喪黒福造「落語とロックを融合し、新境地を切り開いてみたらどうですか?」 落語家「そ、その手があったか!!」
ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。
この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。
そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。
いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。
さて、今日のお客様は……。
俵笑平(36) 落語家
【落語ロック】
ホーッホッホッホ……。」
客たち「深夜寄席は500円か……。それにしても安いな」「まあ、深夜寄席は若手の噺家の修業の場だからね」
建物の中で、落語の深夜寄席が催される。座布団に座っているのは、着物姿の若手落語家・俵笑平だ。
笑平「えーー、今夜もバカバカしい話を一席……。お付き合いいただければと思います」
テロップ「俵笑平(36) 落語家 本名は風見平太郎」
満面の笑みを浮かべ、早口で何かを語る笑平。座席にいる多くの観客たちが一斉に爆笑する。笑平を見つめる喪黒。
深夜寄席が終わり、建物を出る客たち。彼らは、今日の深夜寄席を行った若手落語家について何かを話している。
客たち「それにしても、俵笑平ってまだ未熟者だよなぁ」「うん。何というか、平板なんだよね。笑平の落語って」
「結局、笑平は、父親の俵笑楽の足元にも及ばないよね」「天才の息子は、凡人でしかなかったってことか」
喪黒「…………」
翌朝。田園調布のとある豪邸。ベッドの上で目を覚まし、背伸びをする笑平。
笑平「うーーーん……」
部屋の隅にあるエレキギターを見つめる笑平。
笑平(俺も好きなことをやって、好きなように生きたかったなぁ……)
母の風見品子とともに朝食をとる笑平。品子は、着物姿の年配の女性で品がありそうな雰囲気だ。
品子「平太郎ちゃん。そろそろ、いいお嫁さん見つけたらどう?」
テロップ「風見品子(66) 俵笑平の母」
笑平「独身でいた方が、何かと気楽でいいよ」
品子「平太郎ちゃん。もう36歳よ。そろそろ年相応の生き方をしたらどう?」
笑平「いや、むしろ……。俺を子供扱いしているのはオフクロの方じゃないか……」
品子「だって、平太郎ちゃんは何かと頼りないし……」
笑平(また、これだ……)
憂鬱そうな表情になる笑平。
笑平「そのことなんだけど、実は……」
品子「なぁに、平太郎ちゃん?」
笑平「俺、この家を出ようと思ってる」
品子「え!?平太郎ちゃん、ママが気に食わないの?ママはあなたのために、いろいろなことをしたでしょ!」
笑平「そういうことじゃない。大人として自立するために、そろそろ一人暮らしをしようかと思ってるんだ」
不動産会社社員に案内され、とあるマンションの空き部屋の中に入る笑平。
不動産会社社員「どうです?この部屋は……」
笑平「なかなかよさそうですね……」
家電量販店。店内にある液晶テレビや洗濯機を眺める笑平。
笑平(一人暮らしをするならば、電化製品も必要だな……)
店の中に入り、券売機で職権を買う喪黒。笑平の隣に、喪黒が座る。
喪黒「おっ……。あなたは、落語家の俵笑平さんではないですか?」
笑平「はい。俺は俵笑平ですけど……」
喪黒「この間、新宿末広亭であなたの落語を聞いたんですよ」
笑平「そうなんですか……」
夜。自宅マンションへ帰る笑平。笑平は布団に入り、ゆっくり眠る。
笑平(これからは、俺も一国一城の主……。この部屋が俺の『城』になるのか)
数日後。マンション。部屋の玄関の前で、住人と話をする笑平。
住人「あなたの部屋から聞こえる音楽、うるさいんですけど……」
笑平「すみません……」
笑平(ここにある音楽プレーヤーやコンポも、宝の持ち腐れになりそうだな。あのエレキギターと同じく……)
笑平は虚しそうな表情で、部屋の隅に置かれたエレキギターを見つめる。
ある日の夜。新宿末広亭。落語の公演を行う笑平。爆笑する喪黒ら観客たち。
落語を終え、控室にいる笑平。笑平がほっと一息をついたその時……。控室の中に喪黒が入る。
喪黒「もしもし、俵笑平さん……」
笑平「あなたは……」
喪黒「私はこういう者です」
喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。
笑平「……ココロのスキマ、お埋めします?」
喪黒「私はセールスマンです。お客様の心にポッカリ空いたスキマをお埋めするのがお仕事です」
笑平「あなた、セールスマンの方なんですか……」
「心に何かしらのスキマを抱え、人生が行き詰まった人たちを救うための仕事ですよ」
「ほら……、あなたにも心にスキマがおありのはずでしょう?」
笑平「い、いえ……。俺は別に悩みなんて何も……」
喪黒「果たして、そうでしょうか?今日のあなたは、どことなく疲れた顔をしているように見えましたし……」
「声もいつもより元気がなかったようですが……」
笑平「よく気がつきましたね……」
喪黒「みんなを楽しませるための仕事をしている人が、私生活でストレスを抱え込むのは辛いでしょう」
「何なら、私があなたの相談に乗りましょうか?」
BAR「魔の巣」。喪黒と笑平が席に腰掛けている。
笑平「実は俺……。落語家になりたくなかったんですよね」
喪黒「ほう……。一体、なぜですか?」
笑平「親父に対する反発ですよ。親父は落語家として一流でしたけど、人間としては最低の男でした」
喪黒「あなたのお父様の俵笑楽師匠は、破天荒な生き方で有名なお方でしたからねぇ」
「俺はそんな親父が嫌いだったんです」
喪黒「ですが……、あなたはお父様の跡を継いで落語家になりましたよねぇ」
笑平「まあ……。親父が有名な落語家である以上、俺は周囲の圧力でそういう生き方しかできなかったんですよ」
「俺はもっと違う生き方をしてみたかったんですけど……。自分の好きなことをやる生き方を……」
喪黒「笑平さんのお好きな分野とは、一体何ですかねぇ?」
笑平「うーーーん……。やはり、音楽ですかね。ロックミュージックとか……」
喪黒「じゃあ、バンド活動とかをなさったことはありますか?」
笑平「大学時代は、友人と一緒にバンド活動に夢中になっていましたよ」
「とはいえ、大学卒業以降はバンド活動から遠ざかっていて……。洋楽をコンポで聴くのが関の山というか……」
喪黒「笑平さんはコンポをお持ちなのですか?音響セットは、さぞ高品質なものでしょうなぁ」
笑平「はい。でも、最近じゃあ音楽をコンポで聴く機会さえ失われているんですよ」
「俺はこの間、親元から自立するために一人暮らしを始めたんですけど……」
「ほら……。マンション暮らしってのは、騒音を出さないよう隣人に気遣う必要があるでしょう?」
笑平「ええ、まあ……。でも、気苦労はそれだけじゃないんですよね」
「やはり、何かと親父と比較されるってのはストレスがたまりますよ……」
喪黒「まあまあ……。肝心の落語で実力を発揮できれば、周囲の人たちを見返すことができますよ」
笑平「しかしながら、俺は自分の本業である落語があまり好きじゃないんです」
喪黒「あなたのお好きなことと、落語を関わらせてみるのもいいかもしれませんよ」
「例えば、ロックミュージックをテーマにした落語を話すとか……」
笑平「悪くなさそうですね、それ……」
喪黒「それどころか、もう一度バンド活動を行うのもいいかもしれませんよ」
「何なら、笑平さん……。落語とロックを融合し、新境地を切り開いてみたらどうですか?」
笑平「そ、その手があったか!!」
喪黒「詳しい話は、明日行いましょう」
喪黒「ここは、演奏活動ができるレンタルスペースです。もちろん、騒音対策も万全です」
笑平「ずいぶん本格的ですね……」
両手を叩く喪黒。喪黒の合図とともに、部屋の中に3人の男たち――内田・矢沢・長渕が入る。
喪黒「笑平さん。あなたの昔のバンド仲間もお呼びしましたよ」
内田「よお、平太郎……。いや、それとも俵笑平と呼んだ方がいいかな?」
テロップ「内田泰明(36)」
笑平「久しぶりだな、お前ら!」
矢沢「お前がもう一度バンド活動をやるって聞いたから、ここへ来たんだよ」
テロップ「矢沢亮輔(36)」
長渕「俺たちがこうやって集まるのは、大学時代以来だな!」
テロップ「長渕仁志(36)」
笑平「じゃあ、大学のころに作った曲でやってみるか……」
喪黒の前で、とある歌を歌う笑平ら4人。ボーカルは笑平、ギターは内田、ドラムは矢沢、ベースは長渕だ。
歌い終えた4人に、喪黒は拍手をする。
喪黒「歌もうまいし、曲もいいし、なかなか見事なものですねぇ」
笑平「でも……、学生時代に作った曲を歌うのは恥ずかしかったですよ」
喪黒「このロックに古典的な落語を融合すれば、さぞ素晴らしいものができるでしょうなぁ」
「何しろ、あなたたちには音楽の才能がおありですから……」
笑平「そ、そうですか……」
喪黒「私は業界ともコネがありますから……。あなたたちの音楽活動、大いに売り出してあげますよ」
笑平「お、俺のためにわざわざここまでしてくださって……。何とお礼を言ったらいいか……」
喪黒「なぁに……。これは、笑平さんが落語家として大成することを願う私の気持ちですよ」
矢沢・長渕「そうだ、そうだ!」
笑平「あ、ありがとう……。みんな……」
神田明神。奉納イベントで、音楽活動を行う笑平たち4人。彼らは和服姿だ。
テロップ「ロックグループ『大江戸租界』」
古典的な落語をロック調で歌う笑平たち。歌い終わった『大江戸租界』に、一般人たちは一斉に拍手をする。
イベントが終わった後、スポーツ新聞の記者が笑平たちに近づく。
スポーツ新聞記者「あのぅ……、俵笑平さん。私は日新スポーツの者ですけど……」
記者のインタビューに応じる笑平。
翌日。スポーツ紙の芸能面で、笑平が率いる『大江戸租界』が特集される。
スポーツ紙「落語とロックの融合 俵笑平(36)の新たな挑戦」
夏。新潟県湯沢町、苗場スキー場。ミュージシャンたちが集まり、大規模なロックフェスティバルが行われている。
ゲストの『大江戸租界』が、ステージの上に登場する。落語をロック調で歌う笑平ら『大江戸租界』。
全国各地から集まった多くの観客たちが、『大江戸租界』に声援を送る。
BAR「魔の巣」。喪黒と笑平が席に腰掛けている。
喪黒「笑平さん。このところ、八面六臂の活躍を続けていますなぁ」
笑平「はい。バンド活動を再開して以来、俺の人生は大きく変わりました」
喪黒「この間は、フジロックにもゲストとして参加しましたよねぇ」
笑平「憧れだったフジロックにミュージシャンとして参加できるなんて……。いやぁ、夢のようですよ……」
喪黒「まさしく……。落語家としてもミュージシャンとしても、笑平さんが周囲から一目置かれている証ですよ」
笑平「まあ……。今の俺はメディアから注目されるようになりましたし、若い女性のファンもできたくらいですから……」
喪黒「笑平さん。あなたが成功できたのは、落語家として落語とロックの融合を果たしたからです。このことを忘れてはいけません」
喪黒「だったら、笑平さん……。あなたには私と約束していただきたいことがあります」
笑平「約束!?」
喪黒「そうです。あなたの音楽活動は、あくまでも落語家の副業であり続けるべきなのです」
「だから……。あなたの音楽の方向性は、これからも落語とロックの融合のみを追求し続けてください」
笑平「もちろん、それを心がけていますよ」
喪黒「歌手の仕事を本業とし、落語と関係のない歌を発表してはいけません。いいですね、約束ですよ!?」
笑平「わ、分かりました……」
新宿末広亭。観客たちは、笑平の落語を聞いて笑っているものの……。
笑平(ミュージシャンの活動をしている時に比べると、観客の反応がいまいちだな……)
控室の中で、頭を抱え込む笑平。
笑平(やはり、俺には落語の才能がないのかな……。歌手一本で活動した方がいいかもな)
彼の後ろに、音楽事務所「デイベックス」の関係者が現れる。
デイベックス関係者「俵笑平さんですね?私、デイベックス株式会社の者ですが……」
笑平「デイベックスって、あの有名な音楽事務所の……」
デイベックス関係者「そうです。お仕事のことで、笑平さんに話があるんですよ。実は……」
笑平「何ですって!?『大江戸租界』をメジャーデビューさせるんですか!?」
デイベックス関係者「はい。あなたの音楽の才能を、落語の世界にとどめておくのは惜しいですから……」
笑平「うーーーん……」
デイベックス関係者「今までの落語の世界とは違った本格志向のロックで、メジャーデビューしてみませんか?」
例のレンタルスペースで、収録活動を行う笑平ら『大江戸租界』。歌い終えた笑平に、音楽事務所関係者が握手をする。
デイベックス関係者「『大江戸租界』の音楽活動は、これからもデイベックスが全面的にバックアップしますよ!」
笑平「あ、ありがとうございます!!」
デイベックス関係者が去り、ほっと一息つく笑平たち。しばらくした後……、笑平たちの前に喪黒が現れる。
喪黒「俵笑平さん……。あなた約束を破りましたね」
笑平「も、喪黒さん!!」
笑平「い、いや……。俺はその……」
喪黒「私と約束したにも関わらず、あなたは歌手としてメジャーデビューをしようとしていますねぇ……」
「しかも、落語とは全く関係のない歌によって……」
笑平「す、すみません……!!でも、喪黒さん……。俺にだって悩みがあるんですよ!」
「だって俺は、歌手として周囲に注目されているけど……。本業の落語家の仕事はいまいちなんですよ!!」
喪黒「ねぇ、笑平さん。あなたの成功の理由は、落語家として落語とロックの融合を果たしたことだったはずですよ」
笑平「俺にだって、欲があります!デイベックスの関係者も、俺の音楽的な才能を認めてくれたんですよ!!」
「だから、そろそろ本格志向のロックに挑戦してみたくなったんです!!」
喪黒「分かりました……。そこまで言うのなら、私はあなたを止めません」
「ですが……、どのようなことになっても私は知りませんよ!!」
喪黒は笑平たちに右手の人差し指を向ける。
喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」
笑平・内田・矢沢・長渕「ギャアアアアアアアアア!!!」
ある日の夕方。とある大衆食堂屋。店内にある液晶テレビを見つめる客たち。
テレビ「元落語家の風見平太郎容疑者が、覚醒剤取締法違反で警視庁に逮捕されました」
テレビの画面に、刑事たちに連行される『大江戸租界』の4人の姿が映る。痩せ衰えて鬼気迫る表情となった笑平。
サラリーマンA「こいつ、薬で逮捕されるの3度目だよ。確か、2度目の逮捕の時に一門を破門されたんだってな」
サラリーマンB「落語家としても歌手としても大成できず、ただのダメ人間になったか。つくづく、見下げ果てた奴だ」
警視庁。取調室の中で、笑平は刑事に説教されている。神妙な表情で、うつむいたままの笑平。
刑事「あなたねぇ……。本当に才能があるなら、薬の力を借りなくても音楽が作れるでしょ」
「薬がないと音楽を作れないなんて、天才じゃなくて凡人未満じゃん。だから、あなたはダメなんだよ!」
夜。新宿末広亭の前にいる喪黒。
喪黒「どんなに新鮮な芸術作品も、時が経てば普遍的なものとして定着し……。やがては歴史上のものと化していきます」
「新しかったものは陳腐化して古くなりますが……。一転し、古くなったものは忘れられると新鮮に見えるものです」
「だから……。真の意味で画期的な傑作とは、古いものと新しいものが融合することで、生み出されるものだと言えましょう」
「まあ、ところで……。俵笑平さんによる落語とロックの融合の試みは、結果的に何かしらのものを生み出したようです」
「そう、悲劇的な転落人生という芸術作品を……。彼の人生もまた、芸術作品として傑作の一つなのかもしれませんねぇ」
「オーホッホッホッホッホッホッホ……」
―完―
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喪黒福造「落語とロックを融合し、新境地を切り開いてみたらどうですか?」 落語家「そ、その手があったか!!」
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喪黒福造「落語とロックを融合し、新境地を切り開いてみたらどうですか?」 落語家「そ、その手があったか!!」
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