女「君はロックなんか聴かない」
そのギターの音は、ぼくには耳障りだった。
毎日、夜になると、彼女はギターをかき鳴らして大声で歌う。
怒鳴るような歌い方で。
それに群がるみんな。
娯楽に飢えているんだ。仕方ない。
わかっちゃいるけど、でもぼくには、どうも理解できない。
世界が滅びて数か月。
ぼくたちは「なぜか」生き残り、ここで集まって暮らしている。
ギターを弾いて歌う、ロックが好きなお姉さん。
今でも毎日スーツ姿の、元サラリーマンのおじさん。
ぼくみたいな子ども。
1歳にもならないような赤ん坊。
腰の曲がったおばあちゃん。
などなど、全部で12人。
ばらばらだ。
どうして他の人が消えてしまったのかも、よくわかってない。
ただ、死ぬのは怖いから、頑張って生きている。
それだけだ。
~~~~~
「ねえ、どうしてそんな音楽をするの?」
「え? どういうこと?」
ぼくはいつも、お姉さんが乱暴な言葉遣いの音楽をすることを変だと思っていた。
こんなに優しくて、穏やかで、明るい人なのに。
ギターを握れば、「死ね」とか「くたばっちまえ」とか。
「ぶっ飛ばす」とか「地獄に堕ちろ」とか。
普段そんなこと、絶対言わないのに、どうして音楽ではそんな言葉遣いなのか。
「あれ、お姉さんが作った曲なの? それとも、誰かの曲なの?」
「ほとんど自分で作った曲だよ」
「じゃあ……お姉さんは、いつも心の中で、あんなふうに思ってるの?」
「あんなふうに、って?」
「『死ね』とか、『地獄に堕ちろ』とか」
「ああ……」
お姉さんはしばらく考えた後、変なことを言った。
「昔のわたしは、そう思ってたみたい」
昔の、ってことは、今のお姉さんは思ってない、ということだろうか。
「まあ、そんな感じだね」
「世界が終わっちゃう前のわたしは、心が汚かった」
「うじうじしてて、卑屈で、誰かに手を引かれるまで動けない子だった」
「いつもほんとは色んなことにイライラしてて、だけどそれを内緒にしてて」
「音楽にぶつけるときだけ、本心で話ができたの」
そうなのか。
ぼくは、今のお姉さんがイライラしてないだろうかと心配になったけど。
でも、いつも心穏やかに見えるから、もう大丈夫なんだろう。
「じゃあ、世界がこんなふうになっちゃって、お姉さんは心がきれいになったの?」
「それは……ちょっと違うかも」
違うんだ。
ほとんど人がいなくなったから、人に優しくなったり。
こんな世界だから、植物や食べ物に感謝したり。
そういうことだと思ったのに。
どう違うんだろう。
実際ぼくは、前よりもっと、ご飯に感謝して大きな声で「いただきます」って言うようになったのに。
「わたしはね、たぶん心がきれいなふりをしているだけなんだよ」
「これは、本当のわたしじゃなくて、きっとなにか別な……」
そこまで言って、お姉さんは黙り込んだ。
「どうしたの?」
そう聞いても、悲しそうな顔でうつむいたままだ。
泣きそうな顔にも見える。
なにか悪いことを言ってしまったのかと思い、ぼくは口を開けなかった。
しばらく経って、お姉さんは無理に僕に笑いかける。
「難しい話、しちゃったね」
そんなことないのに。
お姉さんのことなら、なんでも知りたいのに。
だけど、それ以上、なにも話してはくれなかった。
~~~~~
「どうしてわたしたちが生き残れたか、考えたことある?」
お姉さんが、唐突にそう言った。
ぼくはそんなこと、考えたことなかった。
ただ、お母さんがいなくなって、お父さんがいなくなって、悲しくて泣いていた。
だから、どうしてぼくだけなのか、それが全然わからなくて。
考えようともしなかった。
「ね、どう?」
お姉さんは、ほかの人たちに尋ねていく。
みんな首をかしげて、わからない、って顔してた。
「わたしね、世界がこうなっちゃう前に、神様に会ったことあるんだ」
「え、神様?」
みんな、びっくりしてた。
だけど、その言葉を馬鹿にしたように笑う人は一人もいなかった。
お姉さんも、冗談を言っているような顔ではなかった。
「そ、神様。見た目は……神様っぽくなかったけどね」
本当の話なんだろうか。
「信じてくれる?」
神様なんて、いないと思ってたのに。
「彼がね……予言したの」
「この世界が終わってしまう、って」
お姉さんは神様のことを「彼」と呼んだ。
恋人だったのだろうか。
神様に対しての言い方っぽくなくて、ぼくはちょっと変だなって思った。
だけど、まあ、そんなことは些細なことだ。
「だからお前は生き延びろ、って」
「その汚え心をオレが奪ってやるから、だから生き延びろ、って」
「そして、ずっとロックを歌い続けろ、って」
「そう言ったの」
汚い心を奪う?
そうすると生き延びられる?
「心を奪う」って、もっとロマンチックなときに使う言葉じゃないだろうか。
「わたしにもよくわかんなかった」
「世界が滅びて、初めて、『ああ、ほんとだったんだ』って思ったくらいだったし」
「だから、生き残ったみんなも、そんな経験してなかったかな、と思って聞いてみたの」
ぼくにはなんにも、思いつくことがない。
神様なんて、毎日お参りしてもお祖母ちゃんの病気を治してくれなかったし。
ぼくの前に現れてくれたこともないし。
だからいつのまにか、神様なんていないって、思ってた。
いないと信じたかったのかもしれない。
ぼくは唇を突き出して、渋い顔で首を振った。
「そういえば、むかーし、わしんとこにおいでなさったあの子も、神様じゃったのかねえ」
おばあさんがつぶやいた。
「え? おばあちゃんも会ってたの?」
お姉さんが驚く。
「あの子が本当に神様かどうか、わからんけどねえ」
そんなこと、あるんだ。
神様って、いるんだとしたら髭の長いおじいちゃんだと思ってた。
でも、「あの子」なんて言うからには、子どもなんだろうか。
全然想像がつかない。イメージがわかない。
「わしんとこに昔来てくれてたのは、日本人形さんみたいなお嬢さんだったねえ」
「へえー、女の子だったの?」
神様って、女の子なんだ。
でも、それはそれで神様っぽいような気がした。
座敷童のすごいバージョンみたいな感じかな。
「え、わたしのとこに来た奴と全然違う」
お姉さんが眉をひそめる。
神様って、二人いるのかな。
それとも、姿を好きに変えたりできるのかな。
他には、神様を見たって人はいなかった。
だけど、お姉さんとおばあちゃんが言うには、ほんと、人間と見分けがつかないらしい。
「自分で『神様だ』って名乗ってなかったら、ただの人間よ、ほぼ」
「名乗ったところで、うさん臭かったんだけどね」
「だからもしかしたら、みんなも気づいてないだけで、ほんとは出会ってたりするのかも」
お姉さんが会ったのは、金髪で怖いお兄さんらしい。
おばあちゃんが会ったのは、日本人形みたいな女の子。
どちらも、ぼくの記憶にはない。
「んー、違ったかー」
お姉さんが残念そうにつぶやく。
「っしゃ! 今日もライブの時間だ!」
夜になり、お姉さんはまたギターを担ぐ。
ぼくが出会ってから、一度も欠かしたことがない。
たぶん出会う前もずっと、同じようにやっていたんだろう。
時間も、いつもぴったり同じ。
どうして毎日同じ時間にギターを弾くの? と聞いてみたことがある。
そのときは、「クセになってんの」という答えだった。
よくわからない。
~~~~~
生き延びるためには、食料がいる。
快適に暮らすには、住居がいる。
あとお風呂とかベッドとかも。
それから、水が絶対必要だ。
そういうわけで、生き残った人たちは、なんとなくこの大きな病院に集まってきていた。
水道は生きている。
ベッドもシャワーもある。
電気も少ないけど、ちゃんとある。
そして、このあたりで最大のショッピングモールに足を運べば、食料も手に入る。
ふらふらと街をさまよっていた人たちが、少しずつ集まり、いつのまにか大所帯になった。
でも、小さなバイクで大人たちが見て回った限りでは、この辺にはもう人がいないようだった。
「大きな通り一本違っただけでも、もう気づかないからなあ」
病院に集まっているとはいえ、「ぼくたちはここにいるぞ!」とアピールしているわけでもない。
もしかしたらこの辺を通った人がいるかもしれないけど、気づかないだろう、というのだ。
「チラシでも作るかあ」
サラリーマンのおじさんがやる気を出した。
ごく普通のおじさんだけど、すごく優しくて好きだった。
「手伝うよ!」
ぼくもなにかできたら、と思ってそう言った。
「おお、うまいうまい、たいしたもんだ」
おじさんはぼくの頭をぐりぐりとなでて、嬉しそうに言った。
チラシに載せる絵を描いてくれ、と頼まれたので、クレヨン片手に奮闘したのだ。
「子どもらしさもあるし、明るさもある」
「色づかいが派手で、勢いがある」
「おじさん、絵のことはよくわからないけど、これはいい絵だな」
学校でこんなに褒めてもらったことはない、ってくらいにおじさんは褒めまくった。
「ぼくたちはここにいるから、生き延びた人はおいで!」というコンセプトのチラシだ。
これをちょっと遠くまで貼りに行って、生き延びた人がいれば目に入るようにしようということだった。
「そうだ、ギターを持った女の子も描いてくれないか?」
「お姉さんを描くの?」
「そうそう、きっと目を引いて、素敵なチラシになるよ」
おじさんも、お姉さんのギターが好きらしい。
穏やかそうに見えて、あんな激しい音楽が好きだなんて。
ぼくは意外に思った。
「それはね、僕にはできないことをやっているからだよ」
「だから余計、眩しく見えるんだ」
おじさんは恥ずかしそうにそう言った。
確かに、おじさんがギターを持って同じことをしたら、すごく変かもしれない。
「まあ、そういう人もちゃんといるんだけどね」
「それって、変じゃない?」
「変じゃないんだ、それがすごく格好悪いのに、格好いいんだ」
格好悪いのに格好いい?
「大人になればわかるよ」
そういうもんなんだろうか。
ぼくの描いた絵をコンピュータに取り込んで、いろんな種類のチラシができた。
目を引くように、色は黄色が多かった。
チラシを作るのはあっという間だったのに、印刷するのにずいぶん時間がかかっていた。
「コード」ってのがなかなか見つからなかったらしい。
「本当は、ヘリコプターからばらまいたりするのが一番いいんだがなあ」
「ヘリコプターなんて、ないよ?」
「うん、もし、あったら、っていう話だよ」
大昔、戦争のときや、まだネットワークが完備されていない時代、そうやって国民に知らせたんだそうだ。
確かに今、ネットワークはほとんどダメになっちゃっているから、有効な手段かもしれない。
倉庫に眠っていたラミネート機を使って、ぼくたちはせっせとチラシを作った。
雨にぬれても破れないように。
色んな所に貼れるように。
「ねえ、人数が増えたらまた作り直さないとね!」
「そうだね、すごい人がやってくるかもしれないもんね」
「すごい人?」
「マスクの派手なプロレスラーとか」
「すごい! それ、絵に描きたい!」
「神様とか」
「そうだよ神様! こんなときにこそ来てくれないと!」
何人かの大人たちで、後日チラシはばらまかれた。
人通りの多そうな道を中心に。
といっても、今、その通りは人っ子一人いないらしいけど。
もし生き残った人がいれば、通る可能性が高い道、だそうだ。
こんな田舎に、わざわざやってくる生き残りの人がいるかどうか、怪しい。
でも、なにもしないよりもよっぽどいい。
仲間が増えることは悪くないことだ。
逆に、一人ぼっちの人がいるなら、仲間に加えてあげたい。
ぼくはお父さんとお母さんを失ったけれど、このばらばらの家族みたいなコミュニティは、好きだ。
居心地がいいもんね。
なにしろ、うるさく言う人や、いじわるする人が一人もいない。
みーんな、とってもいい人だ。
~~~~~~
あるとき、お姉さんの後ろでサラリーマンのおじさんがバケツを叩きだした。
「おじさん、なにをしているの?」
「いやあ、僕にはギターが弾けないけどね、見よう見真似でドラムをやってみたいな、と思って」
「ドラム?」
「そう、本当は機材がちゃんとそろってたら、もっと格好いい音が鳴らせるはずなんだけどね」
おじさんは清々しい顔をして、ぼくにそう言った。
次の日、バケツが増えていた。
様々な音を鳴らし、おじさんは満足そうだった。
お姉さんのライブは毎日続いていたが、ぼくはあまり見に行かなかった。
大きな音が苦手だし、言ってる内容がひどいし、いいことがない。
おじさんが頑張っているところはちょっと見たいとも思うけど、ぼくの足は重かった。
「おっし、今日もやっか! たまには見に来ないか?」
お姉さんが薬指を立てながらぼくを誘う。
「……行かない」
「そ」
お姉さんは特に残念そうなそぶりも見せず、中庭に出ていった。
~~~~~~
「リサイクルショップを見つけたんだ」
そう、嬉しそうに報告している人がいた。
「トラックが出せたら、いろいろ便利なものが持ってこれる」
そうして、大人たちがぞろぞろと出かけていった。
ソファとか、毛布とか、そういうのが増えたら嬉しい。
だけど、大人たちが持って帰ってきたものは、ぼくの期待したものとは全然違っていた。
「なにこれ」
ぼくが尋ねると、大人たちは嬉しそうに教えてくれた。
「これはベース。ギターに似てるけど、全然音が違うんだ」
「これ、ドラム、おじさん、やっぱり本物が叩きたくなっちゃってねえ」
「これにつなげば、大きな音が出せるんだ」
「ほら、発電機も見つけたぞ」
「シールドも、質のいいのがそろってたよ」
もう、全然なにを言っているかわからない。
ただ、誰も彼もすごく嬉しそうにしてる、ってことだけは分かった。
それから、お姉さんのライブはずいぶん人数が増えた。
サラリーマンのおじさん以外にも、楽器を弾きだす人が増えた。
昼間、なにもやることがない時は、いつもお姉さんが楽器を教えていた。
「技術よりもね、結局はハートよ、ハート!」
「小手先でうまく弾こうとするよりもね、勢いに任せてやった方が輝くのよ」
「ロックってそういうもんでしょ?」
中庭でのライブは、どんどん派手になっていった。
ビッグバンドみたいになっていった。
それがぼくには、面白くなかった。
~~~~~~
「ねえ、君もいっしょにやらない?」
とうとう言われてしまった。
今やお姉さんのバンドは、6人にもなっていた。
この集まりの、実に半分だ。
お婆さんや赤ん坊はさすがに参加しないけれど、若い人はほとんど参加している。
「簡単な打楽器とかさ、コーラスとかさ、どう?」
「男の子の声って、コーラスにすっごい向いてると思うんだよねえ」
「ね? ね?」
「……いやだ」
ぼくはそう言った。
お姉さんのことは好きだ。
ここにいる人たちのことだって、みんな好きだ。
だけど、そんな人たちが口をそろえて「死ね」とか「地獄に落ちろ」なんて歌う。
それがぼくには、どうも気持ち悪い。
「ぼく、『死ね』とか『地獄に落ちろ』なんて、歌いたくない!!」
バン!!
勢いよく閉めたぼくの部屋のドアは、思いのほか大きな音を出した。
頭の中が熱い。
ぐちゃぐちゃになる。
お姉さんは好きなのに。
だけどあの音楽は嫌いだ。
大っ嫌いだ。
~~~~~~
昨日、結局ライブはやらなかったようだ。
バンドメンバーのみんな、ぼくの方をちらちらとうかがっている。
ロックが嫌いだってことは今までも言っていたけど、昨日ほど明確に伝えたことはなかったから。
だから、みんなこちらを気にしている。
遠慮している。
昨日ライブをやらなかったらしい、ということも、ぼくは気に入らなかった。
それからしばらく、楽器は鳴らなかった。
お姉さんは一人で鼻歌を歌うことが増えた。
それもすごく居心地が悪くて、イライラした。
ぼくは見に行かないだけで、ライブでもなんでも勝手にやればいいのに。
中庭の畑の世話をしながら、イライラしていた。
最近の食事がいっつも同じ内容になってきたことにもイライラしてきた。
この理不尽な世界の変わりようにも、どうしようもなくイライラしていた。
~~~~~~
「ん」
ある日、お姉さんが紙とペンを手渡してきた。
「希望に満ちた詩、書いてほしいんだ」
詩なんて、書けない。
学校でも、国語は苦手だったのに。
「『死ね』とか『地獄に落ちろ』なんて言葉を使わなくても、ロックはできる」
「そんなことも、忘れてたよ」
「だから、君が希望をもって歌えるような詩を、書いてほしい」
チラシの絵を描いた時のように、簡単にはいかなかった。
だけど、お姉さんの歩み寄りは少し嬉しくて、でも気恥ずかしくて。
……ロックなんて嫌いだけど、なんとかして詩を書いてやろうと思えた。
「遥か彼方……虹……んー違うなー」
「まっすぐ……きらめく……んー」
言葉をうまくつなぐことができない。
でも汚い言葉はあまり使いたくない。
「この世界に絶望なんてしてやらねえぞ! って感じの曲はどうだい?」
おじさんは、ぼくが頼るとすごく嬉しそうに相談に乗ってくれた。
ここ最近、ライブがなくてしゅんとしていたのが嘘みたいにウキウキしている。
「こんな世界にしやがって神様こんちくしょうめ! ぶっとばす! みたいな」
「あ、あんまり汚い言葉は好きじゃなかったよね」
「じゃあほら、ぶっとばす代わりに『ロックしてやる!』とか叫んだり」
おじさんは言いながら、薬指を立てた。
お姉さんもよくやっていたポーズだ。
「その、指を立てるポーズ、どういう意味なの?」
「ああ、これかい? これは……」
おじさんは恥ずかしそうにしながら、笑って言った。
「中指を立てる勇気のない者が、精一杯反抗してみるポーズだよ」
ぴ、と指を立てて。
でもその顔は、勇気のない者の顔ではなかった。
希望に満ちた、前進する者の顔だった。
「『虹』ってフレーズは入れてえな、きれいだし、ロックだ」
「そうそう、昔のロックバンドは、みんな『虹』について歌ってたしね」
いつのまにか、人が集まってきていた。
「みんなで拳を掲げてそろって歌える部分がほしいな」
「シューゲイザーじゃなくて、前向いたロックがいいな」
「子どもらしい無邪気さも残したいな」
みんな好き勝手言ってる。
だけど、それはすごく楽しそうだった。
「よし、できたんじゃないか、これで!?」
おじさんたちがテンションを上げる。
「さっそく練習だ練習!」
みんな楽器を手にしだす。
お姉さんにはまだ見てもらってない。
いつもメインで歌うのは、今でもお姉さんらしい。
だから、お姉さんが気にいるかどうかが気がかりだった。
子どもの幼稚な詩だと評価されたらつらい。
「んー、いいね」
「わたしには失われた視点で新鮮だ」
「わたしの作ったメロディにもいい感じに合いそうだし」
「……完成したら君も歌ってくれるかな?」
……ぼくは少しためらって、そのあと頷いた。
大きい音は苦手だ。
「死ね」とか「地獄に落ちろ」なんて歌詞は嫌いだ。
だけど、この詩なら。
みんなと一緒に歌える気がした。
なにより、お姉さんのOKが出たことで、ぼくはすごく嬉しかったから。
『頭の中が沸騰しそうだ』
『神様恨むぜロックしてやる!』
『友達はみんな消えてしまった』
『神様恨むぜロックしてやる!』
みんなの拳が上がる。
「恨むぜ」なんて歌いながらも、表情は晴れ晴れとしている。
眉を吊り上げながらも口元は笑っている。
『朝陽はまだ昇ろうとはしない』
『神様恨むぜロックしてやる!』
『ときの声はまだ聞こえやしない』
『神様恨むぜ!』
楽器を試しながらお姉さんのメロディに沿って歌う。
『まっすぐ虹を』
『渡った先の』
『景色を君に』
『見せてあげたい』
まだ見ぬ誰か新しい仲間が、この歌を聴いて元気になってほしい。
この歌を歌いながら、色んな所を回って生き残った人たちを見つけたい。
『眩しいほどの』
『空を見上げて』
『この手を降ろす時まで』
『終われない』
何度も練習し、感触を確かめあった。
ぼくはいつの間にかタンバリンを渡されていて、それを叩くことになんの抵抗もなかった。
ぼくのためかどうかはわからないけど、楽器の音量はいつもより抑えめだった気がする。
こんなに間近で聴いていても、耳をふさごうとは思わなかったから。
みんなが満足そうな顔になってきたころ、お姉さんが話し出した。
「音楽のジャンルにさ、ポップスってあるじゃん」
「昔のロッカーは、『軟弱な言葉だ』なんて言ってたらしいけど」
「ポップスはさ、ざっくり言えばポピュラー音楽ってことだから、まあ、誰もが聴きやすくて売れてりゃポップスと言っていいわけ」
「でもさ、こんな世の中で、CD、レコード出して、誰が買う!?」
「12枚売れたらそれで年間チャート1位だよ!」
「ミリオンなんて夢のまた夢、今現在地球上にいったい何人生きてるんだって状態じゃんね」
「だからわたしたちにポップスは歌えないんだよ」
「で、わたしの友だちの受け売りなんだけどね、ロックっていうのはさ」
「『自称』でいいのよ、自分の音楽は、この音楽は、ロックなんだって、言ったもん勝ちなのよ」
「人様から『お前の音楽はロックじゃねえ』なんて言われたって、関係ないのよ、そんなの」
「だから、わたしたちが、これをロックだって言い張れば、それはロックなんだよ」
「たとえ聴いてくれる人が少なくたって、CDが出なくたって」
「『死ね』とか『地獄に堕ちろ』なんて歌わなくたって」
「政府の批判なんかしなくたって」
「中指立てなくたって、さ」
「さあ、歌うよ、わたしたちなりのロックを」
そしてみんな、中庭に楽器を運び始めた。
ごはんを食べるのをみんな忘れている。
だけど、お腹が好いたから先に食べようぜ、なんて誰も言わなかった。
「君の初ステージだ」
「お客さんはバンドメンバーよりも少ない」
「だけど、今、地球上できっと一番熱狂できるステージだぜ」
ぼくはなぜか心臓がバクバクしている。
だけどその興奮は、悪いものじゃなかった。
ぼくはロックなんて嫌いだ。
だけど、この歌を歌い切った後、どう思うだろう。
「なんだ、ロックも悪くないじゃないか」だろうか。
それこそ締まらないね。ロックじゃない。
「ロックなんて大嫌いだぜ!」って言いながら歌うのはどうだろう。
それこそ、ある意味、ロックなんじゃないか。
さあ、神様、ロックしてやるぜ。
空で聴いておけよ!
「上手いとか下手だとか、気にしなくていいから」
「自分の心に正直に書いたその言葉を、心を込めて歌えばいいから」
「下手で笑う奴なんか、ここにはいない」
「いつかみんなで歌えればいい」
「わたしたちの、ロックだよ」
「君の、でもある」
その日ぼくは、生まれて初めて薬指を立てて大声で歌った。
ロックはまだ嫌いだけれど、この歌は好きになれそうだった。
★おしまい★
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- 凛「私今日もギルガメッシュお兄様と遊ぶの!」 葵「あら」
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コメント一覧 (4)
-
- 2019年05月14日 16:37
- ながいみょん
-
- 2019年05月14日 16:44
- 長いってより臭い
-
- 2019年05月14日 18:31
- 3ページで長いは言いがかりだろうけど、確かに臭い
-
- 2019年05月14日 18:45
- 臭いが文章力は安定している。プロ志望かセミプロだろう。
それゆえに小さくまとまってる。もっと稚拙でもいいから勢いが必要。
さもなくば本当に淡々と終わってしまった世界でのアンチクライマックスな日常を静かに書くか。
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