勇者「長老、なんかこの剣喋ってない?」長老「なんじゃと」聖剣「>>4」
勇者「いや確かに何か言ってるって。この声聞こえてないのか?」
長老「……まあ聞くだけ聞いてやろう。何と言っておる」
聖剣「>>4」
長老「なんじゃそれは……古代の呪文か何かか……?」
勇者「俺に聞かれてもな」
長老「この剣が確かにそう言ったのじゃな?」
勇者「ああ」
長老「……少し文献を漁って調べてみる必要があるな」
勇者「さっきまで信じてなかったくせにわざわざ調べようとするとかどうしたんだよ」
長老「……」
勇者「なんだよ、さっきまで信じてなかったくせに」
長老「実はこの村でも限られた者にしか聞かされないとある言い伝えがある」
長老「この台座に刺さった剣ははるか昔、古の魔王を倒した勇者が使ったとされる聖剣じゃ」
勇者「何でそんな剣がこんな田舎の村に刺さってるんだよ」
長老「まあ聞け」
勇者「本質?」
長老「天界の女神の声を選ばれし者へと届けるという力じゃ。その声を聞けるのは聖剣に選ばれし真の勇者ただ一人という」
長老「古の勇者も、かつて魔王を葬る際にはこの聖剣の声……その勇者はアンカだかナンカだかとか言うとったな。その声に従い魔王を倒したとかなんとか」
勇者「なんか急にフワッとした話になってきたな」
長老「わしだって剣の声とか聞いたことないし」
長老「しかしその言い伝えを知らないお前さんが声を聞いたと言うのなら騙りということはあるまい……お前さんが真の勇者なのやもしれぬ」
勇者「そんな大層な声だけど、何言ってるかわからないぞ。アバダケダブラってなんだよ」
長老「……やっぱりちょっと怪しいかも」
勇者「えぇ……まあいいけど」
ズボッ
長老「ほら見ろ!! やっぱり抜けた!! やっぱりお前さんが勇者じゃん!!」
勇者「なんかその勝ち誇った顔すんのやめてくれないか」
勇者「そんなに一大事なのか?」
長老「最近魔物の動きが活発化しとるじゃろ。何か災いの前兆やもしれぬ。聖剣が勇者を選ぶことも何かの知らせと思う」
長老「今日はもう家に帰れ。これからわし忙しくなるから」
勇者「なんかよくわからないけどわかったぜ」
長老「聖剣がいつ天の声を届けるかわからん。声が聞こえたならば必ずその声に従うように」
長老「よいか。安価は絶対。これだけは覚えておくんじゃぞ」
勇者「はいはい」
勇者「なんか胡散臭い話に巻き込まれちまったな」
勇者「こんな古臭い剣が聖剣ねぇ……」
聖剣「……」
勇者「……」
勇者「よし、一丁試してやろうか」
勇者「右は遠回りで橋を渡っていく道」
勇者「左は教会とか畑とかがある道」
勇者「どっちから帰ればいいと思う?」
聖剣「>>21」
勇者「何言ってんだこいつ」
勇者「……え? 帰るなってこと?」
勇者「日も暮れてるし腹減ったしここ何もないし、嫌だよ。帰るわ」
勇者「長老は安価は絶対とか言ってたけどな。俺はまだお前を信用してないんだぜ?」
勇者「いいか。お前が俺を試してるんじゃなくて、今は俺がお前を試しているんだ」
勇者「お前の声が本当に信用できるかどうかは俺が決めるからな」
グチャッ
勇者「……ん?」
ニチャァ
勇者「犬のウ○コ踏んだ……」
勇者「結局あの後は犬のウ○コ踏んだ以外に特に何も起こらなかったな」
勇者「……別に、ウ○コ踏んだのだってただの偶然だろうし。気にしてねえし」
勇者「今日はとりあえず村の広場にでも行ってみるかな」
ワイワイガヤガヤ
勇者「……なんか騒がしいな。何が起こった?」
勇者「おーい。どうしたんだよこの騒ぎは」
村人A「ゆ、勇者……!!」
村人B「あれを見るんだ」
勇者「ん? 領主の娘の美少女ちゃんとブサメンくんじゃん」
勇者「つーか、なんか、美少女ちゃん。顔赤くね」
村人A「あの二人、付き合い始めたらしいぜ」
勇者「……は?」
村人A「俺らに聞かれても困る」
勇者「なあ二人とも、一体何があったんだ?」
ブサメン「あ、勇者くん」
美少女「実はね。昨日の夕方、わたし、あの分かれ道のある池の前で盗賊に誘拐されそうになったの」
勇者(俺が聖剣に問いかけた道のことか)
美少女「それで、たまたまその場に居合わせたブサメンくんがわたしを助けてくれて……」ポッ
ブサメン「そんな、僕はただ……」
美少女「いいのよブサメンくん。あのとき、とってもかっこよかったわ」
ブサメン「美少女ちゃん……」
勇者「…………」
勇者「まさか……」
勇者「なあ聖剣。俺がもしお前の言う通り、あのとき帰らずにあの場に留まり続けていたのなら」
勇者「もしかして、ブサメンくんの代わりに俺が美少女ちゃんを助けて、その、いろいろと……?」
聖剣「……」
勇者「……」
聖剣「……」
勇者「…………うそだろ」
勇者「ぐあああああああああああああ!! 美少女ちゃん、密かに憧れていたのにいいいいいい!!」ゴロゴロゴロゴロ
長老『よいか。安価は絶対じゃぞ』
勇者「……ハッ!」
勇者「安価は……絶対……」
勇者「安価は絶対だったんだ」
勇者「そうすれば美少女ちゃんのときだってそうだし、あのとき犬のウ○コも踏まなかったんだ」
勇者「安価は絶対……」
勇者「長老!」
長老「おお、どうした勇者よ」
勇者「長老……俺、俺……!」
長老「……いや、皆まで言うな。顔を見ればわかる。安価を守らず、何か痛い目にあったな?」
勇者「!」
長老「よい。過ちは誰にでもある。大事なのはそれを次にどう活かすかじゃ」
長老「して、どうやらハラは括ったみたいじゃの」
勇者「……」
長老「勇者よ。まずは王都へ向かうのじゃ。そして、選ばれし勇者として、その使命を果たしてくるのじゃ」
勇者「ああ。わかった。俺、行ってくるよ長老」
長老「……ん?」
勇者「いや、俺に何か使命があるのはわかったけどさ。別に昔の魔王が復活したとか何か急な用事があるわけでもないし。王都に行って何をすればいいんだ?」
長老「……」
勇者「……」
長老「……ふむ」
長老「聖剣の声に従い、使命を果たすがよい。迷ったときは聖剣に頼るのじゃ」
勇者(長老もよくわかってなかったんだな)
勇者「じゃあ俺、行ってくるよ」
長老「気をつけるんじゃぞ。わしは王都に手紙出しとくからの」
勇者「田舎すぎて馬車とか通ってないし。貧乏な村だから馬すらねえし」
勇者「あ、そもそも馬買うお金もなかったわ」
勇者「……」テクテク
勇者「そうだ、困った時の聖剣頼りだ」
勇者「聖剣よ。俺は今から王都へ向かう。せっかくだし何か修行っぽいことしながら行きたいんだが、何か良い案はないか?」
聖剣「>>51」
勇者「俺はまだお前を振るうのには未熟だってことかよ」
勇者「まあ確かにその通りだがな」
勇者「いいさ、やってやる。実戦訓練だ!」
勇者「この辺、モンスターとかいなくない?」
勇者「村の周りが平和なのはいいことだけどさ」
勇者「なんというか、拍子抜けだ」
勇者「……」テクテク
勇者「……」テクテク
勇者(……あれ、これこのままだと安価達成できなくないか?)
勇者「……」
勇者「……」チラッ
聖剣「……」シーーーーン
勇者「ま、魔物とか野盗に遭遇しないのは別に俺のせいじゃないからなっ」
聖剣「……」
勇者「こんな安価だしたお前が悪いんだからな」
聖剣「……」
勇者「……」
勇者「…………………」ガタガタガタガタ
勇者「な、なにか別の安価を……」
聖剣「……」
勇者「一度出したものは取り下げないのか」
勇者「このままだと、また何かペナルティが……!?」
勇者「いや、落ち着こう。一度出したものを取り下げることは出来なくても、また追加で出したものを達成すれば1-1交換で帳消しにならないか?」
勇者「いや、なるだろ。多分」
勇者「追加安価をくれ」
聖剣「……」
勇者「……」
聖剣「……」
勇者「ああいや、別に一度目のやつを諦めたわけじゃないから。念のためのあれだから。一度目のやつも絶対達成するつもりで頑張るから。あくまでも追加だから」
聖剣「…………>>69」
勇者「駄目かぁーー!!駄目なのかよ!!」
勇者「こうなったら王都への回り道になってでも野盗やモンスターを探さなければ」
勇者「野盗、モンスター、野盗、モンスター……!!」ダダダダダッ!
一週間後
勇者「野盗……モンスター……」ハァハァ…
勇者「王都近辺とか治安良すぎて野盗とか全然出ないし」
勇者「ついには王都西門にまで来たけど、まだ入るわけにはいかないから、結局一旦離れて南の方に向かって二日経ったけど未だ何とも出くわしてないし」
勇者「なんかもう水とか食料とか尽きそうだし」
勇者「……」
勇者「誰か……助けて……野盗……モンスター……」
商人の荷馬車
商人A「さて、次の取引は王都だったか」
商人B「しっかし、平和ですなあ。せっかく高い金を払って護衛さんを雇ったって言うのに特に何とも出くわさないときたもんだ」
商人A「ははっ。まあ平和なのは良いことじゃないですか」
商人B「北や東の方ともなるとモンスターやらが活発に動いてると聞いたが、西と南は平和そのものですな。こちらに来るのに護衛なんて不要だったかもしれませんねぇ」
商人B「よう、傭兵さん。良い天気だな。こうも平和だとその立派な武器も泣いてるんじゃないかね」
傭兵「……」
商人A「Bさん、傭兵さんに当たるのはやめましょうや。出番がないとは言え、こっちのお願いを聞いてもらってついてきてもらってるんだ。失礼なこと言っちゃいけないよ」
商人B「ちっ、まあいいや」
護衛「……」
傭兵「……商人、あまり気を抜くな」
商人A「ん?」
傭兵「この辺りは新興の盗賊団が現れたという。金を貰っているからにはこちらも尽くすが、護衛対象に気を抜かれすぎるとこちらも困る」
商人A「へぇ」
商人B「なに言ってんだか。俺はそんな話聞いたこともありませんぜ」
商人B「Aさん、こいつ、仕事が回ってこないからってとりあえずそれっぽいこと言ってるだけだから、あまり間に受けちゃいけませんよ」
商人A「はぁ」
傭兵「……」
盗賊「お頭、商人らしき一団を発見しやした。荷馬車三つ。王都の方に向かってるんじゃないですかね」
お頭「護衛は?」
盗賊「さあ。特に目立った奴がいるわけでもねえし、いたとしても少数でしょう」
お頭「南の方の治安の良さに油断してるのか。この辺にアジトを作ったのは正解だったかもしれんな」
盗賊「おっと。一団、休憩に入ったようで」
お頭「荷を降ろして全員が出るまで待ってろ」
お頭「了解でさぁ」
商人A「なんだって!」
商人B「ひ、ひぃ! この辺りに出るなんて聞いてないぞ!」
商人A「さっき傭兵さんが言ってたじゃないですか!」
商人B「傭兵! 傭兵! くそっ、あのやろう肝心な時にぃ!」
盗賊「あん? 傭兵雇ってんのかよ」
商人B「ひっ」
盗賊「まあ留守みたいだしさっさと終わらせてズラかるとするか」シャキン
商人B「ひゃあーー!!」
盗賊「……がふっ」ドサッ
傭兵「だから言っただろうに」
商人A「傭兵さん!!」
商人B「傭兵! このやろ……! 出番だ! 高い金払ってんだからさっさとこいつらを追い払え! お前の仕事だろうが!」
傭兵「……」
傭兵「……数が多いな」
盗賊「ちっ、あいつ鬼のように強いぜ!」
盗賊「一人で挑むな! 囲め!」
傭兵(一人ひとりは大したことはなくてもこの人数は厳しいな。私一人ならまだしも、休憩でこうも無防備に広がった荷馬車や商人たちを守り切るのは……)
??「おい!! あんたら!!」
傭兵「!」
商人AB「!!?」
勇者「なあ、あんたら、野盗だよな? どう見ても野盗だよな!?」
商人A「な、なんだあの男は……」
商人B「ボロボロの身なりに、痩けた頬……剣で武装している……その上、あの血走った目……!」
商人C「きっとやばい奴に違いない」
勇者「お前らには聞いてねえ! 俺はそこのやばそうな奴らに聞いてるんだ。野盗だよな?」
盗賊「お前にやばい奴とか言われたくないんだが」
勇者「盗賊団……?」
傭兵「ああ。そしてお前は何者だ?」
勇者「盗賊って野盗だよな。通行人を狙って追い剥ぎやら何やらしてくる奴らは野盗と呼んでいいはず。
盗賊に野盗は含まれないけど野盗に盗賊は含まれるわけだからつまりこいつらを倒せば安価である野盗や
モンスターを倒しながら実戦練習を達成できるはず。数は指定していないよな?だから一人でも倒せれば
俺は王都に入る権利を手に入れられるはずなんだよ。安価は「野盗やモンスターを」であって「野盗と
モンスターを」ではないのだからこいつらさえ倒せれば万事解決というわけだ」ブツブツブツブツ
傭兵「なんだこいつは……」
勇者「うるさい!!!」ズバッ!
盗賊A「ぐわぁ!」
傭兵「!」
勇者「あ。ノルマ達成?」
盗賊B「こいつ、Aの剣をまっぷたつにしながら斬りやがった!」
勇者「ありがとう!!」
盗賊B「おんっ!!」ズバッ!
盗賊C「ひぃっ、こいつやべぇよ! 目とか頭とか!」
傭兵「……」サササッ
盗賊「お頭……それが、その一人が相当腕の立つ奴でして」
お頭「それでも一人だろうが!」
盗賊「そ、その上、なんだか頭のおかしい奴が加勢に来たみたいでして」
お頭「はぁ?」
盗賊「おかしいのは頭だけじゃなくて、どうやら俺らの鉄の剣ごとまっぷたつに切り裂いてくるようで、どうにも手が付けられず……」
お頭「一人だか二人だかにいちいち手こずりやがって……もういい! 俺が出てやる!」
傭兵「その必要は無い」
お頭「!」
盗賊「ひっ、出た!!」
お頭「普通に強い、ねぇ」
傭兵「彼の目的が何かはわからないが、狙いはお前達のようだからな。彼が暴れている隙に頭を叩かせてもらおう」
お頭「けっ、普通に強い程度の奴が俺に勝てると思うのか?」
お頭「俺はこれでも昔は王都の騎士団に所属してたんだ。そんじょそこらの奴に負けはしねえよ」
傭兵「盗賊に堕ちた騎士崩れか。よほどの落ちこぼれだったのだな」
お頭「てめぇ……!」
傭兵「昔話はいい。手短に済ませよう」
お頭「っ! うおおおおおお!!」
お頭「……バカな……」ドサッ
盗賊「お頭ぁ!!」
傭兵「お前も余所見している暇があるのか?」
盗賊「……あ?」
ズバッ
商人A「いやぁ、助かりました! ありがとうございます傭兵さん。あんたを雇って良かったですよ」
商人B「へっ、高い金払ってんだからこれくらい当然だろうぜ」
商人A「……お礼くらい素直に言いましょうよ」
傭兵「いや、その男の言う通りだ。仕事だからな。礼はいらない。報酬さえきっちり貰えればな」
商人A「それと、そこのあなたも」
勇者「いやなに、当然のことをしたまでです。むしろこっちがお礼を言いたいくらいで」
商人B(なんでスッキリしたような顔をしているんだ……)
商人A(まるで憑き物が落ちたかのようですね)
勇者「ん?」
傭兵「……」
勇者「……な、なんだよ」
傭兵「いや。良い剣だと思ってな」
勇者「あ、ありがとう?」
傭兵「だが、技が拙い。盗賊どもの安物の剣だったから良かったものの、強者と戦うには使い手が幼すぎる」
勇者「……褒めるか貶すかどっちかにしろと言いたいけど、これは俺が貶されてるんだよな」
傭兵「ほう。怒らないのだな。戦士が技を貶されているというのに」
勇者「まあ、事実だからいいよ。これから強くなればいいんだし」
勇者「安価達成して気分がいいし」
傭兵(安価……?)
勇者「謝礼? あぁ、いいですよそんなの。何度も言うけどこっちがお礼を言いたいくらいなんだ。困った時はお互いさまってことで……」
グギュルルルルル
勇者「……」
商人A「……おなか、空きませんか?」
勇者「はい」
勇者「はい。一度王都の西門についたんですけど安価ができてないので王都に入れないくて南に行ったんです」ムシャムシャ
商人A(安価……?)
商人A「ええと、安価というのは通行証とかのことですかな?」
勇者「ああいえ、安価はもう達成したので王都に入れます。バッチリです」
商人A「???」
商人A「ところで、これから王都へ向かうと言うのならば一緒にどうですか?」
勇者「一緒に?」
商人A「勇者さんの腕はこの目で確かめましたから。一緒にいてくだされば心強い」
商人B「おいおい、また穀潰しを増やすんですかい。一回来たんだからもう盗賊も出ないでしょうよ」
商人A「もう出ないという保証はないでしょう。勇者さん、どうです? もちろん、相場の報酬は支払います」
勇者「……うーん」
聖剣「>>105」
勇者「えっ」
聖剣「適当に荷物を一つ斬れ」
勇者「……おいおいおい」
商人A「どうされましたかな」
勇者「ああ、いえ、ええと」
勇者(何でよりによってこんなタイミングでこんな安価が出るんだよ)
勇者(何考えてんだこの聖剣)ダラダラダラダラ…
勇者「いや、あの、はい。大丈夫です」ダラダラダラダラ…
商人A「もしや、先ほどの戦闘でどこか怪我を……!」
商人A「誰か! 傷薬と解毒薬を持って来てくれ! 大至急だ!」
勇者「あの、本当大丈夫ですから」ダラダラダラダラ
勇者(これからしようとすることを思うとこの純粋な心遣いが痛い)
勇者(……別に、どの荷物を切れとか指定はないよな?)
勇者(い、一番安そうなやつ……なんか小さめの……)
勇者(……あの荷馬車から見えてるちっこい箱のやつにしよう)
勇者(別に指定とかないもんな。ちょっと手元が狂ったとか、なんとか言い訳して。安いやつなら最悪弁償できるし)
商人A「勇者さん? 急に立ち上がってどこに……」
勇者「えいっ」スパッ
商人A「あ」
傭兵「!」
勇者「あ、あはは。なんかちょっと手元が狂っ……」
商人A「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
勇者「!!?」
勇者「えっ」
商人A「何やら偉く欲しがっていたものすごい貴重品!!」
商人A「それを手に入れるためなら金を惜しまないとすら言われたものすごい貴重品!!」
勇者「……」
勇者「……あの」
商人A「これは私の首が飛ぶどころでは済まないかもしれない!!」
勇者「……」
商人A「ああああああああああああ!!!!」
勇者(……あれ?)
フラッ
傭兵「……」
勇者「傭……兵……!」
傭兵「これでも人を見る目はあったつもりなのだがね」
傭兵「君の狙いは最初からこれだったと言うことか」
勇者「……ぐぅ」ドサッ
傭兵「安心しろ。殺しはしない。ただ、王都の警備隊に引き渡し、罪相応の処罰を受けてもらうだけだ」
勇者「……」
勇者(意識が……)
ガシャァァン!!
警備「罰が決まるまでそこで大人しくしてろ」
勇者「……」
勇者「……」
勇者「……あれぇ?」
勇者「なのに意識奪われて、いつの間にか王都に連れてかれて牢獄に入ってる」
勇者「これっておかしくないか?」
勇者「……」
勇者「おい、聖剣!」
勇者「……」
勇者「……」
勇者「そう言えば牢に入れられるときに取り上げられてたわ」
勇者「これ、もしかしてあれか」
勇者「俺は切る荷物の指定は無いものと思って切ったつもりだったけど、よく考えたら「適当な荷物」って指定が入ってたんだよな」
勇者「それなのに、俺は……。「一番被害が少なそうなやつを選んで」切ってしまった」
勇者「ああ……これは……俺の甘さが招いた結果だったって言うのか」
勇者「くそ、くそ、くそぉっ!!」ガシャン、ガシャン、ガシャン!
勇者「安価は絶対だと! そう誓ったはずなのに!!」ガシャン、ガシャン、ガシャァン!!
囚人A「おい、今入ってきた新入りちょっとやばくね?」
囚人B「ああ、やばい。なんか独り言ブツブツ呟きながら牢に頭を打ちつけてやがる。絶対やばい奴だ」
回想
長老『過ちは誰にでもある。大事なのはそれを次にどう活かすかじゃ』
勇者「……ハッ!」
勇者「……」
勇者「長老……そうだよな。失敗に拘るよりも、次に活かすかどうかだよな」
勇者「ありがとう、長老」
勇者「俺、絶望しないで、もうちょっと頑張ってみるよ」
囚人A「おいおい、頭打ちつけんのやめたと思ったら急にキラキラした目で立ち上がってきたぞ」
囚人B「やばいな。絶望やばいわあいつ」
勇者「商人さんの話だと、俺の処罰って結構重そうなんだよな……首が飛ぶとかなんとか言ってたし」
勇者「……」
勇者「……」
勇者「脱獄するか」
勇者「聖剣……そうだ聖剣だよ」
勇者「俺、聖剣に選ばれた勇者とか言われたけど、そもそも聖剣ないと何も出来ないじゃん」
勇者「傭兵にもそんな感じのこと言われたし」
勇者「……」
勇者「けど、そんな泣き言も言ってられないよな」
勇者「長老は、聖剣に選ばれた者は聖剣を肌身離さず持っておくようにと言ってたし、第一優先は聖剣を取り戻すことだな」
勇者「聖剣があれば脱獄だって問題ないはずだ。安価できるし」
勇者「聖剣の在り処をまずは調べないと」
囚人A「な、なんだよ」
勇者「? 何をそんなにビクビクしてるんだ」
囚人A「そりゃあお前……」
囚人B「おい、あんまり受け答えすんな。汚染されるぞ」
囚人A「お、おう」
勇者「汚染? どういうことだよ」
囚人A「……すまねえな。お前と話すことは何もない」
勇者「え、おい!」
囚人B「うっせえ! 喋りかけんな!」
勇者「俺が何をしたって言うんだよ……」
勇者「こんな薄情な奴らだったとは思わなかったぞ」
勇者「……」
勇者「牢獄に入ってる時点で悪人だったなそう言えば」
看守「ほら、就寝時間だ! さっさと寝ろ囚人ども!」
勇者「……今日は一旦休むとするか」
勇者「……思えば、こうしてゆっくり眠るのも久しぶりな気がする」
勇者「ここしばらく、野盗やモンスターを追ってギリギリを攻め続けていたからな……」
勇者「今夜くらいは……よく眠れそうだ……布団、固いけど」
勇者「目が覚めた。朝か?」
勇者「……ああ、まだ夜か」
勇者「結構寝たと思ったんだがな……」
勇者「ん?」
カツ、カツ、カツ…
勇者(夜間の見回りか。寝たふりでもしておくか……)
看守B「ダメに決まっているだろう。ただ、まあ良いってことになるんだろうな。あの人の権力なら。偉く気に入ったみたいだし、結構な値打ち物みたいだぞ、あの剣」
看守A「でも鞘から抜けないんだろう? そんな剣持ってて意味があるのか?」
看守B「ただのコレクションだろ。そもそもあの大臣じゃあ剣が抜けても使えねえよ」
看守A「まあ、これはどうあれ、あの囚人の刑も決まったようなもんかね。まだ若いのにかわいそうに」
カツ、カツ、カツ…
勇者(……)
勇者「大臣が持ってるのか……厄介だな」
勇者「そして、俺の刑も決まったようなものだと」
勇者「これはいよいよ脱獄しなきゃならない訳だが、どうする……!」
ズキッ!
勇者「痛っ!」
勇者「……なんだこれ。額の傷……」
勇者「ああ、牢に頭を打ちつけた時のやつか」
勇者「よく見たら牢にも血がこびり付いてら。額からの出血って結構血が出るんだよな……」
勇者「……」
勇者「……これ、行けるか……?」
看守A「!?」
看守B「なんだ、この音は!」
看守A「地下牢からだ……行くぞ!」
看守A「どうした! 何があった!」
囚人A「お、俺は知らねえ! 知らねえよお!」
看守B「落ち着いて話せ」
囚人B「そ、そこの牢のそいつが……」
看守A「そこの牢……?」
看守AB「なっ!!?」
勇者「…………」ドクドクドクドク…
看守A「血まみれ!?」
看守B「し、死んでる……?」
囚人A「そいつが、夜中に急に起き出して、頭を牢に……!」
囚人B「見てるこっちの気が狂いそうだったぜ……」
看守B「あ、ああ……こんなケースは初めてだ」
タタタッ
看守A「くそっ、おい。大丈夫かっ! しっかりしろ!」ガチャガチャ
ギィ…
看守A「まだ生きてるかっ? 脈は……」
ガシッ!
看守A「……へ?」
勇者「捕まえた」ドロドロヌチャァ
看守A「ぎゃあああああああ!!!」
ツルッ
ゴチーン!
勇者「あれ」
勇者「……まあ、俺のこと本気で心配してくれてたみたいだし、悪い人じゃなさそうだったし、こっちから危害を加えるのも気が引けてたからこれでいいか」
勇者「いやぁ、よかったよかった」ドクドクドクドク
囚人A「いや、血ぃめっちゃ出てるじゃねえか。やっぱ怖いよお前」
姫「……」
姫「星が綺麗ね」
女騎士「姫、探しましたよ。こんなところにいましたか」
姫「あら、女騎士」
女騎士「もう夜も遅いです。早くお休みになってください」
姫「もう子供じゃないんだから、少しくらい起きていても良いじゃない」
女騎士「ダメですよ。大人でも、もう寝る時間ですからね」
姫「……けち」
女騎士「……何か、あったのですか?」
姫「ううん、何も。……ただ……」
女騎士「ただ?」
姫「少し、胸騒ぎがするの。何だか、近いうちに良くないことが起こりそうな、そんな気がしてしまって……」
女騎士「……」
姫「……何でもないわ。今の言葉は忘れてちょうだい」
女騎士「……はい」
女騎士「お供します」
姫「いいから。もう、子供じゃないんだからって言っているでしょう? 自分の部屋に戻るくらい、ひとりでできます」
女騎士「しかし……」
カンカンカンカン!!
脱獄者だぁーー!!
姫「!」
女騎士「!」
姫「……ひとりで戻れるってば」
女騎士「しかし……」
姫「女騎士もお仕事があるでしょう? ほら、緊急事態みたいだし」
女騎士「ですが、だからこそ姫の傍を離れる訳には……」
姫「もうっ。こんなにうるさくては眠れないわ。わたしのことは良いから、早くこの問題を解決してくださいっ」
女騎士「……絶対に戻ってくださいね? 寄り道をせず、真っ直ぐに寝室にお戻りください」
姫「わかってるってば」
女騎士「では、失礼します」
タタタッ
姫「……」
バタバタバタバタ
勇者「くそっ、また見つかったのかよ!」
勇者「村の中では駆けっこも隠れんぼも圧倒的に一番だった俺がこうまで簡単に見つかるなんてな」
勇者「くそっ、悔しいが、王都の騎士は優秀だな! これで国も安泰か!」ビチャビチャビチャビチャ
警備「脱獄犯は血を垂れ流しながら逃走している! なかなかの遣り手だが、見失った時は床の血痕を探せぇ!」
勇者「大臣っつーから上の階にいるんだろうけど、このままだと見つける前に捕まっちまう!」
勇者「一旦外に逃げるか……!」
タタタッ
警備B「そこにいるぞぉーー!!」
勇者「!」
警備A「挟み撃ちだ!」
勇者「やばやばやば……!!」
勇者「ここは三階くらいかっ? こうなったら……」
勇者「窓から逃げる!!」
ガシャァァン!!
警備A「なっ!?」
勇者(一旦城の外に出て、また後日取り返しに行くしかないか!)
警備A「窓から逃げたぞ! 中庭への窓だ!」
勇者「えっ、中庭?」
勇者「……あ、これ外に逃げられないじゃん」
ヒューーーーーー……
ガシャァァン!!
姫「!?」
ヒューーーーーー……
ドチャッ!
姫「ひ、人が……!」
勇者「うーん……」
姫「血がこんなに……大変! すぐに医者を呼びましょう!」
勇者「ああ、大丈夫だよ。心配いらない。この血は元々流れてたもんだし、落ちたことでのケガは無いよ」ムクリ
姫「元々そんな怪我をしながら窓から飛び降りたのですかっ。そちらの方が問題なのではと思うのですが!」
勇者「いやまあ色々事情があったんだよ……」
姫「わたしは大丈夫ですけど……それより、下に人がいなかったとしても、つい窓から飛び降りてしまうというのはおかしいと思うのです」
勇者「他に方法がなかったんだから仕方ないだろ……」
姫「……? あの、ひとつ聞きたいのですが」
勇者「なんだよ。ちょっと今忙しいんだ」
姫「あなたは誰ですか? わたし、この城に居る者の顔は覚えているのですが、あなたに見覚えがありません」
勇者「あ」
姫「……」
勇者「……け、」
姫「はい」
勇者「決して怪しい者ではないとだけ言っておこう」
姫「いえ、とっても怪しい人だと思います」
勇者「ッ!」バッ!
姫「? 急にしゃがみ込んで、どうしたのですか?」
勇者「……!! ……!!」
姫「……」
姫「!」
バタバタバタバタ
警備「ひ、姫!? このような所で何を!?」
姫「……少し、星を見ていたの。すぐに部屋に戻るわ」
警備「は、はぁ……。あの、こちらで怪しい男を見かけませんでしたか?」
姫「怪しい男?」
警備「はい。顔から血を垂れ流しながら駆け回り、あの窓から飛び降りた気の狂った男なのですが」
警備「姫が中庭にいらっしゃったのなら、見かけていないかと」
姫「……」
姫「……」チラッ
勇者「……!!」ブンブンブン!!
姫「……そうね」
勇者「……」
姫「その男なら、窓から飛び降りたあと、そちらの扉へ走って行きましたよ」
勇者「……!」
警備「は! ご協力ありがとうございます!」
警備「ところで姫、このような事態です。身の安全のため、部屋までお送りいたしましょう」
姫「わたしのことなら大丈夫です。もう子供じゃないのですから……あなたも女騎士のようにわたしを子供扱いするの?」
警備「い、いえ! そのようなことは決して!」
姫「それより、早くその不審人物を捕らえてください。こんなに騒ぎ続けられてしまうと、眠ることもできません」
警備「……はい。では、失礼しますっ!」
バタバタバタバタ
勇者「……ええと。頼んだ俺がいうのも何だが、良かったのか? 俺、確かに怪しい人物だと思うんだけど」
姫「いいんです。みんなわたしのこと子供扱いするんだから。たまには仕返しだってしたくなります」
勇者「お、おう」
勇者(と言うかこの人、お姫様だったんだな)
姫「それに、あなたは確かに怪しい人ですけど、悪い人には見えませんので」
勇者「……ありがとう」
姫「?」
勇者「えーと、大臣の部屋の場所って、わかるか?」
姫「大臣の部屋……?」
勇者「そう。そこに、俺の大事な物があるはずなんだよ。ちょっとしたゴタゴタで取り上げられちゃってさ……取り上げられちゃいまして」
姫「言い直すくらいならそのままの話し方でいいですよ。周りの目がある時はやめてほしいですけど」
勇者「……悪いな。敬語、出来ないわけじゃないんだが、今急いでてさ」
姫「それで、大臣の部屋ですか? 確かにわたしもあの大臣のことはあまり好きではないですけど、さすがにそこまで教えるのは……」
勇者「そっか。助けてもらった上に答えづらいことまで聞いちゃってごめんな。あとは自力で何とかしてみせるさ」
姫「……ちなみに、その大事な物とは?」
勇者「聖剣」
大臣「まったく、騒がしい……地下牢からの脱獄者だと? 看守は一体なにをやっとるのだ」
大臣「これが終わったら責任者はクビ、看守も警備も全員減給だな」
大臣「脱獄者が場内を駆け回るわ手に入れる筈だった例の品は真っ二つの状態で届けられるわで散々だ」
大臣「特に、アレを斬ったとかいう小僧は絶対に許さん。死刑だ死刑」
大臣「……しかし、この剣を手に入れられたのは幸運だったな」
大臣「何でも、例の品を一振りで叩き斬ったとか」
大臣「あの小僧には勿体ない。わしが管理してやろう」
大臣「……しかし、鞘から抜けんな。何か強力な魔法が掛かっているんだろうが……」
大臣「まあいい。王宮の魔法使いに解析させればそのうち解除できるだろう」
勇者「……あれが大臣の部屋か」
勇者「姫があのとき警備を誘導したのが大臣の部屋側じゃなくて助かった。けど、ここから先はやっぱり偉い奴の部屋の周りだからか警備が厳しいな」
勇者「ここまでは割とすんなり来れたが、見つからずに部屋に侵入するのは難しそうだ……」
姫「どうしますか?」ヒョコッ
勇者「どうするって言ってもなあ」
姫「一応じゃなくても姫です。乗りかかった舟ですから」
勇者「……なんか楽しんでない?」
姫「…………」
勇者「楽しんでるんだ」
姫「……この国を思うがゆえの行動ですので」
勇者「はーん。立派だな」
姫「なんですかその言い方」
勇者「俺の話を割とあっさり信じてくれてしまって、嬉しいやら心配やらで少し複雑だよ俺は。大丈夫かよお姫様」
姫「……このところ、胸騒ぎを覚えていたのは本当です。この国に災いが降りかかるような、漠然とした不安というか、なんというか……うまく言葉に出来ないのですけれど」
姫「そして、あなたと聖剣が目覚めたこと。それは、その災いを打破することに繋がると、わたしは感じました」
姫「わたしの勘はよく当たるんです」
勇者「姫……」
勇者(やっぱりちょっとワクワクしてるだろこの人)
勇者「何ですかね」
姫「わたし、姫ですから」
勇者「うん」
姫「本当はこんな時間にこんなところをうろついていてはダメなのです」
勇者「そうだろうな」
姫「だから、こう……囮作戦というやつです」
警備B「俺もだよ。まったく、脱獄とか。看守は何をやってんだか。こりゃあ明日は大臣のいつものアレでクビだの減給だのが飛び交うぞ」
警備A「うへぇ。……はぁ。どうせ部屋の警備するんならこんな大臣じゃなくて姫様の所の方が良かったよ。そうすりゃやる気も出るんだがなあ」
警備B「おい、ここ部屋の前だぞ。聞こえっちまったらお前のクビも飛ぶっての」
警備A「どうせ聞こえねえよ。今ごろグースカ寝てるんじゃないかね」
警備AB「わはははは」
姫「誰かー」
警備AB「!!!!」
警備B「バカな。こんな時間のこんな所に姫がいるはずが……」
姫「きゃー。誰かー。助けてー」
警備A「……」
警備B「……」
警備AB「姫! 今行きます!!」
バタバタバタバタ
勇者「……お姫様ってすごい」
大臣「!!」
大臣「誰だ!!」
勇者「大臣様。その剣を返してもらいに来ました」
大臣「貴様……! そうか、脱獄犯とは貴様のことだったか、小僧!」
大臣「と、と言うか、何だその顔は! 血塗れの格好で、わしを脅すつもりか! その程度の脅しで屈しはせんぞ!」
勇者「あ、いえ。これは止むにやまれぬ事情がありまして」
大臣「衛兵!!」
勇者「衛兵ならしばらくはここに来ませんよ。ちょっとどこかに行ってもらいました」
大臣「くっ……どいつもこいつも使えん奴ばかりよ……!!」
勇者「あ。あの荷って大臣の品物だったんですね」
勇者「……」
大臣「その上、脱獄し、王城を駆け回り、あまつさえわしの私室にまで侵入して来おって……貴様は死刑だ! もう絶対に許さん!」
勇者「……」
勇者(……あれ、これ何も言い返せないや。これ大臣の言うことが最もだわ)
勇者「ですからどうか、その聖剣は返してください!」
勇者「ついでに俺の死刑も取り消して!」
大臣「貴様、自分がどれだけ滅茶苦茶なことを言ってるのかわかってるのか?」
勇者「!」
勇者「あ。これ、俺が斬った箱ですね」
大臣「!!!!」
勇者「俺が斬った後にも貼り直してある。そんなに保護しなきゃならない貴重な品だったのか」
大臣「……」
勇者「そんな高級品とは知らず本当にごめんなさい」
勇者「ちょっと、中身が何か確認してもいいですかね。弁償とか、代わりになるもの探したりとかしますんで!」
大臣「……待て」
大臣「待てと言っている! その箱に触れるな!」
勇者「いや本当ごめんなさい。マジで、許してもらうためにどうすればいいのかわからないんで! 謝るためにも見せてください!」
大臣「やめろ、開けるなァ!!」
勇者「許してください許してください許してください許してください」
カポッ
勇者「……へ?」
勇者「何の腕だよこれ。なんか真っ黒だし。なんか人間の腕っぽい形をしてはいるけど、人の腕はこんなにデカくないし」
勇者「爪も長いっつーか、鋭いっつーか、毒々しいっつーか……」
勇者「え?」
腕「……」ワシャワシャワシャ
勇者「うわっ! 動いてるよこれ! 腕だけなのに!」
勇者「……と言うかこれ」
勇者「俺も実物は見たことないけど、まさか……」
大臣「……貴様の死刑は取り消してやろう」
勇者「!」
大臣「死刑まで待ってはおれん。今すぐこの場で殺してやる」
警備A「姫ー! どこですか!」
警備B「おのれ脱獄犯め! まさか姫を攫い利用するとは!」
警備A「ぶっ殺してやる!」
バタバタバタバタ…
姫「……」
姫「い、行ったようですね」
姫「なんだか悪いことをした気がしてきました……」
姫「……それにしても。警備さんから逃げ切るだなんて、なかなかやるじゃないですか、わたし」
姫「ちょっと自信が付いたかもしれません」
姫「もしかして……才能があるのかも」
姫「ふふっ」
女騎士「気は済みましたか、姫」
姫「ええ。とっても」
女騎士「……」
姫「……」
姫「……あ」
姫「……はい」
女騎士「私との約束は、守れないですか?」
姫「そ、そんなことありません」
女騎士「では何故、こんな時間まで城内をうろついているのです。警備の者をからかったりまでして」
姫「……ごめんなさい」
姫「ゆ、勇者様は危険人物などでは…………あっ」
女騎士「……」
姫「……」
女騎士「会ったのですね。その者に」
姫「……はい」
女騎士「詳しくお話を聞かせてください」
大臣「……」ガチャ
勇者「大臣……そんな物騒な物構えてどうしたんですか。そもそも何で私室にボウガンなんか置いてあるんですかね」
大臣「護身用だ。……それを見られたからには生かしておけん」
勇者「……この腕、魔物の……と言うか、悪魔の腕ですよね」
勇者「俺も悪魔は伝聞や絵でしか見たことないし、詳しくなんかないですけど、何となくわかります」
大臣「ふん。わしが何を集めていようと貴様に関係なかろう」
バシュッ!
勇者「ッ!」バッ
ドスッ
ジュウウゥゥ…!
勇者「……なんで矢が刺さった程度で壁が溶けるんだよ……!」
大臣「この矢には劇毒スライムの身体を刻み、濃縮したものを塗り込んでおる。掠っただけでも命は無いと思え」
バシュッ!
勇者「くそッ! それ絶対違法なやつだろ!」バッ
バシュッ!
勇者「あぶなっ!!」ドスッ
大臣「貴様、その机を盾にしたな!? その机がいくらしたと思っている! それも貴様の命で払いきれる物ではないぞ!」
勇者「知るかよ!」
バシュッ、バシュッ、バシュッ
勇者「くそ、この机が溶けてグズグズになるのも時間の問題か……!」
勇者「大臣の腕がへっぽこだから今は何とか避けきれているけれど、それでもいつかは当たっちまう」
大臣「さっさと死ねぇ!」バシュッ、バシュッ!
勇者「それに、こうも連射されちゃあ近づけないぞ。近づいたとしても、あの毒矢を持って振り回されたりしたら、掠っただけでも死んでしまう」
勇者「……」
勇者「ん?」
大臣「ああああああああ!!」バシュッ、バシュッ!
勇者「……あるじゃん、聖剣。大臣の手元に」
勇者「台座の剣を引き抜く前にも聞こえたんだ。今ここで聞こえない道理はない……!」
勇者「聖剣よ、力を貸してくれ! 大臣を倒す方法を!」
聖剣「>>205」
勇者「魔物の腕を……使う……!?」
勇者「使うって、どうやって!」
聖剣「……」
勇者「……自分で考えろってことか。相変わらず不親切な剣だよ」
勇者「この爪とか普通に凶器みたいなもんだし。大臣はこれを大事そうに扱ってたから、もしかしたら盾にするだけで攻撃を遠慮してくれるかも……!」
勇者「よし、そうと決まれば!」
大臣「!、それに触るな! 何をするつもりだ!」
勇者「なに、ちょっと借りるだけだよ!」
ガシッ!
腕「……!」ビチビチッ、ビクンビクンッ!
勇者「うわ、動いたっ、キモッ!!」ブンッ!
ビュッ!
大臣「えっ」
グサッ!
勇者「あっ」
大臣「痛い! 痛いぞぉ!!」ジタバタジタバタ!
大臣「腹に! わしの腹に悪魔の右腕がぁ!!」ゴロゴロゴロゴロ!
勇者「……」
勇者「計算通りだ」
勇者「……えぇと。とりあえず聖剣は回収させてもらうけど」
大臣「ああああああああ!!」
勇者「……」
大臣「助けてくれえええええ!!」
勇者「……いくら悪い奴だからって、このままにしておく訳にも行かないよな」
大臣「早く! 早くせんか!!」
勇者「大の大人がそんなに痛がるなよ。腹の脂肪が厚いんだから少しくらい我慢しろって」
勇者「よっと」
グイッ、グイッ!
勇者「……あれ?」
グググググッ…!
勇者「ぬ、抜けない……」
勇者「抜けないどころか、これ……」
腕「……」ズリュズリュズリュッ!
勇者「こいつ、大臣の身体に入り込もうとしてやがる!」
ズリュズリュズリュズリュズリュズリュッ!!
勇者「か、完全に入り込んじまった」
勇者「……」
大臣「……」
勇者「……大臣?」
大臣「……」
勇者「おい、どうしたんだよ。さっきまで元気にのたうち回ってたってのに」
大臣「……」
大臣「……」
カッ!!
大臣「……」バサッ!
勇者「立ち上がった……けど」
勇者「肌が黒く変色して、翼まで生えちまって。これじゃあまるで悪魔じゃねえか!」
女騎士「大臣! ご無事ですか!」
勇者「!」
大臣悪魔「……」
女騎士「……これは……どういうことですか」
勇者「ええと、あんたは?」
姫「わたしのお付きの女騎士です」
勇者「姫!」
姫「しかしこれは……勇者様、いったいなにがあったのですか!?」
勇者「……」
女騎士「いいから答えてください! この悪魔……大臣の面影があります! この方は大臣なのですか!?」
勇者「……うん。端的に言うと、そうなる」
女騎士「どうしてこのような姿に!」
勇者「だから、それを話せば長くなるんだって! こいつはそれを待ってくれるのか!?」
大臣悪魔「……」ズズズ…!
女騎士「ッ!」
姫「は、はいっ」
女騎士「あなたは……ああもうっ、後でちゃんと説明してもらいますからね!」
勇者「……来るぞ!!」
女騎士「わかっています!」
ジャッ!
女騎士「くっ!」
ギィン! ズバッ!
大臣悪魔「グオオ……!」
シュウウゥゥ…
女騎士「斬った筈なのに……この再生力、本当に悪魔のような……!」
女騎士「けど、後ろには、行かせません!」
ガァン!
大臣悪魔「……!!」ズザァッ!
勇者「ああ!!」ブンッ!
スパッ
勇者「くそっ、浅いか!」
女騎士「なんですかそのへっぴり腰は! そんな振りで当たる訳がないじゃないですか! あなた、本当に姫が言っていた言い伝えの勇者なのですか!?」
勇者「うるさいなちくしょう! 俺だって気にしてるんだ! こっちはまだ修行中なんだよ!」
勇者「……あれ? 意外と効いてる……?」
女騎士「えぇっ!?」
勇者「ああ、確か長老が言ってたな。この剣ってなんかすごい聖属性があるらしいぞ」
勇者「聖属性って悪魔に効くんだろ?」
女騎士「……その剣、私が使うことはできますか!?」
勇者「いや、どうだろ。なんか俺意外だと鞘から抜くことも出来ないみたいなんだけど。抜き身の状態で誰かに渡してどうなるかは試したことないし全然わからない」
女騎士「選ばれし者のみが使える聖剣……! くっ、もどかしいですね!」
勇者「俺を睨むんじゃないよ!」
勇者「頑張るっつっても……!」ブンッ!
スカッ
勇者「く、」
女騎士「ものすごく警戒されているじゃないですか。さっきのチャンスで仕留めていれば……!」
勇者「……あの。ちょっと本格的に傷つくので俺への口撃を少し緩めてほしいかな」
勇者「聖剣、頼む! この悪魔を倒す方法を!」
聖剣「>>235」
黒鷺、標、射干玉、普く王座の簒奪者。
九泉を巡りて錆色に染まりし顎門よ。
歓喜せよ。
狂乱せよ。
地上に蔓延りし幽けき定命の者共、我が慈悲により苦痛なき死を賜う。
滅びよーーーー【獄闢分命・道断躑躅】
黒鷺、標、射干玉、普く王座の簒奪者。
九泉を巡りて錆色に染まりし顎門よ。
歓喜せよ。
狂乱せよ。
地上に蔓延りし幽けき定命の者共、我が慈悲により苦痛なき死を賜う。
滅びよーーーー【獄闢分命・道断躑躅】」
勇者「……」
勇者「……!」
勇者「…………!!」
勇者(なにいってんだこいつ)
勇者「これパッと見、指示というより何かの詠唱か? つまりこの詠唱で発動する何らかの魔法があって、それをこいつに打ち込めば効くってことか!?」
勇者「思えば、これと似たような謎の呪文っぽいのを一度聞いてるんだよな、俺。確かアバダナンタラだったか」
勇者「あの呪文の意味も結局わからず仕舞いだったが、こう、魔力的な何かを込めて叫んでいたらあの時何かが発動していたのかもしれない」
勇者「これは何かのチャンスの筈だ! ぶっつけ本番だけど、やるしかねえ!」
勇者「––––啜れ羊頭の」
大臣悪魔「グオオ!!」
ジャッ!
勇者「あぶなっ!」
ギィン!
大臣悪魔「グオオ!!」
ジャッ!
勇者「邪魔すんなって!」
ガァン!
勇者「––––羊頭啜る鎖せ……」
勇者「……」
勇者「……あれ、啜る羊頭がだったっけ」
勇者「––––啜る羊頭が啜れ鎖し……」
勇者「……」
勇者「……ええと」
勇者「……なんとかの天蓋が……」
勇者「……」
勇者「……やべ、何言ってたか忘れたわ」
聖剣「……」
勇者「……」
聖剣「……」
大臣悪魔「グオオ!!」
ドガァ!
勇者「ぐわー!!」
女騎士「ひとりでブツブツ何言ってるんですかさっきから!?」
勇者「真面目にやってるよ! でも安価が!!」
女騎士「それならまださっきのへっぴり腰剣術の方がまだマシです!」
勇者「だって安価が!!」
女騎士「前を向いて、剣を振ってください!」
勇者「けど安価は守らなきゃ!!」
女騎士「安価安価って、さっきから何なんです!?」
ガシャァァァン!!
女騎士「ああっ、悪魔が窓を突き破って外に!」
勇者「くそっ、俺が安価を守れなかったばっかりに!」
女騎士「もういいですから、それ!」
女騎士「それより、あんなものがこの部屋の外へ……王都はパニックになりますよ!」
勇者「ごめんなさい!!」
女騎士「本当ですよ!!」
ドッカンバッガンバキバキグシャア!!
姫「ああ、お城が壊されていく……」
勇者「な、なんとかしなきゃ……そうだ、また安価で!」
女騎士「それ一旦やめてください!」
勇者「何でだよ!」
女騎士「見てわからないんですか!?」
バチバチバチバチバチ!!
勇者「な、なんだ……!? あの悪魔、空中で何かにぶつかったように……捕らえられているのか?」
女騎士「あれは……! そう、あなたが脱獄してから張られた、城の周囲の結界です!」
女騎士「まさかこんな形で使えることになるなんて」
勇者「俺の脱獄のおかげか」
女騎士「……」
勇者「……いや、ごめん。今のは俺が悪かった」
勇者「倒したのか!?」
女騎士「いいえ、あの結界はあくまでも身動きを封じるためのもの。攻撃的な性能はそれほどありません……」
勇者「……なら、とどめを刺しに行かないとな」
ガッ
女騎士「えっ?」
勇者「……自分の尻は自分で拭うよ。あいつは、俺が始末する」
女騎士「ちょっと! そんな所から飛び出したら……! ここ、何階だと思っているんですか!?」
勇者「大丈夫だ。……なんか、この聖剣を引き抜いてからちょっとばかり身体が頑丈になった気がする」
勇者「これくらいなら、平気だと思うんだ」
ググッ…
勇者「あの位置で結界に掛かってくれてよかった。もうちょい遠かったら、届かなかったかもな」
勇者「……行くぞっ!」
ダッ
ヒューーーーーーーー……
勇者「うおおおおおお!!」バッ!
大臣悪魔「!?」
勇者「悪いな、大臣さん。俺も本当は、あんたをどうにかしてやりたかった」
勇者「……俺の、力不足だ」
ドシュッ!
姫「勇者さまは身体が強いんですね」
女騎士「あの高さから落ちて何でそんなにピンピンしてるんですかね」
勇者「さあ、俺にもさっぱり」
勇者「はい」
女騎士「昨日の経緯を話してもらいましょう。大臣の身にいったい何があったんです?」
勇者「……」
……
勇者「––––と言う訳なんだ」
姫「勇者さま、すごい」
女騎士「……頭が痛くなってきました」
勇者「う、うん」
勇者(たまたまだったとは言わないでおこう)
女騎士「そこから脱獄までの流れもまあ、良いでしょう。……城内を荒らし回ったのは本当はダメですが」
勇者「はい」
女騎士「しかし、大臣との戦闘の流れ……」
女騎士「正直に話しすぎでは? これは上にどう報告したものか……」
女騎士「特に、悪魔の腕を大臣に投げつけたあたりがダメです」
勇者「そうだよなぁ……悪魔の腕を使えと言っていたけど、もっと別の使い方をするのが正しい安価だったか」
姫「安価?」
勇者「なんでもないです」
女騎士「しかし……」
姫「それに、聖剣とそれに選ばれし勇者。国を守るため、これらを失う訳には行きません」
姫「あの後行われた大臣の部屋の調査で、違法な物品が沢山出て来たとか。あれらを放置していれば、本当はもっと大変な事態になっていたかもしれないのですよ」
女騎士「ですが……」
姫「お願いです」
女騎士「……」
姫「……ダメですか?」
女騎士「う」
女騎士「それを暴いていただいたのです。姫のお言葉もありますし、上への報告は私がなんとかしておきます」
姫「ありがとう女騎士!」
女騎士「……それにしても、姫がここまで肩入れするなんて」ジロッ
勇者「な、なんだよ。急にこっちを睨んできて」
女騎士「なんでもありません」
勇者「長老か。すっかり忘れてたな」
女騎士「あなたのその剣が、伝説の聖剣であることは間違いないようですね。その力も、昨夜この目で見たことですし」
女騎士「最近急に活発になってきた魔物の動きに対するための覚醒したのでしょうか……」
勇者「……」
勇者「うん?」
姫「聖剣を携え、故郷を出てきたのです。何か使命があるのではないでしょうか」
勇者「俺は……」
勇者(昨夜、女騎士にも散々言われたけど、剣の腕も大したことないし、完全に聖剣頼りの戦いになっている)
勇者(今後、あれ以上の敵と戦うことになるなら、もっと力を付けなきゃならないと思う)
勇者(けど、魔物の動きが活発になってきてるって言うのもきになる。勇者として魔物退治とかした方がいいのかな?)
聖剣「>>344」
勇者「は?」
聖剣「女騎士を斬れ」
勇者「……」
聖剣「女騎士を斬れ」
勇者「まーたこいつはこういう場面でそういうこと言う」
女騎士「どうしたのですか。急に黙り込んでしまって」
勇者「……」ジーーッ
女騎士「……」
勇者「……」ジーーッ
女騎士「?」
女騎士「あの。黙ってこっちをジッと見られても。どうかしましたか?」
勇者(マジでこの人斬るの?)
勇者(けど……)
勇者(……「すいませんが斬らせてもらってもいいでしょうか」とか、ダメかな。ダメだよな)
勇者(……)
勇者(……)
勇者「……女騎士」
女騎士「はい」
勇者「俺と戦ってくれ」
女騎士「……はい?」
女騎士「……私、忙しいんですけど」
勇者「悪いな」
姫「まあまあ、良いではないですか」
女騎士「姫がそう言うなら……」
勇者「へっぴり腰言うな」
女騎士「でも、これはこれで感心しているんですよ。昨夜の戦いで自分の力不足を感じたから、こうしてお願いしてきたんでしょうし」
女騎士「じゃあ。はい、これ」
勇者「……これは?」
女騎士「訓練用の木剣です。まさか実剣で戦うなんて言わないでしょう」
勇者「えっ」
女騎士「えっ」
勇者「木剣だと意味がないんだよ」
女騎士「どういう理屈ですか」
勇者「頼むよ」
女騎士「……むぅ」
勇者「!」
勇者「そうそう、それそれ」
女騎士「……」
女騎士「意思も固いようですし、いいでしょう。私も早く終わらせて仕事に戻りたいですから」
女騎士「ただし、実剣を使うからには私も手加減はできませんので、そのつもりで」
女騎士「ちなみに私は木剣を使います」
勇者「? 実剣だと手を抜けないのに、お前は木剣を使うってことか?」
女騎士「私が実剣を使うと、やりづらいんですよ。まさか言い伝えの勇者を何かの間違いで斬るわけにも行きませんし」
女騎士「これなら遠慮なく振り抜けますので」
勇者「……なんか舐められてるのだけはよくわかった」
ブンッ!
女騎士「はい、隙だらけです」
バキッ!
勇者「あだっ!?」ゴロゴロゴロ
スカッ
女騎士「いきなりそんな大振りが当たるわけないでしょう」
ズガッ!
勇者「ごばぁ!」
女騎士「手加減など。それこそ勇者さんは望んでいないのでは? それに相手は実剣ですから」
姫「そういうものですか」
勇者「別に手加減してくれてもいいんだけどな」ボソッ
女騎士「は?」
勇者「なんでもないです」
……
……
勇者「……まさか一太刀も当てられないなんて……」
ドサッ
勇者「……」ピクピクッ
女騎士「気絶してしまいましまか」
姫「まあ大変。勇者さまのお顔が……」
女騎士「思っていたよりもひどい腕前ですね……」
勇者「また頼むよ」
女騎士「仕方ありませんね」
勇者「も、もう一度……」
女騎士「まだやるんですか」
勇者「今日こそは……!」
女騎士「私も仕事とかあるんですけど」
勇者「よっしゃ、今日も頼むわ」
女騎士「あの、これ他の人に頼むことは出来ないんですか? 何なら騎士団の教官とか紹介しますし」
勇者「お前じゃなきゃダメなんだよ!!」
女騎士「なぜっ!?」
勇者「おっと」
ガァン!
勇者「だぁっ!」
ビュッ!
女騎士「ッ!」サッ
ズザァ…!
女騎士「……そろそろ時間ですね」
勇者「っ、今日もダメだったか」
女騎士「それと、こちらの攻撃も捌けるようになってきていますね。意外と筋が悪くないようで何よりです」
勇者「おかしいなぁ……盗賊と戦った時とか、鉄の剣でも叩き斬ることができてたのに、あんたの木剣で何で受け切られちゃうんだよ」
女騎士「実力差です」
勇者「ダメだよ。それじゃ安価達成できないじゃないか」
女騎士「またそれですか! 何なんですかそれは!」
警備「勇者様、女騎士様!」
勇者「ん? なんか呼ばれてるみたいだぞ」
女騎士「何かあったんでしょうか」
女騎士「王様が!?」
勇者「そう言えば王城に居たのに一回も王様のこと見てなかったな」
女騎士「当然です。そう簡単に会える人ではありませんから」
警備「姫もお待ちです。どうぞ、こちらへ」
王「勇者殿、よく来てくれた」
勇者「ははーっ」
王「本当はもっと早く会いたいと思っていたのだが、なにぶん、大臣の件の影響が大きくてな」
勇者「王様も大変ですね」
ビシッ
勇者「あ痛っ!?」
女騎士「……」ジロッ
勇者(な、なんだよ)
女騎士(この国の王様ですよ! 発言は気をつけてください!)
王「勇者殿もそう固くならずに結構だ」
勇者「……だってさ」
女騎士「その勝ち誇ったような顔をするのやめてください」
勇者「訓練というか」
王「ん?」
勇者「あ。訓練です」
王「女騎士よ。勇者殿の具合はどうか」
女騎士「はい。最初は目も当てられない有様でしたが、筋は悪くなく。最近は動きも良くなっています」
王「ふむ……」
勇者「?」
王「最近、魔物の動きが活発化しているのは知っているな?」
勇者「噂には聞いてます」
王「特に北と東の方面の動きが激しく、その地方の都市との連絡は密に取っていたのだが」
王「最近、北の都市との連絡が途絶えたのだ」
王「何かがあったのだろうが、無闇に騎士隊を派遣するよりは、身軽なそなたにその役目をおってもらいたい」
王「どうか?」
勇者「無理です」
姫「!」
女騎士「!」
王「……」
王「……理由を聞いてもいいか?」
王「正直、断られるとは思わなんだ」
勇者「理由は、まだ女騎士を倒してないからです」
女騎士「ちょっと! 何を言ってるんですか! そんな理由で王の依頼を断らないでくださいよ!」
勇者「いや、だってさ! まだ安価達成できてないし王都を離れる訳にはいかないじゃないか!」
女騎士「また訳のわからないことを!」
姫「知っているのですか、お父様」
王「なに、限られた者にだけ伝わる、聖剣の勇者にまつわる話だ」
姫「限られた者……?」
王「まだお前には教えられんな」
姫「そんなぁ」
王「勇者よ。今そなたにどのような安価が出ているのかは知らないが、安価は重複できるものであろう」
勇者「はい」
王「ならば。今この時こそ、安価を使うべきタイミングではないのか?」
勇者「!」
勇者「……」
勇者(ぶっちゃけ、王様の目の前で安価出すのすごくこわいんですけど)
勇者「……」
勇者「わかりました。聖剣よ、答えを聞かせてくれ。俺はこの後どう動くべきだ?」
聖剣「>>415」
勇者「……」
勇者「…………」
勇者「………………」
勇者「………………………………」ダラダラダラダラ
王「ど、どうした勇者殿」
女騎士「ものすごい冷や汗が出てるんですが」
勇者(これはお前、どうなんだ?)
勇者(今ここでそんなふざけたこと言ったら首刎ねられるんじゃ……)
姫「勇者さま、大丈夫ですか?」
勇者「!!!」
姫「なんだか、顔色が悪いようですけど……」
勇者「あ、ああ。いや、これは……」
勇者(考えろ……考えるんだ……)
勇者(安価を遂行するからと言って、それをここで公言する訳にはいかない)
勇者(ここでそれを言ってしまえばそれこそ達成が不可能になるだろう)
勇者(ここは一時様子を見てチャンスを伺うべきだ)
勇者(赤ちゃんプレイをどう実行するかはまた後で考えればいい)
勇者(とにかく今は、ここを乗り切るべきだ)
スゥーーーーハァーーーー……
勇者「姫、俺は大丈夫です。少し目眩がしただけで何ともありません」
姫「そうですか」
王「ふむ」
勇者「申し訳ありません。俺にはまだ、王都で果たさなければならない使命があります」
勇者「今ここで、王都を離れる訳には行かないのです」
勇者「北の都市の件、お力になれず申し訳ない」
王「……」
王「……わかった。その、お前のまっすぐな目を見ればわかる。何をやらねばならんのか、ここでは敢えて問うまい」
王「勇者よ、そなたはそなたの使命を果たせ。北の都市の件はこちらでなんとかしておこう」
勇者「率直に言って、正攻法は無理だと思うんだ」
勇者「まず第一に、俺と姫が会う機会」
勇者「姫に赤ちゃんプレイを要求するとして、その場に第三者が居合わせていると、まず間違いなく大問題になる」
勇者「それが女騎士だった場合、まず間違いなく俺をボコボコにするだろう。……木剣ではなく実剣で」
勇者「二人きりで会う機会を作らなければならないけど、そもそもとしてそんなに会う頻度が高いわけじゃないんだよな」
勇者「ここ一ヶ月ほど王城に通い詰めてはいるけれど、姫と会うのは三日に一回ほど」
勇者「女騎士との戦いを見に訓練場に顔を出すくらいだ」
勇者「……これが一番の問題か」
勇者「聖剣に選ばれた勇者と言えど、俺はまだ大きな功績を残したわけじゃあない。一国の姫君がそんな俺と赤ちゃんプレイをすることを了承するだろうか?」
勇者「姫との関係は悪くはないと思うけど、それは難しいだろうな」
勇者「けど、赤ちゃんプレイなんてものは、まず双方の合意が無きゃ成り立たないだろうし、ここが突破できなきゃ話にならない」
勇者「……」
勇者「くそっ、もうこんな時間か」
勇者「女騎士との決戦も手を抜くわけにはいかない。休養は取っておかなきゃな」
勇者「……」
勇者「明日、図書館に行ってみるか。何か良い案が浮かぶかもしれない」
ガァン! ギィン!
勇者(そういや赤ちゃんプレイとか言ってたけど、どっちが赤ちゃん側になるかの指定はなかったよな)
女騎士「……」
女騎士「そこ!」
バギッ!
勇者「痛ぇっ!?」
女騎士「身が入ってないようですね。鍛錬中に上の空になるとは何事ですか」
勇者「うぅ」
女騎士「……まったく、最近少しはマシになったと思ったらこれなんですから」
勇者「!」
女騎士「剣を合わせているのですから少しはわかります。最近考え事が多いみたいですし」
女騎士「私でよければ、話を聞くくらいのことはできますが」
勇者「いや、いい。大丈夫だ」
女騎士「……」
女騎士「……あなたがそう言うのなら、わかりました」
女騎士「けれど、あまり抱え込みすぎないように。どうしてもと言う時には相談に乗りますから」
勇者「ああ。ありがとう」
勇者(これ、女騎士に相談したら叩き斬られるだろうなあ)
勇者「参考になるもの……参考になるもの……」
勇者「やはりここは恋愛小説のようなものを読むべきか」
勇者「……赤ちゃんプレイが載ってる恋愛小説とかないかな?」
勇者「無いよな。そりゃそうだ」
勇者「ぐぬぬ……」
テクテク
勇者「こっちは……魔導書のコーナーか。俺には関係ないな」
勇者「……」
勇者「……」
勇者「…………魔法?」
勇者「おお……重い……借りたものと買った物で結構な量になったな」
勇者「まずはこの件に使えそうなやつを調べることから始めないと」
テクテク…
ドンッ
勇者「痛っ」
バサバサッ
勇者「む。すまない」
傭兵「いや。こちらこそ前方不注意だった。拾うのを手伝おう」
勇者「悪いな」
勇者「まあ、ちょっとな」
傭兵「……ほら」
勇者「サンキュー」
傭兵「……ではな」
テクテク
勇者「あの人は北の城門の方に向かってるみたいだな。旅人か何かか」
勇者「……なんかどっかで見たことあるような気がする奴なんだが」
勇者「……」
勇者「まあいいか」
ペラ…ペラ…
勇者「……」
勇者「……」
勇者「……」
勇者「……これだ。……これを使えるようになればいける気がするぞ」
勇者「あんまり難しすぎるやつは無理な気がするけど、これくらいならなんとか……!」
勇者「そうとわかれば早速練習だ」
勇者「おはよう」
女騎士「おはようございま……ひっ!?」
勇者「……どうした?」
女騎士「どうしたって……すごい隈ですけど大丈夫ですか?」
勇者「少し本を読んでいてな」
女騎士「……まあ本人が大丈夫と言うなら……」
テクテク
勇者「……」
勇者「すまない女騎士……練習台になってくれ……」
勇者「……赤ちゃんになぁれ!」クワッ!
女騎士「何か言いましたか?」クルッ
勇者「ん。なんでもない」
女騎士「そうですか」
テクテク
勇者「……くそっ、やっぱりそう簡単にはいかないか」
勇者「あれから何度か試したけどなかなか上手くいかないな」
勇者「おかしいなあ。発動したらパーッって光みたいなのが出るみたいなんだけどそういう気配が全然ないぞ」
勇者「赤ちゃんになぁれ! 赤ちゃんになぁれ!」
シーーーーン
勇者「独学じゃあ限界があるか」
女騎士「え? 魔法を覚えたい?」
勇者「そうなんだよ。誰かそういうの詳しい人を紹介してくれないか」
女騎士「心当たりが無い訳ではないですが」
女騎士「私としては色々な物に手を出すよりも、まずは目の前のこと。一先ず剣を磨くことに集中するべきと思うのですが」
勇者「いいや。これはとても重要なことなんだ」
女騎士「別にあなたが使えるようにならなくとも、誰か使える人にお願いしてみるというのは?」
勇者「それは絶対ダメだと思う」
女騎士「はぁ。そこまで言うなら」
勇者「たのもーっ!」
魔法使い「うるさいわね。そんな大声を出さなくても聞こえてるから」
勇者「あんたが魔法使いか?」
魔法使い「そうだけど。あなた、女騎士が言っていた聖剣の勇者ね。話は聞いているわ」
魔法使い「出来るだけ協力してほしいとは言われたけど、それはあなた次第ね」
魔法使い「……なによ」
勇者「いや。凄腕の魔法使いって聞いてたからもっと年食った爺さんみたいなの想像してたんだけど」
魔法使い「期待に応えられなくて悪かったわね」
勇者「この間、悪魔を拘束してた王城の結界もあんたが張ったって聞いたぞ。凄いな」
魔法使い「はぁ。お世辞のつもり?」
勇者「そんなつもりはない」
勇者「ああ」
魔法使い「どんな系統の魔法を覚えたいのかしら」
勇者「ああ」
勇者「……えぇと」
魔法使い「なにをゴニョゴニョしてるのよ。まさかやましい事情があるわけじゃないでしょうし」
勇者「…………」
魔法使い「何でそこで黙るのよ」
魔法使い「何か使える魔法はある?」
勇者「ないぞ」
魔法使い「そう。何も使えないのね」
魔法使い「……」
魔法使い「何も……」
勇者「どうした。頭を抱えて」
魔法使い「いえ。何か面倒な頼みを引き受けちゃったかなって」
勇者「へへっ、よろしく頼むぜ師匠」
魔法使い「笑ったって誤魔化されないからね」
魔法使い「––––それで、この発動の理論だけど……」チラッ
勇者「……………………」カリカリカリカリ
魔法使い(一生懸命勉強してるわね。「座学なんて嫌だ! 実践練習!」とか言いそうな顔してたからちょっと意外かも)
魔法使い(そんなこと言い出したら叩き出すつもりだったけど)
魔法使い(才能はからっきしみたいだけど素直だし、家に帰っても自主練してるみたいだし。ここまで真面目なら修得も早いかもね)
勇者「……これを応用すれば……いやもう少し……この式が……魔力を…………赤ちゃん魔法……」ブツブツブツブツ
女騎士「今日はそろそろお終いにしましょうか」
勇者「うごごご……」ボロボロ
姫「あ。勇者さま」
勇者「姫。来てたんですね」
姫「いえいえ。順調なようで何よりです」
勇者「いやぁ、かっこ悪いところ見せちゃったかな」
女騎士「今更でしょう」
勇者「ど素人なのでね。今は基礎からみっちり教えてもらってるけど、家に帰って応用できないか考えてます」
姫「熱心ですね。何か魔法に思うところがあったのですか」
勇者「ああ。うん。ちょっと色々あって」
勇者(まさか魔法使いの前で赤ちゃん魔法の練習するわけにもいかないし、結構苦労してるんだよな)
女騎士(なんだか魔法使いさんに苦労かけてそうですね……今度ケーキでもご馳走しましょうか)
勇者「北の都市って……」
勇者(俺が断ったやつか)
勇者「なんかすいませんね」
姫「いえ。勇者さまには何やら使命があるとのこと。まずはそちらに集中してくださいね」
勇者「は、ははは……」
勇者「……ぐむむ」
魔法使い「どうしたの?」
勇者「ああいや、少しな」
魔法使い「ふーん。まあ、何に悩んでるかは聞かないでおいてあげるけど」
魔法使い「……ねぇ、ちょっとその聖剣見せてもらってもいい?」
勇者「構わないぞ」
魔法使い「私は剣の良し悪しとかはわからないけれど、魔法使いとしての視点で見ても、この剣が相当なものとわかるわ」
勇者「そうなのか」
魔法使い「ええ。これだけ内包された力があるのなら、剣としてだけじゃなく、杖としても素晴らしい力を発揮すると思うの」
勇者「へー」
勇者「……いま何て?」
魔法使い「杖としても優秀ってこと。あなたが魔法を覚えようとしてるのも、この剣をより引き出すためなんでしょ?」
勇者「それをもっと早く知りたかった」
勇者「赤ちゃんになぁれ!」
ぺかーっ
勇者「……お、おお!!」
勇者「ついに発動できた!! 今までスカッスカだったのに!!」
勇者「光が出たぞ!!」
勇者「理論が出来てればあとは聖剣がブーストしてくれるんだな……」
勇者「多分俺の素の才能とか魔力とかがへなちょこだったから今までなかなか発動できなかったんだろう」
勇者「聖剣ってすごい」
勇者「これなら……」
勇者「……」
勇者「……」
勇者「そうだな。試しに自分に向けてやってみるか」
チュンチュン
勇者「……………………」
勇者「……………………はっ!?」
勇者「俺は一体、何を……」
勇者「……」
勇者「……もしかして赤ちゃんになってたのか?」
勇者「でもこれじゃあ成功したかわからないな……」
勇者「ぐぬぬ」
女騎士「遅いですよ」
勇者「す、すまん」
女騎士「私もこの後は仕事があるんですからね。ずっとあなたに構ってる訳には行かないのです」
勇者「……うぅ」
女騎士「もう中途半端な時間ですし、今日はヤメにしましょうか」
女騎士「?」
勇者「ちょっとそこの休憩所に行かないか。話したいことがあるんだ」
女騎士「……まあ少しくらいなら」
ガチャッ
女騎士「それで、話とは?」クルッ
勇者「赤ちゃんになぁれ!!!」ぺかーっ
女騎士「!!?」
女騎士「…………」
勇者「…………」
女騎士「あーうー」
勇者「完璧な結果じゃないか」
勇者「あの真面目でプライドのたかそうな女騎士が完全に幼児退行している」
女騎士「あーうー」
勇者「どう見ても演技ではないし、成功だろうな」
女騎士「きゃっきゃっ」
勇者「……」
勇者「ん? 今なら安価ひとつ達成できるんじゃないか?」
女騎士「あうー?」
勇者「この状態の時の記憶が失くなるのは実践済みだし、あとは斬るだけ」
女騎士「きゃっきゃっ」
勇者「……」
勇者「ほら、女騎士。少し手を貸してくれ」
女騎士「?」
ニギニギ
勇者「よーし偉いぞ。良い子だなー」
女騎士「きゃっきゃっ」
勇者「なんか罪悪感あるなこれ」
しゅぱっ
勇者「はい達成!! 手の甲少し斬ったけど、これで文句ないだろ聖剣!! わはは」
勇者「一石二鳥だな。あれだけ苦労した安価もこれで解決とか」
女騎士「……」
勇者「さて。もう戻ってもいいぞ女騎士。 ……あれ、どうやって戻すんだろ」
女騎士「う……ううぅ」
勇者「ん?」
女騎士「びええーーーーーーん!!!」
勇者「!?」
女騎士「えーーん!!」
勇者「ほらほら、いい子だから泣き止みなさい」
女騎士「ええーーーーん!!」
勇者「……いないいないばあ!!」
女騎士「うわあああーーーーん!!」
勇者「あわわわわわわ」
女騎士「うえーーーーん!!」
勇者「ほら泣き止んで! 早く泣き止んで!」
女騎士「うえーーーーん!!」
勇者「誰か助けてくれぇ!!」
ギュッ
女騎士「……うぅ?」
勇者「!」
勇者「よしよしいい子だねー。痛かったでちゅねー」
女騎士「うぅ……ひっく……」
勇者「もう痛いことないからねー。よしよし」サスリサスリ
女騎士「…………」
女騎士「すぅ……すぅ……」
勇者「手強い相手だった……」
勇者「あとは姫を相手に同じことをすればいい訳だな」
勇者「女騎士が姫の傍にいるとごちゃごちゃうるさそうだし、無力化した今は絶好のチャンスなんだが。今日は姫が見に来てないんだよなあ」
勇者「身分の高い人はそれっぽい理由が無いと会うのも大変で困る」
勇者「……城に忍び込むか」
勇者「脱獄の時に城内のことは大体覚えたし行けるだろ、たぶん」
勇者「正面の扉は警備で固められてるな。正面突破は難しそうだ」
勇者「どうやって潜入したものかね」
聖剣「>>565」
勇者「窓からぁ?」
勇者「……一口に窓からっつってもお前、結構な高さだぞこれ。どうやって登るんだよ」
聖剣「窓から」
勇者「……」
勇者「よじ登るか。ちょっとロープとか買ってくるわ」
勇者「なんとか警備の目を盗んで城壁まで辿りついたぞ」
勇者「あとはロープ引っ掛けて登るだけだな」
シュルシュルシュル
勇者「大臣が暴れてくれたおかげで壁に補修跡がある……ナイスだ大臣。足を引っ掛けやすいぞ」
勇者「なんだ。意外と楽勝じゃねえか」
勇者「後はこの窓を……」
ガタガタッ
勇者「……あっ、鍵掛かってますね」
勇者「しかし安価は窓からの侵入。ぶっちゃけここまで来ておいて窓の鍵程度で引き返すつもりもない」
勇者「……」
勇者「……」
勇者「えいっ」パリーン
ジリリリリリリリリリリリリ!!!!
勇者「えっ」
勇者「何でこんなところにまで結界があるんだよ!! 魔法使いか!! 優秀だな!!」
勇者「一旦退いてプランを立て直すか?」
勇者「……いいや安価に変更はない。こうなれば行く所まで行ってやるさ!」
ダダダダダッ
勇者「はぁ、はぁ、はぁ……!」
勇者「あれ、姫の部屋ってどこだっ!?」
勇者「やべぇ肝心なこと知らないままだったわ!」
警備「侵入者はどこだ!!」
勇者「!」
ササッ
警備B「結界が反応したのはあの部屋の窓なんですよね?」
警備A「ああ。確かに窓が割られていた」
警備B「何かの間違いだったりしないんです? ほら、子供が投げた石だとか」
警備A「子供がこんな時間に外にいるものか。第一、外の警備の者にも見つかっていないのだ。どんな肩力だその子供は。くだらないことを言ってないで身を入れて探せ!」
バタバタバタバタ
勇者「………………」
勇者「あの時はたまたま警備の人の質が高かっただけか? よくわからんな」
勇者「どこにいるんだ? 自分の部屋か? それともこの前みたいに中庭か?」
勇者「手当たり次第に探してみるか、それともこのまま警備が薄くなるまで隠れ続けるのもアリだろうか」
聖剣「>>582」
勇者「合体!? なんだその機能、初めて聞いたぞ!」
勇者「合体って何のことだ!?」
聖剣「……………………」
勇者「ダンマリかぁ!! 察しろってことかよ!!」
勇者「……が、合体!!」ビシィ!
勇者「……」
勇者「くそ、ポーズ決めて叫んでみても何も起こらない。どういうことだ」
勇者「はぁ、はぁ、あれからいろいろ試してみたけど、結局合体の意味がわからんままだ!」
勇者「聖剣と合体とか言われても意味わからんし。そもそも肌身離さず持ってる時点で合体してるようなもんだろ……!」
バタバタバタバタ
勇者「! 警備が来たか!」
勇者「とりあえずあの部屋に避難するか!」
勇者「……」
勇者「……足音が遠のいていく。行ったみたいだな」
勇者「それにしても合体……合体ねぇ……」
勇者「ガキの頃に読んだ絵本の中で見たことならあるが」
勇者「確か、こう。英雄だか神様だかが忘れたけど、何か別の物とくっついて姿が変わってパワーアップするんだよな」
勇者「ここ、適当に入ってみたけど、倉庫的なところか」キョロキョロ
勇者「掃除用具やら壊れた彫像っぽい物やら余興に使われそうな物までなんか色々置いてあるな」
勇者「……」
勇者「……まてよ」
警備A「……ん?」
警備B「どうした」
警備A「いや、これ見てみろよ」
警備B「……うわ、なんだこれ。床が白いペンキでベタベタじゃねえか」
警備A「汚いな……それと、何か引きずったような跡が」
警備B「追ってみるか」
警備B「…………」
奇妙なオブジェ「…………」
警備A「なんだこれは」
警備B「……上は人間の半裸で、下半身は馬。頭はこれ、牛か?」
警備A「両手には剣とモップを掲げているぞ。趣味の悪いオブジェだ……誰だこんな物置いた奴は」
テクテク
奇妙なオブジェ「…………」
警備B「待て!!」
奇妙なオブジェ「!!」
警備B「それ、ペンキ塗りたてみたいだ。下手に触ると白いのが移るぞ」
警備A「うわ、本当だ。テカってヌラヌラしてる。危ないな」
警備B「床の白いのもそのペンキだろ。大方、誰かが運んでる途中で警報が鳴ったから放置してどこか行ったとかそんな感じじゃないかね」
警備A「いずれにせよ床にペンキ落としながら運ぶのはダメだろ……」
警備A「やべ、急ごう」
警備B「ああ……怪しいオブジェだけど、さすがに今回の件には関係ないだろ」
バタバタバタバタ
奇妙なオブジェ「…………合体成功かな?」
奇妙なオブジェ「下半身がちょっと動きづらいけど、これなら落ち着いて城内を移動できそうだ」
ズリ……ズリ……
奇妙なオブジェ「まったく、大臣さまさまじゃないか」
ズリ……ズリ……
奇妙なオブジェ「! 誰か来たか」
奇妙なオブジェ「…………」
警備D「はぁ、はぁ……これだけ探し回っても侵入者なんて見当たらないし。本当にそんな奴いるのか?」
警備E「俺に聞くなよ……って、なんだこのオブジェは。趣味悪いな」
警備D「……まあいい。とにかくこれだけ探し回っても見当たらないんだ。一旦持ち場に戻るぞ」
警備E「お前の今日の担当って確か姫の部屋の前だっけ」
警備D「ああ。今日は何故かお付きの女騎士と連絡が取れないらしくてな」
警備E「サボりか? 珍しいな、そんなことするような人じゃないと思ってたんだが」
奇妙なオブジェ「………………」
奇妙なオブジェ「……よし。待っててくれよ姫。今行くからな」
ズリ……ズリ……
警備D「…………」
奇妙なオブジェ「……見張りはあいつ一人か」
奇妙なオブジェ「今回は前みたいに姫の手も借りられないし、自分で何とかするしかないな」
奇妙なオブジェ「代わりに、こっちも強力な手札があるんだ。一人くらいならどうにかできる……!」
ズリ……ズリ……
警備D「……ん?」
ズリ……ズリ……
警備D「何の音だ?」
ズリ……ズリ……
警備D「……だ、誰かそこにいるのか?」
奇妙なオブジェ「こんにちは(裏声)」ヌッ
警備D「ひぃっ!?」
ぺかーっ
警備D「うわぁぁぁ」
……
警備D「だー。ばぶばぶぅ」
奇妙なオブジェ「よし」
警備D「ばぶぅ。きゃっきゃっ」
奇妙なオブジェ「馬の下半身とかもう要らないし、これで包んでトイレにでも放り込んでおくか」ヌギヌギ
警備D「ばぶばぶ」
姫「まったく、女騎士ったらどこにいるのかしら」
姫「侵入者が出たみたいだし……今回も勇者さまのような良い人とは限らないし……」
姫「少しだけ、心細いかも……」
コンコン
姫「!」
扉の向こう「……」
姫「……だれ?」
扉の向こう「……」
扉の向こう「……姫。俺です」
姫「ゆ、勇者さま!? どうしてここに……」
扉の向こう「このような時間に申し訳ありません。ですが、どうしてもお話があり、参上しました」
姫「と、とにかく今、鍵を開けます。待っていてください」
タタタッ
カチャカチャ
奇妙なオブジェ「こんにちは(裏声)」ヌッ
姫「きゃあああああああああああ!!?」
姫「いやあああ!! 来ないでぇっ!!」
奇妙なオブジェ「いたっ、いたっ! 物を投げないで!」ゴツンゴツン
奇妙なオブジェ「くっ、本当はもっと平和的に掛けたかったが仕方ない!」
奇妙なオブジェ「赤ちゃんになぁれ!」
ぺかーっ
頭:牛(白)。被り物を脱ごうとしたら後ろ髪と被り物が固まったペンキでくっついていて、脱ごうとすると痛かった
上半身:裸。ペンキで白く塗られている。ガビガビに固まっている
下半身:パンツ一丁。合体していた馬の下半身を分離したためペンキが塗られていない
服は全部倉庫に置いてきた
奇妙なオブジェ「……ついに。ついに成し遂げたぞ」
奇妙なオブジェ「感慨深いものがあるが、手早く安価を済ませよう」
奇妙なオブジェ「赤ちゃんプレイの内容にケチを付けられたくないからな。準備は万端だ」ゴソゴソ
奇妙なオブジェ「おしゃぶり。哺乳瓶。よだれかけ。ガラガラ」
奇妙なオブジェ「完璧な装備だ……」
姫「あうー」ヨチヨチ
女騎士「くっ……私としたことが、休憩所でこんな時間になるまで眠りこけてしまうなんて」タタタタッ
女騎士「前後の記憶が思い出せない……疲れていたのでしょうか」
女騎士「よりによってこんなタイミングで城に侵入者だなんて、最悪です」
女騎士「姫……今日こそは大人しく部屋に戻っていてくださいよ……!」
女騎士「姫っ!」
奇妙なオブジェ「おー、よちよち。姫は良い子でちゅねー」ガラガラ
姫「あうー。きゃっきゃっ」
奇妙なオブジェ「おなか空いてないかな? いまミルクを用意ちまちゅからねー」
姫「あー。ばぶばぶ」
奇妙なオブジェ「あだだ。ちょっと、頭引っ張んないで。被り物ズレる。視界がズレるから」
姫「きゃっきゃっ」
女騎士「……」
姫「!」
姫「あー! だうだう!」
奇妙なオブジェ「うん? どうちたのかなー? ちょっと待ってね。今頭のポジション元に戻すから」
奇妙なオブジェ「よいしょっと」ゴソゴソ
奇妙なオブジェ「ふぅ。これでようやく前が見れ」
女騎士「……」
奇妙なオブジェ「……」
女騎士「……」
奇妙なオブジェ「……………………」
奇妙なオブジェ「やあ。ボク、ウシッピー(裏声)」
奇妙なオブジェ「よいこの姫のところへ遊びにきた、かわいい妖精さんだよ(裏声)」
女騎士「姫から離れろ変態!!!!」
奇妙なオブジェ「おわぁっ!?」
奇妙なオブジェ(こ、こいつ。いきなり実剣で首を落としに来やがった! 危ねえ!)
奇妙なオブジェ「ウ……ボクは、暴力はキライだよ(裏声)」
奇妙なオブジェ「どうしてそんなことをするのかな。悲しいよ(裏声)」
姫「あうあう」
女騎士「姫に何をした!!」ビュッ!
奇妙なオブジェ「ひいっ!?(裏声)」
奇妙なオブジェ(どうしよう、そうだ安価を……!!)
姫「だぁーー」ガシッ
女騎士「なっ!?」
奇妙なオブジェ「!」
姫「うぅーー……」ウルウル
女騎士「ッ!!!」
女騎士「こ、こんなの振りほどけるワケないじゃないですか! この卑怯者っ!」
奇妙なオブジェ「そ、それはウシッピーのせいじゃないもん!(裏声)」
ダダダダダッ……
女騎士「あっ! 待ちなさい!」
姫「あうー」スリスリ
女騎士「………………くっ!!」
北の都市の調査隊
傭兵「……」
冒険者「おう、あんちゃん。見張りの番、交代の時間だ」
傭兵「もうそんな時間か」
冒険者「しっかしアレだねぇ。お前さんも公務員の騎士さんってツラはしてねえな」
傭兵「それはお互い様だろう」
冒険者「わはは。違いねえ」
傭兵「報酬が良かったのでな」
冒険者「定期連絡が途絶えっちまったんだってな? 向こうの方は魔物の暴れ方もすげえらしいし、都市ごと魔物に乗っ取られちまってたりしてな」
傭兵「……」
冒険者「国の正規の騎士は監督役で数名いるだけで、あとは俺たちみたいな非正規ばっかりだ。こうもあからさまだと……なぁ?」
傭兵「……話は終わりか? 番の引き継ぎ事項は特になしだ。何も無いなら私は休ませてもらおう」
冒険者「なんでぇ、ちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃねえか。道中くらい楽しんで行こうや」
傭兵「話し相手なら他を当たってくれ」
タタタタッ
奇妙なオブジェ「はぁ、はぁ……」
奇妙なオブジェ「終わった! 赤ちゃんプレイやり遂げたよ聖剣! これで満足だろ!」
奇妙なオブジェ「あとは帰って寝るだけだな! わはは」
奇妙なオブジェ「……てか、どうやって脱出するんだこれ。お城完全に警戒体制じゃん」
警備「ん?」
奇妙なオブジェ「あ」バッタリ
警備「不審者発見!! 捕まえろぉ!!」
奇妙なオブジェ「ああああああああ!!」
奇妙なオブジェ「追っ手増えてる! 増えてるって!!」
奇妙なオブジェ「! この先、正面は行き止まりか!」
奇妙なオブジェ「左手には外へと続く窓! 右手には通路!」
奇妙なオブジェ「窓から飛び降りるか? 落ちたら結構痛いが多分逃げられる!」
奇妙なオブジェ「それとも通路へ行って逃げ道を探るか!? これ、城の内側に入り込むような道だけど!」
聖剣「>>726」
奇妙なオブジェ「思うまま……!?」
奇妙なオブジェ「それって指示としてどうなの!」
聖剣「……」
奇妙なオブジェ「なるほど」
奇妙なオブジェ「目を瞑り、一度全ての邪念、雑念を取り払い、無垢なる気持ちでこの選択を大事に選びとりたい……」
タタタタッ…
奇妙なオブジェ「……まず第一として、早く帰りたい。上半身がペンキでガビガビしてて気持ち悪い。お風呂入りたいなあ」
タタタタッ…
奇妙なオブジェ「けど、今の宿舎の風呂って狭いんだよな。こう、思う存分足を伸ばせないっつーか。ボロいし。たまには銭湯でも行くか」
タタタタッ…
奇妙なオブジェ「おなかも空いてきた。帰りにいつものパン屋でピザでも買っていくかな」
タタタタッ…
奇妙なオブジェ「あんまり遅くなると、銭湯もピザも閉まっちまう。やはりここは一刻も早く帰るために、さっさと窓から飛び出すのが正解か」
タタタタッ…
奇妙なオブジェ「……」
奇妙なオブジェ「……あ。窓、通り過ぎたわ」
警備ABC「待てぇーー!!」
バタバタバタバタ
奇妙なオブジェ「はぁ、はぁ、はぁ……。撒いたか……?」
奇妙なオブジェ「逃げるのに必死で、どこをどう来たのかさっぱりわからん」
奇妙なオブジェ「方向的に、出口から遠のいてるのは間違いないと思うけど」
奇妙なオブジェ「……ん? ここは……」
奇妙なオブジェ「……浴場か」
奇妙なオブジェ「……」
奇妙なオブジェ「……だめだ、何を考えているんだ俺は。風呂とか入ってる場合じゃあないだろう」
奇妙なオブジェ「確かに汗だくだし、ペンキ気持ち悪いし、ついさっき風呂入りたいと思ったところだけどさ」
奇妙なオブジェ「時と場合ってもんがあるだろう。思うままに動いてちゃあ流石に……」
奇妙なオブジェ「……」
奇妙なオブジェ「思う……ままに……」
回想
聖剣『思うままに往け』
奇妙なオブジェ「……!!」
奇妙なオブジェ「ここまで来たらもう入るしかないだろう」
奇妙なオブジェ「いやぁ、もともとパンツ一丁だったから服脱ぐのも一瞬だな」スッポンポーン
奇妙なオブジェ「それにしても広い。さすがは王城の脱衣所か。これは風呂のデカさにも期待できるな」
奇妙なオブジェ「マーライオンとかあったりするのかな」
奇妙なオブジェ「でも一応、侵入者騒ぎってことで緊急事態だし。さすがにこの状況で風呂入ってる奴とかいるわけないよな」
奇妙なオブジェ「居たとしたらそいつの神経疑うわ。わはは」
ガララッ
王「……」
奇妙なオブジェ「……」
王「誰だお前は」
王「王の入浴時間に何の用だ。まさか、この王の首を獲りに来たと言うのか」ギロッ
奇妙なオブジェ「めめめめ、滅相もない! 俺はただ、お風呂に入りに来ただけです!」
王「……ん? 貴様、その声」
奇妙なオブジェ「!」
王「まさか……」
バタバタバタバタ
奇妙なオブジェ「!!」
イヤサスガニフロニハイナクネ?
一応カクニンスルカ
奇妙なオブジェ「あわわわわわわ」
奇妙なオブジェ「王様! 俺は決して怪しい者ではありませんので!!」
ドボーン!
王「うわ、風呂に飛び込むな!」
警備「侵入者! どこだ!」
王「騒々しい……入浴中だぞ」
警備「お、王様!! これは大変失礼しました!!」
王「何の騒ぎだ」
警備「は、はい! 城への侵入者です! 牛の覆面をし、上半身を真っ白に塗りたくってパンツ一丁で駆け回る不審者です!」
王「……」
王「……」チラッ
奇妙なオブジェ「ゴボゴボゴボゴボ」
王「見ていないな。少なくとも浴場には来ていない」
警備「は! 貴重な情報ありがとうございます!」
王「もう行きなさい。私は一人でも大丈夫だ」
警備「ですが、王に何かがあれば……」
王「私が、たかが不審者一人に遅れを取るとでも?」ムキッ
警備「め、滅相もございません!」
警備「では、入浴中のところ、失礼いたしました!」
ピシャッ!
王「……もう行ったぞ」
奇妙なオブジェ「ぷはぁっ!」
奇妙なオブジェ(と言うか前にもこんなことがあったような)
王「ふぅ……そなた、勇者殿であろう」
奇妙なオブジェ「!」
王「今さら隠そうとするな。なに、罰したりはせんよ。……というか、覆面、脱げてるぞ」
勇者「……あ。お湯に入ってペンキが剥がれたから脱げたのか」
王「……あと、湯舟から上がりなさい。自分の周りのお湯が白く濁っているのに気付かないのかね」
勇者「し、失礼しました!」バシャァ!
勇者「は、ははぁーっ!」
王「今さら問うまでもないことだが、侵入者とは勇者殿のことだな」
勇者「は、はい……止むに止まれぬ事情がありまして」
王「……安価か」
勇者「!」
勇者「わ、わかるんですね……」
王「なに、聖剣の伝承を正しく伝えられている者は一握りだが。この国の王もその一握りの内というだけのことだ」
勇者「王様こそ、正しく知っておくべき者の一人ということですね」
王「その通りだ。……古の勇者も、一般には煌びやかな面しか語られていないらしいが、実際は突飛な行動や気の狂った一面を持ち合わせていたと聞かされている」
勇者「うわ、なんか幻滅ですね」
王「……」
勇者「え?」
王「この城でここまでの騒ぎを起こしたのだ。当然安価は達成したのだろう?」
勇者「安価は完璧に遂行しました。バッチリです」
王「それは何よりだ」
王「ちなみにその内容を聞いても?」
勇者「…………………………………………いやどうだろ聖剣に無許可で安価の内容を人に教えるとかなんとなくそういうのダメな気がするんです俺」
王「そういうものなのか」
勇者「え?」
王「北方の件だ」
勇者「…………ホッポーの……」
王「既に調査隊を派遣してはいるが、何ともな。こちらへの報告も少し遅れている」
王「あちらで何があったのか、まるでわからんのだ。用心に越したことはない」
王「後発になるが、勇者殿も一緒に行ってくれると心強いのだが」
勇者「…………」
王「…………」
勇者「…………」
王「……まさか忘れたのか?」
勇者「……」
勇者「いいえ。王様の話を忘れるわけがないじゃないですか。バッチリ覚えてますよ」
王「引き受けてくれるかね」
勇者「うーん……」
王「これでも、今回のことで恩を売ったつもりなんだがね」
勇者「!」
王「あぁ……なんだか無性に衛兵を呼びたいような気分になって来た。特に理由はないけど呼んでしまおうかなぁ」
勇者「俺が王様の頼みを断るわけがないじゃないですか。二つ返事でオッケーです。何なら背中だって流しますよ」
王「うむ。では宜しく頼もうか」
姫「ばぶばぶ。だぁだぁ」
女騎士「おーよちよち。姫はかわいい良い子でちゅねー」ガラガラ
王「何かね」
勇者「俺ここに来るまでパンツ一丁だったんですけど、どうやって帰ればいいですかね」ゴシゴシ
王「……」
勇者「さすがにパンイチでまた城内を脱出するのはまずいかなって」
王「……まったく、君という奴は」
姫「うぅん……ねぇ、女騎士。わたし、昨日の記憶が少し曖昧なのだけど、何があったのかしら」
女騎士「いいえ。特段変わったことはありませんでした」
姫「朝起きたらベッドにあなたが居てびっくりしたのだけど」
女騎士「たまたまですね」
姫「そういうものかしら」
姫「あ。勇者さま」
女騎士「……ちょっと待ってください。なぜあなたがここに居るんですか?」
勇者「昨日城に泊まったからだけど」
女騎士「そんな話は聞いていませんが」
勇者「ちゃんと王様の許可もらったから大丈夫だって。と言うか、女騎士こそ昨日は行方不明だったらしいじゃん。サボってたから聞き逃したんじゃないか?」
女騎士「う。……」
女騎士(何でしょう。この人にこれを言われるのだけは何故か無性に腑に落ちません……)
女騎士「え?」
勇者「俺、今度王都出るから。訓練場通いも今日でおしまいだ」
女騎士「……そうですか」
女騎士「まあ、腕前はまだまだと言ったところですが、前よりは大分マシになったでしょう。行って来ればいいんじゃないですか?」
勇者「何だその言い方。もうちょっと素直に褒めてくれたっていいじゃないか」
女騎士「事実です。今まで私に一太刀でも浴びせられたことがありましたか?」
勇者「ぐぬぬ」
姫「まあまあ」
勇者「さて」
勇者「ようやく旅に出ることだし、旅らしく荷物をまとめるとするか」
勇者「王様から旅支度用にお金もらったし、早速準備をしよう」
勇者「何を買おうかな」
聖剣「>>776-781」
勇者「…………今なんて?」
勇者「ぱんつって二回言わなかったか?」
勇者「いや、おぱんつと替えのパンツを含めれば四回だけど……」
勇者「おぱんつとぱんつと替えのパンツと違いってなんだ?」
聖剣「……」
勇者「……自分で考えろと」
勇者「おっさん、食糧売ってくれ」
おっさん「あいよ。なんだい兄ちゃんその格好、旅にでも出るのかい」
勇者「ああ。ちょっと北の都市までな」
おっさん「へぇ。あんたも物好きだねぇ。北の都市と言えば最近話題の危険な所じゃねえか」
勇者「ちょっと頼まれごとでね」
おっさん「仕事か。まあ、あそこまで行くんならこんだけあれば十分だろ」ドサッ
勇者「サンキューな」チャリーン
勇者「ん?」
おっさん「さっきから気になってたんだが、何でアンタ、そんなに腰回りがもっこりしてるんだい?」
勇者「……ああ、これ?」モッコリ
勇者「元から履いてるパンツの上におぱんつとぱんつとぱんつを履いてるからな」
おっさん「……はぁ?」
替えのパンツとして取っておく。これも正しい使用法だな。ならばもう二組買わなければならないぱんつはどうなる? これを履かなければ、それは最早「第二、第三の『替えのパンツ』」と
言えるのではないだろうか。これはいけない。安価と違う。俺は安価を正しく守らなければならない。替えのパンツと指定された物は一つしかないのだから、替えのパンツが一つある段階で替えの
パンツが他に存在していてはならない。ならば答えは一つ。買った複数のぱんつを同時に履いてしまえば、それは替えのパンツと言えなくなるのだ。
だから俺は替えのパンツ一つを除いた全てのぱんつとおぱんつを、今同時に履いているんだ」
おっさん「お、おう」
勇者「理解してもらえたのならありがたい」
おっさん「まあ、頑張ってくれや」
勇者「おう。ありがとうな」
勇者「あ、おっちゃん。ここらで腕のいいメロンパン職人を知らないか?」
おっさん「はぁ?」
勇者「どうしても必要なんだ、メロンパン職人」
おっさん「……メロンパンならここにも売ってるが」
勇者「それじゃあダメなんだ。俺が探してるのはメロンパンじゃなくてメロンパン職人だから」
おっさん「……まあ、王都で腕の良いパン屋っつったら、あそことあそことあそこだな。……メロンパン職人かどうかは知らねえけどよ」
勇者「サンキュー。行ってみるよ」
テクテク
おっさん「変わった兄ちゃんだなぁ……」
勇者「たのもーっ!」
パン屋A「いらっしゃいませー」
勇者「ここにメロンパン職人はいないか?」
パン屋A「? メロンパンならありますよ」
勇者「メロンパン職人を探しているんだが」
パン屋A「うちはパン屋だしメロンパンも取り扱ってはいるけど、別にメロンパン専門ではないかなあ」
勇者「パン屋であっても構わないが、あなたはメロンパン職人という自負はあるか?」
パン屋A「いや別に」
勇者「……そうか。邪魔したな」
チリンチリーン
パン屋A「なんだったんだあの人は」
勇者「メロンパン職人はいないか?」
パン屋B「なんですか藪から棒に」
勇者「メロンパン職人を探しているんだが」
パン屋B「そもそもウチはメロンパン取り扱ってないよ」
勇者「……それを早く言ってくれ」
勇者「どいつもこいつも自分をパン屋と名乗りやがる……いや、別にパン屋でもメロンパン職人ならいいんだけどさ」
勇者「メロンパンに自信のあるパン屋とかいないかな」
勇者「……アプローチの仕方を変えてみるか」
パン屋の倅「これ、自信作なんだけど」
パン屋のオヤジ「……はん。てんでダメだな。生地の練り込みから焼きの加減まで、まるでなっちゃいねえ」
パン屋オヤジ「まだまだ半人前以下のヒヨッコだな。味見とか生意気言う前にさっさと表に行って客の相手でもしてきやがれ」
パン屋の倅「……」
パン屋の倅(何もそこまで言わなくたっていいじゃないか)
パン屋の倅「いらっしゃい」
勇者「店長、ここのおすすめは何だ?」
パン屋の倅「いや、俺は店長じゃないっすけど」
勇者「いいから答えてくれウェイター」
パン屋の倅「パン屋にウェイターがいるわけないじゃないっすか」
勇者「……うーん。そういう答えは求めていないんだよなぁ」
パン屋の倅(なんだこの客めんどくさいな)
パン屋(なんか腰回りモッコリしてるし)
勇者「うーん」モッコリ
パン屋の倅「そうっすね……このメロンパンとかいいんじゃないっすかね」
勇者「!!」
パン屋の倅「え?」
パン屋の倅「はぁ」
勇者「しかし、その数々のパンを差し置いて、わざわざチョイスしたのがこのメロンパンだって言うのか?」
パン屋の倅「……うっ。」
勇者「本気で言っているのか? 大事なことだから答えてくれ」
パン屋の倅(まずい。半人前が焼いたパンだってのがバレたのか……?)
パン屋の倅(……どいつもこいつも、俺のことを半人前とバカにしやがって)
勇者「……」
パン屋の倅「とにかく。俺のおすすめはメロンパン。買うか買わないかはアンタ次第。別に買わなくたっていいんすよ」
勇者「……」
パン屋の倅「……だったら何だって言うんすか」
勇者「……」
パン屋の倅「……」
勇者「……すばらしい」
パン屋の倅「は?」
パン屋の倅「メロンパン職人?」
勇者「俺は今、あえて試すような発言をした。ともすれば、メロンパンを見下すとも言える発言だ」
勇者「あれで「やっぱりクリームパンがおすすめですー」などと発言を転がすようなことを言うようならば俺は君を見限っていた」
勇者「だが、そうならなかった。君が自分の焼いたメロンパンに誇りを持っている証だ。そして少し頑固っぽいところがまた良い。これぞ職人ってかんじがするし」
勇者「他の誰が認めなくても俺が認めよう。君こそ、真のメロンパン職人だ」
パン屋の倅「あ、ああ」
パン屋の倅(なんだか良くわからないけど褒められてるのか?)
パン屋の倅(オヤジにも認めてもらえなかった、俺のパンを……)
勇者「ん?」
パン屋の倅「周りは、俺のことを評価してくれない人間ばかりだった。けど、アンタは違う」
パン屋の倅「アンタだけは、俺のメロンパンを褒めてくれた。認めてくれた」
勇者「……」
パン屋の倅「今までパン屋の倅をやってて、これほど嬉しいことは無かったよ」
勇者「……」
パン屋「……」
勇者「……」
勇者「……なあ、俺と一緒に来ないか?」
パン屋の倅「……えっ?」
パン屋の倅「……」
勇者「給料は少ないかもしれないけどさ。俺が今払えるだけ払ってやる」
勇者「他の誰が文句を言おうと、俺だけはお前のメロンパンを認める」
勇者「頼む。絶対に後悔はさせない! 俺についてきてくれ!」
パン屋の倅「……俺が……必要……」
パン屋の倅「俺なんかにそんなお声が掛かるとは思っちゃいなかったけど、一人の男にそこまで言わせたんだ。これで黙って返したんじゃ男が廃る」
パン屋の倅「いいよ。俺は、アンタについていく」
勇者「!!」
パン屋の倅「どうかこの腕、存分に使ってくれ。いや、使ってください!」
勇者「ありがとう! メロンパン職人!!」
パン屋の倅(新規のお店の立ち上げかな? うちの店のライバル店になるかもしれないけど。悪く思うなよ、オヤジ)
パン屋の倅(俺は、この人についていく。そう決めたんだ!)
パン屋のオヤジ「……バカ息子が」
メロンパン職人「あの。持ってくるものって本当にこれだけで良かったんですか?」
勇者「変なことを聞くな。メロンパン職人なんだからメロンパンの材料くらい常備しておくものだろう」
メロンパン職人「そういうものですか」
テクテク
勇者「そうだな」
メロンパン職人(どんな所に店を開くつもりなんだ?)
テクテク
姫「あ。勇者さま」
勇者「姫じゃないですか。どうしたんですか」
メロンパン職人「ひ、姫!?」
女騎士「姫が、どうしても勇者さんのお見送りしたいとのことです」
姫「せっかくの門出ですからね。勇者さまにはお世話になりましたし」
メロンパン職人「た、たかがパン屋の門出で王族にここまで言わせるのか……勇者さん、一体何者なんだ」
勇者「新しい仲間です」
メロンパン職人「メ、メロンパン職人です! これからしっかり、勇者さんを支えられるように頑張ります!」
姫「まあ。勇者さまに新しい仲間が」
勇者「ははは。こいつの腕は俺が保証しますよ」
女騎士(……なぜパン屋?)
女騎士(あと、何で勇者さんの腰回りはモッコリしているのでしょう)
勇者「ははは」モッコリ
女騎士「あなたの剣の腕も大分マシにはなりましたが、まだまだ修行は必要なんですからね。決して調子に乗らないように」
勇者「わかってるよ」
女騎士「お仲間さんも、よろしく頼みますね」
メロンパン職人「は、はい! 頑張ります!」
メロンパン職人「…………ん? 魔物? 危険? 北?」
姫「はい! がんばってくださいね!」
メロンパン職人「ちょっと待って」
勇者「ん?」
メロンパン職人「え、どこ行くんです?」
勇者「あれ、言ってなかったっけ。北の都市だよ」
メロンパン職人「は?」
勇者「ちょっと今いいところなんだから水差さないで」
メロンパン職人「あ、はい」
姫「お元気でー!」
「勇者・魔王」カテゴリのおすすめ
「ランダム」カテゴリのおすすめ
今週
先週
先々週
コメント一覧 (4)
-
- 2018年11月06日 22:44
- 話の根幹はしっかり作られてるんやし、安価無しの方が良かったと思うわ
-
- 2018年11月06日 23:01
- 個人的には面白かった
-
- 2018年11月06日 23:42
- 適当な安価要素と3レス目見てからコメ欄にワープした
無理やり安価達成しづらい展開にするなら安価スレなんかやるんじゃねーよ