喪黒福造「ほう、推理小説に登場する名探偵のように事件を解決してみたいのですか」
喪黒「ただのセールスマンじゃございません」
喪黒「私の取り扱う品物は心……人間のココロでございます」
喪黒「この世は老いも若きも男も女も、心の寂しい人ばかり」
喪黒「そんな皆さんの心のスキマをお埋めいたします」
喪黒「いいえ、お金は一銭も頂きません」
喪黒「お客様が満足されたら、それがなによりの報酬でございます」
喪黒「さて、今日のお客様は……」
≪伊転 盟太(29) サラリーマン≫
オーッホッホッホッホッホ……
同僚「あれ、あれ!? 名刺どこやったっけ!?」キョロキョロ
同僚「さっき名刺をメモ帳代わりにして、大事なことメモしてたのに……どうしよう……」ガサゴソ
盟太「……」チラッ
盟太「きっと給湯室にあると思うよ」
同僚「給湯室? どうして?」
盟太「いいから、行ってみなよ」
盟太「君のワイシャツ、袖がうっすら緑色に濡れている」
盟太「多分、給湯室でお茶を一杯飲んだんだろう」
盟太「その時、君の性格なら、たまたま持ってた名刺をコースター代わりにするだろうってのは」
盟太「容易に想像がつくよ」
同僚「すっげえな……まるで名探偵だな!」
盟太「大したことじゃないよ」
≪ミステリーフェア開催中!≫
ワイワイ… ガヤガヤ…
盟太「これください」
店員「ありがとうございまーす!」
ガタンゴトン… ガタンゴトン…
ペラペラ…
盟太(あー、もう犯人分かった)
盟太(動機もトリックもだいたい推理できた)
盟太(こんなチャチな推理小説じゃ、暇潰しにもならないな)
盟太(一応最後まで読んだけど、やっぱり僕の推理が当たってたな)
盟太(あーあ、一度でいいからこの推理力で、失くし物捜しなんかじゃなく)
盟太(本当の事件を解決してみたいなぁ……)
盟太(そう、推理小説に出てくる名探偵のように……)
盟太(こうやって、指を突きつけて……)
盟太「犯人は……お前だ!」ビシッ
盟太「あっ!」
盟太「す、すみません! まさか人がいるとは思いませんで!」
喪黒「いやぁ、驚きましたよ」
喪黒「わたくし、人に指を突きつけるのはともかく、突きつけられるのは慣れていないもので」
盟太「本当にすみません! 探偵になりきって、失礼なことをしてしまいました!」
喪黒「探偵になりきって?」
喪黒「よろしければそのお話、詳しくお聞かせ願えませんか」
盟太「はぁ……いいですけど」
マスター「……」キュッキュッ
盟太「僕は子供の頃から推理小説が大好きで、シャーロック・ホームズやエルキュール・ポアロを始め」
盟太「沢山の推理小説を読みあさってきました」
盟太「学生時代はミステリー研究会に所属してましたし、推理力にははっきりいって自信があります」
喪黒「ほう?」
盟太「たとえば……あなたはセールスマンですね?」
喪黒「おおっ、なぜお分かりに?」
盟太「そのスーツ姿、聞き取りやすい喋り方、初対面の僕にも人懐っこい態度」
盟太「どれをとっても、あなたがセールスマンであることを物語ってますよ」
喪黒「ホッホッホ、素晴らしい。まるで小説の中の名探偵のようです」
盟太「しかし……」
盟太「推理力を発揮できる場面なんて、誰かが失くした物を捜すとかその程度のもんです」
盟太「だから時々、あんな風に夢想してしまうんです」
盟太「推理小説に出てくる名探偵のように、事件を解決してみたいなぁ……って」
盟太「現場を捜査して、トリックを見破って、犯人を見つけ出したいなぁ……って」
喪黒「でしたら……その夢を叶えてみませんか?」
盟太「え?」
盟太「ココロのスキマ、お埋めします……」
喪黒「あなたの推理力は、小説の名探偵にも劣らない素晴らしいものです」
喪黒「しかし、今のままの生活を送っていては、宝の持ち腐れになってしまいます」
喪黒「それに……」
盟太「それに?」
喪黒「今のあなたは“なりたかった自分”と“現実の自分”のギャップに苦しんでおられる」
喪黒「このままではそのギャップで、精神のバランスを崩してしまうおそれがあります」
盟太「といってもどうすれば……」
盟太「へ……?」
盟太「まさか……実際の殺人事件の現場に連れていくとかじゃないでしょうね」
盟太「そんなことしたって、捜査してる警察官に追っ払われるのがオチですよ」
喪黒「いえいえ、とんでもない。いたって健全なクラブです」
盟太「クラブ?」
喪黒「ちょうど今度の日曜日、そのクラブは開催されるのです」
喪黒「伊転さんなら、必ず満足して下さると思いますよぉ~」
盟太「はぁ……」
スタスタ…
盟太(結局、喪黒さんのいうとおりついてきちゃったけど、大丈夫だろうか?)
盟太(金はかからないらしいけど……)
喪黒「こちらのビルです」
盟太「なんですか、ここ?」
喪黒「ここは……≪リアル・ミステリークラブ≫です」
盟太「リアル・ミステリークラブ……」
喪黒「さ、どうぞ。お入りください」
ワイワイ…
喪黒「こんにちは、皆さん」
紳士「これはどうも、喪黒さん」
女「こんにちは」
喪黒「今日は、新しくここの会員になりたいという人をお連れしました」
盟太「はじめまして……」
紳士「おおっ、これは賢そうな方だ。歓迎しますよ」
女「よろしくお願いします!」
盟太(なんだろここ……ミステリー小説同好会ってところか?)
盟太(ちょっと期待外れかなぁ……)
盟太「え!?」ビクッ
ザワザワ…
紳士「あっちから悲鳴だ!」
女「行ってみましょう!」
タタタッ… タタタッ…
喪黒「どうやら事件が発生したようですね。私たちも行きましょう」
盟太「じ、事件ですって!?」
死体「……」
メイド「ドアを開けたら……中でこの人が倒れていたんです!」
刑事「ううむ、これは密室で起こった殺人事件だ……私ではとても解けそうにない……」
刑事「名探偵の諸君、どうか犯人を当ててくれたまえ!」
紳士「よし、今日は私が正解してみせるぞ!」
女「私こそ負けませんよ!」
喪黒「さ、伊転さん、あなたもご自由に捜査して、推理なさって下さい」
盟太「なるほど、こういうことですか!」
刑事「いったい誰なんだね?」
盟太「犯人はあなたです!」ビシッ
料理人「な……俺だと!?」
料理人「部屋の中は密室だったんだぜ!? どうやったら俺が人を殺せるんだ!?」
盟太「今から密室のトリックをご説明しましょう。まず、あなたは……」
料理人「ぐ……ちくしょう! なにもかも見破られちまった!」
刑事「殺人容疑で逮捕する!」ガチャッ
オオッ…
紳士「お見事です!」
女「初参加なのに、こんな短時間で犯人を当てちゃうなんてすごいわ!」
パチパチパチパチパチ…
盟太「いやぁ、どうも……」
盟太(気持ちいい……! 本の中の探偵はいつもこんな気持ちを味わってるのか……!)
喪黒「いかがでしたか? 伊転さん」
盟太「いやぁ、最高の気分でしたよ!」
盟太「単なる推理ゲームではなく、起こった事件の演技や演出がとてもリアルで……」
盟太「本当に小説の中の名探偵になった気分です!」
喪黒「ホッホッホ、それはなによりでした」
喪黒「≪リアル・ミステリークラブ≫は定期的に開催していますので」
喪黒「ぜひまた参加なさって下さい」
盟太「ええ、常連にさせてもらいますよ!」
盟太「!」
喪黒「≪リアル・ミステリークラブ≫はミステリー愛好家が推理を楽しむ憩いの場です」
喪黒「勝ち負けを競うあまり、その調和を乱してもらっては困ります」
喪黒「くれぐれもフェアプレー精神でお願いしますよ」
盟太「もちろんです! 汚い手で犯人を当てたって嬉しくないですからね!」
喪黒「……」
―リアル・ミステリークラブ―
盟太「……というわけで、犯人はあなた以外ありえないのです!」
メガネ「その通りだよ! あいつが、あいつが悪いんだぁ!」
盟太「さ、刑事さん。彼を連れていって下さい」
刑事「うむ、また君に助けられてしまったな」
紳士「またまた伊転さんが犯人を当てた! 素晴らしい推理力だ!」
女「今日なんて今までで最短記録よ!」
盟太「あの人だけ不自然な証言をしてたので、すぐ目をつけてたんですよ」
盟太(気持ちいい……! ここでなら、僕は名探偵になれる!)
イケメン「推理小説が大好きで、今日からこのクラブに参加させていただくことになりました」
イケメン「よろしくお願いします」
紳士「おおっ、これまた頭脳明晰そうな方だ」
女「伊転さんのライバルになるかしら?」
盟太「よろしく!」
盟太(ふん、相手が誰であろうと僕が負けるわけがない)
盟太(今日も僕が一番に謎を解いて、名探偵になってやる!)
刑事「うむ」
盟太(え、もう!? 僕はまだトリックすら分かってないのに……)
盟太(いや、きっと他の参加者を焦らすためのデタラメに決まってる!)
……
イケメン「――というわけで犯人はあなたです!」ビシッ
宅配業者「全て、お見通しだったというわけか……!」ガクッ
刑事「お見事! さあ、逮捕する!」
盟太「な……!」
紳士「おおっ、伊転さんより早く犯人を当てる人が出てくるとは!」
女「ロジックの組み立ても見事だったわ……」
盟太「くそっ、なんなんだあいつは……! 新入りのくせに……! 生意気な……!」
盟太「いや、今日はたまたまだ! たまたま調子が悪かったんだ!」
盟太「次回は僕がリベンジしてやるぅ!」
喪黒「……」
盟太(また先を越された!)
~
盟太(う~ん、分からん……。犯人はどうやって凶器を消したんだ?)
イケメン「あ、分かったぞ!」
盟太「え!」
~
女「すごいわ、また犯人当てちゃった!」
イケメン「昔読んだことがある小説と、手口が似ていたもので……」
ワイワイ…
盟太(ちくしょう、ちくしょう……!)
盟太(今までずっと僕が名探偵だったのに、あいつが来てからというもの……)
盟太(こうなったら……!)
盟太「あの……」
役者「おや、伊転さんじゃないですか。開催日でもないのにどうしました?」
盟太「あなたはいつも“刑事”を演じている役者さんですよね? お願いがあります」
役者「なんでしょう?」
盟太「次の……次回のクラブで起こる事件のトリックと犯人を教えて下さい!」
盟太「進行役であるあなたなら知ってるはずだ!」
役者「えっ……」
盟太「お願いしますっ!」
盟太「僕はどうしてもあいつに勝ちたいんだ! 名探偵になりたいんだ!」
役者「しかし……」
盟太「なんならほら……これでどうです?」ピラッ
役者「困りますよ……お金なんて出されても……」
盟太「一枚で足りないならこれでどうです? 頼む、教えて下さいっ!」
役者「わ、分かりました! 分かりましたよ!」
盟太「ありがとう……!」ニィッ
―リアル・ミステリークラブ―
盟太「犯人は教師であるあなただ!」ビシッ
教師「ぐうっ……! さすがは名探偵……!」
刑事「……お見事です!」
紳士「おおっ、今日は久しぶりに伊転さんが早かったですな」
女「全てを見透かすような、鮮やかな推理だったわ!」
イケメン「……」
パチパチパチパチパチ…
盟太(やっと名探偵に返り咲けたぞ!)
盟太(ああ……気持ちいい……!)
盟太(犯人を指さす瞬間の爽快感、みんなからの称賛の声……たまらないなぁ)
盟太(もう二度と名探偵の座を手放したりするもんか! 次回も……)
喪黒「伊転さぁん」ヌウッ
盟太「わっ!? も、も、喪黒さん!」
喪黒「あなた、約束を破りましたね」
喪黒「前もってトリックと犯人を教えてもらうなんて、名探偵のすることではありませんよ」
喪黒「なぜ、自分の推理力で勝負しなかったのですか」
盟太「ぐ……!」
盟太「ああでもしなきゃ、僕が名探偵になれないんだから!」
喪黒「でしたら、ご自分の推理力をもっと磨けばいいだけの話でしょう?」
盟太「……うるっさいな! いいじゃないか、どんな手段使ったって!」
盟太「どんな汚い手を使っても犯人を当てる! それが名探偵ってもんだろうが!」
喪黒「残念ながら、もうあなたに名探偵を名乗る資格はありません」
盟太「ああ、あああ……」
喪黒「しかしながら、せめてあなたの望みは叶えて差し上げましょう」
喪黒「あなたはこれから思う存分、犯人を当てるのです。存分にね……」
盟太「ああ……あああ、あああああ……!」
盟太「あぎゃああぁぁぁぁぁぁぁ……!」
あぁぁぁぁぁ……
………………
…………
……
……
盟太「お願いしますよぉ~」パンッ
盟太「もう一度だけ! ね、もう一度だけ!」
役者「お断りします! みんな真面目に推理してるのに、やっぱりあんな不正はよくないですよ!」
役者「この間いただいたお金もきっちりお返しします!」
盟太「なんだとぉ……! 名探偵である僕がこんなに頼んでるのにぃ……!」
盟太「だったらぁ……」サッ
役者「ちょっ、ナイフなんて……し、しまって下さい!」
盟太「うるさぁい!」
役者「うわぁぁぁぁぁっ!」
盟太「あうっ!?」ドザッ
イケメン「やはり、こういうことだったか……」
役者「あなたは……!」
イケメン「この前のクラブでのこの人の推理……いくらなんでもスムーズすぎた」
イケメン「前もってトリックと犯人を知らなければとてもできないような推理でした」
イケメン「それで、もしかしてなにか不正をしてるんじゃ、と思ったら案の定だったわけです」
イケメン「さすがにナイフが出てくるのは予想外でしたが……」
役者「おおっ!」
イケメン「いえいえ、それより早く警察に連絡を。この人を犯人として突き出しましょう」
役者「はいっ!」
盟太「そうだ……犯人は僕だ……犯人は僕だ……」
盟太「犯人は僕なんだぁ……」
盟太「どうだ、すごいだろう……僕は犯人を当てたんだ……犯人は僕なんだぁぁぁ……」
ウヒヒヒヒヒ…… アハハハハハ……
喪黒「この事件が推理小説になったところで、おそらく人気は出ないでしょう」
喪黒「どうやら、伊転さんは名探偵にも“名犯人”にもなれなかったようです」
喪黒「やはり、事件を推理したり犯人を当てたり、というのはフィクションで楽しむに限りますなぁ」
喪黒「オ~ッホッホッホッホッホ……」
―おわり―
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先週
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毎回来て毎回速攻で推理して終わってたらつまんねえわ