喪黒福造「ここは、祭りの里です」 元お笑い芸人「祭りの里?」
ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。
この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。
そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。
いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。
さて、今日のお客様は……。
松井灯舞(41) 元お笑い芸人
【祭りの里】
ホーッホッホッホ……。」
トランクに入った品物を紹介する訪問販売員。覚めたような表情で彼の話を聞く主婦。
松井「このクリームにはコラーゲンが含まれており、お肌に張りと潤いをもたらしてくれます」
テロップ「松井灯舞(41) 化粧品会社社員、元お笑い芸人」
主婦「ふーーーん。そうなんですか」
松井「よろしかったら、4日間の無料お試しセットをお申込みいただければ……」
主婦「悪いけど、私……。あなたの会社の化粧品、買うつもりはありませんから……」
「お試しセットを申し込むつもりもありません」
松井「は、はい……。そうですか……。すみません」
家を出て、うなだれながら道を歩く松井。
松井(この家もダメだったか……。今日も化粧品が売れないな……)
芸人として、相方とともにお笑い番組でコントを披露する松井。笑い声の効果音。
テロップ「お笑いコンビ『豆大福』 桑島勝広(ボケ担当) 松井灯舞(ツッコミ担当)」
相方の芸人とともに、ある商品のテレビCMに出演する松井。2人とも、生き生きした表情をしている。
松井の回想が終わる。化粧品会社社員として、住宅街を歩く自分。
松井(1990年代のころの俺は、今と違って輝いていたなぁ……)
とある化粧品会社。課長に呼び出される松井。
課長「松井君。この営業成績が続くようなら、会社を辞めて貰わなければならないな」
松井「か、課長……。それだけはさすがに……」
課長「なあ……。あえて言うなら、君は会社員に向いてないんじゃないのか?」
松井「は、はあ……」
松井(遂に、俺は会社をクビになってしまった……。このままでは、女房に合わせる顔がない……)
コンビニ。小さなパック酒を手にし、レジの前にいる松井。店員が、パック酒にレジ打ちをする。
松井(全く、こんな日は酒でも飲まずにはいられないな……)
とある公園。ベンチに座り、パック酒をストローですする松井。彼の顔に、次第に酔いが回っていく。
公園の中に入る喪黒福造。喪黒は、遠くのベンチに松井が座っているのを見つける。
パック酒を右手に持ち、苦虫を噛み潰した表情で地面を見つめる松井。喪黒は松井の方へ近づき、彼の隣に座る。
しかし、松井は喪黒の存在に全く気付いていない。独り言を漏らす松井。
松井「……ちくしょう」
喪黒「おや?『ちくしょう』とは……。何か嫌なことでもあったのですか?」
喪黒「どうやら、あなたの心にもスキマがおありのようですねぇ」
喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。
松井「ココロのスキマ、お埋めします?」
喪黒「実はですねぇ……。私、人々の心のスキマをお埋めするボランティアをしているのですよ」
松井「か、変わったお仕事ですね……」
喪黒「何なら、私があなたの相談に乗りましょうか?」
BAR「魔の巣」。喪黒と松井が席に腰掛けている。
喪黒「ほう……。あなたが元『豆大福』の松井灯舞さんだったとは……。1990年代のころのあなたは、テレビによく出ていましたねぇ」
松井「私がお笑い芸人だったのは、かなり昔の話ですよ。今では、芸能界を引退して久しいですから……」
喪黒「芸能界を引退した後の松井さんは、居酒屋を経営していたようですねぇ」
喪黒「松井さんの今のご職業は?」
松井「今ですか?化粧品会社の営業職でしたね……。まあ、今日、その化粧品会社をクビになったんですよ……」
喪黒「なるほど……。芸能界引退後のあなたは、苦労の多い人生を送っているようですねぇ」
松井「これは、私が選んだ人生ですから……。でも、たまに思う時があるんですよ」
「もしも、芸能人のままでいたら、今ごろはどうなっていたんだろう……と」
喪黒「お笑い芸人だったころのあなたは、今と違って生き生きした表情をしていましたよ」
松井「そ、そうですか……。あのころは、毎日が祭りみたいな感じで楽しかったですよ」
喪黒「祭り……ですか。もしかすると、あなたはお祭りとかがお好きなのではないですか?」
松井「はい……。小さいころの私は、地元の夏祭りが好きでしたね。1年に1度行われるあの祭りを、いつも心待ちにしていましたよ」
喪黒「松井さん。今のあなたが甦るためには、心の中に『祭り』を取り戻す必要があると思いますよ」
喪黒「そうです。あなたのために、もう1度、お祭りを見せてあげましょう。私に着いて来てください」
街の中を走るバス。このバスの乗客は、喪黒と松井の2人だけだ。夕焼けから、次第に夜になる空。
いつの間にか、トンネルの中に入るバス。バスがトンネルを抜けると、辺りは林で覆われている。
松井「こ、このバス、山の中を走っていますよ!私たちはどこへ行くんですか!?」
喪黒「このバスの終点を降りると、とってもいい場所があるんです」
道路を走り続けるバス。窓からは民家が見えてきたものの、周囲は水田があちこちに目立つ。
松井(それにしても、俺たちは相当な田舎に来ているようだな)
バスの終点を降りて、道を歩く喪黒と松井。2人はどこかの農村にいるようだ。
農村にある家屋は瓦屋根の建物が多いが、ところどころで茅葺き屋根の建物も入り混じっている。
松井「喪黒さん。ここは一体どこなんですか?」
松井「祭りの里?」
喪黒「はい。そろそろ、夕食でも食べましょうか」
広めの家の前にいる喪黒と松井。この建物は、瓦屋根で木造の民家だ。
喪黒「お邪魔しまーーす!!」
家の中から、一人の若い女性が出迎える。彼女はヘップバーンカットの髪形をしている。
女性「こんばんは……」
家に入る喪黒と松井。2人は座敷へと向かう。松井が座敷を見ると……。
松井「こ、これは……」
座布団の上に座る大勢の客たち。客たちの席には、膳に置かれた日本料理がある。
喪黒「よっこらしょ……っと」
座布団の上に座る喪黒。
喪黒「いいんですよ。だって、今日は祭りなんですから……」
料理を食べる喪黒と松井。
松井「何だか、懐かしいですね……。私が子供のころの、田舎の実家の祭りがこんな感じでした」
「今じゃ、過疎化のせいで地元でも祭りはなくなりましたけど……」
この家の女性が、喪黒と松井のグラスにビールを注ぐ。
松井「ああ、どうも……」
食事を終わり、家を出る喪黒と松井。2人は再び、農村の道を歩く。キリコを担いだ男たちを見かける喪黒と松井。
男たち「ワッショイ!!ワッショイ!!ワッショイ!!ワッショイ……」
松井「キリコを見たの、久しぶりですよ。それにしても、今の時代に祭りをやる農村が残っていたとは……」
喪黒「ホーッホッホッホ……。この村は現代の農村ではありませんし、現実世界の空間とは違いますよ」
松井「何だって!?」
喪黒「この村は毎日毎晩、祭りが行われているんです」
松井「毎日毎晩……」
石畳でできた広めの道を歩く喪黒と松井。道には、浴衣を着た親子や若い女性もいる。灯籠や提灯の明かりが、境内の中を照らす。
松井「人が多いですね……」
立ち並ぶ夜店の屋台。屋台の前で、綿菓子を手にする喪黒と松井。
喪黒「ここにある店の品物は、みんなタダなんですよ」
ある屋台を眺める松井。その屋台は、ヒーローのお面をいくつも売っているが……。
松井(え!?月光仮面のお面がある!それだけじゃなく、売り物のお面のキャラクターが、どれもみんな古い……)
道端で、2人の子供を見る松井。坊主頭の子供と、スポーツ刈りの子供がメンコ遊びをしている。
松井(まるで、昭和30年代の田舎にいるみたいだ……)
あちこちから聞こえる祭りばやし。太鼓や笛の音とともに、盆踊りの音楽が境内に響く。
松井「にぎやかになってきましたね……」
松井「おっと……」
盆踊りを踊る喪黒。松井も、ぎこちない動きで盆踊りを踊る。
松井(それにしても、盆踊りを踊ったのは久しぶりだな……)
松井の踊りは、やがて自然な動きになっていく。踊りながら会話をする喪黒と松井。
喪黒「どうです?楽しいでしょう」
松井「は、はい!久しぶりに、祭りの楽しさを心から実感していますよ!おかげで、会社をクビになった苦しさも吹っ飛びました!」
喪黒「松井さんを慰めることができて、実に何より……。ですが、あなたには約束していただきたいことがあります」
松井「約束!?」
喪黒「そうです。松井さんがこの里の祭りに参加するのは、今回の1度だけにしておいてください」
「祭りによる気分転換の後は、これからの生活をしっかりと生きるべきなのです」
松井「わ、分かりました……。今夜の経験は、一生忘れません……」
松井の妻「あなたーー!!起きなさーーい!!」
松井「ああ……」
松井の妻「早く起きないと、会社に遅れちゃうでしょ!!」
松井「……会社はもう辞めた。俺、クビになったんだ」
松井の妻「な、何ですって!?」
松井「でも、俺の心の中には『祭り』が戻ってきた。だから、これからやることはもう決まっている」
芸能事務所。執務室で、社長と会話をする松井。
松井「俺はもう1度、あの祭りのような日々を味わってみたいんです!だから……」
社長「まあ、お前の頼みとあればな……。この事務所に再契約してやってもいいがな……」
松井「あ、ありがとうございます……、社長……」
松井は、出演者たちの会話についていくだけで精いっぱいだ。そして、地上波で放送された番組の結果は……。
ネット掲示板「松井の出演シーンほとんどカットか」「松井は空気扱いか」「復帰早々これかよ」「こいつが昔売れたのはまぐれ」
芸能事務所。松井は社長に直訴する。
松井「社長、お願いします!!何か、仕事とかないんですか!?」
社長「残念ながら、今のところお前のスケジュールには何も予定は入っていない」
松井「そ、そんな……。俺はどうやって食っていけばいいんですか……」
社長「松井……。芸能界は弱肉強食なんだよ。こうなることを覚悟して、お前は芸能界に復帰したんだろ?」
事務所を出て、街の中にいる松井。彼はスマホで、かつての相方・桑島と通話をする。
松井「おう、桑島!俺だよ、松井だよ!いやぁ、懐かしいなぁ……。お前が出世してくれて、俺はうれしいよ」
松井「ど、どうしてそんなこと言うんだ!?あまりにも、つれないじゃないか!!」
桑島「つれないのはお前だろ。コンビを解散して、俺が売れなかった時期……。お前は俺に対して見向きもしなかったよなぁ……」
松井「いや、それはその……」
桑島「俺が売れてるから便乗しようったって、そうはいかんぞ。もう電話かけてくるなよ」
桑島は、一方的にスマホを切る。スマホを握ったまま、途方に暮れる松井。
BAR「魔の巣」に入店する松井。カウンター席には喪黒がいる。
喪黒「やぁ、松井さん」
松井が喪黒の隣に腰掛ける。
松井「喪黒さん……。実は、私は……」
一連の事情を話す松井。
松井「それだけではありません。私は芸能界に復帰したせいで、妻とも離婚する羽目になりました」
「彼女は、私の芸能界復帰に誰よりも反対していましたから……」
喪黒「いやはや……。あなたの心労、察するに余りありますよ」
松井「できれば再び、あの祭りの里に行って気分転換がしたいですよ……」
喪黒「松井さん、それはなりませんよ。あそこに行くのは1度だけ、というのが私との約束だったでしょ?」
松井「いいえ!!どうしても、私は祭りの里に行きたいんです!!」
喪黒の前で、土下座をする松井。
松井「お願いします、喪黒さん!!できることなら、私はあの里に引っ越したいくらいです!!」
「だって、あの里は毎日毎晩祭りをやってるんでしょ!?だから……」
喪黒「仕方ありませんねぇ……。そこまで言うのなら、あなたの願いをかなえてあげてもいいですよ」
松井「ほ、本当ですか……!?」
顔を上げる松井。
喪黒は松井に右手の人差し指を向ける。
喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」
松井「ギャアアアアアアアアア!!!」
喪黒のドーンを受け、松井は異次元の中へと吸い込まれていく。
テロップ「数か月後――」
夜。農村の中を走るバス。バスの中には、喪黒と芸能事務所の社長、マネージャーが乗っている。
社長「ところで、あなた……。松井は本当に、こんなところに住んでいるんですか?」
喪黒「ええ。彼はおそらく、この村のあの場所にいるはずです」
神社。境内の中では、例の如く祭りが開催されている。
石畳の道の上で、盆踊りを踊る参加者たち。喪黒、芸能事務所社長、マネージャーも盆踊りを踊る。
社長「ああ……。子供のころに、祭りに行った日を思い出してしまったよ……」
喪黒「見てください。松井さんが見つかりましたよ」
ある方面に向かい、喪黒が指を差す。法被姿の男が和太鼓を叩く。ドーーン、ドーーン、ドーーン……!!和太鼓をよく見ると……。
マネージャー「あ、あれは……!!」
社長「ま、松井……!!」
和太鼓の茶色い胴の部分には、松井の顔がくっきりと浮かんでいる。人面太鼓となり、満足そうな表情をする松井。
祭りの里。例の神社の鳥居の前にいる喪黒。境内からは、祭りばやしの音が聞こえてくる。
喪黒「古来より、人々は何かしらの形で祭りを祝ってきましたし……。そもそも、祭りをすること自体が特別な意味を持っていました」
「なぜなら、昔の人にとって祭りとは……。贅沢を味わったり、羽目を外したりすることができる数少ない日でもあったからです」
「21世紀になり、周りがモノと娯楽に満ちて、祭りは廃れつつありますが……。人々は毎日、ストレスを抱えたまま暮らしています」
「だから、祭りの意義をもう1度見直してみるのもいいかもしれません。ですが……、祭りというものは一時的に味わうに限りますよ」
「だって、和太鼓となったまま、毎日毎晩祭りのただ中にいるようでは、しまいに飽きてしまいますから……。ねぇ、松井灯舞さん」
「オーホッホッホッホッホッホッホ……」
―完―
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