image credit:X Ray Audio (Mit Press)
ロシアがまだ、一党制の社会主義国家、ソビエト連邦(ソ連)だった冷戦時代、とても抑圧的な政策が敷かれていた。
メディアは検閲され、海外から届くラジオやテレビの電波は妨害された。体制を批判する書籍等は発禁処分の憂き目に遭い、西洋の音楽とて退廃的であるとして禁止された。
同時に、こうした圧政に対する抵抗も激化。発禁処分となった本は手で書き写されて、読者から読者の手に渡った。そして音楽でさえ、違法にコピーされたのだ。
当時、レントゲン写真用フィルムを利用して海賊版のレコードが作られていたという。
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ゴミ箱から回収したレントゲン写真フィルムでレコードを制作
当時、音楽の記録媒体はレコードだった。音声記録をコピーをするにレコード用旋盤とまっさらなビニールディスクが必要だった。
しかし、こうした機材は高価で、そう簡単には手に入らなかった。
そこで音楽を愛するソ連の若者たちは、そうした機材がなくとも、蓄音機を改造してレコード用旋盤を作り、プレスリーやビートルズといった西側の音楽を聴こうと試みたのである。
このお手製のレコード用旋盤で音楽がプレスされる記録媒体となったのが、ゴミ箱から回収したり、病院から買ったりして集められたレントゲン写真用フィルムだった。
image credit:X Ray Audio (Mit Press)
その見た目は、雑誌などのおまけについていた昔懐かしのソノシートにも似ているが、表面には骨折した骨や外れてしまった関節といった少々不気味な写真が印刷されていた。
image credit:X Ray Audio (Mit Press)
このために、こうしたアルバムの愛好家たちからは、「ボーンミュージック」や「肋骨レコーディング」といった感じで呼ばれていた。
闇市で流れるメロディ
こうしたレントゲンフィルムレコードは、片面のみに録音されるのだが、なにしろペラペラのフィルムに浅い溝で録音するものだから、音質はおせじにも優れたものとは言えなかった。
しかも10数回も再生すれば劣化して聴けなくなるような代物だった。
だが若者はそれでも構わなかった。闇市に行けば、1〜1.5ルーブル程度と安価で購入することができたからだ。
このようにして当時のソ連の若者たちは、自分たちの懐具合でも手に入る、禁じられた最薄のメロディに胸を震わせたのである。
image credit:X-Ray Audio Greeting Card Collection
蓄音機を逆転させた機材で録音
この海賊版を作り出す機材について、X線オーディオプロジェクトでは、次のように説明している。
「レコード用旋盤は蓄音機を逆転させたようなものだ。針でレコードに刻まれた溝の振動を読み、それを音に変換・増幅するのではなく、音声信号で振動する切削ヘッドで回転する円盤表面に溝を彫り込む。」
「記録媒体に、一般に流通するアセテートではなく、レントゲン写真用フィルムを使用したために、制作過程は料理のようなものとなった。つまり、レシピがあるからといって必ずしも上手に完成するわけではなかった。切削ニードルの経年変化、音楽の種類、製作者の技能、原盤の品質といった条件によって、仕上がりはまちまちであった……各レコードはリアルタイムで切削され、そのために音もそれぞれで違う響きとなった。」
image credit:X-Ray Audio Greeting Card Collection
粗製乱造により音質が劣化、カセットテープの登場で幕を閉じる
しかし、このやり方が広まって、お金儲けに走る人間が出てくると、音質は劣化してしまったそうだ。
50年代後半になると、当局がこうしたアングラサブカルチャーを嗅ぎつける。1959年には主だった製造者が摘発。「音楽パトロール」なる組織が発足し、こうした違法コピーの監視が行われるようになった。
レントゲンフィルムの海賊版はその後もほそぼそと続けられたが、やがてより音質に優れたカセットテープに取って代わられ、廃れていった。
Bone Records
References:Bone Records: Soviet-Era Bootlegged Music on X-Rays | Amusing Planet/ written by hiroching / edited by parumo
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コメント
1. 匿名処理班
若者のいい意味で自由への執念を感じるな。
それが蓄積していった結果、後々の連邦解体へ繋がっていったのだろう。
ビジュアル的にも、今の視点で見るとかえってオシャレだ。
2.
3. 匿名処理班
ソノシートだ♪
子供の頃は児童雑誌に付録でよく付いていたな♪
4.
5. 匿名処理班
このレコードがいい状態で残っていたらオークションで取引できるんじゃなかろうか
6. 匿名処理班
なつかすー
いや、別にソ連に住んでた訳ではないが
7.
8. 匿名処理班
カッコいいわ
インテリアとして飾れるレベル
9. 匿名処理班
若者の溢れんばかりのエネルギーは、どれだけ強靭な社会主義体制でもそれを抑え込む事は出来ないんだなと思った。
このレコードは正にそんな若者たちの象徴。
10. ・・・
「ブダペスト市街戦1956」というハンガリー動乱の映画で、レントゲン写真からレコード盤を作ってもらうシーンが出てくるな
主人公たちが「革命で社会主義体制が倒れたぜヒャッホー!」って言って、ヒロインが病院で「結核かも」とか適当なこと言って胸部レントゲン写真を撮ってもらってきて(この時医者が全部察してニヤリと笑う)、それをハサミで丸く切って馴染みのレコード屋に焼いてもらうという
なお後半の展開…
11. 匿名処理班
カッコ良い☆これは良いお土産になる
12. 匿名処理班
欲しい!!
13. 匿名処理班
音楽媒体としては音質や再生回数の問題(あと薄さ)はあるが、凄いコンセプチャルなアートだな。
各年代でも特に若者にとって音楽は精神の骨格に匹敵するものだし、再生回数や薄さは永遠ではなくその一瞬(青春)を表しているとも言える。
苦肉の策で出来たレコードという所も、成長過程の葛藤と取れるし。
単純にカッコいい。
14. 匿名処理班
ソノシートみたいなものかな?
インテリアとして欲しいけど高騰していてなかなか難しい
15. 匿名処理班
必要は発明の母
16.
17. 匿名処理班
こういうエネルギーってハングリーな環境あってこそよね。
なんとなく羨ましいんだ。
いやまあ、靴クリームをパンに塗ってアルコールをしみこませて酒として食べてたソ連人のことだから、これくらい序の口だろうとは思うけど
18. 匿名処理班
ここはいつもおもしろいネタ拾ってくるねえ。
19. 匿名処理班
※8
見た目もそうだけど、こういった歴史を背負ったデザインって、
何重の意味で飾る価値があるよね。
20. 匿名処理班
>>5
お宝を売って儲けようとする魂胆が透けて見えますな。レントゲンだけにw
21. 匿名処理班
廃版になった海図で作ったブックカバー&しおりのセットとか
廃図になった地図で作った扇子とか持ってる。
そういうの好きな人にはたまらんと思う。
本来と違う目的で使われることになった過程にドラマを感じるというか、
上手く言えないんだけど。