戻る

このページは以下URLのキャッシュです
http://portal.nifty.com/kiji/180829203803_1.htm


日本100名城を全制覇したので自慢させてください - デイリーポータルZ

 

特集 2018年8月30日
 

日本100名城を全制覇したので自慢させてください

これらを全て周るのに10年の歳月がかかりました
これらを全て周るのに10年の歳月がかかりました
日本100名城というものがある。全国に数多く存在する城郭の中から、2006年に財団法人日本城郭協会が定めた100の名城だ。

選ばれた各城には専用のスタンプが設置されており、スタンプラリーを楽しむことが可能である。私は2008年から周り始めたのだが、今年でやっと全100城を制覇することができた。

本当にようやく終わったという感じなので、ちょいとその道程を語らせてくださいな。
1981年神奈川生まれ。テケテケな文化財ライター。古いモノを漁るべく、各地を奔走中。常になんとかなるさと思いながら生きてるが、実際なんとかなってしまっているのがタチ悪い。2011年には30歳の節目として歩き遍路をやりました。2012年には31歳の節目としてサンティアゴ巡礼をやりました。

前の記事:「九州の味「うまかっちゃん」5種食べ比べ」
人気記事:「日本一危険な神社に参拝したかった」

> 個人サイト 閑古鳥旅行社 Twitter

2008年:城巡りを始めたのはなんとなく

私が100名城巡りを始めたのは2008年の8月。「日本100名城公式ガイドブック」という本を購入したらスタンプ帳が付いてきたのでなんとなくスタンプを集めてみようと思った。

私はそれ以前より遺跡や神社仏閣といった古いモノが好きで、日本全国の文化財を巡るついでに100名城も周れば良いかなという軽いスタンスであった。
私のスタンプ帳。度々の旅行でボロボロになり、ビニールテープで端を補強してある
私のスタンプ帳。度々の旅行でボロボロになり、ビニールテープで端を補強してある
ちなみに各城のスタンプ設置所には分かりやすいよう表示がある(写真は小田原城の例、一般的には「日本100名城スタンプ設置所」という張り紙がしてある)
ちなみに各城のスタンプ設置所には分かりやすいよう表示がある(写真は小田原城の例、一般的には「日本100名城スタンプ設置所」という張り紙がしてある)
スタンプが表に出てない場合でも、係の人に「100名城スタンプお借りできますか?」と声を掛ければ出してくれる
スタンプが表に出てない場合でも、係の人に「100名城スタンプお借りできますか?」と声を掛ければ出してくれる

ちょっと見るつもりが城にはまる

さてはて、そんな流れで100名城巡りをすることになった私であるが、記念すべき1城目は当時私が住んでいた東京――ではなく、遠く離れた山陰地方の「鳥取城」であった。
特に理由はなく、旅行先にあった城ということで「鳥取城」が1番目となった
特に理由はなく、旅行先にあった城ということで「鳥取城」が1番目となった
当時会社に勤めていた私はちょうどお盆休みを利用して山陰地方の文化財巡りに出たのだが、その口開けとして立ち寄ったのが鳥取市であり鳥取城であった。ちょっとだけ見て次に行くつもりだったのだが、結局は山の上の本丸まで登ってしまい、汗だくになった覚えがある。

鳥取城に続く2城目も、その山陰旅行の途中に立ち寄った「松江城」だ。日本に城郭は数あれど、明治維新以前に建てられた天守を持つ城は12しかない。松江城はそのひとつであり、本物が持つ迫力に大層驚かされたものだ。
あまりに立派な「松江城」の天守。訪問当時は重要文化財でなんでこれが国宝じゃないかと首をかしげたが、その後の2015年に国宝に昇格した
あまりに立派な「松江城」の天守。訪問当時は重要文化財でなんでこれが国宝じゃないかと首をかしげたが、その後の2015年に国宝に昇格した
この山陰旅行ですっかり城熱が高まった私は、それから本格的に100名城巡りを開始した。ちょうど8月だったのでJR乗り放題の青春18切符が使えたこともあり、関東界隈の100名城を片っ端から訪問したのであった。
東京の中心にある「江戸城」を始め、関東近隣の100名城を周りまくった
東京の中心にある「江戸城」を始め、関東近隣の100名城を周りまくった
それらの中で印象的だったのは、丸い池が可愛い群馬県太田市の「金山城」や――
それらの中で印象的だったのは、丸い池が可愛い群馬県太田市の「金山城」や――
網目のような障子堀がユニークな静岡県三島市の「山中城」だろうか
網目のような障子堀がユニークな静岡県三島市の「山中城」だろうか

武家の館も100名城

他にも変わったところでは、有名な戦国武将の武家屋敷が2箇所100名城に含まれている。足利氏の住居であった栃木県の「足利氏館」、それと武田氏の住居であった山梨県の「武田氏館」だ。

いずれも屋敷地の周囲に堀や土塁(土を盛った壁)を巡らしており、シンプルな縄張(設計)ではあるものの、確かに城の様相を呈している。
足利尊氏が住んでいた「足利氏館」は、鑁阿寺(ばんなじ)という寺院になっている
足利尊氏が住んでいた「足利氏館」は、鑁阿寺(ばんなじ)という寺院になっている
こちらは武田信玄が住んでいた「武田氏館」、今は武田神社の境内だ
こちらは武田信玄が住んでいた「武田氏館」、今は武田神社の境内だ
2008年は関東地方以外にも、10月には青森県&函館、11月には山形県や秋田県の文化財を見に行くなど積極的に旅行しており、部分的にではあるが北海道や東北地方の100名城もかじり始めた。
日本100名城で築城が最も新しい函館の「五稜郭」、星型がカッコ良い西洋式城郭だ
日本100名城で築城が最も新しい函館の「五稜郭」、星型がカッコ良い西洋式城郭だ

城巡りの拠点は関西へ

こうして城巡りを始めてから4ヶ月、2008年12月までに計25箇所を周ることができた。既に4分の1を踏破となかなか上々な滑り出しではあったものの、自宅から気軽に行ける場所はあらかた行き尽くした感があり、ここからはだいぶペースが落ちそうだ。

そう思っていたところに、かつての同級生から声が掛かった。大阪で会社を興したので、私も合流しないかという転職の誘いである。

関西といえば長きに渡って日本の中心地であった場所であり、数多くの歴史的建造物や史跡が密集する文化財密集地帯。大阪に生活の拠点を移せば、文化財巡りがますます捗ることだろう。私はほくそ笑むと、関西への移住を決めたのであった。
転職面接のついでに大阪府南部の山中にある「千早城」を訪問したりもした
転職面接のついでに大阪府南部の山中にある「千早城」を訪問したりもした