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みんな蛾になった話 | 不思議.net

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みんな蛾になった話

2018年10月02日:20:00

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コメント( 18 )



1: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 00:48:01.92 ID:PxgiPx6n0
あなたは一軒の廃屋を見つけた。
それはとても古いものであることがはっきりとわかるほどに風化しかけている。
この時代にはあり得ない木造の建築だ。あなたは俄然興味を惹かれる。
あなたは中へと踏み入った。
中には最低限の家具しか見当たらない。
ベッドに本棚、食器棚と、それからテーブル。どれもやはり木で作られたもので、今となっては数百万もくだらないほどのビンテージに見える。中でもテーブルなどは素人目にも明白なほどおそろしく立派な造りであり、その上かなりの年季物だった。
これなら下手をすれば数千万、いや、それどころではないかもしれない……。
あなたは目もくらむような大金への期待に胸の踊るような高揚感を覚えた。
ふと、あなたは現実に意識を戻す。
すると目の前のテーブルには一冊のノートが置いてあることに気がついた。
いや置いてある、というよりは、無造作に放り出されている、ように見える。
その扱いの不当さを示すかのように表面も傷だらけであった。
あなたは引き込まれるようにそのノートへと歩み寄って行く。
表紙には「The Diary」と印字されていた。
あなたはそれが文字であるらしいことは理解できたが、意味はわからなかった。
戦前の文字ではないか、という考えがあなたの頭を過る。
しかしすぐにそんなわけがないと思い直す。
そしてあなたはノートに手を伸ばす。
随分と古びて傷んだノートだがこんなものでも値はつくのだろうか、などと考えながら、あなたは最初のページを開いた。
そこにはこう書き始められていた。
大っ嫌いなやつを呪い殺して死んだ話
http://world-fusigi.net/archives/9225911.html

引用元: みんな蛾になった話







2: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 00:48:53.14 ID:PxgiPx6n0
「あれは今から10年ほど前の話になる」

3: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 00:51:03.05 ID:PxgiPx6n0
「私が32のときだった。突然だったよ。
今でもはっきりと覚えているが、私はそのとき丁度仕事を終えたところで、これから家に帰るというところだった。
家では妻と息子が私の帰りを待っていたはずだ。だが結局会うことは叶わなかった。
そう、みんな蛾になってしまったのだ。
私が会社の前の通りに出たところで、そこには数人のスーツ姿が街灯に照らされていたのだが、それらが突然人の形を失ってしまったのだ。
さっきまで私の隣を歩いていた男も向かいのベンチに座っていた女もみんな、一瞬間のうちに蛾になってしまった。
勿論、わたしは、その時自分の身に何が起きたのかわからなかったよ。
まあ実際、私の体には何も起きてなどいなかったのだが」

5: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 00:55:52.08 ID:PxgiPx6n0
「私は最初自分の頭がおかしくなったのかと思った。
当然だろう。私は突然に常識外へと放り出されてしまったのだから。
私は急いでその場から逃げ出した。するとどうだ。蛾になってしまったのは私の周りにいた人間だけではなかったらしい。
コンビニにも駅にも道路にもそこら中に蛾が飛び回っていた。
私は恐怖に突き動かされて家まで走った。私の家は会社から電車で20分ほどのところにあってね、だから、だいたい徒歩で1時間というところだ。駆け足なら50分くらいかな。
私は妻と息子の無事だけを祈って走った。
だが実際に家で私を待っていたのは数十匹の蛾だった」

7: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 00:59:21.96 ID:PxgiPx6n0
「私はしばらく2人の名前を呼び続けて、それから幾ばくもしないうちにそれが空虚なる行いであるということに気がついた。
同時に、おかしくなってしまったのは私でなく世界のほうだということにも気がついた。
不思議に思うかもしれないが、この時の私は多分君が思うより冷静であっただろうと思う。私はそれが夢だとは思わなかったし、妻と息子にはもう二度と会えないのだろうこともなんとなく理解していた。
もしかすると人間というものはみな突拍子もないことに行きあうとむしろ冷静になるものなのかもしれない。
飛び回る蛾を一匹残らず捕まえて2人の服の中に詰め込んだら何事もなく元に戻っていたりはしないだろうか、などとも考えてはみたが、しかしそれが試すまでもなく無意味であろうことは明らかだったし、そもそもどいつが妻でどいつが息子なのか、私には見分けがつかなかった。
すぐにあきらめたよ。
寧ろ、この理不尽に一矢報いてやるつもりで、あいつらを一匹残らず握り潰してやりたいとも思ったが、しかしそれにも意味などないのだということに私はやはり気がついていたんだ。
私は非常用の持出袋から最低限の荷物だけ引っ張り出し、家を出た。
それから、私は家の周辺を巡り、私と境遇を同じくする人間を探し始めた」

9: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:02:06.03 ID:PxgiPx6n0
「2日も歩き回ると私は私がとてつもなく異常な人間であったことを思い知った。
いや、常ならば、私は並大抵と異なる人間などではなかったはずだから、常でないのは私の周りだったのだ。
ならば私は常識に排されていたとでも言うべきか。
なぜなら周りの人間、特に私のよく知る人間はみな蛾になってしまっていたのに、私は蛾になれなかったのだ。
私は、自分の他に、常識に排された人間をなかなか見つけられなかった。
それから数日は、他人のものを勝手に使うことに多少の罪悪感を覚えながらも、鍵の開いた家や店屋に転がりこみ食料と寝場所を確保した。
一週間もするとそれにも慣れて、他人のものだったものを勝手に使う罪悪感も消えて失せた。」

11: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:05:11.06 ID:PxgiPx6n0
「18日目のことだ。私はついに私以外の生存者をみつけだした。
彼女はユウコと名乗った。どういう字を充てるのかなどは知らない。とにかくそういう名だった。
私が彼女と出逢ったのは橋の下だった。
私が例のごとく家を転々としながら町を徘徊していると、河辺におかしなものが見えたのだ。
それはテントだった。
その用途に作られたような大層なものでなく、ただ布をつぎはぎして急遽、仮の宿として作ったようなみすぼらしいものだったよ。驚いたね。もう本当に。
なぜならそれは明らかに生きた人の痕跡に違いなかったからだ。
私は慌てて堤防を駆け下り、そのテントに向かって呼びかけた。
誰かいるのか。いるなら返事をしてくれ、とね。とにかく必死の思いだった。
暫く呼びかけていると、テントの中から彼女が這い出て来たんだ。
しかし、そこで再び私は驚いた。
彼女は私の半分も生きていないのではないかというほどに幼く、そして服を着ていなかった」

12: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:06:13.05 ID:PxgiPx6n0
「私が口を開けて棒立ちしていると、こんにちは、と彼女が言った。
私もおもわず、ああ、と返した。
驚きました。生きた人がまだいるなんて思わなかったです、と彼女が言った。
私は何故服を着ていないのか彼女に尋ねた。
彼女は一度でいいからやってみたかったんです、と答えた。
私はそうか、と頷いた。それから思い直して、それならもう服を着た方がいい、と付け加えた。
彼女がどうしてと聞くので、河原には人を刺す虫がたくさんいるのだ、と教えてやった」

13: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:08:22.16 ID:PxgiPx6n0
「彼女が服を着るのを待って、それからテントの中に入れてもらった。テントの中は案外暖かかった。
それから私たちは情報交換をすることにした。
まあ、どちらも大したことを知っているわけではなかったので、結局お互いほとんど話せることもなかったのだが、彼女の今までの経緯を聞く限り、どうやら彼女もやはり私と同じ境遇にあるらしいことがはっきりした。
ただひとつ私と彼女が違ったのは、彼女はその状況を全く深刻に捉えていないということだった。
彼女はそれなりにその状況を楽しんでいたらしかった。
見ればテントの中にもさまざま雑多なものが散在していた。
しかし、肝心な食料だとかはお菓子くらいしかなく、まともなものが置いていなかった。
何故食べものがこれしかないのか、と私が彼女に尋ねると、彼女は、家にこれくらいしかなかったのだと答えた。
それを聞いて私は、誰もいないのだからどこかから持って来ればいいだろうと言った。
すると彼女は、人のものを勝手に盗るのはよくないと言った。
私は呆れて、もしそれで死んでしまってもいいのかと尋ねると、悪いことをしないために死んでしまうならそれは仕方がないですよ、と彼女は答えた。
私は言葉に詰まってしまった」

14: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:09:25.99 ID:PxgiPx6n0
「私はそれから彼女とともにそこに住むことになった。
彼女のテントの隣りに私もテントを建て、そこを拠点とすることにしたのだ。
彼女はまだ幼く、一人にするのは忍びなかったし、何より私は初めて自分以外の生存者に出逢ったので嬉しかったのだろう。
彼女に尋ねると快く了承してくれた」

15: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:11:14.74 ID:PxgiPx6n0
「一緒に生活するうちにまず気がついたのは、彼女は見かけによらずなかなか逞しいということだった。
彼女は日中、大抵釣りをして過ごした。
家にあったという釣竿と、河辺で採ってきたミミズを使って器用に魚を釣り上げた。
私は釣り堀での釣りくらいしかしたことがなかったから、彼女の辛抱強さと手際の良さに感心してしまった。
私が、釣りが好きなのかと聞くと、彼女は、ここに来る前はしたことがなかったからずっとしてみたかったのだと答えた。
それを聞いて私はさらに驚いた。
しかし、確かに釣果はそれほど良くはなかった。
1日かけて小さな魚が2,3匹くらいのもので、これでは彼女の身体が持たないだろうと思った。
しかし彼女はそれで十分だと言った」

16: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:13:47.43 ID:PxgiPx6n0
「もう一つ彼女についてわかったのは、彼女が相当頑固であるということだった。
一度こうと決めたことは頑ななまでに曲げなかった。
一緒に暮らすことになった最初の日、私は彼女が釣りをする間、しかしそれだけでは二人分には足りないだろうから、とそれまでと同じく無人の町から食料を調達してきたのだが、彼女は頑としてそれらに口をつけようとはしなかった。
自分は釣った魚だけで十分だと言って聞かなかったのだ。
なら私が食べるのは構わないのかと尋ねると、彼女は、自分の考えを人に押し付けるのも良いことではないから、と答えた。
少しの間押し問答を続け、なんとか彼女を言い伏せようと試みたのだが、彼女はその点について決して譲ろうとはしなかった。
私は渋々、調達してきた食料を一人で食べた。
また、その翌日から、私は町へ行くついでに書店や図書館へ行き、鳥や獣の捕まえ方に関する本を片端から借りるようになった。」

17: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:17:34.79 ID:PxgiPx6n0
「彼女と生活を始めて2週間ほどが過ぎた。
彼女は相変わらず釣りをして過ごし、私は町の徘徊と小鳥用の罠作りに精を出した。
その頃には1日に1,2匹くらいは捕まえられるようになっていた。
ある日の夕食の際、彼女は後で私に尋ねたいことがあると言って私をテントに呼びつけた。
夕食のときくらいにしか顔をあわせることもなく、夕食のときにしても今日は何がどれくらいとれたということくらいしか話さなかったので、彼女からこんなふうに話しかけられるのは実に珍しいことだった。
それに今思うと彼女から話しかけられたのはこれが初めてだったのかもしれない。
そんなわけだから、私は不思議の念にうたれながらも、夕食のあと彼女のテントにお邪魔することにした。
テントに入るとやはりそこには雑多なものが散らかっていた。
初めて入ったとき以来彼女のテントに入ったことはなかったので、この時が2度目になる。
私は改めてテントを見回してみた。すると、1度目には気がつかなかったが、聖書や十字架のあることに気がついた。
私がテントに入っていくと、彼女は安心したように微笑んで、それから、お恥ずかしい話なのですが、と切り出した」

18: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:18:07.39 ID:PxgiPx6n0
「私は字が読めないのです、もし迷惑でなければお暇な時でいいので教えてくれませんか、と」

19: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:22:04.55 ID:PxgiPx6n0
「私は少なからず驚いた。
それにはいくつも理由があるが、あえて挙げるとするならば、彼女は態度や考え方、話す言葉が歳不相応に大人びているように見えたし、それに外見も小学校には通っているくらいの歳に見えたからだ。
そんな私の困惑を見てとったのか、彼女は付け加えるように説明した。
家庭の事情で小学校に通えなかったのだと。
私は自分がどれほど力になれるのかわからなかったが、自分などで力になれるのならと彼女の頼みを請け負った。
しかし私にはわからなかった。彼女はどうしてこんなときに文字などを習いたがるのか。
彼女にそう尋ねてみると、彼女はこんなときだから習いたいのだと答えた。
こんなときでなければ誰かにものを習うことなどできなかったと。
最後に私は、君はキリシタンなのかと尋ねた。
母がそうだったと彼女は答えた」

20: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:26:27.01 ID:PxgiPx6n0
「その翌日から私は毎晩彼女に文字を教えることになった。
彼女は覚えが早く、みるみるうちに上達した。
書くものがなかったので時間がかかりそうにも思えたのだが、読んで聞かせるだけですぐに覚えてしまった。
もちろん町からノートや鉛筆を持ってきても良かったのだが、彼女が嫌がるだろうからそれはしなかった。
はじめは絵本や簡単な小説を読んで聞かせていたのだが、ある程度読めるようになると、聖書を一緒に読むようになった。
これはなかなか厄介で、難しい表現も多い上に、私はキリスト教徒でなかったために読めても内容がよくわからなかった。
しかし彼女は何度も母親から読み聞かせられていたようで内容をよく知っていた。
だからお互いに教えあいながら聖書を少しずつ読み進めるのが2人の日課となっていった」

21: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:28:57.86 ID:PxgiPx6n0
「ある日の晩、その日の日課が終わったあと、彼女は私を引き留めた。
私が立ち上がろうとしたとき、彼女が私の袖をつまんだのだ。
私は不思議に思って彼女をみたのだが、彼女はそっぽを向いていた。
私は黙って再び座った。
しばらく沈黙が降りていたのだが、やがて彼女がぽつりと話し始めた。
私は死ぬのが怖いのだと。いつか自分も蛾になってしまうのではないかと、そんな夢を毎晩見るのだ、と」

22: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:34:28.36 ID:PxgiPx6n0
「私は彼女が強い人間だと思っていたから、その告白は意外というほかなかった。
私はなんと答えていいのかもわからず彼女を見た。
彼女は相変わらずそっぽを向いていたが、ランプに照らされた彼女のシルエットはなんだか萎んでいるように見えた。
そのとき、私には彼女が脱皮する蝉のように見えた。
蛹の硬い殻を脱ぎ捨て、青白く光る腹を宙にさらけ出す、美しくも弱く儚い姿。
彼女は運命に抗い、それに押しつぶされぬよう懸命にもがきながらも、その推し量り難き恐怖を隠すための殻を固持していたのだ。
それを脱ぎ捨てようとしている彼女に、私はなんとしても何か伝えねばならぬという強い衝動に駆られた。
君は、と私は切り出した」

23: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:35:36.64 ID:PxgiPx6n0
「君は蛾にならない。どちらかといえば蝶のほうが似合っている。
そう言うと彼女は一寸目を丸くして、それからすこし微笑んで、あなたは飛蝗に似ています、と言った。
私は、よく言われるよと返した。
すると彼女は安心したように笑って、今日だけ一緒に寝てくれませんか、と聞いてきた。
寝るまでの間、手を握っていてほしいと。
その晩、私は彼女のテントで寝た」

24: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:39:56.37 ID:PxgiPx6n0
「それから度々、彼女がどうしても恐怖に耐えきれぬというとき、私は彼女のテントで寝た。
もし夜がそんなに怖いのであれば、毎晩一緒にいてもいい、と私は言ったのだが、彼女はそれは嫌だと言った。
一度甘えてしまえばずるずると引きずってしまうから、そうしたらユウはユウでなくなってしまいそうだから嫌、なのだそうだ。
私は、僕がユウくらいの歳のときはもっと臆病だった、と伝えたのだが、彼女はやはり頑として受け入れなかった。
あれ以来、彼女は自分のことをユウと呼ぶようになり、私もいつの間にか、彼女の前では自分のことを僕と言うようになっていた」

25: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:45:28.77 ID:PxgiPx6n0
「3ヶ月ほどが過ぎた。
そのころから私はだんだんとここに助けなど来ないのだということを感じ始めていた。
町を徘徊しても救助隊は疎か、私と彼女の他に生存者さえ見つけられなかったからだ。いや、その痕跡さえも。
町を徘徊するようになってから外部と連絡をとることを幾度となく試みてきたのだが、一度として繋がったことはない。
どこかで途絶えてしまっているのか、そもそも繋がっていないのか、電気を使うものはほとんど使えなかったのだ。
だから、町から何か食べ物を持ってくるにしても、生ものなどはもちろん大抵のものは傷んでしまってもう駄目になっていた」

26: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:50:54.54 ID:PxgiPx6n0
「私は彼女にここを離れることを提案してみた。
彼女は逡巡するそぶりを見せたが、首を横に振った。
理由を聞くと彼女は困った顔を見せ、ここを離れたら安全なんですか、と聞いてきた。
私は答えられなかった。絶対にそうとは言い切れなかったからだ。
しかしここにいても恐らく助けは来ないだろうと彼女に言うと、彼女も、そうかもしれませんね、と頷いた。
でももう少しだけ待ってくれませんか、と彼女が言うので、私はそれに従うことにした」

27: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:56:14.42 ID:PxgiPx6n0
「それから数日して、彼女が誕生日を祝いましょうと言い出した。
私が誰の誕生日かと聞くと、彼女は、2人の、と答えた。
わたしが説明を求めると彼女はこう答えた。
ここにはカレンダーもありませんし、今となっては日付けもわかりません。なら誕生日を祝うのだっていつにしても同じじゃないですか。
私は確かにそれもそうだと思ったのでいつ祝うのかと彼女に尋ねた。
すると彼女は今日がいいと言う。
突然だとは思ったが、何か都合などがあるわけでもなかったのでそうすることになった」

28: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:57:54.79 ID:PxgiPx6n0
「私は彼女にプレゼントを渡したいと考え始めた。
当然、こんな状況で大層なものが用意できるはずもなかったので、このとき、私にとって、プレゼントを考えるというのは非常な難題であった。
なにか作って渡すにしても私は器用なほうではなかったし、まともなものが作れるとも思えなかった」

29: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 01:59:01.42 ID:PxgiPx6n0
「一番無難な案としては、いつもより豪華な晩餐を用意するというものが思い浮かんだが、なにぶん今日の料理当番は彼女だったのでこれも駄目だった。
町を徘徊しながらうんうん唸って考えていると、なんだか自分たちが本当の親娘のようにも思えてきた。
しかし私の娘にしては彼女は造りが綺麗すぎて、なんともちぐはぐな感じで私は可笑しくなった。
そうして用でもないことを考えながら歩いているうちに一軒の洋服店が目に入った。
そこで私は妙案を思いついた」

30: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:00:42.44 ID:PxgiPx6n0
「橋の下に戻ると彼女はもう釣りを終えて夕食の準備に取り掛かっていた。
私はプレゼントが彼女に見つからないように、慎重に堤防を降りて行った。
お互いにお疲れ様と労をねぎらってから、彼女がもうすぐで夕食ができると言うので私は大人しく待った」

31: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:03:48.40 ID:PxgiPx6n0
「夕食の段になると私は例のプレゼントを持ち出して差し出した。
渡したのは赤いマフラーだった。
これは町の服屋で買ったものであるということ、勝手に持ってきたわけではなく値札についた値段をレジにおいてきたということを伝え、もしよければもらってくれないかと言ってみた。
すると彼女は固まったようになってしまい、私は少し不安になった。
私が不安そうな顔をしたのを見て取ったのか彼女は慌ててありがとうございますと言った。
人からプレゼントを貰ったのは初めてで驚いてしまったのだと。
それから彼女は笑顔でマフラーを胸に抱きしめながら、とても素敵ですと言った」

32: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:10:50.49 ID:PxgiPx6n0
「夕食を食べ終えると彼女は少しそわそわしながら私を見ていた。
私がどうしたと聞くと、我が意を得たりというように彼女が話し始めた。
もしよければこの後すこしだけ遠出しませんか。
彼女は遠慮がちに言っていたが、自分の服の裾を握りしめた手が、それが大切な願い事であるということをありありと示していた」

33: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:11:45.36 ID:PxgiPx6n0
「私はその意図がつかめなかったが、きっとそのうちわかるだろうと彼女に同意を返した。
彼女は私が頷いたのを見てぱっと花開いたような笑顔を見せた。
それから、ではこの片付けが終わったらユウについてきてください、と心なしか胸を張りながら言った」

34: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:15:56.67 ID:PxgiPx6n0
「私と彼女は30分ほど川に沿って上流へと歩いていった。
河原というのはごろごろと石が多いために想像していたより歩きづらく、これがなかなか大変な道程であった。
しかし意外にも彼女は歩き慣れているのか、すいすいと進んでいった。
私は彼女のあとをゆっくり追っていくのが精一杯で、時々彼女に前から急かされながら先へ進んでいった」

35: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:17:28.23 ID:PxgiPx6n0
「川は遡るほどに僅かずつながら細くなっていくようで、周りからも町の面影が消えていった。
歩くほどに日も暮れていった。
そうして歩いていった先で、彼女が突然立ち止まった。
そして私に振り返って言った。上を見てください、と。
そこで私は空を仰ぎ見た。
私は息を呑んだ。
空には星が尾を引いて散っていたのだ。私は感動に言葉を失い、ただただ呆然と空を見た。
暗闇で、もう彼女の姿は見えなかったが、彼女が微笑んだのがなんとなくわかった。
彼女はそっと話し始めた」

36: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:18:23.02 ID:PxgiPx6n0
「ごめんなさい。嘘をつきました。
本当はユウ、今日が何の日か知っていました。
ずっと日を数えていたんです。
今日は本当はユウの誕生日なんです。
流星群の日なんです。
ユウはこれをあなたに見せたかったんです。いえ、これをあなたと見たかった。
ユウ、このときをずっと楽しみにしていて、それで、失礼かもしれないですけど、なんだかユウとあなたがまるで夫婦になったみたいだな、なんて……」

37: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:19:45.27 ID:PxgiPx6n0
「私は赤いマフラーを巻いた彼女の姿を眺めながら胸の中が暖かい気持ちでいっぱいになった。
年甲斐もなく顔が火照っているのを感じた。
今日、そのマフラーを選んでいるとき、僕もそんなことを思っていたんだ。
私は爪の先ほどの小さな嘘を交えた本当を伝えた。
彼女は驚いた表情を私に向け、それから微笑んで、私たち似てるんですね、と言った。
蝶と飛蝗なのに、と聞くと彼女は、蝶と飛蝗だって結構似てますよ、と返した」

38: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:20:33.18 ID:PxgiPx6n0
「それからしばらく私たちの間には無言が流れ、二人ともただ星空を眺めていた。
私は叶わぬ願いと知れども胸の内に永遠を願っていた」

39: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:23:43.28 ID:PxgiPx6n0
「少しして彼女がまたポツリと話し始めた。
ユウは最近、自分が蛾の繭になる夢を見るんです、と。
私は目を見開き彼女を見た。
彼女は私のほうを向いていなかった」

40: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:25:02.87 ID:PxgiPx6n0
「ユウは、不謹慎かもしれないですけど、いまとても幸せなんです。
みんなが蛾になってしまって、私を育ててくれた大好きなお母さんも蛾になってしまって、それでもユウはあなたといられる事が嬉しかったんです。
だからユウは死ぬのがやっぱり怖いです。
でも、花のように咲き出ては、です。短い人生でしたけど、それは私だけのことじゃないんです。
短い人生でしたけど、私は楽しかったですよ、と彼女の口から次々溢れるように言葉が零れでた」

41: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:25:46.09 ID:PxgiPx6n0
「私は手の届く位置にいるはずの彼女の輪郭がふっと消えていってしまうような気がして、思わずぎゅっと彼女を抱きしめた。
彼女は目を丸くして、どうしたんですか、と微笑んだ。
私は、君は蛾にはならない、と半ば自分自身に言い聞かせるように言った。
それを聞いて彼女は、そんなに突然いなくなったりはしませんよ、と少し呆れたように笑って言った」

42: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:26:17.28 ID:PxgiPx6n0
「次の朝、私が目をさますと彼女はいなくなっていた」

43: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:27:27.85 ID:PxgiPx6n0
「私は彼女の名を呼びながらテントの中を探し、橋の下を探し、昨日の場所まで戻って探し続けたが、やがてその無意味を悟った。
私はどうにもならない空虚さを身の内に認め、それを現実と認めた。
私はやはりそれが夢でないこと、二度とユウコには会えないだろうことにどこか気がついていて、我ながら自分の薄情に嫌気がさした。
涙さえ流れなかった。
私はもう一度彼女のテントに入り、そこに手紙を見つけた」

44: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:28:40.76 ID:PxgiPx6n0
拝啓

母が持っていたれたーせっとをかりて、あなたへの別れをつづります。
あまり長いものは書けそうにないのでてみじかに書きます。
おせわになりました。
ありがとうございました。
さようなら。

愛しています。

45: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:36:08.20 ID:PxgiPx6n0
「私は頬に熱い筋の走るのを感じた。次に嗚咽が漏れた。
私は玉子焼きが好物だった自分の妻を思い出し、いたずらばかりしていた愛しい息子を思い出し、そして先日出会ったばかりであるはずの不思議な少女のことを思い出していた。
私はその時になってようやく、それがどれほどまでにどうしようもなく手の届かないものであるかということに思い至った。
私は膝からくずおれ、暫しの間、みっともなく泣き続けた」

46: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:37:15.32 ID:PxgiPx6n0
「私はその拙い筆跡の手紙と赤いマフラーを持って橋の下を離れた」

47: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:38:10.82 ID:PxgiPx6n0
「私は持っていたコンパスで北へ北へと歩き続け、町などがあれば缶詰など日持ちする食料を調達し、なければ小鳥をとって食べ命をつないだ。
生存者を探し、連絡を取ることを試み、自分のいる証を残してきたりもしたが、今までのところ成果はない。
私はなぜ生きているのか。なぜ妻でなく、息子でなく、彼女でなく、私なのか。
その答えを私は見つけられそうにない。
もしかするとこれは私に対する罰なのかもしれない。
もしそうだとするならば、私の立場にいる者が妻でなく息子でなく彼女でないことを神に感謝しよう」

48: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:40:23.75 ID:PxgiPx6n0
「最近私はよく自分が繭になる夢を見る。
これが自分の恐怖に形作られた幻影などではないことを私は知っている。
私は最後の時を費やし、私の生きた証、彼女のいた証をここに記す。
願わくはこの筆跡がいずれ誰かの目に触れ、私と彼女の真実がただ字面の上に過ぎぬといえども仮初めの命を得んことを」

49: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:41:10.52 ID:PxgiPx6n0
文章はそこで終わっていた。
あなたはゆっくりとページをめくっていき、残りの全てのページが白紙であることを確かめる。
それからあなたは裏表紙を見てみた。
そこには「Dedicated to Yuko」と書かれていた。
あなたはそれをじっと眺めてみる。やはり意味はわからなかった。
あなたは廃屋を見回してみる。大金への未練を振り切る。
最後にあなたはノートだけを持って廃屋を出た。

50: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:45:19.96 ID:PxgiPx6n0
現実逃避で書きました。
眠いです。
もし読んでくださった方がいたらここにお礼申し上げます。
長々と読んでくださってありがとうございました。

51: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 02:52:10.35 ID:G0ScyhmH0
なかなか面白かったよ

53: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2014/09/30(火) 09:22:38.44 ID:tAEdfdLQ0
読んでる奴もでっかい蛾なんだろうか

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コメント

1  ライムソーダ :2018年10月02日 20:15 ID:ba.F7BAf0*
面白いじゃないか
2  不思議な名無しさん :2018年10月02日 20:39 ID:WxnCSGOH0*
いいね
綺麗だね、いい設定だね
3  不思議な名無しさん :2018年10月02日 20:40 ID:8wKnbXpW0*
いかす!!
4  不思議な名無しさん :2018年10月02日 20:48 ID:qu0IXIVY0*
最初は「夢見館の物語」かと思ったら違った
5  不思議な名無しさん :2018年10月02日 21:10 ID:MCuMSJxd0*
続きが読みたくなるお話
触れると壊れそうな綺麗な文だね
6  不思議な名無しさん :2018年10月02日 21:11 ID:6FEVaMEO0*
ええやん
7  不思議な名無しさん :2018年10月02日 21:23 ID:emK1eopi0*
こういうのしゅきぃ……
8  不思議な名無しさん :2018年10月02日 21:42 ID:TRiEefFc0*
ええやん。ただ英語圏の設定ならユウコもエミリーとかにしておいてくれ。
9  不思議な名無しさん :2018年10月02日 21:43 ID:gzjKF1vT0*
とても綺麗なお話でした
10  不思議な名無しさん :2018年10月02日 21:53 ID:gd97o4nG0*
頭の中で日本人で再生されたからおじさんと少女っていう設定がちょっと気持ち悪い
11  不思議な名無しさん :2018年10月02日 22:00 ID:g3mHPCEj0*
つまりどういう事だってばよ
12  不思議な名無しさん :2018年10月02日 22:05 ID:32hawc3J0*
そうか、つまり君はそういうやつなんだな
13  不思議な名無しさん :2018年10月02日 22:07 ID:VaAdcFNK0*
最後にこのお話を見つけたのは誰なのか。

そこもまた考えさせられる話だね…
その人も蛾にならなかった人なのか、それとも…
14  不思議な名無しさん :2018年10月02日 22:09 ID:VaAdcFNK0*
最後にこのお話を見つけたのは誰なのか。

そこもまた考えさせられる話だね…
その人も蛾にならなかった人なのか、それとも…
15  不思議な名無しさん :2018年10月02日 22:11 ID:VaAdcFNK0*
とても綺麗な話だね。

最後にこのお話を見つけたのは誰なのか…
その人は蛾にならなかった人なのか…
それとも…
16  不思議な名無しさん :2018年10月02日 22:14 ID:f.WBdjZl0*
おっさんだけどきゅんきゅんした
儚くも美しい
17  不思議な名無しさん :2018年10月02日 23:16 ID:c.wYJ63w0*
はー読んで損した時間の無駄!ってのが正直な感想
米欄見てから期待して読んだけど…みんな本当にそんな良かったか?言うほどか?
人それぞれなんだなぁ…
18  不思議な名無しさん :2018年10月02日 23:52 ID:qtVwlusv0*
続きが読みたい文章だな
なかなか良かった

 
 
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