喪黒福造「あなたは、お父様を超えたいのですね?」 病院院長「そりゃあ、もう……」
ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。
この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。
そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。
いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。
さて、今日のお客様は……。
二階堂悠樹(50) 病院院長
【二世院長】
ホーッホッホッホ……。」
新都駅と周辺の市街地。さらに、その先にある病院。
二階堂総合病院――。病院内で看護師たちを従えた病院長が廊下を歩いている。
テロップ「二階堂悠樹(50) 二階堂総合病院院長」
患者の病室に二階堂が入る。看護師「院長先生の回診です」
二階堂は、ベッドにいる老婆に声をかける。
二階堂「古谷さん、今日の容体はいかがですか?」
古谷「今日は気分がいいから、何も心配することはありませんよ」
二階堂「そうですか。それはよかった」
古谷「むしろ心配なのはあなたの方ですよ。あなた、この病院の院長だけど医者としての腕前はさっぱりじゃない」
二階堂「いやぁ、それを言われると……」
古谷「あなたのお父様は名医として評判の方でしたのにねぇ」
病室内にあるテレビの画面にニュースが映っている。
ニュース「新都市の鈴木市長は、いったん自ら辞職して出直し市長選に出ることを表明しました」
二階堂が運転するランボルギーニの助手席には、スーツを着た若い女性が座っている。
テロップ「高宮瑞希 二階堂総合病院看護師」
二階堂「瑞希、一緒にホテルへ行こう」
瑞希「でも先生、こんなことをして大丈夫ですか?先生には奥さんもいるでしょう」
二階堂「ああ、あいつか。俺はあの女と気が合わないのは君も知っているだろう」
瑞希「だからと言って、若い看護師たちに次々と手を出すのはどうかと思いますよ」
二階堂「そんなこと言うなよ。君だって、俺に喜んで着いていったんだろ?」
瑞希「ええ、まあ……。先生はイケメンですからね……」
二階堂は瑞希との会話に夢中になり、道路の信号機の赤信号と、横断歩道の信号機の青信号を見落とす。
その時、横断歩道に女性がいるのを二階堂は思わず目にする。
二階堂「危ない!!」
しかし、その様子を目撃していた男性がいた。喪黒福造だ。
喪黒は横断歩道にいる女性に飛びつき、車にはねられるのを阻止しようとする。
キキィッ!!!二階堂のランボルギーニにブレーキがかかり、何とか停車する。
二階堂は車から飛び出し、道路の端で倒れている喪黒と女性の安否を気遣う。
二階堂「大丈夫ですか!?ほ、本当に大丈夫ですか!?」
喪黒「いやぁ、私はどうってことはありませんよ……」
「ですが……、むしろ気がかりなのはこのお嬢さんの方でして……」
女性は、身体に目立った外傷は見当たらないものの、意識がない。
二階堂「ど、どうしよう……」
喪黒「まずは救命措置をして、119番に連絡し、病院へ搬送する。これに尽きます」
「……というか。あなた、病院の院長先生でしょう?しっかりしてくださいよ、二階堂先生」
二階堂「は、はい……」
女性「ここは……」
喪黒「気がつきましたか」 ベッドに横たわる女性を、二階堂院長、高宮瑞希、喪黒が見守る。
二階堂は医者の白衣を着ており、瑞希は看護師の制服を着ている。
瑞希「幸いなことに……。精密検査の結果、あなたは脳にも内臓にも異常は見られず無事でした」
二階堂「本当にすみませんでした!!本郷真弓さん、あなたには何とお詫びをしたらよいか……!!」
真弓「どうして私の名前を知ってるんですか!?」
テロップ「本郷真弓(39) 司法書士」
喪黒「あなたのバッグの中に免許証が入っていましたからねぇ」
真弓「なるほど……」
瑞希「この通りがかりの人が、とっさに本郷さんを助けていなかったら今頃どうなっていたか……」
瑞希は喪黒を指差す。真弓、瑞希、二階堂は喪黒を見る。
喪黒「皆さん、自己紹介が遅れました……。私はセールスマンです。以後、お見知りおきを」
喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。
二階堂「昨日は本当にすみませんでした」
真弓「いいえ、もう済んだことですから」
二階堂「それにしても……。喪黒さんのおかげで、あなたは助かったようなものですよ」
真弓「ええ。喪黒さんは私の命の恩人です」
病室のドアが開き、喪黒が室内に入ってくる。
喪黒「ホーッホッホッホ……。噂をすれば影がさすとはよく言ったものですなぁ」
二階堂・真弓「喪黒さん……!!」
喪黒「ご無事で何よりです。本郷さん」
真弓「いえいえ、私こそ何とお礼をしたらいいものか……」
二階堂「喪黒さん、昨日は本当にすみませんでした!」
喪黒「気にすることはありませんよ。あなたたちと知り合いになれて、私は光栄です」
二階堂・真弓「は、はあ……」
喪黒「多くの人と知り合うのは、セールスマンにとっては欠かせないことですからねぇ」
二階堂「ここが喪黒さんの紹介した店ですか」
喪黒「『魔の巣』は、落ち着いていて、意外とムードがある店ですよ」
二階堂「たまには悪くありませんよね。こういう雰囲気の店も」
喪黒「気分転換になるでしょう?何しろ、あなたは値段が高くて賑やかな店で飲むことが多そうですから」
二階堂「いやぁ、その通りですよ」
喪黒「なぜならあなたは、人前で見栄を張ろうとする癖がありますからねぇ」
二階堂「おっしゃる通りです」
喪黒「偉大なお父様を持ったことが……あなたの人生や心に重しとなって、のしかかかっているようですなぁ」
二階堂「全くもう……。私は何かと父と比較されてばかりで……」
喪黒「無理もありません。何しろ、あなたのお父上の二階堂悠一郎先生は二階堂総合病院を開業したお方ですから」
二階堂「その通りです。病院を開業したのは父であり、継いだのは私ですよ。でも、何かと周りがうるさい」
「やれ『親の七光り』だとか、『藪医者』だとか、『ドラ息子』だとか、陰で私の悪口ばかり……」
二階堂「……とはいえ、父が病院の院長じゃなかったら、私は今頃ここの院長になっていません」
「結局、私の人生にはずーっと父の影が付きまとっているってわけです」
喪黒「心の面でも実績の面でも、お父様を乗り越えることができれば……あなたは本望でしょうな」
「あなたは、お父様を超えたいのですね?」
二階堂「そりゃあ、もう……。でも、病院の院長としても、医者としても……。私は父の足元にも及ばない」
喪黒「それなら、病院以外の分野で実績を残したらどうです?例えば、政治とか」
二階堂「政治……ですか。そういえば、父は晩年、新都市の市議会議員になることを目指していました」
「だけど、その矢先に末期がんが見つかり、父は政治への夢を果たすことなく亡くなりました」
喪黒「ならば、ちょうどいいところです。あなたがお父様を超えるなら、政治の世界への進出しかありません」
二階堂「じゃあ、私に政治家になれと……。新都市の市議会議員とか……」
喪黒「いいえ、もっと上の地位ですよ。ほら、最近のニュースを思い出してご覧なさい」
二階堂「最近のニュース……。あ!!まさか、この私に新都市の市長選に出ろとでも……」
喪黒「そうです!!そのまさかですよ!!」「二階堂さんは年齢的に働き盛りだし、女性受けする甘いマスクもお持ちです」
「それにあなたは病院の院長で、一応有力者だから、住民の支持や組織票も得られるはずです」
喪黒「大丈夫です!優秀なブレーンをつけてこれからいろいろ勉強すればいいでしょう」
「何よりも……。この街の住民は、20年近くに及ぶ今の市長に飽き飽きしています」
「しかも市長には不祥事がありましたよね」
二階堂「はい。確か鈴木市長は、集中豪雨の被害が拡大しているさなかに、嘘の理由でバンコクに出張をしていました」
「しかも、愛人同伴で」
喪黒「その市長と、あなたが市長選で戦うのですよ」
「『腐りきった長期市政に、改革を訴える若い新人が挑む』という構図ができます」
二階堂「じゃあ、うまくいけば私にも当選の可能性が……」
喪黒「そう、うまくいけば当選は可能です。これは勝てる戦いです」
数日後。新都市の電気量販店。店にあるテレビには、ニュース番組が映っている。
ニュース「新都市は市長選を公示しました。市長選では、現職の鈴木博文氏と新人の二階堂悠樹氏が出馬を表明しており……」
テレビの画面には、鈴木市長と二階堂の写真が写っている。
真弓「あの……」 選挙対策本部の中に本郷真弓が入ってくる。
二階堂「君は……」
真弓「良かったら、私にも手伝わせてください!」
本郷真弓と話をする二階堂悠樹。
二階堂「君は有名な国立大学を卒業し、司法書士として働いていたのか。なかなか優秀なんだな」
真弓「いえ、私は特に何も……」
二階堂「でも、君がなぜ私の元へ……!?」
「確か、君のお父様は新都市の市議会議員で、今の市長への支持を表明しているそうじゃないか」
真弓「実は……、私は父に対する反発があります。それに、この街を住民たちの手に取り戻す必要があると思いました」
二階堂「そうなのか……」
真弓「あと、私はこの間の事故をきっかけに二階堂さんと知り合いました」
「だから、二階堂さんに何か手助けをしようと思いまして……」
喪黒「本郷真弓さん。これからは、あなたも選挙を支える仲間の一人です」
二階堂の選挙スタッフ一同は拍手をする。
二階堂「は、はあ……」
真弓「私が二階堂さんと知り合えたのは喪黒さんのおかげです。本当に喪黒さんには感謝してますよ」
喪黒「いやぁ……」
二階堂「実は、私が市長選に出ることを勧めたのも喪黒さんなんです」
「喪黒さんがいなかったら、今の私は市長候補どころか……交通事故の加害者として留置所の中にいたかもしれません」
喪黒「お二人に感謝されて、実に身に余る思いです。こうやって人のために役に立てれば、セールスマンとして何より……」
「ですがね……。二階堂さんには、老婆心ながらアドバイスしておきたいことがあるのですよ」
二階堂「は、はい……」
喪黒「政治の世界とは権謀術数が渦巻くところでもあるのです。だから、脇の甘さを抱えていると生き延びることは難しいですよ」
二階堂「確かに、私は二世の病院長だから脇が甘いのかもしれませんね。以後、気を付けます」
喪黒「特に女性関係に気を付けてくださいよ。あなたには奥さんもいますから」
二階堂「分かっていますよ。私はその方面が弱点ですからね」
喪黒「それに、ここにいる本郷真弓さんは、あくまでも選挙スタッフの一員なのです」
「約束してください。二階堂さん、本郷さんと男女の関係になってはいけませんよ」
二階堂「わ、分かりました。喪黒さん……」
鈴木「私は心から深く反省しています!!だから、どうか、どうか私にお力を!!」
二階堂「この20年近くに及ぶ鈴木市政の弊害!!もう限界です!!今こそ改革の時です!!」
鈴木「鈴木博文、鈴木博文に清き一票を!!」
二階堂「二階堂悠樹、二階堂悠樹をどうかよろしくお願いします!!」
二階堂の側には真弓がいる。
二階堂の選挙対策本部。
二階堂「選挙資金が足りないな。もう少し、『実弾』があればな……」
真弓「地元の建設会社を、鈴木支持から二階堂支持に引っ繰り返すことは可能ですよ」
「そこから資金を引っ張ってくればどうです?」
二階堂「そんなことができるのか?」
真弓「今の市長選は両方の陣営が互角で、どちらに転んでもおかしくない情勢です。だから説得は可能ですよ」
二階堂「だがな、今の市長と関係が深い建設会社も少なからずあるんだぞ……」
真弓「私も交渉に出向きますよ」
社長は二階堂と握手する。そして、机の上には札束が山のように積まれる。
土建会社を出て、車に乗る二階堂と真弓。
二階堂「君のおかげで交渉がうまくいったぞ。さすが司法書士の頭脳だ」
真弓「それだけじゃありません。なぜなら、私はこの街の市議会議員の娘」
「だから、父の威光を逆手にとって利用してやったってわけですよ。もっとも、父は今の市長を応援していますがね」
二階堂「いやはや……。君は案外したたかな人間だな」
選挙戦は進む。商店街の中を行き、中年の主婦と握手する二階堂。
主婦「二階堂さん、頑張ってくださいね!!」
二階堂「ありがとうございます!!」
二階堂の側には真弓がいる。
新都市にある他の企業に出向く二階堂と真弓。企業の社長は、机の上に札束を置く。
さらに、他の企業に出向く二階堂と真弓。二階堂の選挙戦は、金まみれのものとなっていく。
投票日。街にある小学校の体育館に多くの有権者が訪れる。もちろん、体育館が新都市長選の投票所となっている。
夜。二階堂の選挙対策本部。建物の中で、テレビは市長選の開票速報を伝えている。
テレビの中継を見守る二階堂、真弓、選挙スタッフたち。
テレビ「速報です。新都市長選は、新人の二階堂悠樹候補に当確が出ました。現職の鈴木博文候補は落選が決まりました」
一同「やったーーーーーっ!!!」
二階堂たちは万歳三唱をする。一同「バンザーーーーイ!!!バンザーーーーイ!!!バンザーーーーイ!!!」
選挙のダルマの白眼に笑顔で筆を入れる二階堂。テレビ関係者のインタビューに応じる二階堂。
市長選の結果を受け、選挙対策本部で日本酒で乾杯している二階堂、真弓、選挙スタッフたち。
真弓が二階堂の耳元でささやく。
真弓「ねぇ、二階堂先生。良かったら今度、一緒に会いませんか?」
ホテルの室内で、ガウン姿のままキスを交わす二階堂と真弓。やがて室内は暗くなる。
夜が明け、外に太陽が昇る。二階堂「う………ん」
二階堂が目を覚ますと、ベッドの上に真弓の姿はない。
二階堂「全く……。あいつ、俺を置いて帰るとは……。ん!?」
二階堂が部屋の中を見渡すと、そこには喪黒がいる。
二階堂「も、喪黒さん……!!」
喪黒「二階堂悠樹さん……。あなた約束を破りましたね」
二階堂「約束!?一体、何のことなんです!?」
喪黒「思い出してください。私は忠告したはずです。本郷さんと男女の関係になってはいけない……と」
二階堂「ああ、あれですか……。今さら仕方ないでしょう」
「それに、私と本郷さんはお互いのことを心から信頼し合っていますし……」
喪黒「やれやれ……。二階堂さんは脇の甘さが抜けていないようですねぇ……」
「本当に残念です。あなたには罰を受けて貰うしかありません!!」
「ドーーーーーーーーーーーーン!!!」
二階堂「ギャアアアアアアアアア!!!」
議員A「市長!!あなたは選挙期間中に、複数の会社から献金を受け取ったそうですね!!」
「しかも、自らの支持を取り付けるため、多くの方面にその金をばら撒いたそうじゃないですか!!」
二階堂「わ、私はやましいことは一切しておりません……!!」
議員B「この写真は何ですか!?」 議員Bは、コピーして拡大された一枚の写真を掲げる。
写真には、二階堂と建設会社社長が机の上に置かれた札束を前に談笑する様子が写っている。
二階堂「そ、それは……」
議員B「市長、説明責任を果たしてください!!」
夕方。ファミリーレストラン「ジェニーズ」。本郷真弓は、白髪頭の男性と食事をしている。
テロップ「新都市市議会議員 本郷和彦(69)」
本郷「それにしても、本当にうまくいったな」
真弓「ええ。でも、お父さんもなかなかの悪人ね。こんな壮大な計画を立てるなんて」
本郷「うむ。前の市長は、長くやりすぎて私の言うことを聞かなくなっていた。だから、そろそろ追い落とす必要があった」
真弓「あの出張騒動に愛人スキャンダル。ちょうどいいところで出直し市長選があったよねぇ」
真弓「あの喪黒という男に命を助けられたおかげで……ね。私はお父さんの命令で、二階堂の選挙スタッフになった」
本郷「お前は、二階堂をそそのかして選挙違反をやらせる」
「しかも、あいつの疑惑の証拠を集めた上で、それを複数の市議会議員たちに匿名で送りつける」
「これで、二階堂は火だるまだ。このままいけば、あいつは逮捕されてまた出直し市長選挙が行われるだろう」
真弓「で、その出直し市長選に出るのは私。うまくいけば、市長になった私を利用して、お父さんは新都市の様々な利権を独占できる」
本郷「ああ。何しろ、この街の市議会を実質的に仕切っているのは私だからな。今回の選挙違反で真弓が捕まることは絶対にない」
「なぜなら真弓は私の娘だ。『選挙違反は全て二階堂が悪い』ということで捜査や取り調べは進められ、決着が付くだろう」
ひそひそと会話をしながら不敵な笑みを浮かべる本郷と真弓。その様子を、店内の別の席から見つめる喪黒。
喪黒「大人になった子供が年老いた親を乗り越える……、それを繰り返すことにより社会は成り立ってきました」
「しかしながら……、どうしても親を乗り越えられなかったまま年を取る人が、最近では増えているようです」
「特に、親が偉大な人物の場合、子供は何かにつけて親と比べられ、心にいろいろ重圧を抱えることになります」
「だから、七光りに頼って生きるというのは楽な生き方でもあります。もちろん、有力者を親に持った場合ですが」
ファミリーレストラン「ジェニーズ」を出る喪黒。
喪黒「あらゆる分野で世襲と七光りが目立つようになった結果……、今の社会は小粒な人間が増えたのかもしれませんねぇ」
「オーホッホッホッホッホッホッホ……」
―完―
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