image credit:Library of Congress/2014687180
カナダ人探検家、ヴィルヤルマー・ステファンソン(1879年11月3日- 1962年8月26日)は、アラスカや、カナダの北極圏などを踏査し、数々の発見を行った探検家であり民族学者である。
カナダの北極諸島の北部、ラフヒード島も彼が発見した島だ。彼の大冒険は人々の興味を北極圏へともたらした。
だが、ステファンソンは、別の側面でメディアの注目を集めることとなる。数年間、肉しか口にしなかったのだ。
極限の世界で生き抜くイヌイットの食生活こそが、人が生き抜くための原点であると信じたのである。
さてその結果、彼はどうなったのだろう?
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肉食中心のイヌイットの食生活
今日、こうした習慣はケトジェニックダイエット、あるいは脱炭水化物ダイエットとして知られているが、ステファンソンの場合は、脂肪を燃やそうとしていたわけではない。イヌイットの肉食中心の食習慣に生命力があることを証明しようとしたのだ。
北極圏に住む人々は、おもに魚やアザラシ、クジラ、カリブー、水鳥の肉を食べ、植物性のものは夏場のクラウドベリー(野生のキイチゴ)やヤナギランなどに限られている。
肉は冷凍したり、アクタックという脂肪とベリーのアイスクリームのような食べ物に加工して食べる
当時から野菜中心の食生活が推奨されていた
だが、当時の西洋の医師たちも、肉だけの食事などとんでもないと考えていた。
1920年代でさえ、肉は軽めで、野菜を多めにという考えが最善だとされていた。生野菜、とくにセロリは大人気だった。
この頃は、ジョン・ハーヴェイ・ケロッグ(有名なシリアル食品、ケロッグ社の共同創始者)の時代で、あのシリアルだけでなく、肉を一切メニューに入れない健康リゾートホテルを作ったことでも有名だった。
絶望的なカルークから撤退するステファンソン
image credit:PUBLIC DOMAIN
イヌイットの食生活はバランスが取れている
現在では、イヌイットの食生活は極めてバランスのいいものであることは広く知られている。
ミルクや野菜、そして日光から簡単に摂り込むことができるビタミンAとDは、海の哺乳類(とくにレバー)や魚類の脂から摂取することができるからだ。
新鮮な肉やきちんと処理された生魚には、微量のビタミンCが含まれていることに、最初に気がついた西洋人はステファンソンだった。ビタミンCは、少量摂取するだけで、壊血病を防ぐことができる。
北極で地元の食文化に触れたステファンソン
だが、当時は、医師も栄養士も、北極圏の人々の肉に偏った食餌は、粗末だし、とんでもないことと考えているのが一般的だった。
ステファンソンが肉食生活を行っていいた時代は、それが間違っていることを証明できるという理由から脚光を浴びていた。
ステファンソン自身は特別なことをしている意識はなかった。1906年に北極の西にあるマッケンジーデルタでの滞在が長期になった、地元の人々の食に頼ったのだ。
食糧品などを物資を運ぶ船が予定通り現われなかったとき、彼は地元の家族の厚意に頼った。最初は、遠くまであちこちうろついて、空腹になると、ただ焼いただけの魚を手に入れた。
これまでの食事の代わりに、カナダのノースウエスト準州地域のイヌイット「Inuvialuit」の女性たちが用意する、茹でたり、凍らしたり、発酵させたりした魚を次第に楽しむようになった。
当時、腐らせた(発酵させた)魚を食べるという"行為は西洋ではありえないとされていた。だがステファンソンは、「わたしはある日、腐った魚を食べてみた。記憶の限りでは、初めてカマンベールチーズを食べたときよりもおいしいと思った」と語っている。
イヌイットの食生活には別の利点もあることに気がついた。
「魚のおかげでわたしは壊血病にもならなかったし、魚を食べた仲間たちも病気にならなかったことがわかっている」彼は1935年のHarper's Monthy Magazineに書いている。
肉食実験を行う4年前のステファンソン(右)
image credit:LIBRARY OF CONGRESS/2016837340
イヌイットの食生活が体に良いことに確信を持つ
ステファンソンは、イヌイットスタイルの食習慣にはまるようになった。
アメリカやヨーロッパの遠征隊は、フルーツケーキやウィスキーなどの食糧はだいたい自分たちで持参するが、伝記作家のトム・ヘニガンによると、ステファンソンは、イヌイットが食べているものを食することに興味をもち、自分のための肉はほとんど自分で狩ったという。
これにはダブルの魅力があった。
まず、自分でわざわざ重たい食糧を本国から持っていく必要はないし、時間がたつにつれ、病気に悩まされることもほとんどなくなった。スフェファンソンは、イヌイットになにかがあると確信するようになった。
「ステファンソンは、最善の食生活は極めて雑多な大量の生野菜だという、これまでの医学的信念に異議を唱えた。こうした考えは栄養士の単なる迷信だとして、彼は1918年に北極遠征から帰国してからおよそ5年間、完全に肉と水だけで生活した」ヘニガンはそうつづっている。
ステファンソンは、健康的な食餌に野菜は必ずしも必要ではないという自説を主張した。
1924年、マスコミが注目して大騒ぎになる中、「ステファンソン、ベジタリアンの怒りをものともせず」という見出しの記事が発表された。
「一般的な推測では、肉食はリウマチや通風、老化の加速につながる」匿名の人物がコメントした。
この人物は、極寒の北極での厳しい生活では、肉食だけの食事は可能かもしれないが、温暖もしくは熱帯地域に住んでいる者にとっては必ずしも適切とはいえないと考えた。
アザラシは食糧、オイル、衣料品まで提供してくれる
image credit:Internet Archive/Public Domain
完全肉食生活の結果は?
1928年、ステファンソンともうひとりの仲間は、食事の実験を始めた。
ふたりはニューヨークのベルヴュー病院に入院し、医師の監督の元、数週間を過ごして、血液検査や栄養失調の兆候を観察した。
ふたりは短期間、多様な食餌をした後で、ステーキやローストビーフなど、肉しか食べない日々を送った。
ニューヨークでこの実験を行ったときは、ステファンソンが肉食や北極に長いこと抱いていた関心のピークでもあった。
彼はずっと、トナカイやジャコウウシの巨大な群れが生息する、潜在的な肉生産の楽園として北極を奨励していた。
北極での彼の生計スタンスのせいで、ほかの探検家たちが彼の自給自足理論を打ち破ろうとするようになった。
1921年、ロアール・アムンゼンは、北極探検のためにあの有名なモード号で7年分の食糧を運ぶつもりだと、ニューヨークタイムズに語っている。
さらに、ステファンソンが組織したある遠征で、メンバーのほとんどが餓死したことを指摘したのだ。
セイウチは今日でもまだ食べられている伝統食だ
image credit:Ansgar Walk/CC BY-SA 2.5
医師が肉食だけでは危険だと非難しても、ステファンソンは耳をかさず、自分の活力や気力が増しているのは、オール肉食のおかげだと言ってはばからなかった。
全国の新聞や雑誌は、ステファンソンの実験について報道し、ほとんどの医師が勧める野菜中心の
食事と比べた。
やがて、ステファンソンは数ポンド減量して病院を退院し、ニューヨークのアパートに戻ってもそのまま肉食中心の生活を続けた。
その後1年間、ステファンソンともうひとりの経過検査を続けた医師は、血圧の上昇や腎障害もみられず、肉食生活の予想どおりの結果だったと報告した。
こうした食事で不足したのは、カルシウムだったことにステファンソンは注目した。
タンパク質よりも脂肪の方が重要だった
ステファンソンがたどり着いたもうひとつの結論は、彼が食べていたタンパク質は脂肪ほど重要ではないということだった。
彼は一時的に"ウサギ飢餓"を体験していた。
ウサギ飢餓とは、狩りの対象となるウサギなどがやせ細る晩冬や早春に、脂肪分の少ないその赤身肉を摂取し過ぎると、脂肪とタンパク質のバランスが崩れてタンパク質中毒を起こすという事実からこの名がつけられている。
人間の肝臓は、吐き気、消耗、死などのタンパク質中毒症状を伴うことなく、脂肪のないタンパク質をかなり処理することができるが、脂肪は肉食にとって不可欠な栄養素で、海洋哺乳類は特に豊富だ。
最近の研究では、脂肪たっぷりの肉食に適応する役目を担う遺伝子的なものがイヌイットにあることが指摘されているが、ステファンソンの時代も今日も、健康にまつわる脂肪との相関関係については疑問が残る。
テファンソンは、脂肪の少ないカリブーばかりを食べて、"ウサギ飢餓"になり
そうになった
image credit:David Menke/Public Domain
肉食中心が良いのかどうかは体質によるという結論
ステファンソンにとって幸運だったのは、脂肪が彼の体質に合っていたということだ。
晩年、彼は喜んで肉と脂肪の食生活に戻り、ディナーパーティのときには、バターをスプーンで食べるだけのときもあったという。亡くなったのは82歳だった。
ステファンソンは自分は肉食を極めたが、すべての人に肉食生活をと思っていたわけではなかった。
なにより費用がかかるし、すべての人が肉食に移行するほど十分な肉はまかなえないことはわかっていた。だが、肉は潜在能力の高いヘルシー食材だとあくまでも主張していた。
今日、ステファンソンはその輝かしい冒険で名を知られているが、その地域の食習慣の可能性に光を当てたことを評価する学者もいる。
ステファンソンは、北極の食習慣を記録するつもりはなかった、と北極食の歴史家ゾナ・スプレイ・スパークスは書いている。「でも、彼は北極圏に住む女性たちの料理の知識を評価した最初の探検家のひとりだったのです」
いつの時代にも言えることだが、その状況が許すのであれば、まんべんなく様々な食品を食べることが一番よさそうだ。
References:Vilhjalmur Stefansson / atlasobscura/ written by konohazuku / edited by parumo
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コメント
1.
2. 匿名処理班
冒険家の角幡氏も現地で獲物を狩って旅するスタイルだ
3. 匿名処理班
余り脂肪に依存しない私は彼とは相容れなかったろうなぁ。
結局一人一人の体質もこう言うのにはモノを言う、だから淘汰もある訳だ。
4. 匿名処理班
肉食は欧米人には有効でも日本人は体質的に合わなかったりするしな
遺伝はかなり影響するんだろうね
5. 匿名処理班
歳とってくると「もう肉はいらん」ってなる。
焼肉接待とか地獄よ。
若い連中には理解できんだろうけど。
6. 匿名処理班
発酵食品は偉大だ
7.
8. 匿名処理班
その地方においては、そこに住んでいる人の食生活が適している
そこに何百年と暮らしているのだから間違いない
9. 匿名処理班
熊のレバ刺しを腹一杯食べたい
10. 匿名処理班
ライオンやトラなどの肉食動物は、草食動物を
内臓や血液などのすべてを食べることにより
結果的に草食動物の食べた野菜栄養分を
いただくことになる
例えばイヌイットの場合は肉食動物と同じくすべてを
いただく食生活、だからこそ栄養も体維持も可能
でも普通の人間様が食うものは加工されたものであり
草食動物の栄養なんて皆無、そりゃ野菜も別に食わんと
栄養過多と偏食によりもうあかんって
11. 匿名処理班
おっさんなのに昼飯にベーコネーターダブルを食った俺には心強い記事w
そうゆうレベルではないけど。
12.
13. 匿名処理班
でもやっぱ米が食いてえんです。
14. 匿名処理班
イヌイットって間接的に青魚食ってるようなもん。 生魚だけで健康的に生きていけるかどうか知りたい。
15. 匿名処理班
生だったり、発酵させたりしたものも含む場合で、
普通に料理したら足りなくなるんやろうな
16.
17. 匿名処理班
だってあの人達肉どころか血も飲むもの
18. 匿名処理班
民族が永年定住する事で、その地に身体が「適合」した結果の1つかと。
19. 匿名処理班
観光で行ったけれど、イヌイットって昔は基本は生肉で食してた。
現在はガスとか手に入るので調理するようになってから野菜も食べないとバランスが悪いんだと。
ただ、年寄りは生肉ばっかりで野菜は食べてないが健康に問題はないらしい。
20. 匿名処理班
よく動くってのが前提かな?
21. 匿名処理班
ちょっと油断するとタンパク質不足の食生活になっちゃうから
プロテインを飲み始めました
タンパク質、大事
22. 匿名処理班
※10
フクロウなんかの猛禽類も、肉食だからって言ってスーパーで買った肉だけ食べさせても栄養失調で死んでしまうみたいだしね。血も内臓も全部食べなきゃダメ。
23. 匿名処理班
一方、イヌイットは文明化して炭水化物を食べるようになり糖尿病に悩まされていた