喪黒福造「奥様と円満な形で離婚するのが、あなたのお望みなんですね?」 エコノミスト「その通りです」
ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。
この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。
そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。
いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。
さて、今日のお客様は……。
小室保馬(40) エコノミスト
【座敷わらし】
ホーッホッホッホ……。」
経済問題を巡り、侃々諤々の議論を行う出演者たち。今日の出演者は、経済関係の学者や文化人たちが多い。
どの出演者も、皆、自分の持論を大声で好き勝手に唱えている。この男もそうだ。
小室「今の日本経済に不可欠なのは、将来、発展する可能性がある分野を育てることです!」
「農業、観光、再生医療、AIなど……。これらの分野は大いに発展の余地があります!」
テロップ「小室保馬(40) 城南大学教授・エコノミスト」
早朝。テレビ局の控室。討論番組が終わり、出演者たちはビールを飲みながら談笑している。
一人でビールを飲む小室に対し、この番組の司会者が声をかける。
田村「小室先生。あなたが執筆した新著、読ませていただきましたよ」
テロップ「田村恭一朗(84) ジャーナリスト、『朝まで激論テレビ』司会者」
小室「ああ。『新・経済原論』のことですか……」
田村「そうです。僕とは考えが若干違うものの、なかなか興味深い内容でした」
出演者A「あれが、『新進気鋭のエコノミスト』と呼ばれる小室保馬か……」
出演者B「小室は一匹狼で変わり者らしいけど、どうやら噂通りの男のようだな」
テレビ局を出て、タクシーで帰りにつく小室。
小室(一匹狼で変わり者……か。それで大いに結構だ)
(頭脳と論理で社会を分析し、未来を切り開いていくのが俺のやり方だからな)
ある高級住宅街。小室家、台所。朝食を食べる妻を目にする小室。
葉月「あら、あなた食事は?」
テロップ「小室葉月(38) 七橋大学教授・経営学者」
小室「外で済ませてきた。こんなこと、言わなくても分かるだろう」
葉月「まあね。私たちは夫婦なのに、家で顔を合わせる機会さえも少ないんだから……」
小室「俺はこれからゆっくり寝る。君は今から仕事に行くんだろ」
小室(そろそろ俺は、妻と別れるべきなのかもしれないな……)
昼。ファミレス。とあるテーブルで、小室は、編集者に原稿を渡す。
小室「これが来週分の『週刊ビジネスマン』の原稿です」
編集者「ありがとうございます。先生の過去の連載分、書籍化してはいかがでしょうか」
小室「まあ……。原稿のストックが貯まっていますから、ちょうどいいでしょうね」
遠くの席でコーヒーを飲む喪黒福造。喪黒は、編集者と会話する小室の姿を目にする。
原稿を受け取り、店を出る『週刊ビジネスマン』編集者。席で一人になった小室に、喪黒が声をかける。
喪黒「あのぅ、もしかしてあなた……。小室保馬先生ですね?」
小室「ええ。そうですよ。私が小室保馬ですよ」
喪黒「ならば、ちょうどいいところです。サインをお願いしますよ」
喪黒は、小室の著書とサインペンを持っている。
ペンを持ち、自著にサインをする小室。
喪黒「ありがとうございます。それにしても、著名なエコノミストにこんな所で出会えるとは……。まさに奇遇ですなぁ」
小室「まあ、偶然というよりはある意味必然でしょう。というか、世の中で起きていることは全て必然なのです」
「世の中のあらゆるものは、『法則』によって動いているわけですから」
喪黒「それはどういうことです?」
小室「私が、さっきの編集者と会う場所に選んでいたのがこの店であり……。このファミレスは有名な店……」
「エコノミストとしてある程度名が売れている私が、有名なファミレス店にいた。そのおかげで……」
「私はこの店で、読者から声をかけられても不思議ではなかった……。そういうことです」
喪黒「ほぅ……。物事には原因と結果があり、何事も法則性で動いているということですか」
小室「はい。しかも、その法則性を理性や論理によって解明するのが学問なのです」
喪黒「いやはや……。エコノミストらしく、ずいぶん理詰めで合理的なお方ですね……」
「しかし……。理性では説明がつかない分野も、この世にはあるわけですから……」
喪黒「それは、人間の心です。なぜなら、誰もが心にスキマを抱えているわけですから……」
喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。
小室「ココロのスキマ、お埋めします?」
喪黒「私はセールスマンです。お客様の心にポッカリ空いたスキマをお埋めするのがお仕事です」
小室「人生相談とか、カウンセリングのお仕事ですか?」
喪黒「どちらかというと、ボランティアみたいなものですよ。ほら、小室先生も心にスキマがおありのはずでしょう?」
小室「そんなことはありません。私は仕事ではうまくいっていますから……」
喪黒「確かに、先生はお仕事ではうまくいっているでしょう。しかし、家庭の方はどうでしょうか?」
小室「そういえば……。私も妻も仕事に明け暮れたせいで、今はお互いにすれ違いが目立っていて……」
喪黒「小室先生。よろしかったら、私があなたの相談に乗りましょうか?」
小室「シンクタンクを辞め、アカデミズムの世界に転身した私は葉月と出会いました」
喪黒「確か、当時の葉月さんは大学准教授だったはずですよねぇ」
小室「はい。私は彼女と意気投合し、結婚にまで至ったんですが……」
「結婚後も私たち2人は、仕事が忙しく家にいることが少なかったですね」
喪黒「でも、結婚当初はまだ……。先生と葉月さんは夫婦仲が冷え切っていなかったでしょう?」
小室「ええ。私も妻もあのころは、子供ができることを夢見ていました……」
「ですが……。妻は妊娠したものの、無理をして仕事を続けたせいで流産しまったんです……」
喪黒「それはお気の毒ですなぁ……」
小室「子供の死産にショックを受けたせいか……。あれ以来……」
「私も妻も、以前にもまして仕事に没頭するようになりました。何かにつかれたように……」
喪黒「そのおかげもあってか、小室先生はエコノミストとして頭角を現しましたし……」
「奥様も准教授から教授になることができましたねぇ」
小室「とはいえ……。私と妻は社会的地位が上がるにつれ、夫婦仲が冷え切ってしまいました」
小室「そんな気持ちは全くないですね。そろそろ別れようとかとも思っているくらいです」
「それに、あの流産以来……。妻はどんなに頑張っても、妊娠しませんでしたから……」
喪黒「そうですか……。それは悪いことを聞きました」
小室「妻と別れたいんですけどね……。離婚を切り出すタイミングが、なかなか見出せないんですよ」
「おそらく、葉月も同じ気持ちでしょう……」
喪黒「なるほど……。奥様と円満な形で離婚するのが、あなたのお望みなんですね?」
小室「その通りです」
喪黒「分かりました。小室先生、いいものをあげましょう」
喪黒は鞄から何かを取り出す。机の上に置かれたのは、着物を着た女の子の日本人形だ。
小室「何ですか、これ?」
喪黒「座敷わらしの人形ですよ」
小室「座敷わらし……。ああ、東北地方で伝えられている家の神のあれですか?」
小室「ハハハ、バカバカしい話ですね。そういった迷信の類は信じないのが、私の主義ですから……」
喪黒「まあまあ……。これは、お守り代わりだと思えばいいんですよ」
小室「そうですか。あなたのお気持ちを無視するのは悪いですから……。この人形、貰っておきましょう」
喪黒「どうもどうも……。その代わり、先生には約束していただきたいことがあります」
小室「約束!?」
喪黒「はい。座敷わらしの人形は、1か月以内に私の元へ必ず返却してください」
「何しろ、この人形の効果は本物なので、長いこと保有すると副作用が出る恐れがあるのですよ」
小室「変わった約束ですけど、まあいいでしょう……。1か月以内に返せばいいんですね?」
喪黒「そうです。約束はちゃーんと守ってくださいよ」
小室「わ、分かりました……」
小室の部屋に入る葉月。
葉月「あなた、ご飯よーー」
台所。夕食を食べる小室と葉月。
小室「こうやって、2人で夕食を食べるのも珍しいな」
葉月「ええ。お互いに仕事、仕事で別行動が当たり前だったんだから……」
小室「ああ。そのことなんだが……」
葉月「何!?」
小室「実はな……。俺、そろそろ君と別れようかと思っているんだが……」
葉月「うん。私も前から、あなたと別れることを言おうと思ってた。でも、なかなか言い出せなくてね……」
小室「そうなのか。君も、俺と似たようなことを考えていたんだな……」
小室のモノローグ「妻との離婚を切り出すことができて、俺の胸の中はかなり楽になった……」
七橋大学。同じく、キャンパスで授業を行う葉月。プロジェクターで、スクリーンに文章が映し出されている。
小室のモノローグ「おそらく、その気持ちは葉月も同じはずだ」
ある夜。レストランで夕食をとる小室と葉月。
小室「それにしても……。今になって、お互いに心を開くことができるとは……」
葉月「ホントにねぇ。私たちの夫婦生活って一体何だったのかなぁ」
小室「俺も君も仕事人間だから、家庭を持つことに向いていなかったんだよ」
葉月「結局、そういうことなんだろうねぇ」
小室「でも、俺は君のことが嫌いになったわけじゃない」
葉月「私もそうよ。私とあなたは似た者同士なんだから」
小室「別れるまでの残りの結婚生活は、お互いに仲良く過ごそう」
葉月「ええ、そうしましょ。このまま円満に離婚できれば、どちらも悔いはないから……」
小室のモノローグ「皮肉なことに、離婚が決まったおかげで俺と妻は良好な関係になった」
とあるコンサートホール。白髪頭の指揮者が指揮棒を振る。
ベートーベンの交響曲第5番「運命」を演奏する楽団。「運命」は、第4楽章が演奏されている。
音楽を聴き入る観客たち。観客の中には、小室夫妻もいる。
コンサートホールを出て、会話する小室と葉月。
小室「さっきの『運命』の曲が、今も俺の頭の中で響いている」
葉月「私もよ。この曲は、現在の私たちの心境に合っているかもしれないよねぇ」
「ベートーベンの交響曲第5番のテーマだ……」
葉月「私たちの結婚とその後の破局も、ある意味宿命だったのだろうね」
小室「宿命なんてあるのか?そもそも人間は、理性の力であらゆる問題を解決してきたんだろ」
葉月「理性で解決できないことは結構あるじゃん。そもそも、私たちの結婚生活もそうでしょ」
小室「言われてみれば……な」
夜。小室家。床の間にある、例の人形――喪黒から貰った座敷わらしの人形を眺める小室。
小室(この人形を見ていると、なぜか不思議な気持ちになる……)
城南大学。教授会に参加する小室ら教授陣たち。会議を終え、廊下を歩く小室に他の教授が声をかける。
他の教授「小室先生。極東経済新報社の『河合栄治郎賞』の受賞が決まったそうですね」
小室「ええ、まあ……。知らせを聞いた時は、私もびっくりしましたよ」
(喪黒「この人形があれば、先生のご家庭には何かしらの幸福がもたらされるはずです」)
小室(そんなこと、あるわけないよな……。非科学的すぎる……)
他の教授「おめでとうございます、先生」
小室「どうも……」
学術賞の受賞が決まったのに、小室はなぜか浮かない顔のようだ。
夜。小室家、床の間。座敷わらしの人形の目を、睨みつけるように見つめる小室。小室は不安そうな表情をしている。
小室「お前は一体、何者なんだ……!?」
翌日。BAR「魔の巣」に入店する小室。店の席には喪黒が座っている。
喪黒「やぁ、小室先生」
小室「喪黒さん……」
鞄から、座敷わらしの人形を取り出す小室。彼は思いつめた表情をしている。
小室「ええ。でも……。そのせいで、今の私は憂鬱で仕方ないんです……」
喪黒「どうしてですか?この人形の効果が本物であることが分かったでしょう?」
小室「そんなはずはないです!そんな非科学的で不合理なことが、実際にあってたまりますか!」
「私は合理主義者なんです!だから、非科学的で不合理なことを認めるわけにはいきません!」
「ですが、ですが……。座敷わらしの人形が持つ怪しい効果を、内心では認めそうになりそうで……」
「今の私は、頭がこんがらがっているんです!!」
喪黒「そうですか……」
小室「喪黒さん。これ、返しますよ……。私にとってこの人形は、存在自体が不気味なんです!」
喪黒「おや、もう返すのですか?早いですねぇ……」
夜。小室家。寝室のベッドにいる小室と葉月。葉月は眠っている。
小室(こうやって、葉月と一緒にベッドで寝るのも久しぶりだ……)
次第に深い眠りにつく小室。彼は夢を見る。
人形「あたしだよ。お父さん」
大きな樹木の下で……。小室の目の前に、座敷わらしの人形が立っている。着物姿の女の子の、あの人形が――。
小室「お、お前は誰だ……?」
女の子「あたしは、お父さんとお母さんの間にできた子供よ」
「お母さんが流産していなければ、今の年齢になってたはずだよ」
小室「ま、まさか……。こんな……」
女の子「あたしね……。いつか、お父さんとお母さんの元へ生まれて来るつもりだよ」
「だから、お父さん……。お母さんとは別れちゃダメ。まだ、仲良くやれるでしょ」
小室「ああ、そうかもしれないな……。今度、お母さんと話し合ってみるよ」
女の子「ありがとう……」
夜空の彼方へ飛び去っていく女の子。彼女が遠ざかるとともに、空には夜明けの太陽が昇る。
早朝。ベッドの上で、目を覚ます小室と葉月。
葉月「実は私、変な夢を見たの。日本人形の女の子が、死んだ娘の姿になって……」
小室「お、俺もそうなんだ……。夢の中に、死んだ娘が出てきて……」
ある病院。出産を成し遂げた葉月を見守る、医者、助産師、小室。
葉月が産んだ赤ん坊を抱きかかえる助産師
助産師「おめでとうございます!元気な女の子が産まれましたよ!」
赤ん坊の姿を見て、うれし泣きをする葉月と小室。
葉月が入院する病院の前にいる喪黒。
喪黒「現在、日本の離婚率は3組に1組と言われているように……。何らかの理由で離婚に追い込まれる人たちが、少なからずいます」
「なぜなら、夫や妻といえども人格は別々ですし……。結婚生活が進むにつれ、両者のわだかまりは必ず大きくなるものです」
「そもそも、愛の感情と憎しみの感情は互いに裏表の関係であり……。深い情で結ばれた感情は、こじれやすくできています」
「しかし、人間には、相手を理解しようとする気持ちも同時にありますし……。両者が理解できれば、希望も生じるでしょうから……」
「まあ、ところで……。離婚の危機を乗り越えた小室夫妻は、今、『希望』という名の子供に出会うことができたのかもしれませんねぇ」
「オーホッホッホッホッホッホッホ……」
―完―
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喪黒福造「奥様と円満な形で離婚するのが、あなたのお望みなんですね?」 エコノミスト「その通りです」
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喪黒福造「奥様と円満な形で離婚するのが、あなたのお望みなんですね?」 エコノミスト「その通りです」
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コメント一覧 (2)
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- 2018年10月05日 19:49
- 来たな変化球。
-
- 2018年10月05日 20:14
- イイハナシダナー
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