【シャニマスSS】続・わがままあまな
先に読んでおく必要は特にないです
耳を澄ませると、カチカチと時計の針が動く音も聞こえてくる。
全然テンポが合っていなくて、へたっぴな三重奏みたいだなって思っちゃう。
「甘奈。まだ帰らないのか?」
甘奈が笑った声が聞こえたのか、パソコンと向き合っていたプロデューサーさんが顔だけこっちに向けてきた。
三重奏のキーボード担当は、この人でした。
「うーん。もうちょっとかかりそうかな」
「結構手間取ってるみたいだな」
「まーね☆」
壁にかかっている時計を見ると、もう午後7時を回っていた。
レッスンが終わって、帰ってもいい時間になってから、2時間は経っている。
家に帰る前に学校の宿題を終わらせたいってことで、デスクワーク中のプロデューサーさんと同じ部屋でずーっと問題集を解いていたわけだけど。
「あはは、問題が手強くて」
「そうか。頑張れよ」
「ありがとー。プロデューサーさんも、無理しないようにね」
ああ、と頷いて、またキーボードを叩き始めるプロデューサーさん。
少しだけ疲れたような横顔を眺めながら、心の中で手を合わせて謝る。
……本当は、次の授業までの宿題はとっくに終わってる。で、今は次回の宿題を先読みして解いてるところ。
まだ授業で習ってないところなんだから、問題が手強いのは当たり前なんだよね。
まあ、『今回の』宿題に限った話じゃないから、嘘は言ってないよね。うん。
「んー………」
気を取り直して、数学の問題に取りかかる。
なんでこんなことしてるのかって言えば、ホントに理由は単純で。
「ん? 何か言ったか」
「ううん、なんでも。独り言」
ただただ、その一言が言い出せないだけ。
甘奈がそう言ったら、きっとプロデューサーさんはそこでお仕事を切り上げて帰ろうとしてしまうから。
邪魔はしたくないけど、ちょっとだけわがままは聞いてほしくて……そういうわけで、なんだか遠回りな作戦を実行中なんだ。
『宿題をやる』という名目があれば、甘奈が居残りしていてもプロデューサーさんは何も言わないだろうから。
「8時には切り上げるから、それまでに終わるように頑張るんだぞ」
「……うん」
………バレてるかな、これ。
プロデューサーさんの声色からは、何を考えているかはわからなくて。
今日は事務所で宿題をやってから帰るって甜花ちゃんにラインで伝えた後の『なーちゃん……ファイトっ』って返事の意図もよくわからなくて。
結局、わかる問題から解いていくしかないのだった。
「うんっ。おかげさまで、バッチリ☆」
具体的には、1週間分の貯金ができちゃった。
「それはよかった……が、さすがにこの時間は冷えるな」
午後8時過ぎ。約束通り仕事を終わらせたプロデューサーさんと一緒に、事務所を出る。
「プロデューサーさん、寒くない? カイロあるからあげよっか?」
「いいのか?」
「もち☆ はいどーぞ」
「ありがとう。甘奈は気が利くな」
「えへへ」
「俺のばあちゃんみたいだ」
「カイロ没収です」
乙女心が傷ついたので、渡す寸前でカイロをしまう。
「ごめんごめん、デリカシーに欠けてたな」
「ダメだよープロデューサーさん。そういうこと、女の子に言っちゃ」
「気をつけるよ」
「ならよろしい」
しまいかけたカイロを、今度こそ手渡し。
お礼を言いながらシャカシャカ手を振るプロデューサーさんを、なんとなく見つめる。
しゃかしゃか。
「………」
しゃかしゃかしゃか。
「ぷっ」
「え、なんで俺笑われたんだ」
「だってプロデューサーさん、一心不乱すぎるんだもん。カイロのことしか頭にないみたいで、面白くて」
この人、普段は大人なのに、時々こうして子供っぽいところを見せてくれるんだ。
こう言われても、まだシャカシャカ振り続けてるし。
そういうところが――
「お、温かくなってきたぞ」
「よかったね」
「昼間はだいぶ暖かくなってきたけど、夜はまだカイロが欲しい時期だなぁ」
「春になるまで、もうちょっとかかりそうだね」
「だな。明日からは自分でカイロ持ってくるよ」
「ちゃーんと暖かくして、風邪ひかないようにね」
「はは、なんだかお姉さんに言い聞かされてるみたいだ」
他愛のない話をしながら、ふたり並んで駅までの道を歩く。
さりげなく歩幅を合わせてくれるプロデューサーさんの気遣いが、嬉しかった。
特別な話なんて、なんにもないけれど。それで十分だし、それが十二分だし。
わがまま言って、宿題頑張った甲斐があったなぁって思う。
「お酒?」
「ああ。飲むと身体があったかくなるんだ」
「ふーん、そうなんだ」
「俺はすぐ酔いが回る方だから尚更でな。この前も、千雪と飲みに行ったときに危うく酔いつぶれそうになってしまった」
「甘奈も早くお酒飲めるようになりたいな~」
「興味あるのか」
「うん。甘奈が二十歳になった時は、プロデューサーさんに付き合ってもらいたいな☆」
「俺、弱いぞ? 参考にならんぞ?」
「いーからいーから」
千雪さんとふたりきりで飲んだんだから、甘奈とも飲んでくれないと。
「わかった。甘奈が成人するまでには、もっとアルコールに強くなっておくよ」
「別に、そういうことまで求めてないんだけどな……」
「いやいや、これも大人の責務だ。しっかり酒との付き合い方を教えていかないと」
「その頃には二十歳なんだから、甘奈も大人だよ?」
「え? ……確かにそうだな。あれ?」
「あははっ」
ひとりで悩み始めてしまったプロデューサーさんを見ていると、おかしくてまた笑ってしまう。
本当に、真面目なんだよね。この人。それは、優しさの延長線上にあるもので、みんなとちゃんと向き合ってくれている証拠で。
そういうところが――
「えっ」
不意に手を掴まれ、身体ごとあっちに引き寄せられる。
何事かと戸惑っているうちに、すぐ隣を勢いよく車が走り去っていくのが見えた。
「危なかった……ここ道狭いんだから、もう少しゆっくり走ってほしいよな」
どうやら、後ろから近づく車に気づいて曲がり角に引っ張ってくれたみたいだ。
……プロデューサーさんに見惚れてて、気づかなかったなんて言えないなぁ。
と、そこまで考えて。
今、自分がプロデューサーさんの腕の中に抱き寄せられている状態だと気づいた。
「ごめんな、急に引っ張って。腕、痛めてないか」
「………」
「甘奈? 大丈夫か?」
「……あぅ」
やば………大丈夫じゃない、かも。
背中に腕が当たってて、顔は胸板に密着していて。
プロデューサーさんのぬくもりが、直接感じられるみたいで。
胸のドキドキが、今までにないくらい高鳴っていくのがわかる。
プロデューサーさんの腕が、甘奈から離れる。
でも、甘奈はプロデューサーさんから離れることができなくて。
「甘奈?」
「ごめん……もうちょっと、このままでいさせて」
まだ、ダメ。
このまま顔を埋めていないと、隠していないと……今、きっと見せちゃダメな顔をしてるから。
「うん」
「そうか、よかった」
「うん」
ようやく少し落ち着けて、駅までの道を歩き始める。
心配してくれてるみたいで、プロデューサーさんは自分から甘奈の手を握ってくれていた。
いつもは、甘奈が甜花ちゃんの手を引っ張ってるから。誰かに手を引かれるのは、久しぶりかもしれない。
「甘奈」
「うん」
「それ、息できるのか?」
「うん」
できるだけ顔を見られないように、マフラーをぐるぐる巻きにしてる。ちょっと暑い。
「なあ、あま」
「プロデューサーさん」
やっぱり、そうなんだ。
こんな気持ちになっちゃうなんて。こんなにドキドキしちゃうなんて。
やっぱり甘奈は、プロデューサーさんのことが――
「……そうか」
――でも、これは言っちゃダメなんだろうな。
甘奈はアイドルで、プロデューサーさんは、プロデューサーさんだから。
だから、この気持ちはヒミツ。甘奈がアイドルを続けたいと思う限りは、甘奈だけのヒミツ。
「あ、プロデューサーさん。上見て! 星、綺麗だよ」
「ん? おー、本当だ。空が澄んでるのかな」
でもでも。
いつだって、準備はできてるから。
「いつか、あなたの方から言ってもらえるようになったらいいな……なんてね」
「何か言ったか?」
「ううん、なーんにも☆」
「そうか……元気戻ったみたいだし、そろそろ手を」
「今日は、ずーっと握っててほしいな☆」
ちょっと思わせぶりなわがままは、許してね。
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コメント一覧 (1)
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- 2019年02月25日 23:16
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