【モバマス】Goodbye, Happiness.
「いえ、そんな……プロデューサーさんがわるいことなんて、ひとつもありませんから……」
時刻は午後9時30分を少し過ぎたあたり。撮影が少し長引いた分、みんなの顔に疲れがたまっているように見える。
共演の俳優さん、カメラマンさん、音響さん、メイクさん、監督さん、そしてプロデューサーさん。
11月の後半にもなれば、気候はもう冬だ。いくら九州に来ているとはいえ、肌寒く感じる夜もある。
プロデューサーさんが気を使って自分のコートを私にかけてくれているけど、私にはみなさんが気を使ってくれる分、プロデューサーさんはプロデューサーさん自身を大事にしてあげてほしい。
このセリフは、今撮影している映画での、私の台詞。確かにそうなのかな、ともおもえるし、そうじゃないかもしれない、とも思う。
自分がいちばん幸せにしなければいけない人間は、自分なんだと、学校の道徳の授業で教わった気がする。
自分のことをいちばんわかっているのは自分なんだから、だから、と。
でも、私のこれまでの人生を振り返ってみると、自分が自分のことをいちばんよくわかっているなんて言えない。
環境の変化の濁流に飲み込まれたとき。考えよう、なんとかしようとは思っても、日々をなんとかやり過ごすのに精一杯で、自分だけではどうしようもない。
私がそう思っていなくても、そう思わなければいけない状況に、何度も遭遇した。
でも、私はそこで「いいえ」と言えない私のことが、実は、とても嫌いだったことを、少なくとも私自身はわかっていなかった。
「嫌なものは嫌だ」と言えないことが、口に出さなくとも、口に出せない状況に身をおいていることが、ひとの心をあんなにも蝕んでいくなんて知らなかった。
見えない糸に縛られていた私に、「ほんとうは、そんな糸なんて無い」と教えてくれたのはプロデューサーさんだった。
澱んだ「空気」という常識から私を連れ出し、清白な月の下に導いてくれたのは、プロデューサーさんだった。
今の私があるのは、プロデューサーさんのおかげ。
月の下で舞うシンデレラになろうと思えたのは、プロデューサーさんのおかげ。
私のことを、私以上に知っている───魔法使いさんのおかげ。
シンデレラは魔法が解けるのが怖くて、お城から逃げてしまったけど。
私は魔法が解けてしまっても構わない、なんてことを思ってしまっているんだから。
魔法使いさんが用意してくれた、綺麗なドレスとガラスの靴。
きらきら輝く、真紅の華が舞い散る舞踏会。
私のためだけの物語。
そんな物語を全て捨ててしまってもいいと思ってしまうんだから。
ごめんなさい、プロデューサーさん。
私、ちゃんと王子様に恋することができなかったんです。
王子様を大事にできない、お姫様にはふさわしくない、はいかぶりの少女。
でも、わからないんです。
どうして私は、私のための舞踏会を捨ててもいいなんて思えるのか。
魔法使いさんがあんなに頑張ってくれたのに、それを全部捨ててもいいなんて思えるのか。
きちんと王子様を見つけて、ちゃんと恋ができなかったのか。
どうして私は魔法使いさんのことばかり考えてしまうのか。
私は私がわからない。だから私は、私を愛することができないし、私以外の誰かを愛することなんてできないのかもしれない。───私の台詞によれば。
ほら、やっぱり、違うんじゃないかしら。そう思えてきました。
だって私は───私は。
私は───あれ?
あれ?
「ふぇ?まーまー、いいじゃないれすか、きょうくらいはー。お仕事もうまくいきましたし、あしたの出番はゆうがたからですしー。」
「まぁ明日はたしかに午後からなんですが、なんというかその……いや、美優さんがいいなら私はいいんですが……いやよくないんだけど……」
時計の短針と長針が真上を指して重なる。駅近くの居酒屋は閉まるのが速い。ここが大都市ではないことも関係しているのかもしれないが、日と日の間の物語の照明は随分と暗い。
街灯は少なく。
人通りは少なく。
「そんなこと言ってもういっぱい飲みましたよ。まったく、お友達が増えたのはいいんですが、酒癖まで彼女たちに似る必要なんてないだろうに……!」
「あ~~~プロリューサーさぁん!また違う人のおはなし!!もっと私をみてくりゃさいよぉ~!」
「はい、はい。見てます見てます。見てはいけないところまで見ている気がします。」
しかし、物語は多い。
寂れた商店街が眠る中を男女が歩いていれば、それだけで物語が生まれるというのに。
その女性が、今をときめくアイドル三船美優で。
その男性が、今にも倒れそうな魔法使いならば。
これだけで物語のタネは尽きないというものだ。
美優とプロデューサーは、駅の近くに宿を構えている。
だから夜遅くなって「軽く打ち上げをしたい」というお願いを叶えるのはやぶさかではなかった。
失敗したのは、打ち上げ場所の居酒屋を、駅のホームを挟んでホテルと反対側にとってしまったことだ。
歩けば5分。しかしそれは素面(まともな状態)のときである。
いつもは羽がついたかのように踏み出せる一歩が、今は鉛がついているかのように重い。しかも今日は実際に鉛がついているのである。もとい、泥酔して歩けないアイドルがついているのである。
「しょうがない、近場だけどタクシーを呼ぶしかないか。ちひろさんに怒られるかなぁ……」
しかしこの判断は正しくない。いや、正しいのは正しいのであるが、それは叶えられない正しさである。
この場所が東京、横浜、大阪、名古屋、札幌、仙台、そして博多のような大都市圏であれば、プロデューサーのとった行動はどこからどう見ても正解だろう。
しかし、いわゆる大都市圏に住んでいる人は知らないかもしれない。
手を上げれば、物語を強制的に終わらせる、鉄の馬車。
人はそれをタクシーと呼ぶ。
地方都市では。「地方」というのは。
極めてタクシーの数が少ないのだということを。
「歩けばエンカウントするだろう」なんて考えは。
油断の極みに達する考えであるということは。
15分待って、プロデューサーは身をもって知ることになる。
「……え、おぶんの……?」
「……どう、して……」
国境の長いトンネルを抜けると雪国であったのは川端康成だが。
朝目覚めたら同じ部屋で人生の恩人たる男性が寝ていたのが三船美優である。
しかし彼の名誉のために付け加えれば、彼は決して同じ布団の中にいたわけではない。
服を脱ぎ捨て、いかにもなにかコトを済ませたかのような雰囲気もない。
彼は昨日と全く同じ服装のままで。
ベッドから部屋のドアに向かったであろうことが読み取れるような状況で。
床に突っ伏していたのである。
「え、えと……あの……プロデューサーさん……?」
美優がおそるおそる声をかける。そういえば昨日の夜の記憶がない。どうやってこのホテルの部屋まで辿り着いたか定かではない。
朧げながら、安心できる匂いに包まれていたことは記憶の片隅に存在する。
美優はその片隅の記憶から、記憶全体を復元しようと試みた。
結果から言えば復元には至らなかったものの、大部分を推測で補うことができた。
そして今のこの状況を、美優は正確に把握した。これ以上ないくらい精確に把握した。
「私……また何かやっちゃいましたか……?」
異世界にでも飛び立てればいいのにと。美優は昨日の自分を呪いながら、恩人になんと謝ろうかと悩みながら1日を始めることになった
2ヶ月後。
新年になったかと思えば、その最初の一月は過ぎるのが早い。
特に年末年始にかけては仕事もプライベートもみっちり詰まっていた。
ありがたいことに、私が出演した映画は、今年最初の動員一位を記録した。
プロデューサーさんからも「よく頑張りましたね」とお褒めの言葉をいただき、顔がにやけていたところを、友人たちに捕まってしまった。
何度目かの新年会。
2ヶ月前の話を話すのは、その、だいぶ躊躇われるのだけど。
今日は飲み会の途中で私が出演した映画の話になったので、酔った勢いもあり、口を滑らせてしまったのだ。
それでも、ここがどこかのお店ならば私も自制できたのだろうけど、楓さんのお宅にお邪魔していたということも、要因としてはかなり大きかった。
「え、えええ!?ヤるってその……ううう……そ、そんなことしません!」
「美優ちゃん、そこはたぶんはぁとでもグッといくぞ。こう……グッとな。」
「はぁとちゃんでも、というかはぁとちゃんなら、でしょーそれは。本当のギルティは捕まっちゃうからやめなさい。」
「お?はぁとの扱いが酷いぞ☆」
「そそそそそそれで美優さん!そのあと、そのあとはどうなったんですか!?何かありましたか!?」
「なんかパイセン必死じゃね?てか美優ちゃんいるのに飲んでていいんだっけ?」
「ひ、必死なんてそんないやそのあのそんなことないですよったらないですよ!それにナナはお酒なんて飲んでいませんよ!オレンジジュースと麦ジュースだけです!だからセーフです!セーフ!」
「ま、深くは聞かねぇことにするわ☆」
「ほぅら、菜々ちゃんもそんなにがっつかないの。……まぁ気持ちはわかるわ。美優ちゃん、それでそれで?」
「え、ええぇ…!?その後、なんてありませんよぅ……!」
「かくして、秘密を隠してしまった美優さんなのでしたー。うふふっ。」
「楓ちゃん今日好調じゃない。」
「言うほどか?☆」
夜は更けていく。
あの頃のままなら決して得られることのなかった、心からの友人たち。
その友人たちと語らい、泣き合い、笑い合い。
「ああ、楽しい。」
その言葉は声になったかどうかわからない。でも、そんなことはどうでもよかった。
ねぇ、魔法使いさん。私に魔法をかけてくれてありがとう。
私を選んでくれてありがとう。私の手を取ってくれてありがとう。
プロデューサーさん。だから私は、魔法が解けても構わないって、本気でそう思えるんです。
だって、私は確かにあの日あの時あの場所で───あなたに会えたから。
「自分の足で歩けるよ」って、言ってもらえたから。
折れたヒールをいつまでも大事にしていた私に、一瞬でもガラスの靴をくれたのだから。
だから私は、歩いて行けます。
今の幸せだって、永遠に続くわけじゃない。だけど、私はもう、自分が一歩を踏み出せることを知っています。そしてあなたと一緒なら、その一歩をずっと続けていけるだろうな、と思っています。
過去の私が幸せと呼んでいたもの。
現在の私が幸せと呼んでいるもの。
その幸せにさよならを告げてでも。
未来の私が幸せと呼ぶものを掴みたいと、そう思っているから。
プロデューサーさん。
明日も私は、あなたのことを想って生きていきます。
雪が街灯に照らされ、いっそう白く輝いている。
夜の闇は失われ、深い時間帯だというのに、遠くまで視界が届く。
人の歩いたように雪が形を変え、濡れたアスファルトが光を吸収する。
彼女たちの声は、彼らには聞こえない。
彼女たちの時間は動き続けている。
一方、時間が止まったまま動き続ける、「かつての彼女」に似た人々。
「この三船美優ってアイドル、可愛いな……」
とある女性がビルに設置された大型テレビジョンの前で足を止める。
今日最後の宣伝が流れ、そして電源が落ちる。
『自分を大事にできない人間に、だれかを大切にすることなんて、できると思いますか?』
───明日は会社を休んで、映画を観に行こう。
踏み出した一歩は、他の誰かとは違う、かつての誰かとも違う、今の自分だけの物語を作る。
今日から始まる、今までの私のストーリーが、明日へ続いていく。
小さな喜びを胸に、今日も誰かが自分だけの人生を送っていく。
誤操作で4レス目から話が始まる感じになっていて申し訳ない。
そしてもしよければ、第8回シンデレラガール総選挙で三船美優さんをよろしくお願いします。
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コメント一覧 (1)
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- 2019年04月23日 21:36
- 孕め!Pの子を!
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