【ミリマス】桃子「家に帰りたくない」
桃子には、全く分からなかった。
何でそんなに怒声をあげてるの?
どうして、2人はケンカしているの?
……今なら、分かる気がする。ううん、分かりきってはいないけど…何となく察する事ならできる。
2人とも桃子の事で、ケンカしてるんだって。
見上げるような形で2人を見る。
表情や言葉までは分からなかったけど、直感で今まさにケンカ中だということは理解できた。
『~…~……!』
『…! ……~…!』
胸の奥がキュッとした。
悲しむ演技はできる。桃子は子役だから。でも、なんだろ。少なくとも今の気持ちは演技なんかじゃない。
…桃子がもっと頑張れば、2人は仲良くなってくれるのかな。
ううん、それはないよね。だって、2人がよくケンカをし始めたのは…桃子が子役になった時からだったから。
桃子が頑張ったところで、どうせ2人の仲は良くならない。
ねぇ…お母さん、お父さん…そうでしょ?
誰かの声が耳に入ってくる。それと同時に、軽く体が揺すられる感じがした。
聞き覚えのある、ううん。聞き慣れたこの声は……。
「おい、桃子…起きろ、桃子!」
重かった目を開けると、そこには予想通りの顔があった。
「なに、お兄ちゃん…?」
「桃子こそどうしたんだ、なんだかうなされていたようだったけど…」
…夢だった。でも、今の夢の映像は頭の中にしっかりと覚えている。だって、桃子が実際に目で見た光景だったから。
人って、何で嫌な記憶に限ってこんなに鮮明に覚えちゃってるんだろ。
「…別に。お兄ちゃんの声がうるさくて機嫌が悪くなってただけだから」
「そうか…それなら良かった」
お兄ちゃんに心配されるのも嫌だったから適当に嘘をつく。
生意気な台詞だったと思うけど、お兄ちゃんは気にも留めずに笑みを浮かべた。
夢を見ていた事は覚えてる。けど、どのタイミングで寝ちゃったのか、どれくらい時間が経っているのか。そこらへんは覚えてなかった。
「事務所だよ。さっき収録番組があっただろ? その帰りの車で桃子が寝ちゃってたし、無理に起こすのも悪いからここまで連れてきたんだ」
俺はまだ仕事が残っていたからな、と言いながらお兄ちゃんは立ち上がる。
ちょっとずつ思い出してきた。そうだ、桃子…疲れちゃって車に揺すられる内に寝ちゃったんだった。
掛けられていた毛布を片付け、桃子も立ち上がる。
「うし、桃子が寝てる間に俺も仕事終わらしたし、さっさと帰るか」
帰る。当然だけど、自分の家に…。
さっきの夢が頭の中に浮かんでくる。家に帰ったら、また鮮明に思い出しちゃうんだろうなぁ…。
「さ、桃子。行こう」
「やだ」
無意識に口が動いていた。
お兄ちゃんの目が点になっているのがよく分かる。
「な、なんて?」
「やだって言ったの。帰りたくない」
ごめん、桃子だってお兄ちゃんを困らせたくて言ってる訳じゃないんだけど…。
どうしても、今は帰りたくなかった。
お兄ちゃんって本当にズルい。いつもアイドルのみんなに甘くて、デレデレなくせに…こういう時に限って鋭いんだから。
お兄ちゃんが同じ目線になると、笑みを浮かべていた表情から一転した、真剣な表情が見えた。
「…何でもないよ。ただの気分」
でも、桃子だって元々子役をやってたんだもん。心と表情くらい、いつでも、いくらでも変えれる。
「……そうか。なら、仕方ないな」
あ、これバレてる。むぅ、お兄ちゃんのくせに生意気。
その瞬間、またお兄ちゃんは笑みを浮かべていつもの表情に戻った。
「ならさ、今から食べに行かないか? 俺、今すごく腹ペコで帰りに何か食べようと思ってたから」
桃子のことを思ってなのか。それとも単純にそうだったからなのか…。
たまにお兄ちゃんの言葉の意味が分からなくなる。でも、この時は何でも良かった。家から離れられれば、それだけで。
「…うん、いいよ」
なるべく無愛想にそう返事をした。
そんなところで良いのか、と言われたけど食事をするならこういうところが1番だった。だって高級なレストランなんて似合わないし。
「このステーキのセットを一つと…桃子は?」
「…これ、オムライス」
「え、桃子…オムライスなら一人前のじゃなくても半人前のやつが……いてっ! すまん…わ、分かったから!」
半人前って、お子様用のやつじゃん。というかお兄ちゃん、最近桃子に態度が大きくない? 桃子の方が業界のセンパイなのに。
なんだか子供扱いされているようでムカついたから脛にゲシゲシと蹴りを入れておいた。
ユニット活動の話から休みの時の話まで。劇場のみんなの話でも盛り上がった。
…亜利沙さんが桃子の子役時代の写真を持ってるって話を聞いた時はびっくりしたけど。
こんなに、会話したの久しぶりだな。相手がお兄ちゃんだったからかな。
桃子はお兄ちゃんといると勝手に口が動いちゃうみたい…なんでだろ。
「…桃子、手が止まってけどどうした?」
言われて気がつく。オムライスを半分ほど食べてからスプーンを持った手があまり進まない。
…ちょっと、無理しちゃったかも。
「……」
「…お皿、もらうよ」
お兄ちゃんは桃子のオムライスを自分のところに持っていき、あっという間に食べた。
やっぱり男の人ってよく食べるなぁ…。
「うん」
お兄ちゃんの車の鍵を受け取り、ファミレスから出る。暗くなりつつある外は思ってたよりも涼しかった。
「流石にもう帰るよね」
助手席に乗ってお兄ちゃんを待つ。
…あぁ、このままもう一度寝たら朝になってないかな。
一瞬だけ、そう願って目を閉じる…けど、さっきまで寝てたし何より満腹で眠れそうになかった。
そんな事をしている内にガチャッという音と共にドアが開き、お兄ちゃんが乗ってきた。
「アイスでも買って帰るか?」
「…いらない」
「そっか」
「…あ、やっぱりいる」
「え? あ、おう…」
はぁ…何言ってるんだろ。
ここまで来ても諦めが悪い。強引に家に帰る時間を伸ばそうとしている。こんな事しても、お兄ちゃんや2人が困るだけなのに。でも、桃子だってただ帰るのも嫌だった。
「はい、着いたぞ」
「うん」
…………しーん。
お兄ちゃんはそれから何も言わなかった。別に、何か言ってほしい訳じゃなかったけど。
「じゃあ、またね。お兄ちゃん」
「……」
「お兄ちゃん?」
その時、桃子の右手に温かくなった。
…お兄ちゃんの手のせいで。
「…桃子」
気付いた時には抱きしめられていた。
「…通報」
「心配するな。兄妹か…親子にしか見えないと思う」
「やっぱり子供扱い」
「す、すまん…」
そう言いながらも、お兄ちゃんは抱きしめた力を緩めなかった。
「ばか」
「…すまん」
「ばかばか。気の利いた台詞なんて何も言えないくせに」
「…すまん」
「いいよもう」
本当に申し訳なく思っているのかな…。でも、自分で言っておいてアレだけど桃子はもう気付いてるよ。
お兄ちゃんは、気の利いた台詞が言えないんじゃない。
…桃子の為に、言わないだけ。
よく胸が痛むとか、辛かったねとか、周りの大人たちは言うけど…結局それは同情でしかなくて、気の利いた台詞が言ったはずが更に本人を追い込んじゃってる時も多い。
もちろん、その言葉だけで救われる人がいるかもしれない。だけど…だけど、桃子は…あなたに何が分かるの? って考えちゃう。
だって、桃子と同じ家庭事情を抱えた人じゃないんだから、分からなくて当然でしょ?
そもそもそんな人、桃子の周りにいなかったし。
……桃子の事を本当に分かってくれる人なんて、どこにもいないんだ。
「……」
「ねぇ、周りの大人の人みたいに…何か、言ってみてよ…お兄ちゃん…」
両手で強くお兄ちゃんの体を押して離れようとする。けれど、桃子の力じゃとても敵わない。
お兄ちゃんは相変わらず、桃子を抱きしめたままで……。
桃子の事を本当に分かってくれる人なんていない。何故なら、桃子を分かってくれるのは同じ家庭事情を抱えた人くらいで、そんな人は周りにいないから。
…これからも、そう思っていたのに。
お兄ちゃんも、桃子と同じだったんだね。だから、何も言わない事が1番良いという事を知ってるんだ。
「…ねぇ、どうして……お兄ちゃん」
「……」
「どうしてそんなに、優しいの…?」
「……」
「……どうして、そんなに…温かいの…?」
胸がキュッとして痛くなった。同時に何か熱いものが込み上げてくる。
それは目にまで込み上げてきて、いつの間にかお兄ちゃんの服を濡らしていた。
それが涙と気付いた時には、もうそれからはどうやっても止まらなかった。
胸が痛くて、心が辛くて、息が苦しい。
でも、なんでかな。
不思議と嫌じゃなかった。
この温かさに包まれているだけで、どんな嫌な思いもちっぽけに思えた。
「ああ」
…久しぶりに泣いちゃった。それも、あんなに大きな声を上げて。でもおかげで何だか清々しい気分になったかも。
「はい、ティッシュ」
「…ありがと」
何枚かティッシュを貰い、鼻をかむ。
少し腫れた目も拭う。
「ごめん。お兄ちゃんの服…濡らしちゃって」
「いいよ、大丈夫」
「…変なとこ、見せちゃったね」
「そんな事ない。むしろ今までよく頑張ったもんだ」
「…当たり前でしょ。桃子はプロなんだから」
「そうだな」
頭を優しく撫でられる。
…今だけ特別だよ。
「でもさ、プロなら我慢しすぎるっていうのも良くないって分かってるよな?」
「……」
「だから…たまにはこうやって、思いを全部吐き出すのも良いんじゃないかな」
「…そうかも」
「その時はまた俺がいるから」
「…うん」
誰目線で話してるの、って言葉が出そうだったけど、そう言って微笑むお兄ちゃんの表情はとても穏やかで…何だか頼もしい感じがした。
「ん?」
「…辛かった?」
「…そうだな、辛かったよ。両親が不仲っつーのは辛いものだ」
「……」
「結局、理由は分かってないし、俺も分からなくていいと思ってる。子供じゃ理解できない大人の事情ってのがあったみたいだからな」
「そっか…」
大人の、事情…。
あの2人にも、そんな事があるのかな。
「ただ、一つだけ。俺が桃子に言ってあげられるとしたら…」
「…なに?」
「また明日な」
……気の利いたものじゃない、なんてことのない台詞だった。
そんなの、いつも言ってるのに。
毎日、言ってくれてるのに。
「…ありがとう、お兄ちゃん」
その一言が、嬉しかった。
「ああ」
車の中から手を振るお兄ちゃん。それに返してから、玄関に向かっていく。
「桃子!」
そこで声をかけられた。
振り向くと、またお兄ちゃんは穏やかな表情を見せてくれた。
「明日、朝一で迎えに来るよ」
「……もう、そんなの当然でしょ!」
お兄ちゃんは一笑した後、そうだなって言った。そして、エンジンをかけ直して走り去っていく。
「朝一で…かぁ…」
桃子が1番に、お兄ちゃんと会うことができる。
思い出したのはお兄ちゃんに抱きしめられた感触と体温。
「……うん、本当に…たまになら…悪くないかも」
家に入って、お兄ちゃんが買ってくれたアイスを食べた。
…熱くなったほっぺを冷ますのにぴったりで、今まで食べた中で1番美味しかった。
おわり
最後になってしまい申し訳ないです。桃子の家庭については独自解釈が含まれているので、ご了承ください。
乙です
>>1
周防桃子(11)Vi/Fa
「SS」カテゴリのおすすめ
「ランダム」カテゴリのおすすめ
今週
先週
先々週
コメント一覧
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- 2018年09月16日 23:08
- こりゃダメだ悲しい話だと思ったら良い話だ!!!!桃子パイセン!!!!俺が!!俺に!!俺を抱きしめ!!!ああああああ!!!!
-
- 2018年09月16日 23:20
- ※1踏み台頼んだ!俺が抱きしめるぅぁぁあああああああああ!!!
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