3457今の秋葉原の実態は観光客向けの形骸化した萌えとインバウンドの街であり、オタクの街ではない。それが秋葉原に10年以上通う私の意見だ・・



現在ではPCパーツや電化製品はECサイトの価格競争により、秋葉原で買ったほうが安いという状況はほぼなくなり、すぐに欲しいという状況以外では秋葉原で買う理由を見出せない。もちろんセールで最安値になることもあるが、かつてのように、フラッと訪れても得な買い物はできない。

全盛期の秋葉原は、店員もオタクだった。商品のことを尋ねると、自らの経験やマニア同士の評価を踏まえ、強い熱量で商品の説明をしてくれた。

中古スマートフォン販売店で某社のスマホを買おうとした私に対し「カタログ上の数値は優秀だけど、すぐに熱暴走するので使い勝手は悪いです。やめたほうがいい」と商売っ気のない、それでいてここ以外のどこでも聞けない、ありがたいアドバイスをしてくれたことは、今でもはっきり思い出せる。


・1995年 Windows95 発売日 当日 昔の秋葉原



そして映画「電車男」のブーム後、秋葉原という街にスポットライトが当たるにつれ、秋葉原の魅力でもあったグレーゾーンは「内輪同士で秘めるもの」から「その存在を拡散するもの」に変わり、縮小の一途を辿った。

萌えの形骸化も深刻だ。メイドやAKB48を秋葉原で見ることについては、拒否反応を起こすオタクが多かったと思うが、私自身は嫌いではなかった。内向的なオタクにとって「ただ、自分の中で消化する」というコンテンツは、相性が悪くないように思えたし、萌えに秋葉原はうまく順応できた。

しかし、メイドカフェに外国語のメニューが置かれ、トリップアドバイザーに登録されるころには、大資本が経営するメイドカフェが乱立していた・・

・詳細は(source: プレジデントオンライン - アキバを"退屈な街"に変えた犯人はだれか


・秋葉原の昔と今



・20年くらい通ってますが、何となく言いたいことは分かります。
オタクという言葉の捉えられ方が変わってきたこともあるのかなと思います。
昔はマニアックであった街が、今はライトでソフトなオタクに優しい街になっているんじゃないかと。
大多数の人にとってマニアックなモノって受け入れ難かったり、不必要なモノだと思うので、商業的に排斥されちゃうと思います。
それが寂しいというのはとても分かります。

・まぁ、その前は無線の街、家電の街でしたから。それがPCの街となり、コンテンツの街となり、さらにそのコンテンツも漂泊されつつあると。自分の感覚としては、ラジカンが建て直したあたりからつまらない街になってきた感じがします。

・商業ブースが幅を効かせるようになったコミケみたいですね。

同人誌即売会。あるいは、同好の士との出会い、交流の場であったはずが。

金になるとわかるや否や、色んな人間が飛びついてくる。

必然、誰でも受け入れられやすい環境が残り、ニッチな文化は排除されていく。

しかし、生物に例えるなら、これも一つの進化として認めていくべきなんだろう。

ゲームセンターは結構昔のままな所が多いと思うけど。

バーチャロンの対戦相手が見つかるゲームセンターなんて秋葉原くらいしか思いつかない。

・戦後のバラック、としか言いようのないものが20年くらい前を最後にほぼ姿を消して、ラジオ会館も新しくなって、ごみの中から宝を探す楽しみは極端に減った。昔はプロ向けのものすごい機材のジャンク品がタダ同然で出てたりして面白かったけど、今なら中国製の新品のほうが良かったりするし。ものすごく専門的な数十円のパーツだって、足を棒にして歩き回らなくてもネットでほとんど揃うからね。わざわざ交通費と時間をかけてまで行く必要がなくなった。会社が近かったので帰りに寄り道してたけど最近はほぼ行かなくなったな。
まあ、地価も高いし戦後の混乱期にドサクサで居座ったような人たちが居なくなったら儲かることやらなきゃ立ちいかないから仕方ない。

・確かにひと昔前とは違う街になりましたよね。「ここに行かないと手に入らないものがある」から「なんでも揃ってる」街に。でも自分は今のアキバも好きです。外国人はもちろん、日本人だって以前よりいろんな客層を受け入れていて、昔とは違ったカオスがあるとも思います。また、レトロゲーム好きにとっては、今だに日本で右に出る街はないでしょう。アキバには新しい刺激もノスタルジーも存在しています。個人的にはこの先さらにどう変化していくかが楽しみです。


・秋葉原にハマる若者たちを追う