ヴィンテージ写真の収集家ジャック・ウィルガスとビバリー・ウィルガスは、目に傷があるにも関わらずハンサムな男性が写っている19世紀の写真(ダゲレオタイプ)を入手した経緯については忘れてしまった。
それは30年以上も前の話だ。写真から撮影場所や時期についての手がかりを得ることはできない。また男性の正体や先細の棒を持っている理由も分からない。
ウィルガス夫妻は、棒は銛(もり)で、彼が片目でまゆに傷があるのはクジラとの遭遇の結果だと勝手に想像していた。
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クジラ漁師と思い込んでいた夫婦
夫妻が怪我をしたクジラ漁師だと思い込んでいたその写真はしばらく自宅の棚に飾られていた。
2007年12月、ビバリーはその写真のスキャンをフリッカーに投稿した。タイトルは「銛を持つ片目の男」だ。
ウィルガス夫妻が所有していたフィネアス・ゲージのタゲレオタイプimage credit:wikipedia
すると、すぐにクジラ漁に詳しい人物から銛(もり)ではないと反論がきた。さらに数ヶ月後、フィネアス・ゲージではないかというコメントが寄せられた。
ビバリーはフィネアス・ゲージについてはまったく知らず、ネットで調べることにした。そこで判明したのは彼の数奇な運命であった。
鉄棒が頭に貫通するも奇跡の生還を果たしたフィネアス・ゲージ
1848年、当時25歳だったゲージはバーモント州カベンディッシュで鉄道の路盤建設現場の監督を行なっていた。
9月13日、岩盤に穴を開け、そこに火薬を入れて突き棒で突き固めるという作業を行なっていた際、火薬に火花が引火してしまった。
長さ約109センチ、直径約3センチ、重さ約6キロの鉄棒が弾け飛び、ゲージの左頬を貫通。脳を通過して頭蓋骨から飛び出ると、数十メートル先に落下した。
左目は失明したが、意識は失わなかったようで、その日は医師にしっかり状況を説明することができた。
事故で一命をとりとめたことだけでも有名になれただろうが、彼の名はジョン・マーティン・ハーロウ医師の診察によって歴史に刻まれた。
事故後、まるで別人のように性格が変わったフィネアス・ゲージ
ゲージはすっかり変わってしまった。
そのことにまず友人が気がついたとハーロウは記している。
「知能と本能」のバランスはすっかり崩れてしまったようだった。ゲージは計画通りに物事を行えなくなり、「どぎつい罵り(ののしり)」を呟き、「仲間への敬意」もまるで示さなくなった。
それまで彼を模範的な現場監督と評価していた鉄道建設会社だったが、職場への復帰は認めなかった。
そのためゲージはニューハンプシャーで仕事を得て、やがてチリで長距離乗合馬車の御者として働くようになる。
それからサンフランシスコの親戚の元に身を寄せるが、そこで痙攣を起こすようになり1860年5月21日、36歳で亡くなった。
2010年にゲージと特定されたもう別の写真。ゲージの親戚の子孫が所有している。
image credit:wikipedia
神経科学史上最も有名な患者となる
しばらくするとゲージは神経科学史上最も有名な患者となった。脳の外傷と人格の変化に関係があることを示す初の症例だったからだ。
メルボルン大学のマルコム・マクミランの著書によると、心理学の入門書の3分の2に彼の症例が記載されているそうだ。
今日でさえ、ウォーレン解剖学博物館が所蔵するゲージの頭蓋骨と突き棒と生前に作られた頭蓋骨の複製は、コレクター垂涎のアイテムである。
ゲージは時間の経過とともにさらにその性格が変化していった。不機嫌な呑んだくれと形容されるようになっていた。
だが写真の男性はきちんとした身なりで、自信に溢れている。
棒にはゲージによって銘が刻まれていた
ビバリーはこの人物の正体を確かめるため、ウォーレン博物館にメールで写真のスキャンを送った。最終的にそれを受け取ったのが、ハーバード大学医学史センターのジャック・エッカートだ。
驚きの瞬間と彼は回想する。ゲージに違いなかった。鉄の棒を持った姿でポートレートを撮る片目で額に傷のある男性が19世紀に何人いただろうか? しかも棒に銘まである。
ウィルガス夫妻は銘には気がついていなかった。ダゲレオタイプは7×8.2センチでしかないのだから当然だ。
2009年3月、ウィルガス夫妻はハーバードへ赴き、写真を頭蓋骨の複製マスクや突き棒と比較してみた。
突き棒にはゲージの生前に彫られた文字がある。
そこには「この棒はミスター・フィネアス・P・ゲージの頭を貫通したもの」と書かれていた。名前のスペルが間違っていたそうだ。
References:Phineas Gage / smithsonianmag/ written by hiroching / edited by parumo
追記(2018/3/31): 本文の一部を修正して再送します
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コメント
1. 匿名処理班
やっぱ脳が傷つくのはやばいんだなって
2. 匿名処理班
エクストリームロボトミー手術になってしまっんだね。しかし人間の性格とはなんだろう
3. 匿名処理班
ぼく知ってるよ!ロボットみたいな名前のアレだ!
4. 匿名処理班
フィアネスじゃなくてフィネアスじゃなかったっけ。
5.
6. 匿名処理班
この太さが貫通して即死しないのかよ
信じられねえ…
出血も止めようが無くない?
7. 匿名処理班
しかし可哀想な話だな。鉄道会社は現場で役に立たなければ用無し扱いかい。今と違って危険な仕事でも保険加入なんて制度も無かったろうし、本当に当時の労働者は事故を受けたら丸損だったんだね。
8. 匿名処理班
頭に矢を受けてしまってな
9. 匿名処理班
中学生だったときに友達が交通事故にあって、頭を酷くうったんだけど、
事故後は些細な事でも激昂するようになったなぁ。
退院してきて、皆でビックリした記憶があるよ。全然違うやつに生まれ変わったみたいでさ。
10. 匿名処理班
現在では高次脳機能障害と捉えられているけど、人の性格とは何かと考えてしまう
11. 匿名処理班
シカゴ・ホープって医療ドラマにもあった
上記と同じく人格が変わってしまった夫に翻弄される妻は
夫との新しい人生がはじまる、みたいな事言ってたいした落ちもなく話は終わる