喪黒福次郎「こんな遅くまで残業をしていたのですか。大変ですね」 ブラック企業社員「はい……」
どこかで聞いたことがあるような名前だな、とお思いの方もおありでしょうが……。
わたくしは、あの“笑ゥせぇるすまん”の喪黒福造の弟なのです。
兄は、人の心の奥に潜む欲望を駆り立てその人を破滅に追い込む……、
という魔性の行為を働いてきましたが、私は違います。私の仕事は、人を助けることです。
それも、ふとしたことから人生の落とし穴へ落ち込んだ人に救いの手を差し伸べ、
落とし穴から出してあげるのが仕事です。では、これから私の仕事の実例をお目にかけましょう。
蟻谷一誠(26) 会社員
【ブラック企業社員の休日】」
社員たち「笑顔!気合!やりがい!感謝!」
午前。室内でパソコンに向かう社員たち。蟻谷も、机に向かってパソコンを操作している。
テロップ「蟻谷一誠(26) 新世紀企画社員」
蟻谷の机の上の電話機が鳴る。プルルル……。受話器を取る蟻谷。
蟻谷「お電話ありがとうございます。株式会社新世紀企画です」
午後。課長が蟻谷を呼び出し、説教を行っている。
課長「おい、蜂谷君!!俺の話、聞いてるのか!!」
蟻谷「は、はい……!!聞いてます、課長……」
右手の拳で、机を叩きつける課長。ダンッ!!
課長に叱責される蟻谷。気の毒そうな表情で、蟻谷を眺める社員たち。
課長「蟻谷くぅ~~~ん。この後何をするか、君はもちろん分かっているよなぁ~~~」
蟻谷「は、はい……。これから、いつも通り残業を行うんですよね……」
課長「そうだよ。タイムカードを切った後も、社員たちはみんな会社のために残業をしているんだ」
「それなのに、1人だけ帰宅するなんてとんでもないだろ?なぁ!」
蟻谷「え、ええ……」
課長「分かっているなら、仕事を続けたまえ」
蟻谷「そ、そうします……」
夜。新世紀企画本社ビルの窓から、明かりが見える。机に向かい、仕事を続ける蟻谷ら社員。
蟻谷(毎日毎日、夜中まで残業をさせられている……。しかも、残業代は全く出ない……)
蟻谷は、右手の指で目元を抑える。
(課長「このクズ!!ゴミ野郎!!」
「本当にノロマだなぁ、君ぃ……。君みたいな社員が、わが社の足を引っ張っているんだよ」
「何だ、その顔は!?俺に文句でもあるのか!?俺は上司だから、お前をどうしようと勝手だ」
「蟻谷くぅ~~~ん。今度の休日も仕事があるからなぁ~~。よろしく頼むよぉ~~」)
蟻谷(もう会社に行きたくない……。こんな会社で働き続けるなら、いっそのこと……)
プラットフォームで、蟻谷の姿を見つける喪黒福次郎。蟻谷が一歩足を踏み出した時……。
福次郎「ちょっと待ってください!!あなた!!」
福次郎が、蟻谷の右肩に手を置く。福次郎の声に気付き、振り向く蟻谷。
蟻谷「えっ!?」
福次郎「こんな所に立っていたら危ないですよ。転落でもしたら、どうするんですか!?」
蟻谷「す、すみません……」
福次郎「…………」
駅のアナウンス「電車が参ります」
再び、プラットフォームの端へ向かう蟻谷。彼の側に、福次郎が近寄る。
福次郎「もしかして、あなた……。電車を待っているんですか?自分の身を投げるために……」
蟻谷「な、何の話ですか!?」
福次郎「こんな真夜中、電車に飛び込んで自殺なんかしたら、社会に迷惑がかかりますよ」
「それに、電車を止めたりなんかしたら、賠償金もかかりますし……。あなたには何もいいことがありません」
蟻谷「放っておいてください!私はその……」
福次郎「何よりも、あなたはまだ若いですから……。人生を切り拓く可能性にいくらでも恵まれていますよ」
「その可能性の芽を、自ら摘み取るような真似をしていいのですか!?」
蟻谷「あ、あなたは一体何者なんですか!?」
線路を走る電車。電車の座席に座り、会話をする蟻谷と福次郎。
福次郎「……そうですか。こんな遅くまで残業をしていたのですか。大変ですね」
蟻谷「はい……。私の勤め先は、毎日のようにサービス残業が行われているんです」
「うちの会社は、社員にタイムカードを切らせた後も、強制的に残業をさせているんですよ」
福次郎「サービス残業が強制とは……。典型的なブラック企業ですね」
蟻谷「それだけじゃありません。土曜も日曜も祝日も、会社に出社して仕事を行っているんです」
「もしも休日に休みなんか取ったら、上司から大目玉を食らいますよ」
福次郎「何て、ひどい会社なんですか!そんな会社、今すぐにでも辞めた方がいいですよ!」
蟻谷「今の会社を辞めて、どうやって飯を食っていくんですか!?再就職のあてもないのに……」
福次郎「でも、あなたは精神的に限界を迎えているのでしょう?」
「何しろ、ことあるごとに課長が私を何かにつけていびるもんだから……」
福次郎「蟻谷さん。今のあなたは、働き続けるよりも休むことが必要です」
「このままでは、あなたは完全に潰れてしまいますよ」
蟻谷「それは分かっていますよ……。分かっているけど、どうにもなりませんから……」
電車を降り、駅を出る蟻谷と福次郎。
福次郎「くれぐれも、これだけは言っておきますよ」
「人間、どんなことがあっても生き抜くべきなのです。生きてさえいれば、活路が見つかりますから……」
「だから、自殺を選ぶような真似は絶対にダメですよ」
蟻谷「分かりました……。喪黒さん」
福次郎「またお会いしましょう」
蟻谷「はい」
福次郎から離れ、道を歩く蟻谷。
(福次郎「蟻谷さん。くれぐれもこれだけは言っておきますよ」
「人間、どんなことがあっても生き抜くべきなのです。生きてさえいれば、活路が見つかりますから……」
「だから、自殺を選ぶような真似は絶対にダメですよ」)
蟻谷(それにしても、あの人は一体何者なんだろう……)
やがて、蟻谷は目を閉じる。
朝。スーツ姿の蟻谷が、慌てて駅へ向かう。
蟻谷(いかん!!寝過した!!早く会社に行かなくちゃ!!)
自動改札口を通り抜け、駅の階段を駆ける蟻谷。彼はプラットフォームに辿り着き、息を切らす。
蟻谷「ハアッ……、ハアッ……、ハアッ……」
蟻谷の目の前に、福次郎が再び姿を現す。
福次郎「おはようございます」
福次郎「そうですよ。またお会いしましたね、蟻谷さん」
蟻谷「悪いですが、私は忙しいんですよ!これから会社へ行かなきゃいけませんから……」
福次郎「えっ、会社へ行くんですか?今日は日曜日ですよ」
蟻谷「喪黒さん、前にも言ったでしょう。私の会社は、休日も出社して働くことになってるんだと……」
福次郎「会社なんかに行く必要はありませんよ。日曜なら、ゆっくり休暇を取るべきです」
蟻谷「し、しかしですね……。私が無断で休んだら、会社に迷惑をかけることになりますよ」
福次郎「いいから!今すぐ、会社に連絡を入れてください。『今日は日曜だから休む』……と」
福次郎に促され、ズボンのポケットからスマホを出す蟻谷。蟻谷はスマホを持ち、会社側と通話を行う。
蟻谷「はい……、蟻谷です……。実は、その……」
蟻谷「いやぁ……。遂に、会社を休んでしまいました。こんなことをしたら、私はただじゃ済まないでしょう」
福次郎「蟻谷さん。あなたの勤め先はブラック企業なのですよ。そんな会社に尽くして何になるんですか!?」
蟻谷「で、ですが……」
福次郎「気にする必要なんかありません。これから、日帰りの旅にでも出ましょう」
線路を走る新幹線。隣同士の席に座る福次郎と蟻谷。2人の席の側を、弁当や飲み物の売り子が通り過ぎる。
売り子「お弁当にぃー、ホットコーヒー、アイスクリーム……」
福次郎「すみませーーん。ビールを2人分くださーい」
ビールの入った紙コップを持ち、乾杯する福次郎と蟻谷。
福次郎・蟻谷「かんぱーーい」
福次郎「蟻谷さん。あなたはもう十分に働いていますよ」
「これ以上働き続けたら、あなたの心と身体をさらに追い詰めることになるだけです」
蟻谷「は、はあ……」
とある地方都市。電車を降り、駅を出る福次郎と蟻谷。
蟻谷「ここは、私の故郷の街です」
福次郎「のどかで、いいところですねぇ」
バスに乗る福次郎と蟻谷。2人は大きめの座席で、並んで座っている。
バスのアナウンス「次は、XX小学校前……。XX小学校前……」
蟻谷「ここは、私の母校なんですよ」
蟻谷「ええ……。あのころのことをいろいろ思い出して、懐かしくなってきましたよ」
バスの窓から、外の景色を眺める福次郎と蟻谷。山道を行き、海岸の近くの道を走るバス。
福次郎「この街は、自然が豊かですねぇ」
蟻谷「はい……。いつもビルだらけの景色ばかり見ていましたから、いい目の保養になりますよ」
バスのアナウンス「次は、XX海浜公園前……。XX海浜公園前……」
蟻谷「そういえば、この公園……。小学校と中学のころ、遠足で毎年行ってましたね……」
福次郎「私たちの日帰り旅行も、ある意味遠足みたいなもんでしょう?蟻谷さん」
蟻谷「ええ、まあ……。そうかもしれませんね……」
バスのアナウンス「次は終点……。XX温泉前……。XX温泉前……」
蟻谷「いつの間にか、街の遠くにある温泉地まで来てしまいましたよ」
福次郎「それは、ちょうどよかったですねぇ。温泉にでも入って、一休みしましょう」
とある国民宿舎。温泉につかる福次郎と蟻谷。
蟻谷「本当にすみません……。私のために、交通費とか風呂代までおごってくださって……」
福次郎「構いません。あなたのリフレッシュのためですよ、蜂谷さん」
蟻谷「あ、ありがとうございます……」
風呂からあがり、ソファーの上で牛乳を飲む福次郎と蟻谷。2人の前に、とある中年男性が姿を現す。
栗本「よお!君は蟻谷君じゃないか!」
テロップ「栗本定雄(56) 高校教師」
蟻谷「く、栗本先生!」
福次郎「栗本先生。あなたは、高校時代の蜂谷さんの担任だったのですね?」
栗本「そうですよ。蟻谷君は、真面目でしっかりした教え子でしたね」
蟻谷「ど、どうも……」
栗本「ところで、蟻谷君。君は元気でいるか?」
蟻谷「あの……、そのことなんですが……。実は俺……」
身振り手振りを交え、今の生活について話す蜂谷。
栗本「なるほど……。君も辛い思いをしているんだな」
夕方。新幹線に乗る福次郎と蟻谷。
福次郎「どうです、蟻谷さん。リフレッシュできたでしょう」
「明日、会社でどんな目にあうか分かったもんじゃありません。課長が私を怒鳴りつける光景が、目に浮かびます」
福次郎「……そうですか。どうやらあなたには、アフターケアが必要なようですね」
夜。とある駅。プラットフォームの上に立つ福次郎と蟻谷。
福次郎「蟻谷さん。私の右手をじーっと見ていてください……!」
蟻谷「えっ!?」
福次郎は、蟻谷に右手の人差し指を向ける。
福次郎「ズーーーーーーーーーーーン!!!」
蟻谷「うわああああああああ!!!」
翌朝。「新世紀企画」本社ビル。朝礼で、声出しを行う社員たち。
社員たち「笑顔!気合!やりがい!感謝!」
課長「おい、蟻谷!!昨日は会社を休み、今日はこの態度!!お前、仕事を何だと思ってるんだ!!」
蟻谷「その言葉、あなたにお返ししますよ。あなたこそ、仕事を何だと思ってるんですか!?」
課長「何だと!?俺に口答えをする気か!?会社員は仕事をする機械だから、従順に働けばいいんだよ!!」
蟻谷「違う!!会社員は仕事をする機械なんかじゃない!!会社員だって、命と心を持った人間なんだぞ!!」
課長「てめぇ……。ペラペラと口八丁で……」
蟻谷の胸ぐらを掴む課長。2人を見つめる社員たち。社員たちから、どよめきが起きる。ザワザワ……、ザワザワ……。
蟻谷「会社あっての人間ではなく、人間あっての会社なんだ!!そんなことも、あなたは理解していないのか!!」
課長「……そうか。そこまで言うなら、会社を辞めろ。君にはもう用はない」
蟻谷「ああ。喜んで辞めてやるよ!!こんな会社!!」
蟻谷の胸ぐらから、手を引っ込める課長。シーンと静まり返る社員たち。
とある地方都市。市役所の食堂。テーブルに向かい、うどんを食べる蟻谷。彼の前の席に、福次郎が座る。
福次郎「蟻谷さん。この市役所に採用されて、よかったですねぇ」
蟻谷「はい。栗本先生が私のことを、市役所の関係者に紹介してくれましたから……。おかげで、私も公務員になれました」
福次郎「市役所の職員は、ブラック企業の社員よりも待遇に恵まれているでしょう?」
蟻谷「ええ。でも、それだけでなしに、市民のために働けるってのがありがたいですね」
福次郎「よかったですねぇ。公務員のお仕事は、あなたに向いていますよ。蟻谷さん」
蟻谷「ありがとうございます。昨年のあの日、喪黒さんと一緒にこの街に帰ったことで私の人生は変わりました」
「あなたには本当に感謝しています。何とお礼を言ったらいいか……」
福次郎「どういたしまして……。私は、人助けが仕事なのですから……」
蟻谷「人助け……ですか。いい言葉ですね」
―完―
元スレ
喪黒福次郎「こんな遅くまで残業をしていたのですか。大変ですね」 ブラック企業社員「はい……」
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1545730986/
喪黒福次郎「こんな遅くまで残業をしていたのですか。大変ですね」 ブラック企業社員「はい……」
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1545730986/
「SS」カテゴリのおすすめ
「ランダム」カテゴリのおすすめ
今週
先週
先々週
スポンサードリンク
デイリーランキング
ウィークリーランキング
マンスリーランキング
アンテナサイト
新着コメント
最新記事
LINE読者登録QRコード
スポンサードリンク