相葉夕美「それに、貴方がくれた花だから」
クリスマスはまったく関係ありません
男というのはいつだって格好つけたい生き物だ。それが女の子の前ならなおさらそう。
俺が今、スーツ姿で花屋にいるのもそういう理由だ。似合わないとはわかっている。だけど、俺にも譲れないものがあるんだよ。
勤めていると言っても、アイドルとして働いているわけじゃない。俺の職業は、アイドルのプロデューサーだ。
そして俺が担当しているアイドルは「あの」相葉夕美だ。パッション溢れる18歳、ひまわりのように笑う彼女をどうか、どうかよろしくお願いします。
今日はそのお礼も兼ねて、プレゼント用の花を買いに来たというわけだ。
しかし、それにしても……どれがいいんだ?
店先に並んだ色んな花はどれもみんなきれいで、あれもこれもと目移りしてしまう。
プロポーズじゃあるまいし、記念日でもないのだし、そんなに大きな花束を渡すわけにはいかない。朝一番でそんなものをもらっても困るだろうし、何より会社まで持っていくのが恥ずかしい。俺が。
飲みの誘いを断って来たけれど、この調子だといつまでも決められそうにない。
もうパパっと決めてしまおう。贈り物で大事なのは物よりも心。考えすぎて結局渡せず仕舞いにでもなったら本末転倒だ。
まず知ってる花、なおかつ夕美が自分で育ててない花を挙げていこう。
菊はなんか、感謝の気持ちって感じはしないな。
彼岸花もちょっと、きれいだけどプレゼントするものではない気がする。
じゃあ牡丹? いや、それこそ重いよな。ていうか売ってるの?
くそ、何か思い付け! 感謝の気持ち! いい感じの花!
母の日じゃないけど、感謝を伝えるのには変わりないし、そんなに大きくないから邪魔にならない!
よし、決まりだ!
あったあった、カーネーションだ。母の日以外でも売ってるんだな。
おっと、色がいっぱいあるな。ええっと、赤、白、オレンジ、黄色か……。
全部一輪ずつ……いや、ここは一色に染めていこう。
どれも夕美には似合いそうだけど、ここは黄色にしようかな! なんか、「っぽい」し。
「はい。そうなんですよ!」
「……ちなみに、お相手は?」
「職場の……」
まさかアイドルと言うわけにもいかない。というか関係性の説明って難しいな。まあ、同僚が一番近いのかな?
「同僚です。普段からお世話になってるので」
「その、お相手は女性ですか?」
「あ、そうです」
「うーん……どうかな……知らないかな……」
「あの、店員さん?」
「……お客様のプライバシーに関わることだとは承知していますが、聞かせていただきます」
「は、はい……」
「お客様、その女性のこと狙ってますか?」
「!?!???!???!?!?!」
「もしくは、その……いい感じの仲ですか?」
「!???!???!?!??!?」
「申し訳ありませんお客様! ですが、ですがこれは本当に大事なことなんです!」
「も、もう! 変なこと言わないでください! はいこれお代です! それじゃ!」
「あ、お客様! お待ちください! お客様ーっ!」
「お、夕美」
「あ、Pさん。おはようございますっ」
「うん、おはよう」
今日も夕美は元気そうだ。テンションが低かったら、花を渡すどころじゃないからよかった。
……でもこれ、どうやって切り出そう。
さりげなく、押し付けがましくない感じで渡したいんだけど、どうすればいいの? 話題がそっちに行くのを待つしかないの?
……いや、今さら何を怖じ気づいているんだ。そんなんだからお前は駄目なんだ。
行くぞ行くぞ。今行くぞ!
「?」
「こ、これをどうぞ!」
さて、夕美の反応と言えば。
まず表情が固まった。
さらに俺の顔とカーネーションとを見比べること3往復。
「いつもありがとう、ということで……」
「…………」
「あ、あの……」
「……ぷっ」
「え?」
「あは、あははははは!」
しまいにはお腹を抱えて大声で笑いだしたのだ。
「え、え? 俺、何かやらかした?」
「ううん。Pさん、ありがとう! 大事にするねっ♪」
「う、うん……」
そしてこの満面の笑みだ。どういうわけだか全くわからない。でもまあ、喜んでもらえたのかな?
俺はといえば、夕美の不可解な行動が気になってずっと疑問を抱えている。
服装におかしな所はなかった。
寝癖がついていたわけでも、髭を剃り残していたわけでもない。
それに周りには誰もいなかった。
となると、夕美が笑った理由はカーネーションということになる。それ以外に候補がないし。
そういえば、店員さんもよくわからないことを言っていた。
黄色のカーネーションには何か意味があるのだろうか。調べてみよう。
そう打ち込めば、一番上に候補が出てくる。
『黄色 カーネーション 花言葉』
……嫌な予感がする。
俺は、一番上に出たサイトを恐る恐るクリックした。
『母の日のプレゼントといえばカーネーションですが、実は色によって花言葉が違うって知ってますか? 中でも黄色いカーネーションの花言葉は「軽蔑」なんです!』
「はえ?」
『黄色いカーネーションの花言葉は「軽蔑」なんです!』
『黄色いカーネーションの花言葉は「軽蔑」なんです!』
『黄色いカーネーションの花言葉は──』
タブを閉じて、PCの電源を落とした。
「さて、辞表を書こうかな!」
「出てもいいか?」
「誰から?」
「夕美ちゃんのP」
「じゃあ、いいよ」
むしろ誰が駄目なんだ? っとと、早く出ないと切れちまう。
「もしもし」
『なあ、凛P』
夕美ちゃんの担当とは入社したときからの付き合いだ。共演の機会は少ないが、P同士何かと顔を合わせることが多い。ニュージェネ、トラプリのメンバーのPを除けば、一番つるんでいるのはこいつだ。
『俺、お前のことはPの中で一番信頼してる』
「んだよいきなり。気持ち悪いぞ」
『運動できるし頭もいい。それに勘までいいしな』
「……お前、ホントにどうした?」
『だから、夕美を任せられるのはお前しかいない』
「はあ!?」
『大変だとは思うけど、新しいPが来るまでは夕美を頼む』
「待て待て待て待て。1回落ち着け? 話が見えねえよ」
『俺には、夕美のPでいる資格なんてないんだ……』
こいつ、どうせまた何か余計なこと考えてるな。
ああもう、めんどくさいなあ!
「お前、今どこだ?」
『……今から帰るところ』
「帰るな。事務所にいろ。今からそっち行くから」
「……P、どういうこと?」
まあ待て凛。そう恐い顔をするな。アイドルだろお前。
『いや、でも……』
「いいから。さっきのも、話を聞いてから考える。それじゃ!」
反論される前に電話を切った。
はあ……。今日はオフなんだけど。
「ふーーーん」
あー……。これは根に持たれるな。凛もさっきまではメチャクチャ機嫌よかったのに。
「……私も行くから」
「え?」
「ダメなの?」
「いいけど……」
凛が一緒か……。言いふらすようなことはしないだろうが、別の心配がある。
「あんまりキツイこと言うなよ? あいつ弱ってる時はとことん弱いからな」
「……キツイことなんて、言ったことないじゃん」
「『ふーん、アンタが私の』──」
「それはもういいでしょ!」
凛P「黄色いカーネーションの花言葉? 凛、知ってるか?」
渋谷凛「……うん。『軽蔑』だよ」
凛P「おおっと、それはそれは……」
夕美P「だよね。やっぱりそういう反応だよね」
凛「でも、夕美さん笑ってたんでしょ? じゃあ大丈夫だと思うけど」
凛P「だよな。気にしてるのお前だけだと思うぞ」
夕美P「違うんだよ。花言葉を全然知らないってバレちゃったんだ。俺は夕美の担当なのに」
凛P「俺だって別に花に詳しくないし、犬も飼ってないけど」
凛「……Pには、ちょっと態度を改めてほしいんだけど」
凛P「知らないもんは知らない、でいいんだよ。これから覚えればいいじゃん」
凛P「あー……それはまあ、そうかもな」
夕美P「前に夕美から花言葉でメッセージを送られたこともあったのに、何でその発想が出てこなかったんだろうなぁ……」
凛P「花言葉って調べないと絶対わからないよな」
凛「だからって、花を渡す度に『これの花言葉って何?』って聞くのやめてくれない?」
凛P「善処する」
夕美P「はあ……。やっぱり、慣れないことはしなければよかった」
凛「……いや、それは違うよ」
凛P(お、凛がいいこと言う時の顔してる)
夕美P「で、でも……」
凛「それとも、黄色いカーネーションをあげたのは夕美さんを軽蔑してるから?」
夕美P「いや、そんなことは!」
凛「じゃあ、胸を張りなよ。プレゼントって、モノより心が大事だから」
夕美P「し、渋谷ちゃん……!」
凛P「ぶっ!」
凛「……ちょっと、今真面目な話してるんだけど」
凛P「だってさ、『渋谷ちゃん』呼びはズルくない? ゆるキャラかって!」
「ゆ、夕美!」
「Pさん。お疲れ様ですっ」
レッスンを終えたばかりの夕美はいつも通り、いやいつも以上に笑顔が明るかった。
「その、さっきは本当にごめん。花言葉を調べるの、すっかり忘れてたんだ」
俺だって素直に謝るくらいはできる。そもそも悪いのは俺なんだから。
「Pさん、どうして私にあのお花を選んでくれたの?」
「え。それは、その……。似合うかなって、思って」
「うん。それがわかったから、私、とっても嬉しかったんだ! Pさんが真剣に選んでくれたのが、お花から伝わったんだよっ」
「お、お花から……?」
「うん♪ 『悪気はないから、この人を怒らないであげて』って!」
なるほど、まさか花に擁護してもらえるとは。買ってよかったよ本当に。
「それにね、花言葉で想いを伝えるのは素敵なことだと思うけど、お花そのものを見てほしいって思うこともあるんだ」
「ああ……。確かに、黄色だけやけに売れ残ってたんだよ」
考えれば、花言葉は人間が勝手に決めたものだ。それで花の価値が決められてしまうのは、ちょっと寂しい気がする。
でも、俺が黄色いカーネーションの花言葉を知っていたとしたらやっぱり買わなかったと思う。
何というか、人間っていい加減な生き物だな。
「なあ、夕美。お昼も近いし、ご飯食べないか? 花のことも教えてほしいんだ」
「! うんっ、ちょっと待っててね!」
それでもきっと、昔の人が考えた花言葉にはいろんな想いがこもっているのだろう。それを知ることはやっぱり大切で、ないがしろにするのも良くないと思う。夕美の好きなものなら俺も知っておきたいし。
ふと机を見ると、黄色いカーネーションが花瓶に生けられていた。きっと夕美がやってくれたのだろう。太陽を浴びるそれは楽しそうに笑っているように見える。
考えた人には悪いけど、「軽蔑」は似合わない。少なくとも俺はそう思った。
(おしまい)
ありがとうございました。
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コメント一覧 (1)
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- 2018年12月24日 00:01
- 貴乃花だから、に見えたので記念にコメ
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