最近では精神疾患についての認知が進み、病院に行く人も増えたせいもあるかもしれないが、心の病を持つ人の数が増えているという。
アメリカ人の場合、ほぼ5人に1人はなんらかの精神疾患を患っており、また半数の人たちは一生のうちに1度は精神疾患と診断されている。
その数の多さは、遺伝的な欠陥やトラウマだけが関係しているわけではなさそうだ。
アメリカ・アリゾナ州立大学の生命科学者ランドルフ・ネッセ教授は、このように大勢の人々に精神疾患が発症するのは、私たちの幸福感を気にかけてくれなかった自然選択のせいだと考えている。
しかも、現代文明が登場するずっと以前から続いてきた選択プロセスによって、今私たちが暮らしている環境と人類がこれまで適応してきた環境とのミスマッチが生じるようになってしまったというのだ。
スポンサードリンク
進化の過程で精神疾患が淘汰されなかった理由
ネッセ教授の著書『Good Reasons for Bad Feelings(嫌な気分には理由がある)』では、ひどい状態になるというのに、進化の過程で精神疾患が淘汰されなかった理由について説明している。
それによると、うつ病や不安神経症といった症状は、じつは進化の過程で人間にとって有利に作用してきた可能性があるのだそうだ。
photo by istock
正常な感情と精神疾患の境界とは?
ある特質本来の機能について理解しない限りは、何が正常で何が異常なのか決めることはできない。
これについて考える際、まず正常な機能や、それが有利に働く状況から考え始めるといい。
たとえば、嘔吐、咳、発熱といった症状の機能は本来何で、どのような状況だとそれが有利に働くのだろうか?
嘔吐や咳なら不必要なものを体から排出し、発熱なら体が病気と闘う準備をするためのものだろう。
心に関する問題も同じである。だが自然選択によって作られた本来きちんとした役割のあるメカニズムが、不必要に働いてしまうことがある。
しかも、そのせいで感情的に苦しむ結果になることもしばしばだ。
自然選択による作用
一方、不快であっても、遺伝子にとってはメリットのある感情もある。
例えば、どうにも抑えがたい浮気心は必ずしも個人のためにならないが、長い目で見れば遺伝子は得をするかもしれない。
もちろん、そうした感情がいつも役立つわけではない。ただ有益な機能があるということだ。
感情を制御するシステムは自然選択によって形成された――ゆえに私たちにメリットがあるときもあれば、遺伝子にメリットがあるときもある。
あるいは警報が間違って鳴ってしまっているときもあるし、ただ脳が壊れているだけのときもある。
気分の落ち込みには2つのメリットがある
気分が落ち込むのは嫌なものだ。
しかし、この感情ですら有利に働く場面というものがある。
たとえば、人間以外の生物にとって、エネルギーを消費しても目的を達成できないのなら、ひとまず待機して、エネルギーを温存したほうが有利になるだろうことは直感的に分かるだろう。
つまり気分が落ち込んで、やる気を失くしてしまうことで、無駄なエネルギーの浪費を抑えることができるのである。なにか上手い戦略が見つからなさそうなら、完全に諦めてしまうのも手だ。
だが人間の場合、つねに食べ物を求めて、探し回っているわけではない。私たちは社会的な成功を求める存在でもある。これはきわめて複雑かつ反復的な作業である。
配偶者探しや職探しはそうやすやすと成功するものではなく、その都度諦めてしまっては何も得られない。
しかし、こうしたときにも落ち込んで、やる気を失うことが役に立つ。こうした気分が、上手くいかない戦略はひとまず諦めて、上手くいく戦略を考慮するよう促すからである。
もちろん、気分が落ち込む度に、その感情の声にすべて従えというわけではない。そうではなく、そうした気分を受け止め、それが私たちが今行なっている行動について何を告げているのか、一旦立ち止まって考えてみるといいということだ。
photo by istock
気分の落ち込みが正常な対処メカニズムでも治療はすべき
進化心理学から学ぶことができる一番実用的な知見は、防衛反応を抑制することのメリットとデメリットをよく考えるべきであるということだ。
咳や発熱は苦しいものだが、これにはきちんとした役割がある。こうした症状を抑えるべきかどうかは、そのメリットとデメリットを慎重に勘案しなければならないだろう。
うつ病や不安神経症は、危険に対して過敏に反応してしまった闘争・逃走反応であるが、命の危険があるのにそれに警報がまったく反応しない状態よりはマシかもしれない。
一方で、落ち込みには有益な側面があるのだから、それを薬で治すべきではないという声も聞かれる。だが、ネッセ教授の意見は、これとは正反対だ。
正常な落ち込みであっても辛かったら、すぐさまできる治療を行うべきである、と教授は述べている。
photo by istock
遺伝子は精神疾患にどのような役割を果たしているのか?
双極性障害、統合失調症といった精神疾患には、遺伝子が強く関係していることが知られている。発症するかしないかは、その人がどのような遺伝子を受け継いだかによるという考え方が一般的になっている。
これらの精神疾患の症状は非常につらいもので、患者の適合度を大幅に減らしてしまう。それなのに、進化の過程で自然選択によって取り除かれずに、現代まで残った。
これは精神医学にとって、大きな謎なのだ。
ネッセ教授は、人類が何らかの目的により、精神疾患者の子孫を世に広めていった時期が、歴史のどこかで発生したと考えている。
References:Susceptibility to Mental Illness May Have Helped Humans Adapt over the Millennia - Scientific American/ written by hiroching / edited by parumo
あわせて読みたい
うつ病や不安神経症と高い知能に関連性があることが示唆される(米研究)
統合失調症は8つの遺伝子疾患の集合体という研究結果が発表され、遺伝学者のあいだで論争に
創造性と精神疾患に関連性。創造性豊かな人ほど精神に異常をきたしやすい傾向(スウェーデン研究)
大規模な遺伝子研究から、ADHDに関連する遺伝子変異型が初めて特定される(国際研究)
うつ病の人こそが世界を正しく認識しているという説:抑うつリアリズム理論
この記事が気に入ったら
いいね!しよう
いいね!しよう
カラパイアの最新記事をお届けします
「人類」カテゴリの最新記事
「料理・健康・暮らし」カテゴリの最新記事
この記事をシェア :
人気記事
最新週間ランキング
1位 3674 points | アメリカで新たな動物保護法案が提出される。虐待者には最大7年の懲役 | |
2位 2213 points | 顔の中心で愛を叫ぶ。鼻にハートを持つ奇跡のダルメシアン(アメリカ) | |
3位 1827 points | 猛毒のクモに噛まれた衝撃を再現!辛いというか痛いの?超激辛ソース「ヴェノム(毒)」が爆誕! | |
4位 1521 points | すごく巨大です。オオカミの血を色濃く残すウルフドッグ。一緒に写った女性との大きさ比較(アメリカ) | |
5位 1459 points | 恐竜や宇宙など、特定のテーマに強い興味を抱く子供は賢くなるという研究結果(米研究) |
スポンサードリンク
コメント
1.
2. 匿名処理班
すべてに意味を見出す必要はないと思うがなあ
単にそういう疾患の遺伝子持ってた人が
たまたま美女とか運動能力すごいとか他の要素があって、子孫残すのに有利だっただけかもよ
3.
4. 匿名処理班
文化によっては、精神病の人は優れたシャーマンとして重宝されたんじゃなかったっけ。
5. 匿名処理班
システムが複雑過ぎると、何処かしかにバグが出来るだろ。
人間も同じ、みんな何処かイカれてる。
それがデカくて致命的であれば精神疾患、小さければ正常の範囲ってだけ。
6. 匿名処理班
自然選択でなぜハゲが残った?は禁止です。
7. 匿名処理班
つらい。しごとはじまってらばかりだけど毎日がしんどいーー」
8. 匿名処理班
アメリカは何でもかんでも精神病にしすぎ
9. 匿名処理班
狩猟採集の単純労働でストレスがない⇒精神疾患が発生しない⇒繁殖可能
ストレスで病気が発生しやすくなったから、一部の自助会や悲劇のヒロイン病の人が子供を作る以外では淘汰されていくんじゃないのかな?
10.
11. 匿名処理班
うつとうつ病の違いを少し。
うつ状態には誰でもなるし疾患ではない。
うつ病はそこから帰って来れないないから病気なんだ。
分裂病でも似たところがあって妄想は誰でもする。
でも妄想に取り付かれて生活に支障がでるまで問題はない。
心の声もそう、突然ひらめくこと、悪いことをするとき「いいのか」と疑問がわく。
四六時中、悪口が聞こえたりするのがおかしな状態。
記事ではその辺り、区別できてないように感じるのは獏だけだろうか?
12. 匿名処理班
原因が完全には解明されてないから、かと思った。
あと、今まで病気と思われていなかった・本人や周りが認めなかったことっていっぱいあると思う。
外見に起きた異常なら客観的に「病気・障害」だってわかるけど、精神病や神経症はなかなかわかりづらい。鬱の人や発達障害の人に「甘え、気のせい」と言ってしまうのもそういう理由が大きいと思う。
本人だって自身に何が起きてるか理解しきれなくて、説明もうまくできない。
そして「おかしい」と思ってもそれが「病気・障害」だと思われない。恥だと思って認めようとしない・隠そうとする人たちも多い。
日本だと精神科って、他の病院と違って気軽に受診しようって思うところじゃないよね?昨今は広まってきたのかなと思うけど。
そんな感じでどれだけ患者がいるか、どういう症状が存在しているのかがわかってなかったんじゃないかなぁ。
13. 匿名処理班
うつ病になって何もかもが嫌になって3年ぐらい寝て過ごした。
残り一年は生き方を変えて余裕をもって生活し健康を心掛け、そして失敗に対して考え方を変えた。
なるほど、生存競争の為のプロセスとしては確かにうなずける説だな。
就職してとりあえず両親安心させたから次は家庭を持つのが夢。
14. 匿名処理班
必要か不必要かに関係なく、
完璧にプログラミングできないから、エラーはどうしても出てしまう
それだけ
15. 匿名処理班
>>2
ナイス!!
そうだ、そうだ!そうに違いないよ!
16. 匿名処理班
※7
少しやすみましょうら
17. 匿名処理班
※5 ※14
バグとかエラーに例えてもらえて、とても分かりやすい。(個人的に)
たぶん脳も日々修正を試みてるだろうけど、人間、思ってるほどマルチタスクじゃないもんね。…だよね?
18. 匿名処理班
病むほどおかしな社会システムなんだよ。
ある程度の貯金があって田舎で太陽の動きとともに暮らせば本当に生きてること自体が日々嬉しくて幸せなんだ。色彩も音も何もかもが心地よく。流れる川の水を飲み、綺麗な魚や健康的なベリー類を食べれば気分はますますハッピーに。
だけど都会じゃ毎日灰色のコンクリート見て、家賃や食費の心配のために働いて、狭い空間で他者との繋がりも気にしながら…っておかしくなるんだ、ゴラァψ(`∇´)ψ。自分が悪いと思うタイプなら鬱傾向か…(´;ω;`)
ってなるんだと思う。
19. 匿名処理班
人類が共存とか社会を維持するのが難しくなってきてるのかと日々思う
人口密度のせいなのか科学技術の発展のせいなのか知らんが
意味不明な殺人とかって個々に理由があるというより単なる機械的なエラーなんじゃないの?とか思うし
精神疾患もまた然りで
20. 匿名処理班
そもそも病気や障害、逆に言えば『健常者である範囲』って、人間が勝手に定義づけているに過ぎない。
共同体が大きくなるにつれ、その方が効率が良いから線引きをしているだけの話。
21. 匿名処理班
子供を残せる年齢まで生き残れる&健康な子供を作れる、の条件が他の個体より不利にならないなら、多少の瑕疵は自然選択では消えないんじゃないか?
22. 匿名処理班
三ツ目が普通の国があったとしたら二ツ目は異常者
どこから物差しをスタートさせたのか?それを決めるのは誰なのか?少なくとも精神科医ではないと思うがね