71 :水先案名無い人 :03/10/01 23:48 ID:YwRgQmAo
夢路いとし師匠が亡くなった翌日、私は妻とともに散歩に出かけた。
まだ秋だと言うのに木は寒々としている。
人々の表情は不安と無気力に満ち、額から流れるサラリーマンの汗が太陽光を反射していた。

「古き良き漫才の時代は終わったんやな」
昨日までとある国立大学に勤めていた斎藤さんが、悲しげな顔で私たち夫婦に言った。
「ほんまですわ、これからは力技で客を笑かす時代ですねんな」
普段は滅多に話に加わらない妻の靖子が、斎藤さんの肩に手を置いて優しく言った。
「笑という字を見てみなはれ。犬が竹篭かぶって笑わせてるんとちゃいまっか」
通りがかりの髪の長い中年男がそう言って微笑んだ。

ロックンローラーは長年使ってきたギターを質に入れ、黒光りするマイクを購入した。
「ロックはもうやめや。これからはしゃべくりで天下とったろやないか」
魂を受け継いだ芸人の表情で男は言った。

青空のなかををツバメが横切っていった。