ガール「嘘のほうが優しいんだもん」
手紙の代筆代読はもちろん配送まで一人でやってるの
こっちでは字を読み書きできる人も少なくなったから
このお仕事をしていると色々な所にいけるし
どこにいっても歓迎してくれるし
手紙を受け取ってくれたほとんどの人達が大切な人からの
手紙を喜んでくれるし
あたしはこのお仕事が好きだと思う
大きな街の残骸の端っこ、人工の島の上に村があるということは知っていた
手紙を届けてほしいってお仕事を依頼されることも無かったから
あたしの村とその村に人との繋がりは無いと思っていた
葬儀の終わった次の日、バーちゃんはあたしが店じまいする少し前
夕方ごろにやってきて配達先である東の村に住む女性の名前と
代筆の内容だけを伝えると
慣れた手つきでパイプに火をつけ、口にくわえた
「それだけ?もっと他に…」
「それ以上言いたいことなんかないよ」
バーちゃんはパイプをとると、マズそうに煙をたっぷりと吐き出した
「相手さんだって嫌だろうさね!男の取り合いに負けた奴からの手紙なんて」
「ただこっちにも義理があるし…あんなジジイでも好いてくれてた奴だから知る権利くらいある」
「釣銭はくれてやるからしっかり頼んだよ」
そう言い終えるとバーちゃんはまたパイプを口にくわえ、あたしの店を後にした
残されたのは短い短い手紙と甘ったるい煙とあたし
あ、あと料金ぴったりの銀貨だけ
ひときわ目立つ赤の巨塔の足元
この塔はあたしが生まれるよりちょっと前
20年前くらいに折れちゃって高さが半分くらいになったらしいけど
それでもとてつもなく大きい、遠くからでも目立つので未だに旅人やあたし達手紙屋は目印にしたりする
もっと昔には赤の巨塔の倍近くある塔もあったらしい
ここまで来る計画を立てるのに使った地図もずっと昔に描かれたものなのに
縮尺がとても正確で本当に役に立っている
おかげでほぼ計画通り東の村につきそう
流れている小川がきれいで家も小さいのから大きいのまで手入れが行き届いてるように見える
道も小石が少なくて整備されている
お金持ちそうな村だな
これくらいの規模の村なら専属の手紙屋さんがいるかもしれない
「怪しい人?良い人?」
小さな双子の男の子はあたしを中心にグルグル回りながら誰?怪しい人の波状攻撃を仕掛けてきた
「そんなには怪しくない手紙屋さんだよー」
「そんなにってことはちょっと怪しいの?」
「ちょっとなら大丈夫だよ、いざとなったら退治できるよ」
「オレ知ってる!あの十字路を右に行って左行って左行って右だよ!」
「ちがーよー!あの十字路を左行って右行って右行って左だよ!」
「あ、ありがとう、多分…まっすぐでいいんだよね?」
あたし達手紙屋の仕事は本来、手紙を代わりに書く、手紙を届ける、手紙を読むの三つなんだけど
届け先に手紙屋がいる場合は別、そこに住む手紙屋に手紙を届けて終わり
あとの読むお仕事はそこに住む手紙屋がやるの
それがどこに書いてるとかではないけど、ルールというかマナーというやつなの
お互いの食い扶持を守る為のユチャクダーとか先代であり、あたしの師匠は言ってたけど
なんのこっちゃわからない
あたしの所では扱ってないような便せんもあった
キョロキョロ店内を見てると奥にいる人を見つけて
忘れていた用事を思い出した
そのいかにも優しそうなおじさんは首を傾げたりしながら
便せんに何かを書いていた
「はいはい、こんにちは、どんな御用でって…もしかして同業さん?」
「はい、手紙の依頼があったので」
「こんなへんぴな所までありがとうね。あ、座っててね。すぐお茶だすから」
途中何度かガラガラと荷物の崩れる音が聞こえたし20分近く待たされたけど出てきたお茶とパンケーキは
手際とは関係なかったらしく、とても美味しかった
「普段は優しいバーちゃんなんですけど…ごめんなさい、嫌な役を押し付けて」
「ううん、優しいから…優しいから…だよ…ごめんね、おじさんうまいこと言えないや、行ってくるね」
「ごめんなさい、お願いします」
「ああ、そうだ!もう…すぐ帰るの?それとも泊まって観光でもしてくの?何も無いけど」
「久々にお風呂に入りたいんで泊まる予定です。宿屋さんってどちらですか?」
「おじさんの家に泊まっていったら?坊や達も喜ぶだろうしさ」
「…坊や達ってもしかして双子ですか?」
「あれ?よく分かったね、エスパー?」
晩御飯のシチューはおいしかったし、お風呂も石鹸がなんかすごくいい匂いしたし
ベッドもフカフカだったし、何よりタダだったしで大満足の朝を迎えられた
パンと卵焼きをごちそうになった後
双子に手を引かれて、秘密基地だの秘密の釣り場だの
男の子にとって世界で一番重要な所を中心に案内してもらえて
苦笑い以外できなかった
けど二人がこのジュース屋さんでスイカレモンをねだってくれなかったら
このイチゴミルクとは出会えなかったから…許す
「もし…あなたが手紙屋さん?」
声をかけてきたのはバーちゃんと同い年くらいだろうけど
品が良くて昔美人だったんだろうなっていう
きれいな目をしたおばあさん
すぐに分かった、あたしが手紙を届けた人だ
確かにあたしが書いたけど、あたしの意志ではないのに
「あ、はい!あの…やっぱり怒っ…」
「二人に許されて…嬉しくてね…ありがとうね…できればお返事をお願いしたいの」
「はい?」
あたしはそこに向かった
うやむやにするのが一番
そうだとは分かっていたし、誰も傷つかない
あたしがとっとと忘れれば全部まるく収まる
だけど、どうしてもそれができなかった
昨日と同じように店の奥に座った彼は両手を組み、親指をグルグルともてあそんでいた
「ああ、そうだよね…やっぱり…聞きたいことがあるんだよね」
あたしは彼の眼を見れずに小さくうなずいた
「どうしておばあさんに嘘の手紙を伝えたんですか」
「怖いから…かな」
「良くも悪くも…エネルギーが入りすぎちゃうから…人間を活かしも殺しもするんだよ」
「五年前に北の方で大きな戦争があったの覚えてるかな?この村からも戦争に出された人が何人もいてね」
「覚えてます。父もそこから帰りませんでした」
「そうか…うん…ある双子の母親にとっては月に1度届く戦場からの手紙だけが夫婦の繋がりになってたんだ」
「誰が元気づけても…彼女が笑うことは無くなった…食事すらとれなくなって、すぐに後を追ってしまったんだ」
「誰が彼女を殺したか分かるかい?糞みたいな真実の書かれた手紙を読んだ、その場で唯一読み書きができたバカな男だよ」
それは違う、それは違うと言いたかった、だけど
「あのおばあさんは足を患っている。もう遠出はできない」
「彼女が真実を知ることはできないし、できない方がいい」
それだとおばあさんは愛した人の死を知ることもできない、そんなのはおかしいと言いたかった、だけど
だけど、だけど、言えなかった
あたしはその村を出た
元気いっぱいに手を振る双子の目を見ることができずに手を振り返した
赤い巨塔の見える丘でキャンプを作った
誰にも届けてはいけない
おばあさんからの返事の手紙をたき火に向かって読み上げ
それを火にくべた
あたしを責めているように見えたから
こんな自己弁護みたいな言葉が溢れて出たんだと思う
「だけど、嘘のほうが優しいんだもん」
おわり
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