「俺は剣道で、県大会ベスト10だったからね」
学食で、木浦くんがまた嘘を吐いていた。トーナメント表どんな形してんだ。普通16とか8じゃないのか。
彼は虚言癖だった。入学時は、明るくコミュニケーションが高い事から一瞬だけ中心的な人物になったが、嘘の精度が低く頻度が高いので徐々に皆とは疎遠になった。
何も信じていない僕らと話すことも少なくなり、入っていた映画サークルに顔を出すことも少なくなっていた。
しかし進級し後輩が誕生したことで、木浦くんは水を得た魚のように毎回サークルに現れるようになった。
僕らが会議をしていると、後輩の隣にいきなり座り、自分の嘘しか無い武勇伝を披露していた。ものすごく邪魔だった。
長らく嘘が吐けていなかったからか、嘘の精度は以前より下がっていた。彼はめちゃくちゃヒョロガリなのだが、とにかく喧嘩が強いとアピールしていた。
ヤ◯ザの車にガムを吐いて、出てきたヤ◯ザをボコボコにしたと言っていた。どういう人生を歩めばそんな事が言えるんだ。
邪魔だと思いつつも皆が止めないのは、なんか可哀想だからという情と、みんなわりと好き勝手喋っている空気と、どんな嘘を吐いているのかという好奇心からだった。
特に僕はこの好奇心が強く、彼が来るともう会議なんて頭に入らない。どんな映画を撮ろうとかどうでもいい。どんな虚が飛び出すのか、それだけが気になって、彼の発言を聞くことに全力を注いでいた。
「俺が実際にヤンキー4人をボコボコにしたパンチの打ち方を教えてやるよ」
木浦くんがパンチのレクチャーを始めた。めちゃくちゃ気になる。
ガリガリで格闘技の経験も無いはずだ。どんなパンチを教えてくれるんだ。
「相手に当たる瞬間に、手を握るんだよ。俺はこれで何人も倒してきてる」
あ、先週TVでやってたやつだ。と、すぐに気づいた。
格闘家がチョロっと話してた。たしか、握力とは握ったその瞬間が最大値らしく、一番硬いパンチが打てるみたいな話だった。
ああ、それか。と、聞き耳を立てていたら、後輩が質問した。
「何で当たる瞬間に握るんですか?」
流されることが多く、疑問を直接ぶつけられる事が少なくなってきていた木浦は、面食らった顔をしていた。
「えっ? そ、それは、えーと……」
そこまでは知らなかったのか。
木浦が狼狽する。よくそんなわずかな知識でレクチャーを始めたもんだ。
どうするんだ……?
そう思いながら眺めていたら、
絞り出すように声をあげた。
「当たる瞬間に握って、
ホホをエグるんだよ!」
凄いパンチ持ってた。
それパンチなのか。
しばらくして後輩にも嘘が一巡し、木浦はサークルに来なくなった。
年度末、「単位足りなくて進級出来ない」と言っていた。
それは、嘘じゃなかった。