔剣士「俺みたいな活動してる人間のことを良く思わない奴もいてさ、たまにああいうのが襲ってくるんだ」
三男「…………」
魔剣士「そういや何か言いかけてなかったか?」
三男「……なんでもない。お疲れ様」
魔剣士「うん。ありがと」
空を見上げた。夜空に星が散っている。ラピスラズリみたいだ。
魔剣士「よーし晩飯だ! 何食いたい?」
三男「まぜそば」
魔剣士「じゃああそこの店入ってみるか!」
どうして素直にお礼を言えないのだろう。
もどかしい気持ちが心の中でぐるぐるする。
僕はもう、前ほどエリウスのことを嫌いじゃないかもしれない。
kkmd
ふきのとうのアイス、ぐぐってみたら何故か実在していた上にレシピも出てきたので
作って食べてみるのも楽しいかもしれませんね
夢から覚めた。妙に暖かくて、柔らかい。
三男「おかあさん……?」
魔剣士「ん、起きたか」
三男「うわあああああああああ!!!!」
エリウスの抱き枕にされていた。
魔剣士「叫ぶこたないだろ」
三男「何やってんだよ!!」
魔剣士「おまえが夜中に潜り込んできたんだろ」
三男「えっ」
三男「…………」
三男「憶えてない」
魔剣士「そりゃお母さんお母さん言って寝ぼけてたし」
寂しくておかしくなっていたらしい。
屈辱だ。
サントル中央列島の北東部の港町に向かう。
車の窓から風が入っていて気持ちいい。
魔剣士「機嫌直せよぉ〜」
三男「…………」
……もうすぐ港町に着くというところで、エリウスはまた発作を起こした。
今は草の上で横になっている。
よく見ると、草から出た光る珠がエリウスの中に入っていっているみたいだ。
緑長女「お父さんの魔力で元気になった草が、」
緑長女「余剰なエネルギーを癒やしの力に変換してお父さんに返してるんだよ」
変な汗をかいてつらそうにしているエリウスに膝枕をして、頭を撫でているユキさんの目は優しくて、
でもなんだか悲しそうだ。
魔剣士「痛い……」
魔剣士「や……めて…………俺女になんて…………」
眠りの魔法をかけられても、まだうなされている。
緑長女「記憶をいじられたり、性自認を壊されたりしたせいで、お父さんの精神体分裂しかかってるんだよ」
緑長女「魂の病気なの」
緑長女「体だって、元々男の人だったのに、無理に女の人として純粋な人間の子供を産んだせいで寿命が縮んじゃった」
緑長女「一時期は目も見えなくなってたんだよ」
三男「え……」
緑長女「生命の結晶……っていう、命のエネルギーの塊がお父さんの中にあるんだけど、」
緑長女「それでなんとか生きてるの」
緑長女「お父さんに酷いことした人、今も平和なところでのうのうと暮らしてるんだよ」
緑長女「許せないよね」
三男「…………」
緑長女「でもね、お父さんはその人のこともう恨んでないんだって」
緑長女「お父さんは……優しすぎる」
魔剣士「あーよく寝た」
三男「……これ」
魔剣士「ん?」
三男「ココア」
魔剣士「おまえが淹れてくれたのか? ありがとな」
三男「…………」
色々訊きたいけど、嫌なことを思い出させてしまうのが怖くて、何も訊けなかった。
また船旅だ。前みたいな豪華客船じゃないけど、設備が新しくて全く不便はしない。
ラズ半島に行く便もあったけれど、エリウスは敢えてセーヴェル大陸の南端部行きの船を予約していた。
すぐに旧レッヒェルン領に行くんじゃなくて、親戚に挨拶をして回るつもりなんだそうだ。
僕を追い出した家族の話をするのはつらくって、できるだけ避けていた。
でも、少しずつだけど、僕はエリウスと故郷の話をするようになった。
魔剣士「ルツィーレが自分のこと『ぼく』って言うようになったのその頃からなんだぜ」
魔剣士「もー俺も父さんもオディウム教徒の連中も大変でさあ」
三男「ふうん」
魔剣士「その前は自分のこと『ルーシー』って言ってたんだ」
魔剣士「ルツィーレ、って発音が南の人間にはちょっと難しくてさ」
魔剣士「あっちの古語読みだとルシールだから、ルーシーって愛称で呼ばれてたんだ」
三男「ふうん。……なんて意味だっけ?」
魔剣士「光、とか輝く、って意味だな」
三男「お父さんってさ、子供と距離置いてるわりにはアルバのこと可愛がってるよね」
魔剣士「本人に言ったら否定されるけどな、はは」
魔剣士「仕方ないよ。アルバは父さんの愛犬の生まれ変わりなんだから」
三男「犬?」
魔剣士「俺等は飼ったことないからいまいちピンとこないかもしれないけどさ、」
魔剣士「人と犬の絆は強いらしいから」
三男「へえ」
魔剣士「アルバが父さんの犬の生まれ変わりだってわかった時、父さんアルバを抱きしめて泣いてたんだぜ」
三男「あのお父さんが?」
魔剣士「うん」
三男「……ねえ、無理矢理作らされた子供でも、親は子供を愛すること、できるのかな」
魔剣士「え、ど、どうした?」
三男「や、その……僕、お父さんにとってはお母さんが欲しがって無理矢理作らされた子供だから」
魔剣士「父さん、おまえのこと可愛がってくれてたろ。思い出の1つや2つあるはずだよ」
……あるはずだけど、なんだか意地になってしまって、思い出すのを拒否してしまった。
お父さんは僕のことなんて嫌いなんだ、って、自分で自分に言い聞かせてしまう。
ミルウスを抱っこしているエリウスは、幸せそうな顔をしていた。
多分あの子も無理矢理作らされた子供なんだろうけど、エリウスはあの子を愛してるんだと思う。
三男「ミルウス……って、今何処にいるの」
魔剣士「ああ、ヴァールハイト国の端っこだよ。近いうちに会いに行くから、仲良くしてやってほしいな」
三男「あ……うん」
ちゃんと誰かに育ててもらってる感じなのかな。ちょっとほっとした。
……訊いちゃいけないことかもしれないけど、どうしても気になって、訊いてしまった。
三男「一緒に暮らさなくて……平気なの?」
魔剣士「本当は自分で育てたかったんだけど……」
魔剣士「俺、やらなきゃいけないことがたくさんあるし、ユキにあれ以上迷惑かけたくなかったから」
剣士「それにさ俺、普通じゃないからさ。純粋な人間の子供をちゃんと育て上げる自信がなかったんだ」
魔剣士「でも、決して愛してないわけじゃないよ」
魔剣士「頻繁に電話してるし、たまに会いに行ってるんだ」
三男「……ふうん」
魔剣士「父さんと母さんも、離れててもちゃんとおまえのこと愛してくれてるから」
本当に愛してるなら、追い出したりしないでしょ。
水平線を眺める。
広い海に呑み込まれそうで、ちょっと怖くなった。
三男「……そういえばさ」
三男「お母さん、おまえの体のこと心配してたよね。電話で話してるの聞いた」
魔剣士「ああ、出産の影響で体調崩しやすくなったり、なかなか男としての機能が回復しなかったりしてたからさ」
魔剣士「心配させてばっかりなんだよな〜だめだなぁ」
魔剣士「昔つらく当たってばっかりだった分、親孝行したいんだけどさ」
三男「……なんでお母さんのこと嫌ってたの」
魔剣士「きっかけは……些細なことだったよ。えっと、ちょっとした母さんの発言を俺が理解できなくて、それで怖くなって」
魔剣士「でも、今思えば、長引いた原因は他にもたくさんあったな」
三男「?」
魔剣士「たとえばさ、俺、母さんから『なんで普通にできないのか』とか『なんで周りと合わせようとしないのか』とかって言われたから、」
魔剣士「『母さんが俺を障害者に産んだからでしょ』って言ったんだ」
魔剣士「それで母さん、ひたすら俺に謝ってさ。夜中にどうすればいいのかって父さんに泣きついたりもしてさ」
魔剣士「俺はそれで更に母さんのことが嫌になった。母さんだって好きで俺みたいな障害児産んだわけじゃないのにな」
あんまり障害障害言わないでほしい。
魔剣士「俺は母さんに俺のことをわかってもらえなくて嫌だったけど、それ以上に母さんも悩んでたと思う」
魔剣士「育てにくい子供をどうやって大人にしようか、必死だったんだ」
三男「…………」
魔剣士「もう泣かせたくないなって思っても、暴行されたり性別滅茶苦茶にされちゃったりして、気苦労かけさせちゃって」
魔剣士「俺にできることといえば、孫の顔を見せたり、こうしてお前の面倒を見たりすることくらいだ」
三男「……お母さん、去年の春におまえが帰ってきた時、様子が変だった」
魔剣士「……はあ。まあ、そうだろうなあ」
エリウスの携帯が鳴った。電話じゃなくて、メッセンジャーの音だ。
魔剣士「お、きたきた」
魔剣士「見るか? ミルウスの写真」
画面をこっちに向けられた。
金髪に、ところどころ黒のメッシュが入った、変わった髪色の子供が写っている。
3、4歳くらいだ。虹彩は鈍い緑色をしている。
画面がエリウスの指でスライドされる。何枚も送られてきたみたいだ。
2枚くらいは、素朴で優しそうな女の人と一緒に写った写真だった。
魔剣士「可愛いでしょー」
写真を見るエリウスの目は、暖かい。
三男「男から生まれた子供なんて、世界でこの子くらいだろうね」
純粋な男性への女性器形成魔術の使用は認められていない。
たとえ、子供を望んでいるゲイカップルだとしてもだ。
施術を認められているのは、性同一性障害の人か、不妊の女性だけだ。
そもそも料金が高すぎるから一般人はまず術を受けられない。
魔剣士「え、俺達も男から生まれたんだぞ」
三男「は?」
魔剣士「母さんの若かった頃の写真、見せてやるよ」
紺色の髪の、僕と同じような顔をした男が画面に映っている。
画質はとてもいい。
魔剣士「勇者ナハト当時18歳」
三男「お、男だ…………」
い、いや、当時の写真や動画がネットに出回るはずがない……形式が……いや、
石から情報を吸い出してデジタル形式に変換する装置は確か何年も前に開発されてたんだっけ。
魔剣士「男なのに妊娠したのは、父さんの股間の大根がすごいからなんだぞ」
視界が真っ暗になった。
魔剣士「なーんてな、冗談じょうだ……アルクスー!」
客室で目を覚ました。
魔剣士「ごめんよぉ」
三男「…………」
嫌な汗が額から湧く。
魔剣士「さっきの嘘なんだよ……写真は本物だけど……」
嘘だと言われても、精神的ショックが体に来ていて、またしばらく寝込みそうだ。
エリウスはユキさんに叱られた。
数日航海してセーヴェル大陸に着いた。寒い。
宿は僕とエリウス、ユキさんとユカリで部屋が分かれているけど、
部屋同士はドアで繋がっている。コネクティングルームというらしい。
部屋に向かう途中、エリウスは廊下に飾られていたアレンジメントフラワーを見て前屈みになった。
手で股間を押さえている。
白緑の少女「エリウスさん……ちょっとこっちに来てください」
魔剣士「ご、ごめんユキ! 許して!」
白緑の少女「…………」
魔剣士「ゆるしてー!」
エリウスはユキさんとユカリが入るはずだった部屋に連れ込まれた。
三男「……?」
緑長女「仕方ないから、こっちの部屋でビデオでも見てよっか」
緑長女「お父さん、恋愛対象が植物でしょ」
緑長女「あちこちにお花が咲いてる状態っていうのはね、」
緑長女「普通の男の人で例えると、そこら中に裸の女の人がいるのと同じようなことなんだって」
緑長女「お母さん、普段はお父さんが目移りしちゃっても我慢してるんだけど、」
緑長女「たまに嫉妬してお仕置きしちゃうの」
花は性器だ。そう表現したらいやらしく感じるけど、でも植物に欲情するという感覚が僕にはわからない。
多分、大多数の人間は理解できないと思う。
1時間弱ほど経っただろうか。部屋同士を繋ぐ扉が開かれた。
……そっちを見ても誰の姿も見えない。しかし擦れるような変な音はする。
視線を落とすと、そこには奇妙なほど器用に匍匐前進をしているエリウスがいた。
三男「なんで匍匐前進……? 速っ……」
魔剣士「慣れてるから」
三男「?」
お仕置きって、一体何を……何をされたんだろう。
エリウスはどうにかベッドによじ登って寝転んだ。
夜中、寂しくて目が覚めた。
……エリウスのベッドに潜りこんでいいかな。
どうせもう、既に一回は無意識にとはいえ潜り込んじゃったんだし、
魔剣士「……ん。人肌が恋しくなったか」
三男「寒いだけ」
胸の膨らみを確認して、顔をうずめる。
三男「……この胸、普段はどうしてるの」
魔剣士「ナベシャツっていう便利なものがあるんだよ」
三男「……ふうん」
三男「女になってる時、おまえトイレどっち入ってるの」
魔剣士「多目的トイレ」
なるほど。
魔剣士「なかったら仕方ないから男子便所入ってるよ」
魔剣士「でもさあ、美女がアスパラガス出しておしっこしてるのを見て変なものに目覚めちゃう男がたまにいてさあ」
魔剣士「襲われそうになったことあるんだよね」
三男「個室入ったら?」
魔剣士「そうする」
あったかい。ちょっとだけだけど、お母さんのにおいと似てる。
僕の頭を手で包んでくれた。すごく、落ち着く。
――2日後
魔剣士「なあアルクス、おまえってこっちの貴族のマナーとかってわかるか?」
三男「お母さんに仕込まれてる」
魔剣士「じゃあ大丈夫だな。今度、この辺りの貴族のパーティに呼ばれてるんだよ」
魔剣士「自然保護を第一にしてる貴族でさ、時々俺みたいな活動家の親睦会開いてくれるんだ」
三男「おまえはマナー大丈夫なの」
魔剣士「仕事柄貴族と付き合うことも多いから覚えたよ。ユキに駄目出しくらうことも多いけど」
魔剣士「というか俺交流会とかの類の集まり自体苦手だからさ、ユキのサポート無しじゃやってけない。ははは」
三男「…………」
魔剣士「でもさ、人との繋がりってすごく大事なんだ」
魔剣士「ちょっとしたきっかけでできた繋がりが、大きな力を生むことがある」
魔剣士「だから、自分の苦手をカバーしながらなんとかがんばってるよ」
高級な仕立て屋に連れていかれた。
だぶだぶの正装を着せられる。
魔剣士「よし、似合ってるぞ」
仕立て屋「では、このデザインで仕立てましょう」
魔剣士「これからどんどん背が伸びるでしょうし、ちょっとだけ大きめのサイズでお願いします」
仕立て屋「承りました」
店主がメジャーで寸法を測る。
翌日、また同じ店に連れていかれた。
出来上がった服を着る。
仕立て屋「動きにくくはないですか」
三男「大丈夫です」
魔剣士「それ、俺からのプレゼントな」
こんな服、高いだろうに。
魔剣士「レンタルでもよかったんだけどさ、やっぱり1着持っといた方がいいと思って」
ありがとう、って言おうとしたけど、エリウスと店主が色々話し始めてタイミングを失った。
パーティ会場である、貴族のお屋敷に連れてこられた。
魔剣士「貴族もたくさん来るけど、正式な貴族の社交の場ってわけじゃないから、」
魔剣士「そんなに緊張する必要ないからな。貴族じゃない外国の活動家もたくさん参加してるし」
会場に入り、辺りを見回す。
テレビで見たことがあるような有名人が大勢いた。
エリウスがたくさんの人に話しかけられる。
ユキさんはさりげなく相手の名前をエリウスに教えた。
エリウスは人の顔と名前をなかなか覚えられないから、ユキさんがいつもこうやってサポートしているのだろう。
魔剣士「こっちは弟のアルクスです」
三男「どうも」
貴族「将来のレッヒェルン辺境伯ですか、将来が楽しみですね」
貴族夫人「瑠璃の民は族長の訪れをずっと待っているそうだから、これで安心でしょうねぇ」
僕の存在は、こっちの地方の人達から歓迎されているようだ。
魔剣士「ふう、ちょっと疲れた」
魔剣士「なあアルクス、カクテルパーティ効果って知ってるか?」
三男「えっと、うるさくても自分の聞きたいことを選択して聞ける能力」
魔剣士「そうそう。俺はそれできないんだよ」
三男「でも、普通に相手と喋れてたよね」
魔剣士「ユキに相手の発言の情報を魔力で送ってもらってたんだよ」
便利だな……。
エリウスはこのパーティで多くの人々と連絡先を交換した。
魔剣士「おまえも挨拶だけはしっかりしとけよ」
魔剣士「貴族同士の付き合いで信頼関係を結ぶのはすごい難しいらしいからな」
貴族のドロドロした世界がしばしばドラマにされていたりする。
仲良くしてても、相手から利益を得られなくなったらすっぱり関係を切ったり、
利益のために嫌いな相手に取り入ったり……。
お母さん曰く、そういうのは実際にあることらしい。
魔剣士「俺には無理だなあ、気をつけてても相手の言うことを鵜呑みにしちゃうことあるもん」
魔剣士「ちょっとした表情の変化とか、言葉の裏とか読めないし」
魔剣士「おまえはできるようになるから、練習がんばろうな」
三男「うん」
僕を少しずつこっちの世界に慣れさせるために連れてきてくれたみたいだ。
エリウスがワイングラスを手に取った。
お母さんの目と同じ、深い赤紫色の飲み物。
魔剣士「おまえは大人になってからな」
エリウスはワインを飲みながら、話しかけてきた活動家と会話を始めた。
……と思ったらぶっ倒れた。
白緑の少女「会話に集中しすぎてアルコールを魔力に溶かし損ねたようです」
活動家「あ、あちゃあ」
エリウスは担架で運ばれていった。僕もついていく。
魔剣士「ひんじゃくなわぁきんぐめもりぃめ〜」
控え室に入った。
魔剣士「兄ちゃんはもうだめだ……。最期に、願いを聞いてくれないか」
三男「酔っ払いすぎだろ」
緑長女「お父さん、泣かないで」
魔剣士「お兄ちゃんって呼んでぇ」
三男「えぇ……」
魔剣士「にぃにぃでもいいしお兄様でもいいよ」
三男「やだよ気持ち悪いな」
魔剣士「アウロラのことは姉さんって呼ぶくせに〜!」
三男「だって……アウロラはお母さんみたいに世話焼いてくれたし」
魔剣士「おにーちゃん! お に い ち ゃ ん !」
三男「絡むな酔っ払い!」
魔剣士「……えっく、えっく」
三男「そんなめそめそするなよ……」
魔剣士「ぐすっ…………」
三男「ああもう! 呼べばいいんだろ!」
深呼吸をする。なんだろうこの変な緊張は。アルバのことだってお兄ちゃん呼びしたことないのに。
三男「…………に、いさん。……エリウス兄さん」
魔剣士「…………」
反応がない。
白緑の少女「……眠られたようです」
かなり勇気を出して、必死に恥ずかしいのをこらえて言ったのに。
もう嫌だ。
売店のお姉さん「いろんな所に連れて行ってくれるなんて、いいお兄さんね」
弁当を入れられた袋を手渡される。
売店のお姉さん「また来てね〜!」
魔剣士「お、なんとなく嬉しそうな顔してるな。おいしそうな弁当あったか?」
三男「……うん」
嬉しいのは、見ず知らずの人にエリウスのことを褒められたからだ。
別に僕は笑っているわけじゃないのだけど、顔にちょっと出ていたみたいだ。
魔剣士「あれはイベリス、あっちに咲いてるのはアリッサムだな」
エリウスはよく花の名前を教えてくれる。
図鑑を見なくてもぽんぽんと名前が出てくるのはすごいと思う。
魔剣士「それが俺の大好きなスノーフレーク、近くで終わりかけてるのはスノードロップだ」
魔剣士「ユーチャリスも咲いてるな。綺麗だ……あっ」
エリウスは股間を押さえた。ユキさんが機嫌を損ねる。
魔剣士「おっきくなるだけ幸せだと思うの!」
三男「そういえばさ」
三男「緑の番人達ってどうやって子孫残すの」
魔剣士「人間とも精霊とも子作りできるよ」
魔剣士「とりあえずきょうだい同士では子供作らないよう教育する予定」
三男「ふうん。……みんなおまえとユキさんから生まれたのに、それぞれ違う植物の特徴があるように見えたけど」
魔剣士「俺が食べた植物の遺伝子の影響も受けてるからな」
魔剣士「ユカリはあちこち赤紫っぽいところあるでしょ。あれ俺がユカリ科の海藻食べたからなんだよ」
種族を越えて子孫を残せるなら、数十年後にはすごい人数に増えていそうだ。
いつもと同じように、車で草原を走る。
エリウスはたまに遠回りして、大自然のすごい景色を見せてくれた。
南の景色とは随分違っていて、植物の種類も、土の色も異なっている。
緑長女「……ねえお父さん、本当にあの人の所に行くの?」
魔剣士「うん。……ごめんな。嫌だったら、お母さんとユカリの分の民宿予約するよ」
緑長女「……じゃあ、お願い」
なんだか空気がどんよりし始めた。
ユキさんがユカリをぎゅっとして、なだめるようになでなでする。
緑長女「ミルウスには会いたいよ。でも……」
魔剣士「わかってるよ。おまえが嫌がるのも当然だ」
魔剣士「…………この辺りでちょっと休憩するか」
ユカリは塞ぎ込んでしまった。
三男「ねえ……これから、僕達って誰の家に泊まりに行くの」
魔剣士「アークイラ」
三男「……何があったかって、話せる?」
魔剣士「うん」
意外とあっさりだ。
魔剣士「昔、旅の途中で女装してたらさ、女装した男ばっかり愛人にしてたアーさんに捕まっちゃってさ」
魔剣士♀『この町さ、女装グッズがすっごい充実してるんだって』
白緑の少女『でも、よかったのですか? この町で女装なんてして』
魔剣士♀『大丈夫だって。女装子キラーは遠征でいないらしいから』
緑長女『お父さん、美人だよ! お母さんと同じくらい! あはは』
精霊王『…………逃げろ今生!』
魔導槍師『随分と腕を上げたではありませんか』
魔剣士♀『アーさん……!? なんでここに』
精霊王『あいつ目が逝ってる! 正気じゃねえ!』
魔剣士♀『アークイラてめえ…………ぜってえ許さねえ』
――――――――
――
魔剣士「それから2ヶ月半くらいかな。俺はあの人に別荘に軟禁されてさ」
魔剣士「ユキとユカリは、研究施設の空き部屋に閉じ込められてた」
魔剣士「なんだかんだで逃げ出して、ユキとユカリの記憶も思い出して、2人を迎えに行ったんだけど」
魔剣士「でも、すぐに妊娠してることがわかったんだ」
魔剣士「敢えて受胎能力のない身体にしたってアーさんは言ってたんだけどね」
三男「…………」
魔剣士「マスコミに嗅ぎつけられたら、まともに育てられなくなる」
魔剣士「だから、エルナトが勤めてる病院に匿ってもらったんだ」
魔剣士「ミルウスが1歳になった頃、旅を再開した」
魔剣士「そのうちアーさんが追いかけてくるだろうなってことはわかってた」
魔剣士「それでさ、ユキと相談して決めたんだ。その時は、面倒見るって」
三男「なんで?」
魔剣士「逃げられる相手じゃないっていうのもあるけど」
魔剣士「あの人が俺の可愛い息子の父親であることは、揺るがない事実だから」
三男「しばらく捕まってたんなら、なんで事件にならなかったの」
三男「行方不明になったって騒ぎになるはずだ」
魔剣士「取引してる企業との最低限の事務連絡や、SNSの更新はアーさんの監督下でさせられてたんだ」
魔剣士「だから、世間は俺がそんなことになってるなんて気づかなかった」
魔剣士「んで、続きなんだけど」
魔剣士「前の奥さんと別れたアークイラが、やっぱり追いかけてきてさ」
魔剣士「いい父親になってくれるよう教育したんだ」
三男「でも、おまえ、大怪我させられたり、お母さんが一番嫌ってる犯罪だってされたんだろ」
三男「普通、そんな奴の相手しようだなんて思わない!」
魔剣士「そうだな」
魔剣士「でも、良くなる見込みがあったから面倒を見たんだよ」
魔剣士「あの人の歪みの原因は、愛情不足だったから」
魔剣士「愛から生まれた憎しみは、愛情で癒せる」
魔剣士「……1年。1年、でかい子供ができたと思って甘やかしたら、随分良くなったよ」
三男「どんな理由があったって……おまえが酷い目に遭う謂れはなかっただろ?」
悔しくて涙が出てきた。
三男「なんでそんな奴のこと助けたんだよ!」
魔剣士「……俺さ、死んだら前世の人格と融合して大精霊になるんだ」
三男「は?」
魔剣士「俺達には無限に等しい時間がある」
魔剣士「だから、数十年しか寿命のない人間1人の人生を変えるくらい、大した負担じゃないんだ」
魔剣士「ほんの僅かな時間を費やしてこの世から憎しみを減らせるなら、万々歳なんだよ」
……こいつは、人間よりも上の存在に近しいんだ。
だから、普通の人間の価値観には囚われないし、理屈に当てはめることもできない。
というか元々普通の人間とは違いすぎる奴だった。
魔剣士「それにさ、憎しみは連鎖するけど、同じように救いも連鎖する。あの人を助けたのは、この世界を助けるのと同じことなんだ」
三男「よく許せるね」
魔剣士「許してないよ。憎んでないだけ」
魔剣士「ユキとユカリに怖い思いをさせたことは絶対に許さない」
魔剣士「俺個人にされたこと自体はもう気にしてないよ」
魔剣士「いや、普段気にしないようにしてるから、たまに発作になって出てきちゃうのかもしれないな」
魔剣士「記憶や心の状態が、一番つらかった瞬間に逆戻りしちゃうんだ」
三男「…………」
三男「……短い間でも、あの人のこと好きだったんでしょ。なんで」
魔剣士「…………」
魔剣士「こんな体にされて、もう何もする気力がわかなくなった時、あの人焦り出したんだ」
魔剣士「玩具が壊れるのが嫌だったんだろうね」
魔剣士「何日も何日も何もせず過ごしてさ」
魔剣士「なんでもいいからやりたいことやれってしつこかったから、」
魔剣士「どうにか身体動かして料理作ったんだよ」
魔剣士「そしたら……あの人、心の底から驚いて、おいしそうに俺が作った飯食ってくれて」
魔剣士「俺アーさんに子供の頃から馬鹿にされてばかりだったからさ、」
魔剣士「その時、やっとアーさんに俺の存在を肯定してもらえたような気がしたんだ」
魔剣士「それで……女として尽くさずにはいられなくなっちゃった」
魔剣士「アーさんも別人みたいに優しくなったしさ」
魔剣士「恋人同士みたいに暮らしてたよ」
三男「じゃあ、逃げ出したきっかけは」
魔剣士「……テレビ、見てたんだよ。留守番中に」
魔剣士「そしたらアーさんの子供の誕生を祝うニュースが流れてさ」
魔剣士「赤ちゃんを抱っこした奥さんと並んで誇らしげに笑うあの人を見たら、」
魔剣士「俺には赤ちゃん産めないのにとか、妊娠中の奥さんほっぽって遊んでたのかとか」
魔剣士「いろんな感情が沸騰しすぎて真っ白になって」
魔剣士「ああ、もう終わらせなきゃなって」
三男「……ふうん」
三男「…………その子供、実子じゃなかったってニュースになってなかった?」
魔剣士「俺が逃げ出した後の頃だな。離婚する時大揉めして、いろんな噂が流されてたらしいね」
魔剣士「俺できるだけ精神の毒になりそうなゴシップは聞かないようにしてたから、後から知ったんだけどさ」
魔剣士「歪みが矯正できた頃に、たまたま立ち寄った村で今の奥さんと出会ってさ」
魔剣士「仲良くやってるみたいだよ。ミルウスもちゃんと育ててくれてるし」
三男「……不安になったりしないの。虐待されてたらどうしようとか」
魔剣士「奥さんはそういうことする人じゃないし、アーさんも、もう大丈夫だよ」
魔剣士「信頼してる」
三男「よく、会いに行けるね」
魔剣士「そりゃ自分の息子には会いたいし! アーさんとも今はただの友達だし」
魔剣士「あ、でも1つだけルール決めてるんだ」
魔剣士「女の気分の日には絶対会ったり電話したりしないこと」
魔剣士「奥さんに悪いからさ」
三男「……そう」
魔剣士「あ、奥さんの前では俺がミルウス産んだって話はしないでね」
魔剣士「エリシアっていう戸籍のない女性が産んだってことになってるから」
三男「……わかったよ」
色々もやもやは残るけれど、エリウスはもう納得して吹っ切れているのだろう。
これ以上は僕が口出しすることじゃない。
緑長女「……アークイラには、たくさん守ってもらったよ」
緑長女「1年間、ずっとボディガードしてもらってたの」
緑長女「でも私、どれだけあの人が反省しても、あの人のこと許せなかった」
緑長女「お父さんは復讐しちゃ駄目って言う。……大きな罰が下されなきゃ、不公平なのに」
訪れた村は、とても小さくてのどかなところだ。
こんな村にも宿があるのか? と思ったけど、家族で農業と兼業しているのが一軒だけあるそうだ。
畑ばかりが広がっている。
エリウスは木造の2階建ての小さな家の傍に車を停めた。
車の音を聞いてか、中から小さな子供が飛び出してきた。
写真で見たのと同じ、金髪に黒のメッシュの子だ。
魔剣士「ミルウスー! ピーマンもパクチーもセロリも食べれるようになったんだってな!」
金髪少年「いのししのおにくもたべれるよ、エルママ!」
魔剣士「……パパ、だよ、ミルウス」
金髪少年「ママでしょ?」
白緑の少女「ミルウス君」
金髪少年「ユキママ! おねえちゃん!」
緑長女「……元気そうだね。よかった」
緑長女「お母さん」
白緑の少女「行きましょうか、ユカリ」
金髪少年「もうばいばいするの?」
魔剣士「エルパパは泊まってくぞー!」
金髪少年「ユキママとおねえちゃんもいっしょがいい……」
緑長女「ごめんね、またね」
ユキさんとユカリは宿に向かって歩いていった。
エリウスがミルウスを高い高いして抱き上げた。
魔剣士「会うたんびにおっきくなるなー!」
金髪少年「わーい! あはは」
魔剣士「ミルウス、この人エルパパとよく似てるだろ? エルパパの弟だよ」
金髪少年「はじめまして!」
三男「……はじめまして。……アルクスだよ」
笑顔の明るい子だ。
家の中から女の人が出てきた。
エリウスに見せられた写真に、ミルウスと一緒に写っていた人だ。
内縁の妻「こんにちは、エリウスさん。お疲れでしょう? どうぞ中に入って」
家の中は木の匂いがする。
……アークイラが椅子に座って新聞を読んでいた。
背筋に変な緊張が走る。
魔導槍師「……良い顔色ですね。安心しました」
魔剣士「なんで眼鏡かけてんの」
魔導槍師「視力が落ちたんですよ」
魔剣士「そっか。なら仕方ないね」
魔導槍師「まさか20代で老眼になるとは思っていませんでした」
昔テレビで出ていた頃と随分雰囲気が違う。
棘が全部落ちたというか、枯れ切った老人のような感じだ。
金髪少年「おとーさん!」
ミルウスがアークイラに抱き着いてじゃれた。
エリウスが来た喜びでじっとしていられないみたいだ。
アークイラがミルウスの頭を撫でる。
何処からどう見ても、幸せそうな父子だ。
近くでよく見てみると、ミルウスは鼻筋がエリウスと似ている。口元もだ。
目元はどちらかというとアークイラ似だろうか。
まあ子供の顔なんて成長と共に変わっていくものだけど。
内縁の妻「好きな椅子に座ってくださいね。今お茶を出しますから」
奥さんは写真で見た通り優しそうな人だ。母性が溢れている。……いいなあ。
内縁の妻「今日、私の両親は町へ野菜を売りに行って帰ってこないんです」
内縁の妻「なので、両親の寝室を使っていただいても大丈夫なのですが」
魔剣士「いやー悪いですよ。いつも通り居間にマット敷いて寝ますから」
金髪少年「エルママのおりょうり!」
魔剣士「パパだってば。お茶いただいたら作るから待っててな」
麦茶が出された。夕日に照らされて綺麗に光っている。
内縁の妻「あらいけない、ミルクを切らしてたんだわ。すぐ買ってきますね」
奥さん……テレサさんは急いで鞄を肩にかけて出かけていった。
魔剣士「はい、手紙。カナリアからのもあるよ」
エリウスはアークイラに2通の手紙を手渡した。
アークイラは寂しそうに笑って封を切る。
魔剣士「ロンディまで心配してたんだぜ」
魔剣士「返事、書きなよ。簡単なのでいいからさ」
魔導槍師「いえ。……今度彼等に会った時にでも、元気だったと伝えてください」
魔剣士「マリナさんにもたまたま街中で会ったよ。色々悩んでるみたいだった」
魔導槍師「…………」
魔剣士「一回くらい帰らないの?」
魔導槍師「母に、子殺しの罪を犯させたくはありませんから」
魔導槍師「この頃、危険な目に遭ってはいませんか」
魔剣士「そりゃもう、暗殺者に狙われっぱなし」
魔剣士「イウスが勝手に植物に指令出して倒してくれてるから、」
魔剣士「実際に襲われることは滅多にないけどな」
知らなかった。
身の危険を感じたのは、ナイフを投げられたあの時くらいだったのに。
別に悪いことしてるわけじゃないのに、なんで命を狙われなきゃいけないんだろう。
イライラする。
アークイラが僕の方を見た。
魔導槍師「アルクス……はじめまして、ですね」
三男「…………どうも」
残酷なことをしそうな人間にはとても見えない。
でも、人生に疲れ切ったような、諦めたような目をしている。
魔導槍師「……あなたを見ていると、懐かしい気分になります」
魔導槍師「あなたぐらいの年頃のエリウスも、そのような表情をしていましたよ」
魔剣士「そういう意味でも似てるでしょ」
魔導槍師「不満を抱え、斜に構えているところがそっくりですよ」
喋ったことないのにそういう風に言われたくないけど、
魔透眼持ちらしいから僕の性質なんてお見通しなんだろう。
魔導槍師「ああすいません、癇に障りましたか。貶すつもりはなかったのですが」
魔導槍師「ただ、本当に……懐かしく思えたのです」
ミルウスがつまらなそうにエリウスに抱き着いた。
金髪少年「おりょうりー」
魔剣士「テレサお母さん出かけてるのに勝手に台所使っちゃいけないだろうから……」
魔導槍師「いいですよ、使ってください」
魔剣士「あ、じゃあお言葉に甘えて」
ミルウスは嬉しそうにエリウスが料理しているのを眺め始めた。
三男「家族に、会わないんですか」
魔導槍師「もう、合わせる顔がないのです」
よくわかんないけど、この人はお母さんに会ったらお母さんに殺されてしまうらしい。
……もし僕が誰かを乱暴したらお母さんに去勢されてしまうから、多分それと同じようなことだろうと思う。
魔導槍師「実の母に想いを寄せていたそうですね」
三男「…………」
エリウス、そういうこと喋ってたのか。
魔導槍師「小さな罪であれば、いくらでも償いようがあります」
魔導槍師「そして、人は小さな罪を犯し、学ぶことで、事前に大きな罪を犯すことを防ぐことができるようになる生き物です」
アークイラは老眼鏡を外した。
魔導槍師「罰してくれる相手に感謝するよう心がけなさい」
魔導槍師「罰してくれる人がいなければ、いずれ歯止めが利かなくなり、気が付いた時には取り返しのつかないことになります」
三男「…………」
魔導槍師「いつ罰が訪れるかわからない日々に怯える生活を送るのは嫌でしょう?」
三男「……」
魔導槍師「私は怖いのです。私の因果が、妻と子に報いる日がいつか来てしまうのではと」
アークイラは新聞を畳み、椅子から立ち上がった。
あれ……左手の指、動かないのかな。上半身の動きもちょっとおかしい。
魔導槍師「左手と腹筋の一部が麻痺して動かないのですよ」
魔剣士「全然よくなってないの?」
魔導槍師「農作業がいいリハビリになっていますよ」
三男「……いつからですか? 料理番組、流し見してたけど気づかなかった」
魔導槍師「その頃には既に不自由でしたよ」
魔導槍師「ただ、できる限り視聴者に悟られないよう動いていましたからね」
三男「ふうん」
なんで動かなくなったんだろう。
魔剣士「タマネギないかな」
金髪少年「おうちのうらにつんであるよ! もってくるね」
魔剣士「お、ありがと」
ミルウスは勝手口から出ていった。
魔剣士「それ俺が毒塗ったナイフで刺しちゃったからなんだよ。逃げる時にさ」
三男「えぇ…………」
魔剣士「まだ毎日教会通ってんの」
魔導槍師「ええ」
魔剣士「ミルウスを立派に育ててくれたら、俺はそれでいいから」
ミルウスが元気よく扉を開けて戻ってきた。
金髪少年「たりる?」
魔剣士「ん、大丈夫だよ。ありがとうな」
テレサさんも急いで戻ってきた。
テレサさんは、アークイラの過去のことをどのくらい知っているのだろう。
罪を犯したら、罰に怯えて暮らすことになるらしい。
僕は今まで自分が悪いことをしたって認めたくなくて、ただお父さんを恨んでばかりいた。
僕の罪は……実の母親であるお母さんのことを好きになって、そしてお母さんを怖がらせてしまったことだ。
僕は反省もせず、受け入れてくれなかったお母さんへの不満と、
僕を追い出したお父さんへの怒りにばかり心を委ねていた。
追い出されるという罰を受けただけで、僕の罪は清算できるのだろうか。多分、できないと思う。
晩御飯を食べ終えると、ミルウスははしゃぎ過ぎて疲れたのかソファで眠ってしまった。
魔剣士「アーさん飲みにいこ」
魔導槍師「悪酔いしないでくださいよ」
内縁の妻「お気をつけて」
2人は出ていった。
……ここに残されても気まずくてちょっとつらい。
内縁の妻「エリウスさんのお料理、おいしかったわね」
テレサさんは微笑んで僕に話しかけた。気を遣ってくれているのだろう。
内縁の妻「いつかこの味を再現できるようになりたいわ」
内縁の妻「エリウスさんの本を読みながら作っても、なかなか難しくてね」
料理は、ちょっとした火加減や、調味料の僅かな量の違いで味が変わってしまう。
三男「……兄のホームページには、簡単に再現できる料理もたくさん載っているそうです」
内縁の妻「私、パソコンを使えないの」
内縁の妻「あ、でもアークイラさんに頼んだらきっと見方を教えてくれるわ」
内縁の妻「今度調べてみるわね」
テレサさんは、心の底から幸せそうに笑う人だ。
三男「……えっと、」
三男「アークイラさんのこと、本当に好きなんですね」
内縁の妻「ええ」
内縁の妻「彼と出会って、私の人生は変わったわ」
頬を少し赤く染めて、目を細めてテレサさんは答えた。
内縁の妻「出会う前は、毎日沈んだ気分で過ごしていたのよ」
三男「どうしてですか?」
内縁の妻「……私は子供を望めない体で、それが原因で結婚できなかったの」
内縁の妻「こんな田舎だからね。嫁げなかった女性は肩身の狭い思いをしなきゃいけなかった」
内縁の妻「両親はいつも私の将来と畑の心配をしていたわ」
内縁の妻「でも、彼がミルウス君と共にこの村に訪れて……」
内縁の妻「彼等を一目見て、私、『やっと見つけた』って感じたわ」
三男「見つけた?」
内縁の妻「ずっと行方がわからなかった夫と子供と、漸く再会できたような気分だったのだったの」
内縁の妻「ごめんなさい、変なこと言ってるわよね」
三男「いえ……」
あの人は犯罪者なのに。
テレサさんは、アークイラのことについてどれだけ知っているのだろう。
三男「……あなたは、アークイラさんにどんな過去があっても、好きでいられますか?」
内縁の妻「実はね、私が想いを伝えた時、彼は自分の罪を告白しようとしてくれたの」
内縁の妻「私、敢えて聞かなかった。だって、今の彼を愛しているから」
内縁の妻「もしかしたら、過去の彼のことは愛せないかもしれない」
内縁の妻「でも、どんな過去があったとしても、今のアークイラさんのことは愛し続けるわ」
三男「……」
内縁の妻「人は、変われるのだもの」
いくら改心したって、罪が消えるわけじゃない。
どれだけ償っても被害者は苦しみ続けるし、被害者を大切に思っている家族は加害者を憎み続ける。
だからといって、アークイラの今の生活を壊したら、テレサさん達は不幸になってしまう。
エリウスはアークイラを助けて、アークイラはテレサさんとその両親の人生を救った。
これがエリウスの言った“救いの連鎖”なのだろう。
わだかまりが完全に消えたわけじゃないけれど……全て上手くいくほど、世界は単純じゃないんだ。
金髪少年「える……まま……」
ミルウスが寝言で母親を呼んだ。
内縁の妻「ミルウス君ったら、エリシアさんが恋しいのね」
ミルウスはエリウスをエルママと呼んでいるけれど、エリウスはテレサさんに、
それはミルウスが寂しいあまりにエリウスと母親をごっちゃにしているのだと説明している。
内縁の妻「……ねえ、アルクス君。エリシアさんって、あなたにとってどんな人?」
三男「え……」
三男「…………」
三男「……自由奔放で、でも……優しい人です」
三男「落ち込んでたら、元気が出るよう励ましてくれて、お母さんみたいに包み込んでくれて……」
三男「あったかいです」
内縁の妻「そう。そんな素敵な人だから、ミルウス君のような良い子を産んでくれたのね」
テレサさんはエリシアに心の底から感謝の念を抱いているみたいだ。
夫の昔の女なのに。
強い人なんだと思う。
歯磨きとかを済ませて、居間に2人分のマットを敷く。
玄関の扉が開いた。
魔剣士「う゛ぇ゛ぇぇんがなじぃよぉ」
魔導槍師「まったく……」
アークイラが酔って泣いているエリウスに肩を貸している。
腹筋の一部が麻痺してるのに、よく支えられるな。
内縁の妻「お水、飲まれますか?」
魔導槍師「飲ませてください」
アークイラがエリウスをマットに寝かせた。
魔剣士「うぅ〜クソホモモドキぃ〜」
魔導槍師「ホモではないと何度言ったら」
魔剣士「アルクス〜、こいつさあ、まだプティアにいた頃ぉ、」
魔剣士「自分をホモ扱いした部下を何人も辺境の地に左遷してんだぜ〜こええよなぁ!」
魔導槍師「やめてください、昔の話は」
魔剣士「うっせーいじめっ子ぉー!」
エリウスはすぐに寝入った。
魔導槍師「ほろ酔いしたい気分だからとわざとアルコールを吸収したんですよ」
魔導槍師「案の定加減を間違えたようです」
くっそ不器用なんだから、下手なことしなけりゃいいのに。
僕も布団に入る。
アークイラとテレサさんも寝室に行った。
……寝つけない。
魔剣士「歯ぁざらざらする〜歯磨きぃ〜」
少しは酔いが醒めたのだろう。エリウスが起き出して洗面所に行った。
暗い部屋を常夜灯が照らす。
ふらふらしながらエリウスが戻ってきた。
ミルウスの寝息が聞こえなくなった。毛布が擦れる音がする。
金髪少年「まま……」
魔剣士「ん〜ミルウス〜」
エリウスの布団に潜り込んだみたいだ。
ミルウスは数回エリウスの胸をぽんぽんした。
金髪少年「んぅ……」
魔剣士「あー、おっぱい触りたいのな。ちょっと待ってな」
三男「胸潰すやつつけっ放しだったの」
魔剣士「血行悪くなるからファスナーは下ろしてたよ」
ミルウスは胸の硬さに不満を覚えたみたいだ。
寝ているお母さんの胸を触った時、
ホックを外しただけでブラジャーそのものがつけっぱなしだと、感触が硬くてがっかりする。同じようなものだろう。
エリウスは完全にナベシャツを外した。
魔剣士「ほら」
金髪少年「まえよりちっちゃくなった」
魔剣士「ごめんな。元々エルパパは男だから胸おっきいのやなんだよ」
金髪少年「ママだもん」
ミルウスは不満そうにエリウスの胸に頬ずりして右頬をうずめた。
金髪少年「ママだいすき」
魔剣士「うん。俺もミルウスのこと大好きだよ」
生みの親と滅多に会えないなんて、可哀想だ。寂しいだろうに。
魔剣士「テレサお母さんの前ではママって呼んじゃだめだぞ」
魔剣士「おまえのママは、テレサお母さんなんだから」
金髪少年「エルママもママだもん」
ミルウスは納得いかないようだ。エリウスの服をぎゅっと掴んで密着した。
金髪少年「いつもいっしょにいられたらいいのに」
エリウスだって本当はずっと一緒にいたいのだろう。
幸福と寂しさ、子供に対する申し訳なさが入り混じった表情でミルウスの背中を撫でた。
夜は案外すぐに明けてしまう。
朝、目が覚めて窓から外を眺めた。
春の作物が朝日に照らされていて綺麗だ。強い生命力を感じる。
魔剣士「午前中は職業体験だぞ!」
三男「なんで……?」
魔剣士「農家の人の苦労を知ってる方がいい領主になれそうだろ」
土作りや草むしりを手伝う。
長時間やっていると案外きつい。
エリウスも一緒にやるつもりだったらしいけど、急な仕事が入ったらしくて、
木陰でパソコンを開いて作業をしている。
金髪少年「ぼくがおとうさんのひだりてになるよ!」
ミルウスは、左手が不自由な父親の手伝いをするのが好きなようだった。
純真無垢さが眩しい。
僕は、ミルウスくらいの歳には既に捻くれていた。
エリウスを殴ってばかりだったな……。
金髪少年「おかあさん! たまねぎりっぱなのとれた!」
内縁の妻「上手に採れるようになったわね」
ミルウスはテレサさんと本当の親子のように触れ合っている。
アークイラはその様子を、暖かいけれど、やっぱり疲れた目で見つめていた。
風が吹いた。こっちの春は涼しいな。
お母さんと一緒に野菜や花を育てたことを思い出した。
冬の終わり頃、植木鉢に種を撒いて、春に芽が出たのを一緒に見つけて笑い合った。
あの暑い土地は、僕の体では暮らしにくかったけれど、でも少し恋しくなった。
いつか、またあの村に帰れる日が来るだろうか。
三男「……故郷、恋しくならないんですか」
魔導槍師「碌な思い出がありませんからね」
三男「一生帰らなくても平気なものなんですか」
魔導槍師「私は、できることなら一生帰りたくありません」
魔導槍師「いつか、嫌でも帰らなければならない日は来るかもしれませんが」
三男「……どういうことですか?」
魔導槍師「国に存亡の危機が訪れた際は必ず駆けつけることが、」
魔導槍師「軍務を離れる条件だったんですよ」
この人はプティアの英雄の息子で、世界最強レベルの魔導師だ。
ただ国にいるだけで、そこらの兵器以上に他国や反政府組織を牽制することができるくらいの存在だと言われていた。
確かに、そう簡単に国がこの人を手放すとは考えにくい。
三男「無視することはできないんですか」
魔導槍師「いつでも呼び出せるよう、国王だけは私の連絡先を知っていますし、」
魔導槍師「体に埋め込まれた発信石により居場所も知られています」
魔導槍師「もし国王の要請を無視すれば、私の父達に私の居場所を教え、無理矢理にでも引っ張っていくでしょうね」
三男「…………」
魔導槍師「命の奪い合いを伴うような争いがない世界であれば、このような力は必要なくなるのですが」
魔導槍師「平気で人の命を奪う人間の気持ちを知っているが故に、」
魔導槍師「争いがなくならない理由もわかってしまうことが悲しいです」
人、殺したことあるのかな。
そりゃ軍人だしな。仕事で悪人を裁くくらいしているか。
魔導槍師「私は、“人は皆、誰かが命がけで産み落とした大切な存在である”という、」
魔導槍師「ごく当たり前のことを理解できていませんでした」
魔導槍師「……理解できるようになるのが、あまりにも遅すぎました」
魔導槍師「だから平気で他人を見下し、貶め、傷つけてきました」
この人は昔の自分が嫌いで仕方がないらしい。
眉を顰めている。
魔導槍師「ミルウスと出会い、自分がミルウスの父親であるという自覚が強まるにつれ、」
魔導槍師「自分の罪がどれほど重いものなのか……私は漸く知ったのです」
多分、アークイラは、罪悪感に押し潰されそうになりながら毎日を過ごしているのだろう。
どんなに幸せな時でも、素直に幸福を享受することはできないんじゃないだろうか。
魔導槍師「命は全て尊ばれるべきものです」
魔導槍師「自分の存在も、他人の命も、全て大切にするよう心がけなさい」
魔導槍師「他者を傷つけていいのは、傷つけなければ大切なものを守れない時だけです」
三男「……はい」
昼が過ぎた。
金髪少年「こんどいつくるの?」
魔剣士「いつかなあ……」
金髪少年「うー……」
ミルウスは目に涙を溜めた。
魔剣士「会いたくなったら、いつでも電話かけてくれな」
魔剣士「お父さんのパソコンで、顔見ながらお話しすることもできるからな」
金髪少年「…………」
魔剣士「また絶対会いに来るから、いい子にしてるんだぞ」
金髪少年「……うん」
最後に抱きしめあって、エリウスは運転席に乗り込んだ。
内縁の妻「また来てくださいね」
ユキさん、ユカリと待ち合わせている場所に向かう。
ミルウスは、ずっと車を見つめていた。
……故郷を離れる時を思い出した。あの時も、家族がずっと僕を見送っていた。
魔剣士「あー……やっぱ、ちょっときついな」
エリウスの目が少し充血している。
魔剣士「ユカリー! つらい思いさせてごめんな!」
ユカリを見つけてすぐ、エリウスはユカリに抱き着いた。
緑長女「……楽しかった? お父さん」
魔剣士「うん」
緑長女「そっか。よかったね」
三男「あっ……」
『……ねえ、アルクス君。エリシアさんって、あなたにとってどんな人?』
テレサさんは、僕がエリシアを知っていることを前提として話していた。
どうしてだろう。
エリウスやアークイラから、昔のことをどう説明されているのかはわからないけど、
僕がアークイラの昔の女を知っていると判断した理由はなんだ。
まさか、エリウスがエリシアだって気づいて……いや、そんな……。
いくらミルウスがエリウスをママと呼んでいるからといって、
本当にエリウスが産んだだなんて思わないだろう。
魔剣士「静かで良い村だったでしょ」
三男「う、うん」
北に向かって道路を走る。
魔剣士「こっちの国は寒いだろ。風邪引かないようにな」
三男「……おまえこそ。体調崩しやすいくせに」
アークイラは自分の行いを悔いて反省していた。
僕は反省することから逃げ続けていた。
被害者ぶって、自分のことしか考えていなくて。
お母さん以外の家族からの愛情だって蔑ろにしてばかりだった。
南に帰りたい。家族に会って、謝りたい。
小綺麗な街の宿に着いた。
魔剣士「噴水綺麗だなー」
三男「…………」
広場に面した宿の部屋の窓からは、噴水がある広場が見える。
激しく活気があるわけじゃないけれど、少しだけ屋台も出ていたりして、
行き交う人々の表情は明るい。
魔剣士「何塞ぎこんでんだよ」
三男「……別に」
まず、エリウスに今までのことを謝らなきゃいけないのに。
今更態度を変えるのが恥ずかしくて、どう接すればいいのかわからないんだ。
翌日、エリウスは女モードになっていた。
魔剣士♀「うーミルウスー」
枕を抱えて足をジタバタさせている。
白緑の少女「ミルウス君と会った次の日は、母親として暮らしたかった気持ちが強まって、大抵こうなるんです」
魔剣士♀「アルクスー」
抱き着かれた。ミルウスの代わりにされているのだろう。
魔剣士♀「母性本能が収まらないよお」
緑長女「お父さん、私、お買いもの行きたいな」
魔剣士♀「いこいこ!」
ユキさんとユカリのエリウスの3人で、仲良く手を繋いで外を歩く。
僕は女3人の後ろ姿をぼうっと眺めながらついていった。
ユカリはエリウスの寂しさを紛らわそうとしているのか、いつもよりたくさん話しかけている。
魔剣士♀「やだーこの服かわいー! でもサイズ合わないな」
魔剣士♀「ユカリ〜ちょっとこれ試着してみて!」
緑長女「うん」
白緑の少女「よく似合いますよ」
魔剣士♀「ユキも着て!」
店主「あの……同じデザインのものをあなたに合わせて仕立てましょうか?」
魔剣士♀「いいんですか!? うれし〜!」
女の買い物は長い。でも、楽しそうだ。
夕方になるまでショッピングは続いた。
陽が沈んでいくと共に、気持ちも落ち込んでいく。
魔剣士♀「ごめんな〜一日中付き合わせちゃって」
三男「別に」
体力のないエリウスは疲れ切っているようだ。
部屋に入った途端ベッドに倒れ込んだ。
魔剣士♀「あ〜お布団最高〜」
三男「…………」
魔剣士♀「……買い物、退屈だったか?」
魔剣士♀「南じゃ売ってないような物、たくさんあるから面白いかなって思ったんだけど」
三男「退屈じゃ、なかったけど」
魔剣士♀「…………やっぱり、俺じゃ力不足だったのかな」
三男「え……」
魔剣士♀「おまえ、昔から俺のこと嫌ってたもんな」
魔剣士♀「俺と旅するなんて、嫌だよな」
魔剣士♀「……ごめんな」
三男「そんなこと……ない……」
三男「昔は嫌いだったけど……」
喉が絞まるように苦しい。次の言葉が出てこない。
出したくもない涙が嫌でも滲み出てくる。
魔剣士♀「あ、アルクス?」
今はそんなことない、って言いたいのに、声は言葉にならなくて、ただ嗚咽になって漏れた。
エリウスの隣に座らされて、背中をさすられる。
落ち着くまでちょっと時間がかかった。
三男「……ごめ、んなさい」
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450: ◆O3m5I24fJo 2017/08/01(火) 20:02:57.28 ID:co4FdOTho
*ルツィーレの日常
長男「アベリア……君はなんて美しいんだ」
長男「恭しく咲く君はまるで雪のようだ。今にも儚く溶けてしまわないか僕は恐ろしくてならないよ」
長男「ああ、君の甘い香りに蜂も蝶も夢中だね。僕も君にとっては愚かな一匹の虫に過ぎないのだろう」
近所の奥さんA「エリウス君ったらまたお花口説いてるわよ」
近所の奥さんB「お父さんもお母さんもまともな人なのに、どうしてあんな不思議な子が生まれたのかしらねえ」
長男「どうか今晩、僕と――」
次女「いぬのうんちー!」
長男「うわあああルツィーレ!!」
次女「あはははくっさーい」
近所の奥さんA「ルツィーレちゃんったら今日も元気ねえ」
近所の奥さんB「お父さんもお母さんも真面目な人なのに、どうしてあんなにお下品な子が生まれたのかしらねえ」
藍宝石「私が知りたい」
451: ◆O3m5I24fJo 2017/08/01(火) 20:03:37.43 ID:co4FdOTho
次女「お母さんに見せてあげよーっと」
長男「わざわざ木の枝突き刺して持ち運ばなくていいから!!」
次女「あきゃきゃきゃきゃ」
長男「ポイしなさいポイ!!」
次女「あ」
ぽと ぐちゃ
次女「落として踏んじゃったあ! あはは!」
長男「ああっ……もうっ……!」
次女「ねーねーエルお兄ちゃん、シチセキって知ってる?」
長男「じいちゃんが取引してる商人の国の節句だろ」
長男「笹に願いを書いた札を結ぶとお星さまが願いを叶えてくれるっていう」
次女「ルーシーね、キンタマをくださいってお願いするんだあ」
ルツィーレの一人称はルーシーである。友達からもそう呼ばれている。
次女「おちんちんが生えてるのにキンタマがないのは中途半端だからね!」
長男「願わんでいい! おまえは女の子なんだから!!」
ルツィーレの身体は、吸収した双子の兄弟のものが混ざっている。
そのため股間に余計なものがくっついているのである。
452: ◆O3m5I24fJo 2017/08/01(火) 20:04:06.96 ID:co4FdOTho
次女「エルお兄ちゃんは何お願いするの?」
長男「俺は何も願わねえよ……シチセキなんてただの迷信だし」
次女「えー! 夢がない! つまんないなあ!」
長男「お星さまに願えば植物との子供ができるのか? できるわけねえだろ」
長男「はあ……疲れた。帰るか」
次女「アニメ見るー!」
長男「俺料理番組見たいんだけど」
次女「今日アニメ映画祭りなんだよ! クレパスしんくん薀蓄斎の赤ん坊!」
次女「その次はシャイニングガール☆アルビナ劇場版第一作!」
長男「わかったわかった……兄ちゃんはパソコンで見るから……」
453: ◆O3m5I24fJo 2017/08/01(火) 20:04:36.46 ID:co4FdOTho
テレビから発せられるヒロインの友達の声「劇場版を放送する前に、私達の物語のあらすじを説明するね!」
アリーはちょっと不器用な女の子。つり目がちだからキツめな子だと勘違いされやすいけど、本当はとっても優しいの☆
ある日、アリーの前に喋る犬が現れる。
「私、ヨハンナ!」
アリーはヨハンナに衝撃的な事実を告げられる!
なんと、アリーは太陽の女神姫の生まれ変わりで、悪の神の生まれ変わりが操る組織と戦わなくちゃいけないんだって!
アリーはヨハンナの言葉をすぐには信じることができなかったけど、早速最初の刺客が現れる。
戸惑いながらもシャイニングガール☆アルビナに変身するアリー。
454: ◆O3m5I24fJo 2017/08/01(火) 20:05:06.33 ID:co4FdOTho
初めての戦いは、そりゃもう大変!
宝具「サンライトソード」の使い方もわからなくって、苦戦を強いられるアリーを助けたのは、謎の美青年だった。
妙にスタイリッシュな礼服を身に纏う彼は、敵なの? 味方なの?
次女「アリーのモデル、お父さんなんだって!」
戦士「はぁ!? ……この目尻の吊り上がり具合は確かに俺だな……うん……」
戦士(姉貴を500倍可愛くした感じだ……)
次女「謎の美青年のモデルは勇者ナハト! お母さんだね!」
戦士「ほぼまんまじゃないか……」
戦士(アキレス達似のキャラもいる……)
テレビから発せられるヒロインの声「朝日に代わってお仕置きだよ!」
戦士「しかし……絵が動くってすごいな……」
次女「お父さんが子供の頃はアニメなかったの?」
戦士「テレビすらなかったんだぞ」
次女「えー! つまんないじゃん! かわいそー!」
戦士「…………」
455: ◆O3m5I24fJo 2017/08/01(火) 20:05:34.11 ID:co4FdOTho
三女「アルビナおもしろかった!」
次女「ルーシーはしんくんの方が好きー! 女の子向けってキラキラしててなんか変だもん!」
次女「でもアルビナはお父さんがモデルだから嫌いじゃないよ!」
戦士「もう寝なさい」
次女「やだー! シチセキのお願い書くー!」
戦士「アルカさん、短冊どこだっけ」
勇者「はい」
次男「俺もお願い書くー!」
次男「お父さんみたいな立派な軍人さんになれますように!」
次男「兄ちゃんも!」
長男「俺はいいって」
勇者「エルの分も用意してあるから」
長男「チッ……めんどくせえな」
長男「1人暮らしするのを母さんが許してくれますように」
勇者「だめー!!」
長男「っだーもうるっせーな耳元で叫ぶな!」
456: ◆O3m5I24fJo 2017/08/01(火) 20:16:46.57 ID:co4FdOTho
長女「お父さんとお母さんが健康で長生きしてくれますように、っと」
三女「アリーみたいになれますように!」
藍宝石「エリウスが人として成長できますように……」
次女「お父さんみたいな立派なキンタマが生えてきますように!」
戦士「書くんじゃないそんなこと!」
次女「おちんちんがおっきくなりますように!」
次女「おっぱいもおっきくなりますように!」
長男「願い多すぎだろ」
次女「ねーねーお父さんとお母さんのお願いごとは?」
勇者「子供達みんなが元気に育ってくれますように」
戦士「……父さんはおまえ達が寝た後でゆっくり書くから」
457: ◆O3m5I24fJo 2017/08/01(火) 20:17:20.19 ID:co4FdOTho
――――――――
――
夜中
次女(目が覚めちゃった)
次女(そういえばお父さん、お願い事なんて書いたんだろ)
[家族を守ることができますように]
次女「……♪」
ルツィーレはこっそり両親の寝室に入った。
次女(お父さん、怒ってばっかりだけど、大好き)
次女(お父さんのおまた枕、やわらかーい!)
次女(お母さんのおっぱい、ふっわふわ!)
次女(良い夢見れそう♪)
翌日、ヘリオスは股間の痛みに悩まされた。
終わり
458: ◆O3m5I24fJo 2017/08/01(火) 20:17:57.91 ID:co4FdOTho
これ以降は
魔剣士「やはりフキノトウは最高だ」武闘家「えっ?」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1464173502/
終了後のエピソードになるのであっちを読んでないとわかりづらいかもしれません
460: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:22:42.12 ID:gIlS4uyho
※アークイラが女装子(高レベル)ばっか食べてる人なので、
そういった嗜好に嫌悪感を覚える人はこれ以降のお話読まない方が安全です
(直接的な性描写は無し、本人達は決してホモではない)
461: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:24:05.78 ID:gIlS4uyho
*空虚
プティアの首都プティオーティス
王立研究所、地下牢獄
そこには、2人の男と1人の女が繋がれている。
「おじいさま、おばあさま、伯父上。今日はとても良い天気ですよ。尤も、この地下には一筋の日も差し込みませんが」
英雄の息子、アークイラ・ディ・カレンドラは愉悦の笑みを浮かべた。
「あなた方をこの牢に繋いでから、もう1年と3ヶ月ですね。さあ、どのような拷問をいたしましょうか」
黒髪の囚人達の目に生気は宿っておらず、ただただ恐怖の息を漏らす。
「おじいさま、おばあさま。あなた方は優秀な孫の誕生を望んでいたそうですね」
牢には鉄のにおいが充満しているが、彼等の鼻はすっかりそのにおいに慣れ、麻痺しきっていた。
「さぞ誇らしいでしょう。優れた魔術師であったあなた方を蹂躙できるほど、あなた方の孫は優秀に育ちましたよ。少しは喜んだらいかがですか」
462: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:25:36.83 ID:gIlS4uyho
アークイラは囚人達を繋ぐ鎖に電流を流した。
「くくっははははは!」
電気は形を変え、小さな刃となって体中を切り刻む。
「……イガルク。母だけでなくカナリアまでもを凌辱しようとした罪は重いですよ」
アークイラは頻繁にこの牢――本来は実験台となる囚人を収容する部屋――に足を運び、
母マリナを辱めた祖父母と伯父を拷問していた。
「そうだ、使い物にならなくなった手足なんて必要ないでしょう。切り落としてしまいましょうか」
雷がうねり、大きな剣の形になった瞬間、何者かが階段を駆け下りる音が響いた。
「やめなさい!」
「……母さん」
男は魔術の使用を中断し、母親と向き合った。
「何故、ここに」
「妙な噂を聞いたのよ。あなたが施設の一部を私物化して、誰かを拷問しているって」
463: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:26:32.38 ID:gIlS4uyho
マリナは墨のように黒い髪を揺らし、牢に繋がれた者達の姿を確認した。
囚人達の四肢は不自然な方向に曲がったまま固定されていたり、
一目で治療が不可能であるとわかるほど大きな傷が刻まれていたりと、酷い有様だった。
舌にはいくつも穴が空いている。魔術を使用できないよう、言葉を発せない口にされたのだ。
「父さん、母さん……」
あまりにも惨たらしい光景に、マリナは両手を震わせる。
「……こんなことをして、私が喜ぶとでも思ったの?」
息子を見るその目は、鋭く冷たい。
「彼等はあなたを踏み躙りました。当然の報いを受けさせることに、一体何の問題があるのですか」
「当然の報い? あなたがやるべきことではないわ。勝手なことを……」
囚人達はマリナの姿を見て、悲しげに眉を顰めた。
もう許して。殺して。声こそ発せられていないが、唇は僅かに動いている。
464: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:28:57.49 ID:gIlS4uyho
「……私が終わらせてあげるわ」
「母さんが手を汚すことはありません。私がやります」
マリナは牢に背を向けた。
雷の音が地下室を震わす。
「私はこの人達の罪よりも、あなたの残酷さの方がよっぽど恐ろしいのよ……! もしあなたがイガルクと同じ罪を犯したら、その時は……」
アークイラはただ母の背中を見つめた。
「その時は、私がこの手であなたを殺すわ」
そう言い捨てると、彼女は去っていった。
マリナは決して両親と兄を許したわけではない。
しかし、今はもう、彼等に対する憎しみよりも、
兄と同じ性質をもちながら、彼等を遥かに凌ぐ実力を誇る己の息子への忌々しい感情の方が上回っていた。
憂さ晴らしをする相手がいなくなってしまった。
アークイラは秋の終わりの冷気に満たされた町を歩く。
付き合いで時折訪れるバーに入ると、カウンターに座ってブランデーを頼んだ。
『……もしかしてさ、あんた、本当はかなり臆病なんじゃないの』
何故だか蘇ったのは、あの憎たらしいエリウス・レグホニアの言葉だった。
465: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:30:04.11 ID:gIlS4uyho
『いつもいつも親がいないところばかり狙ってさ。今だって俺の父さんが出てったから入ってきたんだろ?』
ヘリオス・レグホニアが怖いわけではない。
ただ面倒だから1人でいる時に接触し、侮辱していただけだ。そう心の中で言い返すが、もう遅い。
『恋愛対象は女だっつってるわりに、女装男ばかりと遊んでるのだって、本気で他人を愛するのが怖いからだろ』
図星だと感じた。
いや違う、本物の女性が汚いからだと主張しようとしたが、思考に時間を取られてタイミングを逃した。
エリウスが旅でどのような経験をしたのか、アークイラに知る由はなかったが、
その変化から、エリウスが大きく成長したことは感じられた。
蔑まれても、何も言い返せず俯くばかりだった頃のエリウスとは明らかに違っていた。
466: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:30:53.02 ID:gIlS4uyho
――彼は己の過ちを認め、素直に母親の愛情を受け取れるようになったらしい。
時折メディアで見かける彼は、満ち足りた表情をしている。大した変化だ。
私はどうだろうか。何も変わらない。
母は相変わらず愛してくれず、私は母に愛されようともがいている。
カップに注がれたブランデーを見下ろした。
そこに映るアークイラの目は、やはり憎き伯父とよく似ていた。
私は伯父と同じ罪は犯さない。愛人は充分な人数を拵えている。
この町の外であってもすぐに相手を見つけられるし、その趣味の者が見当たらなくても、
調教し女にするのは容易いことだ。
酒に酔った心には、波紋のように痛みが広がっていった。
「隣、いいかしら」
467: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:32:18.13 ID:gIlS4uyho
「……シェヴン」
アークイラの隣に座ったのは、エイルの娘シェヴンだった。
「この町に来ていたとは、知りませんでしたよ」
「こっちの教会に呼ばれてね」
父から受け継いだプラチナブロンド。母から受け継いだミントグリーンの虹彩。
彼女の微笑みは、聖女と謳われる母と同じ優しさに溢れている。
「あなたの魔力があんまりにも悲しげだったから、心配になって気配を追ってきたのよ」
「他人に感情を悟られないよう魔力を制御しているつもりだったのですけどね。気を抜いてしまっていたようです」
氷がカランと音を立てた。
「……堅実で心優しい女性と婚姻を結びなさい」
468: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:32:58.06 ID:gIlS4uyho
落ち着いた、それでいてどこか重い声色でシェヴンは語る。
「芯から優しく、信頼し合える女性を見つけるの」
「まともな女性は、私なんて選びませんよ」
アークイラは自嘲気味に答えた。シェヴンは調子を崩さずに続ける。
「運命の相手って、本当にいるのよ」
「……馬鹿げたことを。仮に“運命の相手”が実在したとして、あなたの言うような女性とは限りませんよ」
「いいえ。はっきり占いに出たわ。あなたの魂の型と合う魂の持ち主は、闇を知って尚優しさをもち続けている人」
カップを持つアークイラの手が、ぴくりと動いた。
「……どうやって探せというのですか。世界人口は50億を越えているというのに」
「望めば、然るべき時に巡り合える。逃げないで」
469: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:33:47.95 ID:gIlS4uyho
シェヴンに杏子酒が出された。聖職者であっても、飲酒が禁じられているということはない。
彼女は甘い酒を少し口に含み、舌で転がした。
「あなたは、本気で愛した人に拒絶されるのが怖いのでしょう? だから愛せない。……恐れる必要はないの。あなたの心は必ず――」
「あの男と同じことを言うのですね」
カップが荒々しくカウンターに置かれた。
アークイラの声色には確かに苛立ちが表れている。
ブランデーを一気に飲み干し、席を下りた。
「結婚はするつもりですよ。体裁のために。ご忠告ありがとうございました」
シェヴンの酒代も含めた硬貨をカウンターに置き、アークイラは店を出た。
470: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:34:37.13 ID:gIlS4uyho
「あ、お兄ちゃん!」
「……カナリア。大学帰りですか」
兄に駆け寄った妹の顔色は明るい。授業の疲れを感じさせないほどだ。
「うん。ガウィが予備校終わるの待ってるの」
カナリアは旅の途中で出会った男と交際している。
父アキレスは、彼が少年時代に憧れた剣豪の息子ということで嬉し泣きするほど歓迎した。
「カナリア、彼のことは好きですか」
「えっ、いきなりね。……正直、恋愛感情があるかはまだよくわからないけど、でも、いなくなったら絶対寂しい。一緒にいてとても楽しいの」
「エリウスのことはもういいのですか」
「もう吹っ切れてるわ。お兄ちゃんこそ、早く良い人見つけてよね。お父さん、お兄ちゃんがちゃんと結婚できるのかとっても心配してるんだから」
471: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:35:26.96 ID:gIlS4uyho
普段使っている別宅に帰る前に、アークイラは生家に寄った。マリナが外出している隙に。
「あれ、兄ちゃん、随分久しぶりじゃん。何しに来たんだよ」
アークイラを見て不機嫌そうな表情を浮かべたのは、弟のロンディノスだ。
父の血を濃く引いているためか正義感が強く、真っ直ぐな性格ではあるが、
母の影響で兄のことは嫌っていた。
「私物を回収しに来ただけですよ。すぐに帰ります」
「あんたさ、別荘に愛人連れ込んでばっかなんだろ。まともに結婚できるの?」
「愛人を囲うのは、魔術師の間ではごく普通のことですから」
15歳の弟の言葉に、アークイラは微笑んで答えた。
いつもの、表面だけの笑顔だ。
「あ、待ってよアーキィ!」
家を出ようとするアークイラを引き留めたのは、丁度帰宅したアキレスだった。
「一緒に釣書見ようよ! 見合い話、山ほど舞い込んでるんだから」
「1人で選びますから」
「そんなこと言わずにさ、ね! もう女装バーでばったり! なんて嫌だし!」
「無事身を固めることできても、私は女装子漁りをやめるつもりはありませんよ」
アキレスが手に持っていた釣書の束を奪い、結局アークイラは出ていった。
472: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:36:18.69 ID:gIlS4uyho
「なあカナリア、もう親父さんの女装癖は平気になったのか?」
「うん。お父さんは、英雄だからこその苦労や孤独をたくさん抱えてて、そういったのをあの世界で解消してるんだって、もうわかったから」
妹とその恋人が、アークイラのすぐ前を歩いている。
「普段の父さんも、女の人になりきってる父さんも、あたしの大好きなお父さん」
親もあくまで1人の人間なのだと、大人に近づいたカナリアは認識できたのだろう。
思春期も終わりに近づき、家出の原因となった、父親への嫌悪感はほとんどなくなっていた。
「お兄ちゃん、今日よく会うね! 家に帰ってたの? 晩御飯食べていけばいいのに」
「母さんが嫌がりますから」
「……母さん、どうしてあんなに……あたしからも、何回も言ってるのに、直してくれないの。お兄ちゃんはあの人とは違うのに!」
アークイラは心優しい妹の頭を撫で、背を向けてその場を去った。
473: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:37:29.60 ID:gIlS4uyho
釣書に紹介されている女性は、全て英雄の息子の花嫁としては申し分ない家柄だ。
「…………」
1人の女性の写真が目に留まった。
アークイラはその女性と社交の場で会ったことがあった。
グリセルダ・ディ・イェルヴォリーノ
家柄も容姿も特に優れており、文武両道。
ただ、性格が非常に狡猾であることは魔力から嫌というほど読み取れた。
連絡を入れ、顔合わせの約束を取り付けると同時に、業者に素行調査の依頼を入れた。
グリセルダは、もしかするとアークイラ以上に作り笑顔が上手いかもしれないほど、
外面の良い人物だった。
甘え上手で、男心を掴むコツをよく知っている。
アークイラも敢えて見合い相手のアプローチに応え、喜ぶ振りをする。
474: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:39:18.60 ID:gIlS4uyho
ある日、素行調査の結果が届いた。
グリセルダはアークイラとの見合いのために恋人と別れたそうだ。
しかしそれは表面上の話であり、関係は切れていない。
元の恋人は、そう地位は高くないものの王族の血を濃く引いており、
アキレスの父方の親戚の血筋でもある。
書類を見てアークイラは口角を上げた。
――上手く泳がせれば、恋人の子供を産むだろう。
英雄の後継者としての体裁を保つためには、妻と子供が必要だ。
しかし実子を妻に産ませるつもりはない。
アークイラは、自分と似た子供が生まることを恐れていた。
浮気相手が自分と近い血筋の者であれば、子供が自分に似ていなくても誤魔化しが利く。
魔感力の優れた人物であれば見破ることもできるだろうが、いざとなれば権力で黙らせればいい。
「……くくっ」
これほど都合のいいことはない。
475: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:40:17.02 ID:gIlS4uyho
数度共に食事をし、形だけの恋愛をして、入籍した。
妻が望んだとおりの豪華な新居も構えた。
まるで本当に愛し合っているかのように、夫婦の営みもこなすことができている。
また、歳の近い従叔父である国王は相変わらずアークイラに頼り切っている。
守護兵の地位が揺らぐことはないだろう。
結婚してそう時間が経たないうちに、グリセルダは懐妊した。
アークイラの魔感力の良さを知り、少しだけ振る舞いが不自然になったが、
アークイラが心底喜んでいるかのような反応を見せると安心したようだ。
いつも通り良き妻のように振る舞うようになった。
476: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:40:54.42 ID:gIlS4uyho
冬が過ぎ、春が訪れた。
「お兄ちゃん、聞いて! ガウィが大学受かったのよ!」
父と同じ青い瞳を輝かせて笑う妹は、大学生らしいお洒落にもすっかり慣れ、見違えるほど美しくなった。
武闘家としての修業は趣味として行う程度になったが、自分なりの生き方を見つけることができたようで、
コンプレックスに悩まされていた頃の暗さはもう何処にも見当たらない。
かつては、私やロンディノスとの能力差によるコンプレックスに悩んでいたというのに。
明るい人生を歩み出した妹の笑顔があまりにも眩しくて、
アークイラはカナリアとの接触を避けるようになった。
477: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:41:53.59 ID:gIlS4uyho
「おまえと離れるのは心許ないが、テーバイはどうしてもおまえの力を借りたいそうだ」
ある日、アークイラは近衛でありながら国王から隣国への遠征を言い渡された。
時折あることだ。
世界最高クラスの魔導師を呼べば、どのような組織であっても討伐は容易い。
「どうやら相当厄介な集団が現れたそうでな」
「と、申しますと」
「婦女暴行事件が多発している。性犯罪防止結界の内部であるにも拘らずだ。優れた術者が複数いるらしい」
「……ああ、あれは、高位の魔術師であれば容易に無効化できますからね」
「その次はコーカサスへ、それが終わったらスパルタを巣食っているマフィアの討伐だ。友好関係を保つためにも断りにくくてな」
「手っ取り早く片づけてきますよ」
各地へ赴き、勝利を治めれば、更なる名声を得ることができる。
そして、ずっと国王の傍にいるよりは退屈しない。アークイラは快諾した。
478: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:42:23.22 ID:gIlS4uyho
私は“英雄の息子”として恥じない地位に登り詰めた。
全て上手くいっている。
母に愛されないことを除いては。
一体なんのために生きているのだろう。
妹や弟の目と同じ色をしているはずの空は、何故だかひどく褪せて見えた。
479: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:43:36.20 ID:gIlS4uyho
5ヶ月かかる予定だった任務を、彼は3ヶ月で終えることができた。
夏の暑さが思考能力を奪う。
父と妹の誕生月だ。祝う準備をしようか。
しかし、家族と顔を合わせるのは非常に億劫だ。
国王への帰還の報告を終え、ふらふらと別宅へ向かおうとするが、
憂鬱な気分が歩みを遅らせた。
アークイラは、誰かにやり場のない負の感情をぶつけたくて仕方がなかった。
いくら悪党を嬲っても気分は晴れなかった。
一般人の愛人に危害を加えることも憚られる。
渇いている。
誰か、虐げてもいい相手はいないだろうか。
視界に入ったのは、幸せそうな親子だ。
「この町さ、女装グッズがすっごい充実してるんだって」
「でも、よかったのですか? この町で女装なんてして」
「大丈夫だって。女装子キラーは遠征でいないらしいから」
「お父さん、美人だよ! お母さんと同じくらい! あはは」
480: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:44:08.84 ID:gIlS4uyho
ああ、なんて美しい女性だろう。
闇夜のような黒い髪。粉雪のような白い肌。
鋭い眼差しは、まるで薔薇の棘のようだ。
……母とよく似ている。
その日から、親子は行方不明となった。
行方不明だという事実すら、世間に明るみにならないまま。
481: ◆O3m5I24fJo 2017/08/03(木) 17:44:39.53 ID:gIlS4uyho
ああ、お母さん。
あなたの息子は、あなたが思っていた通りの悪い子に育ちました。
終
485: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:03:48.95 ID:or54coRko
この世界における1年の最後の月(12月)≒現実世界の3月
486: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:04:32.40 ID:or54coRko
*北へ
お母さん、どうしてそんなに悲しそうな目で僕を見るの?
僕、上手にバイオリン弾けてるでしょ?
お母さん……。
487: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:05:48.01 ID:or54coRko
聖石歴5000年の冬、6人の英雄により魔王が倒された。
聖石歴5005年の冬、旭光の勇者ヘリオス・レグホニアにより聖玉が集められ、魔族の封印が完全なものとなった。
聖石歴5025年の夏、オディウム偽神が復活しかけたが、エリウス・レグホニアと準大精霊スファエラ=ニヴィスにより阻止された。
新たな亜人種“緑の番人”の誕生は、この世界に大きな変革をもたらすと思われる。
戦士「ええ、アルクスは年末生まれですから、12歳になる33年じゃなく、予定通り34年の春にそちらへ……はい、よろしくお願いします」
お父さんが通話器で北に住んでいる親戚と喋っている。
今は聖石歴5031年の最後の月。今日で僕は10歳になった。
488: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:06:31.90 ID:or54coRko
今日も僕はバイオリンの練習をする。
芸術は貴族の嗜みだからって、お母さんに言われて始めた楽器だ。
僕はどんどん上達した。
三男「お母さん、僕がバイオリンの練習をしてる時、どうしてそんなに悲しそうに笑うの?」
勇者「……お母さんのね、初恋の人に似てるからだよ」
三男「初恋の人?」
勇者「うん。お母さんが子供の頃に死んじゃったけど、とてもバイオリンが上手でね」
勇者「人を笑顔にするのが、大好きな人だったよ」
僕は俯いた。僕はその人じゃない。
三男「お母さんは、その人と僕、どっちの方が好きなの」
勇者「好きの種類が違うから、比べられないかな」
三男「まだその人のこと好きなの」
勇者「好きだけど、もう恋心じゃないよ。上手く言えないんだけどね」
勇者「お父さんのことを好きになった時に、その人のことは、過去になったから」
489: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:07:30.97 ID:or54coRko
じゃあ、お父さんと僕なら、どっちの方が好きなんだろう。
やっぱり、好きの種類が違うんだって答えられるんだろうな。
でも、種類が違ったって、好きは好きでしょ。どうして比べられないの。
僕のこと一番じゃないの?
僕は、他の何よりもお母さんが好きなのに。
次女「アルクスー遊ぼうよー! 一緒にいられるのあと2年しかないんだよー?」
三男「うるさいな」
僕は、ラズ半島を治めるために北に行くことが決まっている。
次女「んぶー!」
家族の中で一番騒がしいルツィーレはなんとか上級学校に入学したけれど、成績は壊滅的だ。
幸いこの国の上級学校は好きな年に卒業することができる。
だから今年で通うのをやめて、花嫁修業専門校に入学することになった。
がさつで乱暴で落ち着きのないルツィーレは、
どうせそんな学校に通ったってまともな花嫁にはなれないだろうに。
490: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:08:18.54 ID:or54coRko
長女「アルクス、夕食後のデザートは何がいい? 好きな物作ってあげるわ」
三男「……じゃあ、クレームブリュレ」
アウロラ姉さんは、大学の卒業式の後、すぐに彼氏と結婚した。
アパートを引き払ったり、新居を建てるための準備とかで忙しいだろうに、
今日はわざわざ僕の誕生日を祝うために実家であるこの家に帰ってきた。
そういうの重いからやめてほしい。
僕は、お母さんが祝ってさえくれればそれでいい。
次男「ただいま!」
三女「アルバお兄ちゃん、遅かったね」
次男「午前だけの訓練のはずが長引いちゃってさ」
アルバは士官学校を出て軍に入った。
城下町で1人暮らしをしているけれど、家族の誕生日には必ず帰ってくる。
相変わらず父さんとよく似てるけど、成長するにつれて鼻筋がすっきりした。
セファリナは上級学校に通っている。
城下町の友達に影響されてお洒落を始めたけど、まだ全然垢抜けていない。
491: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:08:51.15 ID:or54coRko
四女「お母さん、ぎゅーっして!」
勇者「もう、いつまで経っても甘えん坊なんだから」
末っ子のラヴェンデルは、8歳になったっていうのにお母さんに甘えてばかりいる。
今までは妹だからお母さんを取られても我慢してたけど、
僕はあと2年ともうちょっとしかここにいられないんだから、そろそろ譲ってほしい。
固定通話器が鳴った。お母さんが受話器を取る。
勇者「もしもしエル?」
勇者「うん、届いたよ。ありがとう」
エリウスはアクアマリーナからお菓子を送ってきた。
アクアマリーナを拠点として色々活動してるらしいけど、
僕はあいつなんかに興味ないから詳しくは知らない。
勇者「もう体は大丈夫なの?」
勇者「そっか、良かった。じゃあね」
あいつと喋って、そんな嬉しそうな顔しないでよ。
492: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:09:58.23 ID:or54coRko
誕生会が終わって、静かになった。
東の大陸基準の暦では今月が冬の終わりの月だけれど、ここは南の土地だから、もうとっくに暖かくなってる。
気候に体が覚える違和感。今はもっと涼しくていいはずだ。
昔、お母さんにこのことを話したら、
気候に違和感を覚える原因は僕が『瑠璃の民』だからだって教えてもらった。
僕がいるべき場所は、もっと寒くて、日射しが弱い国。
……お母さんだって、北の人なんだから、一緒に来てくれたらいいのに。
夜、1人でベッドに入った。寂しい。
お母さんのところに潜り込もうと思ったけど、ラヴェンデルに先を越されていた。
小さい頃は2人でお父さんとお母さんの間に挟まっていたけれど、
もう大きくなったからそんなことしたら狭くて仕方ない。
493: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:10:37.94 ID:or54coRko
翌日、お父さんは仕事に行かず、何処かへ出かけた。
アウロラ姉さんの結婚のことで向こうの家族と話し合わなきゃいけないことがあるらしくて、
溜まっていた有給を消化しているらしい。
ルツィーレは居間でごろごろしている。
セファリナやラヴェンデルは遊びに行った。
次女「ぼくも彼氏と遊びにいこーっと! アルクスは? どっか行かないの?」
三男「お母さんのお手伝いする」
南の人間とはいまいち気質が合わなくて、僕は孤立しきっているわけではないけど、
一緒に遊びに行くほど親しい友達はいない。
でもお母さんさえ傍にいてくれれば寂しくなんかない。
次女「行ってきまーす!」
勇者「あ、待って、ルツィーレ。髪の毛整えてあげる」
勇者「はい。可愛いよ」
次女「ありがとーお母さん!」
494: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:11:07.68 ID:or54coRko
彼氏「る、ルツィーレちゃん……可愛いよ。そのリボン、初めて見た。ツインテール似合うね」
次女「えへへぇ」
ルツィーレもアウロラ姉さんも彼氏は眼鏡の優男だ。姉妹で男の好みが似たのかな。
アルバの今の彼女も、眼鏡はかけてないけど、優しくて自己主張が控えめな人だ。
エリウスのお嫁さんもそんな感じの人らしいけど、あまり関わったことがないからよくわからない。
そもそも植物だし。
洗濯物を干し終わって、空いたカゴを洗面所に戻す。
勇者「ありがとう、アルクス。助かるよ」
僕の好みはもちろんお母さんだ。
お母さんとよく似た人とじゃないと結婚できる気がしない。
お母さんは、何歳になっても綺麗だ。
お母さんと結婚できたらいいのに。
三男「……ねえ、お母さん」
495: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:11:36.97 ID:or54coRko
勇者「なあに? アルクス」
三男「お母さん、どうしても一緒に北には行けないの?」
勇者「……うん」
三男「僕、お母さんと結婚したい。お母さんと離れるなんて嫌だよ。」
勇者「もう。そういうのは小さい頃に卒業したでしょ?」
三男「ううん。僕は、本当にお母さんが好き」
勇者「……お母さんは、お父さんのお嫁さんだから」
三男「そんなの関係ない! あんな仕事ばっかりの人、やめなよ!」
勇者「…………」
三男「僕、お母さんさえいれば他に何も要らないし、どんなことでも頑張れるよ」
僕が初恋の人と似てるなら、僕を選んでくれてもいいでしょ?
勇者「こな……で……」
三男「お母さん、大好きだよ。ずっと一緒に」
勇者「来ないで!! 嫌ああああああ!!」
お母さんの叫びを聞いて、大きく足音を立てて誰かが入ってくる。
戦士「アルカさん!」
496: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:12:40.27 ID:or54coRko
お母さん、どうしてそんなに怖がってるの?
戦士「母さんに何をしたんだ」
三男「え……あ……」
戦士「……話は後で聞く。アルカさん、こっちに」
勇者「…………」
長女「ど、どうしたの?」
父さんより少し遅れて帰ってきたアウロラ姉さんに、居間に行くよう促された。
僕はただただ怯えて、お母さんが寝室から出てくるのを待つ。
ドアが開く。出てきたのは、お父さんだけだ。
眉間にしわを寄せて、お父さんは僕に冷たく言い放った。
戦士「アルクス、今すぐ北に行け」
497: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:13:17.00 ID:or54coRko
長女「お父さん、何を言っているの?」
戦士「もうアルクスをこの家に置いてはおけない」
三男「や、だ……なんで? 僕……ただ……」
お父さんは僕の言い訳を聞こうとはせず、通話器を手に取った。
戦士「エリウス、頼みがある」
アウロラ姉さんが僕の肩を抱く。
戦士「……助かる。エーアストさんにはこれから連絡を入れる。じゃあな」
僕を領主として養育する予定の親戚の名前だ。
三男「おと……さ……ごめんなさ……」
戦士「迎えが来るのは10日後だ。それまではじいさんの家に泊まっていろ」
お父さんは、いつもガツンと一発怒ったらその後は一切問題を引き摺らない人だ。
謝ったら許してくれる。きっとこれは僕を脅かすための冗談だ。
そう信じたかった。
498: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:14:12.65 ID:or54coRko
おじいちゃんの家に追いやられた僕は、ただただ無気力に過ごした。
おじいちゃん達は、詳しい事情は聞いていないらしい。
北の親戚の都合で少し僕の出発が早くなったんだって思ってるし、
僕がこっちに泊まってるのは、おじいちゃんおばあちゃんとの思い出を作るためってことにされている。
食事時になっても、お箸を持つ手が震えた。変に胸とお腹が痛い。
無理にご飯を噛んで、飲み込む。やっぱり体が痛む。
長いようで短かった10日間。お母さんに会えたのは、最後の日だけだった。
僕は村の門に連れていかれた。
魔剣士「ようアルクス! 大きくなったな! つってもたったの10ヶ月ぶりだけど!」
お母さんを泣かせてばかりだと思ったら、いつの間にか僕からお母さんを奪う存在になっていた大嫌いなエリウス。
こいつの顔なんて見たくない。僕は横を向いた。
499: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:16:20.63 ID:or54coRko
緑長女「おじいちゃん、おばあちゃん、久しぶり!」
勇者「ユカリちゃん、元気そうだね」
エリウスの一番上の娘だ。6歳らしいけど、倍くらいの年齢に見える。
魔剣士「かあさーん! 一番下の子達も連れてきたんだ!」
そう言ってあいつがお母さんに見せたのは、大きな植木鉢だった。
5体……5人? どう数えればいいんだろう。
小さな人間のようなものが寝かされていて、胸から下は土が被せられている。
エリウスが生み出した亜人種、緑の番人だ。
勇者「先月生まれたのが、この子達なんだね。もうこんなに大きくなるなんて」
1人、2人と目を覚まして、土から出てきてお母さんにまとわりついた。離れてよ。
勇者「可愛い。私の孫達」
子供達の身体からは、茎や葉っぱのようなものが生えている。
白緑の少女「半年前に生まれた子達はやんちゃな盛りです。今度動画を送りますね」
エリウスのお嫁さんだ。アクアマリーナの大樹の精霊。
緑の番人達は、簡単な単語ばかりではあるけど口を利いた。まだ生まれて1ヶ月なのに。
500: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:16:51.99 ID:or54coRko
お父さんがエリウスの前に立った。
戦士「じゃあ、頼んだぞ」
魔剣士「任せてよ。どうしようもないマザコンの面倒を看るのは、これで2人目だから」
魔剣士「ほら、アルクス。おいで」
三男「……やっぱり嫌だー!」
三男「お母さん! お母さん!!」
勇者「…………」
戦士「アルクス!」
三男「ひっ」
勇者「……寂しくなったら、いつでも電話してね」
お母さんはお父さんの少し後ろに立っている。
そんなに悲しい顔しないで。
ねえ、もうぎゅっとしてくれないの?
せめて、最後に
白緑の少女「……アルクス君」
やだ、離して。抵抗したかったけれど、お父さんに睨まれて、力が抜けてしまった。
501: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:17:31.44 ID:or54coRko
助手席に座らされた。
魔剣士「俺のエメラルド2号、広いだろー」
外からだとコンパクトに見えたキャンピングカーは、中に入ってみると意外と広く感じた。
生まれ育った村がどんどん遠ざかっていく。家族はずっと心配そうに僕の方を見ている。
こんな形で追い出されるなんて、思ってなかった。
魔剣士「父さん怖かっただろ? あの人、母さんのためなら子供相手でも容赦しないから」
三男「……お父さん、子供は5人までって思ってたんでしょ」
三男「お父さんにとって、僕なんて要らない子だったんだ」
魔剣士「そんなことないよ」
三男「お父さん、いつも仕事ばかりだった。僕は大して可愛がってもらってない」
魔剣士「おまえらを養うために仕事頑張ってるんだぞ?」
魔剣士「年取って体力も落ちてきてるのに、昇進すればするほど忙しくなってさ」
魔剣士「確かに上の方のきょうだいほど、おまえは父さんにどっか連れてってもらったり、」
魔剣士「遊んでもらったりした記憶はないだろうから、ちょっと可哀想だな」
魔剣士「でも愛されてないわけじゃない」
三男「おまえに何がわかるんだよ!」
502: ◆O3m5I24fJo 2017/08/05(土) 15:18:29.31 ID:or54coRko
魔剣士「おまえが産まれた時、父さん、なんて言ってたか知ってるか?」
魔剣士「『目尻が遺伝しなくてよかった』って心底ほっとしてたんだぞ」
魔剣士「すっごく喜んでた」
三男「あくまで僕が産まれた瞬間の話でしょ」
魔剣士「じゃあさ、なんで父さんが向こうの使用人じゃなくて、」
魔剣士「わざわざ俺におまえを迎えに来させたのかわかるか?」
三男「……わかんないよ。そんなの」
魔剣士「わかってもらえるようにがんばりたいな〜俺」
僕はこいつが大嫌いだ。
才能があって、お父さんにもお母さんにも可愛がられて、大して苦労なんてしたことがないんだろう。
こんな奴に僕の気持ちがわかるはずない。
508: ◆O3m5I24fJo 2017/08/06(日) 21:42:33.07 ID:t+34RGMxo
魔剣士「まあせっかく口うるさい親から離れられたんだからさ」
魔剣士「楽しい旅にしようぜ」
三男「…………」
何かを楽しむ余裕なんてあるわけないだろ。
こらえてもこらえても涙が止まらない。
お母さん、もう二度と会えないのかな。
魔剣士「う゛ぇ゛ぇぇぇぇぇんがな゛じい゛よ゛ぉぉぉぉぉぉぉ!!」
三男「なんでおまえが泣くんだよ!」
魔剣士「思いっきり泣き喚いた方がすっきりするのに、」
魔剣士「おまえ声を押し殺して泣いてるじゃん」
魔剣士「だから兄ちゃんが代わりに泣いてあげようと思って」
三男「意味わかんない!」
509: ◆O3m5I24fJo 2017/08/06(日) 21:42:58.95 ID:t+34RGMxo
三男「お母さんに嫌われた! もう生きてる意味なんてない! 死んでやるー!」
車から飛び降りようと思ったけど、ドアの鍵が開かない。
魔剣士「こんなこともあろうかとロックをかけといたんだ」
三男「降ろせー!」
魔剣士「だぁめ」
三男「降ろせって言ってるだろー!」
魔剣士「暴れないで危ない!」
緑四男「ふぇぇぇ! ふぇぇぇぇぇ!」
緑五女「ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
白緑の少女「よしよし。大丈夫ですよ、ミルフサ、チグサ」
魔剣士「赤ちゃん達起きちゃうから静かにしよっか」
三男「…………」
510: ◆O3m5I24fJo 2017/08/06(日) 21:43:41.57 ID:t+34RGMxo
エリウスは小声で喋った。
魔剣士「母さんはおまえのこと嫌ってなんてないよ」
魔剣士「ただ、父さん以外の男の人から好かれるのが、極端に苦手なだけなんだ」
三男「…………もう、昔みたいに可愛がってもらえない」
魔剣士「おまえが目ぇ覚まして立派に成長すれば、また可愛がってもらえるよ」
三男「…………」
魔剣士「昔さ、モルゲンロートおじいちゃんが言ってたんだ」
魔剣士「レッヒェルン家の人間は、身内への愛情が強すぎて、」
魔剣士「たまに恋愛感情があるかのように錯覚してしまうことがあるって」
三男「……僕がお母さんのこと好きなのは、僕の勘違いだって言うの」
魔剣士「そうだよ」
三男「…………」
魔剣士「大抵大人になる頃には落ち着くらしいんだけど、」
魔剣士「あんまりにも重度で近親相姦しそうだったら、留学させて頭を冷やさせるらしい」
魔剣士「身内のこと好きだったなんて黒歴史になっちまうよな〜つらそ〜」
僕のこと馬鹿にしてるのかな。
511: ◆O3m5I24fJo 2017/08/06(日) 21:44:32.19 ID:t+34RGMxo
景色が流れていく。日が落ちかけたところで、エリウスは車を停めた。
魔剣士「よし、今日はここでキャンプだな!」
三男「……ねえ」
魔剣士「なんだ」
三男「あそこに村、あるよね」
魔剣士「たまには野外で飯食うのもいいだろ?」
三男「…………」
魔剣士「顔色悪いぞ〜」
魔剣士「ちょっと待っててな。今兄ちゃんがうんまい飯作ってやるから!」
そう言ってエリウスが取り出したのは、大量のフキノトウだった。
生のものと、灰汁抜きを済ませているもの、両方がある。
魔剣士「フキノトウのおひたしと、フキノトウの天ぷらと、」
魔剣士「フキノトウのチヂミと、そうだなひじきと一緒に煮るのもいいな」
魔剣士「デザートはフキノトウのスコーンな」
狂気の沙汰だ。
512: ◆O3m5I24fJo 2017/08/06(日) 21:45:07.59 ID:t+34RGMxo
エリウスは生のフキノトウをつまみ食いしながら料理した。
魔剣士「ほらどうぞ」
三男「……食べないよ」
このまま餓死してやる。
魔剣士「困ったなー、ハンストかあ」
魔剣士「うーん、仕方ないなあ。俺は保護者としておまえに栄養を摂ってもらわなければならない」
エリウスは何処かから巨大な注射器を出した。
魔剣士「上の口から食べてくれないなら、下の口から注入するしかないよな〜〜〜〜〜?」
三男「!?!?!?!?」
魔剣士「いい子だからお尻出そうな〜」
三男「食べる! ちゃんと食べるからやめて!!」
513: ◆O3m5I24fJo 2017/08/06(日) 21:45:37.95 ID:t+34RGMxo
エリウスが作った料理は妙においしい。
でも僕はお母さんの料理の方が好きだ。
みんなお母さんよりもエリウスの方が料理が上手だって言うけど、そんなことない。
魔剣士「チビ達もご飯な〜」
エリウスはジョウロの中に何種類か肥料を入れ、最後にぬるま湯を注ぐと、
子供達の植木鉢にかけた。
5人の子供は嬉しそうな顔をして喜んだ。
魔剣士「カイドウ、カズラ、チグサ、ミルフサ、メノハ、おっきくなれよ〜」
奇妙な光景だ。
ユキさんやユカリは微笑んでエリウスと子供達を見守っている。
魔剣士「アルクスもこっち来いよ」
逆らったら何をされるかわからない。渋々従う。
魔剣士「アルクスおいたんだよ〜」
三男「お、おいたん?」
514: ◆O3m5I24fJo 2017/08/06(日) 21:46:04.58 ID:t+34RGMxo
緑三男「おいちゃ?」
緑四女「おいたぅ!」
緑五女「あうくふおいたん!」
緑四男「あううふ」
緑六女「あふーひゃぁんー」
緑長女「舌っ足らず〜可愛い〜」
魔剣士「まだ上手く言えないかあ、はは」
白緑の少女「すぐにちゃんと喋れるようになりますよ」
緑三男「おいちゃ〜」
三男「わわっ! まとわりついてこないでよ!」
魔剣士「こらこらカイドウ〜おいたんびっくりしてるだろ〜」
植物にしてはじんわり暖かい。人間の血も引いてるからかな。ぷにぷにだ。
エリウスが子供を抱き上げて、あやしてから植木鉢に戻した。
すっかり父親の顔になっている。
515: ◆O3m5I24fJo 2017/08/06(日) 21:47:03.67 ID:t+34RGMxo
魔剣士「2番目の子達、どうしてるかな」
白緑の少女「もう皆寝たみたいですよ。走り回って大変だったそうです」
なんでわかるんだろう。
僕は疑問を声には出さなかったけど、表情を見てユキさんが答えた。
白緑の少女「アクアマリーナにいる子供達は、私の本体や分身が面倒を看ているんです」
白緑の少女「本体や分身達も私自身ですから、情報をすぐに共有できるんですよ」
便利そうだな。もし自分がもう1人いたら楽なのに、っていうのはよく考える。
魔剣士「アルクス〜俺の家族写真見て見て〜」
無理矢理携帯の画面を見せてきた。……子沢山だな。
魔剣士「今はまだ10人だけど、最低100人は産みたいんだ」
ええ……。
516: ◆O3m5I24fJo 2017/08/06(日) 21:47:47.93 ID:t+34RGMxo
魔剣士「俺先に歯磨きしてくるね」
エリウスはキャンピングカーの中に入っていった。
水道があるなんて、この車、どれだけお金かかってるんだろう。
緑長女「……本当はね、今頃、もっといっぱいきょうだいが増えてるはずだったんだよ」
緑長女「でも、ちょっとごたごたしちゃって。お父さん、少しでも早く増やそうとがんばってるみたい」
僕より年下のはずの姪は、見た目だけじゃなく精神的にも大人びている感じがする。
なんだかちょっとプライドが傷つく。
寝る準備を済ませて、車の中のベッドマットに寝転がった。
魔剣士「見てろよ、すごいからな」
エリウスが壁にあるスイッチを押すと、天井や壁の一部がスライドして、夜空が現れた。
ガラスの窓だ。
魔剣士「これで星見ながら寝れるんだぜ」
割れないのかな。ちょっと怖いけど、でも星空は綺麗だ。
517: ◆O3m5I24fJo 2017/08/06(日) 21:48:13.84 ID:t+34RGMxo
この空をお母さんと一緒に見られたらどんなに良いだろう。
魔剣士「まったく寂しそうな顔しちゃって〜」
魔剣士「母さんの代わりにお兄ちゃんがぎゅうしてあげるぅ〜」
三男「うぎゃあああああ!!」
三男「気持ち悪い!! おまえなんかに抱きしめられても全く嬉しくない!!」
魔剣士「そう言わずに〜」
三男「離れろおおおおおおおおおおお!!」
魔剣士「いてっいてっごめんっごめんって! いたい! ああん! もっとぉ!」
三男「もういやだぁ」
こんなの嫌がらせだ。
お父さんは、エリウスがこんな嫌な奴だって知ってるから、
お母さんを取ろうとした僕に復讐しようと思ってエリウスに迎えに来させたんだ。
518: ◆O3m5I24fJo 2017/08/06(日) 21:49:25.94 ID:t+34RGMxo
――
――――――――
鳥のさえずりが聞こえる。朝だ。
寝心地になんだか違和感が……そっか、ここはエリウスの車の中だった。
優しい薄黄色の朝日が車内を照らしている。
……お父さんの魔力と同じ色だ。そう思うと、あんまり朝日を綺麗だとは思いたくなくなった。
エリウスの子供達は、朝日を浴びて気持ちよさそうにしている。
この子達の周りの空気がなんとなくおいしい。光合成でもしてるのかな。
エリウスはユカリを抱き枕にしてまだ寝ている。ユキさんの姿はない。
白緑の少女「そろそろ起きましょうか」
三男「わっ!」
白緑の少女「あ、ごめんなさい。びっくりさせてしまいましたね」
依り代である株からいきなり現れた。そっか、精霊だもんな。
519: ◆O3m5I24fJo 2017/08/06(日) 21:50:33.48 ID:t+34RGMxo
魔剣士「ん〜まだ眠い〜」
エリウスは車の外に出て、すぐにふらふらと倒れた。
白緑の少女「エリウスさん、今コーヒーを淹れますからね」
魔剣士「うん。ふああ〜俺も光合成しよ」
エリウスは体から大量に雑草を生やした。
僕とこいつは本当に実の兄弟なのだろうか。
僕はどうしてもこいつが人間だとは思えない。
白緑の少女「はい、どうぞ」
魔剣士「ん〜」
コーヒーを1口飲むと、エリウスはすっきり目が覚めたようで、てきぱきと行動し始めた。
こいつは食べた植物の成分を自在に操ることができるらしいから、カフェインの覚醒作用を利用したのだろう。
520: ◆O3m5I24fJo 2017/08/06(日) 21:52:00.91 ID:t+34RGMxo
今日も車で北上する。
魔剣士「俺等さ、歳が離れてて、全然話したことなかったろ」
魔剣士「だから俺、この機会を利用しておまえといっぱいいっぱい仲良くなりたいんだ」
三男「やだ」
魔剣士「んもうすねちゃって」
魔剣士「せっかくだし、あちこち寄り道しながらゆっくり行こうな」
外を眺める。生まれ育った村の周辺より、随分緑が多い。
魔剣士「つってもしばらくは町もなんもないんだよな。テレビでも見るか?」
車内には2ヶ所、前の部分と、後ろにいる人達が見えやすい位置に画面がついている。
白緑の少女「エリウスさんが出演した料理番組の再放送があるみたいですよ」
魔剣士「よし、それに決定な」
魔剣士「うわ〜これ2年前のだよ。懐かしいな」
エリウスが出演した数多い料理番組の中でも、特に人気の高かったものを何本かまとめて放送しているみたいだ。
放送されている番組はそれぞれ違うテレビ局が企画したものだけど、
他所のテレビ局の番組のデータを借りて他局が再放送するのはたまにあることだ。
521: ◆O3m5I24fJo 2017/08/06(日) 21:52:55.42 ID:t+34RGMxo
魔剣士「アルクス、おまえはもう父さんや母さんとの関係を良くできないと思ってるかもしれないけど、そんなことないんだぞ」
魔剣士「人間関係って、自分が思っている以上に大きく変わるんだ」
魔剣士「すごく仲が良かった奴と仲違いすることもあるし、」
魔剣士「逆に、ぜってえわかりあえないと思っていた奴と友達になることもある」
魔剣士『というわけでできました、コッカリーキ・スープです』
司会『さて、お味は』
魔導槍師『うっ、くぅっ……』
魔導槍師『鶏の出汁とリーキの甘みが見事に絡まり合っている……まるで真冬の布団の中のような温もり……!』
魔剣士『このリーキという野菜、ほんのりとタマネギのような香りを料理に足してくれるのです』
魔剣士『軟らかいのに煮崩れしない! そしてニンジンやジャガイモと相性がいい!』
魔導槍師『冬場の必需品ですね』
522: ◆O3m5I24fJo 2017/08/06(日) 21:54:19.06 ID:t+34RGMxo
魔剣士『お次はコリアンダーという野菜を紹介しましょう。パクチーとも呼ばれてますね』
魔剣士『ちょっと生のままのをつまんでみてください』
魔導槍師『カメムシです』
魔剣士『そしてこちらがコリアンダーのコーディアル(アルコール飲料)です』
魔導槍師『こっこれは……!』
魔導槍師『癖の強いコリアンダーの風味はしっかりと残っているというのに、』
魔導槍師『まるで真夏のセレーノの海のような爽快感……!』
魔導槍師『あの果てしなく続く水平線が瞼に浮かびます』
セレーノ……海が綺麗なことで有名な観光地だ。
司会『カメムシ味の野菜が、一体どのような魔法で変貌したというのか!? 解説はCMの後!』
お母さんは、エリウスが出ている番組は全部チェックしてた。
だから、エリウスがアークイラと一緒にテレビに出ているのを、僕もお母さんの横で何回も見たことがある。
エリウスが料理を作ったり、食べに行った先の料理の解説をしたりする役。
アークイラが料理の感想を述べる役。
エリウスの解説はわかりやすいし、アークイラの感想は比喩表現がふんだんに使われていて面白いしで、大人気だったらしい。
学校でも、主に女子がキャーキャー言いながらこの2人について喋っていた。
523: ◆O3m5I24fJo 2017/08/06(日) 21:56:32.87 ID:t+34RGMxo
魔剣士「俺さ、この人とすげえ険悪だったんだぜ」
三男「ふーん」
そんなこと言われても、僕は2人が仲良く喋っているところを画面越しに見たことがあるだけだから、いまいちよくわからない。
魔剣士『アキレスさんはトマトを大量に使った料理しか作れなかったってほんと?』
魔導槍師『ええ。台所には常に100個以上のトマトが積んでありましたよ』
司会『プティアはトマト料理の国ですからね〜! しかし100個以上とは!』
三男「アークイラって確か今行方不明だよね」
魔剣士「お嫁さんとひっそり暮らしてるよ」
三男「えっそうなの」
魔剣士「田舎で畑耕してる」
世界最強の魔導師が農家になるなんて、不思議なこともあるもんだな。
魔剣士「人生、どう変わるかわからないもんだよ」
魔剣士「おまえの人生も、おまえ次第でいくらでも変えられる」
529: ◆O3m5I24fJo 2017/08/07(月) 23:26:14.54 ID:l9O/FeNro
数日、東へ西へふらふらと走りながらゆっくりと北に向かった。
エリウスとユキさんは本当に仲が良い。
僕にいちゃいちゃを見せないよう気を遣ってはいるみたいだけど、
それでも充分見せつけられているような気分になって、僕はイライラしていた。
三男「エリウスさ、植物しか恋愛対象じゃないんでしょ」
三男「人間のこと好きになったことないの?」
魔剣士「……あるよ。一回だけ」
嘘だろ。意外だ。
三男「え? いつ?」
魔剣士「……4年半くらい前」
三男「結婚してからじゃん。浮気だ。最低だ」
魔剣士「そうだな、最低だ」
三男「今はもうその人のこと好きじゃないの」
魔剣士「うん。好きだったの、2ヶ月もないくらいだよ」
三男「短っ……」
一時の気の迷いとかだろうか。
530: ◆O3m5I24fJo 2017/08/07(月) 23:26:45.96 ID:l9O/FeNro
魔剣士「ここの草原綺麗だなーちょっと休憩しよ」
エリウスは車を停めると、木陰に折り畳み式のテーブルを広げ、ノートパソコンを開いた。
子供達は喜んでよちよちと駆け回っている。
緑長女「あんまり遠くに行っちゃだめだよ」
四男「ぱあぱ! おはな! きいぇい!」
魔剣士「そこでそのままじっとしててな」
魔剣士「よーし、いい写真が撮れたぞ」
エリウスはアルバムの編集をしているらしい。画面にはたくさんの写真が表示されている。
魔剣士「この子達すぐおっきくなっちゃうからまめに写真撮らないとな」
白緑の少女「子供の成長を振り返るのは楽しいですね」
夫婦が寄り添い合って画面を見ている。……幸せそうだな。
531: ◆O3m5I24fJo 2017/08/07(月) 23:27:44.23 ID:l9O/FeNro
魔剣士「追加終わりーぃ! チビ達と遊ぶぞぉ〜!」
エリウスは子供とじゃれ始めた。
三男「……アルバム、見ていい?」
魔剣士「いーよー」
別にあいつらに興味があるわけじゃない。他にやることがなくて暇なんだ。
アルバムアプリケーションに登録されているアルバムは、全て子供の成長記録のようだ。
ユカリ成長記録(5025.5〜)
ミルウス成長記録(5028.3〜)
2回目世代成長記録(5031.5〜)
3回目世代成長記録(5031.11〜)
家族の思い出総合(5025.5〜)
誰だよ、ミルウスって。
四つ子とかじゃなくて、1人で生まれてきたのはユカリだけのはずだ。
まさか、すぐ死んじゃった子とかじゃないだろうな。
おそるおそるダブルクリックした。
533: ◆O3m5I24fJo 2017/08/07(月) 23:28:36.79 ID:l9O/FeNro
最初に出てきたのは、女の人が普通の人間の赤ちゃんを抱っこしている写真だ。
出産直後みたいだ。前髪が汗でべとべとになって、額に貼り付いている。
これがあいつの浮気相手……?
……綺麗な人だ。お母さんとよく似てる。
こんな人を、ほんの短い間でも好きになったなんて、あいつこそマザコンじゃないか。
じゃなきゃ余程のナルシストだ。
魔剣士「ユキ〜写真撮って撮って〜」
白緑の少女「はい、ピーマン」
魔剣士「かっこよく撮れた!?」
白緑の少女「はい」
魔剣士「やっぱり俺って美しいな〜」
……後者かな、あいつの場合。
他の写真も見る。女の人の隣に男の人が立っている。
この人、見覚えがあるな……確か、産婦人科医になった親戚だ。名前……なんだっけ。
ということは、女の人と赤ちゃんがいる病院は、おそらくグラースベルクの産院だ。
アルバムに記録されている時期と、あいつが浮気していた時期は一致しない。
……計算してみた。浮気相手が出産したから会いに行ったってところだろう。多分。
534: ◆O3m5I24fJo 2017/08/07(月) 23:29:13.81 ID:l9O/FeNro
う、うわ、赤ちゃんにおっ……母乳をあげてる写真まで……。
見てはいけないものを見てしまった罪悪感に襲われて、このアルバムを閉じた。
ユカリが言ってた「ゴタゴタ」って、浮気騒動かな。
ただでさえ僕はエリウスのことが嫌いなのに、更に尊敬できなくなった。
エリウスの方を見る。とても浮気しそうな男には見えないけど、わからないもんなんだな。
魔剣士「あーお日様がきもちいーこのまま昼寝しよ」
エリウスはよく昼寝をする。夜もぐっすり寝てるのに。寝過ぎだ。赤ちゃんかよ。
エリウスが寝転がると、周囲の雑草が光を発しながら元気になった。
エリウスの魔力は植物にとってはすごく質のいい養分になるらしい。
僕はあいつの浮気相手の姿を思い浮かべた。
あんなにお母さんとよく似た女の人だったら、僕…………。
い、いや、だめだ。どんなに似ていても、あの人はお母さんじゃない。
でも……綺麗だったな……。
535: ◆O3m5I24fJo 2017/08/07(月) 23:30:00.58 ID:l9O/FeNro
――
――――――――
助手席にずっと座っていると腰が痛くなる。
僕は車の後ろの方で寝転がっていた。
魔剣士「アルクス〜最近ずっと機嫌悪いままだぞ〜?」
三男「…………」
浮気するような人間と口を利く気にはなれなくて、僕はエリウスと必要最低限のことしか話さなくなった。
魔剣士「ほら前見てみろよ、山脈が綺麗だぞ」
魔剣士「ねえアルクス〜アルクスったら〜」
三男「うるさいな!」
魔剣士「お兄ちゃん悲しい」
三男「…………」
谷間の道に入った。トンネルが多くて、頻繁に暗くなる。
僕の人生も真っ暗だ。どん底だ。
魔剣士「アルクス〜どんなに暗いトンネルでも、進めばいつか出口に辿り着けるんだぞ」
三男「…………」
魔剣士「あっやっべ道間違えた。こっちのトンネル未開通だったわ」
気が滅入る。
536: ◆O3m5I24fJo 2017/08/07(月) 23:30:34.34 ID:l9O/FeNro
山脈を横断して、温泉で有名な街に着いた。
魔剣士「ほら、早く降りろよ」
だるい。僕は無駄にのろのろと動いた。
魔剣士「大丈夫か? 手、貸そうか」
三男「僕に触るな!」
魔剣士「いてっ」
三男「下半身の緩い人間は大嫌いなんだよ! お母さんだって嫌ってる!」
魔剣士「……えっと」
三男「お母さんならおまえが浮気相手を妊娠させたことに気がつくはずなのに、」
三男「なんでお母さんはおまえに優しいんだよ! ありえない!!」
魔剣士「ちょっと待って何か誤解が」
三男「おまえなんて嫌いだ! 浮気野郎!!」
三男「お嫁さんと子供がいるのに浮気するおまえなんて生きてる価値ないんだよ!!」
魔剣士「…………」
緑長女「アルクス君、あのね」
537: ◆O3m5I24fJo 2017/08/07(月) 23:31:01.74 ID:l9O/FeNro
三男「早く死んじゃえー!」
魔剣士「っ……」
魔剣士「あああああああああああああ!!!!」
魔剣士「痛い痛い痛い痛い!! やめて!! もう許してぇ……!!」
エリウスは突然叫んで、頭を抱えてのた打ち回った。
白緑の少女「いけない、発作が!」
魔剣士「はっ、ふっ……切らな……で……言うこと聞くから……」
緑長女「お父さん、しっかりして! 怖いのもう終わったんだよ!」
魔剣士「俺の記憶返して……!」
魔剣士「俺の身体元に戻してよ…………!!!!」
ユキさんがエリウスを抱きかかえた。
白緑の少女「大丈夫です。もう、あんなに恐ろしいことは起きないんです」
魔剣士「はあ、はあっ……ユキ……」
白緑の少女「……しばらく、眠っていてください。夢があなたを癒してくれます」
ユキさんが魔法をかけると、エリウスは目を閉じた。
538: ◆O3m5I24fJo 2017/08/07(月) 23:32:03.22 ID:l9O/FeNro
三男「…………」
白緑の少女「……エリウスさんは、とても、とても恐ろしい目に遭ったんです」
白緑の少女「共依存を愛だと錯覚しなければ、心を守れなくなるほどに」
意味わかんない。
白緑の少女「普段は元気そうに振る舞っていますが、もう心も身体もボロボロなんです」
白緑の少女「本人が望んでいるほど、長く生きられるかどうか……」
三男「そ、んな」
白緑の少女「……旅館の予約は済んでいます。中に入りましょう」
ユキさんがエリウスを姫抱きにして運ぶ。
緑長女「植木鉢、運ぶの手伝って」
三男「……うん」
重い。でも、赤ちゃん達を落っことすわけにはいかない。
緑長女「……お父さんね、4年前、心が壊れた人に捕まっちゃったの」
緑長女「お母さんや私に関する記憶を封印されて、勝手に身体を改造されて」
緑長女「廃人寸前にまで追い込まれたんだよ」
539: ◆O3m5I24fJo 2017/08/07(月) 23:34:47.38 ID:l9O/FeNro
白緑の少女「エリウスさんは、エリウスさんなりにあなたを元気づけようとしているんです」
白緑の少女「不器用な方ですから、わかりづらいかもしれませんが……」
三男「…………」
いろいろ聞きたいことはあるけれど、聞いちゃいけないような気がした。
エリウスはまだちょっと苦しそうに眠っている。
もう少し、優しく接しようかな。
なんだか、さっきまでとは違う理由でイライラした。
どうして、そんな普通じゃ考えられないくらい酷いことをされてしまったのだろう。
やったのはあの写真の女の人なのかな。わからないことだらけだ。
エリウスのこと嫌いなはずなのにな。どうしてこんなに腹が立つんだろう。
540: ◆O3m5I24fJo 2017/08/07(月) 23:35:21.75 ID:l9O/FeNro
旅館は、おじいちゃんの取引先の文化風だった。ベッドがない。
押入れから布団を引っ張り出して、横になった。
何も考えたくないけど、嫌でもいろんなことが頭をぐるぐるする。
お父さんのこと。お母さんのこと。エリウスのこと。僕の将来のこと。
休み始めて1時間くらいで、エリウスが起きた。
魔剣士「俺露天風呂入ってこよ〜っと。貸し切りなんだぜ!」
緑長女「気をつけてね」
白緑の少女「私は後から子供達と一緒に入ります。ゆっくりなさってきてくださいね」
魔剣士「ありがと!」
寝起きでふらふらなのに、1人で入浴なんてして大丈夫なのかな。
あいつただでさえどんくさいのに。足滑らせたりしないかな。
……僕がエリウスのことを心配しているのは、あくまであいつに何かあったらお母さんが悲しむからだ。
あいつのこと好きになったわけじゃない。
541: ◆O3m5I24fJo 2017/08/07(月) 23:36:26.11 ID:l9O/FeNro
魔剣士「お、アルクス。背中流してやろうか」
三男「自分で洗……う……」
エリウスの身体は、傷痕だらけだ。
おかしいのは傷痕だけじゃない。
身体全体の肉の付き方に違和感を覚えた。男か女かわからない身体をしている。
変な太り方だな。
でも、そんなことがどうでもよくなるほど、皮膚の色が酷い。
三男「なんだよ、それ」
魔剣士「それってどれ」
三男「その、大量の傷」
魔剣士「ああ、エルナトにだいぶ薄くしてもらったんだけどな」
魔剣士「まあいろいろあってさ」
切り傷の痕だったり、火傷の痕だったり。大きな擦り傷だったり。
北方人の特徴である白い肌には、あまりにもそれらが目立っていた。
542: ◆O3m5I24fJo 2017/08/07(月) 23:37:11.13 ID:l9O/FeNro
魔剣士「おまえは自分の体大事にしろよな〜」
魔剣士「父さんと母さんにもらった、大事な体なんだから」
おまえの体だってそうだろ。
三男「……あのさ」
魔剣士「何?」
三男「僕さ、見ちゃったんだ。綺麗な女の人が、ミルウスって赤ちゃんを抱っこしてる写真」
魔剣士「ああ、それ俺」
三男「はあ? 冗談よしてよね」
流石にそれはないだろう。
魔剣士「あはは」
三男「あとさ」
魔剣士「うん」
三男「死んじゃえ、なんて言ってごめん」
魔剣士「いいよ。不信感煽るようなこと言ったの、俺だもん」
543: ◆O3m5I24fJo 2017/08/07(月) 23:37:46.93 ID:l9O/FeNro
温泉から上がって浴衣を羽織った。
魔剣士「よーし、卓球やるぞ!」
三男「……いいよ」
……エリウスはへたくそだった。
魔剣士「ごめんもうちょっと手加減して」
三男「その運動神経の鈍さで、一体どうやって剣振ってるの」
魔剣士「うーん……ノリ?」
変な奴だな。
三男「お父さんもお母さんも運動神経良いのに」
魔剣士「ほら、俺って顔は良いし天才的な才能ももってるだろ?」
魔剣士「1つくらい悪いところがあったっていいじゃん?」
1つどころか、悪いところはすごくたくさんある。
でも多分、つらい目に遭っても明るく振る舞っているのは、こいつのすごく良い面なんだと思う。
魔剣士「そうだ、気づいたことがあるんだけどさ」
三男「何」
魔剣士「おまえって赤ちゃんの頃からタマタマの色白いままなのな! 俺とおそろい!」
三男「はあ?」
魔剣士「いや〜裸見たらおまえのおむつ替えてやってた頃のこと思い出しちゃってさ」
三男「僕やっぱりおまえのこと嫌いー!」
548: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 17:47:40.79 ID:dZOJitVAo
魔剣士「アルバのは黒いんだよなー。俺と色が違いすぎるから、母さんが病気じゃないか心配してさ」
魔剣士「父さんが『こんなもんだろ』って言ったら安心してたけど」
三男「…………」
魔剣士「そういや昔ルツィーレに『キンタマってなんで黒いのにキンタマって呼ぶの?』って訊かれてさ」
魔剣士「俺もそんなの知らないから『アルクスのは白いよ』って答えたんだよ」
三男「…………」
魔剣士「そしたら『ルーシーには黄金のキンタマ生えてくると良いなあ』とか言い出してさぁ」
三男「もう股間の話はいいだろ」
下品な話はあんまり得意じゃないんだ。
549: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 17:48:55.57 ID:dZOJitVAo
翌日、温泉の町を出て港町に到着すると、寿司屋に連れていかれた。
魔剣士「大将、芽ネギとおしんこ巻きとわさび巻きお願い!」
エリウスは植物のネタばかり頼んでいる。一体何を食べに来たんだ。
僕は適当にまぐろとかサーモンとかを頼む。
魔剣士「美味いか?」
三男「うん」
魔剣士「そっかあ良かった」
三男「おまえは魚食べないの」
魔剣士「お寿司好きなんだけどさ、生魚食べたらよく腹壊しちゃうんだよ俺」
僕に寿司を食べさせるために連れてきてくれたらしい。自分はあまり食べられないのに。
大将「その子エリウスさんにそっくりだねえ。隠し子じゃないでしょうね。がっはは」
魔剣士「実はそうなんすよ」
三男「弟だから!!!!」
550: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 17:49:25.49 ID:dZOJitVAo
船に乗った。……豪華客船だ。
魔剣士「アクアマリーナで乗り換えてすぐセーヴェル大陸に行くこともできるんだけどさ」
魔剣士「サントル中央列島もあちこち回りたいな〜って思ってるんだ」
三男「好きにすれば」
甲板で風に当たる。
エリウスのファンらしき女性達が寄ってきた。
ファン1「サインくださぁい!」
ファン2「写真! 写真お願いします!」
ファン3「ああん近くで見るともっとかっこいい〜」
魔剣士「すんません今プライベートなんすよ〜」
エリウスはわざとへらへらして、後ろから僕の両肩に手を置いて前に押した。
魔剣士「ほらほらお部屋に行くぞ〜」
電車ごっこの状態で歩く。こいつ何歳だっけ。
551: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 17:50:24.56 ID:dZOJitVAo
部屋に入る前にエリウスの携帯が鳴った。
エリウスは柵にもたれかかり、海を見ながら会話を始める。
魔剣士「もしもし? うん、今下の弟と一緒」
魔剣士「そっかぁ、好き嫌い減ったかあ」
魔剣士「またメッセで写真送ってよね」
魔剣士「ところでさ、今度そっちの近く通るんだけど」
魔剣士「じゃあ寄るね」
通話が終わった。
三男「友達?」
魔剣士「うん」
エリウスは機嫌を良くしたみたいだ。
にまにましながら部屋に入っていった。
552: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 17:52:04.11 ID:dZOJitVAo
今日はユキさんと子供達、エリウスと僕で部屋が分かれている。
三男「おまえってさ」
魔剣士「ん?」
三男「やけに面倒見いいよね。意外だ」
適当でめんどくさがりな奴だとばかり思っていた。
魔剣士「伊達に長男やってないしぃ?」
三男「…………」
魔剣士「それに、おまえに対しては罪滅ぼしみたいな気持ちもあるのかもな」
三男「なにそれ」
魔剣士「この石に、モルゲンロートのおじいちゃんが入ってたのは知ってるだろ」
三男「うん」
魔剣士「おじいちゃんな、兄ちゃんを守るために魔力を使い果たして成仏しちゃってさ」
魔剣士「もしおじいちゃんが今もここにいてくれたら、」
魔剣士「領主の先輩としておまえにいろいろ助言してくれてただろうになって思ったら」
魔剣士「代わりに俺が少しくらいおまえの面倒見てやらなきゃなって」
三男「……死んだ人間なんて、傍にいない方が普通なんだ。気にすることない」
魔剣士「あはは、ありがと」
魔剣士「あ、そうだ」
553: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 17:52:36.55 ID:dZOJitVAo
魔剣士「向こうだと、10歳になったら自分の魔力と同じ色の石を親から贈られる風習があるんだけど」
魔剣士「おまえ、貰ったか?」
三男「貰ってない」
魔剣士「じゃあ、これやるよ」
エリウスは胸元のアウィナイトのピンブローチを外した。
魔剣士「この石ほど、おまえの魔力と相性のいいものはそうそうないだろうから」
鮮やかな、青らしい青。かなり希少な石だって聞いたことがある。
何故だか懐かしい輝きだなと感じられる。
魔剣士「じっとしててな」
僕の服に針が刺される。
魔剣士「うん、似合ってるよ」
魔剣士「その中にはもうおじいちゃんはいないけど、きっと守ってくれるから」
554: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 17:53:24.47 ID:dZOJitVAo
船の中にはいくつも高級レストランがあって、僕達はバイキングに行った。
有名人であるエリウスは、人に絡まれるのを避けるために変装していた。
でも、いくらなんでもド緑のかつらと怪しいサングラスはないと思う。
センスが常軌を逸脱している。
夜も更けて、ベッドに潜った。
魔剣士「実家にいる時はさ〜、やかましくて仕方なくて早くこんな家出てえって思ったけど」
魔剣士「いざ離れて見たら、あの騒がしさが恋しくなったりするんだよな〜」
魔剣士「おまえもそろそろ」
三男「ならないよ」
魔剣士「学校の宿泊学習の夜とかさ、ホームシックにならなかったか?」
三男「お母さんに会いたくてたまらなくなっただけ」
555: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 17:53:53.84 ID:dZOJitVAo
エリウスが室内の魔石灯を消した。
お母さんに会いたくて仕方なくて、寂しくて、僕は布団にくるまってこっそり泣く。
お母さん、どうしてるかな。今頃またラヴェンデルに抱き着かれてるのかな。
それとも、お父さんが独り占めしてるのかな。
優しかったお母さん。綺麗なお母さん。
三男「う……ひっく……」
魔剣士「…………」
三男「……っ…………ぅぁ……」
魔剣士「こちょこちょこちょ〜〜〜〜〜」
三男「うわはははははははあああああやめろ!!!!!!!!!」
魔剣士「あひゃひゃひゃひゃ!」
たまには感傷に浸らせてほしい!!
556: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 17:55:27.97 ID:dZOJitVAo
数日船に乗って、翡翠の港町アクアマリーナに着いた。
魔剣士「俺んち行くぞ!」
エリウスの家は、貴族の屋敷ほどではないにしても、ちょっと大きくてすごく綺麗だ。
次女「パパ! おかえぃ!」
長男「パパー!」
魔剣士「ワカナ、ヒコバエ!」
三女「ユカリおねーちゃん、パパ!」
次男「おかえり! だっこ!」
魔剣士「スズナ! コカゲ! みんな元気いっぱいだな! パパ安心したぞ!」
エリウスが子供を抱き上げた。
三女「おみやげ!」
魔剣士「あはは、ちょっと待っててな」
生後半年らしいけど、2、3歳に見える。お喋りは見た目の年齢よりも上手みたいだ。
家の中にはたくさんのユキさんがいた。みんな髪型や装飾が少しずつ違っている。
一番神秘的な見た目をしているユキさんが本体の精霊らしい。
557: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 17:56:39.82 ID:dZOJitVAo
魔剣士「ユキ達ちょっと全員集まって」
わらわらと同じ顔の精霊達がエリウスの傍に集合する。
魔剣士「見て見てアルクス!」
エリウスは両隣のユキさんの肩に腕を回して、こう言った。
魔剣士「ハーレムごっこ!」
こいつ……。
ユキさん達は呆れた顔をした。
魔剣士「あはは」
僕の白けた反応なんて全く気にせず、エリウスはへらへら笑っている。
楽しそうだな……。その能天気さが羨ましいくらいだよ。
空を見上げた。アクアマリーナの大樹はあんまりにも大きくて、上の方は蒼く霞んでいる。
こんなにおっきい木がエリウスのお嫁さんなのか。
三男「すっごい観光客多いね、この町」
魔剣士「ユキの花が咲いてる時期は特に多いよ」
滅多に花を咲かせなかったはずの大樹は、ここ数年ちょくちょく開花するようになった。
558: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 17:57:08.10 ID:dZOJitVAo
家の中にいるのはユキさんや子供達だけじゃない。
学者らしき人がメモを取っていたり、警備員が見張っていたり。
魔剣士「この辺の大学や研究施設の学者だよ」
魔剣士「俺の子供達は新しい種族だからさ」
魔剣士「どう育てていけばいいのか、協力し合いながら研究してるんだ」
三男「ふーん」
魔剣士「よ〜し今晩はパパがご飯作っちゃうぞ〜!」
子供達はばんざいをして喜んだ。
魔剣士「アルクス手伝って」
三男「え……わかったよ」
顔色のいいエリウスを見ていると、あのよくわかんない発作を起こしたのが嘘みたいに思える。
また酷いことを言ったらあの発作を起こすのかな。
559: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 17:57:58.90 ID:dZOJitVAo
魔剣士「おまえ下拵え上手じゃん」
三男「よくお母さんのお手伝いしてたから」
魔剣士「良い子だな」
良い子……なのかな。
もうお母さんのお手伝いをすることもないんだな、と思ったら涙が出てきた。
魔剣士「ん、無理しなくていいぞ。このタマネギちょっと目に沁みやすくてな」
三男「やるよ」
料理をしているお母さんの横顔は、すごく暖かい表情をしていた。
こいつも同じ顔をしている。
家族が喜ぶご飯を作ろうとしている親の顔だ。
次男「ぱぱぁ、ずっとおうちにいる?」
魔剣士「ごめんなあ、パパ明日にはまたお出かけなんだ」
次男「やだー! やだー!」
魔剣士「すぐに帰ってくるよ」
子供が料理中のエリウスの足元に絡みついた。
僕も、小さい頃は同じことをしてお母さんを困らせちゃったな。
560: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 17:58:46.02 ID:dZOJitVAo
『アルクス、危ないよ。包丁痛い痛いだからね。良い子にして待っててね』
お母さん……。
魔剣士「俺もユキみたいに分身できたらなあ」
三男「うぇぇ……ぐずっ……」
魔剣士「やっぱり休んで待ってていいぞ。ユカリが遊び相手になってくれるから」
三男「………………」
僕は意地でも野菜の皮を剥き続けた。途中で物事を投げ出すのはあんまり好きじゃないんだ。
次女「ぱぱ遊んで! 一緒にいて!」
次男「行かないでぇ」
魔剣士「仕方ないな〜。じゃあ、遠くへのお出かけは明後日からにしようかな」
魔剣士「明日はパパと一緒にショッピング行こうな」
次女「わーい!」
次男「おいしい肥料ほしい!」
561: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 17:59:25.61 ID:dZOJitVAo
エリウスの暮らし方は、普通の人間とは大きく異なっている。
とても奇妙だけれど、目に入る全てが新鮮で、見ていて退屈しない。
――翌々日の朝。
三男「……うわああああ!」
泊まっていた2階の部屋から降りると、下の子達が寝ていた植木鉢から小さな木が生えていた。
よく見ると、それはどう見てもカイドウ達だった。
植物っぽい見た目の割に皮膚は人間に近くてぷにぷにだったのに、ひんやり硬くなっている。
魔剣士「どうしたーアルクス」
三男「あっ、あ、あっ」
魔剣士「何そんなに動揺してんだよ……精通でもきたのか?」
三男「ひがう!」
噛んだ。
562: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 18:00:10.53 ID:dZOJitVAo
魔剣士「夢精したなら、ユキ達には黙っててやるから今のうちにパンツ洗ってこいよ」
三男「ちっがう!! 子供が!! 完全に植物になってる!!」
魔剣士「ああー、チビ達、皆で一緒に木質化の練習してたんだな」
五つ子は見る見るうちに普段通りの見た目に戻り、エリウスにじゃれついた。
魔剣士「細胞壁ってわかるか?」
三男「……うん」
魔剣士「この子達には細胞壁があってさ。普段は細胞膜と同じように柔らかくなってんだけど、」
魔剣士「自分の意思で硬くできるんだよ」
魔剣士「いざという時は完全に木になりきって身を守れるというわけだ! すごいだろ!」
……不思議な生き物だな。
拍子抜けしたような、謎の生態に驚かされたような……。
563: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 18:01:14.49 ID:dZOJitVAo
昼前にこの町を経った。ユカリ以外の子供達は家でお留守番だ。
皆寂しがって、泣いてエリウスを引き留めようとする子もいた。
なんだか、甥姪から親を奪ってしまったみたいで申し訳なくなった。
三男「僕のことなんていいから、さっさと北に送り届けて家に帰れよ」
魔剣士「んー……まだそういうわけにはいかないかな」
魔剣士「ルルディブルク行くぞ! フラパラ寄らなきゃな!」
三男「なんだよ、フラパラって」
魔剣士「フラワーパラダイス。っていうアミューズメントパーク」
三男「僕、そういうところではしゃぐほど子供じゃない」
魔剣士「大人ぶるのはせめてアスパラガスの周りに草原が生えてからにしような!」
魔剣士「せっかくの子供時代だってのに損しちまうぞ」
僕は子ども扱いされたくないお年頃なんだ。
やっぱり癪に障る奴だな。
564: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 18:01:58.63 ID:dZOJitVAo
ルルディブルクには、色とりどりの花が溢れていた。
甘い香りが鼻をかすめる。
今日は宿で休んで、アミューズメントパークには明日行くことになった。
夜、フロントの自販機でジュースを買って、ちょっとまったりしてから部屋に向かった。
思えば、僕は一方的にエリウスを嫌ってばっかりで、まともに会話したことがなかった。
無神経ではあるけど、意外と嫌な奴じゃないし……でもお母さん以外の人間に心を開くのはなんだか抵抗があるなあ。
……入ろうとしたら、ドアが少しだけ開いていて、部屋の中から変な会話が聞こえた。
魔剣士「あっ……ん、ユキ……」
白緑の少女「気持ちいいですか? エリウスさん」
魔剣士「すっごくいい……うっ、くぅ……」
ど、どうせマッサージだろ。
白緑の少女「ほら、もうこんなに出ちゃいましたよ」
!?!?
な、なにがだ?
魔剣士「やっ、恥ずかしい……見せないで」
565: ◆O3m5I24fJo 2017/08/09(水) 18:02:25.32 ID:dZOJitVAo
白緑の少女「ちょっとだけ深く挿れますよ」
魔剣士「やっ、待って! 太いぃ……!」
白緑の少女「少しの辛抱です!」
魔剣士「抜いてえ! おっきすぎる!」
お、おまえは突っ込む側じゃないのか?
おそるおそるドアの隙間を広げて、室内を伺う。
魔剣士「俺もっと細いのじゃないと無理だわ」
白緑の少女「この綿棒、いつものより太かったですね。子供達の体のお手入れ用にしましょう」
耳掃除かよ……!
い、いや、別に、変なこと考えてなんかないし。考えてなんかないし。
魔剣士「アルクス、どうした? なんか嫌なことでもあったのか?」
三男「なんもないよ。疲れただけ」
僕はベッドに倒れ込んだ。
お母さんに耳掃除してもらえたら幸せだろうな。
570: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:13:59.24 ID:Zn+n8MKFo
寝る前と寝起きは情緒が不安定になりがちだ。
朝、目が覚めた時のこの憂鬱な気分。傍にお母さんはいない。
三男「お母さん……」
魔剣士♀「もう、この子ったら本当にママが好きなのね」
魔剣士♀「あたしのことママだと思っていいのよ〜」
三男「うぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!」
571: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:14:37.95 ID:Zn+n8MKFo
三男「うわあああ離せ!!!!」
魔剣士♀「素直に甘えなさぁい」
三男「ぎもぢわるいーーーーーーー!!!!」
逃げても逃げても女装したエリウスは僕に抱き着こうとする。
魔剣士♀「かぁんわいい〜〜」
三男「い゛や゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
毛布にくるまって部屋の隅に蹲っていたら、漸くユキさんが起き出してエリウスを止めてくれた。
白緑の少女「可哀想でしょう」
魔剣士♀「だってぇ、温もりで満たしてあげようと思ってえ」
緑長女「お父さん、やめてあげて」
白緑の少女「アルクス君、もう大丈夫ですよ。エリウスさんは私がしっかり見張っておきますから」
三男「うぅ……」
写真の女の人とよく似てて美人だけど、こいつの女装姿なんて見たくない。
悍ましすぎて直視できない。
572: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:15:03.73 ID:Zn+n8MKFo
魔剣士「機嫌直せよぉ」
三男「…………」
朝っぱらから心臓に悪すぎた。
朝食は小麦ブランや玄米を混ぜて焼き、クッキーみたいにしたものだ。
おやつとしても食べられるけど、シリアルと同じ様に朝食にする人が多い。
エリウスが開発に関わったらしい。
他社の製品よりも甘さが控えめで、ダイエットをしている人に大人気だ。
食べ終わってすぐ、外に連れ出された。
魔剣士「この町さ、俺が花の育て方助言したら、元々綺麗だった花が更に綺麗に育つようになってさ」
魔剣士「儲かりすぎてやばいらしい」
三男「自慢ならいらない」
魔剣士「んもう、つれないなあ」
573: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:15:36.32 ID:Zn+n8MKFo
魔剣士「あっちが商店街で、あっちがエログッズ街」
三男「は?」
魔剣士「昔は花街だったらしいんだけどさ、今は少ししか風俗の店ないんだ」
魔剣士「でもエロいコンテンツが充実してるから特に住民の不満が溜まってたりはしないんだと」
魔剣士「見てくか?」
三男「行かないよ!」
魔剣士「10歳っつったらエロにも目覚めてくるお年頃だろ?」
三男「あのさあ」
白緑の少女「エリウスさん、いけませんよ」
魔剣士「はーい」
おまえにそっち方面の面倒を見られて嬉しいわけないだろ。
天才の癖に頭悪いな。
574: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:16:05.46 ID:Zn+n8MKFo
フラワーパラダイスには行列ができていた。
緑長女「これじゃ何時間も待たなきゃいけないね」
魔剣士「んー、仕方ないな」
魔剣士「すみませーん」
バイト「今忙しいんです!」
魔剣士「あの」
バイト「障害者カードをお持ちの方はご提示くださーい優先して入場できまーす」
魔剣士「これ、これ見てください」
バイト「あっすみません障害者の方だったんですね! ってあー! エリウスレグホニア! ……え? 障害者??」
受付管理人「ばっかもーん何しとる! エリウスさんは関係者だぞ! 顔パスで通さんか!」
バイト「!? ふえ……ごめんなさ……」
魔剣士「いえあの今日は弟連れて客として来てるんで」
575: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:16:43.77 ID:Zn+n8MKFo
すんなり中に入れた。
三男「なんでおまえ障害者カードなんて持ってるの」
障害者が、どんな障害があるのか証明するために使うカードだ。
魔剣士「だって俺障害者だもぉん」
三男「は?」
魔剣士「使える権利は使わないとな」
三男「意味わかんないんだけど」
魔剣士「おまえ知らなかったっけ。俺発達障害なの」
三男「? ルツィーレみたいな?」
魔剣士「ルツィーレとは種類違うんだよ。まあ俺もちょっとだけ多動入ってるけどさ」
魔剣士「ここさー、魔力不足問題のせいで建設が中止されてたんだけど」
魔剣士「俺が太陽光魔力変換装置を扱ってる会社を紹介したらなんとか再開できてさ」
魔剣士「今や世界的に有名な娯楽施設になったというわけだ」
三男「…………」
魔剣士「花の飾り方とかもたくさんアドバイスしたんだぜー」
576: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:17:20.12 ID:Zn+n8MKFo
花を模した様々なアトラクションが人々を楽しませている。
観覧車だったり、ジェットコースターだったり。
普通ならコーヒーカップ、ティーカップと呼ばれる遊具は、チューリップや蓮の花の形をしている。
大人も子供も関係なく笑顔だ。
魔剣士「景色見てるだけでも面白いだろ」
夢の中や、お伽噺の世界みたいな、不思議なデザインの建物があちこちに立ち並んでいる。
まるで異世界に来たみたいだ。
ここまで大規模でデザインが凝っている遊園地は、地元の近くにはなかった。
魔剣士「現実を忘れて思いっきり遊ぼうぜ!」
緑長女「お父さん、私あれに乗りたい!」
魔剣士「よーし! 行くか!」
悔しいけど、いつの間にか僕は楽しんでしまっていた。
魔剣士「ジェットコースターすごかったな、股間のタマネギのヒュンヒュンが止まらなかっただろ」
くらくらする。
577: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:18:00.01 ID:Zn+n8MKFo
魔剣士「なあユカリ、女の子はジェットコースター乗った時、どっかヒュンってなったりしないのか?」
緑長女「お腹のあたりが浮いた感じになるよ」
魔剣士「なるほど〜」
エリウスと一緒に歩いていると、しばしば周りに人だかりができてしまう。
こんなに人が多い場所ならなおさらだ。これどうにかならないかな。
魔剣士「そろそろ疲れただろ? アイスでも食べて休憩するか!」
売店のすぐ近くに休憩所があった。
魔剣士「おすすめはこれ! 季節限定のフキノトウアイス! 俺が考えたんだぜ!」
三男「は……?」
魔剣士「他の味は何処でも食べれるけどさ、フキノトウのアイスは珍しいぞ! せっかくだし食ってけ!」
バニラを食べたかったけど、勝手に注文された。
578: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:18:26.34 ID:Zn+n8MKFo
アイスクリームなのに苦い。甘さは控えめで、後味がすっきりしている。
不味過ぎはしないけど……うーん。
宣伝用の旗を見たら、「オトナに大人気!」と書いてあった。あまり子供受けはしないのだろう。
魔剣士「おいし〜」
アイス売り「エリウスさんが考案したこのアイス、よく売れてるんですよ〜」
魔剣士「でしょ〜」
こいつのフキノトウ推しは一体なんなんだろう。
魔剣士「いつもがんばってくれてありがとな。これお礼」
アイス売り「高級レストランの割引券!? ありがとうございます〜!!」
魔剣士「あの人、俺が季節限定の変なアイスを提案した時後押ししてくれてさ」
魔剣士「自分が賛成したんだから〜って、季節限定のアイス担当してくれてるんだよ」
三男「ふーん」
579: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:20:11.49 ID:Zn+n8MKFo
三男「……おまえみたいな人間は、普通に働いてる人のこと見下してそうだなって思ってたんだけど」
魔剣士「え? そんなことないよ」
魔剣士「ああいった人達は、俺にできないことをしてるんだから」
三男「おまえにできないこと?」
魔剣士「うん。俺は、毎日普通に働くっていうのができないんだ」
魔剣士「得意不得意の差が激しすぎてさ」
魔剣士「相手の言ってることを聞き取ったり、正しく認識したりっていうのが下手だし、」
魔剣士「普通の人なら覚えられる仕事を全然覚えられない」
魔剣士「臨機応変な対応だって、どんなに努力してもできるようにならない」
魔剣士「電話も、昔は全然できなくて困ったんだ」
三男「…………」
魔剣士「だから、『普通』にがんばってる人のことは尊敬してるよ」
微笑んでエリウスはそう言った。
魔剣士「掃除してるおじさんだって、売店で接客してる人だって、俺にはできないことをし……」
エリウスはいきなりふらっと倒れかけた。
ユキさんが受け止めて転倒を防ぐ。
580: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:20:46.19 ID:Zn+n8MKFo
白緑の少女「もうそろそろ限界だと思ったんです」
白緑の少女「エリウスさんは、こういった騒がしい場所が極端に苦手ですから」
魔剣士「うー……」
白緑の少女「宿に戻りましょう。もっと遊びたかったかもしれませんが……ごめんなさい」
三男「いや、別に……もう充分遊んだし」
緑長女「お父さん、大丈夫? お母さんの鉢、私が持つよ」
またユキさんがエリウスを抱っこして運んだ。
白緑の少女「障害者カードを使うことも、普段はないんですよ」
白緑の少女「自分は発達障害者の中では成功しすぎてる方だから、援助制度を使う必要なんてないと」
三男「……ぶっ倒れるくらいなら、僕のために自分を削るの、やめてほしい」
三男「……迷惑だ」
魔剣士「ごめんな……」
三男「…………」
581: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:22:01.55 ID:Zn+n8MKFo
宿に着いて、エリウスはベッドに寝かされた。
魔剣士「疲労感が酷いだけだから、少し休んだら大丈夫」
三男「……何か欲しい物、ある?」
魔剣士「じゃあ、俺の鞄の中の水筒取ってくれる?」
三男「これ?」
魔剣士「さんきゅ」
エリウスが飲み始めたのは……蛍光黄緑の液体だ。
魔剣士「あーおいし」
三男「それ……フキノトウを灰汁抜きした水だよね……」
魔剣士「うん」
魔剣士「おまえは真似するなよー毒だからな」
三男「しないよ!」
魔剣士「フキノトキシンは怖いぞ〜」
582: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:22:45.18 ID:Zn+n8MKFo
ユキさんが疲労回復効果のある野菜や果物を買ってきて、
それを食べてしばらく休んだらエリウスはだいぶ顔色が良くなった。
僕もユキさんが買ってきてくれたものを食べて夕食を済ませた。
三男「あのさ」
魔剣士「うん」
三男「……無理しないでよね」
連れてってくれてありがとう、と言おうと思ったけど、照れくさくて言えなかった。
魔剣士「ありがと」
エリウスははにかむように笑った。
三男「……その笑い方、お父さんと似てる」
魔剣士「あはは。他の人からもたまに言われるよ。表情の作り方が似てるって」
三男「ふうん」
魔剣士「親子だもん。少しくらい似てるよ」
三男「僕は、お父さんとは全然似てない」
魔剣士「そりゃ、おまえはシレンティウムさんが作ったシステムによって生まれた子だからな」
魔剣士「でも、見た目には表れてなくても、おまえは父さんの血をしっかり受け継いでて、」
魔剣士「それは子々孫々にも未来永劫受け継がれていくものなんだ」
583: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:23:14.73 ID:Zn+n8MKFo
三男「別に、お父さんの血が入ってたって、全然嬉しくない」
三男「お母さんだけの子だったらよかったのに」
魔剣士「父さんの血が役に立つ日が来るかもわかんないぞ?」
魔剣士「たとえば、黎明のベーリュッロスの波動が子孫を助けてくれたりさ」
三男「…………」
魔剣士「内面で言えば……そうだな、生真面目で、下品なネタが苦手なところが父さんと似てるよ」
魔剣士「うっかり下ネタ言って周囲をドン引きさせちゃうよりはずっといいと思うよ」
魔剣士「……父さんのこと、そんなに好きになれないかもしれないけどさ」
三男「僕は、お父さんよりも強くなってお母さんをお嫁さんにしたかった」
三男「でもお父さんは強すぎて倒せない。だから嫌いだ」
魔剣士「そういうのエディプスコンプレックスっていうんだぞ」
三男「あっそ。もう寝る」
魔剣士「そっか。おやすみ、アルクス」
584: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:23:45.10 ID:Zn+n8MKFo
……。
……………………。
早寝しすぎて、夜中に目が覚めた。
少しだけ明かりをつけて、テレビの電源を入れた。音量を思いっきり下げる。
え、えっちな番組が放送されている。
おかしいな。ビデオじゃなくて普通の放送のはずなのに。
こっちの地方はこんな番組を垂れ流してるのか。チャンネルを変えた。
深夜アニメだ。
作画がちょっと色っぽいけど、今のところえっちすぎないからチャンネルをそのままにした。
黒髪の少女『ねえヴェル……ううん、兄上。賢いあなたならわかっているはずでしょう?』
黒髪の少女『様々な文化で、近親婚が禁じられている理由を』
銀髪の青年『な、何を言っているんだ、エミル』
黒髪の少女『駄目なんだよ、このままじゃ』
黒髪の少女『あなたと一緒にいられるなら、子供はいなくてもいいって自分を納得させようとも思ったけれど、』
黒髪の少女『僕は、やっぱり愛する人と一緒に子供を育みたい』
585: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:24:36.60 ID:Zn+n8MKFo
銀髪の青年『しかし』
黒髪の少女『家族同士で結ばれるのはいけないことなんだ。……さよならだよ』
銀髪の青年『待ってくれエミル! エミ』
テレビを消した。アニメにまで説教されたくない。
枕を抱きしめて寝転がる。
緑長女「アルクス君も目が覚めちゃったんだね」
三男「ごめん、うるさかったよね」
緑長女「ううん、大丈夫」
エリウスの娘。具体的に何処がって訊かれたらわからないけど、顔立ちがなんとなくエリウスと似ている。
ユキさんとも似てるから、多分足して割った顔つきなんだと思う。
浅緑色の髪は目立つけれど、最近は人間と亜人種の交流も増えてるから、
騒がれるほどではない。
亜人種は魔適傾向が100未満でも、髪が魔力の色に染まりやすかったり、
色素の種類が人間と違っていて、鳥みたいに魔力とは関係なしにカラフルだったりする。
586: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:25:18.64 ID:Zn+n8MKFo
緑長女「私も小さい頃、『お父さんと結婚するー!』なんて言ってたんだよ」
緑長女「でも、お父さんはね、」
緑長女「『ユカリにはユカリの運命の相手がいるんだよ』って言ったの」
三男「…………」
ユカリは、まるで僕よりずっと年上みたいに話した。
背だって高いし、胸もちょっと膨らんでる。やっぱり、年下には見えない。
緑長女「アルクス君にも、きっといるよ。運命の人」
僕の気持ちは、もしかしたら幼い頃にありがちな「ママと結婚する!」とか、
「お兄ちゃんと結婚する!」とかっていうのを卒業し損ねただけなのかもしれない。
緑長女「まだ深夜だし、がんばって二度寝しよっか。おやすみ」
三男「……うん。おやすみ」
587: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 00:26:20.47 ID:Zn+n8MKFo
――
――――――――
――数日後
朝の草原を車で走る。
魔剣士♀「東の方に行けば行くほどエスト大陸の文化が入っててさ」
魔剣士♀「プティア料理の店もけっこう多いんだ」
魔剣士♀「トマトパスタはうんまいぞ〜! とびきりいい店連れてってやるからな」
三男「……ねえ」
魔剣士♀「ん?」
三男「なんで女装してんの」
魔剣士♀「兄ちゃんな、実は姉ちゃんなんだ」
三男「は?」
魔剣士♀「『女装』ってさ、男が女の格好をするって意味でしょ」
魔剣士♀「これは女装じゃないよ」
三男「????」
魔剣士♀「今の俺は女の子だから、これが当たり前の格好なの」
三男「……??」
魔剣士♀「たまに心が女の子になっちゃう日があるんだ」
三男「ちょっと待って、意味がわからない」
魔剣士♀「ってかもう体も半分女の子だしー」
こいつと一緒にいると常識が崩壊しそうになる。
591: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 21:58:12.58 ID:Zn+n8MKFo
三男「……おまえってルツィーレみたいな身体してたっけ?」
魔剣士♀「数年前からだけどな」
三男「意味わかんない」
魔剣士♀「まあいろいろあってさ」
やっぱり意味がわからない。
でも、確かに変な体つきしてたから、本当のことなのかなと思った。
……改造されたって、そういうことなのか?
魔剣士♀「このウィッグ俺の髪の毛から作ったんだぜー」
三男「あっそ」
592: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 21:58:38.48 ID:Zn+n8MKFo
小綺麗な町に着いた。
ルルディブルクほどじゃないけど花が多くて、お洒落な建物が多い。
新年を祝うお祭りで賑わっている。
魔剣士♀「俺も今月で25かあ、早いもんだなあ」
宿に荷物を置き、ユキさんとユカリが買い出しに行くと、エリウスは口を開いた。
魔剣士♀「ねえ……美人姉妹ごっこ、しない?」
悪寒が走った。
三男「僕も買い物」
魔剣士♀「逃がさないんだから!」
三男「うぎゃあああ!」
593: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:00:15.12 ID:Zn+n8MKFo
髪の毛を耳の上で縛られた。ピッグテールとかいう髪型らしい。
魔剣士♀「若くてお肌が綺麗だからファンデーションは要らないな」
ポイントメイクも施された。お肌に優しいから子供でも大丈夫だとかって言われた。
服はユカリのお下がりだ。僕に女装させるためにこっそり持ってきてたらしい。
魔剣士♀「あはー可愛い! 記念撮影しよ!」
とても白けた気分だ。あまり鏡を見たくない。
肩に手を置くな。気持ち悪いな。
……エリウスが窓の外の花と何か話した。植物を通してユキさんと連絡を送り合っているのだろう。
魔剣士♀「んーそうだね。あんまり大人数じゃ動きづらいし別行動しよっか」
はたから見ると怪しい人だ。でも、これがあいつらにとっての普通なんだろう。
魔剣士♀「よーし! 2人でお祭り行くぞ!」
三男「この格好で?」
魔剣士♀「うん!」
三男「えぇ……」
魔剣士♀「可愛い女の子は何かと得しちゃうのよ!」
三男「…………」
エリウスはまるで生まれつき女の人だったみたいだ。
おかしいな。男口調混じりで話すし、一人称も“俺”のままなのに。
何故か僕はこいつが女の姿をしていることに違和感を覚えなくなりつつある。
594: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:01:15.22 ID:Zn+n8MKFo
おやっさん「嬢ちゃん達可愛いねえ! たこ焼き2個おまけしてあげるよ!」
魔剣士♀「わーい! ありがと〜!」
三男「…………」
「ねえ、あそこの巨大な美人何物!? 何処かの国の大物女優かな!?」
「昔ハルモニアとテレビに映ってるの見たことあるー!」
「憧れちゃう〜!」
「妹ちゃんも可愛い〜!」
三男「あのさ、目立ちすぎてない?」
魔剣士♀「困っちゃうわね」
楽しそうだな……。
魔剣士♀「俺は遊びでこの格好してるわけじゃないし、」
魔剣士♀「女になりきって楽しんでるわけでもないよ」
魔剣士♀「今は、素でこれだから」
三男「じゃあ、男にときめいたりすんの?」
魔剣士♀「ユキ似のイケメン精霊でもいたらドキッとしちゃうかも。あはは」
おどけた調子で答えられた。本気なのか冗談なのかわからない。
595: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:01:49.74 ID:Zn+n8MKFo
吸血鬼「やっぱり人の入れ替わりの多い土地は亜人への偏見少なくていいわね」
吸血鬼部下「そうですね」
吸血鬼「血色のりんご飴いかがですか〜! 1個300Gもしくは血液100mlよん!」
魔剣士♀「2個くださーい! あ、血じゃなくてお金で!」
吸血鬼「あら……ふうん。あの娘ったらやっぱり……あ、ごめんなさいね。こっちの話」
吸血族だ。生地の厚いフードを被って、日光を遮っている。
吸血鬼「まいど〜! あなた達、私の好きだった人とよく似てるからミニ飴おまけしちゃうわ」
魔剣士♀「亜人さんがやってる屋台もけっこうあるんだなー」
三男「亜人と融和できつつある今の時代じゃなかったら、おまえの子供達、暮らしにくかっただろうね」
魔剣士♀「だろうなぁ。ありがたい世の中だよ」
596: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:02:37.84 ID:Zn+n8MKFo
何度もナンパされながら屋台が立ち並ぶ道を歩く。
魔剣士♀「ケバブおいし〜」
三男「…………」
魔剣士♀「おいしくないか?」
三男「おいしいよ」
魔剣士♀「食べ過ぎるなよ〜夜はパスタ屋行くんだからな」
三男「おまえが食べさせてるんでしょ」
天気がいい。ケバブを頬張るエリウスの横顔を見る。
綺麗な女の人だ。虹彩の色は昼間の空よりも深い青。僕と同じ。
三男「ねえ、ちょっと聞いていい」
魔剣士♀「ふぁあに?」
三男「おまえって、好きで女になったわけじゃないでしょ」
魔剣士♀「ふぁあほうらね」
三男「答えるの呑み込んでからでいいから」
597: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:03:09.90 ID:Zn+n8MKFo
魔剣士♀「日に日に身も心も女に近づいていく自分に怯える毎日……つらかったわぁ」
魔剣士♀「でも、なっちゃったものは仕方ないでしょ」
三男「…………」
魔剣士♀「いつかは純粋な男に戻りたいけど、女の子の部分子供産むのに使っててさあ」
魔剣士♀「男性ホルモンの注射も控えめにしてるんだよ。縮んじゃうから」
三男「…………」
魔剣士♀「ユカリの時はまだ俺女じゃなかったからヘソから産んだんだけど」
魔剣士♀「出血が多くてやばくってさ〜ははは」
魔剣士♀「だからどうせなら有効活用しようと思って」
変にポジティブだ。
三男「切除しようとか考えなかったの」
魔剣士♀「男の部分傷つけずに取るのは無理ってエルナトに言われた」
598: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:03:43.63 ID:Zn+n8MKFo
ケバブを食べ終わって、包み紙をポリ袋に入れる。
魔剣士♀「まず俺の男の子とユキの女の子で受精させてさあ」
魔剣士♀「んでユキからめしべを生やして俺の」
三男「そんな生々しい話訊いてないし聞きたくないよ!」
どんな神経をしているんだこいつは。弟にする話じゃない。
魔剣士♀「ねえ、ちょっとこっち寄りなよ」
三男「やだ」
拒否したけど後ろから無理矢理ぎゅっとされた。
お母さんほど柔らかくないけど、細い見た目の割には肉がついている。
魔剣士♀「俺、何年も前からずっとおまえのこと心配してたんだよ」
魔剣士♀「お母さんっ子なのに、1人でずっと遠くに行かなきゃいけないんだから」
魔剣士♀「しかもこんなに早まっちゃってさ」
あったかい。お母さんみたいだ。
元々男だったはずなのに、どうしてこんなに母性的なんだろう。
三男「……………………」
599: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:04:25.40 ID:Zn+n8MKFo
魔剣士♀「女の気分の日は母性本能強くなりすぎて困っちゃうな」
魔剣士♀「母さんが子供を想う気持ちがよくわかるよ」
三男「ぼ、僕宿に戻るから!」
魔剣士♀「俺も」
調子が狂う。
魔剣士♀「あーやっぱ先部屋入ってて。そこの売店見てくる」
僕は逃げるように部屋に戻った。ほっと一息つく。
……ちょっと勇気を出して姿見を覗いてみた。
他人から可愛い可愛いと言われまくったら、多分本当に可愛いのだろう。
僕はエリウスとは違う。自分の女装姿に酔ったりしない。
……でも、なんだか、おかしいな。鏡の中に、小さなお母さんがいるように見えてきた。
鏡に映る自分と手を重ねて、おでこをくっつけた。
お母さん、会いたいな。僕、本当にお母さん以外の誰かを好きになんてなれるのかな。
ガチャ
魔剣士♀「あーやっぱりアルクスおまえ才能あるんj」
三男「ちがーう!!」
600: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:05:12.45 ID:Zn+n8MKFo
三男「……ねえ」
三男「写真の、赤ちゃんを抱っこしてた女の人って、ほんとにおまえなの」
魔剣士♀「うん」
母親になったことあるなら、そりゃ母性があっても当然だよな。
あれ、っていうことは、僕は……実の兄に一瞬でもときめいてしまったのか?
三男「で、でも、あの写真の女の人、おまえより女性らしい体つきだったし」
魔剣士♀「そりゃ妊娠して太ってたから」
三男「か、顔自体の印象だって」
魔剣士♀「ホルモンバランスとか化粧とかでだいぶ変わるし」
ま、マジで……?
魔剣士♀「アルクスー……大丈夫か?」
三男「うーん……」
僕はショックで寝込んだ。
601: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:05:41.39 ID:Zn+n8MKFo
魔剣士♀「色々喋ってたらショック受けちゃったみたいでさ」
白緑の少女「旅の疲れとも重なったのかもしれませんね。しばらくこの町で休みましょう」
だるいし食欲がない。体が重い。
なんで女にされたのかとか、誰にやられたのか、おまえが産んだ子供は一体何処にいるのかとか、
いろいろ気になることはあるけど、質問する元気がない。
魔剣士♀「喉乾いてないか? 口当たりの良い果物でも剥いてやろうか」
とりあえず僕の視界に入らないでほしい。
白緑の少女「……エリウスさん、女性の格好をやめてください」
白緑の少女「あまりその格好のあなたを見たくないようです」
察してもらえた。ユキさんは洞察力が高いみたいだ。
魔剣士♀「え、あ……うん、そうだね」
緑長女「またいじわるしたんじゃないよね?」
魔剣士♀「う、うーん……いじめてるつもりはなかったんだけど」
602: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:07:59.18 ID:Zn+n8MKFo
ウィッグを外して、化粧を落として男の服を着ても、エリウスは普段と雰囲気が違う。
なんか……ナヨい。ショートヘアの女の人に見えなくもない。
僕はそんなに魔感力は高くないけど、男の時のエリウスとちょっと波動が違うのはなんとなくだけど感じ取れた。
魔剣士「今心がほっとする薬調合してやるからな」
エリウスは何種類か植物を食べて、小皿の上に魔力を集中させた。
きったない作り方だなと思うけど、この方法で作った薬が一番よく効くらしい。
魔剣士「抑肝散みたいなもんだから安心して飲んでいいぞ」
まずヨクカンサンがなんなのか僕は知らないけど、多分副作用が少ないって意味なのかなと思った。
そういえばお母さんがたまにそんな名前の薬を飲んでいた気がする。
薬を白湯に溶かして渡された。冷ましてちびちびと口に含む。変な味だ。
魔剣士「ごめんなー変な話ばっかして。パスタ屋は元気になってから行こうな」
エリウスは申し訳なさそうに優しく笑う。
603: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:09:11.82 ID:Zn+n8MKFo
三男「しばらく1人で休ませてほしい」
緑長女「じゃあ、3人で外に食べに行こっか」
魔剣士「ごめんな、アルクス」
白緑の長女「何かあったら、そこの通話器でエリウスさんの携帯に連絡してくださいね」
荷物からミニアルバムを取り出した。
村を出る時、アウロラ姉さんが手渡してくれたものだ。
家族の写真が何枚も挟まれている。
10代後半のエリウスの写真を見つけた。
赤ちゃんを抱っこしていたエリウスよりも男らしい顔つきをしている。
今も男の格好をしている時は男性らしい顔をしているけど、18歳の時よりはやや中性的だ。
心の壊れた誰かに、性別をめちゃくちゃにされたせいだ。
604: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:09:45.85 ID:Zn+n8MKFo
魔感力の良いお母さんなら、何も言われなくてもエリウスの異変に気付くはずだ。
……そういえば、去年の春にエリウスが帰省した時はお母さんの様子がおかしかった。
正確に言えば、帰ってくる少し前からだ。
あいつが帰郷する数日前の夜中、
お父さんがお母さんに「あいつは色々あったみたいだが、いつも通り接してやってほしい」と言っていた。
実際にエリウスが顔を出すと、お母さんは一応普通に振る舞おうとしていたけど、
やっぱりどこかショックを隠しきれていない感じだった。
ちょっと気になったけど、僕はエリウスのことなんてどうでもよかったから、
気のせいだと思って何も訊かなかった。
その日、お母さんはとても怖いことを呟いていた。
(お母さんがそんなこと言うはずない、聞き間違いだ)
僕は自分にそう言い聞かせて、今の今まで忘れていた。
605: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:10:43.28 ID:Zn+n8MKFo
『アークイラ……殺してやる』
606: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:11:29.41 ID:Zn+n8MKFo
でも、アークイラが犯人だとしたら、どうしてあいつらはあんなに仲良さそうに旅なんてしてたんだ。
もしアークイラがエリウスに何かしでかしていたとしても、また別のことなのかもしれない。
でも、性別を変えるほどの魔術を使える魔術師なんて、そういるだろうか?
エリウスが置いていったノートパソコンを開き、ネットの検索窓を開く。
そういった術は実在しているみたいだけど、
高度な上にかなり危険で、この世の摂理を壊してしまうものであるため、
大精霊に使用用途をかなり制限されている。
やっぱり、素人が扱える術じゃないみたいだ。
……頭が痛い。疲れた。
アルバムアプリを開いて、ミルウスのアルバムを見る。
赤ちゃんを抱くエリウスは幸せそうだ。
ユキさんと仲良さげにしている写真も、後ろのページに何枚もあった。
女性同士のカップルみたいだ。実際、半分そうなっているのだけれど。
……いけない世界を覗いてしまった気分だ。閉じよう。
607: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:13:51.80 ID:Zn+n8MKFo
だめだ。いくら考えても無駄だ。素直に休むことにした。
――
――――――――
翌日。
三男「外散歩したい」
魔剣士「大丈夫か?」
三男「寝過ぎて、かえってだるいから」
2人で外に出た。
今日もお祭りをやっているみたいだけど、騒がしい場所は避けて、静かな道を歩く。
白っぽい煉瓦の建物にさりげなく花が飾られていて、目に優しい。
三男「今日はおまえ男なんだね」
魔剣士「うん」
魔剣士「なあアルクス、おまえの将来の夢ってなんだ?」
三男「夢も何も……生まれつき決まってるでしょ、僕の将来は」
魔剣士「領主っつっても、様々でしょ。贅沢してる人もいれば、領民第一の人もいる」
三男「……まだ、よくわからない」
魔剣士「でもさ、母さんの故郷を守りたいって気持ちはあるだろ」
三男「うん」
608: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:15:30.94 ID:Zn+n8MKFo
魔剣士「俺はさー、渋さと面白さを兼ね備えた素敵なおじさまになるのが夢なんだ」
三男「ふうん」
魔剣士「でも今のままだと男臭さが足りないんだよなぁ」
魔剣士「あ、食欲あるか?」
三男「うん」
ユキさん、ユカリと合流して、パスタ屋に入った。
トマトの海鮮スパゲティを頼んだ。ペスカトーレとかいう名前らしい。
ウェイター「こちらはアクアマリーナ直送のホタルイカでございます。サービスとなっております」
小皿に乗せられた、小さな鈍い赤色のイカが運ばれてきた。
黄色いどろっとしたものが添えられている。
三男「……?」
魔剣士「辛子酢味噌だよ。あ、目玉は取って食べろよ。硬いから」
……おいしいのかな。よくわからない。
魔剣士「目玉無いのかなこいつ、と思ったら奥の方にあったりしてさ」
三男「ほんとだ」
魔剣士「ホタルイカの発光は綺麗だぞ、海岸が青白く光るんだ」
エリウスが携帯で画像を出して見せてくれた。幻想的だ。
609: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:16:39.51 ID:Zn+n8MKFo
また町を出て、東へとだらだら進んでいく。
ずっと南にいたら見れなかったもの、食べられなかったものを、エリウスはたくさん教えてくれている。
魔剣士「明日、俺この町の大学に講演頼まれてんだ」
三男「講演?」
魔剣士「でっけええええええええええ会場で持論について語るんだぜ。来るか?」
翌朝、エリウスは正装を着た。
白緑の少女「あ、ちょっと曲がっています。直しますね」
魔剣士「ありがと」
魔剣士「ねーねーユカリ、お父さん決まってるでしょ」
緑長女「うん!」
大規模な演劇が行われるような、広いホールに連れていかれた。
僕はユカリと一緒に2階の特別席に座る。
会場内には、大学生らしき若者達だけじゃなくて、町の住民や、マスコミも数多く集まっていた。
610: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:17:12.19 ID:Zn+n8MKFo
講演が始まった。
エリウスはこういった講演をするのには慣れているらしくて、自信を持って喋り始める。
精霊との問題や自然破壊のこと、植物の生態系を壊すことなく植物を利用していくためには……等、
題目はいくつかあってちょっと長いけれど、誰もが真剣に聞き入っている。
魔剣士「自然“保護”と自然“保全”にはこういった違いがあり、現在人類に求められているのは――」
こいつは有名人で、テレビによく出てる奴だって認識はあったけれど、ただそれだけじゃない。
この星全体に必要とされている人材なんだ。
――こんな奴が、実の弟とはいえ、僕なんかのために時間を割いていていいのだろうか。
この世界の損失にはならないだろうか。
プレッシャーが僕に圧し掛かる。
611: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:18:23.48 ID:Zn+n8MKFo
緑長女「お父さん、かっこよかったよ!」
魔剣士「おまえもいつか父さんみたいに世界中で活躍するんだぞ〜!」
緑長女「え〜できるかなぁ」
三男「……ねえ、エリウス」
いい加減、お礼の1つくらい言わなきゃ。
魔剣士「――危ないっ!」
三男「わっ」
エリウスに押されたと思ったら、ついさっきまで僕がいた場所から、
キンッ、と石畳が金属を跳ね返す音が聞こえた。
ナイフだ。
ユキさんが体から触手を伸ばし、屋根の上にいた誰かを引きずり下ろす。
暗殺者「ひぇっ」
魔剣士「誰に頼まれたのか教えてね〜」
答えなければ拷問することをちらつかせると、暗殺者は依頼人の名前をあっさり吐いた。
自然破壊をして利益を上げている会社の社長の名前だった。
612: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:18:52.70 ID:Zn+n8MKFo
魔剣士「ごめんなアルクス、びっくりしただろ」
魔剣士「俺みたいな活動してる人間のことを良く思わない奴もいてさ、たまにああいうのが襲ってくるんだ」
三男「…………」
魔剣士「そういや何か言いかけてなかったか?」
三男「……なんでもない。お疲れ様」
魔剣士「うん。ありがと」
空を見上げた。夜空に星が散っている。ラピスラズリみたいだ。
魔剣士「よーし晩飯だ! 何食いたい?」
三男「まぜそば」
魔剣士「じゃああそこの店入ってみるか!」
どうして素直にお礼を言えないのだろう。
もどかしい気持ちが心の中でぐるぐるする。
僕はもう、前ほどエリウスのことを嫌いじゃないかもしれない。
613: ◆O3m5I24fJo 2017/08/13(日) 22:20:43.07 ID:Zn+n8MKFo
kkmd
ふきのとうのアイス、ぐぐってみたら何故か実在していた上にレシピも出てきたので
作って食べてみるのも楽しいかもしれませんね
618: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:20:23.23 ID:W/IlyAxoo
夢から覚めた。妙に暖かくて、柔らかい。
三男「おかあさん……?」
魔剣士「ん、起きたか」
三男「うわあああああああああ!!!!」
エリウスの抱き枕にされていた。
魔剣士「叫ぶこたないだろ」
三男「何やってんだよ!!」
魔剣士「おまえが夜中に潜り込んできたんだろ」
三男「えっ」
三男「…………」
三男「憶えてない」
魔剣士「そりゃお母さんお母さん言って寝ぼけてたし」
寂しくておかしくなっていたらしい。
屈辱だ。
619: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:21:20.75 ID:W/IlyAxoo
サントル中央列島の北東部の港町に向かう。
車の窓から風が入っていて気持ちいい。
魔剣士「機嫌直せよぉ〜」
三男「…………」
……もうすぐ港町に着くというところで、エリウスはまた発作を起こした。
今は草の上で横になっている。
よく見ると、草から出た光る珠がエリウスの中に入っていっているみたいだ。
緑長女「お父さんの魔力で元気になった草が、」
緑長女「余剰なエネルギーを癒やしの力に変換してお父さんに返してるんだよ」
変な汗をかいてつらそうにしているエリウスに膝枕をして、頭を撫でているユキさんの目は優しくて、
でもなんだか悲しそうだ。
620: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:22:10.48 ID:W/IlyAxoo
魔剣士「痛い……」
魔剣士「や……めて…………俺女になんて…………」
眠りの魔法をかけられても、まだうなされている。
緑長女「記憶をいじられたり、性自認を壊されたりしたせいで、お父さんの精神体分裂しかかってるんだよ」
緑長女「魂の病気なの」
緑長女「体だって、元々男の人だったのに、無理に女の人として純粋な人間の子供を産んだせいで寿命が縮んじゃった」
緑長女「一時期は目も見えなくなってたんだよ」
三男「え……」
緑長女「生命の結晶……っていう、命のエネルギーの塊がお父さんの中にあるんだけど、」
緑長女「それでなんとか生きてるの」
緑長女「お父さんに酷いことした人、今も平和なところでのうのうと暮らしてるんだよ」
緑長女「許せないよね」
三男「…………」
緑長女「でもね、お父さんはその人のこともう恨んでないんだって」
緑長女「お父さんは……優しすぎる」
621: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:22:41.44 ID:W/IlyAxoo
魔剣士「あーよく寝た」
三男「……これ」
魔剣士「ん?」
三男「ココア」
魔剣士「おまえが淹れてくれたのか? ありがとな」
三男「…………」
色々訊きたいけど、嫌なことを思い出させてしまうのが怖くて、何も訊けなかった。
また船旅だ。前みたいな豪華客船じゃないけど、設備が新しくて全く不便はしない。
ラズ半島に行く便もあったけれど、エリウスは敢えてセーヴェル大陸の南端部行きの船を予約していた。
すぐに旧レッヒェルン領に行くんじゃなくて、親戚に挨拶をして回るつもりなんだそうだ。
622: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:23:40.06 ID:W/IlyAxoo
僕を追い出した家族の話をするのはつらくって、できるだけ避けていた。
でも、少しずつだけど、僕はエリウスと故郷の話をするようになった。
魔剣士「ルツィーレが自分のこと『ぼく』って言うようになったのその頃からなんだぜ」
魔剣士「もー俺も父さんもオディウム教徒の連中も大変でさあ」
三男「ふうん」
魔剣士「その前は自分のこと『ルーシー』って言ってたんだ」
魔剣士「ルツィーレ、って発音が南の人間にはちょっと難しくてさ」
魔剣士「あっちの古語読みだとルシールだから、ルーシーって愛称で呼ばれてたんだ」
三男「ふうん。……なんて意味だっけ?」
魔剣士「光、とか輝く、って意味だな」
623: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:24:53.81 ID:W/IlyAxoo
三男「お父さんってさ、子供と距離置いてるわりにはアルバのこと可愛がってるよね」
魔剣士「本人に言ったら否定されるけどな、はは」
魔剣士「仕方ないよ。アルバは父さんの愛犬の生まれ変わりなんだから」
三男「犬?」
魔剣士「俺等は飼ったことないからいまいちピンとこないかもしれないけどさ、」
魔剣士「人と犬の絆は強いらしいから」
三男「へえ」
魔剣士「アルバが父さんの犬の生まれ変わりだってわかった時、父さんアルバを抱きしめて泣いてたんだぜ」
三男「あのお父さんが?」
魔剣士「うん」
三男「……ねえ、無理矢理作らされた子供でも、親は子供を愛すること、できるのかな」
魔剣士「え、ど、どうした?」
三男「や、その……僕、お父さんにとってはお母さんが欲しがって無理矢理作らされた子供だから」
魔剣士「父さん、おまえのこと可愛がってくれてたろ。思い出の1つや2つあるはずだよ」
……あるはずだけど、なんだか意地になってしまって、思い出すのを拒否してしまった。
お父さんは僕のことなんて嫌いなんだ、って、自分で自分に言い聞かせてしまう。
624: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:25:46.05 ID:W/IlyAxoo
ミルウスを抱っこしているエリウスは、幸せそうな顔をしていた。
多分あの子も無理矢理作らされた子供なんだろうけど、エリウスはあの子を愛してるんだと思う。
三男「ミルウス……って、今何処にいるの」
魔剣士「ああ、ヴァールハイト国の端っこだよ。近いうちに会いに行くから、仲良くしてやってほしいな」
三男「あ……うん」
ちゃんと誰かに育ててもらってる感じなのかな。ちょっとほっとした。
……訊いちゃいけないことかもしれないけど、どうしても気になって、訊いてしまった。
三男「一緒に暮らさなくて……平気なの?」
魔剣士「本当は自分で育てたかったんだけど……」
魔剣士「俺、やらなきゃいけないことがたくさんあるし、ユキにあれ以上迷惑かけたくなかったから」
625: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:26:18.41 ID:W/IlyAxoo
剣士「それにさ俺、普通じゃないからさ。純粋な人間の子供をちゃんと育て上げる自信がなかったんだ」
魔剣士「でも、決して愛してないわけじゃないよ」
魔剣士「頻繁に電話してるし、たまに会いに行ってるんだ」
三男「……ふうん」
魔剣士「父さんと母さんも、離れててもちゃんとおまえのこと愛してくれてるから」
本当に愛してるなら、追い出したりしないでしょ。
水平線を眺める。
広い海に呑み込まれそうで、ちょっと怖くなった。
三男「……そういえばさ」
三男「お母さん、おまえの体のこと心配してたよね。電話で話してるの聞いた」
魔剣士「ああ、出産の影響で体調崩しやすくなったり、なかなか男としての機能が回復しなかったりしてたからさ」
魔剣士「心配させてばっかりなんだよな〜だめだなぁ」
626: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:27:16.38 ID:W/IlyAxoo
魔剣士「昔つらく当たってばっかりだった分、親孝行したいんだけどさ」
三男「……なんでお母さんのこと嫌ってたの」
魔剣士「きっかけは……些細なことだったよ。えっと、ちょっとした母さんの発言を俺が理解できなくて、それで怖くなって」
魔剣士「でも、今思えば、長引いた原因は他にもたくさんあったな」
三男「?」
魔剣士「たとえばさ、俺、母さんから『なんで普通にできないのか』とか『なんで周りと合わせようとしないのか』とかって言われたから、」
魔剣士「『母さんが俺を障害者に産んだからでしょ』って言ったんだ」
魔剣士「それで母さん、ひたすら俺に謝ってさ。夜中にどうすればいいのかって父さんに泣きついたりもしてさ」
魔剣士「俺はそれで更に母さんのことが嫌になった。母さんだって好きで俺みたいな障害児産んだわけじゃないのにな」
あんまり障害障害言わないでほしい。
魔剣士「俺は母さんに俺のことをわかってもらえなくて嫌だったけど、それ以上に母さんも悩んでたと思う」
魔剣士「育てにくい子供をどうやって大人にしようか、必死だったんだ」
三男「…………」
魔剣士「もう泣かせたくないなって思っても、暴行されたり性別滅茶苦茶にされちゃったりして、気苦労かけさせちゃって」
魔剣士「俺にできることといえば、孫の顔を見せたり、こうしてお前の面倒を見たりすることくらいだ」
627: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:28:34.82 ID:W/IlyAxoo
三男「……お母さん、去年の春におまえが帰ってきた時、様子が変だった」
魔剣士「……はあ。まあ、そうだろうなあ」
エリウスの携帯が鳴った。電話じゃなくて、メッセンジャーの音だ。
魔剣士「お、きたきた」
魔剣士「見るか? ミルウスの写真」
画面をこっちに向けられた。
金髪に、ところどころ黒のメッシュが入った、変わった髪色の子供が写っている。
3、4歳くらいだ。虹彩は鈍い緑色をしている。
画面がエリウスの指でスライドされる。何枚も送られてきたみたいだ。
2枚くらいは、素朴で優しそうな女の人と一緒に写った写真だった。
魔剣士「可愛いでしょー」
写真を見るエリウスの目は、暖かい。
三男「男から生まれた子供なんて、世界でこの子くらいだろうね」
純粋な男性への女性器形成魔術の使用は認められていない。
たとえ、子供を望んでいるゲイカップルだとしてもだ。
施術を認められているのは、性同一性障害の人か、不妊の女性だけだ。
そもそも料金が高すぎるから一般人はまず術を受けられない。
魔剣士「え、俺達も男から生まれたんだぞ」
三男「は?」
魔剣士「母さんの若かった頃の写真、見せてやるよ」
628: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:29:21.32 ID:W/IlyAxoo
紺色の髪の、僕と同じような顔をした男が画面に映っている。
画質はとてもいい。
魔剣士「勇者ナハト当時18歳」
三男「お、男だ…………」
い、いや、当時の写真や動画がネットに出回るはずがない……形式が……いや、
石から情報を吸い出してデジタル形式に変換する装置は確か何年も前に開発されてたんだっけ。
魔剣士「男なのに妊娠したのは、父さんの股間の大根がすごいからなんだぞ」
視界が真っ暗になった。
魔剣士「なーんてな、冗談じょうだ……アルクスー!」
客室で目を覚ました。
魔剣士「ごめんよぉ」
三男「…………」
嫌な汗が額から湧く。
魔剣士「さっきの嘘なんだよ……写真は本物だけど……」
嘘だと言われても、精神的ショックが体に来ていて、またしばらく寝込みそうだ。
エリウスはユキさんに叱られた。
629: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:30:04.87 ID:W/IlyAxoo
数日航海してセーヴェル大陸に着いた。寒い。
宿は僕とエリウス、ユキさんとユカリで部屋が分かれているけど、
部屋同士はドアで繋がっている。コネクティングルームというらしい。
部屋に向かう途中、エリウスは廊下に飾られていたアレンジメントフラワーを見て前屈みになった。
手で股間を押さえている。
白緑の少女「エリウスさん……ちょっとこっちに来てください」
魔剣士「ご、ごめんユキ! 許して!」
白緑の少女「…………」
魔剣士「ゆるしてー!」
エリウスはユキさんとユカリが入るはずだった部屋に連れ込まれた。
三男「……?」
緑長女「仕方ないから、こっちの部屋でビデオでも見てよっか」
630: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:30:34.50 ID:W/IlyAxoo
緑長女「お父さん、恋愛対象が植物でしょ」
緑長女「あちこちにお花が咲いてる状態っていうのはね、」
緑長女「普通の男の人で例えると、そこら中に裸の女の人がいるのと同じようなことなんだって」
緑長女「お母さん、普段はお父さんが目移りしちゃっても我慢してるんだけど、」
緑長女「たまに嫉妬してお仕置きしちゃうの」
花は性器だ。そう表現したらいやらしく感じるけど、でも植物に欲情するという感覚が僕にはわからない。
多分、大多数の人間は理解できないと思う。
1時間弱ほど経っただろうか。部屋同士を繋ぐ扉が開かれた。
……そっちを見ても誰の姿も見えない。しかし擦れるような変な音はする。
視線を落とすと、そこには奇妙なほど器用に匍匐前進をしているエリウスがいた。
三男「なんで匍匐前進……? 速っ……」
魔剣士「慣れてるから」
三男「?」
お仕置きって、一体何を……何をされたんだろう。
エリウスはどうにかベッドによじ登って寝転んだ。
631: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:31:39.99 ID:W/IlyAxoo
夜中、寂しくて目が覚めた。
……エリウスのベッドに潜りこんでいいかな。
どうせもう、既に一回は無意識にとはいえ潜り込んじゃったんだし、
魔剣士「……ん。人肌が恋しくなったか」
三男「寒いだけ」
胸の膨らみを確認して、顔をうずめる。
三男「……この胸、普段はどうしてるの」
魔剣士「ナベシャツっていう便利なものがあるんだよ」
三男「……ふうん」
三男「女になってる時、おまえトイレどっち入ってるの」
魔剣士「多目的トイレ」
なるほど。
魔剣士「なかったら仕方ないから男子便所入ってるよ」
魔剣士「でもさあ、美女がアスパラガス出しておしっこしてるのを見て変なものに目覚めちゃう男がたまにいてさあ」
魔剣士「襲われそうになったことあるんだよね」
三男「個室入ったら?」
魔剣士「そうする」
あったかい。ちょっとだけだけど、お母さんのにおいと似てる。
僕の頭を手で包んでくれた。すごく、落ち着く。
632: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:32:15.69 ID:W/IlyAxoo
――2日後
魔剣士「なあアルクス、おまえってこっちの貴族のマナーとかってわかるか?」
三男「お母さんに仕込まれてる」
魔剣士「じゃあ大丈夫だな。今度、この辺りの貴族のパーティに呼ばれてるんだよ」
魔剣士「自然保護を第一にしてる貴族でさ、時々俺みたいな活動家の親睦会開いてくれるんだ」
三男「おまえはマナー大丈夫なの」
魔剣士「仕事柄貴族と付き合うことも多いから覚えたよ。ユキに駄目出しくらうことも多いけど」
魔剣士「というか俺交流会とかの類の集まり自体苦手だからさ、ユキのサポート無しじゃやってけない。ははは」
三男「…………」
魔剣士「でもさ、人との繋がりってすごく大事なんだ」
魔剣士「ちょっとしたきっかけでできた繋がりが、大きな力を生むことがある」
魔剣士「だから、自分の苦手をカバーしながらなんとかがんばってるよ」
633: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:33:10.55 ID:W/IlyAxoo
高級な仕立て屋に連れていかれた。
だぶだぶの正装を着せられる。
魔剣士「よし、似合ってるぞ」
仕立て屋「では、このデザインで仕立てましょう」
魔剣士「これからどんどん背が伸びるでしょうし、ちょっとだけ大きめのサイズでお願いします」
仕立て屋「承りました」
店主がメジャーで寸法を測る。
翌日、また同じ店に連れていかれた。
出来上がった服を着る。
仕立て屋「動きにくくはないですか」
三男「大丈夫です」
魔剣士「それ、俺からのプレゼントな」
こんな服、高いだろうに。
魔剣士「レンタルでもよかったんだけどさ、やっぱり1着持っといた方がいいと思って」
ありがとう、って言おうとしたけど、エリウスと店主が色々話し始めてタイミングを失った。
634: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:33:45.90 ID:W/IlyAxoo
パーティ会場である、貴族のお屋敷に連れてこられた。
魔剣士「貴族もたくさん来るけど、正式な貴族の社交の場ってわけじゃないから、」
魔剣士「そんなに緊張する必要ないからな。貴族じゃない外国の活動家もたくさん参加してるし」
会場に入り、辺りを見回す。
テレビで見たことがあるような有名人が大勢いた。
エリウスがたくさんの人に話しかけられる。
ユキさんはさりげなく相手の名前をエリウスに教えた。
エリウスは人の顔と名前をなかなか覚えられないから、ユキさんがいつもこうやってサポートしているのだろう。
魔剣士「こっちは弟のアルクスです」
三男「どうも」
貴族「将来のレッヒェルン辺境伯ですか、将来が楽しみですね」
貴族夫人「瑠璃の民は族長の訪れをずっと待っているそうだから、これで安心でしょうねぇ」
僕の存在は、こっちの地方の人達から歓迎されているようだ。
635: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:35:39.94 ID:W/IlyAxoo
魔剣士「ふう、ちょっと疲れた」
魔剣士「なあアルクス、カクテルパーティ効果って知ってるか?」
三男「えっと、うるさくても自分の聞きたいことを選択して聞ける能力」
魔剣士「そうそう。俺はそれできないんだよ」
三男「でも、普通に相手と喋れてたよね」
魔剣士「ユキに相手の発言の情報を魔力で送ってもらってたんだよ」
便利だな……。
エリウスはこのパーティで多くの人々と連絡先を交換した。
魔剣士「おまえも挨拶だけはしっかりしとけよ」
魔剣士「貴族同士の付き合いで信頼関係を結ぶのはすごい難しいらしいからな」
貴族のドロドロした世界がしばしばドラマにされていたりする。
仲良くしてても、相手から利益を得られなくなったらすっぱり関係を切ったり、
利益のために嫌いな相手に取り入ったり……。
お母さん曰く、そういうのは実際にあることらしい。
魔剣士「俺には無理だなあ、気をつけてても相手の言うことを鵜呑みにしちゃうことあるもん」
魔剣士「ちょっとした表情の変化とか、言葉の裏とか読めないし」
魔剣士「おまえはできるようになるから、練習がんばろうな」
三男「うん」
僕を少しずつこっちの世界に慣れさせるために連れてきてくれたみたいだ。
636: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:36:14.60 ID:W/IlyAxoo
エリウスがワイングラスを手に取った。
お母さんの目と同じ、深い赤紫色の飲み物。
魔剣士「おまえは大人になってからな」
エリウスはワインを飲みながら、話しかけてきた活動家と会話を始めた。
……と思ったらぶっ倒れた。
白緑の少女「会話に集中しすぎてアルコールを魔力に溶かし損ねたようです」
活動家「あ、あちゃあ」
エリウスは担架で運ばれていった。僕もついていく。
魔剣士「ひんじゃくなわぁきんぐめもりぃめ〜」
637: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:37:17.67 ID:W/IlyAxoo
控え室に入った。
魔剣士「兄ちゃんはもうだめだ……。最期に、願いを聞いてくれないか」
三男「酔っ払いすぎだろ」
緑長女「お父さん、泣かないで」
魔剣士「お兄ちゃんって呼んでぇ」
三男「えぇ……」
魔剣士「にぃにぃでもいいしお兄様でもいいよ」
三男「やだよ気持ち悪いな」
魔剣士「アウロラのことは姉さんって呼ぶくせに〜!」
三男「だって……アウロラはお母さんみたいに世話焼いてくれたし」
魔剣士「おにーちゃん! お に い ち ゃ ん !」
三男「絡むな酔っ払い!」
魔剣士「……えっく、えっく」
三男「そんなめそめそするなよ……」
638: ◆O3m5I24fJo 2017/08/15(火) 15:37:46.47 ID:W/IlyAxoo
魔剣士「ぐすっ…………」
三男「ああもう! 呼べばいいんだろ!」
深呼吸をする。なんだろうこの変な緊張は。アルバのことだってお兄ちゃん呼びしたことないのに。
三男「…………に、いさん。……エリウス兄さん」
魔剣士「…………」
反応がない。
白緑の少女「……眠られたようです」
かなり勇気を出して、必死に恥ずかしいのをこらえて言ったのに。
もう嫌だ。
642: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 16:50:26.54 ID:Of7KRkeNo
売店のお姉さん「いろんな所に連れて行ってくれるなんて、いいお兄さんね」
弁当を入れられた袋を手渡される。
売店のお姉さん「また来てね〜!」
魔剣士「お、なんとなく嬉しそうな顔してるな。おいしそうな弁当あったか?」
三男「……うん」
嬉しいのは、見ず知らずの人にエリウスのことを褒められたからだ。
別に僕は笑っているわけじゃないのだけど、顔にちょっと出ていたみたいだ。
魔剣士「あれはイベリス、あっちに咲いてるのはアリッサムだな」
エリウスはよく花の名前を教えてくれる。
図鑑を見なくてもぽんぽんと名前が出てくるのはすごいと思う。
魔剣士「それが俺の大好きなスノーフレーク、近くで終わりかけてるのはスノードロップだ」
魔剣士「ユーチャリスも咲いてるな。綺麗だ……あっ」
エリウスは股間を押さえた。ユキさんが機嫌を損ねる。
魔剣士「おっきくなるだけ幸せだと思うの!」
三男「そういえばさ」
643: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 16:56:04.49 ID:Of7KRkeNo
三男「緑の番人達ってどうやって子孫残すの」
魔剣士「人間とも精霊とも子作りできるよ」
魔剣士「とりあえずきょうだい同士では子供作らないよう教育する予定」
三男「ふうん。……みんなおまえとユキさんから生まれたのに、それぞれ違う植物の特徴があるように見えたけど」
魔剣士「俺が食べた植物の遺伝子の影響も受けてるからな」
魔剣士「ユカリはあちこち赤紫っぽいところあるでしょ。あれ俺がユカリ科の海藻食べたからなんだよ」
種族を越えて子孫を残せるなら、数十年後にはすごい人数に増えていそうだ。
644: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 16:57:04.26 ID:Of7KRkeNo
いつもと同じように、車で草原を走る。
エリウスはたまに遠回りして、大自然のすごい景色を見せてくれた。
南の景色とは随分違っていて、植物の種類も、土の色も異なっている。
緑長女「……ねえお父さん、本当にあの人の所に行くの?」
魔剣士「うん。……ごめんな。嫌だったら、お母さんとユカリの分の民宿予約するよ」
緑長女「……じゃあ、お願い」
なんだか空気がどんよりし始めた。
ユキさんがユカリをぎゅっとして、なだめるようになでなでする。
緑長女「ミルウスには会いたいよ。でも……」
魔剣士「わかってるよ。おまえが嫌がるのも当然だ」
魔剣士「…………この辺りでちょっと休憩するか」
645: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 16:57:53.92 ID:Of7KRkeNo
ユカリは塞ぎ込んでしまった。
三男「ねえ……これから、僕達って誰の家に泊まりに行くの」
魔剣士「アークイラ」
三男「……何があったかって、話せる?」
魔剣士「うん」
意外とあっさりだ。
魔剣士「昔、旅の途中で女装してたらさ、女装した男ばっかり愛人にしてたアーさんに捕まっちゃってさ」
魔剣士♀『この町さ、女装グッズがすっごい充実してるんだって』
白緑の少女『でも、よかったのですか? この町で女装なんてして』
魔剣士♀『大丈夫だって。女装子キラーは遠征でいないらしいから』
緑長女『お父さん、美人だよ! お母さんと同じくらい! あはは』
精霊王『…………逃げろ今生!』
魔導槍師『随分と腕を上げたではありませんか』
646: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 16:58:26.14 ID:Of7KRkeNo
魔剣士♀『アーさん……!? なんでここに』
精霊王『あいつ目が逝ってる! 正気じゃねえ!』
魔剣士♀『アークイラてめえ…………ぜってえ許さねえ』
647: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 16:58:58.02 ID:Of7KRkeNo
――――――――
――
魔剣士「それから2ヶ月半くらいかな。俺はあの人に別荘に軟禁されてさ」
魔剣士「ユキとユカリは、研究施設の空き部屋に閉じ込められてた」
魔剣士「なんだかんだで逃げ出して、ユキとユカリの記憶も思い出して、2人を迎えに行ったんだけど」
魔剣士「でも、すぐに妊娠してることがわかったんだ」
魔剣士「敢えて受胎能力のない身体にしたってアーさんは言ってたんだけどね」
三男「…………」
魔剣士「マスコミに嗅ぎつけられたら、まともに育てられなくなる」
魔剣士「だから、エルナトが勤めてる病院に匿ってもらったんだ」
魔剣士「ミルウスが1歳になった頃、旅を再開した」
魔剣士「そのうちアーさんが追いかけてくるだろうなってことはわかってた」
魔剣士「それでさ、ユキと相談して決めたんだ。その時は、面倒見るって」
三男「なんで?」
魔剣士「逃げられる相手じゃないっていうのもあるけど」
魔剣士「あの人が俺の可愛い息子の父親であることは、揺るがない事実だから」
648: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 16:59:23.78 ID:Of7KRkeNo
三男「しばらく捕まってたんなら、なんで事件にならなかったの」
三男「行方不明になったって騒ぎになるはずだ」
魔剣士「取引してる企業との最低限の事務連絡や、SNSの更新はアーさんの監督下でさせられてたんだ」
魔剣士「だから、世間は俺がそんなことになってるなんて気づかなかった」
魔剣士「んで、続きなんだけど」
魔剣士「前の奥さんと別れたアークイラが、やっぱり追いかけてきてさ」
魔剣士「いい父親になってくれるよう教育したんだ」
三男「でも、おまえ、大怪我させられたり、お母さんが一番嫌ってる犯罪だってされたんだろ」
三男「普通、そんな奴の相手しようだなんて思わない!」
魔剣士「そうだな」
魔剣士「でも、良くなる見込みがあったから面倒を見たんだよ」
魔剣士「あの人の歪みの原因は、愛情不足だったから」
魔剣士「愛から生まれた憎しみは、愛情で癒せる」
魔剣士「……1年。1年、でかい子供ができたと思って甘やかしたら、随分良くなったよ」
649: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 17:00:36.18 ID:Of7KRkeNo
三男「どんな理由があったって……おまえが酷い目に遭う謂れはなかっただろ?」
悔しくて涙が出てきた。
三男「なんでそんな奴のこと助けたんだよ!」
魔剣士「……俺さ、死んだら前世の人格と融合して大精霊になるんだ」
三男「は?」
魔剣士「俺達には無限に等しい時間がある」
魔剣士「だから、数十年しか寿命のない人間1人の人生を変えるくらい、大した負担じゃないんだ」
魔剣士「ほんの僅かな時間を費やしてこの世から憎しみを減らせるなら、万々歳なんだよ」
……こいつは、人間よりも上の存在に近しいんだ。
だから、普通の人間の価値観には囚われないし、理屈に当てはめることもできない。
というか元々普通の人間とは違いすぎる奴だった。
魔剣士「それにさ、憎しみは連鎖するけど、同じように救いも連鎖する。あの人を助けたのは、この世界を助けるのと同じことなんだ」
三男「よく許せるね」
魔剣士「許してないよ。憎んでないだけ」
魔剣士「ユキとユカリに怖い思いをさせたことは絶対に許さない」
650: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 17:01:13.44 ID:Of7KRkeNo
魔剣士「俺個人にされたこと自体はもう気にしてないよ」
魔剣士「いや、普段気にしないようにしてるから、たまに発作になって出てきちゃうのかもしれないな」
魔剣士「記憶や心の状態が、一番つらかった瞬間に逆戻りしちゃうんだ」
三男「…………」
三男「……短い間でも、あの人のこと好きだったんでしょ。なんで」
魔剣士「…………」
魔剣士「こんな体にされて、もう何もする気力がわかなくなった時、あの人焦り出したんだ」
魔剣士「玩具が壊れるのが嫌だったんだろうね」
魔剣士「何日も何日も何もせず過ごしてさ」
魔剣士「なんでもいいからやりたいことやれってしつこかったから、」
魔剣士「どうにか身体動かして料理作ったんだよ」
魔剣士「そしたら……あの人、心の底から驚いて、おいしそうに俺が作った飯食ってくれて」
魔剣士「俺アーさんに子供の頃から馬鹿にされてばかりだったからさ、」
魔剣士「その時、やっとアーさんに俺の存在を肯定してもらえたような気がしたんだ」
魔剣士「それで……女として尽くさずにはいられなくなっちゃった」
魔剣士「アーさんも別人みたいに優しくなったしさ」
魔剣士「恋人同士みたいに暮らしてたよ」
651: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 17:01:39.68 ID:Of7KRkeNo
三男「じゃあ、逃げ出したきっかけは」
魔剣士「……テレビ、見てたんだよ。留守番中に」
魔剣士「そしたらアーさんの子供の誕生を祝うニュースが流れてさ」
魔剣士「赤ちゃんを抱っこした奥さんと並んで誇らしげに笑うあの人を見たら、」
魔剣士「俺には赤ちゃん産めないのにとか、妊娠中の奥さんほっぽって遊んでたのかとか」
魔剣士「いろんな感情が沸騰しすぎて真っ白になって」
魔剣士「ああ、もう終わらせなきゃなって」
三男「……ふうん」
三男「…………その子供、実子じゃなかったってニュースになってなかった?」
魔剣士「俺が逃げ出した後の頃だな。離婚する時大揉めして、いろんな噂が流されてたらしいね」
魔剣士「俺できるだけ精神の毒になりそうなゴシップは聞かないようにしてたから、後から知ったんだけどさ」
652: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 17:02:20.82 ID:Of7KRkeNo
魔剣士「歪みが矯正できた頃に、たまたま立ち寄った村で今の奥さんと出会ってさ」
魔剣士「仲良くやってるみたいだよ。ミルウスもちゃんと育ててくれてるし」
三男「……不安になったりしないの。虐待されてたらどうしようとか」
魔剣士「奥さんはそういうことする人じゃないし、アーさんも、もう大丈夫だよ」
魔剣士「信頼してる」
三男「よく、会いに行けるね」
魔剣士「そりゃ自分の息子には会いたいし! アーさんとも今はただの友達だし」
魔剣士「あ、でも1つだけルール決めてるんだ」
魔剣士「女の気分の日には絶対会ったり電話したりしないこと」
魔剣士「奥さんに悪いからさ」
三男「……そう」
魔剣士「あ、奥さんの前では俺がミルウス産んだって話はしないでね」
魔剣士「エリシアっていう戸籍のない女性が産んだってことになってるから」
三男「……わかったよ」
色々もやもやは残るけれど、エリウスはもう納得して吹っ切れているのだろう。
これ以上は僕が口出しすることじゃない。
653: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 17:02:46.19 ID:Of7KRkeNo
緑長女「……アークイラには、たくさん守ってもらったよ」
緑長女「1年間、ずっとボディガードしてもらってたの」
緑長女「でも私、どれだけあの人が反省しても、あの人のこと許せなかった」
緑長女「お父さんは復讐しちゃ駄目って言う。……大きな罰が下されなきゃ、不公平なのに」
訪れた村は、とても小さくてのどかなところだ。
こんな村にも宿があるのか? と思ったけど、家族で農業と兼業しているのが一軒だけあるそうだ。
畑ばかりが広がっている。
654: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 17:04:46.91 ID:Of7KRkeNo
エリウスは木造の2階建ての小さな家の傍に車を停めた。
車の音を聞いてか、中から小さな子供が飛び出してきた。
写真で見たのと同じ、金髪に黒のメッシュの子だ。
魔剣士「ミルウスー! ピーマンもパクチーもセロリも食べれるようになったんだってな!」
金髪少年「いのししのおにくもたべれるよ、エルママ!」
魔剣士「……パパ、だよ、ミルウス」
金髪少年「ママでしょ?」
白緑の少女「ミルウス君」
金髪少年「ユキママ! おねえちゃん!」
緑長女「……元気そうだね。よかった」
緑長女「お母さん」
白緑の少女「行きましょうか、ユカリ」
金髪少年「もうばいばいするの?」
魔剣士「エルパパは泊まってくぞー!」
金髪少年「ユキママとおねえちゃんもいっしょがいい……」
緑長女「ごめんね、またね」
ユキさんとユカリは宿に向かって歩いていった。
655: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 17:05:14.83 ID:Of7KRkeNo
エリウスがミルウスを高い高いして抱き上げた。
魔剣士「会うたんびにおっきくなるなー!」
金髪少年「わーい! あはは」
魔剣士「ミルウス、この人エルパパとよく似てるだろ? エルパパの弟だよ」
金髪少年「はじめまして!」
三男「……はじめまして。……アルクスだよ」
笑顔の明るい子だ。
家の中から女の人が出てきた。
エリウスに見せられた写真に、ミルウスと一緒に写っていた人だ。
内縁の妻「こんにちは、エリウスさん。お疲れでしょう? どうぞ中に入って」
家の中は木の匂いがする。
……アークイラが椅子に座って新聞を読んでいた。
背筋に変な緊張が走る。
656: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 17:06:23.80 ID:Of7KRkeNo
魔導槍師「……良い顔色ですね。安心しました」
魔剣士「なんで眼鏡かけてんの」
魔導槍師「視力が落ちたんですよ」
魔剣士「そっか。なら仕方ないね」
魔導槍師「まさか20代で老眼になるとは思っていませんでした」
昔テレビで出ていた頃と随分雰囲気が違う。
棘が全部落ちたというか、枯れ切った老人のような感じだ。
金髪少年「おとーさん!」
ミルウスがアークイラに抱き着いてじゃれた。
エリウスが来た喜びでじっとしていられないみたいだ。
アークイラがミルウスの頭を撫でる。
何処からどう見ても、幸せそうな父子だ。
657: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 17:07:01.04 ID:Of7KRkeNo
近くでよく見てみると、ミルウスは鼻筋がエリウスと似ている。口元もだ。
目元はどちらかというとアークイラ似だろうか。
まあ子供の顔なんて成長と共に変わっていくものだけど。
内縁の妻「好きな椅子に座ってくださいね。今お茶を出しますから」
奥さんは写真で見た通り優しそうな人だ。母性が溢れている。……いいなあ。
内縁の妻「今日、私の両親は町へ野菜を売りに行って帰ってこないんです」
内縁の妻「なので、両親の寝室を使っていただいても大丈夫なのですが」
魔剣士「いやー悪いですよ。いつも通り居間にマット敷いて寝ますから」
金髪少年「エルママのおりょうり!」
魔剣士「パパだってば。お茶いただいたら作るから待っててな」
658: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 17:07:27.88 ID:Of7KRkeNo
麦茶が出された。夕日に照らされて綺麗に光っている。
内縁の妻「あらいけない、ミルクを切らしてたんだわ。すぐ買ってきますね」
奥さん……テレサさんは急いで鞄を肩にかけて出かけていった。
魔剣士「はい、手紙。カナリアからのもあるよ」
エリウスはアークイラに2通の手紙を手渡した。
アークイラは寂しそうに笑って封を切る。
魔剣士「ロンディまで心配してたんだぜ」
魔剣士「返事、書きなよ。簡単なのでいいからさ」
魔導槍師「いえ。……今度彼等に会った時にでも、元気だったと伝えてください」
魔剣士「マリナさんにもたまたま街中で会ったよ。色々悩んでるみたいだった」
魔導槍師「…………」
魔剣士「一回くらい帰らないの?」
魔導槍師「母に、子殺しの罪を犯させたくはありませんから」
659: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 17:07:59.66 ID:Of7KRkeNo
魔導槍師「この頃、危険な目に遭ってはいませんか」
魔剣士「そりゃもう、暗殺者に狙われっぱなし」
魔剣士「イウスが勝手に植物に指令出して倒してくれてるから、」
魔剣士「実際に襲われることは滅多にないけどな」
知らなかった。
身の危険を感じたのは、ナイフを投げられたあの時くらいだったのに。
別に悪いことしてるわけじゃないのに、なんで命を狙われなきゃいけないんだろう。
イライラする。
アークイラが僕の方を見た。
魔導槍師「アルクス……はじめまして、ですね」
三男「…………どうも」
残酷なことをしそうな人間にはとても見えない。
でも、人生に疲れ切ったような、諦めたような目をしている。
魔導槍師「……あなたを見ていると、懐かしい気分になります」
魔導槍師「あなたぐらいの年頃のエリウスも、そのような表情をしていましたよ」
魔剣士「そういう意味でも似てるでしょ」
魔導槍師「不満を抱え、斜に構えているところがそっくりですよ」
喋ったことないのにそういう風に言われたくないけど、
魔透眼持ちらしいから僕の性質なんてお見通しなんだろう。
660: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 17:08:44.76 ID:Of7KRkeNo
魔導槍師「ああすいません、癇に障りましたか。貶すつもりはなかったのですが」
魔導槍師「ただ、本当に……懐かしく思えたのです」
ミルウスがつまらなそうにエリウスに抱き着いた。
金髪少年「おりょうりー」
魔剣士「テレサお母さん出かけてるのに勝手に台所使っちゃいけないだろうから……」
魔導槍師「いいですよ、使ってください」
魔剣士「あ、じゃあお言葉に甘えて」
ミルウスは嬉しそうにエリウスが料理しているのを眺め始めた。
三男「家族に、会わないんですか」
魔導槍師「もう、合わせる顔がないのです」
よくわかんないけど、この人はお母さんに会ったらお母さんに殺されてしまうらしい。
……もし僕が誰かを乱暴したらお母さんに去勢されてしまうから、多分それと同じようなことだろうと思う。
魔導槍師「実の母に想いを寄せていたそうですね」
三男「…………」
エリウス、そういうこと喋ってたのか。
661: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 17:09:40.46 ID:Of7KRkeNo
魔導槍師「小さな罪であれば、いくらでも償いようがあります」
魔導槍師「そして、人は小さな罪を犯し、学ぶことで、事前に大きな罪を犯すことを防ぐことができるようになる生き物です」
アークイラは老眼鏡を外した。
魔導槍師「罰してくれる相手に感謝するよう心がけなさい」
魔導槍師「罰してくれる人がいなければ、いずれ歯止めが利かなくなり、気が付いた時には取り返しのつかないことになります」
三男「…………」
魔導槍師「いつ罰が訪れるかわからない日々に怯える生活を送るのは嫌でしょう?」
三男「……」
魔導槍師「私は怖いのです。私の因果が、妻と子に報いる日がいつか来てしまうのではと」
662: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 17:10:13.59 ID:Of7KRkeNo
アークイラは新聞を畳み、椅子から立ち上がった。
あれ……左手の指、動かないのかな。上半身の動きもちょっとおかしい。
魔導槍師「左手と腹筋の一部が麻痺して動かないのですよ」
魔剣士「全然よくなってないの?」
魔導槍師「農作業がいいリハビリになっていますよ」
三男「……いつからですか? 料理番組、流し見してたけど気づかなかった」
魔導槍師「その頃には既に不自由でしたよ」
魔導槍師「ただ、できる限り視聴者に悟られないよう動いていましたからね」
三男「ふうん」
なんで動かなくなったんだろう。
魔剣士「タマネギないかな」
金髪少年「おうちのうらにつんであるよ! もってくるね」
魔剣士「お、ありがと」
ミルウスは勝手口から出ていった。
魔剣士「それ俺が毒塗ったナイフで刺しちゃったからなんだよ。逃げる時にさ」
三男「えぇ…………」
663: ◆O3m5I24fJo 2017/08/18(金) 17:11:21.14 ID:Of7KRkeNo
魔剣士「まだ毎日教会通ってんの」
魔導槍師「ええ」
魔剣士「ミルウスを立派に育ててくれたら、俺はそれでいいから」
ミルウスが元気よく扉を開けて戻ってきた。
金髪少年「たりる?」
魔剣士「ん、大丈夫だよ。ありがとうな」
テレサさんも急いで戻ってきた。
テレサさんは、アークイラの過去のことをどのくらい知っているのだろう。
罪を犯したら、罰に怯えて暮らすことになるらしい。
僕は今まで自分が悪いことをしたって認めたくなくて、ただお父さんを恨んでばかりいた。
僕の罪は……実の母親であるお母さんのことを好きになって、そしてお母さんを怖がらせてしまったことだ。
僕は反省もせず、受け入れてくれなかったお母さんへの不満と、
僕を追い出したお父さんへの怒りにばかり心を委ねていた。
追い出されるという罰を受けただけで、僕の罪は清算できるのだろうか。多分、できないと思う。
668: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:29:33.99 ID:jlWIexaqo
晩御飯を食べ終えると、ミルウスははしゃぎ過ぎて疲れたのかソファで眠ってしまった。
魔剣士「アーさん飲みにいこ」
魔導槍師「悪酔いしないでくださいよ」
内縁の妻「お気をつけて」
2人は出ていった。
……ここに残されても気まずくてちょっとつらい。
内縁の妻「エリウスさんのお料理、おいしかったわね」
テレサさんは微笑んで僕に話しかけた。気を遣ってくれているのだろう。
内縁の妻「いつかこの味を再現できるようになりたいわ」
内縁の妻「エリウスさんの本を読みながら作っても、なかなか難しくてね」
料理は、ちょっとした火加減や、調味料の僅かな量の違いで味が変わってしまう。
三男「……兄のホームページには、簡単に再現できる料理もたくさん載っているそうです」
内縁の妻「私、パソコンを使えないの」
内縁の妻「あ、でもアークイラさんに頼んだらきっと見方を教えてくれるわ」
内縁の妻「今度調べてみるわね」
669: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:30:02.49 ID:jlWIexaqo
テレサさんは、心の底から幸せそうに笑う人だ。
三男「……えっと、」
三男「アークイラさんのこと、本当に好きなんですね」
内縁の妻「ええ」
内縁の妻「彼と出会って、私の人生は変わったわ」
頬を少し赤く染めて、目を細めてテレサさんは答えた。
内縁の妻「出会う前は、毎日沈んだ気分で過ごしていたのよ」
三男「どうしてですか?」
内縁の妻「……私は子供を望めない体で、それが原因で結婚できなかったの」
内縁の妻「こんな田舎だからね。嫁げなかった女性は肩身の狭い思いをしなきゃいけなかった」
内縁の妻「両親はいつも私の将来と畑の心配をしていたわ」
内縁の妻「でも、彼がミルウス君と共にこの村に訪れて……」
内縁の妻「彼等を一目見て、私、『やっと見つけた』って感じたわ」
三男「見つけた?」
670: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:30:49.11 ID:jlWIexaqo
内縁の妻「ずっと行方がわからなかった夫と子供と、漸く再会できたような気分だったのだったの」
内縁の妻「ごめんなさい、変なこと言ってるわよね」
三男「いえ……」
あの人は犯罪者なのに。
テレサさんは、アークイラのことについてどれだけ知っているのだろう。
三男「……あなたは、アークイラさんにどんな過去があっても、好きでいられますか?」
内縁の妻「実はね、私が想いを伝えた時、彼は自分の罪を告白しようとしてくれたの」
内縁の妻「私、敢えて聞かなかった。だって、今の彼を愛しているから」
内縁の妻「もしかしたら、過去の彼のことは愛せないかもしれない」
内縁の妻「でも、どんな過去があったとしても、今のアークイラさんのことは愛し続けるわ」
三男「……」
内縁の妻「人は、変われるのだもの」
いくら改心したって、罪が消えるわけじゃない。
どれだけ償っても被害者は苦しみ続けるし、被害者を大切に思っている家族は加害者を憎み続ける。
だからといって、アークイラの今の生活を壊したら、テレサさん達は不幸になってしまう。
671: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:32:28.80 ID:jlWIexaqo
エリウスはアークイラを助けて、アークイラはテレサさんとその両親の人生を救った。
これがエリウスの言った“救いの連鎖”なのだろう。
わだかまりが完全に消えたわけじゃないけれど……全て上手くいくほど、世界は単純じゃないんだ。
金髪少年「える……まま……」
ミルウスが寝言で母親を呼んだ。
内縁の妻「ミルウス君ったら、エリシアさんが恋しいのね」
ミルウスはエリウスをエルママと呼んでいるけれど、エリウスはテレサさんに、
それはミルウスが寂しいあまりにエリウスと母親をごっちゃにしているのだと説明している。
内縁の妻「……ねえ、アルクス君。エリシアさんって、あなたにとってどんな人?」
三男「え……」
三男「…………」
三男「……自由奔放で、でも……優しい人です」
三男「落ち込んでたら、元気が出るよう励ましてくれて、お母さんみたいに包み込んでくれて……」
三男「あったかいです」
内縁の妻「そう。そんな素敵な人だから、ミルウス君のような良い子を産んでくれたのね」
テレサさんはエリシアに心の底から感謝の念を抱いているみたいだ。
夫の昔の女なのに。
強い人なんだと思う。
672: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:33:35.07 ID:jlWIexaqo
歯磨きとかを済ませて、居間に2人分のマットを敷く。
玄関の扉が開いた。
魔剣士「う゛ぇ゛ぇぇんがなじぃよぉ」
魔導槍師「まったく……」
アークイラが酔って泣いているエリウスに肩を貸している。
腹筋の一部が麻痺してるのに、よく支えられるな。
内縁の妻「お水、飲まれますか?」
魔導槍師「飲ませてください」
アークイラがエリウスをマットに寝かせた。
魔剣士「うぅ〜クソホモモドキぃ〜」
魔導槍師「ホモではないと何度言ったら」
魔剣士「アルクス〜、こいつさあ、まだプティアにいた頃ぉ、」
魔剣士「自分をホモ扱いした部下を何人も辺境の地に左遷してんだぜ〜こええよなぁ!」
魔導槍師「やめてください、昔の話は」
魔剣士「うっせーいじめっ子ぉー!」
673: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:34:17.92 ID:jlWIexaqo
エリウスはすぐに寝入った。
魔導槍師「ほろ酔いしたい気分だからとわざとアルコールを吸収したんですよ」
魔導槍師「案の定加減を間違えたようです」
くっそ不器用なんだから、下手なことしなけりゃいいのに。
僕も布団に入る。
アークイラとテレサさんも寝室に行った。
……寝つけない。
魔剣士「歯ぁざらざらする〜歯磨きぃ〜」
少しは酔いが醒めたのだろう。エリウスが起き出して洗面所に行った。
暗い部屋を常夜灯が照らす。
ふらふらしながらエリウスが戻ってきた。
ミルウスの寝息が聞こえなくなった。毛布が擦れる音がする。
金髪少年「まま……」
魔剣士「ん〜ミルウス〜」
エリウスの布団に潜り込んだみたいだ。
674: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:40:15.21 ID:jlWIexaqo
ミルウスは数回エリウスの胸をぽんぽんした。
金髪少年「んぅ……」
魔剣士「あー、おっぱい触りたいのな。ちょっと待ってな」
三男「胸潰すやつつけっ放しだったの」
魔剣士「血行悪くなるからファスナーは下ろしてたよ」
ミルウスは胸の硬さに不満を覚えたみたいだ。
寝ているお母さんの胸を触った時、
ホックを外しただけでブラジャーそのものがつけっぱなしだと、感触が硬くてがっかりする。同じようなものだろう。
エリウスは完全にナベシャツを外した。
魔剣士「ほら」
金髪少年「まえよりちっちゃくなった」
魔剣士「ごめんな。元々エルパパは男だから胸おっきいのやなんだよ」
金髪少年「ママだもん」
ミルウスは不満そうにエリウスの胸に頬ずりして右頬をうずめた。
675: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:40:46.78 ID:jlWIexaqo
金髪少年「ママだいすき」
魔剣士「うん。俺もミルウスのこと大好きだよ」
生みの親と滅多に会えないなんて、可哀想だ。寂しいだろうに。
魔剣士「テレサお母さんの前ではママって呼んじゃだめだぞ」
魔剣士「おまえのママは、テレサお母さんなんだから」
金髪少年「エルママもママだもん」
ミルウスは納得いかないようだ。エリウスの服をぎゅっと掴んで密着した。
金髪少年「いつもいっしょにいられたらいいのに」
エリウスだって本当はずっと一緒にいたいのだろう。
幸福と寂しさ、子供に対する申し訳なさが入り混じった表情でミルウスの背中を撫でた。
676: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:41:41.94 ID:jlWIexaqo
夜は案外すぐに明けてしまう。
朝、目が覚めて窓から外を眺めた。
春の作物が朝日に照らされていて綺麗だ。強い生命力を感じる。
魔剣士「午前中は職業体験だぞ!」
三男「なんで……?」
魔剣士「農家の人の苦労を知ってる方がいい領主になれそうだろ」
土作りや草むしりを手伝う。
長時間やっていると案外きつい。
エリウスも一緒にやるつもりだったらしいけど、急な仕事が入ったらしくて、
木陰でパソコンを開いて作業をしている。
金髪少年「ぼくがおとうさんのひだりてになるよ!」
ミルウスは、左手が不自由な父親の手伝いをするのが好きなようだった。
純真無垢さが眩しい。
僕は、ミルウスくらいの歳には既に捻くれていた。
エリウスを殴ってばかりだったな……。
677: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:43:14.33 ID:jlWIexaqo
金髪少年「おかあさん! たまねぎりっぱなのとれた!」
内縁の妻「上手に採れるようになったわね」
ミルウスはテレサさんと本当の親子のように触れ合っている。
アークイラはその様子を、暖かいけれど、やっぱり疲れた目で見つめていた。
風が吹いた。こっちの春は涼しいな。
お母さんと一緒に野菜や花を育てたことを思い出した。
冬の終わり頃、植木鉢に種を撒いて、春に芽が出たのを一緒に見つけて笑い合った。
あの暑い土地は、僕の体では暮らしにくかったけれど、でも少し恋しくなった。
いつか、またあの村に帰れる日が来るだろうか。
三男「……故郷、恋しくならないんですか」
魔導槍師「碌な思い出がありませんからね」
三男「一生帰らなくても平気なものなんですか」
魔導槍師「私は、できることなら一生帰りたくありません」
魔導槍師「いつか、嫌でも帰らなければならない日は来るかもしれませんが」
三男「……どういうことですか?」
678: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:45:39.22 ID:jlWIexaqo
魔導槍師「国に存亡の危機が訪れた際は必ず駆けつけることが、」
魔導槍師「軍務を離れる条件だったんですよ」
この人はプティアの英雄の息子で、世界最強レベルの魔導師だ。
ただ国にいるだけで、そこらの兵器以上に他国や反政府組織を牽制することができるくらいの存在だと言われていた。
確かに、そう簡単に国がこの人を手放すとは考えにくい。
三男「無視することはできないんですか」
魔導槍師「いつでも呼び出せるよう、国王だけは私の連絡先を知っていますし、」
魔導槍師「体に埋め込まれた発信石により居場所も知られています」
魔導槍師「もし国王の要請を無視すれば、私の父達に私の居場所を教え、無理矢理にでも引っ張っていくでしょうね」
三男「…………」
魔導槍師「命の奪い合いを伴うような争いがない世界であれば、このような力は必要なくなるのですが」
魔導槍師「平気で人の命を奪う人間の気持ちを知っているが故に、」
魔導槍師「争いがなくならない理由もわかってしまうことが悲しいです」
人、殺したことあるのかな。
そりゃ軍人だしな。仕事で悪人を裁くくらいしているか。
679: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:47:16.87 ID:jlWIexaqo
魔導槍師「私は、“人は皆、誰かが命がけで産み落とした大切な存在である”という、」
魔導槍師「ごく当たり前のことを理解できていませんでした」
魔導槍師「……理解できるようになるのが、あまりにも遅すぎました」
魔導槍師「だから平気で他人を見下し、貶め、傷つけてきました」
この人は昔の自分が嫌いで仕方がないらしい。
眉を顰めている。
魔導槍師「ミルウスと出会い、自分がミルウスの父親であるという自覚が強まるにつれ、」
魔導槍師「自分の罪がどれほど重いものなのか……私は漸く知ったのです」
多分、アークイラは、罪悪感に押し潰されそうになりながら毎日を過ごしているのだろう。
どんなに幸せな時でも、素直に幸福を享受することはできないんじゃないだろうか。
魔導槍師「命は全て尊ばれるべきものです」
魔導槍師「自分の存在も、他人の命も、全て大切にするよう心がけなさい」
魔導槍師「他者を傷つけていいのは、傷つけなければ大切なものを守れない時だけです」
三男「……はい」
680: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:48:05.70 ID:jlWIexaqo
昼が過ぎた。
金髪少年「こんどいつくるの?」
魔剣士「いつかなあ……」
金髪少年「うー……」
ミルウスは目に涙を溜めた。
魔剣士「会いたくなったら、いつでも電話かけてくれな」
魔剣士「お父さんのパソコンで、顔見ながらお話しすることもできるからな」
金髪少年「…………」
魔剣士「また絶対会いに来るから、いい子にしてるんだぞ」
金髪少年「……うん」
最後に抱きしめあって、エリウスは運転席に乗り込んだ。
内縁の妻「また来てくださいね」
ユキさん、ユカリと待ち合わせている場所に向かう。
ミルウスは、ずっと車を見つめていた。
……故郷を離れる時を思い出した。あの時も、家族がずっと僕を見送っていた。
魔剣士「あー……やっぱ、ちょっときついな」
エリウスの目が少し充血している。
681: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:48:56.77 ID:jlWIexaqo
魔剣士「ユカリー! つらい思いさせてごめんな!」
ユカリを見つけてすぐ、エリウスはユカリに抱き着いた。
緑長女「……楽しかった? お父さん」
魔剣士「うん」
緑長女「そっか。よかったね」
三男「あっ……」
『……ねえ、アルクス君。エリシアさんって、あなたにとってどんな人?』
テレサさんは、僕がエリシアを知っていることを前提として話していた。
どうしてだろう。
エリウスやアークイラから、昔のことをどう説明されているのかはわからないけど、
僕がアークイラの昔の女を知っていると判断した理由はなんだ。
まさか、エリウスがエリシアだって気づいて……いや、そんな……。
いくらミルウスがエリウスをママと呼んでいるからといって、
本当にエリウスが産んだだなんて思わないだろう。
682: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:49:25.73 ID:jlWIexaqo
魔剣士「静かで良い村だったでしょ」
三男「う、うん」
北に向かって道路を走る。
魔剣士「こっちの国は寒いだろ。風邪引かないようにな」
三男「……おまえこそ。体調崩しやすいくせに」
アークイラは自分の行いを悔いて反省していた。
僕は反省することから逃げ続けていた。
被害者ぶって、自分のことしか考えていなくて。
お母さん以外の家族からの愛情だって蔑ろにしてばかりだった。
南に帰りたい。家族に会って、謝りたい。
683: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:50:06.99 ID:jlWIexaqo
小綺麗な街の宿に着いた。
魔剣士「噴水綺麗だなー」
三男「…………」
広場に面した宿の部屋の窓からは、噴水がある広場が見える。
激しく活気があるわけじゃないけれど、少しだけ屋台も出ていたりして、
行き交う人々の表情は明るい。
魔剣士「何塞ぎこんでんだよ」
三男「……別に」
まず、エリウスに今までのことを謝らなきゃいけないのに。
今更態度を変えるのが恥ずかしくて、どう接すればいいのかわからないんだ。
翌日、エリウスは女モードになっていた。
魔剣士♀「うーミルウスー」
枕を抱えて足をジタバタさせている。
白緑の少女「ミルウス君と会った次の日は、母親として暮らしたかった気持ちが強まって、大抵こうなるんです」
684: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:51:15.99 ID:jlWIexaqo
魔剣士♀「アルクスー」
抱き着かれた。ミルウスの代わりにされているのだろう。
魔剣士♀「母性本能が収まらないよお」
緑長女「お父さん、私、お買いもの行きたいな」
魔剣士♀「いこいこ!」
ユキさんとユカリのエリウスの3人で、仲良く手を繋いで外を歩く。
僕は女3人の後ろ姿をぼうっと眺めながらついていった。
ユカリはエリウスの寂しさを紛らわそうとしているのか、いつもよりたくさん話しかけている。
魔剣士♀「やだーこの服かわいー! でもサイズ合わないな」
魔剣士♀「ユカリ〜ちょっとこれ試着してみて!」
緑長女「うん」
白緑の少女「よく似合いますよ」
魔剣士♀「ユキも着て!」
店主「あの……同じデザインのものをあなたに合わせて仕立てましょうか?」
魔剣士♀「いいんですか!? うれし〜!」
女の買い物は長い。でも、楽しそうだ。
685: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:52:08.57 ID:jlWIexaqo
夕方になるまでショッピングは続いた。
陽が沈んでいくと共に、気持ちも落ち込んでいく。
魔剣士♀「ごめんな〜一日中付き合わせちゃって」
三男「別に」
体力のないエリウスは疲れ切っているようだ。
部屋に入った途端ベッドに倒れ込んだ。
魔剣士♀「あ〜お布団最高〜」
三男「…………」
魔剣士♀「……買い物、退屈だったか?」
魔剣士♀「南じゃ売ってないような物、たくさんあるから面白いかなって思ったんだけど」
三男「退屈じゃ、なかったけど」
魔剣士♀「…………やっぱり、俺じゃ力不足だったのかな」
三男「え……」
686: ◆O3m5I24fJo 2017/08/25(金) 22:52:57.82 ID:jlWIexaqo
魔剣士♀「おまえ、昔から俺のこと嫌ってたもんな」
魔剣士♀「俺と旅するなんて、嫌だよな」
魔剣士♀「……ごめんな」
三男「そんなこと……ない……」
三男「昔は嫌いだったけど……」
喉が絞まるように苦しい。次の言葉が出てこない。
出したくもない涙が嫌でも滲み出てくる。
魔剣士♀「あ、アルクス?」
今はそんなことない、って言いたいのに、声は言葉にならなくて、ただ嗚咽になって漏れた。
690: ◆O3m5I24fJo 2017/08/27(日) 21:00:56.21 ID:lqW1+rX1o
エリウスの隣に座らされて、背中をさすられる。
落ち着くまでちょっと時間がかかった。
三男「……ごめ、んなさい」