430 名前: おさかなくわえた名無しさん 投稿日: 2006/07/12(水) 23:48:51 ID:NVIenhLa
うちは親が共働きなので、小さい頃はよく弟と一緒に祖父母の家に預けられていた。
3つ年下の弟は身体が弱くて喘息持ちだったからあまり外に出られなくて
いつも縁側で祖父と将棋を打っていた。すごくお爺ちゃん子で、お爺ちゃんも弟を溺愛していた。
内向的でおとなしい弟が、将棋を打つ時だけは「これでいいの?」「どうしてそう打つの?」と
にこにこ笑いながら祖父に質問をする、それを見る度に私はほのぼのしていた。
ある日祖父が脳梗塞で倒れた。病院に担ぎ込まれてそのまま入院してしまった祖父を
弟はずっと待っていた。早くお爺ちゃんと将棋を打ちたいって、毎日楽しみに待っていた。
けれど、ようやく帰って来た祖父は脳への影響で思考能力が低下し、将棋を打てなくなっていた。
「お爺ちゃんはお病気になってしまったの」。そう言っても弟には意味がわからない。
待ちかねたとばかりに将棋盤を持って駆け寄ってきた弟に戸惑った顔を見せるお爺ちゃん、
打ち始めたはいいけどゲームにならない、ただ目茶苦茶に駒を進めるだけだった。
不思議そうに将棋盤を見る弟の横で、私はどう説明していいのか判らずに焦るばかり。
弟は眉を寄せて首を捻る、そんな弟を見て祖父が唸り(祖父は麻痺で喋れなくなっていた)を上げる。
気まずい空気がただよう中、急に弟が笑いながら「そっか、わかった!」と手を叩いた。
「そうくるとは思わなかったなあ、じゃあ僕はこう打つよ!」
にこにこ笑ってでたらめに駒を進める弟、お爺ちゃんが駒を進めるたびに
「待った!」とか「やりますな(これは祖父の口真似だった)」と楽しそうに言いながら
駒を進めていく。盤の上は目茶苦茶、ただ適当に駒を動かしているだけ。
一生懸命明るく振舞いながら打ち続ける弟の顔は、何かに耐えるように張り詰めていた。
それを見た瞬間、私は泣き出してしまった。泣き顔を見られたくなくて慌てて庭に逃げた。

その日から弟は祖父と将棋を打たなくなった。でも弟はいつも祖父と一緒だった。
祖父も祖母も5年以上前に亡くなって、家もすっかり取り壊された。
でも、あの日の弟の顔はいつまでも忘れられない。