白菊ほたる「どきどき呑み会」片桐早苗「……」
◎クリスマス後のある夜/女子寮・松尾千鶴私室前
ほたる「こんばんは、こんばんは。入れてください(ノックしてもしもし)」
千鶴「誰?(扉の中から)」
ほたる「私です、ほたるです」
千鶴「ほたるちゃん? 嘘じゃないでしょうね」
ほたる「ううん、本当にほたるです」
千鶴「ほんと?」
ほたる「ほんとですよ」
千鶴「ほんとのほたるちゃんなら、泰葉さんのモノマネが出来るはず」
ほたる「えっ」
千鶴「できないの? やっぱり偽者なんじゃ――」
ほたる「えっ、ええと――(ハイライトを消して)『命令。ソコノ市民、停止シナサイ』」
千鶴「(扉ガチャー)そのマニアックなチョイス、ほんとにほたるちゃんだ!」
ほたる「このくだりって、必要でしたか?」
千鶴「えへへ。つい調子に乗っちゃって――誰にも見られなかったよね?」
ほたる「はい。多分」
千鶴「良かった。見つかったら怒られちゃうもんね――入って入って。2人も待ってるから」
ほたる「お邪魔します」
裕美「お疲れ様、ほたるちゃん」
泰葉「エンフォーサーは思いいれのある役だからうれしかったよ」
ほたる「えへへ」
千鶴「(後ろ手に扉を閉めながら)それで、買えた?」
ほたる「うん、ばっちり――ほら」
裕美「わあ……あらためて見ると洒落た瓶だね。大人っぽい」
ほたる「うん。瓶からしてジュースとかとはちょっと違いますよね――みんなの、用意は?」
千鶴「私はチキンを用意したよ」
裕美「私はパエリアを」
泰葉「私はケーキと――これ」
ほたる「わ、シャンパングラスですか?」
泰葉「うん。折角こうして呑むんなら、雰囲気にも拘りたいじゃない? 紙コップとか台無しだよ――ほら、ほたるちゃんも座って」
千鶴「えーと、栓はこれ、どうやってあければいいのかな」
泰葉「まず栓を覆ってる金色のを剥がすの」
千鶴「(ぺりぺり……)あっ、栓が見えた」
裕美「前にお父さんが家で開けるの見たら、タオルで栓を包んだ上から握って、ぐいって捻って開けてたよ。そうしないと炭酸で栓がすっ飛んじゃうんだって」
ほたる「そんなことになったら私の不幸できっと栓が蛍光灯を直撃します……!」
千鶴「おどかさないでよもう……こうかな、えいっ(ぐいっ)」
裕美「わ、凄い。タオル越しでもポンって音がしたよ」
泰葉「あ、いい香りがする――千鶴ちゃん、はやく注いで」
ほたる「泰葉ちゃんがわくわくしてる……!」
泰葉「だってこうやって隠れてみんなで、なんて。わくわくするじゃない?」
千鶴「うん、ちょっと解ります。ほんとはいけないことだけど……」
裕美「大人の人の話を聞いて、一度やってみたかったんだよね」
千鶴「注ぐよ……(トクトクトク……)」
ほたる「わ、なんかキレイ……金色っぽくて。どきどきしてきました」
裕美「泡立ちもなんだか細かくて……やっぱりジュースとは違うんだなあ」
泰葉「さあ、じゃあ乾杯して、私たちの飲み会を始めましょう」
千鶴「いっぱい、呑んで食べて」
ほたる「いっぱい、お話しましょうね」
泰葉「じゃ、せーの」
ひろほたやすちづ「かんぱーい」
早苗「そこまでよ!!(扉をババーンと開けて登場)」
裕美「きゃっ!?」
ほたる「さ、早苗さん!?」
千鶴「どうして早苗さんが突然……!?」
早苗「藍子ちゃんからタレコ……じゃないチク……じゃない、相談があったのよ。夕方お散歩カメラしてたら、ほたるちゃんが酒屋から出てくるのを見たって」
泰葉「ほたるちゃんしっかり見られてたんじゃない」
ほたる「わあんごめんなさい……!」
早苗「酒屋の前で紙袋からシャンパン瓶を出して確認して、にまにましてたって」
裕美「ほたるちゃん……」
ほたる「だ、だって無事に買えてうれしかったから……!」
早苗「藍子ちゃんから『どうしましょう、ほたるちゃんが不良に……!』と泣きつかれたお姉さんは、共犯者がいるに違いないと見込んでずっとほたるちゃんを尾行していたの」
千鶴「ほたるちゃーん!」
ほたる「全然気がつかなかったです……!!」
早苗「道中立ち止まっては楽しそうに袋の中を覗きこんでたから、お姉さんとっても尾行しやすかったわ」
泰葉「そもそもほたるちゃんにこういう任務は向いてなかったかもしれないね……」
裕美「ほたるちゃん素直だから」
千鶴「今度からこういうときは私が買いに行きます」
泰葉「態度に出やすいってことじゃ千鶴ちゃんもどっこいどっこいじゃない」
早苗「いや、誰だって未成年がお酒買いに出ちゃダメに決まってるでしょ?」
泰葉「落ち着いてください早苗さん。ちょっと話を」
早苗「これが落ち着いていられますか! お姉さん信じたくなかったわ。貴女たちとっても真面目でいい子だと思ってたのに、こっそり飲酒だなんて。これはP君に報告して、親御さんにも。いやそもそも未成年と解っててお酒を売った酒屋さんに注意を――」
千鶴「違うんです、早苗さん。これは――」
早苗「何が違うっていうの。このグラス、この泡立ち、この香り――(クイッ)シャンメリーじゃん!!」
泰葉「はい、シャンメリーです」
早苗「シャンパン風清涼飲料じゃん! 買うのに苦労したってのは一体」
ほたる「はい、シャンメリーを置いてる店、もう中々なくて」
早苗「季節商品だもんね! 確かにクリスマス後になると売り切れ続出だよね!!」
裕美「ほたるちゃん、酒屋さんを何軒も回ってくれたんですよ」
早苗「ほたるちゃんそういうの頑張りそうだもんね――ってか、飲酒がらみでないならなんでこそこそと人目を忍んで?」
千鶴「なんでって――」
裕美「シャンメリーにチキンにケーキにパエリア。こんな高カロリーなものを寝る前に食べるってトレーナーさんに知られたら」
早苗「そりゃ怒られるよねー。わかるわー。そりゃ隠すわー……ああいや、でもあなたたち普段はかなり節制してるじゃない? そもそも何故突然こんなことを」
ほたる「……『飲み会』の話が、楽しそうだったから」
早苗「えっ」
千鶴「佐藤さんとか、早苗さんとか。成年されたみなさんの『飲み会』のお話が、とっても楽しそうだったんです」
早苗(あっ、聞かれてたんだ)
裕美「仕事が終わったあとみんなでお酒を飲んで、普段は言えないようなことを言い合ったりしてるって。二日酔いで苦しいとか言うけど楽しそうで、次の『飲み会』をとっても楽しみにしているみたいで……」
早苗「うん、そうね。楽しみにしています……」
ほたる「夜更かしして友達同士で集まって、おいしいものを食べて呑んで、苦しいことは吐き出して、楽しいことは笑い合って、明日の鋭気を養うって、なんだかとっても楽しそうで。せめて、形だけでも真似してみたいなあ、って思って」
千鶴「で、ちょうど明日はオフが一緒になってるし、みんなで夜更かしして『飲み会』をしようってことになってみんなで計画立てて」
裕美「計画立てるの、楽しかったね」
ほたる「うん、どきどきしちゃった」
泰葉「発起人は私です。もし注意を受けるなら――」
早苗「ああ、いい。いいです」
千鶴「えっ」
早苗「トレーナーさんには黙っててあげるから――たまにはこういう楽しみも大事よ。明日に差し支えない程度にはしゃいで、いっぱい話しなさいね」
裕美「いいんですか」
早苗「いいの。アルコールが入らないなら、こういうのだってたまにはね――それじゃお姉さんは帰るから。あんまりやかましくしないのよ?」
泰葉「早苗さんがいいって言うんだからいいんだよ。他の迷惑にならないよう、ちょっと控えめに騒ごう?」
千鶴「ちょっと矛盾してるけど――うん。控えめにね」
裕美「じゃ、やりなおそうか」
千鶴「いっぱい呑んで、食べて」
ほたる「いろんなお話、しようね」
泰葉「うん。あらためて、せーの」
一同「かんぱーい!!」
◎1時間後/ウサミン星
早苗「ってことがあったのよ菜々ちゃん!!」
菜々「ほたるちゃんたちが飲酒なんてするわけないじゃないですか」
早苗「どんな人間だって、条件がそろえば犯罪に手を染めざるを得なくなるのよう」
菜々「うわあ夢も希望もない」
早苗「まああの子たちが万が一にも――とは思ってたけど」
菜々「いい子たちですもんね」
早苗「うん、ほんとにねー」
菜々「で、ですね」
早苗「うん?」
菜々「なんでそれを言うためにわざわざ菜々のアパートに?」
早苗「だってうらやましかったんだもーん!!」
菜々「何がですか」
早苗「あたしもあんな初々しい飲み会がしたーい!」
菜々「うわあ」
菜々「うわあ」
早苗「うわあとか言わないでよ。菜々ちゃんも覚えがあるでしよ。『苦しいことは吐き出して、楽しいことは笑い合って、明日の鋭気を養う』――酒があたり前になると、そんな感じじゃなくなってくるじゃない!!」
菜々「あはは、呑むのが目的化するというか」
早苗「吐き出すことばっか増えてさ。お酒飲んで騒ぐのが当たり前で、ちっとも特別じゃなくて――なんか、お酒を飲むために呑む、みたいな。一時の酔いが欲しいみたいな。どうしようもない感じ、あるじゃない」
菜々「それはちょっと、解ります」
早苗「だから堪えたのよね。呑んでちゃんと明日に向けて頑張ってるおねえさん、って中学生とかの子に言われるの!!」
菜々「あははははは」
早苗「笑い事じゃないよう」
菜々「ふふ、ごめんなさい」
早苗「……ねえ、菜々ちゃん?」
菜々「?」
早苗「お酒が、特別でもなんでもなくなっちゃったのって、いつぐらいの事だったっけ」
菜々「――」
早苗「あの子たちが見て『楽しそう』って思ってくれるような呑み会なんて、随分してないんじゃないかなって思ったら、ちょっとね」
早苗「え、そんなの無理でしょ、いつも一緒に呑むグループはけっこうスレてて――」
菜々「ええ出来ますよ。お題を決めます」
早苗「お題?」
菜々「どうしてPさんのスカウトを受けたんですか?」
早苗「げっ」
菜々「色々あるのにアイドルを続けたいと思ったのはどうして?――って」
早苗「それは禁じ手でしょ。大人組はみんな色々事情があるし、胸に秘めたこう、なんていうか」
菜々「それを隠してるから大人なんでしょうけどね。でも、時々は出しておかないと」
早苗「おかないと?」
菜々「誰にも言えなくなっちゃいますよ。今が嬉しいとか。これからこうしたいとか。みんなで頑張ろうとか――せっかく当たり前を捨ててここにいるのに、そんなの、寂しいじゃないですか」
早苗「うん、まあ――確かに」
菜々「だからたまには話しましょう? いつもは胸に秘めてる話。大人だから話せないピュアな感情のこと――そのためにお酒の力をちょっとだけ借りるなら、きっと、どうしようもない感じになんてならないですよ」
菜々「絶対に笑いません。ナナも、みんなも」
早苗「うん。菜々ちゃんは絶対笑わないよね」
菜々「はい」
早苗「いいのかな、大人になって、そんな――子供みたいに想いの話、しても」
菜々「ううん――だらこそ話しましょうよ。たまには、子供みたいに想いの事を」
早苗「忘年会はそんな感じかあ――うん。きっと朝まで話し込んじゃうな」
菜々「話しましょう」
早苗「きっとみんな、とまらなくなっちゃうよ」
菜々「それこそ、もったいないですよ」
早苗「……」
菜々「止まらなくなるぐらい言いたいことを、ずっと隠してるなんて、もったいないです。折角こうして、アイドルになれたのに」
早苗「うん、そうだね」
菜々「忘年会、楽しみですね」
早苗「――うん」
菜々「会場はうちで、料理とお酒は持ち寄りで」
早苗「うん、了解――ふふ。呑み会にどきどきするのって、いつ以来だっけ――」
菜々(――忘年会は、とっても盛り上がりました)
菜々(静かだけど、みんなで夢や、アイドルの事を話して)
菜々(大人だから、いえないこと。語りたいけど、大人だから隠さなきゃって思ってた憧れ。そんな事を沢山話して)
菜々(その夜私たちは、シャンメリーで乾杯するほたるちゃん達みたいに夢と情熱を語り合って、少女みたいに笑いあったのです――)
【おしまい】
最後まで読んでくれてありがとうございました。
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コメント一覧 (13)
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- 2018年12月21日 19:17
- ええ話や…
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- 2018年12月21日 19:24
- いつもより悪酔いするのは誰かなー
-
- 2018年12月21日 19:40
- ふーん…あんたが私のプロデューサー?
(思い返して悶える音)
-
- 2018年12月21日 20:00
- クッソ可愛い
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- 2018年12月21日 20:09
- 何で誰もじゅうななさいが一緒に呑んでることに突っ込まないんだ!?(真剣な眼差し)
-
- 2018年12月21日 20:13
- 今は厳しいから買えないだろ、って思ってたらシャンメリーかいwww
とりあえず泰葉のモノマネはハイライト消すとこからが基本
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- 2018年12月21日 20:16
- 菜々さんの年上感よ
※5
さん17歳だからね
-
- 2018年12月21日 20:30
- >早苗「きっとみんな、とまらなくなっちゃうよ」
???「だからよ、止まるんじゃねぇぞ…。」
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- 2018年12月21日 20:50
- シャンメリーっておいている店少なくなったんか
子供のころクリスマスの時はスーパーで買ってたなぁ
-
- 2018年12月21日 20:53
- 普通に微笑ましくて、しんみりして、とてもいいSSで、凄く温かい気持ちになアレちょっと待ってウサミン…?
-
- 2018年12月21日 21:18
- とりあえず差し入れだよ!っ体組成計
-
- 2018年12月21日 21:51
- ※9
クリスマスだからどの店も売り切れてるってことだぞ
-
- 2018年12月21日 22:25
- ギャグ系のSSだと思っていたら、ちょっといい話でウルッと来た。
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