ネカフェ店主「近くに快活クラブってのが出来たせいで客が来なくなってヤバイ」
- 2019年03月24日 21:10
- SS、神話・民話・不思議な話
- 2 コメント
- Tweet
店主「近頃、客がめっきり減った……。なんでだと思う?」
男「なんでって、決まってんだろ!」
ジョボボボボ…
男「見ろ、このウーロン茶! ほとんど水じゃねえか! 薄めすぎだろ!」
店主「ちゃんと色ついてるじゃん」
男「色がついてりゃウーロン茶なのかよ!?」
店主「日本ウーロン茶協会ではそう定義されている」
男「ウソつけぇ!」
陰気娘「ヒヒヒ、日本ウーロン茶協会なんてあるの?」
オタク「ググっても出てこないね」カタカタ
男「ネットカフェのくせにパソコンは古くて、グーグル開くのも苦労する有様」
男「漫画は妙に偏ったラインナップで、マイナーなのばっかだしさ……」
陰気娘「あたしはここの古臭さと漫画のラインナップ好きだけどねぇ」
オタク「ボクもここのパソコン勝手に改造したから、特に不自由ないや」カタカタ
男「あんたらは特殊な人種なの! 天然記念物なの!」
男「こんなダメネカフェ、廃れて当然だっつーの!」
店主「うぐ……」
店主「大学生のくせに、毎日のようにここに来やがって……勉強はどうした!」
男「俺はもう四年で、卒業に必要な単位は全部取ってるからな」
男「卒論は文字数さえ超えてればオーケーなゼミに入れたし」
店主「大学四年なら、就活があるんじゃないのか?」
男「あんなの焦ってやってもしょうがないよ。変な会社入ったら、かえって経歴に傷がつくし」
男「俺は自分のペースでゆっくりと就活させてもらうよ。なんなら既卒になってもいい」
店主「今日びの学生ってのはこんなもんなのか……俺が学生の頃はもっと……」ブツブツ
オタク「たしかにね。常に5~6人はいた気がするよ」
男「だとしたら……あれかな。近くに快活クラブができたのも原因かも」
店主「快活クラブ? なんだそりゃ、いやらしい店か?」
男「いやらしくないよ。大手のネットカフェだよ」
男「とてもキレイで、サービスよくて、店舗によってはカラオケやダーツ、ビリヤードなんかもできる」
店主「なるほど……ネカフェ界のイオンみたいなもんか」
男「どういうたとえだ」
男「そりゃ客が減るのも当然ってもんじゃない?」
店主「うーむ、たしかに」
店主「だとしたら、その快活クラブ、一度敵情視察する必要があるな」
店主「ってわけで、ちょっと出かけてくる!」
男「は? 店はどうすんだよ!」
店主「任せた!」タタタッ
男「ちょっ……ウソだろ!?」
陰気娘「ヒヒヒ、店番頑張ってねぇ~」
店主「ただいまー」
男「おせーよ!」
男「てっきり一時間ぐらいで帰ってくるかと思いきや、半日近く店番させやがって……」
オタク「まあ、ボクら以外の客は一人も来なかったけどね」
店主「いやー、わりいわりい。ちゃんとバイト代は出すって」
陰気娘「で、どうだったの? 快活クラブは……」
店主「うん……最高だった!」
男「は?」
男「すっかりハマってやがる……」
陰気娘「こりゃ完全にミイラ取りがミイラ取りになってるねえ」
オタク「あっという間にプラチナ会員になりそう」
店主「で、俺は決めた! この際だから、ウチも快活クラブをパクる!」
男「は……!?」
店主「ダーツできるようにしたり、カラオケできるようにする!」
店主「ってわけで改装するから、今日はもう閉店! お前ら今日のところは帰れ!」シッシッ
陰気娘「はぁい」
オタク「やれやれ、思い立ったが吉日を地でいく人だ」
男「メチャクチャだ、この店……!」
―ネットカフェ―
店主「どうよ、完成だ!」
店主「ダーツの的を置いたし」
男「これ……紙じゃん! ダーツの矢はマジで針ついてるやつだし!」
店主「カラオケルームも作ったし」
陰気娘「ヒヒヒ、一人入るのが精一杯って感じねえ」
店主「ソフトクリームは無理だけど、アイスキャンディー食べ放題!」
オタク「砂糖水凍らせただけでしょ、これ」ペロペロ
店主「どうだ、凄いだろ!」
男「まあ、一日でここまで作ったことだけは評価するよ……」
店主「『快楽クラブ』とか『快感クラブ』なんかに。あ、でも訴えられたら負けるか……」
男「安心しろよ、向こうはこっちなんか眼中にないから」
店主「さっそく外にも貼り紙したし、お客がいっぱい来るといいなぁ」
男「そんな簡単に来るわけ――」
女「あのー……」
男(来た!?)
女「カラオケができるって貼り紙を見て、来たんですけど……」
店主「はいはい! できますよ! お一人様も大歓迎!」
陰気娘「お一人しか入れないでしょ、あのスペース」
男「ねえ、君」
女「はい」
男「カラオケやるんなら、もっとちゃんとしたカラオケボックスでやった方がいいって」
女「ちゃんとしたところで一人カラオケするのって、どうしても勇気がいるので……」
店主「そうそう! よく分かってらっしゃる!」
男「ちゃんとしてない扱いされてよく喜べるな」
女「はい」
バタンッ
~♪ ~♪ ~♪
男「歌声!」
男「おい……音漏れまくってんじゃん! これのどこがカラオケルームだよ!?」
店主「おかしいな、こんなはずじゃ……」
男(歌を他人に聴かれたくないからヒトカラするんだろうに……可哀想に)
男(せめて聴こえてないフリしてあげるかな……)
男「!」
男(いや、だけど……この子、歌うまくないか?)
陰気娘「いい歌声ねえ……」
オタク「うん、ものすごく上手だ」
店主「泣ける……」グスッ
男「泣くな!」
男(でも、とても綺麗な歌声だ! 心が洗われるようだ……!)
パチパチパチパチパチ…
女「え……!?」
店主「すごくよかった!」
陰気娘「お上手!」
オタク「感動したよ」
男「心の奥深くにグッとくるようだったよ!」
女「皆さん、聞いてらしたんですか……!」
男「ごめん、悪気はなかったんだけど、誰かさんの手抜き工事のせいで音漏れしてて……」
店主「うぐ……」
男「あのさ、もしよかったらここにまた歌いに来てよ!」
女「いいんですか?」
男「いいよな?」
店主「もちろん! ついにお前もこのネカフェのために営業活動してくれるようになったか……」
店主「お父さんは嬉しいぞ!」
男「誰がお父さんだ」
女「じゃあ、またここに来させて下さい!」
―ネットカフェ―
女「また来ちゃいました~」
男「やぁ!」
店主「さあさ、歌ってってくれ! 我がカラオケルームで!」
女「はいっ!」
店主「ブラボー!」パチパチパチ
男「今日もよかったよ。穏やかなのだけじゃなく激しいのまで、レパートリー豊富なんだね」
女「いえいえ」
女「……そちらのお二人はここで作業してらっしゃいますけど、お邪魔じゃないですか?」
オタク「全然。いいBGMになるよ」
陰気娘「あたしも、あんたの歌聴いてると、漫画描くのはかどるわぁ~」
男(あの人、漫画描いてるのか……知らんかった)
男(きっと、内容はホラー系だったりデスゲームだったりするに違いない……)
店主「それっ!」ピッピッピッ
ストトトンッ
男「すげえ!」
女「ダーツの矢が一直線に並ぶように……。店主さんってダーツお上手なんですね!」
店主「ま、昔、ちょっとね」
男「のび太が射撃だけは得意なように、どんな人間にも取り柄ってあるんだなぁ」
オタク「のび太はあやとりと早寝とピーナッツ投げ食いも得意だよ」
男「……早口で訂正ありがとう」
男「え、いいの?」
女「是非!」
店主「特に女の子は手取り足取り教えてあげるよ」
男「…………」シュッ
店主「おわっ!」サッ
店主「あっぶねえ! このダーツの矢はマジで刺さるんだぞ!」
男「変なこというからだよ!」
女「…………」ペラ…
男「あれ、漫画読むんだ?」
女「はい、結構好きですよ」
男「だけど、ここのネカフェはラインナップ偏ってるから、読むもんあまりないでしょ?」
女「そんなことないですよ。むしろ他で読めないのが多くて、楽しんでます」
店主「ほらな、流行りの漫画ばかり置くのが芸じゃないんだよ」
男「だけどさ、せめてワンピースぐらい置いてくれよ」
店主「ワンピース? あるぞ」
男「あ、ホントだ……でもなんでこんな巻数が飛び飛びなわけ?」
店主「ボアハンコックってキャラが出てる巻だけ買ってる」
男「俺、あんたのそういうとこ嫌いじゃないよ」
男「ああ、知ってる! ウェブ連載でやってるやつね! 面白いよね、あれ!」
女「はいっ! 登場人物の心情描写がとても丁寧で……」
男「ネットだとニジコモって呼ばれてるよね。なんかロコモコみたいだけど」
男「このネカフェにも置かれてるし、意外とあの店主もセンスが――」
陰気娘「……ありがと」ボソッ
男「……え?」
陰気娘「…………」
男「まさか……まさか……」
女「あなたが作者さん!?」
陰気娘「…………」コクッ
男「マジか……この顔と笑い方から、あんな美しい物語が生まれるなんて」
陰気娘「ヒヒヒ、笑い方は余計よぉ~」
男「顔はいいのかよ」
陰気娘「あたし、昔漫画に自信がなくなって、この近くで自殺騒ぎを起こしたの」
男「えっ……! まあ、やりそうではあるけど」
陰気娘「そしたら店主さんに止められて、漫画を読んでもらって」
陰気娘「“君の漫画は面白い、本になったら絶対置くから死ぬな”っていわれたの」
男「へぇ~、このダメ店主がねぇ」
女「店主さんが、『虹と木漏れ日と君と』を生んだんですね!」
店主「そうなんだよ! 印税の半分くらいは俺に入るべき」
男「その欲にまみれた発言で全部台無しだよ」
オタク「新しいゲームを作ってみたんだけど、みんなでやらない?」
男「自分でゲーム作ったの? すげえ!」
女「やりますやります!」
陰気娘「あたしもやるぅ」
男「どんな内容?」
オタク「みんなで罠を張り合う対戦ゲームってとこかな」
男「おお、面白そう!」
陰気娘「ヒーッ!」
オタク「う、上手い……」
男「なかなかえげつないことやるなぁ」
ワイワイ… キャッキャッ
店主「…………」
店主「俺もやりたいなー……」
男「悪いな、このゲームは四人用なんだ」
男「この砂糖水アイスも、たまに食うと癖になるな」ペロペロ
店主「だろ? シンプルイズベスト!」ペロペロ
女「男君」
男「ん?」
女「もしよかったら、デュエットしません?」
男「え、俺と?」
女「かまいませんよ。一度一緒に歌いたかったんです!」
男「それじゃあ……」
~♪ ~♪ ~♪
店主「よっ、いいぞー!」ピーピーッ
陰気娘「ヒヒヒ、なかなか息合ってるじゃん」
オタク「あーでも、たしかに男君は音程ずれてるかな」
店主「こうなったら俺たちも歌うぞォ! 今日はカラオケ大会だ!」
男「うん、楽しかった」
女「いっぱい歌っちゃいました!」
陰気娘「ヒヒヒ……人に聴いてもらうってのも楽しいねぇ」
オタク「思う存分アニソン歌わせてもらったよ」
店主「よーし、この勢いでみんなで快活クラブ行くかぁ!」
男「なにい!? まあ、いいけど……」
店主「ソフトクリームおごってやるよ」
男「タダじゃねーか!」
男「あー、今日も楽しかった」
男(大学ではあまりやることなくて、就活もあまりする気なくて)
男(なんとなく立ち寄って常連になっちゃったあのネカフェだったけど……)
男(まさか、こんなオアシスに生まれ変わるなんて……)
男(ずっとこんな感じの生活を送れれば最高なんだけどなぁ……)
男(ずっと、ずーっと……)
男「ちわっす」
店主「らっしゃい」
女「あ、男君!」
男「お、来てたんだ」
陰気娘「ヒヒヒ……」
オタク「待ってたよ」
男「みんな揃っちゃって、どうしたの?」
女「話があるの!」
女「うん、ある大作映画の主題歌のオーディションに出られることになったの」
店主「おお、すごいじゃないか」
陰気娘「ひょっとしたらひょっとするかもねぇ。これをきっかけに歌手になったりして」
オタク「うん、十分可能性はあると思うよ」
女「こんなチャレンジしようと思ったのは、ここで歌わせてもらったおかげ!」
女「だから、みんなにもちゃんと報告しようと思って……」
店主「また一人才能を発掘してしまうとは……。やはり俺は育成の天才……」
男「…………」
女「男君?」
女「え?」
男「ちょっと歌が上手いからってオーディションだなんて……いくらなんでも無茶だよ」
男「あーあ、なんでそんな早まったことするかなぁ」
男「絶対恥かくから、やめといた方がいいって」
女「…………!」
店主「お、おい!」
バタンッ
男「…………」
店主「お前! なんであんなこと……」
陰気娘「今のはちょっとひどいんじゃなぁい? いや、ちょっとどころじゃないわよ」
オタク「うん、一番あの子の歌を評価してるのは君だと思ってたのに……」
男「いや、俺は……」
店主「さてはお前、ノートルダムってやつだな?」
男「ノートルダム?」
店主「あれ、いや……ミュージアムだっけ? いつまでも社会に出たくない……的な」
男「もしかしてモラトリアム?」
店主「そうそう、それ!」
店主「お前、自分は就活もせずぶらぶらやってるのに、彼女は具体的な夢を見つけて走り始めた」
店主「それで、彼女に抜け駆けされた気になったんだろ?」
男「そ、そんなことは……」
店主「図星か。だが、もっと大きい理由は他にもある」
男「!」ギクッ
店主「とてもお前の手の届かない存在になる。もう相手してくれなくなるかもしれない」
店主「それが嫌なんだろ?」
男「違うっ!!!」
男「ダメネカフェの店主如きが、好き勝手ほざいてんじゃねーよ!」
店主「…………」
店主「なあ、あの子がオーディションの件、なんでお前が来るまで俺らに話さなかったか分かるか?」
男「知るかよ!」
店主「ましてあの子の性格じゃ……誰かにその覚悟を後押ししてもらわなきゃとても無理だ」
店主「だからあの子は真っ先にお前に、オーディションのことを伝えたかったんだ」
店主「他ならぬお前に“最後のひと押し”ってやつをして欲しかったんだ」
男「…………!」
店主「それなのに……バカなことしやがって」
男「俺は……俺は……」
店主「少しでも悪いと思ってんなら、さっさと連れ戻してこい!」
店主「それができなきゃ、お前は出禁だ!」
男「全然繁盛してないくせに……分かったよ!」ダッ
女「…………」
「待ってくれっ!!!」タタタッ
女「!」
男「よ、よかった……追いつけた……」ハァ…ハァ…
男「運動不足だな……息がなかなか……」
女「男君……」
男「俺、大学四年なのに、ふらふらしてて、履歴書に書けるような特技も資格もなくて……」
男「ちゃんと特技があって、具体的に動き始めてる君を見て……嫉妬しちゃったんだ」
男「ホントは俺、君のオーディションを応援したい!」
男「ネカフェに戻って下さい! お願いします!」
女「男君……」
男「それでさ、練習ついでに戻ってカラオケやろう。よかったら……デュエットで」
女「……うん!」
店主「なんだよ、お前ら結局仲直りしたのかよ。こじれたら蜜の味だったのにつまんねーな」
男「このネカフェが潰れたら絶対蜜の味っていってやるからな」
女「ご心配をおかけしました」
陰気娘「これで心おきなくオーディション受けられるねえ」
女「うんっ!」
店主「よーし、じゃあ今日はオーディションの前祝いとして、快活クラブ行くか!」
店主「コンポタスープおごってやるよ!」
男「タダじゃねーか!」
―オーディション会場―
男「このスタジオで一次オーディションをやるわけかぁ……」
女「一次オーディションは非公開だから、男君は入れないけど、ついてきてくれてありがとう」
男「俺なんかでよければ、いくらでもついていくよ」
男「いつも通り、みんなと歌う時のように歌えば、きっと実力を出し切れるよ!」
女「うん、そうするつもり!」
男(といっても、それができれば苦労しないよな)
女(といっても、それができれば苦労しないんだけど)
記者「今回の主題歌オーディション、自信はどう?」
アイドル「一般の人達も歌自慢の方ばかりでしょうし、厳しい戦いになると思ってますぅ」
女(あの子……テレビでよく見る人気アイドル歌手の人だ)
女(現役のアイドルも受けるんじゃ……私なんか勝ち目あるわけないよね)
女(かえって安心しちゃった! 男君のいうとおり、カラオケするつもりで歌おうっと!)
女「はいっ!」
~♪ ~♪ ~♪
オオッ…
審査員A「キレイな歌声ですね。澄み切った水のようだ」
審査員B「うん、今度の映画のコンセプトにピッタリかも……」
ワイワイ…
アイドル「…………」
店主「来たか! 即日結果が出るんだろ? どうだった?」
男「…………」
女「…………」
陰気娘「ダメだったとしても、リストカットはダメよぉ」
オタク「君じゃあるまいし」
女「――合格しました!」
店主「おおっ!」
陰気娘「ヒヒヒ、やったじゃない」
店主「な、なんだと!?」
オタク「ネット上では、すでに次のオーディションの予想が出てるよ」カタカタ
男「さすがゲームも発売日前にネタバレされる世の中だ……」
オタク「下馬評だと、アイドルと女さんの一騎打ちになるって感じみたい」
店主「おお~、プロとのタイマンか。巌流島の決闘って感じだな」
陰気娘「だとしたら、わざと遅刻すれば勝てるかもねえ」
女「相手はプロなんで、さすがに勝てないと思いますけど……」
男「そんなことないよ! ここまで来たらいっそ映画の主演を奪うぐらいのつもりでいこうよ!」
店主「お、いいこというじゃねえか」
女「……うん、頑張る」
―ネットカフェ―
男「ちわーっす」
店主「……おお、お前か」
女「…………」
男「あれ、どうしたの? 最終オーディションまで日にちがないってのに」
女「実は……こんなものが届いたの」
男「?」
もし会場にやってきたらお前の身は無事では済まない
警察や主催者に知らせても同じことだ』
男「……なんだこれ」
店主「見ての通り、脅迫状だよ」
陰気娘「文面がストレートすぎて、センスが感じられないわねえ。あたしならもっと……」
男「どうしたの、これ」
女「今日、家のポストに入ってて……私、怖くて……」
女「うん……」
オタク「とも言い切れないんだよ」
男「え、どうして?」
オタク「インターネット上の闇サイトで色々調べたんだけど……」カタカタ
男(なんなんだ、闇サイトって)
オタク「今度のオーディションで対立候補になってるアイドル、どうも真っ黒みたいなんだ」
男「どういうことだよ?」
オタク「その中の一部はファンとは名ばかりの暴力集団らしいんだ」
男「え」
オタク「一言でいえば、このアイドルのいうことならなんでも聞く狂信者集団」
オタク「実際、今までもイベントなんかで何度も騒ぎを起こしてる」
オタク「このアイドルのライバルの握手会で、暴力事件を起こしたのもこいつら……なんていわれてる」
男「マジで?」
オタク「しかも、ここからは都市伝説の域を出ないんだけど――」
男「壊し屋? 殺し屋じゃなくて」
オタク「うん、殺すんじゃなく、怪我をさせたり後遺症を負わせるのが専門の業者さ」
オタク「殺人事件じゃなきゃ、警察もそこまで本腰入れて捜査しないだろうし、足もつきにくい」
オタク「ある意味、殺し屋よりタチが悪いよ」
オタク「彼女の黒い真相に近づこうとした人間を、今までに何人も病院送りにしてきた疑惑がある」
男「……とんでもない奴だな」
店主「本当だとしたら、よくそんな悪女がアイドルなんかやってられるな。アイドルじゃなく悪ドルだ」
陰気娘「今の世の中、あっという間に拡散されて炎上しちゃいそうよねえ」
オタク「なにしろ疑惑だけで、決定的な証拠がないからね」
オタク「むしろ、その黒さもかえって彼女の人気を押し上げる要因になってる始末さ」
店主「……たしかにな」
店主「オーディションに出ようとして、二度と歌を歌えない体にされましたじゃ」
店主「たとえ犯人が逮捕されて、治療費や賠償金もらえたとしても、割りに合わなさすぎる」
陰気娘「そうねえ……」
オタク「他にもオーディションはいくらでもあるんだ。今回はやめたっていいんじゃないかな」
女「そう……かも」
女「!」
男「せっかく掴んだチャンス……こんなことで諦めていいのか?」
男「オーディションを受けてダメだったならともかく、こんな理不尽な脅迫に屈するなんて……」
男「いくらなんでも勿体なすぎるよ!」
オタク「そうはいっても……」
陰気娘「あんたのいってることは安全地帯にいる部外者だからの意見よ」
男「俺は部外者じゃないッ!!!」
女「え……」
男「俺がボディガードになって、絶対オーディション受けさせるから……だから諦めちゃダメだ!」
女「……男君」
オタク「ボディガードって君、なにか武道とかやってるの?」
男「……いや」
陰気娘「それじゃ、二人揃って壊し屋に壊されるのがオチじゃない」
オタク「気持ちだけじゃ解決しないことが世の中いくらでもあるんだよ」
男「……う」
店主「…………」
男「な、なんだよ」
店主「今の覚悟……マジだろうな? 勢いで言っちゃっただけじゃないだろうな?」
男「大マジだよ!」
男「もし今の俺に目標があるとしたら、この子にオーディションを受けさせることだ!」
店主「……いいだろう」
店主「常連から歌手が生まれるかもって時だ。俺も協力するぜ」
女「店主さん……」
男「い、いいのかよ」
陰気娘「ヒヒヒ……あたしも。やっぱりやられっ放し脅迫されっ放しは性に合わないわ」
男「みんな……!」
女「皆さん……ありがとうございます」
店主「三本の矢は折れないって武田信玄もいってたし、五本も集まればなんとかなるだろ!」
男「毛利元就な」
店主「ってわけで、景気づけに快活クラブ行くか! モーニングおごってやるよ!」
男「タダじゃねーか! しかも今の時間はモーニングやってないし」
―ネットカフェ―
男「作戦を考えないとな……」
店主「おそらくあちらさんは、オーディション当日、会場周辺を過激なファンで固めてくるはず」
店主「んで、やってきた女ちゃんを襲うなり拉致するなりするはずだ」
男「つまり、そいつらをすり抜けて、会場入りできればいいわけだ」
陰気娘「だけど、顔はバレちゃってるでしょ? どうすんの?」
オタク「いい手があるよ」
オタク「たとえば“オーディション最有力候補の女の子は当日、ド派手な格好で現れる”って」
男「なんでそんなことを?」
オタク「連中もおそらく、インターネット上で情報を収集してると思うんだ」
オタク「それっぽく情報を流すすべは心得てるから、信じさせる自信はあるよ」
店主「分かった! 囮作戦ってわけだな!」
オタク「そういうこと」
男「だけど、囮役は誰がやるわけ?」
オタク「そりゃあ、もう一人の女の子である……」
オタク「そう。君しかいない」
女「囮なんて危険すぎるんじゃ……」
陰気娘「危険、危険ねえ……」
陰気娘「やるわ、やる! 囮なんて面白そうだもん! ゾクゾクしてきちゃった!」
陰気娘「漫画のネタにもなりそうだしねえ……ヒヒヒ」
男「たくましいなぁ……」
店主「ああ、これで会場入りするくらいはなんとかなるだろ」
女「みんな……ありがとう」
女「だけど絶対怪我しないでね……! そんなことになったら私……」
陰気娘「大丈夫よぉ。あたし、もし右手を折られても左手でも絵を描けるから」
オタク「そういう問題かなぁ」
男「とにかく……やばくなりそうだったら、すぐ逃げるようにしよう!」
アイドル「分かってるわね」
アイドル「もし当日、あの女が会場にやってきたら……」
ファンA「すぐ捕まえてみせます!」
ファンB「んでもって、二度と歌を歌えない体にしちゃいますよ!」
アイドル「ウフフ、頼んだわよ。褒美は弾むからね。なんなら下着をくれてやってもいいわ」
ファンA「はいぃっ!」
ファンB「お任せ下さぁいっ!」
アイドル「もっとも……あたしが一番頼りにしてるのはアンタなんだけどね」
壊し屋「…………」
壊し屋「それだけの金はもらってますからね。きっちり働きますよ」
アイドル「ド素人の小娘にオーディションに負けたなんてことになったら現役アイドルとして大恥かくわ」
アイドル「絶対に会場入りさせないでよね」
壊し屋「もし、現れたら……きっちり“壊し”ますよ。身も心もね」
…………
……
―会場近辺―
男「このイベントホールはいくつも出入り口があるけど……」
男「どの方面も……アイドルのファンらしい奴らががっちり固めてるな」
女「やっぱり囮作戦は危険すぎるんじゃ……」
男「いっそ俺らで強行突破しちゃう? 武器も持ってなさそうだし」
店主「いや、あいつらの持ってるサイリウム……ありゃそう見せかけた警棒だ」
男「警棒!?」
店主「まともに行けば袋叩きだ。作戦通りやるべきだろう」
男「うう……」
店主「今さらなにビビってんだ! シャキッとしろよ!」
男「分かってるよ!」
ガヤガヤ…
「おい、来たぞ!」
「金髪、黒いドレス、赤いバラ! 間違いねえ! ネット上にリークされてた情報通りだ!」
「あの女が俺らのアイドルちゃんを脅かす素人女だ!」
「ケバイ格好しやがって……そんなに目立ちたいのか」
金髪女「ヒヒヒ……なぁ~にぃ?」ファサッ
過激ファン「!」ギョッ
金髪女「あたしになんか用? もしかしてナンパ? ヒヒヒ……」
過激ファン「なんだこいつ……全然顔が違うぞ!」
金髪女「呪ってあげようかぁ?」ジロリ
過激ファン「ひっ……!」
オタク「キックボード持ってきたよ! ほら逃げるよ!」シャーッ
金髪女「うん、分かったぁ~!」シャーッ
過激ファン「あっ、逃げやがった!」
「怪しすぎる!」 「きっと仲間だ!」 「追いかけろーっ!」 「あいつら速いぞッ!」
シャーッ
タタタタタッ… タタタタタッ…
男「これで会場の敷地内に入れる!」
女「だけどあの二人、大丈夫? もし捕まったら……」
男「あの二人、ある意味俺ら二人よりよっぽど頼もしいし、まず心配ないよ」
店主「たしかに。やられてる姿が想像できねえ」
男「それより今度は、俺らが走らないと!」
店主「正面突破は利口じゃねえ、裏口から入るぞ!」
男「よし、ここから入れば――」
壊し屋「おっと……そうはいかんな」ザッ
男「!」
男(なんだこいつ……!)ゾクッ
壊し屋「その女をオーディションに出すわけにはいかん。“壊させて”もらう」
女「ひっ……!」
店主「どうやら……ボスのお出ましらしいな」
男「なんとか二人がかりで――」
店主「ここは俺に任せて、お前ら先に行け」
男「なにいってんだ! こんなヤバそうな奴、一人でどうにかなるかよ!」
店主「大丈夫だ……行け! あと念のためこれ持ってけ!」サッ
男「……これは! 分かった……行こう!」
女「う、うんっ!」
タタタッ…
壊し屋「…………」
壊し屋「この先の通路にも武器を持ったファンはいる。あの男では突破できまい」
壊し屋「それにとっととお前を壊して追いかければ、十分間に合う」ブオンッ
バキィッ!
店主「ぐ……!」ミシッ
店主「なんて蹴りだ!」
壊し屋「プロを敵に回したこと、後悔しろ」サッ
店主「バカでかいナイフ持ちやがって……。本当に“壊し”で済ませてくれるのか?」
壊し屋「安心しろ、どう刺せば死なない程度にできるかは熟知している」
店主「そりゃあ人を死なせたことがある奴の台詞だ……ド悪党が!」
ビュオッ! ビュアッ!
店主「…………」ザッ…
店主「右手」
壊し屋「?」
グサッ!
壊し屋「うぐっ!? ああああああっ……!」ブシュッ…
壊し屋「な、なんだこれは……! ダーツの矢……!?」
壊し屋「くっ!」サッ
ザクッ!
壊し屋「ぐぎゃあっ……!」
壊し屋「く……! なんだ、その狙いの正確さは……!?」
店主「快活クラブのダーツコーナーで鍛えたかいがあったぜ」
壊し屋「そんなんで、そこまでの腕になるはずが……!」
店主「喋ってる暇ないぞ。次は右足だ」ピッ
ドシュッ!
壊し屋「いぎゃああぁぁぁっ!」
ブスッ!
壊し屋「あぐあぁぁぁぁぁっ!」
店主「さて……次はどこを狙うか。矢はまだまだあるからな」チャッ
壊し屋「や、やめ……」
店主「両目」
壊し屋「ひっ!」バッ
ガンッ!
壊し屋「あう……! キ、キン、タマを……」ドサッ…
店主「バーカ、戦いの最中に両目塞いだらいかんだろ」
壊し屋「お前、何者だ……!?」
店主「ネットカフェの店主だよ。今は絶賛快活クラブにドハマり中!」
壊し屋「ネット……」
壊し屋「聞いたことがある……」
壊し屋「依頼されればどんな標的も退治する、裏のプロフェッショナル……」
壊し屋「絶対に獲物を逃がさないことから、“網(ネット)”と呼ばれ恐れられたとか……」
店主「俺がそのネットさんだってか? だからネットカフェ店主?」
店主「冗談は壊し屋とかいう職歴にもならねえ肩書きだけにしとけよ」
店主「だけどな……これだけはいっておく」
店主「そん時は両目ぐらいじゃ済まさねえからな」
壊し屋「…………!」
壊し屋「わ、分かった……」
壊し屋(格の違いを見せつけられた……。もはや廃業するしかあるまい……)ガクッ
店主「…………」
店主(さて、俺にできるのはここまでだ! 絶対オーディション受けさせろよ……!)
タタタタタッ
女「店主さん、大丈夫かなぁ」
男「はっきりいって不安だけど、自信はあるようだったし、なにか策があると信じよう」
男「このまま裏の通路を行けば――」
ファンA「お、あの女がアイドルちゃんが言ってた奴じゃねえか?」
ファンB「ここは通さねえぜ!」
男「……くっ! あいつが最後じゃなかったのか!」
ガツッ!
男「ぐっ!」
女「男君!」
男「大丈夫だ、これくらい!」ヨロッ…
ファンA「なにいってやがる。二対一だぜ」
ファンB「ここは人通りもカメラもねえんだ。寝たきりになるくれえボコにしてやる!」
男(いや……俺にだって切り札がある! さっき店主にもらった“こいつ”が!)
男「たっ!」ピッ
グササッ!
ファンA「いっでぇ!」
ファンB「ダーツの矢……!?」
男「今だ!」ダッ
女「うん!」ダッ
ファンAB「しまった!」
男(ダーツの矢……渡してもらってなきゃアウトだったよ、ありがとう!)
審査員A「一次審査でよかった素人の女の子、来ないねえ」
審査員B「こりゃ棄権かもしれないな。引っ込み思案そうだったし」
アイドル「いいライバルになりそうだったのに残念です……」
アイドル(ふん、来るわけないっての!)
アイドル(今頃、あたしのファンか壊し屋に二度と歌えない体にされてるんだから!)
ザワッ…
審査員A「おっ、来たぞ!」
審査員B「なんであんな裏口から入ってきたんだ?」
アイドル「――え!?」
女「うん」
アイドル「な、なんで……」
女「こんにちは、色々やってくれたけど、大失敗みたいだったですね」
アイドル「!」
女「行きつけのネカフェのみんなのおかげで、私、ここまでたどり着けました」
女「あとは私があなたを叩き潰すだけです!」
アイドル「ぐ、ぐ、ぐ……!」
ドヨドヨ…
男(お~……怖っ! まさか彼女にあんな一面があったとは……)
男(だが、もう……勝負は見えたな)
~♪ ~♪ ~♪
審査員A「おおっ!?」
審査員B「一次の時より、さらに闘志がこもってるよ! この短期間でなにが……」
アイドル「…………!」
アイドル「帰る」クルッ
マネージャー「ちょっ、まだ君は歌ってないのに……」
アイドル「辞退するわ……」
…………
……
女「晴れて、映画の主題歌を歌わせてもらえることになりました!」
陰気娘「おめでとう! イェ~イ!」
女「イェーイ!」
オタク「もし君が歌手になったら、たくさんステマするからね!」
女「ど、どうも……」
店主「君をスカウトした俺の目に狂いはなかったな……」
陰気娘「あんたがいつスカウトしたのよ」
オタク「ちなみに例のアイドルは自信失って、しばらく活動休止するってさ」
陰気娘「ヒヒヒ、ざまあないわねえ。このままフェードアウトすりゃいいのに」
女「男君にはもうとっくに教えてあるから」
陰気娘「なによぉ、それ」
店主「おじさん悔しくて泣きそう」
オタク「そういえば、そろそろ彼が来る時間だね」
キィィィ…
店主「お、来たか」
女「えっ!」
店主「なんだ、そのスーツ姿は!?」
陰気娘「リクルートスーツ?」
オタク「ってことはついに……」
男「……女ちゃんに触発されて、俺もがっつり就活始めたんだ」
男「もう遅いかもしれないけど、今からでも全力で取り組むよ」
店主「22の若造にもう遅いとかいわれたら、俺の立場がなくなるからやめて」
男「ハハハ……ありがとう」
女「お互いこれから忙しくなるけど、落ち着いたら……二人でゆっくりデートしようね!」
男「うん! 約束だ!」
陰気娘「ちっ」
オタク「ちっ」
店主「ちっ」
店主「ウチの濃いウーロン茶と綺麗なテーブルじゃ味気ないだろ」
男「まあ、たしかに」
オタク「なら、どこに行くの?」
店主「決まってんだろ……」
店主「快活クラブだよ!」
男「やっぱり……」
女「いいじゃない、みんなで楽しもうよ!」
陰気娘「うんうん、今日はあたし、歌うよぉ~」
男「またソフトクリーム?」
店主「トルコライスおごってやるよ!」
女「いいんですか? やったぁ!」
男「マジで!? 無理すんなよー」
―おわり―
「神話・民話・不思議な話」カテゴリのおすすめ
- クーフリン「修業を終えたので、そろそろ嫁を迎えに行く」
- 大阪「なんや? やるんか東京?」東京「^^」
- 彼女が霊感バリバリすぎてヤバイ
- 犬「人間になりました」 男「そのようですね」
- 狐娘「なに?ワシを抱きたいじゃと?」青年「おう」
- ムリー「私ムリーさん、あなたの家とか遠くて行けない、無理」
- 薬剤師「ジェネリック医薬品がオススメですよ」男「今までのでいいです」薬剤師「しかしお安いですよ?」
- 俺「母上、自慰の儀を執り行います」 母上「誠ですかっ!?」
- オニヤンマ♂「誰だお前?」
- 狐娘「ううう。油揚げおいひいです……」
- シンデレラ「私が……王子を倒すッッッ!」
- JK「ただいま」女騎士「くっ…殺せ!」
- 【SS】外付けHDD1TB葬式会場
- 田んぼ「えへへっ……待ってたよ?」
- 男「処女を実年齢より若く、非処女は老けて見える能力?」
「ランダム」カテゴリのおすすめ
- 渋谷凛「アイドルの日常」 池袋晶葉「ひとやすみも大切だな」
- モバP「最近、文香と距離を感じてまして……」
- 武内P「新生杏帝国?」幸子「カワイイボクがついてます!」
- 妹「兄さん、跪いて私の足を舐めてくれませんか?」
- 八幡「春擬き」
- 彡(゚)(゚)「東京都?」 (´・ω・`)「うん!」
- 杏子「お」ほむら「あ」マミ「え?」
- ありす「文香さん引けませんでした……」 飛鳥「ああ……」
- 東郷あい「ピースの匂いがする」
- P「凛と昼ご飯」
- 【続】矢車想「IS学園…今の俺には眩し過ぎる」
- 花京院「カマボコも刺身も好きだからE・スプラッシュ!!」
- 阿笠「光彦君を進化させるスイッチが完成したぞい!!」
- 撫子「撫子は神様なんだよ!」泉研「ジュラル星人に違いない…!」
- 双葉杏「九家三伏」
今週
先週
先々週
コメント一覧 (2)
-
- 2019年03月24日 21:36
- この人ほんとすこ
-
- 2019年03月24日 21:50
- シティハンターにダーツで戦うキャラいたな
スポンサードリンク
デイリーランキング
ウィークリーランキング
マンスリーランキング
アンテナサイト
新着コメント
最新記事
読者登録
スポンサードリンク