速水奏「最近、周子のキスが物足りないのだけれど」
周子×奏のガッツリ百合で、地の文ありです。
「…ええと」
「手、抜いてるでしょ」
「ちょ、奏ちゃん落ち着いて。近い、近いって。ここ事務所やし」
事務所のソファに寝転がって、フレデリカがインド旅行のお土産として配っていた八ツ橋をみょいんと伸ばしていた周子の上に、四つん這いにのしかかって顔を見下ろした。いわゆる床ドンみたいなものだ。
床ではなくソファだとか、きっと誰かにこの現場を見られたら相当まずいとか、いまはそういうことはどうでも良い。
「正直に答えて」
「えぇ…っと奏ちゃん…って八ツ橋好き?」
「はぐらかさないで」
「奏ちゃんって可愛いよね」
「っ、誤魔化さないで、ちゃんと私の質問に答えて」
「あー奏ちゃん可愛い!まつげ長い!顔がいい!いい匂い!肌すべすべ!かしこい!かっこいい!」
「あのねぇ!!」
さっきの謎の褒め殺しのせいで赤くなっているであろう耳も、ひとまず隠さずにそのまま言葉を続ける。
「最近、随分とキスが素っ気なくなった気がするわ」
「そ、そうかなぁ?シューコちゃん的には全然…」
「嘘」
「嘘って言われてもね~。じゃあ逆に聞くけど、なんで奏ちゃんはそう感じたわけ?」
「なんで…って…」
言葉をまとめるため、床ドンの姿勢はやめて周子の太ももの上にまたがる形で腰を下ろす。「その姿勢、めっちゃえろいんやけど」と周子の声が聞こえた気がするけれど、思考の邪魔になるので無視をした。
数ヶ月前、事務所の大規模なライブの時。ライブ終わりの余韻が残るステージ裏で、周子が不意に唇を重ねてきた。
呆気にとられる私の耳に、周子が「好き」と囁いてきて、──今に至る。
と言っても、ふたりの関係が大きく変わったわけではない。
元からふたりで遊ぶことはあったし、不思議なことに距離感自体は近かったから。
けれど、『友達』と『恋人』の決定的な違いはあった。そう、キスだ。
周子がどうかは知らないけれど、私は彼女以外と唇を重ねたことは一度もない。
それでも分かるのは、「周子はとにかくキスが上手い」ということ。
最初は優しく唇に触れるだけなのに、気付かないうちにゆっくりと奥を暴かれてしまう。
舌先、裏顎、歯列を丁寧になぞられるたびに行き場のない衝動が積もっていく。不安も理性も秩序も思考力も、周子の舌が絡め取っていくような錯覚に陥って、このまま快楽に溺れて、溶けてしまってもいい、なんて思い始めた頃に唇が離れていく。
透明な橋がぷつんと切れたことで、ぽーっとしていた頭になけなしの理性が帰ってきて、なんとか立っていられる──というわけだ。
終わったあとの余韻はすさまじくて、きっと私は間抜けな顔をしてしまっているのだろう。
恥ずかしい気もするけれど、それ以上に気持ちが良い。
そんな周子とのキスが私は大好きだった。
だった、のに。
最近は唇が触れるだけの、子供騙しのキスで切り上げられてしまう。
私が抗議しようとしても話を逸らされて、結局熱は燻ったまま。
そんなことが何日も続いて、ついにその熱が爆発した。
いつものキスで感じる充足感もとろけるような幸福感もなにもかも、今は足りない。
「感じるものってなにー?」
上半身を軽く起こし、にやにやと、いつもこちらをからかう表情で周子が見つめてくる。
ここで言い淀んだら、きっとまた彼女のペースに乗せられて有耶無耶になってしまう。
「言ってくれなきゃさすがのあたしもわかんないなぁ~。八ツ橋おいし」
…今日はいつも以上に素直に、大胆に行きましょう。
少し、いや、かなり恥ずかしいけれど。
「…頭が、ふわふわして。胸の奥が熱くなって視界が潤んで、…このまま、周子の言いなりになっても構わないっていう気持ち」
しばしの沈黙。
「…か、奏ちゃん、だいぶ…かなーりすごいこと言ってるって分かるかな…」
周子が、珍しく顔を真っ赤にしている。
勝った!と内心ガッツポーズ。
そのあと時間差で、自分の言葉に苦しめられそうになったのでそうなる前に追撃。
ソファのてすりに背中をもたれさせている周子に、むに、と胸を押し付けるように距離を詰める。
ぎくりと彼女の身体が強ばるのが分かった。
「寂しいの。あんなに身を焦がすようなキスされたら…もう、周子無しじゃ生きられないから…ねぇ、責任、取って」
今の私の、精一杯の誘惑。
静かな事務所に、ごくりと喉がなる音だけ響く。そのまま、唇を───
「っきゃあ!」
突然周子が飛び起きて、上に乗っていた私はさっきとは反対に押し倒される形になる。
夏でもないのにぽた、と周子の汗が肌に落ちた。
「はーっはーっあぶなかったキスするとこやったわ!!」
「しなさいよ!」
「し!ま!せ!ん!」
はあはあとお互い肩で息をしている音がしばらく続いた後、周子が後ろにぐで、と倒れた。
「…あのさ、奏ちゃんって今何歳?」
「…?17歳」
周子の質問の意図を汲み取れないまま答えると、大きなため息が返ってきた。
なに、それ。聞かれたから答えたのに。
その…なんていうの?欲望を?これはさ、あたしのつまらない意地というか矜持というか」
「…それで?それがどう繋がるの?」
「あー。えーとねー。
まあつまり、キス以上のことはやめておこう、そのかわりキスはもう、すっごいのを。って考えてて、最初はそうやったんだけどさー…ねえ、これ言わなきゃいけない?」
「もちろん」
「だよねー。…ま、なんかね、キスするやん?
で、奏ちゃんの反応見たらさ…もうね、めっちゃ可愛くて、いやらしくて、ステージじゃあんなにキリッとしてるのに、あたしにこんなに蕩けた顔見せてくれるやん。
それで。ほんの一瞬だけよ?一瞬ね、」
と、先程までだらだら汗をかいて目を逸らしていた周子が、不意に目を合わせて、それからくい、と私の腕を掴んで引き寄せた。周子の吐息が耳に触れ、思わず声を上げそうになる。
「壊れるくらいに抱きたくなった」
「なんてねー。…とまあ、こういうわけで。自分が怖くなっちゃって…情けない話なんやけども…
ごめんね、そういう訳でキスはしばらく」
「…やだ」
ドクドクとうるさい鼓動に押し潰されそうで、声を出すのもままならない。
まるで駄々をこねる子供のような二文字を辛うじて絞り出すと、周子のきれいな黒の瞳が驚きでまるくなった。
「あんな、こと、耳元で言われて…それで、我慢しろなんて。無理に決まってるわ」
「…っ」
「周子、私、あなたになら壊されてもいいから。ねぇ」
「…………わかった、折衷案!きらっ☆…いや、ふざけてないって」
こほん、とわざとらしく周子が息を整える。どういう言葉が飛び出すのか、期待半分訝しみ半分…いや、後者の方が僅かに上か。
「…やっぱり、毎日ああいうキスをするのはお互い良くないと思うんよ。
奏ちゃんはキスに依存しちゃって本物のキス魔になっちゃうし、やっぱ最初に心に決めたことは、あたしも守りたいっていうか…あと、もっとゆっくり段階を踏んでいかないと。
だからさ、週一。週一で、とびきりのキスをあげる。それで我慢して」
「……とびきりの、キス」
「うん。今までよりすごいやつ」
一週間に1回。出来れば毎日、しかも1日に何回もされたい私にとっては大分厳しい条件だ。
けれども、『いままでよりすごいキス』って、どういうものなのだろう。好奇心と恐怖心が綯交ぜになったものが、赤信号を示している。
でも、私は。
「…試してみて。それから考える」
「…りょうかい」
そのまま重なって、ゆっくり抵抗力を奪われてこじ開けられて。
周子の、私よりほんのわずかだけ温度の低い舌が、私の咥内をつくりかえてしまうかのように動き回る。
前より性急で、けれど丁寧に。怯えて逃げる舌も捕まって、従順に絡められるだけになった。
酸欠のせいか快感のせいか視界がぼやけて、周子以外なにも見えなくなる。
こわい、けれど心地よい。
行き場のない両の手を、周子の背中に回して服をきゅっと掴む。
上顎を舌で擽られて思わず引けた腰を、周子が左手で抱き寄せる。
もう片方の手で私のほほ、耳、耳裏を撫ぜ、最後に後頭部を掴んで、もう逃げ道は絶たれた。
その間にも舌は私の中を暴き続けていて、このまま全部さらけ出してめちゃくちゃにされて、本当に壊されるような気さえする。時折くちゅ、と響く水音も、興奮を加速させる材料になった。
ゾクゾクと背中に走る甘い痺れも、脳をまるごと作り替えられるような快楽も、身体中を支配する幸福感も、もう天井だと思っていたところをはるかに超えていて。
しあわせって、毒だ。
透明な橋がぷつんと切れても理性は帰ってこない。
およそ人間が許容できる快感をとうに超えたものを与えられた気がする。
きもちいい、しあわせ、すき。
全部ひらがなの単語が頭をぐるぐると巡った。
こんなの、毎日やったら本当に壊れてしまう。やっと欠片だけ戻ってきた理性が悲鳴をあげていた。
「…はぁ、はっ……で、納得は、いった?…ていうか、大丈夫?」
「…ん、いった、らいじょーぶ…」
「呂律回ってないよ奏ちゃん…」
ぽん、と私の頭を撫でてから、周子が呟く。
「18になったら、これよりももっと気持ちいいこと教えてあげるからね。…それまでに、少しは慣れるとええんやけど」
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コメント一覧 (5)
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- 2018年10月14日 21:55
- もしかしてコンテンツの末期なの……?
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- 2018年10月14日 21:58
- ん……ちゅ…んちゅ……
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- 2018年10月14日 22:13
- この後、美城の男性社員か男性スタッフに写真撮られて脅迫されてオスの良さを教え込まれたら良いのに。
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- 2018年10月14日 23:00
- ↑去勢しときますね♡
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- 2018年10月14日 23:07
- オス同士の良さを教えてやるじぇ
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