【ラブライブサンシャイン】善子「それでも私は■■を愛して生きていたいのです」
- 2019年07月21日 13:10
- SS、ラブライブ!サンシャイン!!
- 2 コメント
- Tweet
夕食を手早く腹に収めリビングのソファに寝転んだ私に、純粋な死の恐怖が私に襲い掛かる。
両の掌を胸に当てて強く握る様に押さえつけてみても、荒く跳ねる鼓動は留まることを知りません。
私が今、家の中でたった一人だと言うのが不幸中の幸いでした。今の私を外から見たのなら、目が虚ろなまま息を荒げている、奇特な人間に他ならないのですから。
誤解しないで貰いたいのは私は何かの疾患や持病を、少なくとも体の表面上には全く、持っていないということです。
別に、体のどこからか血が出たり病院に寝たきりになったり、ということは私の十五年の生涯を辿ってみても、一切ありません。
私の死の恐怖とは、死にそうだから怖いのではありません。「死」が怖いのです。
ただ、本当に「死」が怖いのです。
中が良かった園の先生、一緒に遊び回った同い年の友達、くだらない事で喧嘩したイタズラ好きの悪ガキ達。
私の頭の中に、映像としてハッキリと思い出せるほど記憶が残っているのは、幼稚園の頃位までで、それ以前の事は出会った人や、住んでいた所までは、思い出せません。
私は、一歳や二歳の頃意識も分別も無しにどうやって生きてきたのでしょうか。おそらく、人並みに親の愛と庇護を受けて可愛がられて来たからこそ、今ここに私が居るのでしょう。
じゃあ、その前は?
きっと居た場所となると、母親の胎内でしょう。この段階の記憶を持っている人はまず殆ど存在しないでしょう。稀に、胎児の時の所持している人間もいるそうですが、信憑性の方は定かではないらしい。
その前は?
“わたし”は、生まれる前どこにいて、何をしていた?
覚えていない、見えない空白が有ることが私にはとても怖いのです。
「はぁい☆」
それは、私がステージ上で歌を歌い、流れるメロディーに合わせて懸命に踊り、輝いているときには姿を現しません。
気の置けない友人達と共に、どこかファミリーレストランや、少し洒落たカフェなんかでケーキやらパフェやらをつついている時にも全く、姿を現す事はありません。
それは夜に現れるのです。
それは今日みたいな、澄んだ夜空にぽつんと月だけが浮かんだような、この世界に存在するのが自分だけだと錯覚してしまいそうな程暗く静かな夜に、音もなく静かに現れるのです。
私という幹から分かれて飛び出した枝葉のように、何食わぬ顔でひょっこりと、私の前に顔を出して来るのです。
「はぁい☆堕天使のヨハネよ、どう、苦しい? 目一杯苦しんでる?」
ぬるり、と私の頭の中に姿を現す、虚構の“わたし”。
「ふふっ、いいわぁ……美少女が苦しんでいるのは絵になるわ。でも、やりすぎはダメよ? メンヘラっぽくなっちゃうわ」
善子「うるさいわね……そんなつもりなんて無いわ」
「おお、こわいこわい。そんなに睨まなくてもいいのに」
善子「……うるさい」
「まあまあ、ほら!迷路と言えばこの前読んでた本にあったじゃない、迷路の魔人。なんだっけでっかい角が生えた……ええとミノ…なんだっけ?」
善子「…………」
「……ちょっと、どこ行くのよ」
善子「寝るわ、あんたになんか構ってられない」
「あらそう、ま、わたしと離れるならそれが一番だものね……随分と嫌われたもんで、ヨハネ、悲しいわぁ」
善子「……」プイッ
「おやすみなさい、私。全部、忘れられるといいわね」
笑いながら言う祖母に私は「なんでそんなこと言うの?」とただただ、悲しい気持ちになった。
「死んでも構わない」なんて、信じられないことだった。思えば、この地獄の様な思考と付き合い始めたのは、この時からだったかもしれません。
大人になればいつかこの怖い気持ちは消えて、本当の意味で大人になれるのだと幼き日の私は常々思いこんでいた。
しかし、五年経っても、十年経っても、恐怖は消えるどころか、増す一方だった。
私は「死」が怖い。
死んだら、何もかもが全部なくなる。
私が死んだら“わたし”はどうなる?私が生きてきた事は?
それこそ、全てがゼロになってしまうのではないか?私はそれが最も怖い。
考え始めると決して眠れない、頭の中にへばり付く泥の様な呪縛!潜在的な命の恐怖!
その毒はやがて全身に回り、全ての物事が手に憑かなくなる。
誰にも、この事は相談できない。相談したならまた、思い出してしまうから。
決して逃れられない地獄の輪廻。見知らぬ恐怖の源泉である「果て」が、奈落の底であるがゆえに誰にもそれが分かっていない。理解しようとしていない。
それこそが、私には分からない事だった。
生物の命は潰えるのは分かる。それを、「そういうもの」で受け止められる神経の図太さを、私以外の全ての人間に標準装備されていることが、たまらなく不思議でしょうがないです。
何も分からないのは空恐ろしい。
私は、いずれ暗闇に突き落とされると宣告された、哀れな子羊だ。無駄に頭でっかちに育ってしまった、子羊だ。
死ぬのが、怖くて、怖くて堪らない。いなくなってしまうのが怖くて、しょうがない。
だから、小さい頃の私は、布団に入る度強く願ったのだ。
おじいちゃんが死にませんように、おばあちゃんが死にませんように、お父さんが死にませんように、お母さんが死にませんように、友達が死にませんように、この世の誰も死にませんように。
私が一生、死にませんように。
ルビィ「おはよー善子ちゃん!」
善子「……おはよ」
ルビィ「…?元気無いね、善子ちゃん大丈夫?」
善子「うん、ちょっと寝不足なだけだから」
花丸「どうせ、また新しいゲームにでもはまったずら」
善子「……まあ、そんなところよ」
ルビィ「……明日?」
花丸「ほら、週末の夏祭りのに着ていく浴衣のいいのがマルの家に無いって話したでしょ? そしたらルビィちゃんが『ルビィの家にいっぱいあるから、一着くらい貸してもいいかお母さんに聞いてみる!』って」
ルビィ「あ……」ダラダラ
善子「……その反応は完全に忘れてた顔ね」
ルビィ「ちょっと待ってて!今電話でお母さんに聞いてくる!」
花丸「ふふっ…いつでも元気なところが、ルビィちゃんのいいところずら」
善子「そういえば、何で明日なのよ? 夏祭りは土日だから明後日じゃないの?」
花丸「夏祭り自体は、確かに明後日ずら。でも明日の夕方から、灯篭流しがあるずら」
善子「灯篭流し……って、あの?」
花丸「ろうそくを中に入れた行灯を川に流して死者を弔うずら。マルのとこはお寺だから絶対参加、ルビィちゃんのとこも地元の繋がりで出席だから、二人で行こうって話をしてたずら」
善子「はー、いいとこのお嬢様は大変ねえ……」
花丸「善子ちゃんも呼ぼうと思ったけど、正直、マルとルビィちゃんは何時から何時まで居なきゃいけないか分からないずら、それに、いざとなったら善子ちゃんは呼んだらすぐ来れる場所だし」
善子「どこでやるのよ?」
花丸「狩野川の橋の下ずら……というか、善子ちゃんの家のすぐ下なのに知らないの……?」
善子「……興味ないのよ」
善子「はいはい、というかどうせ土日も集まるならウチ泊って行けば?」
花丸「へ…? それはマル立ち的にはありがたいけど……大丈夫、お家の人とか」
善子「今私の家、月曜日まで一人暮らし状態よ」
花丸「あ、そうなんだ……なら、善子ちゃんさえ良ければお願いしたいずら!」
善子「ええ、ルビィにもその事伝えておいてね」
花丸「まかせるずら!」
花丸「おっと、チャイム鳴ちゃったずら……じゃあ、マルは席に戻るね」
善子「ええ……というか、ルビィまだ戻ってきてないわね」
先程の花丸との会話で、私は一つ、小さな嘘をついた。
『……興味が無いのよ』
嘘だった、興味があって、尚避けてきた。
私は、死を感じたことがありませんでした。親戚も、父母方両方の祖父母も、全員、喜ばしい事に健在だ。死を身近に感じたことは、全くありませんでした。その事が、“死“を未知の了見である感覚をより拡大させているのかもしれません。
死に触れるのが、恐ろしい。否、正確には、恐ろしい事だと思い込んでいる。
触れれば、何かが変わってしまう。今の苦しみがもっと深く、粘度の高い呪縛へと変わっていくのが堪らなく怖かったのです。
それでも、今回触れることを決心したのは他でもない、横に並んでくれる二つの笑顔に、肩を掴ませてもらえればいいという、甘い考えを心の中に持っていたからでした。
一度中学生の頃に私のこの精神状態について、調べた事がありました。
ほんの数分の検索で、あっさりと目的の情報まで辿り着きました。
タナトフォビア、漢字に直すとそのまま「死恐怖症」
死に対する不安や怯えが根強く続き、日常生活に支障をきたす程度になると、そう診断されるそうです。その理論で言うと、私はまだ、なりかけと言ったところでしょうか。
タナトフォビアの治し方は、ほぼ一つしかないと思われます。死に触れる事、です。
荒療治の様に思えるが、何もせず時間の経過で忘れられるのなら苦労はしません。ただ、本人が何かの拍子で克服するのを、試してみる他無いのです。
どうも、タナトフォビアには種類があるそうです。
死に至る痛みや絶望など、恐怖へと繋がるものが怖い。死んで、今まで会って来た人と会えなくなるのが怖い。やりたい事をやり残したまま死ぬのが怖い。
私のは、そのどれとも違います。痛みや、苦しみではない、「果て」が怖いのです。この命の果てが、奈落の様な闇に覆いつくされていることがたまらなく怖いのです。同じ理由で、私が生まれてきた理由が分からない事も同じように怖い。
“わたし”は、生まれる前どこにいて、何をしていた?
“わたし”は、死んだ後、どこへ行く?
私の身には、幸運な事にその機会は無く、また同時に、そうなれたらどんなに楽だったか、時々考えてしまいます。
正気のまま、正気を失っていくのは、苦しい物です。
その昔、神に飼われていると思い込もう、そう考えたこともありました。天界の様な場所から現世に順番に魂が解き放たれていって、魂は準繰りに廻り、今自分はこの下界に身を窶す順番が巡って来ているのだと思い込もうとしていた事もありました。
結局、ダメでした。
死後の世界どんなところかわからないと言っているけれど、心の奥底では無になると思い込んでるのです。
私が明るく生きていられるのは「生きてさえいれば、何かいい事が有る」生への希望と執着だけです。その希望は、いつか、確実に潰える、そのことがたまらなく怖い。
自分であるものが、全て消し去られることが堪らなく怖い。
ルビィ「あ……あれ、善子ちゃんじゃない?」
花丸「ホントずら、おーい!」フリフリ
善子「恥ずかしいわね!大声出さなくてもわかるわよ!」
花丸「善子ちゃんが遅いせいずら、家が近いからって本当に灯篭流しが始まるギリギリまで出てこないなんて」
善子「呼ばれて三分で来たんだから気にするんじゃないわよ!」
ルビィ「暗くなったら綺麗に見えるみたいだから、まだまだ人が集まるのも後みたいだけどね」
花丸「そういえば、善子ちゃんだけ普段着だけど浴衣着てこなくても良かったずら?」
善子「家からここまでの間に着替える方がアホらしいわよ、それにどうせ明日から着る訳だし」
ルビィ「あ、見て!係の人が川に流し始めたよ!」
気が付けば、昼間の太陽の熱がまだ残る川沿いに多くの人が集まっていました。
普段寂れて人が居ない商店街が並んでいるというのに、祭事た催し物があると庭の隅のアリの巣をつついた様に、何処にいたのか分からない程の数の人が集まって来るのが、この町の特徴です。
皆、明かりの灯った灯篭を持って列に並び、川の一か所から胴まで水に浸かった係の人に手渡ししている。
ここに並んでる家族一つ一つに弔うべき相手が居るのだろうか。
そう考えると、なんだか、凄まじい事の様に思えました。
もしも自分が死んだとして、自分を偲び、家族や親戚がこの場に足を運んで、こういった催しに参加してくれたのならどうだろうか?
私なら多分、嬉しいと思う。
亡くなった後も人の心に残り、時折尚想い起こしてくれるのなら多少の不安も和らぐだろう。
だが、それは死者には決して届かざる想いだ。死すれば何も知覚出来ない。
死すれば、何も考えられない。
川の上を滑り流れている無数の光の一つ一つが、かなわぬ願いのように見えて、むなしくなる。
「綺麗だね」とルビィが言った。きっとルビィは、この行為に対して深くは考えていない。
正確に言えば、何も考えていない訳ではないだろう。が、その思考はきっと些事で、ただ目の前の景色が本当に美しいと感じているのだろう。それはきっと、真っ当な人間の思考で、きっと正解なのだろう
「一つ、一つに…故人を偲ぶ思いが込められているずら」
これも、きっと、正解なのだろう。
灯篭流しという人の営みに、私は、死後の世界の挙動を想像してしまっている。今の人の営みに露程も興味を示さずに、ただ死の果てに想いを巡らせ、無為であることだけを想像してしまっている。
これは、正解なのだろうか
半ば解放されるかもという希望を持って、が半分。勇気を出して死に触れたのに何も変わらなかった現実に対して自暴自棄な気持ちを持って、が半分でした。
きっと二人なら、笑い飛ばしはしないだろう。そこだけは、絶対に信用できる。ただ、理解してもらえるかは、全く分からなかった。
「私、死にたくないの」
「一人になった時に、堪らなく死ぬのが怖くて夜も眠れなくなるの」
「こわくて、こわくて、もうずっと、こわくて、嫌になるの」
一度堰を切って流れ出した言葉は、洪水の様に止まらなかった。長々と続けていく言葉にはただ一つ、単一の意味しかない。
死が怖い。
生きものなら全てが持っている感覚が、何故か理解されない。必ず持っているはずなのに、それを強く持つことが、どうしても理解されない。
ルビィは、優しい子でした。
きっと、その答えは友達として「正解」なのでしょう。
花丸は「分からない」という顔でした。
おそらくルビィの対応が普通の人ので、花丸はそれより“遠い”所に居るのだと思います。きっと、私が今日言わなかったら、「人は何時か死ぬもの」と平気で宣うでしょう。きっとそう、心の底から思っているのです。そう思うことは間違いではないし、ちょっとだけ、哀しいけど、絶対的な真実です。
でも、それが怖いのです。
無音のバスルームに水をかき回す音が静かに響く。
死を克服したいわけではありません。
心の奥底では克服したいと思っていますが、それが不可能なことくらいわきまえています。私の真の願いは、この呪縛を、綺麗さっぱり忘れてしまう事なのです。
肉体と精神の死、どちらが怖いのだろうか、想像してみました。精神の死は体がそこにあって、意識がそこにはない、いわゆる植物人間状態です。心が生きていて、体が死んでいるのは、現代のではありえない話だが、SFなんかである機械に心を移している状態のことを言うのでしょうか。前者と後者なら私は圧倒的に前者を嫌悪する。心の死は人間の死だ、思考できないことは人間の死だ。
風呂場というのは、一番危険です。必ず、一人になるから。浴槽に浸かってしまえばやることが無くなってしまうから。
「はぁい☆ どう?“私”、その後調子は?」
頭の中で物事考える他にする事が、無くなるからです。
「冷たいわね~いいじゃない、少しくらい」
善子「こっちはアンタになんか構ってられないの!帰って!」
「……ずら丸とルビィに分かって貰えなかったから、ショックなの?」
善子「……!」
「ふふつ……私のことながら分かり易いわね、態度でバレバレよ」
善子「……知らない」
「二人に理解してもらえなくて、寂しいんでしょう? もっと自分の事を知って、愛して欲しいんでしょう?」
善子「愛し……ってちょっと///……別に私はずら丸ともルビィともそういう関係じゃ!」
「……なんでそこで赤くなるのよ、我ながら耳年増ね」
善子「……なにそれ」
「貴方が不幸の星に生まれたって言ってるのもその通り、結局愛されてないのを信じても無い神様のせいにして、肝心な事は考えるのを辞めてる」
「貴方は誰にも愛されてないの、」
善子「そんなこと────」
善子「とっくに分かってるわよ!!!!!」
バチャーン!!!
花丸「善子ちゃーん大丈夫? 今お風呂の中で水のすごい音がしたけど……」
善子「ああ、ずら丸…? 大丈夫よ、ちょっと大きい羽虫が出ただけだから」
花丸「ならいいけど……」
善子「もう少しで上がるから、ルビィにお風呂入る準備してって伝えて来て頂戴」
花丸「う、うん……分かった」
ルビィ「あー!善子ちゃんルビィのポテト食べた!」
善子「ルビィ、私のわたあめ一口って言って殆ど食べたじゃない!その仕返しよ!」
花丸「二人ともやりとりが子供過ぎずら……」
このまま、二人と一緒に居られれば、忘れてしまえるんじゃないか。みんなと一緒に永遠に居られれば、あの地獄のような思考は思い出すことなく一生を過ごせるんじゃないか、そう思っていました。
そんな思い込みで作り上げられた、まるで泡沫の夢の様な平穏を私は自ら崩してしまうのでした。
善子母「善子、ちょっといい?」
善子「なに、お母さん?」
善子母「善子にとっては伯父さんのお母様の……大昔に何回か会った事あったかしら? お葬式が来週あってね、一応親族は全員参加になってるんだけど……」
しかし、私はその場でついて行くことに決めた。
結局、私は変われないのです。ずら丸とルビィの二人に打ち明けた時と、灯篭流しについて行くと決めた時と、全く考えは変わって無いのです。
どこかで、解放されたいと願っているのです。
驚くほど私は心を動かすことなく、週末までの日々を過ごしました。
「それでは故人との最後のお別れです」
祭壇から棺が下される、出席した遺族、親族、関係者達が順繰りに最後の言葉をかけ花を一房、棺の中に入れていく。
すすり泣く声、静かに亡骸に囁く声、空気を読むなど知らない子供の母親に大声で甘える声。
間違いなく異質な空間でした。人一人の死が、此処まで物事を歪ませている事を考えると、空恐ろしくなりました。
やがて、私やお父さん、お母さん、の順番が回ってきました。
お父さんとお母さん、二人は式の間目に涙をうっすらと浮かべていました。二人がこのお婆さんと喋っている所など、数えるほどしか見たことが無いのに。
一目見て、「白い」と感じました。皺だらけで、シミがかった肌なのにも関わらず、生気が抜けた様子が白に思えました。
肉が付いているのに、骸骨の様だった。姿形は生きている人間とまるっきり変わらないのに、この体が動き出す様子が全く想像できませんでした。
他人の死に触れる事は準最終手段です。私は身近に死を感じることが何か変革をもたらしてくれるのではないかと期待していましたが、ここまででやった事が私に出来る事の全てです。
しかし、私がこの日した事と言えば義務的に花を一輪置いただけで、他に何も感じたことも、変化したことも、一つたりともありませんでした。
ジリ貧の状態だった私が、ついに、手を失ったのです。
もはや、純粋な死への嫌悪はなくなってしまったのかもしれません、身近な家族や友人の死なないことを願っていたか弱い少女はもうここにはおらず、ただ自らの消滅を恐れる心のみが私を構成しているようでした。
ああ、何という身勝手!!何という醜い保身!!!
他人の死に触れる事は準最終手段でした。死を恐れる心は、これからもじわりじわりと私の中をひたすら、蝕んでいくでしょう。
最終手段は自らの死です。
死という理では無く、完全に自分の果て、行く末でしか絶望していない事が分かったから。その果てを見つけられるのは、自分の死に他ならない。それは出来ない、その「死」が怖いから。
誓って言いましょう、自殺しようとしたことは一度もありません。死が怖いからです。死ななくなる薬を、子供の頃、本気で求めていた事もありました。大人になったら治るのかなと思ったが一向に治りませんでした。
もう、私にはこの病を完治する手段はありませんでした。驚くほどひっそりと、私の希望は潰えたのです。
死は、「他人の死」と「自分の死」しかありません。“私”にとって自分の死の方が何十段も、何百段も上です。
最終手段は、自らの死なのです。
でもそれは、どうやっても出来ない事でした。
善子「…………」
「どう?今日も苦しんでる? 死にたくない気持ちで溢れかえってる?」
「どうだった、お葬式に行ってみて? 十四年振りよね?」
善子「……私が二歳の頃だから十三年よ」
「あら、そうだったかしら? まあ、その頃ヨハネはまだ生まれて無いから」
善子「……そう」
「今の気持ち、当ててあげようか……?」
善子「……」
「別段この痛みは酷くはならない、解決策も見つからない、ただジリ貧で長々と、この苦しみが続くことが分かってしまった」
善子「やめて」
「このまま一生体の中が食い尽くされるのが決まった。ただ貴方が貴方でなくなるまで、永遠に食い潰されるのが確定した」
善子「……やめなさいよ!!!」
「押すと50万円が確定で貰えるボタンと0か100万かの50%のボタンがあるわ。で、どちらか片方しか押せない、ってなったら殆どの日本人は50万を選ぶわ」
善子「なにそれ、今までの話と何の関係があるの」
「じゃあ、逆なら?確定の50万円の借金と、0か100万の借金50%を選ぶとしたら?」
善子「……それは」
「大体の人は、後者を選ぶわ」
「でもね、いるのよ。どうにもその身に悲しい事しか起こらない、生きているだけで災難にしか巡り逢わない、『不幸の星』に居るとしか思えない人間は確かに存在するのよ」
善子「……何が言いたいの」
「そういう星の元に生まれたのなら、さっさと50万の借金を背負って生きて行くべきなのよ。運よく解決するなんて思わないで、さっさと全てを受け入れるのよ」
善子「……」
「そう……まあ、いつか分かるわ☆今日はこれくらいでお暇してあげる」
善子「そう……二度と来ないで貰えるとありがたいわ」
「ふふっ、きっとまた、来てあげる☆」
あっさりと「アイツ」が消えたのに、まだ、心の中に深い霧がかかった様になっている。
善子「……」ボーッ
ルビィ「善子ちゃん!先生に当てられてるよ!」
花丸「……」
授業中もずっと上の空で、休み時間に二人に何度も心配された。
部活の時間になっても、私は変わらず鬱蒼としていた。
ホワイトボードにダイヤが円グラフの描かれた紙を貼りつけている。それを基に皆が意見を出し合っているが、中身がちっとも頭に入って来ない。
これから先、ずっとこんな感じなのだろうか。憂鬱を心の中に仕舞い込んだまま、ぼんやりと生きていかなければならないのか。
何も、悪いことをしてないのに。
何故、私は何も悪いことしていないのに、こんなに苦しまなければならないのか。
千歌「えーそんなに練習したら、チカ死んじゃうよ~!」
果南「大丈夫だよ、千歌、そんな簡単に人は死なないって」
そうだ、人は簡単には死なない。でも、いつかは訪れる必滅の裁き。
この世の人間全てが逃れられない、真っ暗な奈落の底なの。
ダイヤ「そういう言い訳は死んでから言いなさいな、」
やめて、お願いだから、やめて。
千歌「え~……ダイヤさん、死んだら喋れないよ」
善子「死ぬとか軽々しく言うの言うのやめなさいよ!!!!!」
やってしまった。
みんな、目を丸くしてこっちを見ている。
みんな、怯えと憐れみを含んだ悲しい目で私を見ている。空気が凍り付く、とはこういうことを言うのだろう。
理解できない者を見る目だ、自分とは違う『何か』を見る目だった。当の昔に私は、そういう物になり下がってしまっていたのだ。
善子「ご、ごめんなさい……」
哀れなものだ。
言いたいことも言えず、ただ一言喚き散らして、剰え口から出たのは謝罪の言葉。
みっともない、はずかしい、消えてしまいたい。
善子「……ッ!」ダッ
花丸「善子ちゃん!!」
私は次の瞬間、自分の荷物を手早く抱えて部室の外へと飛び出していた。
何かを考えなければならないのに、何も頭が働かない。ただぼーっと、日々やってきた動作を繰り返しているだけだった。
これから先、私はこのようにして生きていかなければならないのか。
遅かれ早かれ半死人の様に、現世を彷徨う亡霊の如く生きる事を決められていたのではないだろうか。そう思うと全てが、どうでもよく思えてきた。
部室を出てからずっと着信が止まらなかったが、とてもじゃないが出る気にはならず、私は携帯の電源を切った。
こうして暗い部屋で私は、ひとりになりました。
ひとりになったら、両の目から涙が溢れてきた。
泣いても何も変わらないのに、ただただ、涙が溢れて止まらなかった。
ただ、訳も分からず泣き叫ぶ姿は赤子同然だ。いや、最初からそうだったのかもしれない。
分からない事にぐずり、喚き、当たり散らす。大人どころか、子供にすら成りれていない、私は、そんな「ヒト」でした。
「はぁい☆」
「友達に当たり散らして、最低ね?」
私、最低だ……。
「全部自分のことなのに、いきなり喚き散らすなんて、赤ん坊でももう少しマシよ?」
…………。
「死んでしまいたい?」
……うん。
「うそつき、死ねないくせに」
「そりゃあ臆病者よ、だって“わたし”は貴方よ?」
「“わたし”は、あなたの心、死にたくないと抗う心」
「だからね、よく分かるの。結局あなたはこの世界で生きるしかないのよ。どんなに苦しんでも、地べたを這いつくばって生きていかないといけない定めなのよ」
そんなの…無理よ
「どうして?死ぬのが怖いのでしょう、なら生きていけるのなら万々歳じゃない」
だって、こんなに辛いのよ?こんなに苦しいのよ?
そんなの、どうやって生きていけばいいのよ!
「……きっと出来るわよ」
無理よ…そんなの私に出来ないわよ!!
「だって今まで、生きてきたじゃない」
「あなたは“わたし”の代わりに、傷だらけになって、矢面に立って来た」
「臆病な私の代わりに、時折しかこの世界に堕ちてこないわたしの代わりに、必死になって立ち向かって来たじゃない」
あんた……。
「わたしは貴方、だから貴方の事は何でもわかる、でも、貴方はそうじゃない。わたしの事を知らないから、分からなくて、拒絶しているから、貴方は今苦しみ、痛めつけられている」
…………。
「わたしを簡単に知れたら苦労はしない、そもそも、自分を傷つけるヤツの事なんて、会いたくなんかないに決まってるわ。でも、“わたし”に消えて欲しいって貴方の想い、それは間違いなく失敗に終わる。貴方の悲願は達成されること無くきっと貴方の命は潰えるわ」
「でもね、必死に藻掻いていれば-50万が49万になったりするのよ。少しずつ、きっと少しずつ、貴方の苦しみが和らげられる日が、来てもおかしくないのよ」
「だからね津島善子ちゃん、”わたし”からお願いがあるの」
…………何。
ぁ ぃ
「貴方に“わたし”を理解してほしいの」
どうやら事情をあの後、部室でルビィと花丸から聞いたらしい。
私としては、むしろこちらが空気を悪くしてしまったことを謝ろうと思っていたので、拍子抜けして、少し笑ってしまった。
驚くほど、するりと私の日常は戻って来ました。
授業後にみんなで集まって部活をすることも、帰りに皆で途中まで歩いて一緒に帰ることも。
何も壊れることなく、変化することなく、ただただ同じ日常が流れていきました。
それでも家で一人になると、私の前に顔を出す者があります。
生の苦しみは、死の苦しみ。永遠に続く、流転の苦しみ。
生きるのは、苦しくて怖い。死ぬかもしれないし、殺されるかもしれない。
死ぬのは怖い。その果てに何が有るのか、何も無いのか全く分からない。
それでも私はわたしを愛して、生きていたいのです
「ふふっ……☆」
おわり
「SS」カテゴリのおすすめ
- 阿部「やらないか」QB「えっ」
- 承太郎「…俺がボーカル?」
- モバP「雫はどこまでしてくれるのか」
- 中村「杉田、何やってんの?」杉田「デレステ」
- 渋谷凛「結婚して2年……」
- ほむら「私は今まで、間違えてばかりだった」
- 白菊ほたる「ふ、不幸が移りますから!」 茄子担当P「幸も不幸もキミ次第だ!」
- DAIGO「ガチで~yasuさんの曲を擬人化させてもいいっすか?」yasu「は?」
- 女「工場での高給バイト?」
- P「キスしよう」真美「」
- 【モバマス】古澤頼子「ロコガール」【グリマス】
- 中村紀洋「……最下位…か」
- モバP「小さい頃のまゆもかわいいなぁ」
- 彡(゚)(゚)「台湾旅行…?」
- ハルヒ「ぶっちゃけキョンいらなくね?」
「ランダム」カテゴリのおすすめ
- 【デレマスSS】P「PPAP」
- 美希「イッツ・マイ・ライフ!」
- モバP「アイドルと仲良くなりたい」
- 杏「きらりがハピハピって言わなくなったから」
- レイア「ルドガーってエルとどういう関係なの?」ルドガー「……」
- 女騎士「くっ、殺せ!」オーク「そんな女性にオススメなのがコレ!」
- タイムマシーン3号関「僕ね、ありとあらゆる淫夢語録を太らせる能力があるんですよ」
- みく「悪の組織?」 ヴァンプ将軍「アイドル?」
- 少女「雨宿りですか?」
- J( 'ー`)し「たかしへ。お願いです悪い人間になってください」
- 武内P「一番好きなアイドルですか?」
- モバP「のど飴をあげよう」
- 亜美「亜硫酸」
- 輝子「トモチョコ」
- 女騎士「いやだ!死にたくない、仲間の居場所でも何でも話すから!」
今週
先週
先々週
コメント一覧 (2)
-
- 2019年07月21日 13:28
- はよしね
-
- 2019年07月21日 22:24
- 善子の癖に漏らしてないから最低の作品
スポンサードリンク
デイリーランキング
ウィークリーランキング
マンスリーランキング
アンテナサイト
新着コメント
最新記事
読者登録
スポンサードリンク