【ガルパン】ある朝起きると、逸見エリカは一匹の巨大なワニに変身していた
- 2018年04月17日 19:40
- SS、ガールズ&パンツァー
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早朝。学園艦黒森峰女学園の戦車道練習用グラウンドで。
私こと西住まほ以下、戦車道履修者たちは一向に現れる気配のない逸見エリカを待ち続けていた。
日課の朝練である。
いつもならエリカは誰よりも早くやってきて睨みを利かせているのだが、今日に限っては定刻を過ぎても姿を現していなかった。
まほ「仕方ない、呼びに行ってくる。エリカが寝坊するとは思えん。連絡も出来んほど体調を崩してるのかもしれない」
赤星「それなら私が……」
まほ「いや、あいつも弱った姿をあまり見られたくはないだろう。お前たちは先にいつものメニューを始めていてくれ」
告げて、私は練習場を後にし寮へ向かう。
ああは言ったが、エリカも人間だ。寝坊することもあるだろう。
あいつは私の中で次期隊長に内定している。
これから指揮する相手に弱みを見せたがる性格でもないし、ここは私が一肌脱いでやるとしよう。
扉をノックする。返事はない。
まほ「本格的に寝坊か……? ふふっ、隊長である私の声にも反応しないほどぐっすりとは、可愛いところもあるんだな」
私は腰のホルスターから、代々黒森峰の隊長に伝わっている懲罰用拳銃を引き抜いた。
まほ「仕方ない。エリカ、入るぞ」
鍵はかからないようになっている。私は銃を持っている方とは逆の手で躊躇なくノブを捻り、部屋の中に踏み込んだ。
これまでにも何度か入る機会はあったが、相変わらずエリカの部屋は酷く小ざっぱりとしている。
机とその上の教科書文房具類。小さな本棚。金属の目覚まし時計。ベッド。ベッドにのっそりと横たわる巨大なナイルワニ。
……ワニ?
ワニ「……」
まほ「……」
爬虫類特有の、あの縦に裂いたような細い瞳孔がゆっくりと動き、私の視線と衝突した。
まほ「邪魔したな」
即座に扉を閉めて廊下に戻る。西住流で鍛えられた判断力の賜物である。
おまけにアホみたいにでかい。確実に5m以上はあったぞ。
そういえばナイルワニは海水に耐性があり、海中で暮らす個体もいるという。
もしや何かの拍子に学園艦に入り込んでしまったのか……?
まさかエリカが寮の一室で巨大ワニを飼育しているやべー奴だったということはあるまい。
エリカは真面目な子だ。少しだけ堅い部分があるが、その分信用は出来る。
まほ「そうだ。肝心のエリカはどこだ?」
ぱっと見て、部屋の中には居なかった。外に出ているのなら朝練に参加している筈。
ならばやはり部屋の中にいて、それでいて姿が見えないということは――
まほ「貴様っ、私の可愛い後輩を喰ったな!?」
バタン! と扉を蹴破って再突入。音と衝撃に反応して、その巨体からは想像も出来ないような敏捷さでワニが振り向いてくる。
まほ「だが遅い! 喰らえ西住流殺人拳……!」
西住流殺人拳は西住流に伝わる殺人拳である。拳が掠っただけで相手は"ボン!"だ。
だがワニは人間じゃなかったので効かなかった。
ワニ「グォオオオオオ!」
まほ「わ、わぁああアアア!?」
こちらの拳をぺしりと尻尾で打ち払うと、ワニはその巨大な顎門で私を噛み千切ろうと襲い掛かってくる。
まほ「よ、よせ! 話せばわかる! 暴力はよくないぞ!」
物凄い力で閉じようとしてくる上顎と下顎を右腕と足を使って全力で押しとどめながら、私は説得を試みた。
誠意があれば伝わる筈だ……! 左手でポケットの中に入っている筈の実弾を探りながら祈る。今拳銃に装填されてるのは懲罰用ゴム弾なのだ。
駄目だった。やはり所詮は畜生か。
まほ「くっ、エリカ……! 私に力を貸してくれ!」
と、その時である。
ワニ「……」
まほ「ぬぉぉぉぉおおお……ん?」
唐突にワニが力を抜いた。私に喰らいつこうとしていた顎を引き、のそのそとベッドの上に戻り、こちらをじっと見つめてくる。
なんだ……? 疲れたのか? いまの内に実弾に入れ替えておこうかとも思ったが、よく考えたらこのサイズのナイルワニは拳銃弾くらいなら弾き返すのだ。
ちなみに私が先ほどからちょくちょくワニに詳しいのは、全てエリカからの受け売りである。どうやらあいつはワニが好きらしい。
ことあるごとにわにわに言ってたから間違いないだろう。
そのことを思い出して、ふとある仮説が私の脳裏をよぎる。
いや、まさかな。
しかし、もしかすると……
私は恐る恐る、ベッドの上からこちらを見つめるワニに言葉を投げかけてみた。
まほ「お前……エリカなのか?」
このワニが力を抜いたのは、私が『エリカ』という名前を出した途端だった。
改めて見てみると、誰にでも噛み付こうとする剣呑な雰囲気はどことなくエリカに似てないこともない。
違ったらティーガーに支援砲撃を要請してエリカの部屋ごと爆砕しよう。
そして、私の言葉にワニは、
ワニ「……」
こくん、と首を上下させて見せたのだった。
ワニ「……」
まほ「全裸じゃないか!? 年頃の娘がはしたない!」
戦車道は乙女の嗜みだというのに。
だがワニの姿では着替えることもできないだろう。しょうがないので、私はエリカの箪笥からパンツを取り出した。
まほ「せめて下着だけでも……お前凄いのはいてるんだな……」
ワニ「グォォオ……」
まほ「分かった分かった。そう急かすな」
パンツを広げて下半身へ。当然、尻尾を通すための穴などないので、仕方なく足を入れる穴の片側に突っ込む。
そのままずり上げていくが、
まほ「あっ」
ビリッ、という破滅的な音と共に、布地が裂けて用をなさなくなる。
私は失敗失敗、と反省して次のパンツを取り出した。
そもそも尻尾の根元が太すぎて人用の下着では無理だと気づいたのは、エリカの所持する全てのパンツを引き裂いた後のことである。
まほ「ダイエットが必要だな?」
とりあえず制帽だけ頭に乗せて良しとしておこう。
ワニ「グォ……」
まほ「それは……私にも責任があるな。確かにお前には憎まれ役を任せてしまっていた。大変だったと思う」
ワニ「ガァ」
まほ「だが、そうは言っても、だ。事前に何の相談もなく、いきなりワニになるというのはやり過ぎだと思わないか?」
ワニ「キュイ」
まほ「なるほどな……抗議のつもりだったのか? しかし、腹に据えかねたからと言って何をやっても許されるというわけではないぞ?」
ワニ「ガォ……」
まほ「いや、分かってくれればいいんだ……ふぅ。やれやれ、何言ってるかさっぱり分からん」
何を言っても低く唸るだけのワニに、一人芝居も飽きて肩を落とす。
……なんか腹が立って来たな。
私がわざわざ出向いてやったというのに、なんでこいつはワニなんかになってるんだ。
私だって大変なんだぞ。お母様は怖いし、みほは大洗に行っちゃうし、最近はシャワーの出も悪いし。
まほ「おい……聞いてるのか、エリカ、おい」
ワニ「グア?」
まほ「グア? じゃない」
ぺしり、と頭を叩く。
ワニ「グオオオオオオオオ!」
まほ「うわぁぁあああああおおおお!?」
突然激昂して襲いかかってきたワニを再び両手で食い止めた。
あ。まさかワニに変身したのも、私をパワーで亡き者して隊長の座を奪う為では……?
まほ「させるか、西住流に敗北はない。みほ、私に力を貸してくれ……!」
と、私が言ったところで。
ワニ「……」
まほ「?」
エリカは急に力を抜き、私をベッドの上に残して距離を取った。さっきもこんなことがあった気がする。
そこでふと、ある仮説が私の脳裏をよぎる。
いや、まさかな。
しかし、もしかすると……
私は恐る恐る、ベッドの上からこちらを見つめるワニに言葉を投げかけてみた。
まほ「まさか……お前、実はエリカじゃなくてみほ」
ワニ「ギャギャルルルルル!」
まほ「ぬぉぉぉぉおおお!?」
私の台詞を遮って、ワニは何か物凄い回転をしながら飛び掛かってきた。
絶対に食い千切ってやる! そんな意志が形となって表出したかのような技だ。
名付けるなら戦・天鰐抜刀牙というところだろうか……ワニの牙は本来捕獲用であり、噛み千切る為の回転と組み合わせたこの技とは相性が抜群だ。
なんて考えてる場合ではない! エリカ(みほはこんな攻撃しない)の牙がびっしり生えた顎が目の前にせまっていた。
まほ「西住ターン!」
西住ターンは西住流に伝わるターンである。咄嗟に発動させ、無敵時間を利用して敵をすり抜ける。
躱されたエリカはそのままベッドに突っ込んだ。轟音と共に寝台が捻じれて破砕。こいつ、まじで私を殺りにきたな……?
まほ「そうか……人の心を失ってしまったんだな……なにか、なにか手はないのか!? 誰か、エリカを助けてくれ!」
私は付けっぱなしにしておいた咽頭マイクに手を伸ばした。56口径8.8cmの雨で粉々にしてやる。
だが、その支援砲撃の要請は中断せざるを得なかった。
まほ「……穴?」
そう、破壊されたベッドの下から、底を見通すことのできない深い奈落が現れたからである。
マグライトの灯りを頼りに、私は暗い通路を進んでいた。
ベッドの下にあった例の穴はどうやら人為的なもののようで、ご丁寧に縄梯子が掛けてあったので降りてきたのだ。
底まで降りた後、横穴を見つけたのでこうして進んでいるわけだが……
まほ「まるで地下洞窟だな……」
もちろんここは学園艦なので周囲の材質は土ではなく鋼材だ。どうやら隔壁なんかをぶち破って穴を掘ったらしい。たまにパイプがむき出しになっていたりする。
ちなみにエリカは大技を使ってMPが尽きたのか、部屋の隅で動かなくなってしまったので置いてきた。
まほ「む……明るい……? それに水浸しだな」
広い空間に出た。学食くらいの広さはあるかもしれない。天井からは裸電球がぶら下がり、ジジ、と音を立てて最低限の明るさを提供してくれていた。
その光は、眼前に広がる巨大な水面を映し出している。まるで地底湖のようだ。暗くてどのくらい深いのかは分からないが、結構な水量に見える。
そして何より、蒸し暑い。手を浸してみると、どうやらこれはお湯らしかった。
まほ「いったい、これはどういう……」
「……隊長? その声、隊長ですか?」
聞き覚えのある声が響いた。
この声は……そうだ、私があいつのことを間違える筈はない。
まほ「エリカ!? エリカなのか!?」
エリカ「隊長ぉ!」
まほ「どうやって先回りしたんだ!? それに人間の姿に戻ってる!」
エリカ「え? は、あ? 人間? 先回り?」
混乱した様子のエリカ。だが私はもっと混乱していた。部屋に置いてきた筈のエリカがここにいることもそうだが、それより、
まほ「……お前、なんて恰好をしてるんだ……」
そう、エリカがいるのは水面を挟んで向こう岸。
そこにある、ワニとハンバーグを象った祭壇のようなものの真上に、荒縄で簀巻きにされた挙句吊り下げられているのだ。
まほ「なんだか凄い楽しそうなことになってるな。邪魔しちゃ悪いし、私は帰ろうか?」
エリカ「ちょっ、待ってください! 楽しいわけないでしょう!」
まほ「そうなのか? 恥ずかしがることはないぞ、趣味は人それぞれだと思うからな」
エリカ「そう言いつつ、どんどん遠ざからないでください!」
だって関わり合いになりたくないからな、学園艦の底でひとりSMかますような奴とは。
まほ「エリカ、お前どうやって自分で自分を簀巻きにして吊るしたんだ?」
エリカ「だから違うって言ってるでしょーが!? 自分でやったんじゃなくて、吊るされてるんですよ!」
まほ「誰に?」
エリカ「ワニカ達に!」
ワニカ? と、私が疑問符を浮かべていると、エリカは「見せた方が早いわね……」と呟くや否や。
エリカ「わにぃーーーーー!」
なんて、いきなり奇声を放った。地下空洞にわにー、わにー……とエリカの叫びがエコーする。
すると、呼応するように目の前の水面がいくつも盛り上がり始め……
ワニ「……」
ワニ「……」
ワニ「……」
ざぱぁ、と数十匹のナイルワニ達が浮上し、顔だけを水面から出した。全員が私に背を向け、エリカの方を見ている。
まほ「なんなんだこの無数のワニは……怖い」
エリカ「こいつらです! こいつらに簀巻きにされたんですよ私は!」
まほ「ワニに簀巻きにされるというのも怖いが……ええと、疑問は尽きないが、とりあえず何でワニがこんな大量に?」
エリカ「え? そ、そんなこと、どうでもいいじゃないですか!」
まほ「いや、どう考えてもどうでもよくはないだろ……というか、露骨に話題を逸らそうとしたな」
エリカ「ぎくっ」
まほ「そもそもお前の部屋にここへの入り口があったわけだし、確実に何か関わっている。違うか?」
エリカ「ぎくぎくっ」
まほ「まあ話したくないというなら別にいいぞ。上に戻って、コンクリート流し込んで蓋をして貰うだけだ。船舶科に頼めばいいかな?」
エリカ「は、話します! 話しますからっ!?」
しばらく前、海を漂っていたナイルワニの幼体が何匹か水産科の網にかかったのだという。
本来、ワニが漁業網に掛かった場合、危険なので打ち殺すのだが、偶然そこに通りかかったエリカが保護した。
しばらくは部屋で飼っていたのだが、どんどん大きくなって飼育スペースに困ったため、部屋の床をぶち抜いて拡張。
さらにパイプからお湯を引くなどの違法努力の末、かくして地下にエリカ率いるワニの一大帝国が築かれたというわけだ。
ちなみにワニカというのは、先ほど部屋で出会った一際巨大な個体のことらしい。ギュスターヴにも負けない、とはエリカ談。
そんなエリカの告白を聞いて、私はひとつ頷いた。
まほ「じゃ、私はこれで」
エリカ「待って待って待ってください! 可愛い後輩を置いていく気ですか!?」
まほ「ああ、すまんすまん。ついびっくりして、心にもないことを言ってしまった」
まほ「ついでにいうと正直、これが現実と思いたくなかったし」
まほ「さらに言うなら、公共物である学園艦の1スペースを私物化したうえ
そこで危険生物を繁殖させるやべー奴とは最悪もう会えなくてもいいかな……と思ったものだから」
エリカ「ついびっくりして、という割には大分思考を回してますね……」
エリカ「そうなんですよ、この子ら育てて貰った恩も忘れて……! 薄情者! 薄情わに!」
じたばた暴れてぶらぶらと揺れるエリカ。天井から降り注ぐ罵声に、ワニたちも心なしかげんなりしている様子だ。
エリカ「その点、さすがは私の敬愛する隊長です! 行方不明の私を探して、ここまで来てくれたんですから!」
まほ「ああ、そうだな。部屋に入った時、おおよその事情は悟った」
エリカ「さすが西住流……! 一生ついていきます。なので降ろしてください!」
まほ「ただひとつ分からないのは、反抗されたにしては処置が手ぬるいことだが……」
エリカの身体には、見る限り傷一つない。縛られているだけである。
骨も残さず食べられていれば後腐れなかったのに。
私がそうやって考え込んでいると、いつのまにか一匹のワニが私の足元に近づいてきていた。
ワニ「……」
まほ「うわっ!?」
すわ奇襲攻撃かと思ったが、襲ってくる様子はない。ただこちらを見上げて、長い口を突き出してくる。
まほ「……なんだ、何かを咥えてるな。紙切れ……?」
エリカ「!? た、隊長、見ちゃ駄目です! きっと不幸の手紙とかですよ!」
エリカが冷や汗を流しつつ慌てた様子で叫び始めたので、私はワニの差し出してきたそのA4用紙を躊躇なく受け取った。
なにやら手書きで文字が書いてあるな。なになに――
エリカ「な、なんですって……! この子達ったら何て邪悪な計画を立てていたのかしら!」
まほ「作戦立案by逸見エリカとあるが」
エリカ「罠です! これは巧妙な罠です隊長!」
戯言を聞き流しつつ、計画書を読み進める。
まほ「ふむふむ。『100匹のワニを大洗女子学園に放ち、戦わずして元副隊長を倒すわに!』か……なかなかの知将ぶりだな、エリカ」
エリカ「だ、だから違いますって……この子達が企んでたんですって……へへ……」
いや、どう見てもエリカの字だしな。
あまつさえデフォルメされたみほがワニに頭を噛まれ、「ひゃ~、やっぱりエリカさんには敵わないよ」などと吹き出し付きで喋っている落書きまで添えられていた。
そういえば上にいたワニカも、私が「みほ」と口にした瞬間に大技を仕掛けてきたな。そういう訓練を受けていたということか。
どうやらワニ達は、この非人道的な計画に従えず離反したらしい。
それでいて育ての親であるエリカを傷つけることもできず、こうして縄で縛るにとどめたのだろう。そうか……
まほ「さよなら」
エリカ「いやァァァ!? ちょっ、待ってください! 不肖逸見エリカ、正気に戻りました!」
まほ「お前が黒幕だと認めるんだな?」
エリカ「その通りです! ついうっかり魔が差しました!」
まほ「もう隠していることはないか?」
エリカ「フューラーに誓ってありません! だからその物騒なものおろしてください!」
言われて、無意識に抜いていた拳銃をホルスターに戻す。
まほ「噂になってるのか。一応、極秘事項なんだがな」
エリカ「都市伝説かと思ってました……引き継ぎ時に実弾を3発支給されるっていうのはほんとですか?」
まほ「まあな。どうせお前に引き継ぐんだから、その時にきちんと説明するよ」
エリカ「え、それって……!」
言外に次期隊長であると言われて顔を輝かせるエリカ。
そう嬉しそうな顔をされると、衝動に任せて引き金を引かなくて良かったと思えるよ。
1年前とは状況も違うし、噂の出所も確かめなければならないし、実弾は残り2発だけだから大切にしないといけないしな。
まほ「さて、お前たち、エリカを降ろしてやってくれ」
ワニ「……」
まほ「大丈夫。あいつの面倒は私がしっかり見ておくから、な?」
縄を解かれ、ワニの背に乗って水面を渡り、こちら岸へ来たエリカがぐぃーっと伸びをする。
まほ「しかし、爬虫類如きがどうやって天井から縄を……と思っていたが、まさかあのような方法があるとは……」
エリカ「私も驚きましたよ、寝てる間のことでしたからね。まさかあの子たちが梃子の原理をあんな風に応用して……」
まほ「睡眠中を狙われたわけか。道理でパジャマ姿なわけだ」
エリカ「……あんまり見ないでください。渡ってくる際に結構濡れちゃいましたし……早く上に戻って着替えたいです」
まほ「そういえばお前のパンツ、全部あの巨大ワニが引き裂いてたぞ」
エリカ「ええっ!? ワニカがなぜそんな暴挙を!?」
たわいない話をしながら来た道を戻る。縄梯子を登る時は、エリカに先行させた。
私はスカートだし、万が一あの巨大ワニがMPを回復させていたとしても、エリカを囮にして逃げられるだろう。
まほ「そういえば、そのワニカとやらだけ何故上に?」
エリカ「私の不在を誤魔化す為に入れ替わりを試みる、って言ってました」
まほ「言ってたのか」
エリカ「ええ、言ってました」
まほ「……お前はワニの調教師とかに向いてそうだな」
エリカ「ちょっと隊長、褒めすぎですって!」
エリカのやたら嬉しそうな声が頭上から響いてくる。
世の中、知らなくてもいいこともある。人の真意などはその中でも筆頭だろう。
まほ「ああ、ありがとう」
縦穴から這い出て部屋に戻ってきた。部屋の惨状を確認して、エリカが肩を落としている。
エリカ「ほんとに私の下着がばらばらになってる……ベッドも真っ二つじゃない」
まほ「全部ワニカがやった」
エリカ「良い子だと思ってたのに……姿も見えないし。怒られると思って逃げた? 教育を間違えたかしら……」
ぶつぶつとつぶやき出すエリカ。私は話題を変えた。
まほ「そういえば下にいるワニの群れはどうするつもりだ?」
エリカ「どうとは?」
まほ「……あのまま飼う気じゃないだろう?」
私が指摘すると、そのつもりだったらしいエリカがはっと顔を青褪めさせる。
エリカ「ま、まさか……私の手で皆殺しにしろ、と……?」
まほ「言わん言わん。どれだけ私は鬼畜なんだ」
エリカ「お、お願いです隊長。許してください。み、みんな私の子供も同然なんです」
まほ「……お前が私のことをどう思ってるか、あとで確かめる必要があるな……」
まほ「とにかく、落ち着け。ワニ達を殺すつもりはないから」
エリカ「本当ですか? そうやって安心させて、今日の夜私がご飯を持っていったらあの子たちがぷかぷか浮いてるとか、そういう展開はありません?」
まほ「ない」
エリカ「良かった……でも、黒森峰には動物園なんかありませんし、海に逃がすのも……」
まほ「聞け、エリカ。もちろん案はある」
安心させるように、笑みを浮かべながら告げた。
まほ「奴らは全員、地獄に引き取ってもらう」
エリカ「や、やっぱり殺す気なんですね!?」
まほ「違うったら。地獄は地獄でも、大分の鬼山地獄だ」
エリカ「ええっ、鬼山地獄、別名、ワニ地獄とも呼ばれている、大分県にあるあのワニ園ですか!?」
まほ「そうだ。大正十二年に地熱を利用してワニ飼育を始めた、日本最古のワニ園だな」
エリカ「入場料400円でとてもリーズナブル……あっ、しかも私たちは高校生料金だから300円ですね!」
まほ「毎週水・土・日曜日に行われている餌付けショーが目玉だな。迫力あるワニの姿を見ることができるぞ」
エリカ「なるほど。鬼山地獄のベテラン飼育員さんたちになら、確かに安心してお世話もお任せできます」
まほ「気軽に、とはいかんが、隣県なら長期休暇なんかの折に会いにも行けるだろう?」
エリカ「隊長、そこまで考えてくださるなんて……」
実を言えば、アウシュヴィッツ式処理や海への投棄も考えたんだがな。
戦車道履修者の不祥事・醜聞が表沙汰になると、私の進路にも響く。
とりあえず地下空間については、パイプを修理して床を張りなおせば誤魔化せるだろう。
いずればれるだろうが、その時、既に私は卒業している筈だ。
まほ「さ、みんなも心配している。はやく朝練に戻るぞ」
エリカ「了解です……ところであの、なんか外が騒がしくありませんか? どんな指示を?」
まほ「? いや、ごく普通の練習メニューだが」
そして、わたし達は窓の外を見る。
私はドイツの下宿先でテレビを見ていた。日本で行われた戦車道全国高校生大会の決勝、その速報が流れている。
リポーター『第64回戦車道高校生大会、優勝おめでとうございます!』
エリカ『ありがとうございます!』
リポーター『前年度の覇者、大洗女子学園を下し、見事雪辱を果たしたわけですね。
かつて黒森峰は高校戦車道の覇者と呼ばれていましたが、再びその覇道を歩む狼煙となるのでしょうか!』
エリカ『もちろんです! 私自身は今年で卒業ですが、私の鍛え上げたチームは最高ですから!』
リポーター『対する大洗女子チームを率いる西住みほ選手からもコメントを頂いています。みほさん、戦ってみて如何でした?』
みほ『去年までの黒森峰とは完全に別物でした。全体的な練度の底上げもそうですが、何より驚いたのは戦術の変化です。
決勝で突如見せた巧みな待ち伏せと、そこからの的確で苛烈な攻撃。あれには手を焼きましたよ、エリカさん』
エリカ『あなたを倒すために用意していた戦術だもの、当然よ。むしろ即座に対応してきたそっちにこそ驚かされたわ』
リポーター『素晴らしい、武道を通して育まれる友情! 大和撫子とはかくあるべきといえるでしょう!』
リポーター『それでは大洗隊長西住みほさん、通訳の逸見エリカさん、ありがとうございました』
リポーター『最後に黒森峰隊長、ワニカさん。生の声をどうか一言』
ワニ『ぐおおー』
エリカ『応援ありがとうございます。西住流を修める者として、これからも日々、精進していく所存です、とのことです』
リポーター『はい、ありがとうございました!』
リポーター『この後は黒森峰を優勝に導いた黒森峰の隊長、逸見ワニカさんの特集を放送します。
マダガスカル出身のワニカさんは前大会の後、突如として黒森峰に現れました。
しかし適切な訓練指導で現副隊長の赤星小梅さんを始めとする隊員たちの心を掌握。彼女達からの強い要望で隊長に抜擢され――』
制帽を被った巨大なワニの上半身を、嬉しそうに抱きかかえるエリカがアップになった辺りで、テレビを消す。
まほ「……」
マナーモードにしたスマホが先ほどから小刻みに振動を繰り返している。取り出してみると、お母さまからの着信が213件。
結局、言い出せなくて逃げるように留学したからな……私はスマホを、窓からハノーファーの街並みに投げ捨てた。
静寂を取り戻した部屋の中。ソファに体重を預けて、呟く。
まほ「うむ、相変わらずみほは可愛かったな」
満足げに頷いて、私は現実逃避するように本場のビールを飲み干したのだった。
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コメント一覧
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- 2018年04月17日 19:47
- やってきたわに!
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- 2018年04月17日 19:54
- なんやこれ…
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- 2018年04月17日 20:04
- こち亀でありそうなネタだな
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- 2018年04月17日 20:05
- 『へへ…』じゃねぇよw
お前は小悪党のチンピラか。
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- 2018年04月17日 20:07
- 鬼山地獄の唐突な宣伝に草
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- 2018年04月17日 20:41
- ポンコツまほ姉とポンコツエリカすき
なぜかワニカはピンク色の巨大なワニの姿でイメージされた
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- 2018年04月17日 21:25
- カフカの変身を思い出した
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- 2018年04月17日 21:28
- ピンクのワニ・・・そういえば昔「はりもぐハーリー」ってアニメにそんなワニのキャラがいた記憶がある。
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- 2018年04月17日 21:36
- 来るんだよ……白いワニが来るんだよォォォォォォ
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- 2018年04月17日 21:39
- 悪魔六騎士・ワニ地獄の番人「逸見エリカよ、貴様は中々見所がある…。このまま人間にしておくのは惜しい。悪魔超人に転生して俺の後任になる気はないか?」
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- 2018年04月17日 21:46
- ワニって口を閉じる力だったか開ける力がとんでもないんだが、それを対処してしまう西住流すげぇ
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- 2018年04月17日 21:48
- このまほ姉ポンコツの割に有能だな……
そして実弾一発誰を打った
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- 2018年04月17日 22:24
- ワニの噛む力ってキロじゃなくてトンクラスやぞ…
足はいいとして右腕一本で対抗するとか、まほはサイヤ人かなにか?
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- 2018年04月17日 22:44
- 変身か
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- 2018年04月17日 23:14
- たった一文字の誤植から生まれたエリカ=ワニ好きの風潮恐るべしwww
しかもフェイズエリカの単行本読む限りだとエリカの鞄にワニのアクセサリーついてたりともはや半ば公式と化しつつあるww
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- 2018年04月17日 23:38
- 夏目漱石「西住ちゃん」とかを書いてた人が今度はカフカの「変身」風な黒森峰SSを書いてくれたのかと思ったらまるっきり違った・・・・。
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